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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:13人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/11/11


みんなの思い出



オープニング


 10月も終わりに近付き、東北地方はすっかり秋の色合いに染まっていた。
 夏には盛大な祭が行われていた神社の境内では、黄色く色付いたイチョウの大木がその存在感を誇示している。
 街路樹や家々の庭木も、それぞれに秋の色あいを競っていた。
 そんな中、商店街を中心に目立ち始めた奇妙なものが、オーレン・ダルドフ(jz0264)の目を惹いた。

「ふむ、もうそんな季節か……早いものだのぅ」
 店先に置かれた大きなオレンジ色のカボチャを見て、ダルドフは目を細める。
「ああ、それね。ハロウィンですよ旦那、知ってますかい?」
 中からひょいと顔を出した主人が声をかけた。
「なんか子供達が仮装行列しながらお菓子を貰って歩くみたいなイベントで」
「うむ、某もあまり詳しくはないがのぅ」
 とりあえず知ってはいると答えたダルドフに、自分も似たようなものだがと言って主人は頭を掻く。
「とにかく商売の役に立ちそうだってんで、近頃じゃ取り入れてる商店街も多いんですよ」
 いわゆる便乗商売というやつだが、楽しそうな事は何でも取り入れてしまうのは、この国に住む者達の天性の才能と言っても良いだろう。
「で、うちの商店街でもそれに乗っかろうってんで、仮装パレードしようって話になってるんですけどね」
 昨年までは誰もがただ生き延びることだけに必死で、商店街のイベントなど考える余裕もなかった。
 そもそも商店街を維持する事はおろか、ひとつの店が充分な商品を揃える事さえ難しかったのだ。
 しかし、この地が解放されてからは次第にシャッターを開ける店が増え始め、今では以前の半数ほどが営業を再開している。
 もう単なる店の集まりではなく、商店街として復活を果たしたと言っても良いだろう。
「旦那は聞いちゃいないですかい? 確か旦那の勤め先も協力してくれる事になってた筈ですけどねぇ」
 主人の話では、ダルドフの勤務先である食品加工場「天晴屋」も協賛するらしい。
「ふむ、言われてみれば、何やら忙しくなりそうだと言うておったかのぅ」
「けっこう派手にやることになってるんですよ、だってほら……」
 と、主人は声を潜める。
「新しく出来た住宅地には大型店とかもあるでしょ? あっちに負けちゃいられないってね」

「ふむ、なるほどのぅ」
 ダルドフは顎髭を捻る。
 そう言えば元嫁のアパートで行われたパーティにこっそり紛れ込んだのは、去年のことだったか。
 今年はどうしたのだろう、まだ何も連絡はないが――
「旦那も良かったらどうです? 参加してみませんか?」
 手渡されたチラシには、こう書かれていた。
 

 日時;10月31日 午後4時〜
 場所;駅前から商店街を抜け、食品加工場「天晴屋」までの区間、約1km

 参加資格:特になし
 参加費:無料

 沿道はイルミネーションで飾られ、それを眺めるだけでもお祭り気分は満点!
 パレード中はアピール次第でたくさんのお菓子がもらえます!
 イタズラ歓迎!

 パレードの後は食品加工場「天晴屋」の中庭で立食パーティが開催されます。
 工場の定番商品から、まだ市場に出ていない新作、或いは幻の試作品まで食べ放題のチャンス!
 更には地元の酒蔵から樽酒のサービスも!

 特設ステージでは生演奏やハロウィンに因んだ寸劇、コントなども。
 仮装ファッションショーは誰でも飛び入り自由、その他企画の持込歓迎!

 協賛:撃退署


「ふむ、撃退署も一枚噛んでおるのか」
 なかなかマメなことだと、ダルドフは黒田を始めとする面々の顔を思い浮かべる。
 ならば自分も、出来る限り盛り上げに協力しなければ――



リプレイ本文

「こんにちは、気晴らしにお出かけしませんか?」
 当日の朝、リュールの元を訪ねたシェリー・アルマス(jc1667)は、めいっぱい紳士的――いや、淑女的な態度で誘いをかけた。
 今、リュールの周辺はのんびり遊んでなどいられない状況になっている。
 しかし、それはそれとして。
(先生の事は確かに心配だけど…向こうは依頼で動いている皆さんに任せよう)
 大変な状況だからこそ、心にはゆとりが必要だろう。
(待ってる方も、ただじっと待ってるだけじゃきっと辛いよね)
 だから、少しだけ。
「ふむ……?」
 自己紹介の為に差し出された学生証の名前をじっと見て、リュールは何かを思い出したように頷いた。
「ああ、お前か……先日のヒッチハイクでは、うちのチビどもが世話になったようだな」
 それはまだ新学期が始まったばかりの頃。
 名目上はリュールが保護者となっている三人の中学生を連れての旅行の際、シェリーは多くの時間を彼等と共にしてくれた。
「お陰で、あの子達も自分なりに何かを見付けられたようだ」
 それだけで全てが解決というわけにはいかないが、彼等が良い方向に向かいつつあることは確かだ。
「ありがとう、礼を言うぞ」
「いいえ、そんな……」
 大したことはしていないと謙遜しつつ、シェリーは嬉しそうに頬を赤らめた。
「少しでもお役に立てたなら、嬉しいです」
「それで、今度は私か。そんなに世話が必要なように見えたか?」
 くすりと笑うリュールに、シェリーは慌てて首を振る。
「いいえ、そういうわけでは……っ」
「まあいい、乗ってやろう」
 言い方は尊大だし、上から見下ろす態度も「あんた何様?」と感じるかもしれない。
 だが、本人には威張っているつもりも見下しているつもりもなかった。これっぽっちも。
 これが素であり、これでもめいっぱい感謝しているのだ。
「それで、どこへ連れて行こうというのだ?」
「あ、ハロウィンって知ってますか?」
「それくらい知っている、去年もやったからな。子供が大人を襲って菓子を強奪していく祭のことだろう?」
「そう、でしたっけ?」
 シェリーが知っているハロウィンとは、何か違う気がするけれど。
 まあいい、詳しい説明と修正は道中で――


