「今回は誕生日プレゼントの代理配送なのよね」
依頼の内容を反芻しながら、高虎 寧(
ja0416)は地図を見る。
だが、肝心の依頼人の家がなかなか見付からない。この辺りの筈なのだが、いかにも新興住宅地らしいその辺りには、似た様な家ばかりが並んでいた。
「あ、この家ではないでしょうか?」
或瀬院 由真(
ja1687)が指差した家の玄関先に、少女の姿が見えた。リボンの付いた箱を大事そうに抱えて、そわそわと行ったり来たりを繰り返している。
「ああ、ここだな」
表札を確認した礼野 智美(
ja3600)が微笑を浮かべながら声をかけると、少女は弾かれた様に撃退士達のもとへ駆け寄って来た。
「あーもう! 遅いじゃ……っきゃあっ!?」
転んだ。何のコントだとツッコミを入れたくなる程の見事なダイブ。人もケーキも宙を飛ぶ。
しかし……
「おっと!」
その体をレガロ・アルモニア(
jb1616)が受け止める。ケーキの箱は最上 憐(
jb1522)が、水平を保ったまましっかりとキャッチした。
「……あ、ありがとう……」
大丈夫かと問うレガロに、少女は頬を赤らめながら頷く。
「ケーキは無事ですか?」
心配そうに訊ねる由真の声に促され、少女はそっと箱を開けてみた。
一同が覗き込むと、ケーキは箱の底で雪崩を起こし……
「うん、大丈夫!」
……え? ……ああ、そう。元から崩れて……いや、こういう形なんだね。ここは大人の対応で、上手に出来たと褒めておこう。
「へぇ、誕生日ケーキか。それは確かに責任重大だな」
そこに躍る文字を見て、レガロが微笑んだ。
「俺はレガロ・アルモニア。今回の依頼に参加する一人だ。よろしくな」
「私、レミって言います! こちらこそ、よろしくお願いします!」
何故かいきなり敬語になった少女は、瞳をキラキラさせながら、リボンをかけ直した箱を差し出す。
それを受け取ったレガロが背後に控えていた運搬役の時駆 白兎(
jb0657)に手渡すと、白兎はそれをプチプチの緩衝材で包んで手提げの紙袋にそっと入れた。
「保冷剤を入れても良いですか?」
許可を得ると、白兎は袋の隙間に保冷剤を差し込んでいく。
その丁寧な作業を見て、少女は確信を持った。彼等に任せれば大丈夫だと。
「安心して下さい。完っ璧に阻止して見せますから!」
気合いの入った言葉で、由真がそれを裏付ける。
「……ん。お裾分けの。為に。頑張るよ」
本音を隠そうともしない憐の言葉にも、少女は寧ろ清々しさを感じた。
「じゃ、あたしのケータイ番号教えるから!」
無事に届けたら連絡してほしいと、少女は撃退士達に自分の番号と、ついでにメールアドレスを教える。
「……ん。連絡するまで。絶対に。外に。出ては。ダメだよ」
「ん、わかってるって!」
玄関先とは言え、さっきまでケーキを持って外をウロウロしていた少女は、そんな事はすっかり忘れた様子で憐の背をどーんと叩いた。
少女の家を出た撃退士達は、ケーキをしっかりと抱えた白兎を囲んで守りながら目的地へと急ぐ。
「正面の警戒はお任せください。例え何が来てもがっちりとガードしますよっ」
阻霊符を発動させた由真は、白兎のすぐ前を歩きながら進行方向の警戒に当たっていた。
右にはダミーの箱を持った憐が、左にはレガロが付き、後ろには寧が貼り付いている。
そこから少し離れて先行する智美は、囮の焼きそばパンを手に持っていた。カモに見える様にと武器は収め、無防備を装ってはいるが、その神経は周囲のどんな変化も見逃すまいと研ぎ澄まされていた。
「孝行は良い事だな」
