「ふむ、ダイエットで御座るか……」
息を弾ませながら現れたその姿を見て、エルリック・リバーフィルド(
ja0112)は納得した様に頷いた。
期限も短いようだし、ここは少々厳しめにいく必要がありそうだ。
「それでは、宜しくお願いするで御座るよ〜」
こらから一週間とは言え苦楽を共にするのだ。まずはきちんと挨拶から。
「は〜い、こちらこそぉ〜」
たっぷん。樽が揺れた。どうやら本人は頭を下げたつもりらしいが、全くお辞儀になっていない。
(うーん、人間さん達も、いろいろと大変なんですねー…)
メイベル(
jb2691)は慈愛と憐憫が入り交じった表情で幸太に微笑みかけた。
「私達が来たからには一安心です!」
それを見て、幸太もにっこり。
うん、見たところ女子が殆どだし、余り厳しくもなさそうだ。
これならきっと、楽しくダイエットが……
「ぎゅーぎゅーに絞って、金輪際太ろうだなんて考えられないようにしてあげますからっ!」
「……ぇ」
「よーし、頑張りますよー!」
甘かった。
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ、肥満を正せとボクを呼ぶ! そう、ボク参上!」
のっけからテンションMAXで現れたのは、イリス・レイバルド(
jb0442)だ。
「親しみをこめてイリスちゃんって呼んでくれて結構さ♪ って、誰が小等部かーっ!?」
言ってないよ、荒ぶるハムスターみたいだなんて、そんなこと誰も……
「うわーん!? ちくしょー!? スパルタどころかルナティックでしごいてやるー!?」
ますます荒ぶる小動物。
回し車を与えたら面白そうだなぁ、などと失礼千万な事を考えていた幸太に魔の手が伸びる。
「はい、食べ物は没収〜♪」
「あっ!」
鞄の中に隠し持っていたお菓子の袋を取り上げると、天羽 伊都(
jb2199)はその中身を自分の口にザザーッと流し込んだ。
ばりばり、ぼりぼり。うん、美味い♪
「間食は禁止だ」
涙目になった幸太に、鴉乃宮 歌音(
ja0427)が表情も変えずに言い放つ。
「どうやらダラダラ食いが癖になっている様だが、食事は一日三食だ。その代わり、三食で満足できるように考えてやる」
「う、うん……」
「汝、達人たるならば鍛練怠る事なかれ……積極的に戦闘をこなせば自然と痩せるものだ」
だからまずは、この全く動けないという状態を回復する。
その為に必要なのは、食事制限と――
――ばっしゃーん!
幸太はプールに放り込まれた。
大丈夫、使用許可は月乃宮 恋音(
jb1221)が取ってくれたし……ここに至るまでには準備運動も万全。
ただ、尺の都合で画面外になっただけで。
「まずは水の中を歩く事だな。有酸素運動且つ全身運動で続ければ、みるみる鍛えられていくだろう」
「そうそう、プールはなんか体に負担をかけないからいい感じらしいぞ!」
プールサイドで歌音とイリスが声をかける。
「じゃあ、私が先に歩くから付いて来てね♪」
水着姿の綺麗なお姉さん、唯 倫(
jb3717)に言われて、幸太はちょっと鼻の下を伸ばしながら、ばちゃばちゃもたもた。
しかし、50mの半分も行かないうちに軽く音を上げ始めた。
「ねえ、ちょっと、休ませてぇ〜」
だが、プールサイドの鬼コーチ、イリスは容赦しない。
「甘ーい! 一週間しかないんだから全力疾走あるのみだぜ! 食事と休憩とストレッチの時間以外は休まる暇がないと思えー!」
スパルタだ。とにかくスパルタだ。
「そうそう、撃退士として前線に復帰したいなら、これくらいは軽く耐えて貰わないと」
伊都は何処からか調達した竹刀で床をビシバシ叩きながら、お菓子をバクバク。
「誘惑に負けない精神力も必要だと思うのですよ」
それが、見せびらかしながら食べる理由らしい。
だが、中には素直に声援を送ってくれる者もいた。
「頑張ってくださーい!」
メイベルがプールサイドで手を振っている。