 その頃、現地ではイベントの準備が着々と進められていた。

「恋音、楽しいパーティにしましょうね!」
「……はい、頑張りましょう、ですよぉ……」
 袋井 雅人(jb1469)と月乃宮 恋音(jb1221)は、パーティ会場となる天晴屋の厨房を借りて、料理の下拵えに励んでいる。
 メインとなる南瓜は料理に合わせて切り分け、皮を剥いたり、面取りをしたり、茹でて潰したり、更には裏ごしをしてペースト状にしたり。
 肉に下味を付けて寝かせておく時間も必要だし、時間のかかる煮込み料理などはもう朝から――いや、昨日の夜から準備にかかっている。
「とにかく楽しくいきましょう」
 今日は二人とも仮装やパレードも楽しみつつ、裏方として運営に貢献するつもりだった。

 隣のスペースでは、カーディス=キャットフィールド(ja7927)が猫型クッキーと猫型パンプキンパイを作っていた。
 なお調理中につき、今は人間体の着ぐるみを着用中です。
 とても精巧で本物の人間にしか見えませんが、でもこれは着ぐるみなのです。
 だって、黒猫忍者さんに中の人などいないのですから。
「たくさん作って皆さんにお配りしますの」
 ハロウィン仕様のラッピングペーパーやリボン、ビニール袋やビニタイを用意して。
「可愛くパッケージするまでがお菓子作りですの」
 もふ。
 もふもふしてないけど、もふ。

 沿道ではキョウカ(jb8351)が飾り付けの手伝いを頑張っていた。
「うさぎさんかざるの!」
 え、ハロウィンに兎は関係ない?
「そんなことない、だよ?」
 ほらほら、黒兎にすれはハロウィンっぽい!
 オバケにうさ耳が付いてたって良いし。
「だって、おばけはまっしろで、ふわふわしてるの」
 白くてフワフワしたものにはうさ耳が似合う、これ鉄板。
 フワフワの意味が微妙に違う気もするけれど、そこは気にしてはいけません。
「あっ、ねぃねーたなの!」
 作業の途中でネージュの姿を見付け、キョウカはぶんぶん手を振った。
「ねぃねーたも、おてつだいなの?」
「はい、地域の行事には積極的に参加するようにと、カルム様から言われていますので」
 ネージュの養い親であるカルムも、向こうで電線にカボチャ型の提灯を吊り下げる手伝いをしている。
 二人とも、人間界にはずいぶん馴染んできたようだ。
「あっ、ねぃねーたは、かそうのごよていあるの?」
「仮装、ですか。ネイは特に何も……」
「だったら、あとでおよーふくえらぶの!」
 出来ればカルムも巻き込みたいな!

 やがて時計の針は進み、パレードが始まる時刻が迫ってきた。

 駅前商店街から脇道に逸れた先にある小さな公園は、パレードに参加する者達の集合場所になっている。
 思い思いの仮装をした集団が楽しそうにお喋りに興じながら出番を待つ中、ダルドフは着流しに下駄という普段通りの格好で一人ぽつんと佇んでいた。
 と、そこに――
「とりっく、おあ、とりーーーとぉぉぉ!」
 ずどぉーん!
 お馴染み空中からのダイレクトアタックを決めた秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)は、相変わらずビクともしない壁に跳ね返されて吹っ飛んだ。
 しかしそれも慣れたもので、華麗に後ろ宙返りで着地を決める。
「はっぴーはろうぃーん! でさ!」
「はろいんなの! といっくおあといーとなの! パレードなの! パーティーなのー!」
 その後ろから走ってきたキョウカと二人で手を繋ぎ、壁もといダルドフお父さんの周りでクルクル踊る。
「髪と服は兄さんに選んでもらいやした、どうですかぃ?」
「キョーカはじぶんでえらんだなの!」
 二人は得意げに仮装を見せびらかす。
 紫苑の仮装は角のない方にサイドテールを垂らしていつものヘアピンで留め、反対側には大きなカボチャ帽子を斜めに被っている。着物はオレンジ色の和風ドレスに黒レースの帯だ。
 キョウカは自分で選んだ巫女服にうさみみカチューシャを付け、手作りの御幣を手に持って。
「おつきさまのくにの、おつかいなの!」
「ほう、キョウカは可愛らしいお使いだのう、紫苑もその見立ては悪くないわぃ」
 ダルドフは相好を崩して二人の頭を撫でる――が、紫苑は少々不満げな様子で父を見上げた。
「わるくねぇ、ですかぃ。あんまほめられてる気がしねぇですねぃ」
「ああ、いや……うむ、可愛い。この上もなく可愛いぞ紫苑!」
 本当は手放しで褒めたいのだ。
 しかし、それを選んだのが「あの」百目鬼 揺籠(jb8361)であるという所に、微妙に引っかかる親心。
 とは言え、そんな複雑な心境を娘が察してくれる筈もなく、慌てて言い直しても時すでに遅し。
「んっ」
 無言で突き出される大きなバスケット。
 つまり、これにお菓子を入れないと許してくれないという事か。
「うむ、安心せい。そう来るだろうと思ぅて菓子だけはたっぷり用意したぞ!」
 ダルドフは駄菓子屋のオバチャン推薦の売れ筋駄菓子をぎっしり詰め込んだ大きな袋から、一掴み取り出してバスケットに入れる。
「へへっ、毎どありぃ、でさ!」
 勿論キョウカの籠にも同じだけ。
「ありがとなのっ!」
 さあ、これで軍資金(?)が出来た。
「キョーカ、みんなをばいしゅーしに行きやすぜ!」
「あいっ!」
 ばいしゅー……って、買収?
「ぬしら、一体なにをする気ぞ?」
 しかし子供達はその問いには答えず、あっという間に人混みの中へと消えて行った。

