「猫ふみふみマッサージ…だと!?」
そんな極楽みたいなところがあるのか。
アドラー(
jb2564)は直感した、これは自分の為に用意された依頼に違いないと。
「俺にぴったりじゃないか」
ぜひ踏まれたい!
ぬっこぬこにされたい!
いや、わかっている――踏まれるだけの簡単な仕事ではない事は。
「ねこさんと戯れる依頼ですぅ?」
御堂島流紗(
jb3866)も最初はそう思っていた。
が、書類を読み進むうちに、その表情が曇る。
「ちょっと残念なんですけど被害出ている以上ほっては置けないのですぅ。しっかりと使命果たしてくるですぅ」
まずは実態調査ということで、自分は奥に踏み込む人達の脱出サポートを。
「決してふつうのねこさんマッサージを堪能しようとかいう邪な企みでは無いのです」
ほんとだよ?
赭々 燈戴(
jc0703)も仕事は仕事できちんと片付ける、筈だ。
「俺? 猫好きですよ」
礼野 智美(
ja3600)は義弟の代理としての参加だった。
好きでなければ飼ってはいないが、天魔とあらば切り捨てる切替は出来る。
しかし義弟の猫好き彼女には、恐らく無理だろう。
「猫大好き人間で小学低学年だと目的忘れそうだもんなぁ」
そう言って、智美は苦笑い。
「その彼女が参加する前に人数埋めて参加阻まないとって、義弟が悲壮な決意固めてたんで」
しかし、彼にしたところで可愛い猫を躊躇なく倒せるとは思えない。
まだ幼いのだから当然の事だし、無理をさせれば心に傷を残す心配もあった。
だから、それを見かねて智美が動いたという次第だ。
もう一人の猫好き、雫(
ja1894)の心境は少々複雑だった。
「今回の依頼で一番の心配事は、私の体質(?)ですね…」
彼女は何故か動物に怯えられてしまうのだ。
雫はもふもふが好きだ。大好きだ。なのに誰も懐いてくれない。
「モフリたいのにモフれない…一種の拷問ですね」
好きなものに逃げられる、この悲しみを如何にせんとす。
一方、残る三人は猫より人助けを目的に集まった者達だった――多分。
「猫か…自分どちらかというとモ○ラ派でのう」
緋打石(
jb5225)は冗談半分に言いながら、店の中を覗き込む。
因みに○の中に入る文字は「ふ」ではない。
もふもふへの執着は、それほど強くないのだ――との自己申告。
それは砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)も然りだった。
「ぬこ萌えは特にないんだけどね、僕」
ハイランドリンクスの野生味溢れる外見とカールした耳のギャップとか、テネシーレックスのキラキラした巻毛のサテン被毛とか、キプロスアフロディーテのふかふかな被毛と膝に乗って来る人懐こさが良いとか、そんなの全然詳しくないから(きりっ
詳しいじゃないかって? 気のせい気のせい。
「行方不明の人達の居場所を把握し、安全に救出しないといけませんね」
ユウ(
jb5639)の頭には、猫のネの字もなかった。
万が一、他の全員が猫の魔力にやられてしまったとしても、彼女がいれば大丈夫、ですよね?
