とある放課後。
「仕事として請け負うからには一切の手抜きはナシだ」
ミハイル・エッカート(
jb0544)がキラリと目を光らせる。
「はいっ。ボクも科学室振興のため一肌脱ぎますっ」
クリス・クリス(
ja2083)は鼻息も荒く腕まくり。
「門木せんせはPRとか苦手そうだし」
それに、科学室の知名度が上がれば予算も増える。
「予算が増えれば出血大サービスの回数も増えるよね!」
ぐっと拳を握った気合いの入れ具合から見て、本音は恐らく後半の方だろう。
とは言え、前半の指摘も間違ってはいない様だ。
「…実は自分でも少し作ってみたんだが」
門木はクリップで留めた書類の束を取り出して見せた。
「これは…何が書いてあるの、です?」
覗き込んだ華桜りりか(
jb6883)がパラパラとそれをめくり、かくりと首を傾げる。
「強化実行時における各種パラメータの変動期待値及び変異確率の統計学的検証、か」
鷺谷 明(
ja0776)が、細かい数字が並ぶ表組みのタイトルに目を走らせた。
「はーい、しつもーん」
クリスが元気に手を挙げる。
「今の何語?」
「多分、日本語だ…多分な」
ミハイルが自信なさげな様子で頷いた。
「タイトルだけでも目が滑るぜ」
表の中身に至っては理解しようという気さえ起きない。
「…出来るだけ詳細なデータを提示した方が良いのかと、思って」
Lv0〜1程度の検証データなら、開示しても問題はない筈だ。
「問題はないかもしれないが、意味もないだろうな」
ミハイルが天井を仰いだ。
科学室のイメージを良くするどころか、却って悪化させかねない。
「章治兄さま、ありがとうございます、なの…あたしたちに頼んでくれて」
「どんまいだよ、門木せんせ」
「大丈夫だ、俺達が上手くやってやる」
りりかに礼を言われ、クリスには頭を撫でられ、ミハイルには肩を叩かれる。
明は笑みを浮かべつつ、その様子を遠目に眺めていた。
「じゃあ編集会議、始めるよー」
まずは科学室の一角にある応接セットのテーブルに、りりかがお手製のチョコチップクッキーを置いた。
因みに部屋の中が綺麗に片付いているのは合宿の成果(?)だ。
「みなさんで楽しく作業が出来ると嬉しいの、です」
「わー、美味しそうだー。じゃあボクはお茶いれて来るね」
冷蔵庫にはプリンもある。
大丈夫、多分あれは冷蔵庫の筈。
実は冷蔵庫のふりをした錬成窯で、扉を開けたらプリンがピーマンに…なんて事はない、と思う。
お茶とお菓子が揃ったところで、本格的に作業開始だ。
BGMは強化失敗の阿鼻叫喚――いや、空耳ソラミミ、うん。
「まずは編集の全体方針を決めないとな」
ミハイルが部屋の隅から引っ張り出して来たホワイトボードの前に立つ。
「まずは雰囲気だが、これはポジティブなイメージを押し出した方が良いだろうな」
もちろん良い話ばかりでない事も正直に記すが、扱いは控えめに。
「写真もフルカラーで、どうせなら全ページカラーにするか」
「それなら、可愛い模様を入れて華やかな感じにしたいの」
りりかが何処からか借りて来た色見本のカードをめくり、パステルカラーを中心にした柔らかで明るい色を選び出す。
パソコンにはデザインのテンプレートやイラスト集も入っているが、手書きの文字や絵を添えても趣があって良いかもしれない。
「桜の模様を描いたり、シールやマステで飾っても良いの、です」
「うん、それなら女の子にも受けそうだねー」
クリスが頷く。
「強化とか改造って何となく硬派なイメージあるし、女子には少しとっつきにくいかなって」
「女子受けと言えば――」
ミハイルが門木に視線を投げる。
「表紙は先生で良いよな?」
髪を整え無精髭を剃り、下ろしたてのピカピカ白衣でビシッと決めたイケメン風の一枚を。
「ふむ、それなら門木先生beforeafterも載せとけばいいんじゃないかねえ」
明が楽しそうに言った。
「改造の実例としても使えそうじゃないか」