「やれやれ、元気よのぅ」
 その後ろ姿を見送って、苦笑いと共に顎髭をしごいたダルドフは――くるり、後ろを振り返った。
「して、百の字。ぬしは何故コソコソと隠れておるのだ?」
「え、や、別に隠れてるってぇわけじゃ……」
 何と言うか、ほら、睨まれないように視線を避けていたら自然と物陰に入ってました、みたいな?
 いやいや、睨まれるような事は何もしていない、はず、多分。
「ご無沙汰してますぜ、ダルドフさん。元気なようで何よりでさぁ」
 気を取り直した揺籠は、何事もなかったかのように声をかけてみる。
「うむ、ぬしもな」
 肩をバシバシ叩かれそうな気配を感じ、揺籠は容易に手の届かないところで立ち止まった。
 だって叩かれた瞬間にきっと元気じゃなくなるから!
(いや、きっと悪気はねぇんですよね、多分、力の加減が出来てねぇだけで、多分)
 紫苑やキョウカと接する時にはちゃんと力を加減しているという事実には目を瞑っておくことにして。
 今日の揺籠は、去年のハロウィンで着た――と言うか、当たった時計ウサギの衣装で、執事のような黒スーツにモノクル、そして懐中時計と兎耳カチューシャ、兎の尻尾。
 和風と洋風の違いはあれど、今年は正真正銘キョウカと兎でお揃いだ。
「ダルドフさんはどうするんです?」
 まだ着替えを済ませていないダルドフに問いかける。
 彼の見た目なら、その格好でも充分に仮装と言えそうな気もするが――
「うむ、ミハイルが何やら見繕うと言うて……おお、来おったわぃ」
 往来の方を見て軽く手を挙げたダルドフに、揺籠は「それじゃ」と声をかけた。
「俺はまた後で。ちびっこ達が羽目外しすぎねぇように、ちぃと目を光らせて来まさ」
「うむ、すまんのぅ」
 光らせる目の数なら誰にも負けませんぜ、などと冗談を言いつつ、揺籠は人混みの向こうへ。

 入れ替わるように現れたミハイル・エッカート(jb0544)は、クリス・クリス(ja2083)と一緒だった。
「こんにちは、ダルドフさん。娘のクリスです♪」
 戯れに「パパ」と呼んではいるが、勿論本当の親子ではない。
 歳の離れた友人といったところか。
「紅葉が綺麗だぞってパパに誘われたけど、ほんとに綺麗だねー」
 公園の木々も赤や黄色に色付いている。
 すぐ近くまで迫った山の斜面は、まさに錦のような鮮やかな色に染まっていた。
(東北って紅葉も綺麗だけど、女の人も綺麗なんだよね)
 ミハイルパパの目当ては寧ろそちらの方か。
(色白美人さんが多くて、お酒も美味しい……これは、ぱぱの行動に要注意……かな)
 と、肝に銘じた事はひとまず置いといて。
「ぱぱとダルドフさんは戦国時代の仮装するんだよね?」
「おう、甲冑一式はレンタル済みだ、更衣室に置いてあるぜ」
 今日は公園に併設された公民館が更衣室として解放されている。
「ついでに黒田も誘っておいた」
「ふむ、勝の字をのぅ?」
 意外にノリが良いと驚くダルドフに、ミハイルはニヤリと笑って見せた。
「娘に格好いいところ見せたいだろうと言ったら、飛び付いて来たぜ」
「なるほど、その気持ちはわかるわぃ」
 男とは、基本的に見栄っ張りな生き物なのだ。
「して、ぬしはやはり姫君かのぅ?」
 尋ねるダルドフに、クリスは首を振った。
「残念でした、ボクはお小姓さんだよ♪」
 小姓といえば美少年、美少年と言えば美少女が演じるもの、ですよね?
 姫と呼ぶにはお淑やかさに難があるとか、発展途上の体型が残念だからとか、そんな理由ではないのです。
「あ、甲冑とかのレンタルついでに着付けも頼んでおいたから、安心してね」
 どう? 有能なお小姓さんでしょ?

「さてェ…やっぱり例の格好よねェ…うふふふゥ♪」
 黒百合(ja0422)の言う例の格好とは、ざんばら髪を振り乱した落ち武者である。
 何が「やっぱり」なのかはよくわからないが、とにかく落ち武者。
 一見ただのボロ鎧を纏った幽霊にしか見えないが、その衣装には色々と細工が施してあるのだ。
 どんな細工かって?
「あらァ、教えないわよォ? 種明かしは最後にするものでしょォ?」
 ごもっともです。
 ただし運営サイドにはきちんと説明して許可も取ってありますので、ご安心を。

「ハロウィンってまったり押しとしては外せないイベントですけど、あまりかかわる機会なかった行事ですぅにゃ〜」
 白猫の着ぐるみでもこもこになった御堂島流紗(jb3866)は、人混みに紛れてパレードの開始を待っていた。
「今回は目いっぱい楽しんでいくのですぅにゃ〜」
 ちょっと寒くなりだした時期、と言うか東北は既に本格的に寒い。
 ぬくぬくもこもこ、もっふもふの着ぐるみは、防寒具にもピッタリだった。

 そして猫の着ぐるみと言えば、この人。
「思い切りハロウィンパレードを楽しむのです!」
 グッ★
 お馴染み黒猫忍者カーディスは、いつものもふもふ黒猫着ぐるみ(冬毛仕様でもっこもこ)に吸血鬼の衣装を纏った吸血猫。
 裏地に真っ赤なビロードを張った黒マントをなびかせて、颯爽と登場――したのは良いけれど。
「ザラームさんは何処でしょうかー?」
 もふもふ吸血猫は、会場を見渡してキョロキョロ。
 友人のザラーム・シャムス・カダル(ja7518)と途中で落ち合う約束をしていた筈、なんだけど。
「来るとおっしゃっておりましたがどこですかね?」
 見当たらない。
「そう言えば、何の仮装をすると仰っていましたかねー?」
 聞いた気もするけれど、記憶にない。
 まあ良いか!
「きっとパレードの途中でお会いできますの」
 もふ。

「ねぃねーた、んと、まじょさんと、ゆきのようせいさん、どっちがいーい?」
 ネージュを捕まえたキョウカは、借りて来た衣装をネージュの前で広げて見せる。
 魔女の衣装はお馴染みの黒いドレスにとんがり帽子、雪の妖精は雪女風のちょっと和風な衣装だ。
「かるむたまはどうおもう、なの?」
「そうですね、やっぱり白い方が似合うかな」
 キョウカに問われ、カルムは雪女風の衣装を指差した。
 敢えて黒という選択も捨てがたいが、髪も肌も雪のように白いネージュには、やはり白が合う。
「じゃ、ねぃねーたはこっちにきがえてなの!」
 で、こっちの余った方はどうしよう。
「カルムの兄さん、着てみやすかぃ?」
 にしし、と紫苑が笑う。
 だが勿論、カルムは丁重にお断りを入れて来た。
「とは言え、カルムさんにも何か着てほしいところですねぇ」
 というわけで、揺籠さんが持って来ましたオレンジ色のカボチャの着ぐるみ。
「私にこれを着ろと……?」
 着ると言うより被ると言った方が正しいだろうか。
 それは膝上から首までをすっぽり覆うサイズの巨大なカボチャだった。
 因みに腕を出す穴はなく、カボチャの下から出た足にはオレンジ色のタイツを穿くことになる。そして足元はピエロが穿くような先の尖った黒い靴だ。
「それがいやなら、こっちでもいいんですぜぃ?」
 魔女コスをヒラヒラさせて紫苑が笑う。
 女装とカボチャの二択を迫られれば、大抵の男はカボチャを選ぶだろう。多分。
「じゃ、こっちはかえしてくるなの!」
 と、魔女の衣装を抱えたキョウカが駆け出そうとした時。

