「ぼっちはそっとしといてあげなよ…」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)は、何処か遠くを見る目で依頼の内容を聞いていた。
「孤独じゃないよ! 自ら選んだ結果だよ!」
よって毎年ぼっちでも寂しくない悲しくない辛くない!
彼等は勇者なのだ。
だから、そんなぼっちの静夜を邪魔する輩は許さないのである。
「リサーチが足りてねーな」
西條 弥彦(
jb9624)は敵の姿勢に対して異を唱えた。
だいたい、クリスマスを独りで過ごす=この世の地獄みたいな図式になっていること自体がおかしいのだ。
今やクリスマスはぼっちが主流、おひとり様用クリスマス充実アイテム(ほとんど食い物)も充実し始め、もはや彼等はサイレントマイノリティではない。
「クリスぼっちなんて言葉もある昨今、的がぼっちだけとは…ま、俺の場合ぼっちなのに充実してぼっちをこじらせたわけだが!」
この場合、こじらせたぼっちは標的になるのだろうか。
「そもそもぼっちという呼称自体が正しくありませんね」
レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)は自身を「ソリスト」と称する。
群れず媚びず諂わず、自主独立の精神を持った孤高の存在、それがソリストなのだ。
「素敵ですね、それだは私もレティシアさんに倣ってソリストと名乗らせて頂きましょう」
女学院育ちの真里谷 沙羅(
jc1995)はその環境のせいもあって年齢=ぼっち歴。
だからといって特に気にした事もなかったけれど。
「非リアだけをプレゼントにするとか冗談にもほどがあるんだが。こいつら作った天使は悪趣味なのかね」
「趣味は悪いが名付けのセンスは悪くない」
逢見仙也(
jc1616)の言葉にミハイル・エッカート(
jb0544)が答える。
「悪魔の鉤爪か。ぼっちを掻っ攫うに相応しい名前だな」
そんな会話をしているうちにネットで情報を集めたレティシアは、ぼっち狩りの情報を元に作った地図を作り上げていた。
「囮に適した候補地を、幾つか絞り込んでみました」
この中で仲間との合流や敵が逃走した時に追撃しやすい場所は――
「ここなんか良いんじゃない?」
ジェンティアンが地図の一点、繁華街の大通りを指差した。
イルミネーションで飾られた通りは、その先の大きな公園まで続いている。
しかし狙いはそこではなかった。
「ここの公園は多分、カップルだらけで爆発炎上寸前だよ。でもこっち」
大通りから脇に折れると一転して人通りも少なく、行き着く先は寂れた公園。
「そちらの公園は設備が古く手入れも行き届いていないため、近所の子供達さえ近付かないようですね」
レティシアが公園のデータを示す。
忘れられた公園に忘れられたぼっち、絶好のロケーションだ。
「家の中で襲われるのが多いってことだけど、外で襲われた例もあるし…ぼっち力が高ければそれに引き寄せられてくれそうだしね」
というわけで、ぼっちな囮はミハイル、それを際立たせる為の偽装カップル兼見張り役にはジェンティアンと沙羅の二人。
「なるほど、人気の少ない場所に囮を立てて敵を誘き出す作戦だね」
「わかったわ、あたい達は敵に見付からないように隠れて見張ってれば良いのね!」
狩野 峰雪(
ja0345)がざっくり纏め、雪室 チルル(
ja0220)待ち伏せ組を集めて気合いを入れる。
「偽サンタめ! あたいがやっつけて楽しいクリスマスを取り戻すんだから!」
その声と共に、仲間達はそれぞれの持ち場へと散って行った。
彼女いない歴はもう数えるのをやめた。
皆には内緒だが元カノは会社の命令で射殺した。
