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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:13人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/09/11


みんなの思い出



オープニング




 久遠ヶ原人工島のとある海辺に、二隻の海賊船がある。
 何かの映画で見た事がある様な三本マストの帆船を象ったそれは、水面から上の部分だけが精巧に作られた原寸大の模型だった。
 久遠ヶ原学園の生徒達に楽しんで貰おうと作られたその模型は、リアル海賊ごっことプール遊びが同時に出来るアトラクションとして人気を呼んでいる。

 今回、片方の船には白い帆が、もう片方には黒い帆が張られていた。
 そして黒い帆の船にあるプール部分は一時封鎖中。
 その代わり、そちらの船には本来の海賊船としての機能が復活していた。
 舵輪の操作ひとつで船を揺らしたり、船首の向きを変えたり、僅かではあるが前後左右に移動させる機能。
 音だけの空砲やクラッカーなどのオモシロ効果とは言え、舷側に付いた大砲が撃てる機能。
 そして今回は、自らの船体に穴を開け、沈没する事も出来るようになっていた。
 沈没と言っても、実際には船体が斜めになり、海水が甲板を洗う寸前まで下降するのみで、実際に船の中まで浸水する事はない。
 しかし、その沈み具合によって、船内に水が入り込んだようなホログラム映像が投影される仕組みになっていた。

 何故そんなものを作ったのかと?
 それは、とあるゲームを楽しむ為だ。

 名付けて「サマースペシャル・人質救出大作戦」!!


「……それは、良いんだが」
 何故か船長服に身を包んだ門木章治(jz0029)が、このゲームを企画した生徒の一人に訊ねる。
「……何故、俺が人質役に…?」
 彼は今、手足を縛られ、沈み行く船の最後尾にある船長室、その真ん中ある太い柱に縛り付けられていた。
「え、だって暇そうだったし。それに先生、海賊とかこういうノリ好きでしょ?」
「……それは、まあ…」
 確かに嫌いではない。
 パイレーツシリーズの魔具・魔装はインナーを除いて全て持っているくらいだ――殆ど頂き物ではあるが。
 しかし、こういう場合の人質というのは普通、女性の役目ではないのか。
 どこの誰が好き好んでこんなオッサンを助けようとするのだ。
 だが目の前の生徒は首を振った。
「門木先生はヒロインですから!」
「……は?」
 いや待て、それはおかしいだろう。
 ヒロインというのは――
「先生、今の時代ヒロインに年齢も性別も関係ないんですよ!」
 そこに萌えを見出せるなら、全てはヒロインなのだ。
「それに先生って、人質とかにされやすそうなタイプじゃないですかジッサイ」
 まあ、それは否定しない。
 と言うか、出来ない。
 自分が誰かに助けられた事は実際に何度もあるが、その逆は想像する事さえ不可能だった。
「……わかった。…それで、俺は…こうして縛られていれば良いのか?」
「大体そうですね」
 ここは黒い帆を張った敵側の船、通称「黒船」の船内。
「先生は今回、向こうの白い船――白船の船長っていう設定です」
 白船と黒船は互いに商売敵、今回白船の船長拉致に成功した黒船勢は、これを機に白船を壊滅させるつもりだ。
 勿論、白船勢がそれを黙って見ている筈もない。
 そこで始まる人質救出作戦とチャンバラごっこ――というわけだ。
「細かい設定は省いてありますけど、後は参加した生徒達が勝手に楽しく盛り上げてくれますから、きっと」
 考えるのが面倒だったわけではない。
 参加者の自由度を高め、好きなように楽しんでもらう為だ、うん。


 以下、このゲームの設定とルールである。
 面倒なら上の4つだけ読んでもらえば、大体の状況は把握出来るだろう。
 それで問題ない程度には、ユルいルールだから大丈夫。

・参加者はどちらも海賊だが、【白】と【黒】という敵対する二つの陣営に分かれている。
・門木は【白】の頭目であり、現在は【黒】の船長室に監禁されている。
・【黒】は彼を船ごと海に沈める算段。
・救出班【白】は門木の救出を、妨害班【黒】はその阻止及び妨害を行う。

・各自のスタート地点は自陣営の船の上、又は船内であれば自由。
・ゲームスタートと同時に【黒】の船はゆっくりと沈み始める。
・沈み具合に応じて船内に浸水ホログラムが投影される。
・水が船長室に一杯になった時点で救出が終わっていなければ、【白】の敗北が決定する。

・船内への出入口は船首付近の甲板に一箇所のみ。
・船内は何層にも分かれ、落とし穴や隠し扉などのトラップ満載。
・船の下降や浸水は【黒】の船内中心部にある制御室のコントロールで停止可能。
・制御室では船内各所のトラップ作動なども出来る。

・【黒】の船に乗り移る方法は、自力で飛ぶ(跳ぶ)・ロープで渡る・泳ぐ、など。

・武器は専用のサーベル、投げナイフ、長銃、ピストルのみ、いずれも殺傷力はない。
・透過不可、他スキルはダメージを与えないもののみ可。

 と、大体はこんなところか。
 多少の改変は構わないし、アレンジは大いに歓迎だ。
 本物の戦いで門木を人質に取られた事を想定して、ガチで挑んでも良い。
 その隣でギャグに走ってカオスになっていても構わない。
 とにかく皆で楽しめれば、大体何でもOKだ。

 勝っても負けても、終わった後は皆で仲良くパーティしようぜー!