「あの、もしかしてそれ……余ってる?」
 声をかけられて振り向くと、そこにはシェリーの姿があった。
「あっ、しぇりーねーた! と、りゅーるたまも、こんにちは、なの」
 シェリーの後ろに立っていたリュールに向かって、キョウカはぺこりと頭を下げる。
 彼女がここに来る事は、シェリーからの連絡で皆が知っていた――ただしダルドフを除いて、だが。
「だるどふたまとは、もうあったなの?」
「いや、今日はまだ見ていないな」
 あのサイズなら近くにいれば嫌でも目に入るだろうと、リュールは笑う。
「ところで、その衣装だけど」
 魔女の衣装は人気らしく、シェリーが借りに行った時には既に残っていなかったのだ。
「しぇりーねーたがきる、なの?」
「ううん、それはリュールさんにと思って。譲ってもらえるかな?」
「あいっ、どうぞなの!」
 これで衣装については一件落着、後は黒田を探すだけだ。
 用があるのは本人ではなく、一緒に来ていると聞いた娘の方だけれど。
「おれらと同い年だって、黒田の兄さん言ってやした」
「おともだちになる、だよ!」

 更衣室の前では、鎧武者姿で現れた二人にクリスが思わず目を丸くしていた。
「おおー、ダルドフさんもぱぱも意外と似合う♪」
 先に出て来た黒田がそれなりに似合うのは日本人だから当然としても、この二人がここまで似合うとは。
「金髪碧眼の武将も悪くないだろう?」
 最近流行りの「戦国バモラ!」とかいうゲームでは、どう見ても戦国日本人らしくない美麗なイケメンが甲冑姿でサンバを踊っている。
「それを思えば俺でも違和感無いさ」
 そう言いながら金色の髪を掻き上げるミハイルは片倉景綱(小十郎)の、右目の眼帯が渋いダルドフはその主、伊達政宗の甲冑姿だ。
「東北では政宗は英雄らしいぜ」
 随分と恰幅の良い政宗公だが、まあこれはこれで何と言うか、ゲームのアレよりは本物っぽい感じがする。
「まさに『お館様』ってとこだな」
 そしてお小姓姿のクリスは何故か頭にネコ耳が付いていた。
「ボクのことは『森にゃん丸』って呼んでほしいにゃん」
 伊達家の近習としてそのキャスティングはどうなのとか、細かい事は気にしない。
 因みに黒田はその姓に因んで黒田勘兵衛の甲冑を選んだようだ。
「おとーさん、かっこいい」
「ん、そうか?」
 黒田は自分を見上げた娘の頭を優しく撫でる。
 今日の顔は、どこからどう見てもただの子煩悩なお父さんだった。

「だるどふたまもかつおじたんも、かっこいーの!」
 そこに聞こえたキョウカの声。
「かつおじたん、こんにちはなの!」
 ところで、慌てて後ろに隠れたその子のお名前は?
「ほら、隠れてないで友達に名前を教えてあげたらどうだ?」
 父親に背中を押され、少女は蚊の鳴くような声で答えた。
「……サヤ……」
 漢字では沙耶と書く。
「キョーカはキョウカなの」
「おれはかわいいしおんちゃんでさ!」
 とっておきの「んめぇ棒」を三本ずいっと差し出して、紫苑はニカッと笑った。
「サヤ、おれとけーやくして、まほう少女になりやせんか?」
 じゃなかった、一緒に悪戯しませんか!
「これはけーやく記ねんのプレゼントでさ。おれらと組めば、この10ばいくらいあっという間にかせげやすぜ!」
 が、その頭を揺籠に軽く小突かれた。
「紫苑サン、悪徳商法の勧誘じゃねぇんですから」
 まあ、友達をお菓子で釣る手段は割と普遍的ではあるけれど。
 しかし、この場合は策を弄するよりも直球で勝負した方が効果的だったようだ。
「キョーカとしーたは、さーたとおともだちになりたい、だよ?」
 差し出された手に、小さな手がおずおずと重ねられる。
「さーたのおよーふく、とってもかわいいなの!」
「ありがと」
 小さなコウモリの羽根を背負ったミニスカ魔女の衣装は、母親のお手製らしい。
 上着とスカートにはお菓子を入れる為のポケットがたくさん付いていた。
「じゃ、これは友じょうの記ねんってことで、うけとってくだせ!」
 改めて差し出された「んめぇ棒」だが、沙耶は一本だけ自分で受け取り、残る二本は紫苑とキョウカに。
「みんなで……せーので、たべる」
 乾杯ならぬ、乾棒?
「わかりやした、やりやしょ!」
「たのしそー、なの!」
 せーの、がぶぅ!
 その瞬間、三人の間に奇妙な連帯感が生まれた……気がする。


 やがて宵闇に沈み始めた町にオレンジ色の明かりが灯る。
 商店街に設置されたスピーカーからは、軽快な音楽が流れ始めた。
 ひときわ高いファンファーレが鳴り響けば、いよいよパレードの始まりだ。

