公園に設置された時計の針は22時を指していた。
入口を封鎖する警備員達に身分証を見せ、八人の撃退士は闇の中へと足を踏み入れた。
「しかし、そろそろ夜間外出禁止令出したほうがいいんじゃないか?」
周囲の様子を見てミハイル・エッカート(
jb0544)が呟く。
公園を囲む柵は低く、警備の目が届かない場所から侵入する馬鹿がいないとも限らない。
「邪魔が入らないうちに、さっさと始末するか」
この時刻なら、影も短くなっているだろう。
それを更に人工の明かりで打ち消してやれば、そう苦戦することもない筈だ。
「影を踏むなと言うならば、影をなんとかしてしまえばいい」
「暗がりを減らして、影を伸ばせないようにしてやるぜ」
ミハイルの言葉に獅堂 武(
jb0906)はコンビニで買ってきた光源を取り出す。
「俺も買えるだけ買って来たけど、これで良いんだよな?」
クロ・カニム(
jc1854)もコンビニの袋を掲げて見せた。
残る五人は自前の装備やスキルを使い、全員で公園をライトアップしていく。
ミハイルは遊具や建物の影を照らすように光を向け、トイレの明かりを点けて車椅子用トイレのドアは全開に。
「いざとなったときの避難所としても使えるだろう」
子供の遊びによくある安全地帯というやつだ。
「お守りよし。準備万端! よっし、行くぜ!」
川崎 クリス(
ja8055)は顔の前で片手の拳を握ると、もう片方の手でそこに着けたチェーンブレスごと手首を掴んだ。
「これ以上ディアボロの好きにはさせたくないよな!」
大丈夫、これが守ってくれる。
気合いを入れたクリスは、Robin redbreast(
jb2203)と共に互いの範囲が被らないようにトワイライトを設置して、次第に闇の範囲を狭めていく。
「あたしは抵抗高めにしてあるから、暗闇から奇襲されても大丈夫。だから先を歩くね」
ロビンは抵抗の低い仲間をさりげなくカバーしながら、中央にある芝生の広場まで――
「ん?」
光源の設置が半ばほどまで進んだ時、クロの鼻がひくりと動いた。
足を止めた気配にロビンが振り返る。
「どうしたの? 何か感じた?」
その問いに、クロはばさりと尻尾を振って耳を寝かせた。
「懐かしい、やな匂いだな」
冥界で見た、ヒトの成れの果て。
あれと同じ匂いがすると、鼻の頭に皺を寄せる。
月明かりの下に、黒い塊が蠢いていた。
「おや、お早いお出ましだな。まだ舞台の準備も整わぬというのに無粋なことだ」
カミーユ・バルト(
jb9931)が芝居がかった動きで前に出る。
「光があるからこそ、影が出来る。だが影は所詮、影なのだ。さぁ、ボクという光の前に大人しくしたまえ?」
元々眩く輝いている彼が、更にその輝きを増す――星の光で!
「平伏すがいい!」
その光に照らされた黒い塊は、11の人型にバラけた。
「…何やら大勢居るようだが…こうなると、元凶が居そうだ」
本来なら弱い敵は目を背ける筈だが、全てが黒い影達には目鼻もない。
しかし一体だけ、赤い目印が付いていた。
「他とは違うオンリーワン、か」
あれが元凶に違いない。
「よし、ボクはヤツを相手取るぞ。キミ達は邪魔をしないでくれたまえよ?」
しかし彼が厳かにそう宣言した時には既に、戦いは始まっていた。
「眷属が10体…10人が犠牲になったか…」
乾いた声で呟くと、フローライト・アルハザード(
jc1519)は赤い口を開いた影に向かって行った。
「眷属は任せた」
誰にともなく言い放ち、まずはタウントで本体の注意を惹く。
しかし、それは周囲の眷属達まで引き寄せる結果となってしまった。
「アルねぇ、こっちだ!」
武はありったけの光源を集めて頭上に掲げる。
フローライトはその光を背に影達を待ち受け、魔戒の黒鎖で一息に薙ぎ払った。
「人の世の平穏の為だ。魔に堕ちた以上、例外無く排除する。恨んでくれて構わない」
だが、影達はまるで本物の影であるかの様に地面に貼り付いてそれを避け、逃げる。
しかし、逃げ散る前に彼等は冷気に囚われた。同時に色とりどりの炎が踊る。
ミハイルの氷の夜想曲とロビンのファイアワークス、氷と炎の饗宴に何体かの影が弾かれ、倒れた。
更にはクリスのアーススピアが下から突き上げる様に刺し貫く。
「範囲攻撃に注意っすよー! いっきまーっす!」
そーれ、どーん!
