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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:18人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/10/06


みんなの思い出



オープニング



 科学室の案内パンフレット、その名も「オールアバウト科学室」が出来上がった。
 A五判16ページ、オールカラーの中閉じ本。
 随分と薄っぺらいが、あの「うすいほん」ではない。
 ページ数は少なくても、中身はぎっしりと詰まっているのだ。
 科学室の基本的な利用法から上級者向けの情報まで実例を交え、カラフルで可愛く読み易く、また実用的な情報以外にも門木へのインタビューなど楽しいコラムが満載だ。
 因みに最後まで迷っていた門木からの「利用者への一言」は結局、迷った末に長文かつ難解な内容となった為に割愛され、最終的には科学室入口の看板に書かれている内容と同じ台詞が掲載される事となった。
 あの台詞はもう五年以上も前に考えたもので、今とはだいぶキャラも違うのだが、締切に間に合わないとなれば背に腹は代えられない。

 そんなわけで助っ人四人の汗と涙と眠気と空腹と、その他諸々の結晶が、いよいよ新入生に配られる時が来た。
 彼等にはパンフレットと一緒に、新しく作られた「強化成功のお守り」と「携帯闇鍋セット」が配られることになっている。
 その後は食堂で歓迎のパーティだ。

 ただ、普通のパーティではない。
 科学室が絡んだイベントらしく、出される料理は突然変異の結果に生まれたもの。
 いずれも身体に害があるわけではないが、味の保証はなく、しかも余計な特殊効果が付いていたりする、かもしれない。
 見た目と匂いは紛れもなくカレーだが、食べたらチョコの味がして、しかも語尾が「ニャン」になる呪いがかかっているとか――
 多分それは、この久遠ヶ原学園ではそう珍しい事ではない、筈だ。
 そんなカオスを楽しむ余裕も、学園生には必要なスキル。

 さあ、新入生の諸君。
 怖れずに扉を叩くのだ。
 そこにはめくるめく奇跡とカオスが待っている。

 ようこそ、ディープな久遠ヶ原ワールドへ!



リプレイ本文

 その日、科学室の周辺には異様な空気が満ちていた。
 それはそうだろう、突然変異で生まれた料理を供するだけならまだしも、それを使って闇鍋をしようというのだから。

 どうしてこうなったかって?

「ここは久遠ヶ原学園だ、こうなる事は自明の理だね」
 闇鍋教の創始者にして教祖、そしてこの闇鍋会の主催者である鷺谷 明(ja0776)がニヤリと笑う。
 片手に鍋を、片手に雑草とくず鉄を。

 ドンドロドロドロ、ドンドロドロドロ…

 なにやら不安を煽る太鼓の音をBGMに、時折聞こえる謎の爆発音をアクセントに。
 暗幕で仕切られた一角に、厳かに置かれる鍋。

 さあ来たれ、可愛い子羊どもよ。
 このラブリーポエミーな夢溢れる素敵コーナーへ!


 何も知らない新入生達は、先輩達から渡されたパンフレットと記念品である「強化成功のお守り」と「携帯闇鍋セット」を手に、科学室へと足を運ぶ。
 因みにこのお守り、原案では担当教諭の名が付けられていたが、本人による「恥ずかしい」という申し立ての結果、現在の名称になったものである。
 それは今回この企画をサポートし盛り上げてくれた在校生、及び発案者にも、後日報酬と一緒に配布される手筈となっているので、購買に並んでも慌てて買わないように。
 なお闇鍋セットは人を選ぶ為、配布は見送られたそうです。

「変異料理で闇鍋? 面白そう!」
 神谷 愛莉(jb5345)は、材料に使える不要品がないかと物置を漁る。
 しかし――
「え、闇鍋料理でおもてなし?」
 先輩である礼野 智美(ja3600)が渋い顔をして見せた。
「エリ、編入したての頃闇鍋でえらい目にあったの忘れたのっ!」
「えー、でもあれは夏でしたの」
 真夏に鍋を囲めば闇鍋でなくても酷い目に遭うのは道理で、だから闇鍋に罪はない…え、だめ?
「…新入生がトラウマになったらどうするんだ」
 歓迎会で悪夢はちょっと可哀想だ。
「これから先、学園生活には命の危険がある。最初くらいは出来るだけ楽しい思い出にしてあげたいだろう」
 というわけで、智美は部活の代表として、ごく普通にBBQをする事になった。
 何故か部室に揃っている食材を抱えて科学室へと向かう。
「いや、料理関係の部活じゃない。が、料理好きが多いのと欠食児童が多いのでな」
 え、材料持込でも学校から費用が補填されるんですか?
 では遠慮なく頂きましょう。