 さあ野郎共、敵の船に殴り込みだー!
 ……ここらの海賊は、女性の方が強い気がしないでもない、けれど。



リプレイ本文

 本日はお日柄もよろしく、絶好の海賊日和。
 海賊船の白い帆と黒い帆が眩しい光に照らされる中、腹の底に響く大砲の音が空気を震わせた。

「戦闘開始の合図ですね」
 黒船の甲板に立つ雫(ja1894)は、腰のサーベルを抜き放つ。
 裾の擦り切れた長袖チュニックに前を開けたベストを着込み、下は幅広のパンツにロングブーツ、腰に巻き付けたサッシュには短銃が突っ込まれ、頭には髑髏マークのバンダナという、いかにも海賊らしい格好だ。
 その足元は早くも斜めに傾き始めていた。
「船内には侵入させませんよ」
 そこは白黒衝突の最前線、雫は自前の翼で飛び移ろうとする者達を星の鎖で引きずり落とし、容赦なく海に叩き込む。
「海に落ちれば当分は上がって来られないでしょう」
 ロープを使って飛び越えて来る者には着地点を狙ってダークハンド発動、着地の直前に足首を掴んでぶん投げる。
「無理に倒さずに時間を稼げば此方の勝ちです」
 しかし敵もさるもの引っ掻くもの、そう簡単に落とされてはくれなかった。
 一本の手鉤が船縁に突き刺さる。
 そこに結ばれたロープの先にはエイルズレトラ マステリオ(ja2224)の姿があった。
 頭にバンダナ、片目に眼帯は海賊の嗜み、そして腰にはガンベルトならぬ手製の煙玉を吊り下げたベルトが巻かれていた。
 ロープを頼りに飛び移りながら、エイルズレトラは黒船の甲板に火を点けたそれをバラ撒く。
「花火の火薬をいじくって作ったんですよ」
 だから、煙だけではなく火花も出るし音も出る――が、それだけだ。
 殺傷力は全くなく、爆竹よりも遥かに安全だろう。
「こけおどしなど通用しません!」
 雫はそれを蹴散らし、着地点でサーベルを構える。
 しかし、エイルズレトラは何処から取り出したのか、もう一本の鉤ロープをマストの上部に引っかけた。
 それを頼りに、まるで空中に見えない足場でもあるかの様にジャンプを決めて、更には最初の鉤ロープを外して隣のマストへスイング移動。
 二本の鉤ロープを自在に操り、縦横無尽に飛び回る。
「殆どサルですね……」
 あっさりと頭上を越えられた雫は、呆然とその姿を見送るしかなかった。
 いや、褒めてるんですよ?
 しかし、何かが変だ。
 前線を突破したというのに、エイルズレトラは華麗なロープアクションを見せ付けるばかりで、船内に入り込もうとする様子を見せない。
「あの派手な動き、さては囮でしょうか」
 しかし煙玉を所構わずポイポイ投げつけるお陰で、他の白海賊までもが混乱に陥っている。
 もしかして、ただの賑やかし?
「奇術士たる者、いついかなる時でもサービス精神を忘れずに、という事ですよ」
 これはショーだ。
 彼の立つ場所すべてがステージであり、周囲の者すべてが観客である。
 船長? 助け出す? 知らない子ですね?

「海賊ごっこ? 面白そ!」
 神谷 愛莉(jb5345)は礼野 智美(ja3600)の腕をがしっと捕まえて、目をキラキラさせた。
「智美さーん、昔似たような事やったんですって? 一緒に参加しませんか―?」
 穏やかなお誘いに聞こえるが、その実はほぼ強要。
「そんなこと言って、もう二人分のエントリー済ませてあるんだろ?」
 図星を指されても、愛莉はニコニコと上機嫌だった。
 参加するのは白の海賊、チーム内では恐らく最年少になるだろう。
「小さくっても戦えますの!」
 白いリボンで髪をポニーテールに結んでパイレーツハットを被り、衣装は動きやすいミニスカタイプ、上着は二人でお揃いのパイレーツスーツだ。
「愛莉は智美さんをお姉様と慕う妹分の設定ですの」
「だったら俺は切り込み隊長かな」
 お姉様と言いつつ、その格好はどう見ても男性だが、細かい事は気にしない。
 髪はいつもと同じく軽く結んで背中に流し、服の腰を赤いサッシュで絞めて、赤い眼帯で片目を隠す。
「詳しい妹だとカトラスやシミターみたいな湾曲した武器選択なんだろうけど」
 苦笑いを浮かべつつサーベルを選ぶ。
「後は鉤ロープも持って行くか。船から落ちそうな時と、落とし穴回避に」
 どんな罠が仕掛けられているのか、見当も付かないけれど。
 準備が出来たら【絆】を発動、能力の底上げを図る。
 本気モードですが、何か?
「じゃ、すーちゃん呼びますの!」
 愛莉はストレイシオンを呼び出して、その背に乗った。
「お姉様、お手をどうぞですの!」
 翼はあるが飛ぶ事は出来ないストレイシオンだが、代わりに水中を自在に泳ぐ事が出来る。
「守りが手薄なところに回り込むですの!」
 愛莉は手にしたハンマーロッドを振りかざし――って、それ何処から持って来たの?
「大丈夫、攻撃力はありませんの」
 ただのピコピコハンマーだから――って、そうじゃなくて、ここでは専用の武器を……まあ良いか!
「ハンマー持って獣に載って先生救出…なんかすごーく懐かしい気がするけど、気のせいだよね、うん」
 二人を乗せたストレイシオンは黒船にこっそり接近、そこからは智美の鉤ロープを使って甲板へ。
「沖縄以来かな、こんな遊び」
 黒船の制御室を制圧すべく、二人は船内に通じるドアを目指して走った。
 しかし、その前に雫が立ちはだかる!
「残念ですが、ここは行き止まりです」
「そう言われても、引き下がるわけにはいきませんの!」
 愛莉はハンマーロッドを振りかざし、雫の手元に狙いを定める。
 ピコーン!
 狙いは武器破壊、いやピコハンでそれは流石に厳しい気がするから、うっかり取り落としてくれれば御の字!
 ピコピコピコピコピコピコピコピコ――
「無駄です」
 ですよねー。
 しかし、それで良いのだ。
 雫がピコピコ攻撃に気を取られている隙に、智美がドアを目指して走る!
 だが、その時。

『ふははははは!』
 どこからともなく響く、低く不気味な笑い声。
『そぉれ、地獄の底にご案内やでぇ!』
 間違いない、この声はゼロ=シュバイツァー(jb7501)だ。
 そう思う間もなく、足元の床が消えた。
「落とし穴か!」
「お姉様!」
 助けようとした愛莉を巻き込んで、船底まで真っ逆さま。
 更にはご丁寧に穴の縁から水まで流す徹底ぶり。
 二人は水に流され、スライダーの様に曲がりくねったコースを辿り、ぽいっと吐き出されたのは――
「何処だ、ここは」
「見当も付きませんの」
 明かりは点いているから、辺りの様子は見える。
 胸の辺りまで水没ホログラムが上がっているところを見ると、船底かそれに近いところまで落とされたのだろう。
 ホログラムではない本物の水もスライダーから流れ続け、足元に溜まり始めている。
「それに実際びしょ濡れですの」
「本当に濡れるなんて聞いてないぞ……いや、文句を言っても始まらないな」
 流石にここで行き止まりはないだろうと、二人は出口を探し始めた。
「どこかに隠し通路や扉があるかもしれない。気を付けて見ていこう」
「船長さん、絶対に助け出しますの!」