天涯孤独で家族無し、おまけについ最近とある女性に告白して振られた。
「どうだ、囮としてこれ以上の適任者はいないだろう」
半ばヤケクソに開き直ったミハイルは、残業帰りのサラリーマンといった空気を纏い、リア充だらけの大通りを独り寂しく流されていた。
その手元にある端末に、レティシアから画像データが送られて来る。
初々しさを残した恋人達、長年連れ添って互いの全てを知り尽くしても尚仲睦まじい老夫婦、どう見ても小学生のカップル、男子生徒のコンビ、セーラー服を着たおじさん…
撮影者のレティシアには、寄り添い歩く人みなカップルに見えて仕方なかった――それが男同士だろうと、ただの痛いおじさんだろうと。
「長いこと独り、寂しいという感情も無くして久しく。聖夜の賑やかさに無くしたものを取り戻せそうです。ぐぬぬ」
そういったはしたなくも幸せいっぱいな恋人達の光景をあえて積極的に取り込む事で、ダークぼっちのオーラを高める一助になれば。
「クリスマスは恋人と云々はどうでもいいと思っていたが、今ではリア充爆発しろ!の気持ちが分かるぜ」
ミハイルはそのエールをしっかりと受け取った。
ああ、夜風が身に染みる。
それに比べて何だ、あのカップル達の熱々っぷりは。
ただの比喩ではない、ナイトビジョンの熱源感知にも体温の上昇ぶりが現れている――特に男達の。
(ったく、バレットパレードぶちかましてぇな)
名状しがたい何かが渦巻く感情をたっぷりと溜め込んで、ミハイルはふらりと脇道に逸れた。
「子供達に夢を与えるサンタさんが人をおそうなんて許せませんね」
ジェンティアンと共にカップル役を演じる沙羅は、初めての依頼に少し緊張しながらも、受けた依頼はきっちりこなそうと頑張っていた。
とは言え、この作戦は恋愛経験のない沙羅にとって未知の領域。
「カップルとはどうすればらしく見えるでしょうか…」
不安げに尋ねる年上のお姉様に、ジェンティアンはいかにも慣れた風に微笑を返した。
「大丈夫、経験豊富な僕に任せて☆」
毎年クリぼっちだけど女性大好きフェミニスト、ついでにナンパも得意だよ。
なのにどうしてぼっちなの、とかそこは訊かないお約束。
「綺麗なお姉さんとイヴを過ごせて嬉しいな?」
肩を抱き寄せ息がかかるほどに顔を近付けて、微笑む。
大丈夫、ちゃんとお仕事でやってる、多分。多分ね?
沙羅もそれに応えて「彼氏」の頭を優しく撫でた。
それはまるで大人ぶって背伸びした男の子を優しく見守る先生の様で――
「あの、何か違いましたか?」
「いや、こういうのも悪くないね」
そうだ、今夜は高校の恩師と彼女に思いを寄せていた卒業生の初デートというシチュエーションでいってみよう。
公園の入口付近でイチャつく二人、その脇を亡霊の様なミハイルが通り過ぎて行った。
もはや演技とは思えないほどのマイナスエネルギーを瞳に宿し、ダークなぼっちオーラを際立たせ、ミハイルは公園の奥へと進む。
そこに、厳かな鐘の音が聞こえて来た。
葬儀で鳴らされる様な陰鬱な響きと共に現れたのは――
『メリークリスマス! ホッホー!』
サタンクローズだ。
空飛ぶトナカイが引くソリがミハイルの目の前に停まり、大きな袋を担いだ偽サンタが降りて来る。
鉤爪が獲物の意識を奈落の底に突き落とした。
偽サンタは膝から崩れ落ちたミハイルに歩み寄る。
その無防備な背に、ジェンティアンと沙羅が襲いかかった。
「さーて、プレゼントは何かな…っと」
黄金色の糸が偽サンタの手元に絡み付き、袋の一部を切り裂く。
が、その切り口を広げようと飛び掛かった瞬間、偽サンタが後ろを向いた。
裂け目の出来た部分を握り直し、袋を振り回したかと思うと、そのまま投げ飛ばして来た。