倫はなかなか前に進まない幸太の手をとって、引っ張ってくれた。
ちょっと幸せかもしれない……
と、思ったのはやっぱり甘かった。
「歩くのに慣れたら、次は水泳ね。最初に軽く100mを5往復くらい、して貰おうかな」
満面の笑顔で言い放つ倫お姉様。
「撃退士なら、それくらい何ともないよね?」
優しそうなお姉さんも、やっぱりスパルタでした。
(あんまり厳しくしすぎて、目覚めちゃったらどうしよ♪)
それはそれで、面白いか。
「安心しな一人で地獄には行かせねぇ、ボクも付き合うぜ!」
水着に着替えたイリスがプールに飛び込む。
(こうすれば示しもつくし、途中で根を上げにくくなるだろうしね)
イリスにとってはダイエットなど全く必要はない、寧ろあちこち肉が足りなくてどうしよう状態なのだが。
しかし、これも仕事のうち。
幸太の士気を維持する為に、やる必要のないダイエットにも付き合ってやろうじゃないか。
「はっはー! 人魚のような水泳術を見せてやんよっ」
人魚と言うよりサンマの様な細い身体が幸太を追い抜いて行く。
それを追いかけて、太ったジュゴンの様な身体が水を掻き……進まない。その場でくるくる回っている。
……前途多難。
「おなかすいたよぉ〜、ごはんまだぁ〜?」
その日の夜。
初日のメニューをどうにか消化した幸太は、部屋にでろんと転がっていた。
どうしても我慢出来ないならと、歌音がリンゴを差し出す。ただし半分。
「極端な空腹はドカ食いの元だからな」
「半分だけぇ?」
情けない声を出した幸太には構わず、歌音はきっぱりと言い渡した。
「よく噛むと満腹中枢を刺激する。一口30回、数えながら食べると良い」
「それでも我慢できない時は、これを嗅いでみると良いで御座るよ」
エルリックが手渡したのは、グレープフルーツのアロマオイルだった。
「食欲が抑えられない時には、これが良いで御座るよ。入浴時等はこれで御座るな」
小さな瓶に入ったオイルを机の上に並べていく。
「出先でならハンカチにでも2、3滴垂らしておけば、いつでも使えるで御座るよ〜」
「ほんとに効くのかなぁ〜」
幸太は半信半疑の様子。
「きちんと科学的な検証もされているで御座るよ。あぁ、しかし夜に使ってはダメで御座るよ、交感神経を刺激する物故、夜には確りと体を休めてバランスを大切にするので御座る」
自信たっぷりに頷くエルリック。
幸太はその匂いを思い切り吸い込んでみる。
「でも……やっぱりおなかすいたぁ〜」
そう簡単には効いてこないか。
その頃、恋音は食事作りに励んでいた。
「……ダイエットメニュー、ですかぁ……。……あまり作ったことがないので、楽しみですねぇ……」
自分がこれまで培ってきた栄養学的な知識と歌音のアドバイスを元に、まずは一週間分の献立を作る。
「……食べ応えがあって、且つカロリーが低いもの……やっぱり豆腐や蒟蒻が中心になるでしょうかねぇ……」
一日のカロリーは1500kcal弱で、しかも栄養バランスが良く、お腹に溜まるもの。
米は半分に減らして、その分を粒々の蒟蒻に置き換える。タンパク質は豆類で摂り、サラダはノンオイルドレッシングで。汁物に粉寒天を入れるのも良い。
「何か手伝える事ありますか?」
ひょっこりと、倫が顔を出す。
「一応、料理も出来るけど……必要ない、かな?」
「……ぁ、いいえ……」
手伝って欲しい事は、山ほどあった。ただ、自分からはなかなか言い出せないだけで。
「うん、わかった。遠慮なく指示出してね、その通りに動くから♪」
そうして出来上がったものが、食卓に供されると……
「うわぁ、すっごい豪華だぁ〜」
思ったより沢山あるし、肉が出るとも思わなかった。
「いや、そのハンバーグは豆腐だ」
「ええっ!? でも、すごく美味しぃ〜」
歌音に言われて、幸太は目を丸くする。
「これなら僕、頑張れそうだよぉ〜」
律儀に30回噛みながら、ほくほく顔。
「因みに、大豆食品は豊胸作用がある」
ぴきーん!