 その想いは白の海賊仲間達にも伝わり、結果として三人が同時に同じ決意を表明するに至った。
「章兄…じゃなかった、船長を返して貰うのです…!(ぐ」
「なんとしても章治兄さまを救出してみせるの……」
 シグリッド=リンドベリ (jb5318)はスレイプニルのスゥちゃんの背の上で、華桜りりか(jb6883)は海の上で。

「遊びも常に全力でってどっかの偉い人が言ってたのです」
 なので、本日は特別ゲストにお越し頂きました。
 テリオスおにーさんです!(ちゃらーん!
「本当はプールだけに誘う予定だったのですが」
 ものはついでと言うし、人間界の様々な文化に親しんで貰うのも良いかなって。
「あ、いやじゃなかったです? いやだったら、断ってもいいのですよ…?」
「いや、大丈夫だ。上司の許可も得ている」
 そう? それなら良いけど。
「それで、私は何をすれば良いのだ」
「とりあえずぼくと一緒に白の海賊になって、黒の海賊船に乗り込むのです」
「海賊とは何だ」
 あ、そこから説明が必要なのか。
 一通り簡単に説明して、衣装と武器を手渡して。
「何故こんな格好をしなければならないのだ、それに私は使い慣れた武器の方が……」
「テリオスおにーさん、これは遊びなのですよ」
 ごっこ遊び、したことない?
「ない。それに遊びなら尚更、本気で挑まなくては」
 人間が言う「遊び」とは、戦いよりも遥かに危険で怖ろしいのだ。
 彼等は遊園地という名の地獄の訓練施設で日々心身を鍛え、その試練を笑いながら乗り越える、根っからの戦闘民族なのだ。
「あの、何か誤解があるようなのです……?」
 顔、真っ青だけど。大丈夫?
「大丈夫だ、覚悟は決めた」
 テリオスは震える手でサーベルを握る。
 人間の文化をしっかり学んで来いと上司に命じられたからには、逃げるわけにはいかないのだ。
「じゃあ、ぼくたちの船長を助けに行くのですよ…!」
 知ったら嫌がりそうなので、それが門木である事は秘密だ。
 訊かれたら答えるけれど、うん。

 一方、りりかは海を渡って黒船の反対側へ。
「今日はいつものあたしとは違います、です」
 そう、遂に大魔王へと昇格を果たし――いや、それもあるけれど(あるのか
 今日のりりかは鬼道忍軍、そして白船長の片腕「魔笑のリリーカ」なのだ。
 ミニスカタイプの白いフリルワンピに、幅の広いピンクのベルト、更に上からサーベルを吊した剣帯をセット。
 その上にチョコレート色のベストを羽織り、黒いかつぎには髑髏の透かし模様入り。
 足元には折り返しの付いたロングブーツ、その上にはナイフと銃を仕込んだガーターベルトを隠していた。
「水の上を歩くのは不思議な感じなの……」
 けれどその感覚にはすぐに慣れ、海の上を全力で走る。
 白船に面した側は見張りの目も多いが、反対側なら殆ど誰も見ていなかった。
 リリーカは舷側に取り付き、壁走りで一気に駆け上がる。
 甲板に上がると物陰に隠れて様子を伺い、飛び出すチャンスを待った。

 シグリッドとテリオスは、黒の船がエイルズレトラの煙玉で混乱している間にスゥちゃんの追加移動で強行突破を図る。
「テリオスおにーさん、しっかり捉まっててください…!」
 途中、黒船の大砲から撃ち出された何かをインビジブルミストで避けて、一直線。
「あれ、あの大砲って中身入ってなかったんじゃ…」
 それに誰かの叫び声がドップラー効果と共に通り過ぎた気がするんだけど、気のせいかな。
 気のせいですよね。
 まさか人間が大砲から撃ち出されて飛んで来るなんてそんな、ゲームじゃあるまいし。

 しかし、そのまさかだった。
「さあ、敵の船に大砲で攻撃ですわ!」
 女海賊マグノリア=アンヴァー(jc0740)がサーベルを振りかざし、手下の水夫、黄昏ひりょ(jb3452)に命じる。
 マグノリアはいつもの黒い魔女服を豪華な海賊の衣装に替え、膝上までの黒ブーツに黒タイツ、上は黒シャツに青いサッシュ、マントの代わりに上着を風になびかせていた。帽子もいつもの三角棒から海賊風に。
 一方のひりょは太めの茶色いズボンをショートブーツに押し込んで、上は白いシャツに縞模様のサッシュ、頭にバンダナを巻いただけの格好だ。
 これが格の違いというものだろうか。
「え、でもマグノリアさん、この大砲って空砲じゃなかったっけ」
 そう答えたひりょに、マグノリアは首を振る。
「ワタクシの事はボスとお呼びなさいな」
 あ、そうでした。
「ボス、この大砲に弾はありません!」
「弾がない? あらあら、何を言ってるのかしら……目の前にあるじゃない?」
 正確にはマグノリアの目の前であり、ひりょにはその姿を見る事は出来ない。
 何故なら、それは自分自身だから。
「パンがなければお菓子を食べれば良いのですのよ。弾がなければひりょさんを使えば良いのですわ!」
「えっ」
 ちょっと待って、何その超理論。
 いや、二人で組むと聞いた時から嫌な予感はしていたけれど。
 前の時も大概ひどい目に遭ったけど。
 まさか毎回そのパターンなんて事は……ありました。
「ちょ、ま、待って…話せばわかるっ」
「ええ、そうですわね。ですから、ワタクシもこうしてお願いしているのですわ」
 にっこりと微笑むマグノリア。
「話せばわかるのですわよね?」
「いや、だから、わかって欲しいのはマグ――いやボスの方であって」
「ワタクシの為……もといワタクシの為に清く散ってくたさいな」
 はい問答無用、いってらっしゃーい。

 どーーーん!