「私が受け止めます!」
飛び出した沙羅が両腕を広げて仁王立ち。
自分の体をクッションにして衝撃を吸収するように、優しく柔らかく受け止める。
インパクトの瞬間、沙羅は袋を抱え込むようにして後ろに飛んだ。
その体をジェンティアンが後ろから支え――きれずに一緒に吹っ飛ぶが、袋は無事な様だ。
「ナイス、真里谷ちゃん」
だがほっとしたのも束の間、偽サンタのニコニコ顔が目の前に迫っていた。
袋に手を掛け、取り戻そうとする。
「これは渡しません!」
沙羅がそれを必死に守ろうとするが、力比べでは偽サンタに分があった。
しかしジェンティアンが忍法「髪芝居」でその自由を奪い、砂塵に巻き込んでその身体を石に変える。
これで暫くは動けないだろう。
「もう大丈夫ですよ。心強い仲間もいますので安心して下さいね」
人質を袋から解放し、沙羅はライトヒールをかける。
振り回される袋を丁寧に受け止めはしたが、それでも軽い打撲や擦り傷は免れなかった。
「大丈夫ですか? 今すぐに治療をしますね」
治療をしながら頭を撫でたり背中をぽんぽんしたり、さりげないボディタッチで精神的にも癒しを与える。
その癒やし効果は抜群だった――特にぼっち歴の長い男性には。
その間に、チルルはまだ敵がこちらの存在に気付かないうちに一発叩き込んでおこうと、ソリの背後から忍び寄る。
「今日のあたいはアーティスト! 芸術なんだからね!」
とは言えアーティストとしては初めての戦闘にやや緊張気味、しかもスキルが十分に揃っていなかった。
これではその特性を充分に発揮する事は難しいだろう。
結果、いつも通りの脳筋スタイルである。
「芸術は爆発って聞いた! これでどうだー!」
心を開放し、本能のままにアウルを解き放つ。
それは大爆発を巻き起こして、近くにいたトナカイもろとも吹っ飛ばした。
「どうよ! あたいの芸術的戦闘スタイルは!」
大丈夫、これは識別可能だから!
そのどさくさに紛れて、弥彦と仙也はソリの荷台に接近。
「…積まれているのが一人だと良いなぁ」
だが弥彦の希望はあっさりと打ち砕かれる。
「ま、そうだよな」
ざっと見たところ、五人ほどか。
「二人くらいまでなら一人で担げるが…」
仙也と二人がかりでも一度に運び出すことは難しそうだが、まずは二人と荷台の縁に手を掛けた瞬間。
暴れ馬の様にソリが飛び跳ねた。
「逃がすか」
仙也が魔戒の黒鎖を叩き付け、その鎖で絡め取ろうとするが、ソリはそれを振り切ってトナカイと共に空に駆け上がる。
翼を活性化していた弥彦はどうにか二人を担ぎ上げて高空から飛び降りた。
しかし荷台にはまだ何人かが残されている。
救助した者を沙羅に預け、弥彦は再び荷台に取り付いた。
と、ソリを引くトナカイが分離して、邪魔者を突き落とそうと体当たりを仕掛けて来る。
仙也が地上からフォースを放って一体を突き飛ばしたが、残る三体が同時に襲いかかって来た。
その時。
「私を見なさい!」
レティシアの声が夜空に響いた。
敵の狙いがぼっちなら、ぼっちオーラを高めればきっと優先して襲ってくれる筈――だと思ったのに。
効果はなかった。
独りは寂しい。みんなの中で独りはもっと寂しい。
そのうえ敵にまでスルーされるとは。ぐぬぬ。
と、ソリの先端で青い炎が燃え上がり、それが全体を包み始めた。
「まずい!」
あの炎に呑まれたら一般人はひとたまりもないだろう。
弥彦は咄嗟に三人を抱え上げ――だが、もう一人いた。
「誰か受け止めてくれ!」
残る一人を投げ飛ばす。
翼を広げたレティシアが空中でそれを受け止めた。
「これで全部だ、後は遠慮なくやってくれ」
弥彦が言うよりも早く、空から彗星の雨が降ってくる。