成功するとこうなります、みたいな――というのは冗談としても、ネタとしては目を惹きそうだ。
「後はまあ、強化は普通に能力上がるよ、とでも書いておけば良いんじゃないかねぇ」
元々は科学室より屋上の住人である明にとっては、説明はその程度で充分な様だ。
「大成功したら物理魔具に魔攻ボーナスがついたり、魔法魔具に物攻ボーナスがついたりねえ」
偏見? いいえ、それはきっと誰もが通る道。
「補助アイテムは財布と相談して下さい、というのも入れておくか」
そこは自戒を込めて、らしい。
「まあ、その辺りは具体例を載せればわかりやすくなるんじゃないかねえ」
明は手持ちの強化・改造済みの装備を広げる。
白銀の銃身を持つ魔銃フラガラッハは、なんだか古臭い骨董品の様なマスケット銃に。
神聖な雰囲気を持つ魔を滅する聖杖ラミエルの杖は、木杭を十字に組んだだけの棒きれの様なものに。
細やかな装飾が施されていた筈の白鋼翼付荒鷹具足は、砕け磨り減り薄汚れたオンボロに。
元々古びて刃こぼれした様な見た目の八岐大蛇は、つい今し方移籍から発掘されたばかりかと見紛う程に。
どれもこれも、元より劣化しているとしか思えない状態だが、データを見れば性能は確実に上がっている。
「こんな改造の仕方もあるという、見本にはなるだろうさ」
一方、ごく真っ当に改造した結果がミハイルのコレクションだ。
「俺はネクタイピンとナイトビジョンの改造例を――」
ごそごそと荷物の中を漁る。
が、見当たらない。
北欧神話シリーズの魔具も、コーラも。
どうやら荷物を間違えて持って来てしまった様だ。
「仕方ない、後で取りに帰るとして…まずはこいつだな」
代わりに、ミハイルはコーラが変異して出来たスナイパーライフルXG1『ブラックファルコン』を取り出した。
XG1と言えばスナイパーライフルとしてトップクラスの性能を誇る、狙撃手垂涎の一品だ。
「コーラからスナライ、こんな凄いことも起こるぞ! ってな」
その逆も有り得るわけだが、そこは小さく載せておこう。
「表紙には章治兄さまのお写真だけでいいの、です?」
デジカメの動作を確認しながら、りりかが問う。
「アイテムも一緒に載っていると良いと思うの」
門木が表紙を飾るなら、そちらは裏表紙にまとめた方が良いだろうか。
「ならビフォーアフターついでに、こいつは先生に持ってもらうか」
ミハイルがバスタードポップを取り出してアウルを込めると、白銀の銃身に走る無数のラインが赤く光る。
「先生のは何色だ? いくら武器が持てないと言っても、それくらいは出来るだろう」
一応、天使なんだし。
「…うん、多分…」
門木が見よう見まねで念を込めると、銃身のラインが緑色に光った。
「ビジュアルを整えてポーズを決めれば、良い画になりそうだな」
よし、表紙の案はこれで決まりだ。
「じゃあ、まずは普段通りの格好でお写真を撮るの、です」
科学室のドアを背景に、いつものスタイルでやる気なさそうに銃を持ち、まずは一枚。
アフター撮影の為に着替えている間に、クリスとりりかは内容について細部を詰めていく。
クリスが推すのは「Lv5まで強化失敗なし期間」についてだ。
「Lv2を超える強化は失敗のリスクがあるけど、この期間だけは失敗を気にせず強化に挑めるんだよね」
おかげでついつい沢山のアイテムを強化して、小遣いがあっという間に底をつくのが難点だけれど。
「ご利用は計画的に、っていうのも入れておこうかなー」
もうひとつは実例提示。
「ほらほら、可愛いでしょ♪」
取り出したのは女性用のインナー二点。
「でもこの二枚は強化で攻撃力が付加されてるの。派手で強そうな魔具や魔装も素敵だけど、地味装備の強化も地味に有効なんだよねー」
スポーツインナーもドット柄インナーも地味に防御や攻撃、命中が上がってるし――下着で何を攻撃するのかは知らないけれど。
「勝ち負けのかかる大規模穂作戦とかは必ずこのインナー装備するの」
だってほら「勝負パンツ」って言うじゃない?