「うわあぁぁぁぁぁぁ………………」
「あら、良い飛びっぷりですわ。さすがひりょさんですわね」
 かくして、ひりょ弾頭は悲鳴と共にシグリッド達の脇をかすめて白船を直撃。
 甲板をぶち破って頭から突き刺さったそれは、直立不動のままピクリとも動かなかった。
「……まるで……不発弾のよう、ですねぇ……」
 それを見て、月乃宮 恋音(jb1221)が感心したように呟く。
 しかし爆発しないなら放置しても構わないだろうか。
「……脈はある、みたいですしぃ……」
 それに今は大事な戦いの最中なのである。
 目には目を、大砲には大砲を。
 恋音は船縁の大砲に近付き、わざわざ目立つように自分をアピールして見せた。
 胸元の大きく開いた膝上丈の白いフリルワンピースに、紫色の上着とパイレーツハット、足元は黒のロングブーツだ。
 上着の合わせから裾にかけてのラインは柔らかな曲線を描いてカットされ、七分丈の袖からは白いレースが零れている。
 帽子の先には大きな白い羽根飾りが揺れていた。
 が、何と言っても目を惹くのは――と言うか、どうしても目が吸い寄せられるのは、その胸部だろう。
 もう、何と言うかデカいというだけでは表現しきれない、圧倒的な存在感だ。
 その大きさと重量を支えきれない服の胸元が今にも破れてしまいそうだが、もしそうなった場合の擬音は「ポロリ」などという可愛いものではないだろう。
 しかし、今はどうにか持ち堪えていた。
「……うふふ……うふふふふ……」
 妖しく悩ましげな笑い声を上げつつ、恋音は大砲の狙いを定める。
 狙うと言っても空砲だが、そこは演出における重要ポイントだ。
「……さあ、いきますよぉ……」
 どーん!
 派手な音と共に盛大な花火が上がる。
 隣の大砲はクラッカー、そして何故か仕込まれていたエイルズレトラの煙玉。
 そのまた隣は鳩が出ますよ!

 それに対して、黒の船からも反撃が始まった。
『海賊といえば俺の出番やな!!』
 どこからともなく響いて来るゼロの声。
 姿は見えないが、その存在感は声だけでも充分だ。
『超魔王が敵…やと!?』
 しかし相手にとって不足はない。
『たこ焼き砲、発射!』
 ぽん!
 ぽぽん!
 軽やかに飛び出して来る、焼きたてアツアツのたこ焼き!
 その香ばしい匂いに誘われて、白の海賊モブ達は戦いを忘れてたこ焼きGETに走る。
 宙を飛んで着弾する頃には丁度良い具合に冷めているから、そのまま口の中に放り込んでも大丈夫。
 たこ焼きの雨が降る白い船の甲板は、食欲を刺激された食いしん坊達で溢れかえった。
 流石に床に落ちたものまで拾って食べる者は多くないため、勝負は必然的に落ちるまでの僅かな時間となる。
 そして始まる同士討ちと言うか、たこ焼きの奪い合い。
 サッカーのゴール前でヘディング争いをする選手の如く、押し合いへし合いどつき合い、ライバルよりも少しでも高く!
 邪魔する者は女子供だろうと容赦なく排除する、げに怖ろしきは食べ物の怨み。
『いやー、これ楽でええわ』
 たこ焼きを放り込めば勝手に同士討ちで数を減らしてくれるのだ、こんなに楽な戦い方が未だかつて存在しただろうか。
『せや、ギャラリーの皆さんにもサービスせなな!』
 ゼロは砲身を観客席の方に向ける。
『これが神の力や! 思う存分味わうがいい!!』
 ぽぽぽぽーん!

 その時、ギャラリーからどよめきが起こった。
「おお……っ!」
「あれは……っ!」
 主に野太い男性の声。
『なんや、神のたこ焼きがそないに気に入ったんか』
 悦に入るゼロ、だがしかし。
 男達の視線は白船甲板のある一点に集中していた。
 そこには――
「……うふふ……うふ……」
 味方のたこ焼き争奪戦に巻き込まれ、プールに落ちた――いや、自ら飛び込んだ恋音の姿が。
 それだけなら特に見るべきものでもないだろう。
 しかし。
「見ろ、服が溶けていくぞ!」
 ごくり、固唾を呑んで見守る男達。
 ぼとり、その足元に虚しく落ちる神のたこ焼き。
 だが――これは神に背いた報いだろうか。
「な、なんだとぅっ!?」
「ポロリが、ない!?」
 そう、恋音は溶ける服の下に桜色のビキニを着込んでいたのだ!
 男達がそれを知った瞬間の落胆ぶりや如何に。
 いや、良いのだ、最初からビキニ姿であれば、それはそれで。
 しかしポロリを期待した後のビキニは、そう、言ってみればオリジナルだと思ってDLしたアニソンがカバーだった時のガッカリ感にも似て――似て、ない?
 いや、それはともかく。
 そんなギャラリーの思惑など知ったことではない。
 水から上がった恋音はバスタオルで軽く身体を拭くと、パーカーを羽織って静かに退場。
 後は裏方に回って、調理場で打ち上げパーティ用の料理を作るのだ。
 門木や皆から希望を聞いて、メニューはもう決まっている。
 始まる前に全て仕込んでおいたから、後は時間を見計らって仕上げるだけだった。

 一方、黒の海賊船にも料理人がいた。
「ごっこ遊び、ですね。50年前位は、良くやらされましたけど、今回は、前と違って、楽しめそうです(ワクワク」
 エプロン姿のアルティミシア(jc1611)は、黒海賊の料理長。
 戦いが始まる前から料理の下拵えに余念がなかった。
「終わった後に食べる、料理の、下準備にも、手抜かりは、ありませんよ」
 メニューは肉じゃがや根菜の煮物、ひじきの煮付け、酢の物、焼き魚などなど、何故か純和風のメニューだった。
「近所の、おばさんに、教えてもらいました」
 食事の差し入れついでに色々と教えてくれるため、知らず知らずのうちにレパートリーが増え、包丁捌きも上手になったようだ。
 ジャガイモの皮を剥いて下茹でをし、煮物は軽く下味を付けて、ひじきは水に戻し、魚は鱗と内臓をとって塩を振っておく。
 そうしているうちに船体の傾きが大きくなって来るが、船の台所は嵐の中でも調理が出来るような工夫がなされているのだ。
 とは言え、あまり角度が付くと流石に鍋がひっくり返ったりしそうだけれど。
「そろそろ、誰か、止めてくれないでしょうか……」
 確か制御室で止められると聞いたけれど。
「あ、でも、沈没が止められると、ボク達の負けに、なる?」
 それはちょっと困る、かも?
 困るけれど、黒の海賊が勝つということは、白の船長を拉致したまま船ごと沈めるという事で――あれぇ?
「ボク、どっちを応援すれば、良いのでしょう」
 勝利と料理、どっちを取る?