「科学室でパーティー…嫌な予感しかしない」
 鳳 静矢(ja3856)は決意した。
「先輩として、在校生の悪乗りから新入生を守らねば…!」
 というわけで、彼はラッコになった。
『キュゥ!』
 因みにこの着ぐるみも科学室での改造品だ。
 元はくまの着ぐるみだったものを、最新の手直し技術と現代科学の粋を集めてラッコの姿に改造したのだ。
 その出来映えを見ても、科学室のチートぶりが窺えるというものだろう。
 まあ、それはそれとして――
『キュゥ!』
 静矢ラッコは言葉が話せない、という設定だ。
 よって会話はホワイトボードとマーカーでの筆談となる。

【君も新入生か?】
 ラッコが示したその文字を見て、逢見仙也(jc1616)は「いや…」と首を振った。
 確かにこの学園に来て日は浅いが、もう新入生という時期でもないだろう。
 この学園の洗礼なら、もう充分すぎるほど受けている気がするし。
「ま、好きにするか」
 科学室でイベントがあるという情報だけ受け取って、仙也は新入生の歓迎ムードに沸く校内を横切って行った。

 科学室の周辺は既に黒山の人だかり。
 その片隅では平均年齢の高そうな集団が車座になっていた。
 彼等は社会人新入生の為に集まった有志達である。
 若い学生達ばかりの学園で、恐らくは居心地が悪く肩身の狭い思いをしているであろう彼等にエールを送る為――というのも嘘ではないが――
「やってる事はただの酒盛りだよねー」
 昼間から良い気分になっているダメな大人達を見て、クリス・クリス(ja2083)は苦笑い。
「でも羽目は外させないよ」
 にやり。
「高級なお酒が隠してある部室ロッカーの鍵はボクが持ってるんだから」
 しかし厄介な事に、このダメな大人達は無駄に稼ぎが良かった。
 差し押さえられたら買って来れば良いじゃない、という事で。
「くっくっくっく…ミハイル殿に誘われて来たのだよ」
 冲方 久秀(jb5761)はとっておきの大吟醸を手土産に、まずは駆けつけ一杯とミハイル・エッカート(jb0544)の杯にちょぴっと垂らす。
「くっくっくっく…」
「おい、いくら何でも少なすぎるぞ」
 折角の大吟醸なのに、これでは味もわからないとミハイルが…あー、えーと、ミハイルさん、ですよね?
 包帯ぐるぐる巻きで顔の判別も付かないんですけど?
「ああ、俺だ」
 今回はミイラっ粉の効果ではない。依頼で重体を喰らった結果だ。
「脅すわけじゃない、俺が敵を甘く見たせいだ」
 遠巻きに見守る新入生達に声をかける。
「痛い目に合いたくなければ鍛錬しろ。じゃなければ危ない依頼を避けるんだな」
「危ない依頼、ですか」
 一体どんな強敵と戦ったらそんなにボロボロになるのかと、一人の新入生が恐る恐る訊ねた。
「くっくっくっく…」
 久秀の笑い声が恐怖を煽る中、ミハイルの口から語られたのは――
「ふっ、手ごわいピーマンだった」
 そう、ピーマンだ。
 この久遠ヶ原学園ではピーマンでさえ凄まじい破壊力を誇る殺戮兵器に変異する、かもしれない、のだ。

 そして彼等は今ここで、その脅威の一端に触れることとなる。

「科学室へようこそ! 科学室はみんなを歓迎するよ」
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は、一見すると親切で面倒見の良い頼れる先輩に見えた。
 そんな気安い様子に騙されて、付いて来たのが運の尽き。
 いや、本人には騙すつもりも悪気もないのだが、何しろ学園きってのトリックスターだから。