「いやはや、中々に盛況ですね」
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は黒いタキシードにシルクハット、顔にはオレンジ色のカボチャマスクという出で立ちで、パレードに沸く沿道の観衆を見渡した。
 こんな格好をしていると、いかにも乗り気であると受け取られそうだが、これは特にハロウィン仕様というわけではない。
 これが彼のいつもの格好、つまり万年ハロウィン。
 とは言え、やはり今日は年に一度の正真正銘本物のハロウィン、気分が乗らない筈もなかった。
「それではちょっとサービスして、撃退士ならではのマジックをお見せしましょうか。うちの可愛い仔供達にも、楽しいお祭りを見せてあげたいですしね」
 エイルズレトラはまずヒリュウのハートを喚び出した――と言っても、素直に往来のど真ん中にポンと姿を現したりはしない。
 まずはカボチャ頭に被ったシルクハットを取って、手品ではお馴染みの「中には何も入ってません」アピール。
 そこに丸めたハンカチを放り込み、カウント3、2、1――
 はい、ハトならぬヒリュウが飛び出しました!
「うわぁ、すごーい!」
「かわいい!」
 沿道からの歓声に気を良くしたのか、ハートはエイルズレトラを期待の眼差しで振り返る。
「き?」
「いいよ、行っておいで」
「きぃー!」
 許可を貰って観客の中に飛び込んだハートは、嬉しそうにその頭上を飛び回り、宙返りをしたり時には腕の中に飛び込んで頭を撫でてもらったり。
 戻って来た時にはその小さな手にお菓子がいっぱい入った小さな籠をぶら下げていた。
 エイルズレトラは帽子を取って沿道に向かって大きく一礼し、被り直す前にその側面を一回ポンと軽く叩く。
 すると今度は帽子の中に色とりどりのキャンディが溢れてきた。
 それを沿道に向かってバラ撒きながら、時間切れで退場となったハートの代わりにストレイシオンのダイヤを喚び寄せる。
 次いでスレイプニルのクラブ、ティアマットのスペードと交代に喚んで、パレードの楽しい雰囲気を味わってもらいつつ――勿論その登場は何かしら観客を沸かせる仕掛け付きで。
 自身は遠くからでも見やすいように色鮮やかなハンカチやボールを使って出したり消したり、紙吹雪に変えてみたり、大きなトランプを使ったカードマジックなどを披露してみたり。
 召喚獣達を四体同時に召喚できればもっと盛り上がるだろうし、彼等自身も楽しいだろうとは思うけれど――
「無い物ねだりをしても良いことはありません、今あるもので如何に工夫しつつお客様に楽しませるか――」
 そこが奇術士の腕の見せ所だ。

「はっぴぃはろうぃーんですぅにゃ〜」
 もふもふ。
 沿道の観客に抱き付いて強制もふもふを提供するという新たなテロを敢行しながら、流紗はパレードを楽しんでいた。
「とりっく〜おあ〜もふもふ〜ですぅにゃ〜」
 イタズラか、もふもふか。
 そう問われてイタズラを選ぶ猛者はそういないだろう。
 結果、流紗猫の周囲にはもふもふを求める者達で押しくらまんじゅう。
「はわ〜、ハロウィンってまったりイベントではなかったのですぅにゃ〜??」
 押しくらまんじゅう、押されて泣きそう。
 いや、その前に。
「暑いのですぅにゃ〜」
 このままだと熱中症になって、着ぐるみの中で遭難しそうです。

 と、そこに救いの女神が!
「カーディス、おぬしこんなところで何をしておるのじゃ」
 ぐいっと腕を引っ張られ、押しくらまんじゅうから救い出されたのは良いけれど。
「まったく、パレードの開始地点で待ち合わせだと言うたじゃろう、それに何じゃその格好は」
「あの、え〜とですぅにゃ〜」
「いつもの黒猫が白猫になったくらいで、それを仮装と申すか、仮装というものはじゃな……」
「も、もしもし、どこのどなたかは存じませんがですぅにゃ〜」
「うむ、声色を使い分けているその努力は認めよう」
「いえ、これは違うのですぅにゃ〜」
 かぽん、被り物を脱いだ白猫の中身は可愛いお嬢さんだった。
「おお、これは失礼したのぅ。猫違い、いや人違いであったか」
「いいえ、こちこそ助けていただいてありがとうございますですぅにゃ〜」
 ああ、夜風が気持ち良い。

 季節外れの熱中症になりかけた流紗猫を救護所に運んだザラームは、パレードの列に戻る。
 今日の彼女はちょっとセクシーな――つまり露出が多めな狼をモチーフにした仮装を身に着け、頭にはシルクハット、手にはキャンディケイン。
「ハロウィンというのは、人を楽しませてお菓子を貰うイベントなのじゃろう?」
 それは微妙に勘違いした情報を元に考えたパフォーマンスだった。
 ザラームは軽快な足取りでステップを踏みつつ、シルクハットを脱いでその縁をキャンディケインでコンコン叩く。
 と、帽子の中から煌めく光が溢れ出し、辺りを明るく照らし出した。
 種明かしをすれば、それはスキル星の輝きと舞台芸術の効果でそう見せただけのことではあるが、観客達にはまるで本物のマジックのように見えたことだろう。
 光を放ち続けるシルクハットの中に、ぽんぽんとお菓子が投げ込まれていった。
「ほう、ハロウィンとはなかなかに良いものじゃのぅ」
 帽子の中のお菓子をつまみ食いしながら、ザラームは上機嫌で練り歩く。
「お、あの姿は黒猫……今度こそカーディスじゃな!」
 後ろからそーっと近付いて、親愛のハグ!
 しかし――

「む、これは……!」
 何だろう、この腕に伝わるむっちりばいーんな感触は。
 しかも何だ、腕を回しきれない、だと……!?
「カーディス、おぬし一体その胸に何を詰めて――」
「……あのぉ……多分、人違いだと思うのですぅ……」
 振り向いたのは黒猫に扮した恋音さん、そして隣で仁王立ちしているのは。
「私の恋音に何をするかぁっ、この痴れ者がぁっ!」
 どーん!
 鬼の着ぐるみに身を包んだ雅人が、ハリボテの棍棒を振りかざしている!
 まあ正直、怖くない。
 その台詞も言い慣れてない感が満載だったけれど。
「こ、これはすまぬ事をした!」
 お詫びに帽子の中身を押し付けて、ザラームは再び雑踏の中へ紛れ込んでいった。
「まったく、カーディスは何処に隠れておるのじゃ!」
 ハロウィンに隠れんぼの要素があるなんて聞いてないぞ!