そしていよいよ作戦開始。
「まずはこのアンケートに答えれば良いのですね」
ユウはいかにも家庭環境に恵まれた子供であるかの様に、楽しげに空欄を埋めていく。
名前は門木優羽、近くの公立高校に通う三年生だ。
父は陀瑠弩麩、母は流留、兄は章治、中学生の弟と妹がいて、更には義姉まで登場するという妄想の暴走っぷり。
流紗も本当は一人暮らしだが、ここでは家族と暮らしていることにして。
「今日は猫好きの友達の為に下見に来たのです、良かったらまた一緒に来るのですぅ」
こう言っておけば、奥に連れて行かれる事もないだろう。
アンケート用紙と一緒にスマホや荷物を預け、流紗はその保管場所をさりげなく目で追う。
それはカウンターの後ろに運ばれ、引き替えに手渡された番号札と同じ数字が書かれたロッカーに仕舞われた。
扉や鍵は付いていないから、回収は容易だろう。
入店前に自身に聖なる刻印ををかけた雫は、天魔の被害者で記憶喪失になり、現在は孤児院暮らしという設定だ。
名前を借りたのは実在の孤児院。多くの孤児を預かっているが管理体制は甘く、実際に何人もの失踪者が出ているという噂がある施設だ。
雫はそこで周囲に馴染めず孤立している、大人しく気弱なキャラを演じていた。
「嘘は全て偽りであると必ずボロが出てしまいます。だから、本当に隠したい事以外は真実であれば見破り難い物なんですよ」
ということは、ジェンティアンの嘘履歴も疑われる可能性は低いだろうか。
「行方不明になる子は、周囲と関わりが少ない子ばっかみたいだし、そういうの演じた方がいいよね?」
彼は留年中の大学生という設定と言うか事実と言うか、それ全然演じてないって言うか。
「え、ちゃんと演じてるよ?」
今日はTシャツにジーンズ、分厚い眼鏡、ざっくり結んだ髪は茶色く染めてるし。
不登校で単位が足りず、留年を繰り返している、地味で冴えない超コミュ障に――見えるよね?
「俺は一人暮らしのフリーター、昨今じゃ天魔被害で孤児になる人間も多いし、問題はないよな」
智美は預けるスマホにバイト先や地元警察、消防の電話番号を登録しておく。
お気に入りのウェブサイトはハローワークに、無料の小説サイトを数件。
ロックはかけず、誰でも見られるようにしておく――と言うか、それは寧ろ見せる為の細工だった。
「行方不明者は所謂『非リア充』な者達らしいのぅ」
今日の緋打石はピンク系の甘ロリ服に身を包み、人畜無害でか弱い一般人の少女を装っているが、こう見えても三桁の年齢を誇る悪魔だ。
「一応自分もン百年独り身じゃのぅ…」
自身も立派な行方不明候補だと思うと悲しくなってくるが、演技をしなくて済むのは楽だと思えば多少は気分も良く――ならないね、うん。
「こうなったら腹いせに、いや世の為人の為、非リア民の為に、この店を徹底的に叩き潰してやるのじゃ」
実際に手を下すのは自分達ではないけれど。
「職業はドカタがメインの派遣労働者、家族なし、恋人いない歴=年齢…」
アドラーはそこまで書いて、手を止めた。
「寂しくない、全然寂しくないぞ! 俺は猫がいればそれで幸せだ!!」
胸の奥で疼くのは失恋のキズなんかじゃ――
「…ううう」
友人だって顔を知っている程度の相手が2〜3人ってそれは友人と呼べるのか、ただの知り合いじゃないのか。
日々の楽しみは猫カフェと日替わり定食だし、毎日の挨拶を交わせる相手は猫だけだし。
「でも良いんだ、俺は猫語がわかるんだからな」
いかん、ますます傷口が!
は、早く猫を、猫成分を…出来れば茶色のスコティッシュフォールドで…!
「お待たせしました、それでは順番にお進み下さい」
スタッフの指示に従い、客達が店の中に入ってくる。
雫もその流れに乗って、指定されたマットレスへ向かった。
「…普段と違うキャラを演じて、気付かれなければ良いのですが」
だが、彼女の心配はそれだけではない。
まずは猫達が寄ってきてくれるかどうか、それが問題だった。
「恐らくは本能的な物でしょうから。催眠術でも掛けて貰えば何とかなるかな?」
しかしここには催眠術の専門家はいない。
それに猫達は何の躊躇いもなく、俯せになった雫の背に乗って来た。
ふみっ。
「あ…っ」
ふみ、ふみ、ふみ。
「これが、猫の肉球…!」
なんて柔らかく、弾力があって、そして温かいのだろう。
「可愛いぞ! なんて真ん丸いんだ! お目目がくりくりで実にけしからん!」
お望み通りの茶色のスコが、スコ座りをして待っている。
アドラーはマットレスにダイブすると、自分が喉を鳴らしそうな勢いで猫を愛で始めた。
「ぬぉぉおおお…俺はここに暮らしてもいい。一生このままでも構わん!」
任務? なにそれ美味しいの?