その波状攻撃で影達は半分ほどに数を減らした。
しかし残ったものは先を争う様に暗がりに向かって逃げ始める。
体当たりでも喰らわせる様な勢いで突っ込んで来た一体の影を、ミハイルはライトで照らしつつ慌てて避けた。
「こいつらの影に飲まれても抵抗できる自信はあるが、気持ち悪そうだからな」
その言葉が聞こえたのか、通り過ぎた影が振り返り――嗤った、様な気がした。
ただ真っ黒なだけの顔なのに、何故かそう見えたのだ。
「たいした強さではないが不気味だぜ…いや、気持ちのいい見た目のディアボロなんていないか」
それが罠でもない限り。
「ほう、闇に紛れて遣り過ごすつもりかのう?」
上空でそれを見ていたアヴニール(
jb8821)が、フラッシュライトでその姿を照らし出す。
「本能か、或いは多少は知恵が回るのやもしれんが、逃がすわけにはいかぬのじゃ」
彼等が元は人であること、無事な帰りを待つ家族や友人がいるであろうことを今だけは考えず、アヴニールは容赦なくショットガンを浴びせていった。
上からの奇襲に、二体が倒れる。
残るは四体。
だが数が減れば纏めて倒すのは難しくなる。
影達はミハイルの銃撃でさえその軌道を読んでいるかの様に避け、逃げた。
「なかなか素早いっすね! でも逃がさないっすよ!」
ライトを掲げてクリスが追い縋る。
影達には目が付いている様には見えないが、それでも見えてはいるのだろう。
見えているから避けられる。
「でも流石に、頭のてっぺんや後ろにも目が付いてるってことはないっすよね!」
その証拠に集中攻撃や、上空からのアヴニールの攻撃は避けるのが難しかった様だ。
だったらまた、追い込んで集中攻撃すればいい。
「ふむ、ならば追い込み役は我の役目となるかのう」
アヴニールは逃げる影の足元にショットガンを撃ち放った。
その衝撃と舞い上がる土煙に、影は思わず踵を返す。
そうして徐々に追い込んで行き、その先には――
「時季外れの怪談みたいな事すんじゃねぇよ!?」
背後に回り込んだ武が刀印を切り、叫んだ。
「八卦石縛風! 固まっちまいな!」
舞い上がる砂塵に包まれた影は、その動きを止めて崩れ落ちる。
「なんだ、固まる前にくたばっちまったか。当たれば脆いんだな」
誘い込まれたもう一体は、陰影の翼で舞い上がったクロが対処した。
「上からなら気付かれにくいんだったよな」
まるで見えない階段を登る様に一歩ずつ、上空へと駆け上がる。
初めての戦いに、気持ちは昂ぶっていた。
それと同時に単なる敵と割り切れない部分もあって。
「当たれば一撃、とは言え…やっぱ全力で送ってやりてぇかな」
封魔人昇でCRを天界側に寄せ――それでもマイナスには変わりないためレート差による効果は望めないが、そこは気持ちの問題だ。
中の遺体をなるべく傷付けないように気を付けながら、マーウォルスソードを振り下ろす。
「ディアボロになったら、痛みとか感じねぇのかな」
楽に逝けたなら、少しは救われるだろうか。
「悪魔が居なければ、ディアボロも人のまま死ねたんだろうな」
残りは二体、アヴニールはロビンとクリスが待ち受ける中にそれぞれ追い込んで行く。
ファイアワークスとアーススピアが炸裂し、二つの影は文字通り地面に貼り付く様にして動かなくなった。