 \とりっくおあとりーと!/

 本命はここにいた。
「どうぞですの!」
 もふもふ吸血猫は、イタズラの代わりに可愛くパッケージしたクッキーとパンプキンパイを配って歩く。
「はいはい、押さないでくださいですのー、クッキーもパイもたくさん用意してあるのですよ〜」
 形はちょっといびつだけれど、そこが手作りの良さなのです。
 そうして配り歩くうちに、前方に見覚えのあるシルエットを発見!
「ああ! ザラームさんやっと見つけました!」
「……んぬぁ?」
 あれ、ザラームさん何だか目が座ってませんか、大丈夫ですか。
「もしかして、酔っていらっしゃいます?」
「なんじゃと? わらわは酔ってなどおらぬぞ!」
 と言いつつ口に放り込んだのは、アルコール度数の高そうなウイスキーボンボン。
 誰ですか、子供向けのイベントにこんなお菓子を用意したのは。
 まあ大人だから良いけれど。
「なんじゃー、カーディス…今日も猫じゃのう」
 しかも相変わらずの黒猫かと、ザラームさんはご不満な様子。
「今宵わらわは狼ぞ、ちょっと齧ってしまってもよいかのぅ。がぉー」
「にゃー!? かじらないでくださいー!」
 もふもふ毛並に歯型が! ヨダレが!
「囓られとうなければ、黒豹にでもなって来るのじゃな。ただの猫など狼の敵ではないわ」
「ザラームさん、もしかして酒癖お悪いのでしょうかー」
 撃退士は普通、アルコールには酔わない。
 しかし、場の空気に酔うことは稀によくある。
 その場合は悪酔いになるケースが多いので要注意、もふ。

 仲良く手を繋いだ三人のちみっこを先頭に、全く統一感のない仮装をした集団が歩いて行く。
 左から紫苑、真ん中に沙耶、右にはケセランのキーを抱いたキョウカ。
 キーのウサ耳のように見える角には、大地の恵みで咲かせた花が飾られていた。
 そのすぐ後ろにはネージュとリュールが並ぶ。
 ほぼ白一色で雪と氷の化身のようなネージュと、衣装は黒く腹の中も多分黒いが、醸す雰囲気は氷のようなリュール。
 二人で並ぶと少し歳の離れた姉妹のように見えなくもない。
 ただし見た目の年齢差は十歳ほどだが、実年齢の開きは恐らく八百をゆうに超えるだろう。
 天魔って、怖ろしい。
 二人の間に挟まれながら、遠慮がちに少し下がって歩くシェリーは黒羊の着ぐるみを着込んでいた。
「実家から寮に持ち込んだ、もふもふグッズのひとつなんです」
 彼女の部屋にはもふもふが溢れ、最近ではそこに生身のもふもふ――ホト種の兎も加わったようだ。
「うしゃぎしゃん!」
 兎の単語に反応したキョウカが振り返る。
「しぇりーねーたのおうち、うしゃぎしゃんいるなの?」
「うん、ポプリっていう名前の女の子なの」
 何故か秋の山で捕獲したらしい。
「いいなー、こんどキョーカもあそびいっていい?」
「みんなで来てくれると嬉しいな」
「えっ、おれもですかぃ?」
「サヤも?」
 その声に笑顔で頷いたもふもふ黒羊を見て、三人は手を繋いだままクルクル踊る。
「あの子は人見知りが激しいんだが、もうすっかり馴染んでるな」
 後ろを歩く甲冑姿の黒田が嬉しそうに呟いた。
 その後ろには、ふらふらと覚束ない足取りで歩くカボチャのカルムと、それを支えるように殿についた揺籠が続く。
「カルムさん、大丈夫ですかい?」
 へんじがない、ただのあるくしかばねのようだ。

 脈絡のない集団の後ろには、武者行列――と呼ぶにはささやかな人数だが、伊達家と織田家のコラボが続いていた。
 前を歩くのは貫禄たっぷりの独眼竜ダルドフ、そのすぐ後ろに小十郎ミハイル、更に後ろには太刀を携えたにゃん丸クリス。
「この気分、悪くないな」
 沿道の観衆に手を振りながら、小十郎ミハイルが満足げに頷く。
 普段は電車やバスの混雑時でもそっと距離をとられて内心しょんぼりだが、今日はちょっとしたスター気分。
 どうしよう、癖になりそうだ。
 おまけに手を振る女性達は、どっちを見ても秋田美人。
 え、握手してほしい?
「うむ、くるしゅうない。よきにはからえ」
 手を差し出しながら観客の方へ近付こうとする小十郎ミハイル、だが――
「こほん。景綱さま先を急ぎましょう」
 大事なパパが変な女に引っかかっては大変と、後ろのにゃん丸クリスがそっと声をかける。
「それに、それは殿のお言葉にございますれば」
「おう、そうだったな……じゃあ俺は何と言えば良い」
 声を潜めて聞き返す小十郎ミハイルに、にゃん丸クリスは懐から虎の巻を取り出した。
 じゃーん、戦国バモラ攻略本、武将データ付き!
 それによると、ゲーム内ではこのあたりが有名な台詞らしい。
「お館様、今こそ鬨を上げましょう!」
「うむ、れっつぱーりぃ! だっはっは!」

 彼等が通り過ぎた後――空気が変わった。
 音楽も変わった。
 ついでに照明も明るいオレンジ色から暗くて冷たい雰囲気の青へ。
 会場を渡る風さえも一段と冷たくなったように感じられる中。
 落ち武者が現れた。
 ボロボロの鎧には矢が刺さり、血糊がこびり付き、そして身体全体からは人魂のような青い炎が揺らめいていた。
 髪を振り乱し、足を引きずるその姿は、まるで前を行く伊達家の主従に追い縋ろうとする亡霊のようにも見える。
 もとよりハロウィンは西洋版のお盆のようなもの、釣られて「本物」が出て来てもおかしくはないのだが――
 と、その姿が忽然と消え失せた。
 今まで立っていた場所には細かな氷の結晶が舞っているだけで、落ち武者の影も形も、青い炎も見当たらない。
「な、なんか急に寒くなった?」
「なにこれ、本当に何か出そう……」
 上着の前をかき合わせ、手を擦り、足踏みをしながらざわめく観客達。
「ねえ、あの落ち武者どこに消えたの?」
「まさか本当に本物――」
 その瞬間。
「「ぎゃあぁぁぁっ!!!」」
 それは目の前に現れた。
 まるで特撮かCGのように、有り得ない場所――地の底から、ぬぅっと。
 もつれた髪はそれ事態が意思を持つようにオドロオドロしくうねり、観客達に絡み付こうとする。
 結果――失神者、続出。
「あらァ、少しやりすぎたかしらァ♪」
 だから事前にちゃんとパフォーマンスの内容を報告しておいたのに。
 え、それでも怖いものは怖い?