肩から背中、腰まで満遍なく、ふみふみふみふみ…
「もっとやってくれ〜〜」
「はうぅー…」
流紗は俯せになって、腰のあたりをふみふみされていた。
この程良い重さと繊細かつリズミカルな手の動き、これを天国と言わずして何と言う。
「はわぁ…なんだか眠くなって来たのですぅ…」
ダメになった人、三人目か。
いや、流紗はそれでも己に課された任務を忘れなかった。
ふみふみもふもふの誘惑を振り払い、猫にお礼を言いながら起き上がった。
「ちょっとお手洗いに行って来るのです。少しの間、待っていてくださいますか?」
『にゃ』
その言葉が通じたのか、猫は枕元でびしっと正座待機。
「お客様、どうなさいました?」
すかさず声をかけてきたスタッフに理由を言って、流紗はトイレに身を隠した。
ここはカウンターのすぐ脇にある。
「じゃあちょっと失礼して、通り抜けさせてもらいますー」
個室の壁をすり抜けて、カウンターの下から顔を出した。
スタッフが後ろを向いた隙に手を伸ばし――
「スマホ、取り戻したのですぅ」
これで外と連絡が取れる、今のうちに学園に連絡しておこう。
「なぜこんなもふもふしたものに…気になるのう」
緋打石はふみふみされながら周囲の様子を伺っていた。
猫が一生懸命に踏んでいるのは肩の上、もし口をきく事が出来たなら「お客さん凝ってますねぇ」と言ったに違いないほど、緋打石の肩はバリバリに固くなっていた。
「うむ、歳のせいじゃよ、多分のぅ」
それにしても、なかなか呼ばれない。
「あまり遅いと眠ってしまうぞ…」
「あ、あの。個室…とか、無いですか?」
おどおど。
「その、ひ、人が多いところは…苦手、で」
きょどきょど。
広い部屋で皆と一緒とか無理的な超コミュ障あっぴるの結果、衝立が用意されました。
「あ、ダメか」
ここは暫くの間、素直にふみふみされるしかない様だ。
周りから見えないのを良いことに、ジェンティアンはでっかいもふもふメインクーンを膝に抱き上げてふるもっふ。
あ、ぬこ萌えはないですよ?
これは冥魔認識で確認する為にですね?
「…ふむ。サーバントか」
それなら奥に連れて行かれた人達は生きている可能性が高い。
「早く連れて行かれないかなー」
もっふもっふ、ふるもっふ。
ユウはリラックスした様子で猫のふみふみに身を任せていた。
が、意識は常に周囲に向けられ、怪しい動きがないか目を光らせている。
しかし何事も起きないまま、やがて店内に静かなオルゴールの音楽と共にマッサージ終了のアナウンスが流れ始めた。
「まだ誰も呼ばれていないのに…」
出口に向かって人の流れが出来始める。
だが流れに乗らず、その場に残っている者達がいた。
雫に智美、アドラー、緋打石、それにジェンティアン、他には一般人も何人か。
どうやら彼等が選ばれたらしいが、その内部調査が終わるまで、ここを離れるわけにはいかない。
「すみません、延長をお願いできますか?」
しかし、ユウの申し出にスタッフは首を振った。
「他のお客様もお待ちですので…」
「でも」
ユウは食い下がる。
「あそこに寝ている人がいますよね」
起こしても起きないから放置しているらしいが、それなら自分がこのまま居座っても良い筈だと我侭を言ってみる。
「延長料金を頂きますが」
「それで構いません」
流紗も話を合わせて駄々をこね、まんまとその場に居残った。
後は奥に入った仲間からの連絡を待つだけだ。
そこには虎がいた。
「ぐお!?」
アドラーは思わず後ずさる。
「きゃ…っ」
雫も目一杯の可愛い声を出して、アドラーの後ろに隠れた。
まさか、これに踏まれるのだろうか。
「こ、これはいくらなんでも無理だろう。猫は好きだが虎は別だぜ――っつうか、こんなのに踏まれたら死ぬだろ!」
というわけで、断固拒否!