「さぁって、科学室新歓コンパのはじまりだー」
 お祭大好き面白い事大好きな爆発屋ラファル A ユーティライネン(jb4620)は、本日の司会担当。
「まずはここで突然変異クイズー!」
 どんどんぱふぱふ。
「どっちの料理ビフォーアフターでショー!」
 その名の通り、改造料理の「元」と「結果」を当てて貰おうという企画だ。
「当たったら試食、外しても試食、どっちにしても食べ放題の大盤振る舞いだぜ!」
 とは言っても変幻自在の突然変異、ノーヒントでは厳しかろう。
 ということで、元のアイテムだけは特別に見せてあげよう。
 じゃーん!
「さあ、ここにあるのは六尺玉だ! 六尺玉ってわかるか? 花火だ、花火」
 これを錬成窯にブチ込んで――
「さあて、何ができますか。細工は流々、後は仕上げをごろうじろ」
 3、2、1、チーン!
「「電子レンジかよ!?」」
 あちこちから一斉に湧き上がるツッコミ、しかしこれは紛れもなく、人類が誇る最先端の超スゴイシステムなのだ(語彙ェ
 出来上がったのは、一見するとごく普通の小龍包。
「さあ遠慮なく食え、熱いから気を付けてな」
 小龍包は通常でも中のアツアツ具材が飛び出して火傷しかねない食べ物だ。
 それが突然変異で出来たものなら、口に入れた瞬間に爆発しても不思議はなかった。

「いえっ、あのっ、遠慮しておきますっ!」
 懸命に首を振り、必死の形相で試食を辞退する新入生。
 しかし、そんな内気で遠慮がちな生徒を親切な先輩が放っておく筈がなかった。
「大丈夫」
 屈託のない笑顔で、エイルズレトラが肩を叩く。
「食わず嫌いせずに、先ずはチャレンジしてごらん。きっと新しい世界が待ってるよ」
「い、いえ、僕は慎重な保守派で…!」
「だったら尚更、冒険が必要だね」
 かぽん!
 アツアツの小籠包を問答無用で口に突っ込み、エイルズレトラは即時撤退!
「心配ないよ、骨は拾ってあげるからね」
 じゃなかった、そう、ちゃんと介抱してあげるから。

【おっと爆発五秒前か】
 つまり有余は1ターン。
 ラッコ静矢がボードを掲げ、周囲の新入生をその被害から守ろうとする。
 が、彼は「ボードに文字を書く」という行為によって、自らのターンを既に消費していた。
 つまりもう動けない!
 え、こんな時にガチ判定しなくてもいいだろうって?
 いや、可愛い後輩に現実の厳しさを包み隠さず伝える事も先輩の勤めですから!
【まぁ学園ではよくある事だよ】
 そうそう、よくあるよくある。

「このテンション、付いて行けない?」
 呆気に取られた様子の新入生に、神谷春樹(jb7335)が声をかけた。
「こんなお祭り騒ぎがしょっちゅう起こるから慣れた方がいいよ。ノリが合うなら混ざってもいいし」
 合わない子には…そうだな、静かな席を用意してあげようか。
 春樹は喧噪から離れた一角にテーブルを用意し、そこに自分が作った料理を並べる。
「大丈夫、これは普通に作ったものだからね」
 じっくり煮込んだ野菜たっぷりのポトフやコンソメスープなど、温かくて胃に優しい物を。
 ついでに疲れた心にも優しいかもしれない。
 ゆったり寛いだら、ゆっくり話でもしようか。
「何か聞きたい事はある?」
 逆に聞いてほしい事があれば何でも聞くし、わかる範囲ならアドバイスもしよう。
 阿鼻叫喚のBGMが、少しばかり物騒だけれど。

「いいわねェ、突然変異料理ィ…ロシアンルーレットみたいでわくわくするわァ♪」
 黒百合(ja0422)は実に楽しそうに、荷物の中から「うすいほん」を取り出した。
 うすいほん、それは文字通りページ数が少なく薄っぺらい本の事である――というのは何も知らない善良な一般市民に対する解説。
 詳しい説明は避けるが、ここで言う「うすいほん」とは一般的ではない方の意味合いである。
 なお、その具体的な中身はどうやら倫理規定にひっかかるらしく、紹介は控えさせて頂きます、はい。
 そして出来上がったのはココナッツミルクたっぷりのタイカレー。
「あらァ、意外に美味しそうねェ…♪」
 食欲をそそる香りを胸一杯に吸い込んで、いただきまーす。
「うッ」
 酸っぱい。
 腐ってるんじゃないかと思うほど、酸っぱい。
「だとしても心配はいらないわァ…」
 ちゃんと薬は飲んでおいたから、あの有名なラッパのマークのやつ。
 だが、如何な安心と信頼の家庭薬でも、突然変異の副作用には抗えない。
 次の瞬間、黒百合は猛烈な腹痛――いや、眠気に襲われた。
 揺すっても叩いても、ピクリとも動かない。
 仕方ないから、残った料理は闇鍋にブチ込んでおきましょうねー。