「ボクは女子力高いから分かるんだよー」
それを聞いて、りりかは微妙な顔。
勝負パンツって、そういう意味だっけ?
「あたしは、基本的なことを説明しようと思うの、です」
明が言った説明を、もう少し親切丁寧に。
強化をするとアイテムが強くなること、回数によって成功率が変わるから注意なこと。
「くず鉄になってしまうのは、強化を何回もしていると強化がむずかしくなってしまうから、なの」
決して門木がわざと失敗しているわけではない。ない。
「そうだな、くず鉄や変異はどうにもならない話だ」
門木の着替えに付き合うついでに忘れ物を取って戻ったミハイル@経験者が語る。
「愛用品がそうなってしまうことに先生も心痛めているんだ、なあ先生?」
それも一言添えておこう。
「補助アイテムもあるので活用すると良いと思うの、ですよ?」
ただしリアル財布と要相談。
「それから、強化をしていくとアイテムの改造が出来るの」
りりかは自分の改造品を机に並べる。
「あたしは可愛いお洋服にしたり、お人形さんに自分の恰好をさせたり、大好きな桜を加えたりしているの」
ミハイルの様にカッコ良くしたり、明の様にわざとボロくする事も出来る。
「自分の好きなものを足せると嬉しいの、ですね」
気持ちを伝える為に、強化や改造を施した唯一無二のアイテムをを贈り物にしても良い。
「スタボの紹介もいる、です? とても凄いものが出来る事もあるの…」
因みにエクラインナーには30近い魔法攻撃力が付きました。
これも一種の勝負下着だろうか。
「あとは、章治兄さまについて、なのですね」
生徒の声と、本人のインタビュー記事があれば良いだろうか。
「章治兄さまは優しくて素敵な方なの。相談にも優しく乗ってくれるし、一緒に遊んでくれるし…そうそう甘いものが好きなの」
「…それ、載せるのか…?」
恥ずかしそうに目を泳がせる門木の背を、ミハイルが叩く。
「照れることはないだろう。学生に慕われる先生、良いじゃないか」
「…いや、でも…もっと厳しい意見、とか」
「気にするな」
あくまでポジティブなイメージを前面に出すのが今回の狙いだ。
「もっと褒めても良いぞ。それと質問に答えてくれるか、好きな物と苦手な物は?」
「…んー…好きなものは、色々あるな」
綺麗なもの、面白そうなもの、ただの石ころや木の実、何の変哲もないガラクタなどなど。
「…苦手なのは…人の多い場所、とか…初対面の人、とか」
「オフの日は何してる?」
「…散歩したり、本を読んだり…かな」
「100m走は何秒?」
「…え…測ったこと、ない」
撃退士と比べても平均よりは速いと思うけれど。
「アイテム強化の器具や薬は何を使うのか、見せてもらえるか?」
「…それは、極秘事項、で」
「あと、これは俺の予想なんだが。先生は先端恐怖症じゃないか?」
以前、ちらりとそんな事を思ったのだが。
「…いや、べつに」
片目を潰されそうになった経験から、目の前に尖ったものを突き出されれば普通に怖いが――その程度だ。
「注射は苦手じゃないか?」
「…注射は普通、誰でも苦手だろう…」
「ふむ、訊きたい事はこんなものか」
しかし、くず鉄を恨まれて学生に苛められる可能性もある。
「苦手な物は載せない方が良いか?」
「…いや、大丈夫だろう」
「そうか。もし苛められても俺がそいつを物理的に懲らしめてやるからな!」
「…お、おう」
インタビューの様子はりりかが写真に収めていた。
後はその中から何枚かを選んで――
「章治兄さま、科学室に来る方へ一言お願いするの…ですよ?」
「…え、一言…いらっしゃいませ、とか…?」
うん、作業が終わるまでには考えておく。
「わぁ…パンフの素材集まったねー」
外もすっかり暗くなった頃、クリスが大きく伸びをする。
これで一段落、後は――
「…で、これ明日までに仕上げるの?」
写真選んでレイアウト考えて、パソコンに文字打ち込んで、それから、それから――
無 理 !