 その頃、甲板に残った雫は煙玉の雨が降る中で最後の敵と対峙していた。
 相手は満を持して登場したミハイル・エッカート(jb0544)、サーベルと投げナイフを得意とする斬り込み隊長だ。
「その割には登場が遅いって? 仕方ないだろう」
 敵の船が瞬間移動の射程に入るまで待ってたんだよ、それまでは来たくても来られなかったんだよ!
 だが飛び移ってしまえばこっちのものだ。
 両肩が剥き出しになった白のチュニックに黒いロングベスト、腰には真っ赤な布を巻き、頭にもターバンの様に赤いボロ布を巻き付けている。
 下は焦げ茶色のパンツにナイフを仕込んだ黒のロングブーツ。
 顔には派手な傷跡、腕には首吊り骸骨や死神の姿、そして何故か矢に射貫かれたピーマンが刺青のようにペイントされていた。
「俺はリーマン海賊ミハイル、雇われ者だが義には篤いぜ」
 言うが早いか、ミハイルは縮地で強行突破を図る。
 だが雫もここを黙って通すわけにはいかないとサーベルを抜き放った。
 そして始まる一騎打ち。
「俺が銃ばかりだと思っていたか?」
 だがそれは世を欺く仮の姿。
「好みが銃というだけで、どんな武器でも使いこなすさ」
 例えばこんな風に――サーベルで斬り合うと見せて投げナイフでフェイントをかけ、弾き返されたところで足技を仕掛けるとかな!
「なるほど、なかなかやりますね」
 しかし、雫はその攻撃を受け流しつつ刺突で反撃。
 低い位置からの素早い突きは軌道を捉えるのが意外に難しく、ミハイルは次第に船縁へと追い詰められていく。
「これで終わりにしましょうか」
 レベル43阿修羅の本気を見るが良い!
「くっ」
 ミハイルはシールドを発動、その一撃をサーベルでどうにか受け流した。
 盾受けじゃないから海賊精神に反してはいないよ、ぎりぎりだけどね!

 しかし、その時。
 二人の背後で雷が落ちたような轟音が鳴り響いた。
 エイルズレトラの煙玉ではない、もっと大きくて派手な破壊音。
 それは――
「スゥちゃん、今です…!」
 シグリッドとテリオスを乗せたスレイプニルが、船内入り口の扉に向けて体当たりを敢行!
「だって扉の前には落とし穴が開きっぱなしなのです…!」
 扉には多分、鍵もかかっているだろうし。
 だったら体当たりでぶち破るしかないじゃないですかー。
 大丈夫、撃退士を呼んだ時点で船が無事では済まないことくらい、オーナーさんだってきっとわかってる。
「ゼロおにーさんが怖いけどがんばるのです(きりっ」
 そーれ、どーん!
 扉も壁もまとめてぶち壊し、ダイナミック乗船完了!
 そのどさくさに紛れて、物陰から飛び出したりりかが壊れた入口に飛び込んだ。
 続いてミハイルが瞬間移動で突っ込む。
 それを追いかけようとした雫だが、頭上から降って来た煙玉の弾幕に阻まれて動く事が出来なかった。
 好き勝手に暴れているように見えても、肝心なところではきっちり仕事をするエイルズレトラ――で、良いんですよね?
 今のはただの偶然ではない、ですよね?
「ええ、もちろん計画通りですよ」
 わかりました、信じましょう。
「深追いは禁物ですね」
 雫は剣を収め、派手に壊された入口を見た。
「さて、すべての侵入者を撃退するのは不可能でも、ある程度までは時間が稼げたとは思うのですが」
 ここでの仕事は果たした。
 次は彼等を追いかけようかと、雫は足元を見る。
 そこには落とし穴と言う名の船底直行スライダーが口を開けていた。
「上手くすれば、船長室に先回り出来るかもしれませんね」
 服が濡れるのは仕方ない。
 意を決した雫は自ら落とし穴に飛び込んでいった。

 その少し前に飛び込んだ――もとい落っことされた智美と愛莉は、未だに船内を彷徨い歩いていた。
「船の傾き具合から見て、船長室のある船尾はこっちだな」
「でも上に行く階段見付けないと、溺れてしまいますの!」
 水位は既に愛莉の首の下まで到達している。
 と言ってもホログラムだから実際には何の問題もないが、何となく息苦しい気分になるのは確かだ。
 それにスライダーから流れ続ける本物の水も地味に溜まり続けている。
「わかってる」
 簡潔に答え、智美は頭の中に作った船内マップを呼び出してみた。
「船の構造から見て、階段は多分この辺りに……」
 何か違和感はないかと壁に向かって手を滑らせたり、軽く叩いてみたり――と、その瞬間。
 智美の姿が消えた。
「お姉様!?」
「大丈夫だ、エリも来てごらん」
 声と共に壁から突き出る智美の腕。
 まるで透過で壁をすり抜けた様に見えるが、智美は人間だし、ここは阻霊符が効いている筈。
「これもただのホログラムだよ」
「ああ、そういう事でしたの」
 壁を抜けた先には螺旋階段しかない小部屋、どうやらここは上に行くしかない様だ。
 と、頭上から騒がしい声と足音が響いて来た。
 急いで駆け上がった智美は、真上にある跳ね上げ式の扉をそっと押し上げてみる。
 が、その直後。
 バン!
 上から誰かに踏んづけられた。