「俺も試してみるかな」
 仙也は某抱き枕を錬成窯に突っ込んでみる。
 アイテムのモチーフとなった本人が目の前にいるけど気にしない。
 そして祈る。
(何かとんでもない効果が出ますように…!)
 出来上がったのは白身魚のフライ、らしきもの。
 形は抱き枕に似ていると言えない事もない気がする。
 味と効果は――
「おい、食ってみろ」
 小皿に切り分けて新入生に配る。
 この状況では警戒されない事など有り得ないし、どうやってもリラックスなど出来ないだろうから、敢えて突き付けるように。
「俺? 食べませんけど? 何が起こるかわからないのに食べる訳無いじゃないですか」
 あ、今のはオフレコで。
 そして犠牲者達に変化が生じる。
 まるで梅干しでも食べたような表情をしながら――すぽーん!
 脱いだ。
「お、良いぞ」
 脱衣衝動の効果だったか、流石は元抱き枕(?
 そしてノービアリングは普通に美味しいタコスになったが、やはり脱衣効果が!
 カップル向けに作られたペアリングなら、その効果も妥当…なのか?
 救急箱の中身各種を変異させてみたが、揃いも揃って脱衣効果なのは、もはや材料ではなく持ち主に何かがあるとしか思えない――いや、お祈りの効果か。
 祈れば通じるのか。

【おやこれはちょっと見せられないな】
 潔く脱ぎ始めた生徒達の周囲に、ラッコ静矢が窓から剥ぎ取ったカーテンで仕切りを作る。
【問題ない、後できちんと戻しておく】
 なるべく見ないようにして、脱いでいる者達を男女別に分けて――あれ?
(この子は…男の娘か。こっちは男装、こちらは…わからん)
 流石は久遠ヶ原。
 更には既に他の料理で性別が逆転している生徒もいて、効果が切れた瞬間にどんな事が起きるか――わかりますね?

「平穏に終わる…訳がありませんよね」
 こくり、雫(ja1894)が神妙な顔で頷く。
「ええ、知ってました」
 しかし、用意されたレールには乗っかるのが礼儀。
 例えレールの通りに進む気がなかったとしても、最初だけは乗っからないと先に進めないし。
「取りあえずはカビさせてしまったパンを変異させてみますか」
 菓子類でさえなければ、きっと大丈夫。
 どんな変異も効果も怖くない。
 菓子類でさえなければ、菓子類でさえなければ…
 チーン!
「これ、は…」
 何とも名状しがたい何か、だ。
「だから、だから菓子類は駄目だと…!」
 あれほど祈ったのに、何故だ。
 まさか「押すなよ、絶対に押すなよ!?」と同義のお約束と思われたのだろうか。
 それはともかく、出来てしまったものは仕方ない。
 責任をもって認知――いや、食して頂きましょうか。
「わかりました」
 そしてSAN値直葬まっしぐら、ここに混沌の破壊神シズクが誕生したのである。

「ようこそ! 新入生諸君!! さぁ、今日は遠慮せずにどんどん食べていって!!」
 六道 鈴音(ja4192)は、カラフルなクロスを敷いて綺麗にセッティングしたテーブルの上を指差した。
 が、そこには何もない。
「当然よ、これから作るんだから」
 というわけで、いざ変異にチャレンジ!!
「私はこのハンカチを変異させるわ!! おいしくなーれ! カド☆カド☆キン!!」
 え、あの、今の呪文みたいなもの、必要なんですか?
「必要なのよ!」
 はい皆さんご一緒に、カド☆カド☆キン!!
 出来上がったものを手に取って、味見をしてみる。
「まぁ、上出来よね」
 いや、それどころか最高の出来なのでは。
「料理は愛情というけど、突然変異でできた料理にはその愛情がこもっていない、ですって!?」
 鈴音は生意気な事を言う新入生に対し、余裕の笑みを向けた。
「ふふっ…」
 もー、ボウヤなんだから♪
「そんなことはないわよ。たとえば、このオレンジジュース」
 鈴音は出来たばかりの最高傑作を高く掲げた。
「これは、私が愛用していたハンカチが変異したお料理よ!!」
 料理って言うかドリンクだけど。
「私の愛情たっぷりよ!!」
 そう、このジュースが何の変哲もない、本当にただの最高に甘いオレンジジュースになったのは、まさにこの愛のおかげ!
「さあ、この調子でどんどん作るわよ!」
 愛さえあれば、変異なんて怖くない。多分。
「もう二度と、大事なアイテムは変異してほしくないけどね…(遠い目」
 あっはい、ごめんなさい!