「あ、でも保護者格のミハイルさん居るから徹夜OKかなー」
ちらっ。
「門木せんせも宿直扱いで付き合ってくれないかなー」
ちらちらっ。
「差し入れとかあると嬉しいなー」
ちららっ。
ついでにお腹が自己主張。
「…ん、わかった。まずは腹拵えだな」
「やったー!」
でも、お子様の徹夜は禁止…なんて言わなくても、途中でリタイアしそうだけれど。
「…で、アイテム案は何か決まったのか」
食堂で注文した料理を待つ間、門木が訊ねる。
「あたしは、お守りやアイマスクを考えてみたの…」
りりかの案は、白衣を模った強化成功の願いを込めたお守りと、門木愛用の眼鏡をモチーフにしたアイマスク。
「中にポプリが仕込めるようになっていたら、きっとぐっすり眠れると思うの」
「ミニフィギュアはどうだ?」
ミハイルの提案は門木を三頭身にデフォルメした手のひらサイズのフィギュア。
いずれもアイテム名の頭に「門木章治の」が付くが、そうなると強化失敗の折には八つ当たり対象にされそうな気がしないでもない。
フィギュアなど特に、首や手足をもがれたり、五寸釘を打ち付けられたりしそうな気が――
と、そこに降って来た明の御託宣。
「久遠ヶ原は、闇鍋だ」
それこそが久遠ヶ原の象徴。
「科学室の案内イベントにて配られるものとして、くず鉄を再利用した品も考えたが、新入生に『君達の装備の末路だよ』と言って渡すのもどうかと思ってね」
その為、その案は却下となった。
「であれば次に考えるべきは科学室、ひいては久遠ヶ原を象徴する一品。私はそれに『闇鍋』が該当すると思い至った」
何故かここで荒ぶる学園長のポーズが入る。
「人種、年齢、思想の区別無く一切を受け入れる久遠ヶ原、そしてその科学技術の集大成である科学室は、改造やら突然変異やら大失敗やらの名目で私達の予想もつかない品へと変幻させてくる」
即ちこれこそ闇鍋の混沌性の象徴に他ならない。
「確率論の混沌に支配された予想不可能な予測可能、それこそが久遠ヶ原科学室の顕現である、と」
というわけで、折りたたみ鍋と携帯燃料を入れた「携帯闇鍋セット」はいかがですかー。
「中身? 具材? 闇鍋だろう、そこらへんから取って来いよ…雑草とか」
それこそくず鉄でも良い、かも?
とりあえず全部、審査にかけてみようか。
「ふふっ、皆で頑張るのって楽しいよね♪」
お腹が膨れたら瞼が重くなったクリス、でも頑張るよ。
「んと…この記事はここに貼ればいいの?」
あれ、この字は何て読むんだっけ。
「ミハぱぱの校正厳しいよぉ…漢字ムヅカシイデース」
って言うか校正って眠くなるんだよね。
「あ…写真えらば…ない…と…zzzZZZ」
「おやすみなさい、です」
りりかが作業の手を止めて、クリスにそっと声をかける。
ミハイルに準備室のベッドに運んでもらい、起きる頃にはきっと出来上がっている、筈――?