「あれ、今なにか踏んだような気が…」
 振り返ったシグリッドは足元をちらりと見る。
 だが気にしている暇はなかった。
「今は一刻も早く、船の沈没を止めるのです…!」
 それに続く、魔笑のリリーカとリーマン海賊ミハイル、及びその他大勢のモブ海賊。
 やがて行く手にいかにも怪しげな扉が見えて来た。
「ここはぼく達に任せて、華桜さんとミハイルさんは船長を…!」
「今日のあたしは、魔笑のリリーカなのですよ?」
 あ、そうだった。
「でも、船長は任されたの」
「おう、任せとけ!」
 奥へと進む二人を見送り、シグリッドとテリオス、そしてモブ達は謎の扉に向き直った。
「いくのです…!」
 勢いを付けて、扉をバーン!
 しかし!
 そこはどう見ても、ただの調理場だった。
 下拵えの途中で作業が止まっているらしい料理の数々を見て、シグリッドは首を傾げる。
「ここは、制御室ではないのです…?」
 部屋の中には誰もいない――いや、アルティミシアが隠れていた!
「白の海賊さん、覚悟、です!」
 奇襲をかけたアルティミシアはしかし、そこで足を止める。
「こんなに大勢で、来るなんて、聞いてませんよ」
 ぷるぷる震えながら涙目で侵入者を見つめ――
「ですが、ボクも海賊団の……か、海賊団、の……」
 頑張って包丁を握り直す。
 大丈夫、これは遊びだ、本当に誰かを傷付けるわけではないし、自分も傷付けられる事はない、筈だ。
 その筈、なんだけど――
「や、やっぱり、だめ……です!」
 アルティミシアは包丁を取り落とし、代わりに作りかけの肉じゃがの鍋を差し出した。
「ごめんなさいごめんなさい、ただのコックです。美味しいご飯、作りますので、叩かないで下さい(うるうる」
 見逃してくれたら、この肉じゃがもちゃんと完成させますから!
 しかし、そこに非情な悪魔の声が。
『引っかかりよったなシグ坊!』
「ゼロおにーさん!?」
 声はすれども姿は見えず。
 しかし姿は見えなくても陰で暗躍するのがゼロさんです。
「こんなところで火柱を使われたら、船が燃えてしまうのです…!」
『ふっふっふ、甘いなシグ坊』
 不敵な声が調理場に響いた。
『ゼロさんの特技が火柱だけやと思ったか? 残念やったな水柱も得意や!!』
 いつの間にどうやって仕込んだのか、床から水の柱が噴き上がる!
 ちなみにこれはホログラムではない。
「調理場が水浸しになってしまうのです…!」
 せっかくの料理が台無しに!
「コックさん、お料理と一緒に逃げるのですよ…!」
「え? あの、でも、逃げるって、どこ……」
「ぼくたちの船、なのです」
 あそこなら安心して料理に専念出来るし、月乃宮先輩もいる筈だ。
 折角だし、一緒に料理を作っても良いだろう。
「テリオスおにーさん、船長の事はおにーさんにお任せするのです」
 全てを託し、シグリッドはアルティミシアと共に鍋やボウルを抱えて船外へと脱出した。

 さて、残されたテリオスは……途方に暮れていた。
 後は任せると言われても、どうすれば良いのだろう。
「とりあえず、船長室とやらへ行けば良いのか?」
 でも船長室って、どこ?

 一方、床下から様子を見ていた智美と愛莉は、通路に人影がなくなった事を確かめて、そっと姿を現す。
「あの部屋が制御室でないとすると、本物は何処だろうな」
 ここより上か、下か。
「確か船の中央にあるって言ってましたの」
 前後左右、全ての中央に位置するなら、階段を上がった感覚からすると――
「ここだな」
 智美が手を当てると、今度は壁がクルリと回転した。
 ビンゴだ。
「よぉここを見付けたな」
 部屋の奥に座っていた黒い影が、ゆらりと立ち上がる。
「ようこそ真の船長室へ、やな」
 部屋の中にはモニタがずらりと並び、まるで警備員の詰所の様だ。
 いや、各種計器やスイッチがひしめく様子は旅客機の操縦席の様にも見える。
「そのスイッチで船のギミックを動かしていたのか」
「今すぐに、沈没を止めるですの!」
 二人は黒い影、ゼロに迫る。
 しかし。
「そのスイッチは、これや」
 ゼロは手に持った小さな箱形の装置をかざして見せる。
 その中央には大きな赤いボタンが付いていた。
「ほんとにそのスイッチですの?」
 愛莉が疑いの目を向けるのも無理はない。
 それはどう見ても、押してはいけない類のスイッチにしか見えなかった。
 しかしゼロは動じない。
「疑うんやったら、自分で押して確かめてみるんやな」
 ただし。
「この俺から奪う事が出来たらの話や!」

 その頃、リリーカとミハイルは船長室まであと一歩のところまで迫っていた。
 ここに来るまでの間、数々のトラップによって名もなきモブは全滅、残ったのは彼等ネームド二人のみ。
「道を開けてください、です」
 最後に待ち受けていた黒海賊モブの集団に、リリーカはやんわりとお願いしてみた。
 通り名が示す通りに、相手の心を惑わせるような妖しく美しい笑みを浮かべ、迫る。
 しかし。
『――ふっ』
 今、誰か鼻で笑ったでしょ。
『流石はりんりん、大魔王の貫禄やな!』
「ゼロさんなのです、ね」
 まだ笑うか。
 以前より確実にお色気増し増しの筈なのに。
「後で覚えていると良いの」
 とりあえず声だけのゼロは放置して、リリーカはモブ海賊に向き直る。
「通してもらえないなら、仕方ないの、です」
 浸水ホロの水位は既に腰の上あたりまで来ていた。
 時間がない、ここは実力行使で押し通らせてもらおう。
「加勢するぜ!」
 ミハイルも加わり、気持ち良いくらいにバッタバッタと敵を薙ぎ倒していく。
 だが、その先には最強の敵が待ち構えていたのだ。

「せっかくですから、参加してみましょうか」
 最初は余り乗り気ではなかった様子のカノン(jb2648)は、暫く迷った末に黒海賊の一員となる事を決めた。
 船長を拉致監禁する側である。
 門木、涙目。
「あ、いえ、悪役はこんな時でもないと、やる機会がありませんし」
 それに――
「白だと先生救出が『遊び』じゃなくなってムキになってしまいそうなので」
 ぼそりと付け加える。
「……ぁ、いえなんでも」
 聞こえてない、ですよね?
 よし。
 というわけで、カノンは白い長袖チュニックにロング丈の黒いベストを空色のサッシュで纏め、下は黒いブーツに黒パンツ。
 腰にはサーベルを吊って、船長室に通じるドアの前に立つ。
「ここが最後の砦というわけですね」
 遠距離からの先制攻撃が可能な事を考えれば得物は銃器が良いのかもしれないが、最後の一線で弾込めの時間は取られたくなかった。
 ここと決めた場所から動かずに迎撃するなら、予め弾を込めた銃を何丁も用意しておく事も出来そうなものだが――流石は真面目に一直線、真っ直ぐ前しか見ていない。
 小細工を弄することなく正面から堂々と受けて立つその姿勢は、実に男前――あ、褒めてるんですよ?