「…私は、夏の思い出を材料にしてみるのですよぉ…」
 月乃宮 恋音(jb1221)が持ち込んだのは、使い切れなかった素麺その他、夏物食材の残りで作った料理の数々。
「…それでは、いきますよぉ…」
 大盛りの冷やし中華を錬成窯へ、そして――
 ぽく、ぽく、ちーん!
 出来上がったのは…あれ、何も変わっていない、ような?
 味もそのまま、酸味の利いた冷やし中華そのもの。
 しかし、一口食べてみると…
「…どうしたのでしょうかぁ…なんだか、暑くなってきましたぁ…」
 これは、脱衣衝動か。
 しかし恋音の服は特殊構造と言うか、その、胸に巻かれたさらしが全て解除されるまでには、いくらかの時間がかかる筈!
 その間に他の料理を食べさせれば、効果がキャンセルされるかもしれない!
「…え…これはぁ…」
 ハンバーグに見える何かだが、味も効果も食べてみるまでわからない。
「…せっかく勧めて頂いたものですしぃ…頑張って頂きますねぇ…」
 片手でさらしを解きながら胃薬を飲み、次いで料理を一口。
「…はい、美味しいみゅぅ…」
 語尾が変わった。
 しかし、さらしを解く手は止まらない。
 そして栄養の摂取により、残ったさらしを引き千切らんばかりに成長を続ける胸。
 これは危ない、色々と危なすぎる。
 だが次に差し出された料理の効果によって、事態はますます混迷を深めるのだった。
 ばぼぉん!
 爆発した。胸が。ピンポイントで。
 ただし本人にダメージはなく、爆発した筈の胸部体積も変わらないどころか更に増えている。
 さらしは跡形もなく吹っ飛ばされていた。

「…す、すごいものを、みてしまったのです…?」
 部屋の隅っこで皆の様子を見ていた茅野 未来(jc0692)は、目をまん丸にする。
 と、そこに――
「隅っこ、好きなのか?」
「ぴゃっ!」
 声をかけられ、思わず飛び上がった。
 ぎゅっと閉じていた目をそっと開けると、そこには――えっと、誰だっけ。
 確か科学室の先生、だったような。
 今はしゃがんで目線を低くしているけれど、確かこの先生、背が高かった、はず。
「…ぴ、ぴぃやあぁぁぁ…っ」
 未来は逃げた。
 そのままの姿勢で、バックダッシュで一目散。

「どうだった、章治」
「逃げられた」
 酒盛りの輪に戻った門木は、ミハイルの問いにがっくりと肩を落とした。
「くっくっくっく…」
 言っておくが、門木はロリコンでも不審者でもない。
「くっくっくっく…」
 ただ、一人で隅っこにいる子供が気になっただけだ。
「まあそう落ち込むな、呑め、呑んで忘れろ」
「くっくっくっく…どうかね、梅酒は? 貴殿にはこれが良かろうと思ってな」
 久秀は門木の杯になみなみと梅酒を満たす。
「ありがとう」
「やっぱり酒はこれくらい景気よくいかないとな」
「くっくっくっく…先程のあれはミハイル殿の体調を考慮しての事だったのだがね」
「なに、酒は薬だ」
「くっくっくっく…ではもう一献」
 ミハイルの杯には溢れんばかりの大吟醸を。
 そうして杯を交わす姿は、どう見ても「ヤ」の付く人達の義兄弟の契り。
 だが本人は断固として否定していた。
「俺は普通のサラリーマンだ」
 それが何故この学園にいるかって?
 まあ、色々あってな。
「周りが若い学生ばかりで浮くとは思うが、それも最初のうちだ」
 ミハイルは周りに集まって来た年嵩の者達に教えを垂れる。
「若者と一緒にバカ騒ぎするのも楽しいぜ。あと、学園では見た目年齢はアテにならない」
 年齢ばかりではなく性別も、だが。
「ガキだと思ったら年配者、そんなもんだ」
 そう、ちょうど輪の中にいる緋打石(jb5225)のように。