出来れば依頼人が祖母に逢えるようにしたい。その為には全ての敵を片付ける事が必要だが、地中にでも潜られては対応が難しくなる。阻霊符の効果を切らせる訳にはいかなかった。
「……あの様子だと、引き受け手が誰もいなかったら一人で届けに行ってたかもしれないのよね」
地図を確認しながら歩く寧は、少女の様子を思い出して苦笑いを浮かべる。無茶をする代わりに、自分達撃退士に頼んだ判断は賢明だった。
「まあ、うちとしてはやることをやれば良いのよね」
引き受けたからにはちゃんとこなしてみせる。
敵の出現場所は予め地図上で確認しておいた。その他にも何か潜みそうな障壁や、視線の死角が有りそうな箇所はチェックしてある。そんな場所では一旦足を止めて、慎重に確認した上で先に進んだ。
歩きながら、憐はちらりと後ろを振り返る。
「……ん。大丈夫。付いて来て。ない」
どうやら依頼人が追ってくる心配はなさそうだ。余程信頼してくれたのだろう。
一安心すると、憐は囮として用意したハムやソーセージを摘み食い。しかし、ただの摘み食いではない。自らの体に食べ物の匂いを付ける事によって、敵の注意を集め易くするという作戦なのだ。
ただし、食べ過ぎには注意。食べ尽くしてしまったら囮にならないし。
暫く歩くうち、道の両脇には田畑や空き地が目立つ様になってきた。
「依頼人が言ってたのはこの辺りか。隠れるにはうってつけだな」
出来るだけ気配を消しながら護衛に当たっていたレガロは、光纏と同時に阻霊符を発動させる。
白兎もその場に立ち止まり、展開した白い召喚陣から幼いヒリュウ、エルナを呼び出して上空からの監視に当たらせた。その視界を共有しつつ、白兎は自らの周囲に注意を向ける。
前よりも両脇や後ろに重点を置いて警戒を続けた。聞く所によると、彼等は無防備で無抵抗な人間に集団で襲いかかるのが趣味らしい。だとすると、真っ正面から堂々と襲って来るとは考えにくかった。
その読みは、当たった様だ。
先を行く智美の更に前方の茂みが、不自然に揺れた。しかも、道の両脇でほぼ同時に。
白兎は仲間達に警戒を呼びかけると、エルナにボルケーノでの攻撃を命じた。それに応え、純白のヒリュウは右側の茂みに突っ込んで行く。当面はこれで足止めが可能な筈だ。
残る左側の茂みからは、五匹の子鬼が飛び出して来た。彼等は挟み撃ちに失敗したらしい事を悟って怯んだ様子を見せたが、それを振り切って先行していた智美に向かって行く。
「くるぞ!? 」
レガロが叫び、注意を促す。
狙われた智美も、持っていた焼きそばパンを投げて敵の分散を狙った。
しかし、子鬼達は投げられたパンには見向きもせずに、智美の背後に回り込もうとする。どうやら、バックパックを狙っている様だ。そこには、智美が親友や妹に頼んで作って貰った絶品の菓子が入っていた。
「これはお前達にやる物じゃない!」
纏い付こうとする子鬼達を、智美はパルチザンで薙ぎ払う。本命のケーキを守る為、自分に攻撃が集中するのは望む所だが、この荷物を盗られる訳にはいかなかった。
その様子を見て、流石の智美も一人で五匹に囲まれていては負担が大きいだろうと感じた由真は、子鬼達の注意を逸らそうと試みた。
「子鬼さん、こちらですよ!」
タウントを使い、周囲の注目を集めるオーラを身に纏う。
子鬼達が思わず振り向いた瞬間、智美は手近な一匹を地面に叩き付けた。その衝撃で動けなくなった子鬼に、振り下ろされた追撃の刃を避けるすべはなかった。
断末魔の悲鳴と共に、血飛沫が上がる。それを見た他の子鬼達は、怖じ気付いた様子で後ずさりをしながら互いに顔を見合わせた。
逃げる相談をしている様だ。
だが、逃がす訳にはいかない。間髪を入れず、憐が肉類の詰まった囮の箱を頭上高く掲げた。