 かくして――ラスボス現る。

「これは強敵なの、ですね」
「ああ、倒せる気がしないな」
 モブ海賊を倒したリリーカとミハイルは、最後の砦を前に顔を見合わせる。
 だが、ここを突破しなければ船長を助ける事は出来ないのだ。
「船長さんは返していただくの、ですよ?」
「返さないと言われても力ずくで奪ってみせるがな!」
 だが、カノンも一歩も退かなかった。
「先生は、誰にも渡しません!」
 あ、言っちゃった。
「げほっ、ごほっ!」
 背にした扉の向こうで誰かが咳き込む声が聞こえる。
 どうやら会話は筒抜けらしい――まあ、そりゃそうですよね、扉一枚を隔てただけですもんね。
 と、ここで一時休戦、リリーカがカノンの耳元でこっそり囁いた。
「カノンさん、ここは先生ではなくて……」
「あ」
 そうでした。
「あ、いえ、白の船長は返すわけにはいかない、というだけです、よ?」
 他意はない。ないったらない。
 そして静まりかえる扉の向こう、持ち上げて落とすのは基本ですよね。
「とにかく時間まで守り抜けばこちらの勝ちなら、一歩も引かぬまでです!」
「良いのか? モタモタしてると船長が沈んじまうぜ?」
 水位はもう胸の辺りに迫っている。
 タイムアウトは目前だった。
「もとより、共に沈むのも辞さない覚悟です」
 あ、だから黒の勝利のために、ね?
「立派な覚悟だが、俺達も負けるわけにはいかないんだ」
 ミハイルがサーベルを構える。
 リリーカもスカートの下からピストルを取り出した。
 迎え撃つカノンは堅実防御で守りを固めつつ、攻撃に備える。
 しかし――
「ここは通らせてもらうの、です」
「言っただろう、負けるわけにはいかないと!」
 リリーカは壁走りで天井を駆け抜け、ミハイルは瞬間移動で一気に扉の前に。
 まさか最後の砦が戦わずにスルーされるとは!
「船長、助けに来たぜ!」
 足で扉を蹴破って、ミハイルが叫ぶ。
 これで白の勝利は確定かと思われた、その時。

「待ちなさい」
 門木が縛られた柱の陰から現れた小さな影。
 その手には門木の眼鏡が握られていた。
「雫か、どうやってここに?」
 確か甲板に置き去りにした筈だし、途中で追い抜かれた覚えもないのだが。
「私達、黒の海賊しか知らない秘密の通路があるのですよ」
 スライダーの終着点は制御室で任意に変える事が出来る。
 雫が運ばれたのは船長室の真下だった。
「それ以上近づけば、先生の眼鏡を素手でこねくり回して曇らせますよ」
「くっ」
 冷静に考えれば曇ったレンズは拭けば良いだけのこと。
 しかし切羽詰まったこの状況では、この脅しは絶大な効果を生んだ。
 その隙にカノンが船長の直衛に入り、今度は抜けさせないとサーベルを構える。
「それで足りなければ」
 雫は更に、何処かに隠し持っていたポテチの袋で追い討ちをかけた。
「これを食べた手で触ります」
 油でベッタベタにされたくなければ、そこで大人しく時間切れになるのを――
 だが、リリーカに脅しは効かなかった。
 天井から飛び降りると同時に、雫の手から眼鏡を奪う。
「これでもう大丈夫なの、ですよ?」
 形勢逆転、ミハイルは船長を縛っているロープをばっさり切り払った。
「おう、助けに来たのが俺じゃ不満か? りりかのほうが良かったか、それとも……」
 一緒に沈みたかったか。
 だが残念、ぎりぎりのところで解放だ。
「文句なら後で聞いてやるから黙って助けられるがいい」
「……え、ちょ、ま……っ」
 荷物の様に担ぎ上げたミハイルの背中でジタバタ暴れる船長。
「……あ、歩けるから! 大丈夫だから!」
 って言うか見られてるから、誰にとは言わないけど!
 カッコ悪いから降ろしてー!

 とは言え、まだ勝負が完全に決まったわけではない。
 このまま沈下が止まらなければ、甲板に出る前に酸欠で全員アウトだ――勿論、実際にそうなるわけではないが。
「このまま脱出できなければ、私達の勝ちですね」
 雫が勝ち誇ったように胸を張った。

 一方こちらは制御室。
「どうやら船長の救助には成功したみたいやな」
 モニタを見たゼロがニヤリと笑う。
「だがこれを手に入れん限り、俺らの勝ちは確定や」
「そうはさせない!」
 サーベルをふりかざした智美がゼロを壁際まで追い詰めた。
 その背後から飛び出した愛莉がスイッチを奪おうと手を伸ばす。
 だが、それは囮だった。
 奪われまいとゼロが腕を高く掲げたところで、智美が渾身の腹パンを叩き込む!
「ぐぉっ!?」
 思わずポロリと取り落としたスイッチを愛莉がキャッチ、これで浸水を止められる、はず!
 そーれぽちっとな。

 その瞬間、船長室に超巨大なメガ水柱が上がった!
 それは逆流する滝の如く天井を吹っ飛ばし、そのまた上の甲板もぶっ壊し、海賊達を上空高く打ち上げる。
『たーまやー!』
 同時に、ゼロの楽しそうな声が辺りに響いた。

「やっぱり押しちゃいけないスイッチでしたの」
 禁断のスイッチを手にしたまま、愛莉が呆然と呟く。
 しかし、これで良いのだ。
「おかげで勝負がうやむやになったやろ」
 ゼロが満足げに胸を張った。
「勝ち負けとかそんなん気にしとったら存分に楽しめんやろうしな」
 どちらが勝っても後腐れが残るのはよろしくない。
 と、なんか良いこと言ってるっぽい気がするけれど、素直に頷けないのは何故だろう。


 かくして、戦いは終わった。
 黒の海賊船は船体後部の大破、及び全域にわたる浸水により、当分の間は使用不能となってしまった。
 しかし大丈夫、ぼくらにはまだ白の海賊船がある!
 甲板にはちょっと穴が開いたけど、被害はそれだけだし、プールも無事だ。
「テリオスおにーさん、ウォータースライダー楽しいのですよ、一緒にプールで遊びませんか?」
 パーティまでにはまだ時間があると、水遊び大好きシグリッドが目を輝かせる。
 しかしテリオスは青い顔をしてガタガタ震えていた。
「遊び……それも遊びなのか……」
 海賊ごっこも遊びだと聞いた。
 しかし船長室を探してウロウロしているうちに船尾が大破、流れ込んで来た水に押し流されて――泳げないし、透過も出来ないし!
「死ぬかと、思った……!」
 がくがくぶるぶる。
 遊園地と言いこの海賊船と言い、人間の言う「遊び」とは何と怖ろしいのか。
 この上更にプールという名の地獄を体験しろと?
 冗談じゃない!
「あの、テリオスおにーさん?」
 泳げなくてもストレイシオンのシロちゃんが助けてくれるから大丈夫ですよ?
「こ、断るっ、絶対に、ぜっったいに!」
 やはり人間は怖ろしい。
 彼等と本気で戦おうなどという無謀で馬鹿げた行動は今すぐにやめるべきだ。
 せんそーはんたい!
「テリオスさん、なんだかおかしな方向に学習してしまった、です?」
 りりかがかくりと首を傾げる。
 さてこの誤解、解くべきか解かざるべきか……?