「さて、新入生諸君、在校生も含めて大いに楽しもうにょ!」
 どーん!
 持って来たのは『聖人殺し』と書かれたラベルが貼られたワイン。
 だが何故か、それは手書きだった。
 よって、瓶の中身がワインである保証はない。
 それどころか、真っ当な酒である保証もないかもしれない。
 その証拠に、それを呑みまくっている緋打石のテンションは明らかにおかしかった。
「そーじゃ、我はここにおる誰よりも年長であるにょ! 敬え! 傅け!」
 いや、誰よりも、ではないかもしれないが――門木よりも遥かに上である事は確実だ。
「かーどきぃ! 何か適当に料理を作って参るにょ!」
 悪ノリの女帝は、空になったワイン(自称)の瓶を門木に投げる。
 飛び入り参加で最初は状況を理解していなかった緋打石だが、もう大丈夫。
 変異料理で語尾が「にょ」に変化した時に悟ったのだ、ここが如何なる場であるかを。
「なにぃ、あの瓶から甘い酢豚が出来ただにょ?」
 どれ、味見をして――ぼぅん!
 爆発しました。

「くっくっくっく…」
 頭から黒煙を上げている緋打石を横目に、久秀は例の抱き枕を錬成窯へ。
 抱き枕、人気だな!
 いや、人気がないから材料にされるのか、そうか。
 そして出来たのは、激辛のシュークリーム。
 ただし変な効果は特にない。
「くっくっくっく…酒の肴に出来そうかね?」
 甘い物が苦手な向きには丁度良い、かも?
「よし、今度は俺がやってみるぜ」
 ミハイルは憎きピーマンを袋ごと、出来上がったのは塩味が効きすぎたローストビーフ、しかもこれが爆発する!
「ふっ、やはり俺はピーマンには勝てない宿命なのか…」
 がくり。

「初科学室なのです!」
 今までここを利用した事がなかった愛莉は、ちょっと新入生の気分だった。
 物珍しそうに室内を眺め、他人の変異に一喜一憂し――
「先輩、お肉焼いてばっかりですの」
 智美は変異料理に挑戦しないし、見ているだけでは面白くないと、愛莉は自分で挑戦してみることにした。
「せめて原材料は食べれるものにしてあげなさいって、先輩に言われましたの」
 確かにバレンタインで別の先輩が一杯作ってた産業廃棄物が原料とか嫌かもしれない。
 ということで原料は牛乳、五本もあれば一つくらいはまともな物になってくれる筈だ。
 なってくれますように。
「何が出来るかなー(わくわく」
 甘いプリンが出来ましたー!
「と言っても、効果が爆睡じゃな…ほら、起きろ」
 智美に揺り起こされた愛莉は懲りることなく再挑戦。
「今度はしょっぱいマカロンですの…」
 しかもまた爆睡。
「原料てつクズですの?」
 いいえ、牛乳です。

 その隣では未来もまた涙目になっていた。
(…支給品、で青汁と納豆をもらったけどボクはにがてなの、です…)
 何か違うものに変わるなら試してみたいと思って、例の怖い人が寄って来ないのを確かめて。
 そして試した結果が苦いクリームシチューだった時の絶望感を表現する言葉を、未来は持たなかった。
 あの怖い人から逃げたから、バチが当たったのだろうか(いいえ
「…だって、おおきなひと…にがてなの、です」
 気を取り直して、今度は納豆で挑戦してみる。
 今度は酸っぱい麻婆豆腐、しかも爆睡効果付き。
「…やっぱり、ばちが…」
 涙目のまま、未来は眠りに落ちていった。