「空を飛ばれると厄介だからね、下に降りてもらうよ」
峰雪はコメットを連発して重圧を与え、その動きを阻害する。
動きを鈍らせたところで弥彦が再び接近、空中からソリの乗っ取りを試みた。
「こいつ、生きてるわけだからロデオ状態になりそうだけど…てっ!」
青い炎を放つ車体に手を触れた瞬間、衝撃が走る。
「こいつに乗るのは無理か」
やはりこの炎は触れるとダメージを受ける様だ。
無理にでも人質を救出しておいて良かったと思いつつ、弥彦はアサルトライフルを構えた。
「乗っ取りが無理なら普通に攻撃すりゃ良いんだよな」
上からの攻撃を避ける様に高度を下げたソリは、地上で待ち構える仙也の正面に突っ込んで行った。
仙也はシールドでその勢いを殺し、首輪の様に鎖を巻き付けて引く。
「暴れるなよ、首輪を付けられた犬は大人しく飼い主の言うことを聞くもんだ」
それでも振り切ろうと暴れるところにチルルが氷迅『アイシクルブリッツ』を叩き込んだ。
「うん、あたいってば流石アーティスト、芸術的に決まったわ!」
いつもと変わらない気がする、なんてツッコミはなしで。
一方その頃、ミハイルは悪夢の中にいた。
目の前には贅沢なフルコース料理が並んでいる。
しかし分厚いステーキにかぶりつくと、何故か青臭い匂いがツーン。
「うげぇっ! こいつはピーマンじゃねえか!」
魚もチーズも酒もピーマン、大好物のプリンさえもピーマン味。
そして辺りに満ち始めるピーマン臭。
「何も食えん、このままでは飢え死だ! 全世界が俺を抹殺しにかかっている!」
最終兵器ピーマンの魔手にかかり、ミハイル・エッカートここに死す――
「んなわけあるかーっ!」
あ、生き返った。
「この野郎! 口の中に風味が残ってるじゃねぇか!」
偽サンタは? まだ倒されてないな?
「こいつは俺が殺る、ピーマンの感触がリアルすぎただろ畜生!」
食い物の恨み思い知れ!
ついでに空を飛び回るトナカイ達を星の鎖で引きずり落とし、お膳立て。
「ぼっち舐めるな! 俺がこれからお前らに悪夢見せてやるぜ!」
落としたところで峰雪がダークハンドで拘束、氷の夜想曲で纏めて攻撃。
氷の次はジェンティアンのファイアワークス、トドメにチルルの芸術が爆発した。
「芸術的に作戦完了ね!」
チルルは念の為に救急車も呼んでおいたが、仲間にも救出した者達にも、そこまで酷い怪我はなさそうだった。
スキルや救急箱で皆の治療を終えて――さて、これからどうしよう。
イブの夜はまだ浅い、このまま解散は勿体ないか。
「折角だし皆でパーティーでもやる?」
攫われぼっちの子達も一緒にと、ジェンティアン。
「良いね。一期一会、これも何かの縁だしね」
峰雪が頷く。
「この時期にこの人数で入れる店を探すのは難しいだろうから、学校のあいてる部屋を借りて、そこでやってもいいかもしれないね」
彼等には悪夢の記憶が残っているのだろう。
しかし辛い記憶は楽しい記憶で塗り潰してしまえば良い。
「本来、クリスマスは、宗教的な行事だからね」
日本の場合は商業的な行事になってしまっているけれど。
「ひとりには、ひとりの良さもあるし。今はひとりでも、いつか出会いがあるかもしれない。現状を嘆くよりは、今を楽しんだ方がきっといいよね」
流石は大人の余裕と貫禄。
しかしレティシアは傷つきし繊細なソリスト達に声を掛けようとして思い留まり、と言うか声を掛けたくても勇気が足りず鮮やかに機会を逃し、そそくさと立ち去ろうとした。
ぼっちの背中を見せつけて――
しかし。
「ね、皆で楽しい記憶を作ろうよ」
そんな声に、つい足が止まる。
ソリスト同士、たまにはセッションを楽しんでみるのも良いかもしれない。
ふと、そう思った。