そして監禁!
だが、それこそが彼等の狙いだったのだ。
やはり虎に踏まれる事を拒否した智美と五人の一般人と共に、彼等は地下深くへと連れて行かれた。
途中でこっそり姿を消した緋打石が、気配を殺してその後を追う。
彼等が放り込まれた部屋には青白い光が満ちていた。
その光には見覚えがある――
『ゲートだ』
ユウの頭にアドラーの声が響いた。
それを意思疎通で流紗に転送し、次の動きを待つ。
先に捕まった三人は、ゲートの中へと無造作に放り込まれた。
その獲物が撃退士である事を知らないスタッフは、気を失ったふりをした三人を残してゲートの外に姿を消す。
「あれは天使か、それとも使徒かな」
もう声を聞かれる心配はないだろうと、智美が呟いた。
どちらにしろ、何も知らない雇われスタッフではないだろう。
そのゲートは精神吸収に特化した小さなもので、中には剥き出しのコアが無造作に置かれていた。
その周囲に転がる人間達と、その身体を踏み続けている猫達。
「この人達は気を失っているだけの様ですね」
脈を取った雫が言った。
「あの猫たち、すべて敵なのか」
アドラーが拳を震わせる。
「あんなに可愛いのに、なんてことだ…俺には戦えない!」
どのみち自分達だけの手には負えない。
アドラーはゲートの状況をユウに伝え、救援を待った。
その頃、ジェンティアンは虎に踏まれていた。
ずしっ、ずしっ、やたら重いし爪が食い込んで痛いなんてもんじゃない。
それに何か変だと感じ、聖なる刻印を発動する。
「うん、どうせ踏まれるなら女の子の方が良いな」
もう充分と八卦石縛風で虎を石化、ジェンティアンは内部調査へと――向かえなかった。
目の前に立ちはだかるのは、使徒か天使か。
「どっちにしてもちょっと拙い、かも?」
その時、外で動きがあった。
「こっちじゃ!」
裏口を見付けた緋打石の先導で、別働隊がゲートのある部屋に突入する。
表からはもうひとつの部隊が突入、店の中を駆け抜けていく。
ユウは店内の客を常夜の闇へ誘い、眠らせた。
だが全員が眠りに落ちたわけではない。
スタッフを含めた残りの客達は何事かと騒ぎ始めた。
そこに地下から駆け上がった智美が忍法「友達汁」を使って説得を始める。
それで納得して逃げる者もいれば、パニックを起こして聞く耳を持たない者もいた。
「仕方ない、少し手荒になるけど」
智美が怖ろしい咆哮を上げると、眠っていた者達までが起き出して、慌てて出口に転がって行った。
「さて…色々と知っている事を話して貰いましょうか?」
ゲートから飛び出した雫は、ジェンティアンの前に立った男の背中に太陽剣ガラティンを突き付け、ダークハンドで動きを止めた。
ゲートのコアは既に破壊してある、後は救助ともども別働隊に任せておけば大丈夫だろう。
「はいはい、落着いてねー」
その場を雫に譲ったジェンティアンは店に戻り、女子(70)の手を引いて外に出る。
突然の騒ぎによるパニックと猫の正体を知った衝撃は、そう簡単には収まらないだろう。
だが戦闘を別働隊に任せたからには、そこは自分達で処理しなければ。
この経験が、彼等の心に傷となって残らないように。
もふもふの楽しい思い出だけが残るように。