「あれ、俺は一体何を……」
 全てが終わり、パーティの準備も整った頃、ひりょは漸く目を覚ました。
 轟音とともに打ち出された感覚は残っている。
 そして途中でブラックアウトして――え、甲板に突き刺さってた?
「危ない橋渡ったな…」
 って言うか、どうして生きてるんだろう。
 その方が逆に怖い気がするけど流石のギャグ補正か。
 しかし、ひりょは知らない。
 その危なすぎる橋は、この先にもまだ続いていたのだ。
「って、あれ? なんか、おかしくない?」
 身体が動かないんだけど――って、ロープで縛られてる?
 おまけにぐるっと巻き付いたこれは、花火?
 そして更に、大きな樽に突っ込まれて、台の上に置かれてるんだけど?
「あの、マグノリアさ……いや、ボス?」
 嫌な予感に冷や汗ダラダラになりながら、恐る恐るこの状況を尋ねてみる。
 が、聞かないほうが良かったかもしれない。
「ちょっとしたパーティの余興ですわ」
 にっこり微笑むマグノリア。
「さあ! 『ひりょヒゲ危機一髪?!』の始まりですのよ!」
 当たりの穴に剣が突き刺さると導火線に火が付いて、ひりょさんが空高く打ち上げられますよ!
「え、ちょ、ひりょヒゲ危機一髪って何よっ!?」
「ですから、たった今ご説明申し上げた通りですわ?」
「いや、俺が聞きたいのはそういう事じゃ――ちょ、ちょぉぉぉっ」
 問答無用。
「皆でワイワイひりょさんをふっ飛ば……打ち上げましょう♪」
 さあ、一番槍はどなたですかー?
 誰もいない?
「仕方がありませんわね、ワタクシが手本を見せてさしあげますわ」
 せーの、ぐさっ!
 途端、バチバチと派手な音がして――どーーーん!
「あら、いきなり当たりでしたわね」
 天に向かって一直線に突き進むひりょ花火。
 どどーん、ぱーん!
 夜空に咲いた大輪の花!
「ひりょさん、貴方は今ワタクシ達のスター!」
 その後、ひりょの姿を見た者は――

 いいえ、無事に帰って来ました。
 無事にというのはちょっと違う気もしますが、とにかく生きてます。
 顔も服も煤で真っ黒、頭は見事なアフロですけどね!
「あれ、俺は一体何を……」
 デジャヴか。
 デジャヴなのか。
 ブラックアウトは今日これで二度目な気がするんだけど。
「なんか今日は気絶してばっかりやな…」
 でもまあ、生きてるから良いか。
 どうして生きてるのか、自分でも不思議だけれど、あげいん。
「あら、ひりょさんお帰りなさーい!」
 出迎えたマグノリアは、全く何もなかった様にひりょをパーティの席にご案内。
「うん、ありがとう」
 どうも彼女が原因である気がして仕方ないけれど、そこに突っ込んだら三度目のブラックアウトが待っていそうで。
 とりあえず傷を癒しつつ――あれ、全快しない。
 まあ良いか、食べれば何とかなるよね。
「えらい一日になったな、今日は……」
 今度こそ本当に、危ない橋を渡りきったと信じたい。

 テーブルの上には様々な料理が並んでいた。
 パーティには欠かせないフライや天ぷら、唐揚げなどに、サラダやスープ類、八宝菜や麻婆豆腐、焼きたてのパンやミートパイにアップルパイ、タルトにキッシュにデザートなどなど、洋風と中華風の料理は恋音の担当。
 味噌汁や炊き込みご飯を始めとする和食はアルティミシアの担当だ。
「上手く出来ていると、良いのですが」
 料理の避難を手伝ってくれたシグリッドに、一番最初にお裾分け。
「はい、美味しいのです…!」
 後は皆さんで自由にとってくださいねー。
「章治兄さまは何がいい、です?」
 料理をせっせと取り分けつつ、りりかは特製のロシアンチョコを皆に配る。
 ロシアンと言っても、そんなに凶悪なものはない。
 ミルクにビターにブラック、ホワイト、ストロベリーにバナナにミント、オレンジ、アーモンド――ハズレと言えばカカオ100%の砂糖なしくらいだ。
 勿論そのハズレは――
「ゼロさんにどうぞ、なの」
「いや、それロシアンちゃうやん!」
「いいのです、ゼロさんは特別なの」
 全く有り難くない特別ですが、そこは自業自得ですね?
 逆に門木には甘くて美味しいものばかり。
「章治兄さま、船長服がお似合いなの……」
「……ん、ありがとう」
 この衣装、実は自前である。
 元はダメージ加工が目立つ普通のパイレーツスーツだったが、その部分はきっちり修繕されていた。
 縫い目が少々危なっかしい部分もあるが、そこが良い、らしい。
「先生、鼻の下が伸びてるぞ」
「……えっ」
 ミハイルに言われ、門木は慌てて表情を引き締める。
 が、無駄な努力だった気がしないでもない。
「まあ、何にしても楽しそうなのは良い事だな」
 というわけで、楽しいから呑むぞー!
「勝利の記念に祝杯を挙げようぜ」
「なんや聞き捨てならんな、勝ったのは俺らやろ」
「いや、あの水柱がなければ俺達の勝ちだった」
 ゼロの反論に、ミハイルは断固として首を振る――が、ぶっちゃけ勝敗なんてどうでも良いのだ。
「結局はお酒を呑む理由が欲しいだけなのですね…」
 ジュースをちびちび飲みながら、呆れ気味に大人達を見つめるシグリッド。
 でも知ってる、何も理由がなくても呑むんだ、この人達は。

 そしてパーティは続く。
 料理と酒は勿論、エイルズレトラの即興マジックショーや普通の打ち上げ花火を楽しみながら、過ぎゆく夏を惜しみつつ――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
リコのトモダチ・
神谷 愛莉(jb5345)

小等部6年1組 女 バハムートテイマー
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
オンリーワン魔女・
マグノリア=アンヴァー(jc0740)

大学部4年322組 女 ダアト
破廉恥はデストロイ!・
アルティミシア(jc1611)

中等部2年10組 女 ナイトウォーカー