「こうある程度食べ物に限定して変異させられるのみたら、強化の時に武器がハンカチとかになったりするのが狙ってじゃないかと思えてきますね」
 皆の変異ぶりを観察するうち、十三月 風架(jb4108)はそんな結論に達したらしい。
 いや、それは誤解だ、多分。
 料理以外になったものは、料理になるまでこっそり何度も変異させてるんだよ、きっと。
「まあ、あまり深く追求するのはやめておきましょう」
 知りすぎた者の末路がどんな事になるか、大体想像が付くし。
 あれでしょ、強化が失敗するのは消された人達の怨念のせいなんでしょ?(違います
 というわけで、風架は調達ルート不明のなんだかよくわからない薬品を手当たり次第に変異させてみる。
「ドリンク類を狙ってみましょうか」
 酸っぱいコーラに辛い青汁、しょっぱいラムネ、苦いトマトジュース――その中にひっそりと紛れ込ませた秘蔵の『そぉい!お茶』が一番まともに見えるラインナップだ。
「さて、仕込みは済ませましたし、後は何か適当に食べておきましょうか」
 何の仕込みかは置いといて、とにかく美味しそうに見える寿司や天ぷら、炊き込みご飯に味噌汁など、和食を中心に。
「ん? 何か身体の様子がおかしい気がしますね」
 足の間がスッキリして、代わりに胸が重くなった、ような。
 声もいくぶん高くなった気がするが、これは女体化の効果だろうか。
 しかし本人、あまり気にしていない様子。
「そのうち元に戻るでしょう」
 ええ、まあ、確かに。

「ミハイルさんは飲み友達を見つけたみたいだし、ボクは鷺谷さん主催の闇鍋会に混ざるねー」
 ということで、お邪魔しまーす。
「提供する素材はこれっ」
 じゃーん!
 購買で時々貰えるブロマイド、学園生にはお馴染みの顔ばかりだけれど…
「新入生の皆は逢った事の無い人もいるよね?」
 と言うか学園長以外は知らない人かも。
「緊張したとき『人』を掌に書いて飲むのと一緒で、この場所で写真から生成した食材の料理を食べれば、その人に出会った時上がらなくて済むよっ‥多分」
 ちょうどそこに門木先生がいるので、ちょっと実験してみましょう。
「え? 食欲沸かない? むしろお腹壊しそう??」
 そんな事はない、と思う、多分。
「何事もチャレンジだよー」
 ほら出来た、美味しそうな中華まんが!
 さっそく食べてみると――
「うん、美味いな! さすがオレ!」
 クリスが男の子に!
 向こうでミハイルぱぱが泣いてる気がするけど気にしない。
「よーし、どんどん作るぜー!」
 手持ちのブロマイドを手当たり次第に変異させ、闇鍋の中にドボドボぶち込んでいく。

 そして、闇鍋の材料は揃った。
 皆がブチ込んだ変異料理に、そこらへんから取ってきた雑草を加え、更にくず鉄を変異させた何かを入れる。
「ひ、はは、えんじょいあんどえきさいてぃんぐ」
 これで効果は決まった――SAN値直葬に。
 そこに鍋一杯のエナジードリンクに入れて煮込む、煮込む、煮込む。
 最後の仕上げに何故か目に付いた『そぉい!お茶』を入れてみる。
 ペットボトルを開けると、忽ち溢れ出す蛍光ピンクの液体。
 それは鍋の中でふつふつと泡立ち、闇鍋の具材と合わさって紫色の蒸気を立ち昇らせた。
「いいね、これでこそ闇鍋だ、久遠ヶ原の象徴だよ」
 因みにこのお茶、生命の危機を感じる味だが健康に害はない、らしい。
 ただしそれは単品で飲む場合であり、闇鍋とドッキングした際にはどんな効果が現れるか不明である。
 しかし明は常時ガスマスクを着用している為、例えそれが毒ガスであっても問題はない。
「さあ、宴を始めようか」
 オンドロドロドロ、オンドロドロドロ…
 見て笑え聞いて笑え。
 夢見て笑い、死に笑え。
 名状しがたき鍋の中身は、まさにSAN値直葬。
 しかし明は平然と食べる。
 ガスマスクをしたまま、ひたすら食べる。
 どうやって食べてるか?
 ふふふ、それを知ったらそれこそ正気が即死だけど、いいの?

「酷い目に遭ったね、大丈夫?」
 約束通りに介抱してやったエイルズレトラは、心配そうに新入生の顔を覗き込む。
「回復したなら、次は闇鍋に行ってみようか」
 はいはい、次なる地雷原へご案内。
「い、いや、先輩からどうぞっ!」
「僕は遠慮しておくよ、これは新入生歓迎の行事だからね。主役はあくまで君達さ!」
 逝ってらっしゃーい!