一方、本体と対峙したカミーユとフローライトは攻撃の機会を伺っていた。
「ボク自身が輝いている、すなわち敵の影はボク側には伸びない、と言うことだ。これならば、何も出来まい?」
星の輝きでキラキラ輝くカミーユは、大袈裟な身振りで影を指差す。
「それに、既に色々な箇所に仲間が光源を置いているこの状況でどう避けるかな?」
勝ち誇った様な笑みを浮かべつつ、審判の鎖を撃ち放った。
それは見事に命中――したかに見えた。
が、効いた様子はない。
「このボクの呪縛から逃れるとは、流石は影の始祖といったところか」
しかし、その隙に光を背負って飛び出したフローライトが黒鎖に白い輝きを宿らせ、叩き付けた。
「そう、ボクの攻撃はこの好機を作る為の囮だったのだよ」
と、そういうことにしておこう。
だが折角の攻撃も当たらなければ意味がない。
「なるほど、眷属と同じく『見えている』状態では当たらないか」
「だったら取り囲んでボコれば良いだろう」
眷属を片付け、加勢に来たミハイルが言った。
「ついでに光で照らしてやれば影に食われる怖れもないはずだ」
「なるほど、それは悪くない考えだ」
滑り台の上から声がした。
見ると、いつの間にかそこに上がったカミーユがキラキラ輝きながら仁王立ちしている。
「では、空を飛べる者はこの真下に影を追い込んでくれたまえ」
あ、いや、言い方はアレですが、そうしてもらえると助かるなー、みたいな?
「さすればこのボクが華麗に止めを刺してやろう!」
「了解じゃ、飛び道具が効かぬなら我は支援しか出来んからのう…」
苦笑いを漏らしつつ、アヴニールは先程と同じ要領で影の足元にショットガンを撃ち込んでいく。
が、今度は影が反撃に出た。
真上を飛ぶアヴニールに向かって一気に伸び上がり、弾き飛ばそうとする。
それを辛うじて避けたアヴニールは、長く伸びた影に銃口を向けた。
「飛び道具は効かずとも、ダメージが入らぬだけであれば…」
精密狙撃で頭を狙う。
これで仰け反らせることが出来れば攻撃の好機が作れるだろう。
しかしアウルの銃弾は全て、その黒い体を素通りして行った。
「何じゃ、この体は…煙か霧で出来ておるのか?」
アヴニールはフラッシュライトの光を浴びせた影にじっと目を懲らす。
「紐じゃ! こやつ本体はただの細い紐じゃぞ!」
どうりで飛び道具が効かないはずだ。
それがわかればこちらのもの、横に切れば良いのだ。
「動き回られたら面倒だから寝てろ」
ミハイルは氷の夜想曲を発動した――が、眠らない。
「スタンエッジも効かないっすよ!」
バステは効果がないようだとクリスが頷く。
しかし、あちこちに置かれた、そして各自が持った光源によって、影への取り込みはほぼ完全に封じた。
後は近付いて殴れば良い、ただし――
「俺は男にも! 気持ち悪い影にも! 押し倒される趣味はない!」
のっそりと覆い被さってきた影を、ミハイルは銃床で殴りつける。
通常攻撃じゃなければ効くはず、というか効いてくれ…ない!?
「ただの物理攻撃なのか!?」
危うしミハイル!
しかし武が鉄数珠を伸ばして投げ縄の様に絡み付けてミハイルを引っ張るのと同時に、横から飛び出したフローライトがフォースで影を突き飛ばす!
ついでに連続で突き飛ばされた影は、カミーユの待つお立ち台の真ん前に!