 パレードも無事(?)に終わり、参加者と観客達は共に天晴屋の中庭に設けられたパーティ会場に雪崩れ込む。
「や、無事に終わって何よりでした」
 大きなテーブルを丸ごとひとつ占拠した集団の中で、揺籠が沿道の観客から貰ったお菓子を広げて見せた。
 そこに自分で持ってきた金平糖やキャンディ、チョコにクッキーなどを加えて、テーブルの真ん中にドンと置く。
 それとは別に酒のつまみにもなるだろうと、甘くないクラッカーはダルドフに。
「ダルドフさんにゃ甘いもんよりこっちの方がいいかと思いましたしね」
「ふむ、気が利くのぅ」
 運営側でも酒飲み用にナッツやレーズン、焼いたスルメや燻製、チーズなどを用意していた。
「酒は飲み放題ってぇことですし、カルムさんも一緒にどうですかぃ?」
 殆どの者が仮装のままでパーティに雪崩れ込む中、カルムだけは普段の服装に戻っていたが――まあ、あの格好のままでは満足に飲み食いも出来ないし、そこは仕方ない。
 揺籠にダルドフ、黒田、カルムと保護者組が揃い、ここらで乾杯といきたいところだが。
 ちみっこ達の姿が見当たらないのが、どうも気にかかる。
「去年も大概ひでぇことになりましたが……今年も絶対悪戯やりすぎるでしょう?」
 ねえ紫苑サン、と見えない悪戯小僧(女の子だけど)に声をかけた、その直後。

「「とりっく、おあ、とりっくー!」」
 お菓子くれても悪戯するぜと、紫苑とキョウカ、沙耶は勿論ネージュまでを巻き込んでの渾身のイタズラが炸裂する!
 大人達が酒を呑もうとしていたテーブルの周りが瞬時に闇の中、と思ったら――

 パァン!
 パパン!
 パン!
 パーン!

 四つの特大クラッカーが、暗闇を裂いて一斉に鳴り響いた。
 テーブルはひっくり返り、置いてあったお菓子やおつまみは派手にぶちまけられ、酒は零れ、ついでにカルムが変な声を上げて尻餅をつき、巻き添えを食らった黒田がダルドフに頭突きをかまし――だが、ここはビクともしない。
 しかしその派手な物音に、何事が起きたのかと会場は騒然となった。
「だい、せい、こう! でさ!」
「だるどふたま、かるむたま、かつおじたんも、ごめんなさい、なの!」
「やったぁー!」
「あの、これはネイも共犯という事になるのでしょうか……」
 オロオロしている一部を除いて、子供達は笑いながら蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
 しかし――
「紫苑サン……!」
 翼を広げた揺籠が縮地で追いかけ、その首根っこを捕まえた。
「悪戯の程度をも少し考えてですねぇ……!」
 まぁ今日は悪戯も許される日ではある、けれど。
「ものには限度ってぇモンがあるでしょォよ」
 ごん、その脳天に向かってゲンコツをひとつ。
「でっ! 兄さんひでぇでさ! なんでおればっかり!」
「なんでって、そりゃァ……紫苑サンだから、でしょォよ」
 あ、いや。
 別に深い意味とかそういうわけでは、あるような、ないような。
「ダルドフさんは甘ぇですからね、俺が叱らなきゃ他に誰が叱るんですかぃ」
 それはともかく。
「さ、戻ってテーブルの片付けをしなせぇよ」
 なおキョウカと沙耶は黒田に、ネージュはカルムに、それぞれこってり絞られたそうな。

「しかしまあ、あれを巻き込まなんだのは正解だったのぅ」
 復旧したテーブルについて酒を呑みながら、ダルドフはちらりと遠方に視線を投げる。
「あれの報復は怖ろしいからの、今頃はこの辺りに草木一本残ってはおらなんだぞ」
 ダルドフの言う「あれ」とは勿論、シェリーに袖を引かれて渋々こちらに近付いて来る氷の魔女、元妻リュールのことだ。
(ダルドフさんになら、リュールさんも弱音を吐ける…かな?)
 という淡い期待のもと、引っ張って来てはみたものの。
(でも二人っきりにはならないだろうから…厳しいかな?)
 いやいや、ここはダメモトで!
 気心の知れた仲なら、近くにいるだけで落ち着いたり、気持ちが安らぐこともあるだろうし。
(後はお二人に任せて、私は退散しますね……!)
 キョウカ達、女の子と一緒のテーブルに混ぜてもらおうかな。

 やがて厨房から出来たて料理の食欲をそそる匂いが漂い始める。
「恋音、準備は良いですか?」
「……はいぃ、いつでも大丈夫なのですぅ……」
 料理担当の恋音と雅人は、パレードの余韻を楽しむ暇も惜しむように厨房に入り、それぞれに自分の得意料理を作っていた。
 恋音はハロウィンらしさに拘ったパンプキンパイや南瓜のポタージュなどを中心に、比内地鶏を使ったチキンソテーやトマト煮込み、ハーブ焼きに唐揚げ、モツ煮、きりたんぽ鍋。
 それにデザートやお菓子に、寒い屋外で身体を温める為の水炊きや豚汁などなど。
「……地鶏のガラで取ったスープは、濃くて美味しいのですぅ……」
 雅人はカボチャの甘みが溶け込んだカレーライスに、カボチャのチーズフォンデュ、デザートにチーズケーキタルトやリンゴを使ったタタンタルトなど。
 パーティは各自で好きなものを好きなだけ取って行くバイキング形式だが、二人は綺麗に盛り付けた皿を持ってダルドフのところへやって来た。
「ダルドフさん、初めまして」
「……初めまして、ですぅ……」
 それから、少し離れたリュールにも頭を下げる。
「いや、お前は初めてではなかろう?」
 恋音もまた、先日のヒッチハイクで尽力してくれた仲間のひとりだ。
 その時には顔を合わせることもなかったから、初めましてでも間違いではないのだが。
 わざわざ持って来てくれた事に礼を言いつつ、それぞれの料理に口を付ける――もっとも、ダルドフに供された甘味系は全てリュールのところへ自動的に送られたようだが。
「事務方の作業が得意だとは聞いていたが、料理も出来るとは大したものだな」
「うむ、二人ともなかなかの腕ぞ」
 料理の腕を褒められて、恋音と雅人はまんざらでもない様子。
 しかしこの元夫婦、仲が悪いわけでもなさそうなのに、何故こんなに距離を置いているのだろう。
「……それが、お二人にとって丁度良い距離、ということになるのでしょうかぁ……」
「まあ、そうだな」
 リュールの答えに雅人が首を傾げる。
「そういうもの、なのでしょうか。私など恋音とはいくら近くにいても、もっと近付きたいと思うほどですが」
 思うだけでなく、実際にくっついてもいるけれど。
「若い者はそれで良いのだ」
 もっとくっつけ、大いにイチャつくが良い。
「だが、私などはもう良い歳だからな。今更愛だの恋だのと、そんな気分にはなれん」
「……そういうものでしょうかぁ……」
 恋に年齢は関係ない気がするのだけれど。