その言葉に鋭く反応した女子二名。
「女性の胸とは、浪漫の無い言い方をすれば要は脂肪の塊だ」
本当に、身も蓋もない。
「見た目は胸の筋肉力で変わってくるだろう。大きくする方法なら、胸を鍛えながら、ちょっと太めになるようにすればいいし、小さくするなら痩せるといい」
それを聞いたイリスは心の中でガッツポーズ。
ダイエットの必要がないこのスリムな身体を、人は羨むかもしれない。
(それでもボクはーっ!)
もっと大きく! あっちもこっちも!
人魚の様な泳ぎ、これから毎日披露せねばなるまい! 食事も大豆中心で!
一方の恋音もまた、何か思う所があった様だ。
小さくするなら、痩せること。
自分用に大豆製品抜きのダイエットメニューを考えてみようか。
そんな事を考えながら、恋音は壁に今後のスケジュールと献立の一覧を貼り出した。
ただし、これはあくまで予定。その時々の状況によって、メニューは臨機応変に。
とは言え間食や過度の休憩は却下。特に夜間の間食は大敵だ。
「大丈夫、そこはこの天羽にお任せあれ!」
これから一週間、伊都は幸太の部屋に泊まり込んで付きっきりの監視をするのだ。盗み食いなど絶対にさせない。
勿論、ただ厳しいだけではなく、心のケアもするつもりだが。
「私も、良ければ話相手になるで御座るよ」
エルリックが言った。
「後は、オイルマッサージの心得も少々ありまする故、ご希望とあらば!」
いや、それはちょっと……恥ずかしい、し。
翌朝。
伊都の厳しい監視のお陰で盗み食いもせずにぐっすり眠った幸太は、朝食の後で散歩に出掛けて行った。
付き添いのメイベルが、一緒に歩きながら声をかける。
「幸太くんの故郷はどんな所なのですか?」
「ん〜、田舎だけどねぇ〜、良い所だよぉ〜」
気候が温暖で、食べ物が美味しい。友達も一杯いるし、近所の人も皆親切だ。
「だから、護りたいんだぁ〜」
「それなら、何としてもダイエットは成功させないといけませんね!」
「うん、頑張るよぉ〜」
散歩の後は恋音に付き添われて医務室に向かい、体重と健康状態のチェックを。
問題なしと太鼓判を押され、今日もまたスパルタのダイエット作戦が始まった。
「……今日は一日水泳……明日から、軽いランニングを始めてみましょうかぁ……」
恋音は食事の準備以外は殆ど付きっきりで、チェックシートに運動量や健康状態、摂取カロリー等を記入していく。
「はいっ、きりきり走る!」
ランニングは伊都が伴走し、少しでもへこたれそうな様子を見せればすぐに竹刀が飛んだ。
勿論、叩くのは足元の地面だが。
そして五日目。
「だいぶ動ける様になってきたな」
スパルタの甲斐あって、大樽からガスボンベ程度になった幸太の胴回りを見ながら、歌音が言った。
まだまだ元通りとはいかないし、身体の動きにもキレはないが……そろそろ模擬戦で鍛える頃合いだ。
「お天気は大丈夫です! 今日は槍も鉄砲も降ってきません!」
習いたての卜占で天気を占ったメイベルが胸を張る。
代わりに血の雨が降るかもしれないが。
全員で廃墟に移動し、適当な場所を選んで戦闘開始。
「……さあ、ボヤボヤしてると……死んじゃうかもよぉ……?」
幸太の背後で妙な殺気音が聞こえた。
振り向くと、八岐大蛇を振りかざした伊都の実に嬉しそうな笑顔が……
「うわあぁっ!」
ドタドタと逃げる幸太、だがその先にはイリスが待ち構えていた。
「ボクのピコハンに聖火が灯る! 脂肪を燃やせと猛り狂う! セイクリッドイリスちゃんハンマーッ!」
ピッコーン!