「では、このボクが自ら引導を渡してやろう。有り難く思いたまえ?」
高笑いが夜空に響く。
が、もう既に処刑タイムは始まっていた。
「影鬼は楽しいよな。でも、遊びは今日で終わりだ!」
クリスの声を合図に、一斉攻撃が始まる。
まずはクリアワイヤーに持ち替えたロビンが、その透明な糸を本体に絡みつけ、引く。
同時に武がその足に白虎八角棍を叩き込み、薙ぎ払った。
引っ張られ、足元を掬われた影は地面に膝を付く。
そこに得物を剣に持ち替えたミハイルが先程の怨みも込めて、反対側からはフローライトが、横薙ぎにパールクラッシュを叩きつけた。
続いて上空から大剣に持ち替えたアヴニールが一気に降下、その重さと勢いを乗せて叩き付ける。
その太刀筋とX字型に交差する形で、クロが膂力に任せて身体を回転させる様に切り付けた。
そして最後に――
滑り台の天辺から颯爽と飛び降たカミーユの、降下重力をも味方にした華麗なる双剣レイジングアタック!
眩い光に包まれた影は、次第にその身を包む闇を失っていく。
最後に残ったのは、人の形に伸びた細いゴム紐の様な残骸だけだった。
「本体と眷属で11体、全部揃ってるっすね」
倒したディアボロとその犠牲者を並べ、クリスがその数を確認する。
それでも念の為、ライトを掲げて影のあるところをくまなく捜し回ってみたが、どうやら残っているものはいないようだ。
その代わりに見付けたのは――
「おめーら、何してんだ?」
見るからにお気楽で頭の悪そうな、三人組の若い男達だった。
「散らかしたままだとマズイし公園の掃除もしとくか」
武は公園内に設置したライトを回収し、踏み荒らされた芝生を出来る限り元に戻しておく。
「後は眷属の元になった人達の遺体や遺留品なんかも回収して、ご家族に返してやんねぇとな…っと、そっちはアルねぇがやってんのか」
フローライトとミハイルは、炭の様に黒い眷属の遺体を調べていた。
「元が人間なら身元確認は必要だろうしな」
だが彼等が元の姿を取り戻すことはなく、また身に着けた物も全てが黒く、手を触れるとボロボロに崩れ去ってしまった。
「時間をかければ元に戻るのかもしれないが…俺達に出来るのは、ここまでだな」
後は警察や撃退庁に任せるしかないだろうと、ミハイルが立ち上がる。
そこに、クリスに後ろからどつかれる様にしながら例の三人組が現れた。
「何じゃ、こいつらは? 野次馬かのう?」
「そうみたいっすねー」
眉を顰めるアヴニールに、クリスが肩を竦める。
「なんか全然反省してないみたいっすけど、どうするっす?」
問われて、フローライトが答えた。
「危険な地に足を運ぶのは個人の自由だ」
故に彼等が何をどうしようと、どうなろうと気にはしない。
気にはしないが――これが平穏に浸り過ぎた弊害か。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる…人間の悪い癖だ」
どれ、軽く小言でも聞かせてやろう。
「これを見ろ」
フローライトはそこに並べられた遺体を示した。
「今日までに、この場所でこれだけの人間が犠牲になった。彼等は人の姿すらしていない」
これを見ても何も感じないなら…それも仕方がない。
「一時間ずれていれば、お前たちもここに並んでいただろう」
ところで。
「獅堂は何故そこで正座をしているのだ」
いつの間にか、小言の対象が四人に増えていた。
「あっ、いや、普段俺がお説教される側だから、つい――」
その時、野次馬どもの背後で地面が爆発した。
「これで少しは懲りるじゃろう」
大声で叫びながら逃げて行く三人組を上空から見送り、地面に向けて銃を構えたアヴニールが満足げに頷く。
武まで驚いて腰を抜かした様に見えるのは、きっと気のせいだ。
その傍らで、遺体の前に跪いたクロはひとり黙祷を捧げる。
ディアボロも、その眷属とされた者達も。
せめて安らかに眠れと――