「これは何というお料理なのでしょうかですぅにゃ〜」
 少し休んですぐに復活した流紗猫は、大皿を手に料理のコーナーをじっくりと見て回っていた。
「これも見たことないのですぅにゃ〜」
 天晴屋の新作メニューを中心に、珍しいものを中心にセレクトしながら楽しんでいく。
 中には新しすぎて口直しどころか解毒剤が欲しくなるようなものもあったりするけれど。
「試作品のコーナーもあるのですぅにゃ〜」
 なになに、試食してみて一番美味しいと思ったものに投票してください?
 最も得票が多かったメニューが商品化されます?
「どんなものがあるのですぅにゃ〜?」
 納豆サンドイッチに、天然酵母のわかめパン、ミドリムシ入りの青汁ふりかけ……?
「身体にはよさそうですけど、あんまり美味しくなさそうなのですぅにゃ〜」
 どれが採用されても、あんまり売れないと思います。

 落ち武者姿の黒百合は、周りを取り囲んだギャラリーにトリックの種明かしをしていた。
「あはァ、もう服は燃えないわよォ」
 仕込んでおいた可燃性塗料はもう全て燃え尽きたし。
 青い炎は炎焼を改造した炎細工のスキル、炎は本物だがパフォーマンス用に色や形を自由に変えられるようにしたものだ。
 途中で姿が消えたのは蜃気楼とダイヤモンドダスト、物質透過の併用で。
 最後の脅かしは忍法「髪芝居」だ。
「どおォ? 撃退士のスキルも意外なところで役に立つでしょォ?」

 一方、召喚獣を喚ぶ時以外はスキルを使わず、自前のテクニックで観客を沸かせたエイルズレトラは、ステージでも得意のマジックで観客を沸かせていた。
 続いて仮装ファッションショーや仮装のど自慢、仮装物真似大会など、次々と行われる様々なパフォーマンスに、流紗は盛んに声援を送る。
「皆さん芸達者なのですぅにゃ〜」
 そしてステージショーも終盤に差し掛かった頃。

「そろそろ俺の出番だな!」
 程よく酒が回ったミハイルが演舞を披露しようと立ち上がる。
 ダルドフとクリスを誘って、それに――
「娘に格好いいところ見せたいだろう?」
 再び魔法の言葉を言われれば、黒田も動かざるを得なかった。
「しかし演舞なんてどうすれば良いんだ、俺は知らんぞ!」
「なに心配ない、模造刀で適当に斬り合うだけだ」
 手合わせのようなものだと思えば良い。
「お館さま。伝家の宝刀を景綱さまに」
「うむ」
 ステージの端でにゃん丸クリスが独眼竜ダルドフに太刀を差し出す。
 受け取ったそれを、今度は片膝を付いた小十郎ミハイルへ。
 そして捧げ持ったミハイルは静かに立ち上がり、ステージの中央で黒田と対峙、互いの刃を合わせる。
 ゆっくりと舞うように、時には激しく打ち合わせ――

「うん、やっぱり絵になるねー」
 舞台袖に引っ込んだクリスは、カメラを持ってこなかった事を少しばかり後悔していた。
 主従で太刀を受け渡すシーンなんか、もう最高のカットだったのに。
「誰か写真撮らないかなー」
「おしゃしんじゃないけど、キョーカがだるどふたまと、みはおじたんのゆーしをおえかきするの!」
 キョウカの絵は写真よりも上手いと評判なのだ。
 正真正銘、本来の意味の画伯に勇姿を描いて貰えるとは何たる幸運。
 なお七歳から見れば三十歳は立派なおじさんですので、そこは気にしない方向で。
「ほかのみんなも、おえかきするの!」
 ミハイルとクリス、ダルドフと紫苑、黒田と沙耶、それにカルムとネージュなど親子のツーショットは特に重点的に。
「かけたらプレゼントする、なの!」
 リクエストも受け付けるよ!


 やがて夜も更けて、そろそろ子供は寝る時間。
 しかし大人のハロウィンはまだまだ続く。
「そうじゃ、わらわのハロウィンは、こんなものではまだ終わらぬのじゃ!」
「ざらーむさん〜それ以上お酒はだめですよ〜」
 酒は呑んでも呑まれるな、しかしザラームは完全に呑まれ――
「なぁーにを言うか、わらわは呑まれてなどおらぬぞー」
 とは言え、寝落ちるのも時間の問題か。

 一方こちらは酔わない大人達。
「この格好で杯を煽る姿も様になるだろ」
 ステージに投げられたおひねりの菓子を子供達に持たせて先に帰らせ、ミハイルは美味そうに杯を傾ける。
 酒も肴も、まだ山のように残っていた。
「夜はこれからが本番でさ」
 揺籠は手酌で一杯。
 いや、揺籠に限らず皆がそれぞれ自分のペースで勝手に呑んでいる。
 付き合いでもなく、何かの手段でもなく、ただ呑みたいから呑む。
「やっぱりこういう酒が一番美味いな」
 付き合いで呑まされる酒には良い思いがないのだろう、黒田が苦笑いと共に呟いた。
 カルムは酒に弱いのか、それとも無茶振りされた仮装の疲れが出たのか、テーブルに突っ伏して寝息を立てている。
 そしてダルドフとリュールは相変わらず距離を置いたまま、しかも互いに背中を向けて、静かに呑んでいた。
 言葉を交わすわけでもなく、ただその背に互いの存在を感じて。
「ああいうのも、カタチとしちゃぁアリなんですかねぇ」
 揺籠がしみじみと呟く。
 こちらに向けたダルドフの表情は、いつになく満ち足りているように感じられた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
Walpurgisnacht・
ザラーム・シャムス・カダル(ja7518)

大学部6年5組 女 アストラルヴァンガード
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
ドォルと共にハロウィンを・
御堂島流紗(jb3866)

大学部2年31組 女 陰陽師
娘の親友・
キョウカ(jb8351)

小等部5年1組 女 アカシックレコーダー:タイプA
鳥目百瞳の妖・
百目鬼 揺籠(jb8361)

卒業 男 阿修羅
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー
もふもふコレクター・
シェリー・アルマス(jc1667)

大学部1年197組 女 アストラルヴァンガード