「いたーっ!?」
「避けろー! 鬼道忍軍らしく避けなければ強制サウナだぞー!」
聖火にサウナ的な何かはなかった気がするけれど。
「っていうか戦闘できるぐらいに痩せたいって希望なんだからこれぐらい避けろーッ!!」
ピコーン!
「あうっ!」
「はいごめんねー、逃げないと死ぬよ〜?」
反対側からは銀色の焔に包まれた大鎌を振り回した倫お姉様が、ものすごく良い笑顔で走って来る。
そして空からはエルリックが放った矢が雨あられと降り注ぎ、更には風の刃や苦無が飛んで来た。
どこか逃げ場はないだろうかと、幸太は必死に探す。
その目が捉えたのは、ハリセンを構えたメイベルの姿だった。
「えい! えい!」
メイベルはハリセンで幸太のお腹をぺしぺし叩く。
うん、これなら痛くないし、いくらやられても……
「あっまーい!」
その後ろでキラリと光る八岐大蛇。伊都の笑顔も光ってる。
「うわあぁ死ぬうぅ!」
幸太は転がる様に逃げる。
だが、仲間達は容赦しなかった。
「足が止まれば死ぬぞー」
歌音が放った矢が、次々と足元に突き刺さる。
ただひとり恋音だけが、その様子を静かに見守っていた。
「思ったより動けないだろう」
暫く後、地面に転がった幸太に向かって、歌音が言った。
「これで現状の危機感が実感できた筈だ」
明日は今まで通りのメニューに戻って、最終日は実戦だ。
「今日はもう休む事だ。疲労が溜まると怪我もしやすくなるからな」
手渡された薄めたスポーツドリンクを一気に飲み干し、幸太はそのまま泥の様な眠りに落ちて行った。
最終日。
メイベルが予め目星を付けておいた場所に、全員が集まった。
(やっぱり本物の天魔と戦ってもらった方が「がーっ!」ってやる気になれますよね!)
今日は実戦とあって、幸太の表情も引き締まって見える。
「来ますよ!」
上空から敵の動きを見ていたメイベルが警告する。
現れたのは、野犬の様な姿をしたディアボロだった。
たちまち、倫の目の色が変わる。大鎌を振りかざし、修羅の如く敵の群れに突っ込んで行った。
イリスは金属バットを手に――
「セイクリッドイリスちゃんホームランの刑!」
でも何だか目眩がするのは、スパルタに付き合った上に豆ばっかり食べてたせい?
伊都も今度は心置きなく暴れられると、嬉々として敵に向かう。
模擬戦では傍観者に徹していた歌音も、実戦となれば話は別だった。
でもちょっと足元が覚束ないのは豆抜きダイエットのせい?
そして幸太も……同じ鬼道忍軍であるエルリックと組んで敵に当たる。
足音を忍ばせ、影手裏剣を投げ付け、接近戦になれば刀を振るい――
「……やった……!」
足手纏いにならずに済んだ。
それどころか、自分で仕留める事も出来た。
「これで何とかなりそうだよぉ〜、皆ありがとぉ〜」
幸太はぺこりと頭を下げる。
今度はちゃんと、お辞儀になっていた。
(初めてのお仕事で、ありがとうって言ってもらえました!)
メイベルは天にも昇る心地だった……悪魔だけど。
「また太っちゃったら、呼んで下さいね!」
「え〜、もういいよぉ〜」
どうやら、もう二度と太らないと心に決めた様だ。
それはそうだろう。
「私もここに来て珍しくっておいしいものが有るから気をつけなきゃ!!」
倫が言った。
こんなスパルタ、やる方は良いけれど、やられる方は……ねぇ。
因みに、この一週間で女子二名の胸囲に変化はなかったそうです、はい。