この位置なら、子鬼からは白兎の姿は見えない。彼等は囮に引っかかる筈だ。
子鬼達は合図を交わすと、左右に分かれて道端の茂みに身を躍らせた。
逃げた訳ではない。次の瞬間には白兎を中心に固まった撃退士達の前に躍り出た。
左右からの挟み撃ち。右に二匹、左に二匹。そこに、エルナのボルケーノによる範囲攻撃から逃れた三匹が加わり、背後に回る。
「どこから来ようと、対応しちゃいますよ。ケーキの為にも!」
狙われているのはケーキではないが、ここで敵を返り討ちにする事は、ゆくゆくはケーキを守る事に繋がる。そう信じて、由真は迫り来る子鬼をオートマチックP37で撃ち払った。
反対側から迫る子鬼は、レガロが放った目には見えないアウルの弾丸で吹っ飛ばされる。
ケーキにも、囮の肉にも、これ以上近付く事は許さない。
「しかしこうちょこまか多いと辟易するな」
雑魚ばかりだし、周辺住民の為にも全滅を目指したいところだが……
子鬼達は案外頑丈に出来ているらしかった。攻撃を当てて追い払っても、致命傷でない限りはすぐに起き上がって来る。
一気に大ダメージを与える為の、時間的な余裕が欲しかった。
レガロはアンパンとカレーパンを取り出し、遙か後方へと投げてみる。しかし、子鬼達はそれを追いかけようとはしなかった。
パンよりも、肉の入った囮の方が良いのだろうか。
「……ん。これ。投げてみる」
憐は囮の箱を思い切り遠くへ投げた。
だが、子鬼達はそれにも反応しない。今度は白兎の方をじっと見つめている。どうやら、本命の存在に気が付いた様だ。
「人が大事そうにしている物を奪って楽しむのが、彼等の習性みたいなのよね」
手放したり、捨てたりした物には興味を失う様だ。
そう分析した寧が、サンドイッチを両手で押し包む様にして持ってみる。予想通り、子鬼達はそれに反応した。大事なものだと思ったのだろう。
その注目を更に確たるものにする為、寧は大音声の名乗りを上げた。突然の事に、子鬼達は何事かと目を丸くする。
だが、何事が起きたのか、それを確認する間もなく、彼等の体は金縛りにあった様に動かなくなった。
影縛の術だ。
「大事なケーキを狙っちゃう小鬼さんはズバッといきますよ、ズバッと!」
一所懸命に作ったケーキを狙うなど、言語道断! 由真は接近戦の為に用意した星煌を構える。
動きを封じられた子鬼は、一匹ずつ集中攻撃の餌食になっていった。
迅雷で接近してショートスピアの鋭い刃を叩き込んだ寧に続き、仲間が波状攻撃を加える。
「……ん。とりあえず。吹き飛ばす」
箱を手放して両手が空いた憐は、自分よりも遙かに大きくて重い戦槌をぶん回し、その重さと勢いで子鬼の貧弱な体を弾き飛ばした。
飛ばされても懲りずに戻って来た所を、今度はレガロが炎熱の鉄槌で焼き尽くす。
呪縛を振り切ってケーキを奪おうとした子鬼もいたが、その手は目標に届く遙か手前で由真の太刀に切り落とされた。
「はい、ここは通行止めです。お触りは厳禁ですよ!」
仲間達がしっかり守ってくれたお陰で、白兎は自分の戦いに専念する事が出来た。
ボルケーノから逃れた者は追わず、ダメージを受けた者だけに攻撃を重ねていく。サンダーボルトで麻痺させて動きを封じると、弱っている方からハイブラストのエネルギー弾を撃ち込んだ。
「ブレスを使うまでもありませんでしたね」
そう言うと、純白のヒリュウが得意げにくるりと宙返りをして見せた。
「ここの敵は全て片付けた様だな」
周囲を確認した智美が、これで一安心と息をつく。
白兎のヒリュウ、エルナの目で見渡しても、その結論に変わりはなかった。
だが、まだ目的地までは道半ば。この先にも敵が潜んでいるかもしれないし、油断は禁物だ。
「……ん。最後まで。きちんと。確認」
「そうだな、絶対安心だって言い切れる迄は、あの子を呼ぶ訳にもいかないし」
憐の言葉に、レガロも頷く。
「保冷剤を入れてありますから、多少の時間的なロスは問題ないでしょう」
あくまで冷静に、白兎が状況を分析した。
配達のスピードと周囲の安全を天秤にかけた場合、後者を優先した方が依頼人の満足度も上がるだろう。
当然、報酬も……
周囲の安全を確認しながらゆっくりと歩いてきた彼等が目的地に到着したのは、午後のティータイムが始まる少し前。
連絡を受けた少女レミが自転車をカッ飛ばして来た時には、お茶の準備がすっかり整っていた。
緊張の面持ちで見守る少女の目の前で、祖母がケーキの箱をそっと開ける。
中身は……崩れていた。出発前と同じ程度に。つまりは――
「わあっ、全然崩れてない! 皆ありがとうっ!!」
と、そういう事だ。
孫の手による初めてのケーキとあって、受け取った祖母もニコニコと嬉しそうだ。
「じゃ、皆の分も切り分けるから、遠慮なく食べてってね!」
歌を歌い、ずらりと並んだロウソクが無事に吹き消されると、少女が言った。
「良いのですか?」
遠慮がちに言った由真だが、実はちょっと興味をそそられていた。どんな味なのだろう。見た目は悪くても味は抜群……だと良いな。
綺麗に八等分されたケーキが、それぞれの皿に取り分けられる。
いざ、ぱくり。
「……どお?」
少女が期待に満ちた顔つきで皆の顔を覗き込んだ。
「……ん。なかなか。奇抜な味だね。おかわり。希望」
「ほんとっ!?」
「……ん。余ったら。私が。全部。代わりに。頂けるよ?」
憐の言葉に、少女はすっかり気を良くしているが……他の面々は実に複雑な表情をしながら、そのケーキと呼ばれた物体を口に運んでいた。
その様子に首を傾げ、少女は自分の分を口に入れてみる。
瞬間、少女は理解した。ここに集う者達が如何に大人であるかを。そして、自分の腕が如何にヘッポコであるかを。
テーブルに突っ伏した少女の頭に、レガロの手が軽く触れる。
「まだ若いんだし調理の腕はこれからもっと磨いていけばいいってことだしな」
その手元に、可愛いリボンをそっと置いた。
「お前もケーキ作りは頑張ったんだろ? 気持ちの篭った物だったんだろうし、その礼みたいな物だ。それから……」
と、祖母に簪を手渡す。
「誕生日だって聞いたからな。安物だから気にせず、良ければ受け取ってくれ」
「まあまあ、ありがとう。若いのに良く気が付く子ねぇ」
祖母はそれを両手で押し戴くと、まだ撃沈している孫に向かって囁いた。
「ねえ、ちょっとレミちゃん。あの子……」
ごにょごにょ。何を言ったか知らないが、少女の耳が真っ赤に染まる。
そんな微笑ましいやりとりの傍らで、白兎は表情も変えずに黙々と食べ続けていた。
少女のケーキも、智美が死守した林檎をまるごと包んだアップルパイや、蜂蜜を使ったジャムクッキー、栗餡の月見団子、その他、皆で持ち寄ったお菓子やら何やら全て遠慮なく。
どんなに不味くても、どんなに美味くても、貴賤なく平等に。タダより高いものはないと言うけれど、あれは精神的な問題だし。
そして到着と同時にソファで眠り込んでしまった寧の分は、憐の胃袋にきっちり収まった。
他の皆も頑張って完食した様だ。
残さず食べてもらって、ケーキもきっと本望だろう。
「ごめんね、あんなの食べさせて」
別れ際、やけにしおらしくなったレミが頭を下げる。
「次はもっと、ちゃんとしたの作るから。そしたらまた食べに来てね!」
手を振る少女の髪に、可愛いリボンが揺れていた。