 闇鍋でSAN値が掘削される者が相次ぐ中、混沌の破壊神シズクは更なる恐怖を撒き散らしていた。
「■☆▲※▼◇●@★△!!」
 ごめん、何言ってるかわかんない。
 SAN値直葬により言語による意思疎通が不可能となってしまったようだ。
 が、スキルの仕様には問題ないらしく、シズクは新入生に忍法「魔笑」を使って幻惑し、その口の中に変異料理を突っ込む。
 それだけでもかなりヒドイ仕打ちだが、在校生にはもっとヒドかっった。
 相手のCR値に応じて乱れ雪月花と荒死を使い分け、弱らせてから変異料理を以下同文。
 正気を失っていても臨機応変にスキルの使い分けが出来るとは流石です。

 そして変異料理はまだまだ生産され続けていた。
「門木殿の持って来る変異料理はヌルい! ヌルすぎるのじゃ!」
 ええい、もう任せてはおけぬ。
 かくなる上は自分が自ら出陣じゃ!
 というわけで、購買から余ったブロマイドを調達して実験開始。
「成長薬を作るのじゃ!」
 胸が大きくなるとか、背が伸びるとか!
「実験台は門木殿な!」
「ええっ!?」
 待って、胸はいらないし背もこれ以上伸びなくていいし!
 性転換とか脱衣衝動とかに当たったらお婿に行けなくなっちゃう!
「問答無用じゃ!」
 あーーれーーー!

「やれやれ、酷い事になってるね」
 周囲の阿鼻叫喚を他人事のように見ながら、新入生のおもてなしが一段落した春樹は自分も変異料理に挑戦していた。
 食べ物の元が無機物というのは怖いから、原料はコーラで。
 さて、何が出来るか――
「ピンク色の辛いソーダ水か…」
 不味い。とんでもなく不味い。
 が、必死で平静を装い、表情を崩さない。
 襲い来る脱衣衝動にも必死に抗うが、そのせいで頬が上気し、却って妙な色気が――
 なお後に聞いたところによりますと、その時の記憶はしっかりと脳裏に刻まれているとの事でした、はい。

 因みに全てを脱ぎ捨てる前にラッコさんが回収しましたので、ご安心ください。
【宴会は賑やかに華やかにが大事だからねぇ】
 新入生の皆さんにショックを与えてはいけません――ほぼ手遅れな気もしますけど。

「…ん、んぅ…?」
 鼻腔をくすぐる甘い匂いに誘われて、未来は目を冷ました。
「…あ…」
 目の前にプリンが置かれている。
 しかもフルーツとホイップクリームてんこ盛りのプリンアラモードだ。
「…これ、たべてもいいの、です…?」
 誰がくれたか知らないけれど、いただきまーす。
「…おいしい…」
 それはそれは幸せそうに頬張る未来の姿を、物陰からそーっと覗いている不審者の姿があったとか、なかったとか。

「あらァ…私ずっと眠ってたのかしらァ…?」
 漸く目を冷ました黒百合は、周囲の様子に目を向けた。
 どうやら宴はまだ続いている様子。
 そして辺りには死屍累々――いや、死んでないけど、多分。
「胃薬と救急箱で間に合うかしらねェ」
 とりあえず寝ている者は起こして、脱いでいる者には服を着せ、爆発した者は保健室に運んでおこうか。
「…あ、あのぉ…、私もお手伝いをぉ…」
 我に返った恋音も、頬を紅く染めながら申し出る。
 どうやらこちらも記憶は全て残っているようだ。

「なんだ、案外覚えてるもんだな」
 変異料理を配りまくった仙也は、我に返った生徒の反撃から逃げようと身構える。
 が、どうやら皆、怒りよりも羞恥心の方が勝っていたらしく、逃げたのは彼等の方だった。


 そして、いつの間にか――久秀は闇鍋の傍に倒れていた。
 あの意味深な含み笑いを漏らすこともなく、静かに、ひっそりと。
 延ばされた腕の先には、闇鍋の汁が筋となって残されていた。
 いや、ただの筋ではなく、文字のように見える。
 Y、A…まさか、これはダイイングメッセージか。

 犯人は――YAMINABE――?


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:19人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
黒き風の剣士・
十三月 風架(jb4108)

大学部4年41組 男 阿修羅
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
リコのトモダチ・
神谷 愛莉(jb5345)

小等部6年1組 女 バハムートテイマー
無駄に存在感がある・
冲方 久秀(jb5761)

卒業 男 ルインズブレイド
揺れぬ覚悟・
神谷春樹(jb7335)

大学部3年1組 男 インフィルトレイター
撃退士・
茅野 未来(jc0692)

小等部6年1組 女 阿修羅
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト