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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:やや易
形態:
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/08/26


みんなの思い出



オープニング



 今、学校は夏休みの真っ最中。
 それはここ、久遠ヶ原学園でも同じこと。
 まあ、この学園の場合は授業がないというだけで、休みの日でも多くの生徒が毎日の様に教室に顔を出すのだが。

 それはそれとして、夏休みである。
 普段は学校へ行く足が重く鈍りがちになる生徒も多いことだろう。
 しかし、そんな生徒でも休みの日に学校へ行く事は嫌いではない筈だ――補習や追試でもない限り。
 休日の学校は普段とは違った顔を見せてくれる。
 誰もいない教室や、普段は入りにくい他学年の校舎、使われていない施設や用途不明の謎の部屋。
 毎日通って知り尽くしている様で、意外に知らない場所も多い。
 そして夜の学校は更に摩訶不思議な変貌を遂げ、見慣れた筈の教室でさえ不気味で恐ろしいものに見えてくる。

 そう、夏の夜には肝試し。
 ついでに皆で学校に泊まって、合宿気分を味わってみよう。

 というわけで。
「……夏期合宿、か」
 生徒達だけでは許可が下りないからと巻き込まれた門木は、何故かちょっぴり嬉しそうに呟いた。
 何が嬉しいかと言えば――
 実は門木と愉快な仲間達が暮らす風雲荘にはクーラーがない。
 いや、リビングには設置されているのだが、各自の個室への設置は自己負担となっている為、門木の部屋には付いていないのだ。
「……去年の夏は、殆ど学校で寝てたからな……」
 学校の教室は殆どが冷暖房完備、門木がねぐらにしていた科学準備室も涼しくて、それなりに快適だった。
 だから気付かなかったのである。
 夏の夜がこんなに暑く寝苦しいものだなんて。
 とは言え六畳一間の自室にエアコンを付けるのも勿体ない気がするし、どうしても我慢出来なければリビングのソファで寝れば良い――と、そう考えていた次第。
「……学校に泊まるなら、どこかの教室に布団を敷いて雑魚寝、か」
 それなら冷房も効いているし、久しぶりにぐっすり眠れそうだ。

 しかし、果たしてそう上手くいくだろうか。
 それは神のみぞ知る――と言うか、参加者の企画次第?




リプレイ本文

 寮母さんの朝は早い。
「合宿ですか…皆さんと楽しく学園で過ごすなんてことは滅多に出来ませんし、楽しみですね」
 新米寮母、ユウ(jb5639)は爽やかに語った。
 二十組を超える布団を屋上に干し、その間に寝室となる空き教室を徹底的に掃除する。
「一晩とは言え皆さんが快適に過ごせるように、その為の努力は惜しみません」
 掃除の基本はまず高い所からと、ハンディモップを手にしたユウは闇の翼でふわりと舞い上がった。
 天井に顔を近付け――ふとその手を止める。
「これは…」
 そこはまるで拭き掃除をしたばかりの様に綺麗になっていた。
 そればかりではなく、何か細工がされている。
 ユウは「それ」をじっと見つめ、やがて理解した。
「ああ、そういう事ですか」
 ならば、ここはそっとしておこう。
 何も気付かなかったふりをしておこう。
 ユウはそのまま四方の壁へモップを滑らせ、埃を落としたら次は雑巾をかけて。
 床に直接寝転がっても大丈夫なくらい徹底的に磨き上げたら、休む間もなく食材の買い出しに。

 その頃には、参加者達が続々と学校に集まって来ていた。

「合宿、やってみたい!」
「……行くから、エリ、袖引っ張らないで…」
 神谷 愛莉(jb5345)は当然の如く幼馴染の礼野 明日夢(jb5590)を巻き込んで学校へ急いでいた。
 その後ろから、明日夢の義姉である礼野 智美(ja3600)が付いていく。
 小学生の参加者は殆どいない様だし、ここは保護者として二人の面倒を見ねばなるまい。
 それに校内を見て回るなら先輩の意見があった方が良いだろう。
「そう言えば二人とも、まだ科学室は利用した事ないんだよな」
 今まではそれで間に合ったかもしれないが、この先まだ戦いが続くなら、将来的には利用する事になるだろう。
「今のうちに見ておいた方が良いかもしれないな」
「あ、ボクは他にも転移装置とか、屋上にも行ってみたいです」
 二人とも新しいスキルを買うので手一杯で、強化までは手が回らないらしい。
 では、まずは科学室へ。
「先生――」
 挨拶しようとして智美は気が付いた。
「また看板か」
 ここでは本人に会える方が珍しいかもしれない。
 奥の部屋に籠もっているのか、それとも何処かでサボっているのか。
 いや、今回はこの合宿の責任者でもあるし、生徒達の監督をしているのかもしれない。
 いずれにしても、それで科学室の業務が滞ることはない様だが。
「俺も実際にどうやって強化しているのか見た事はないんだ」
 智美は奥のドアを見る。
「あそこに装置があるらしいんだが、生徒は立入禁止だと言われて覗き見も出来ない」
 いつかはその秘密が暴かれる時が来るのだろうか。
 それに期待しつつ、三人は科学室から屋上へ、更には転移装置へ。
 担当者から話を聞いたり、内部の見学や装置の体験をさせてもらったり。
 どうやら有意義な見学ツアーとなった様だ――科学室以外では。

 その頃、科学室のヌシはシグリッド=リンドベリ(jb5318)と夕食メニューの相談中だった。
 恐らく今日も、夜になっても相変わらず熱気が籠もったまま、ちっとも涼しくならないのだろう。
 こんな時は、さらっと喉ごしの良いものが欲しくなる。
「章兄はそうめん好きです?」
「……ああ、この季節には良いな」
「じゃ、流しそうめんとかどうでしょう。楽しいと思うのです」
 問題はどこからどこへ流すか、だが――
 誰か、外でBBQをやりたいと言っていなかっただろうか。

「きゃはァ、何しようかしらねェ…んー…まァ、楽しいことでもやりましょうかァ♪」
 こんな機会でもなければ出来ない何かを探して、黒百合(ja0422)は頭の引き出しを物色してみる。
「んー、やっぱりキャンプファイヤーとバーベキューかしらねェ」
 そう、BBQを推していたのは黒百合だった。
 自分で推したからには、道具や食材の準備から奉行まで、全てを責任持って執り行うのが筋というもの。
「じゃ、早速買い出しに行って来ようかしらァ♪」
 BBQの道具はきっと学校にある筈だ。
 専用のBBQ場もあるに違いない、だってここは久遠ヶ原だもの。
 キャンプファイヤーの方も、廃材置き場を探せば材木や薪は手に入るだろう。
「なるべく安上がりに済ませたいわよねェ」
 後は力仕事に少しばかり人手が必要になるだろうか。
「やあ、お嬢さん。呼ばれた気がしたんだがね」
 その声に振り向けば、そこにはディートハルト・バイラー(jb0601)の姿があった。
 いや、ちゃんと名前を聞いた事はなかった気がするが、いつもお酒を飲んでいるおじさん、という印象はある。
「力仕事なら手伝えるよ、何かあるかい?」
「あらァ、助かるわァ…」
 でも大丈夫? 酔ってない? 腰痛めたりしない?
「大丈夫、今は飲んじゃいないよ…それほどには、ね」
 少しの酒は活力剤、そして潤滑油。
 この体内にアルコール分が僅かでも残っている限り、おじさんは疲れ知らずの怪我知らずなのだ――という事にしておこう。
「じゃァ遠慮なくお願いするわねェ♪」
 食材の買い出しは夕方の投げ売りを狙うとして、まずは力仕事を終わらせてしまおうか。


 BBQの会場は調理室のすぐ脇にある広場の一角、そこには屋外用のテーブルやベンチも揃っている。
 キャンプファイヤーに使う木組みはそこから見えるグラウンドの真ん中に設置される事となった。
 黒百合とディートハルトは廃材置き場からせっせと材木を運び、そしてシグリッドと門木は流しそうめんのセットを組み上げて、調理場からBBQ会場へのコースを作る。
 全長は少なく見積もっても30mはあるだろうか。
 大勢で一斉に楽しむには、その程度の長さは必要だろう。
 後は大量のそうめんを茹でて、氷水で冷やしておくだけ――とは言うものの。
 暑い。大きな鍋でグツグツ煮える湯と、立ちのぼる水蒸気、そしてコンロの火。
 調理場にはエアコンが付いているが、全く役に立っている気がしなかった。
「そうかシグ坊暑いのか! ならこれを装備しとけ!」
 がしょーん!
 どこからともなく現れたゼロ=シュバイツァー(jb7501)が、シグリッドに氷で出来たベストを取り付けて颯爽と去って行く。
 それはよく見れば、高野豆腐サイズの板氷をいくつも紐で縛って繋ぎ合わせ、ライフジャケットの様な形に仕上げたものだった。
 なんだか無駄に手間がかかっているが、そのせいか、それは何故か脱ぐ事が出来なかった。
 しかし溶ける。だって氷ですもの、ここは暑いんですもの。
 結局、残った紐だけを身体に纏い付かせて、シグリッドはひたすら麺を茹で続けた。
 だって門木が火を使うと何故か爆発するし。
 なので、彼はひたすら麺を冷やす係。
 別に自分だけ楽をしているわけではない、多分。

「あ、どうも」
 そう軽く頭を下げながら、買い物袋を提げた逢見仙也(jc1616)が調理室に入ってきた。
 湯気がもうもうと立ちのぼる暑そうな一帯を避け、仙也は隅の調理台に買ってきた食材を広げる。
 炊飯器でご飯を炊いている間に、八宝菜と麻婆豆腐を作る計画だ。
「支給品の豆腐、そろそろ消費しないといいかげん拙そうだしな」
 とは言え中華系の料理をまともに作った経験はない。
 いや、まともに作れたためしがない、ではなく、これがほぼ初挑戦になる。
 よってレシピに忠実に、分量には1mgの狂いもなく、手順も時間も火加減もしっかり守って――これで失敗したら、ある意味天才だろう。
 もしも自分にそんな才能があったとしても、自前のレジスト・ポイズンや胃腸薬が役立つだけですむ筈だ。
「他の奴に食わせる気はないしな」
 そう、これは自分専用だった。

 反対側の隅では、黄昏ひりょ(jb3452)がジャガイモの皮を剥いている。
 他にはニンジンとタマネギ、そして大きな塊肉。
「合宿って言ったらカレーだよね!」
 大勢で食べる定番の料理と言ったら、やはりコレだろう。
「料理は皆で食べると楽しいしな」
 決して自分がカレー好きだからというわけではない。
 単に自分が食べたかっただけ、というわけでもない。ないよ?
 その証拠にほら、他の人達もカレーを作っている。
 という事は、やはりカレーはド定番――あれ、ちょっと待って、被ってる?
「俺も、炊出しやキャンプなんかの時に一番利用が多いのはこれだろうと思って」
 智美は愛莉と明日夢への料理指導も兼ねての選択。
「では、私は何か他のメニューにしましょうか」
 やはりカレー作りを考えていたユウが言った。
 でも、ちょっと待って。
「一口にカレーって言っても、色んな種類があると思いますの」
 愛莉の声がした。
「レッドカレーとか、イエローとかグリーンとか」
 それはタイの三大カレーと言われるものだ。
「エリはイエローカレー作ってみたいですの」
「初めて作るカレーにしては本格的すぎないか?」
 智美が心配するが、大丈夫。要は黄色っぽいカレーなら何でも良いのだ。
「カボチャ入れると黄色くなりますの」
「じゃあ俺はレッドカレーにしてみようかな」
 ひりょが赤いパプリカを手に取る。
「唐辛子の代わりにこれを使えば、そんなに辛くないけどちゃんと赤いカレーになりそうだし」
「では、私はこれでグリーンカレーを」
 ユウが手にしたのは、ほうれん草。
 これなら不足しがちな野菜も多く採れるし、三色あれば見た目も賑やかで食欲が増しそうだ。
「俺はついでにサイドメニューでも作ろうかな」
 とは言っても、食べきれずに余らせるのも勿体ないと、智美は門木に尋ねてみる。
「…作りすぎるくらいで丁度良いだろう」
 食べ盛りが多いし、力仕事を頑張っている者もいる。
 中には真面目にトレーニングなどに精を出している者もいる様だし。
「なら大丈夫そうですね」
 春雨とアボカドと海老、それにトマトを使ったサラダが良いだろうか。


「合宿と言ったら、特訓よね!」
 六道 鈴音(ja4192)は燃えていた。
 真夏の太陽にも負けないほどに燃えていた。
 今日は学校に泊まり込みで、特訓もとい自主トレを敢行するのだ。
「この合宿で、六道七星陣を完成させてみせるわ! おー!」
 他には誰もいないから、自分で返事をしてみる。
 大丈夫、特訓とは孤独かつストイックに行うもの、一人だって寂しくない。
「そうよ、べつに寂しくなんか…」
 嘘です一人は寂しいです。
 というわけでヒリュウを召喚、脇のベンチにちょこんと座らせる。
「ヒリュウはココに座って、応援しててね?」
「きゅ」
 ここは生半可な衝撃ではビクともしない、撃退士専用の訓練施設。
 大丈夫、事前に許可は取ってある。
 ここに籠もってただ一人、目指すは新必殺技の完成だ。
 強力な破壊力を持つ六道家奥義のひとつに【六道魔神撃】がある。
 それを更に発展させた【六道七星陣】を完成させるべく、鈴音は今、猛特訓を重ねていた。
「あと少し、後は仕上げを残すだけ…だと思う、多分」
 手応えはあった。
 それを確実なものとする為には、一に特訓、二に特訓、三四も特訓、五も特訓。
「それじゃいくわよ! 六道七星陣!!」
 ドカーン!
 まばゆい光の渦が一直線に伸び、敵に見立てたカラーコーンが粉々に吹き飛んでいく。
 しかし、これではただの六道魔神撃だ。
「もう一回! 六道七星陣!!」
 ドッカーン!!
 威力は増した、気がする。
 しかしこれも目指しているものとは違う。
「どうもただの魔神撃になっちゃうわね…」
 ベンチに戻って汗を拭き、水分を補給して、もう一度――は、撃てない。
 どう頑張っても連続で撃てるのは二回まで、この少なさもついでに何とかしたいところだが、無理を言っても仕方がない。
「回復するまで8時間、それまで筋トレで基礎体力を付ける!」
 あれ、それってしっかり休まないと回復しなかった気がするんだけど、気のせいかな。
「やってみればわかるわよね!」
 答えは8時間後に!

 樒 和紗(jb6970)は悩んでいた。
 夏期合宿とは何をすれば良いのだろう。
「竜胆兄、知ってますか?」
 いくら考えてもさっぱりわからないので、はとこ殿――砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)に訊いてみる。
「自分が伸ばしたいこと鍛えればいいんでない?」
「成程。自分が伸ばしたいこと、ですか…」
 その答えに暫し考え、取り出したのはスケッチブック。
 しかも五冊もある。
「それを束ねて武器にするのかな、それとも瓦の代わりに割ってみるとか?」
「竜胆兄、スケッチブックは絵を描くものです」
「うん、知ってる」
 でも和紗ならそういう斜め上の使い方をしそうだなって。
「失敬な」
「でも、そうか。…てっきり女子力伸ばそうと、学園敷地を開墾し出すかと思ったよ」
 それが間違った方向である事は百も承知だ、少なくとも本人以外は。
「女子力は当然ですが、今回は絵を鍛錬してみますか」
 そんなわけで。
 スケッチブックと鉛筆を手に、和紗は学園内をひたすら徘徊――もとい巡回する。
 教室の掃除や材木の運搬、蒸し風呂と化した調理室の様子、秘密の特訓。
 見ている事を悟られないように【侵入】し、【クリアマインド】で気配を消して、描く。ひたすら描きまくる。
 そんな和紗の後ろには常に、手元を覗き込むジェンティアンの姿があった。
「竜胆兄、ストーカーですか」
「いや、ただの見物だけど――て、何スキルフル活用してるの!?」
「やるとなったら徹底的に、です」
 これは皆の自然な表情を的確に捉える為の鍛錬なのだ、見られていると気付かれては表情が硬くなる恐れがある。
「あ。一冊終わってしまいましたね…次出しますか」
「早っ!? 何冊描く気…」
「何冊でも、そこに描くべきものがある限り」
 これは持って来た五冊分では到底足りそうもない。
「今のうちに補充しておこうかな…」
 ついでにサンドウィッチや飲み物を買って、頃合いを見計らって食べさせようか。
(和紗は元々食が細いけど、集中すると益々食べなくなるから…)
 それだけ集中出来るものがあるというのは、良い事だとは思うけれど。

 同じく校内を徘徊――いや探索するエイルズレトラ マステリオ(ja2224)は、デジカメを片手にあらゆる場所を片っ端から写真に収めていた。
 合宿に参加している者達や、別の用事があって学校に来ている者。
 人ばかりではなくモノや風景まで、目に入るもの全てにカメラを向ける。
「もしかしたら何かが写るかもしれませんからね」
 目に見える以外の何かが。
 でも、そういう「モノ」って、デジカメで撮れるんでしたっけ?


 そして日も暮れかけた頃。
『きゃはァ、合宿に参加中の皆様にお知らせするわねェ♪』
 スピーカーから黒百合の声が流れる。
『祭の準備が出来たわァ、お腹が空いたらバーベキュー会場にいらっしゃァい♪』
 因みに飛び入り大歓迎!

「皆喜んでくれるといいなぁ…」
 自分で作ったレッドカレーを配りながら、ひりょは会場を見渡してみる。
 知った顔は多いけれど、顔は知っていても話した事がない人も多い。
 後でチャンスがあったら話しかけてみようか。
 イエローカレーは具材を細かく切って火を通し易くするのが調理に時間をかけないコツだと聞いて、その通りに作った結果、ジャガイモとカボチャが消えてしまった。
 しかし、これはこれでルウがまろやかになって食べやすい。
 そしてグリーンカレーは本格的な仕上がりだった。

 一方こちらは流しそうめん班。
 シグリッドは重大な事に気付いてしまった。
「これ、流す人はちっとも食べられないのですね…」
 おまけに全然涼しくない。
「……いいよ、俺がやるから、先に食べて来い」
「え、でも…」
 こんな時こそ、そうめん自動流し機とか――いっそ粉から素麺を作って、茹でて冷やして流すところまで全自動でやってくれる機械があれば良いのにって、流石にそれは無理。
 と、そこにふらりと現れた救世主。
「流すだけで良いなら、俺がやろうか…ショウジ」
 ディートハルトだ。
「俺はこいつと、何かつまみがあれば充分だ」
 ウィスキーの瓶を軽く振って見せる。
「学校で酒を飲むのもハイトクテキで悪くない…」
 え、それはいつもの事だろうって?
「……まあ、そうだな。それでも場所が違えば気分も変わるものさ」
 そんなわけだから、遠慮はいらない。
「楽しんで来ると良い、ショウジ」
 夜が更けたら二人で呑むのも悪くないが、今は若い子に譲るとしよう。
「……ん、ありがとう」
「はァい、そんなイケてるオジサマに差し入れよォ♪」
 黒百合が持って来た大皿には、焼きたての肉や野菜、イカの足に炙った干物など、酒飲みが好きそうな肴が山盛りになっていた。
「さっきはお手伝いありがとうねェ、ほんと助かったわァ」
 そうめん流しの合間にどうぞ、でも間違えてこっちを流さないように気を付けてね!

 救世主のおかげで仕事から解放された門木は、シグリッドや華桜りりか(jb6883)、メル=ティーナ・ウィルナ(jc0787)と並んで、そうめんを待ち構える。
 流しそうめんが始まると、BBQのコンロを囲んでいた者達や他の場所で食事をしていた者達も続々と集まって来た。
 中には珍しく、カノン(jb2648)の姿もある。
(なんだか先生に「いつも一人でいる」と思われてしまっているような…)
 いや、確かに否定は出来なかった。
 それだけに、このままではいけないと思う。
(余計な心配をかけるわけにはいきませんね…)
 というわけで、ただいまカノンは人の輪に入る練習中だった。
 まずは物理的な位置関係を修正し、人口密度の高いところに紛れ込んでみた次第。
 特に誰かと話したり、一緒に何かするわけではないが、とにかく皆と混ざってはいる。
 それを「人の輪に入っている」と言えるかどうかは微妙なところだが、第一歩としては上出来だろう。
 しかし門木にしてみれば、それは声をかけるきっかけを封じられたも同然だった。
 生徒が皆と楽しく過ごしているなら、先生の出る幕はない。
 あまり楽しそうには見えない気もするが、それは恐らく自分の気持ちがそう見せているのだろう。
 寂しいなどと思ってはいけない、教師としてはこの変化を成長の証として歓迎すべきなのだ。
 そう自分に言い聞かせて、門木は流れて来るそうめんの確保に集中する。
 その様子を、こっそり伺っている者がいた。
(あの噂、やっぱりホントなのかなぁ…)
 鏑木愛梨沙(jb3903)は門木の様子をそれとなく観察し、小さく溜息を吐く。
 で、そういう時に限って何かと気が付く間の悪い男、それが門木。
「……どうした、具合でも悪いのか?」
「あ、ううん、大丈夫…何でもない」
 天使の微笑で誤魔化し、笑顔を作る――が、誤魔化しきれなかった。
「……俺のせい、かな」
 どうやら自覚はあるらしい。
「……でも、俺は別に…何も変わらないから」
 つい最近まで自分の気持ちに気が付いていなかっただけで、思い返せば片思い歴二年は確実、今後もその状態に変化が訪れる事はないだろう。
「……だから、今まで通りで良い。そのままで、いてほしい…なんて、虫が良すぎるかもしれないけど」
 門木は愛梨沙の頭を撫でる。
「……シグ、お前もだ」
「え、ぼくもなのです…!?」
 ばれてーら。
 確かに今までと同じようにしていたら迷惑だろうかと、距離の取り方に迷ってはいたけれど。

 その時、グラウンドの方で大きな火柱が上がった。
「あ、ゼロさん…?」
 りりかがかくりと首を傾げる。
 火柱、花火、胴上げ、ねじ込み、ぶん回しと言ったら他にはいない気がするのは、きっと気のせいじゃない。
 けれど今回は違っていた。
「さァ、キャンプファイヤーを始めるわよォ♪」
 仕掛け人は黒百合、まずは皆で集まってバースデーチェーンで並び順を決めてみようか。
 4月1日生まれを先頭に3月31日まで、誕生日の早い順にぐるっと回って輪になって。
 ただしその間は一言も喋ってはいけないというルールがある。
 結果、全員が身振り手振りで自分の誕生日を教え合う事になるわけだが――そう難しくない上に、人と話すのが苦手でも入りやすいという利点がある。
 並び終わったらゲームでもダンスでも、お好きなように!
「花火もあるし、好き勝手に遊んじゃっても良いけどォ♪」
 それを聞いて、りりかは門木の袖を引く。
「花火しましょう、です」
 勿論シグリッドとメルも一緒に――あ、そう言えばメルにはまだきちんと挨拶をしていなかった気がする。
「あら、うっかりしていたわね」
 メルの方も、たった今気が付いたという様に頷いた。
 もうすっかり馴染んでいる気もするけれど、やはりケジメは必要だろう。
「初めまして、でいいのかしら。メルよ。馬鹿妹がお世話になってるわね」
「んと、はじめましてなの、です」
 ぴょこんとお辞儀を返すりりか、馬鹿妹のくだりはスルーを決めた様だ。
「門木先生は妹分に挟まれて、両手に花、ね」
 おや、メルさん何やら重大な勘違いをしていらっしゃるご様子。
「……あら。シグリッドさんは女の子ではなかったのかしら?」
「間違えるのも、無理はないと思うの、です」
「……だな」
「華桜さんも! 章兄まで!?(ぶわわっ」
 皆に畳みかけられて、シグくん涙目。
「……ごめん、冗談だ。可愛いから、つい…な」
 可愛いと言われて喜ぶのは男としてどうなんだと思いつつ、頭を撫でられればやっぱり嬉しい複雑なお年頃。
 それに女の子だと思われていれば、メル様に優しくして頂ける特典もあります――え、いらない?
 それはともかく。
「メルさん、よければご一緒しませんか? …です」
「あら、良いわね」
 りりかに誘われ、メルは嬉しそうに頷いた。
 本日の任務はゼロのお目付役なのだが、火柱にも花火にも関係していない様だ。
「また何か、おかしな事を企んでいなければ良いのだけれど」
 見付けたらお仕置きは確実として、まずは花火を楽しもう。

「和紗、花火が始まったよ」
 スケッチがどうにも止まらない勢いの和紗を、ジェンティアンは花火に誘ってみた。
 線香花火を選んで渡すが、普通に遊ぶだけでは少々物足りない。
「どっちが長く燃やせるか勝負ね。負けたらジュース奢りで♪」
「負けません(キリッ」
 真剣な目つきで頷いた和紗、しかし早くも燃え尽きて落ちそうだ。
 そんな時、自分の手元をこっそり揺らす兄心。
 じゅっ。
「…竜胆兄、わざと負けたでしょう?」
「さあ、何の事かな?」
 にっこり笑って缶ジュースを投げるジェンティアン。
 甘やかされる側としてはいつか手加減なしの真剣勝負をしてみたい気もするが、きっといつまで経っても和紗には甘いのだろう、このはとこ殿は。

 一方、食事を終えてシャワーを浴びて、すっかり1日が終わった気分の仙也は、一人でこっそり花火を楽しんでいた。
 まだ寝る者はいないだろうが、夜の静けさを邪魔しないように静かな物を選んで、のんびりと。
 と、そこに――
 ふらーり、ボロ雑巾の様な人影が現れた。
 肝試しにはまだ早い気もするが、するとこれは本物の幽霊――
「本物が出たんですか?」
 目ざとく見付けたエイルズレトラ、デジカメ片手にぱしゃー!
 だがしかし。
 がくり、膝を付いたその人影は、特訓中の鈴音だった。
「お、おなか、すいた…」
 どうやら筋トレに夢中になる余り、ついうっかり食事を忘れてエネルギー切れを起こしたらしい。
「仕方ない、少し待ってろ」
 仙也は調理場へ行き、ありあわせの食材で適当な和食を作って持って来る。
「食え」
 何だか迷い込んだ犬や猫にゴハンをあげている気分だ。
「食ったら行けよ」
「はい、このご恩は一生忘れません!」
 補給が済んだら再び特訓――あ、でも眠い…

「やっぱりこういう行事は盛大に盛り上げないとねェ…夏だしさァ、きゃはァ♪」
 食事をしながら皆の様子を眺めつつ、黒百合はご満悦。
 と、何となく締めに入った様な空気を感じるが、夜はまだまだこれから。
 いや、寧ろこれからが本番だ。


「合宿の夜のお楽しみは…恋バナ!! もいいけど、夏ならやっぱり肝試しっ!」
「おう、やっと俺達の出番だな!」
 クリス・クリス(ja2083)とミハイル・エッカート(jb0544)は、腹拵えもしっかり完了やる気満々。
 勿論お化け側での参加だ。
 会場は学園内のいい感じにボロい2階建て廃屋。
 内部の物理的な安全は確認済み、蝋燭型の豆電球も各所に設置してあるが、時々揺れたり消えたりするのは仕様だ。
「脅かされる側は、チェックポイントのノートにサインな。全部回れたら記念のご褒美が貰えるぞ」
 なんと、猫の肉球型ぷにぷにワッペンだ!
 ジェル素材で気持ち良いぞ!
「そうだ、先生もこっち側に来いよ」
 ポンと手渡されたのはミイラっ粉、身体にまぶすとミイラ男に見えるパーティーアイテムだ。
「章兄も参加するのですか…」
 始まる前から腰が引けているシグリッド。
「霊や化物は怖くないですけど、びっくり系は苦手なのです…」
 でも門木がやるのに自分はスルーという選択肢はない。
「…章兄お化け役やるのなら、邪魔じゃなければぼくも一緒に居てもいいですか」
 そっとお伺いを立てるが、ダメと言われる筈もない。
「俺も一肌脱がせてもらおうかな」
 ディートハルトはその後のお楽しみの為に。
 働いた後の飯が美味いのと同じで、酒もやはり何かのご褒美に呑むのが一番美味い。
「肝試し?」
 愛梨沙はかくりと首を傾げ――うん、覚えてる。
「驚かせる側と驚かされる側だっけ?」
 門木が脅かす方に回るなら、勿論自分も同じ方で。
 とは言っても余り身が入らない気もするけれど、一応はそれなりに。
 りりかとメルも巻き込んで、さてどうやって脅かしてやろうか。

「廃屋の探索か。折角だし、ちょっとやってみようかな」
 そう言いつつも、ひりょは尻込みしていた。
 超自然の力を使役する陰陽師とは言え、怖いものは怖いのだ。
 誰か一緒に行ってくれる人いないものかと心細げに辺りを見回すと、いました。
「え、カノンさんが一緒に行ってくれるの?」
 何となく背中に刺す様な視線を感じない気もしないでもないけれど、きっと気のせいだと思うことにして。
「女神様やっ女神様が降臨した、ありがたやありがたや…」
 なむなむなむ。
「あの、拝まれても困るのですが…ともあれ、よろしくお願いします」
 カノンはぺこりと頭を下げる。
 これで大丈夫、ちゃんと他の人とも打ち解けられる事が証明された、と思う。
 後は門木に見てもらえれば、安心してくれる、はず。
(そういえば、先生も脅かし役で呼ばれていたような…?)
 ならばそのうち、どこかで会えるだろう。

「肝試しですか」
 今のところ収穫なしのエイルズレトラ、本物に出会うなら、肝試しに参加するのもアリだろうか。
「そういえば、怪談を話すと『寄ってくる』って言いますものね」
 案外、脅かし役の中にこっそり紛れていたりするかもしれないし。
 エイルズレトラは誰にも気付かれないようにこっそりと、二階の壁から侵入――あ、通れない。
「阻霊符ですか、誰ですかそんな無粋なものを使ったのは」
 どこかでミハイルがクシャミをした、気がする。

「竜胆兄、行きますよ」
「行くって何処に!?」
 決まっている、肝試しだ――参加するわけではなく、スケッチの為に。
「え、まだやる気…?」
「当然です」
 寧ろこれからが本番だ。
 真っ暗闇でも【夜目】があれば大丈夫、スケブのストックも充分だった。

「し、失礼いたします〜」
 廃校舎の闇に向けて、カーディス=キャットフィールド(ja7927)が小声で囁く。
 その声はカラッポの建物に反響し、思いの外大きく響いて聞こえた。
「誰も出ませんか〜? 出ないで下さいね〜?」
 夜の闇に溶け込んだ黒猫忍者は、ガクブル震えながら廃屋の中を進む。
「楽しそうなので肝試し参加いたしましたが…早まったです…」
 夏毛仕様のもふもふ黒猫忍者は足をプルプル震わせ、ぼっさぼさに毛が逆立った尻尾をその間に挟んで丸めていた。
 腕にはお気に入りのぬいぐるみを抱え、片手には四つ葉のタリスマンを握り締め、ポケット(多分お腹にある)には各種護符を詰め込んで。
「これだけ用意したのですから何が出ても大丈夫です!」
 大丈夫ったら大丈夫。

 ひた。

 ひた、ひた。

 ひた。

 いやいや、これは自分の足音だから!
 ……だよね?
 ねえ、誰かそうだと言って!

 しかしカーディスはその場で固まっているのに、足音は近付いて来る。
 しかも「じた、じた…」と湿った音を立てて。
 来る。
 高鳴る鼓動、震える膝。
 焦点を失う瞳に、浴衣姿に犬耳を付けた少女の姿が映る。

 だが次の瞬間、予想もしない事が起きた。

「そーれポチッとな♪」
 すいっちおーん。

 しゅばばばばっ!

 廃校舎の割れたガラスに炎が踊る。
 それはゼロが周囲に設置した火柱発生装置、もとい筒型の噴き出し花火を地面に埋め込んだもの。
 校舎の全体を囲む様に設置されたそれは、上から見れば校舎を中心とした魔法陣を描いていた。
「あれは…」
 仕事を終えて屋上で涼みながら皆の様子を眺めていたユウが、それを見て眉を寄せる。
「形は何かの召喚陣の様ですが」
 いや、どうやらそれっぽく見える様に適当に置いただけらしい。
 これなら本当に何かが召喚される心配はないだろう、多分。
 しかし残念ながら、校舎の中にいる者にはそれが何であり、何の為に置かれたのかなど全くわからない。
 ただ、赤に黄色にオレンジ色、炎のカーテンに囲まれた様な恐怖だけが伝わっていた。
「きゃあぁぁぁっ!!!」
 思わず悲鳴を上げて走り出した黒猫忍者は、向こうから忍び寄っていた雪ん子ゾンビと真っ正面からぶつかった!
「「きゃーーー!」」
 二人で一緒に悲鳴を上げて、雪ん子ゾンビはその場に尻餅、黒猫忍者は反対方向にすっ飛んで行く。
 だが、黒猫忍者の前には更なる恐怖が待ち受けていた。
「ふ、どうせ誰かの悪戯だろう、俺はそんなもんでビビったりはしないんだぜ」
 死霊粉を被ったミハイルゾンビは天魔に殺された用務員の設定。
 それっぽい衣装をボロボロに裂いて血糊をべったり、忍法「霞声」で恨めしげな呻き声をお届けすれば演出は完璧だ。
「あぁぁ苦しぃ…痛い…」
 ホラー映画なら、この前ちょー暑苦しい部屋で見た。
 声色を使って引きずる様な低い声を漏らしつつ、ハイドアンドシークとサイレントウォークで背後に回り込む。
「あ゛〜〜〜〜っ」
 トドメの濁声、どうだ!
「いぃぃやあぁぁぁあぁぁぁっっっ!!!」
 びたーん!
 黒猫忍者は畳返しで目眩まし、壁走りで一直線に出口を目指す。
 でも出口ってどこですかー!

「今の馬鹿騒ぎ、ゼロの仕業ね」
 メルが虚空を睨み付ける。
 姿が見えないと思ったら、こんな所で暗躍していたのか。
「あ…んむ、まちがっていなかったの」
 やはり花火と言えばゼロだったと、りりかが頷く。
「ちょっと黙らせた方が良いかしら」
「あ、でも…これだけみたいなの、ですよ…?」
「そうね、ここではこれ以上の被害はないようだけど」
 メルさん、ゼロを全く信用していません。
 妹にとっては右腕たる存在なのに、何たる格差か。
「他にも絶対何かやらかす気よね、あれは」
 阻止せねば、ゼロのストッパー(物理)として。
 使命感に燃えたメルは、ミイラっ粉を被ったままの姿で廃校舎を出て行った。
 その姿を偶然見てしまった無関係な一般生徒が恐怖に震え上がった事は言うまでもない。

「今、なんだかすごい声がしたけど…」
 もう帰りたい、心の中で叫びつつ、ひりょは表面上は平気そうな顔で笑う。
「でも大丈夫、脅かしてるのは生徒だし、大したことないよね」
「そうでしょうか。ミハイルさんのことですから、結構本格的に仕掛けて来る気がするのですが…」
 あれ、今何か血の気が引く様な音が聞こえた気がするけれど。
 何か拙い事を言っただろうかと、カノンが首を傾げる。
 と、そこに――出た。
 なんか思いっきりやる気のなさそうな幽霊が、音もなく廊下の壁を出たり入ったり、かと思えば振り向いて手招きしたり。
「こういう時は、うらめしや〜って言うんだっけ?」
 その正体は愛梨沙、因みにミハイルに連絡して今だけ阻霊符を切ってもらっている。
 ふわりと飛んで上の階にすり抜けたかと思えば、天井から逆さまにぶらーんと垂れ下がり、またふわりと飛んで手招きを。
 招かれた先にはミイラ男の集団が待ち構えていた。
 ガタイの良いミイラはディートハルト、細身のコブ付きは門木とシグリッド、りりかの三人だ。
 コブ付きの方は演技指導が必要なくらい、ただぼーっと突っ立っている。
 正直、怖くも何ともないが――ひりょの身体は誤魔化しきれないほど小刻みに震えていた。
「いや、だって、すごい殺気…」
 気のせいです。
 ミイラっ粉は人間にしか効果がないですしね。
 気のせい気のせい。

「はっ!」
 出口たずねて三千里、黒猫忍者は気が付いた。
「チェックポイントを回らないと肉球ワッペンが貰えないのです!」
 頑張らねば、肉球の為に!
 しかし、そう簡単には行かないのである。
 どこからともなく聞こえる怨嗟の声。
「きたかぜの…といき…ごまんにせんくおん…は…たかい、よー…」
 それさえあれば本物の雪ん子のように冷気を吹き付けられるものを。
 なので苦肉の策。
 灯のリングで発動する火の玉を極力青白く光るよう制御して自身の周囲を漂わせ、保冷剤で両手を冷やし――
 ぺたり。
 雪ん子ゾンビはつめたぁ〜い手を黒猫忍者のほっぺに押し付けた。
 もふ。
「あ…あったかい」
 もふもふ。
 けれどもふもふ忍者は一目散、脇目もふらず逃げてった。
「あー、霜焼け出来そうだから、温めてもらおうと思ったのにー」


 その頃、別の場所では。

「これは…チャンスです」
 雫(ja1894)は人気のない廊下を忍び足で歩いていた。
 目指すは科学室――の、奥にある準備室や開かずの間。
 今こそ普段は生徒が入る事が禁じられている部屋に侵入する絶好の機会だ。
 別に忍び込んで技術を盗もうとか、そんな事を考えているわけではない。
 第一、そんなもの盗んだところで使い方がわからない。
 全ては、そう、好奇心が故。
「こんな機会がなければじっくりと見て周る事なんて出来ませんからね…」
 光源がなくても見えるようにナイトビジョンを装備して、警報器を探す。
 数ヶ月前に門木がここで襲われて以来、周辺の警備は格段に厳しくなっていた。
 科学室自体は年中無休、誰でも自由に出入り可能だか、少しでも怪しい動きがあれば即座に警備員が駆けつけるだろう。
 そこを何とかかいくぐって――

 しかし、そう考えていたのは雫ばかりではなかった。

「くず鉄だの変異だの、本来そうそう起こる筈もない」
 天宮 佳槻(jb1989)は科学室の内部を伺っていた。
 なのに、わりと頻繁に起きるという事は。
「何か後ろ暗い秘密の可能性が」
 ない、と思う。
 だがそれは推測でしかない。
 仮説は証明されなければ科学ではないのだ。
 科学室が科学の名を冠しているならば、それが科学である事の証明を!
「うん、屁理屈だな、これは」
 わかってる、ただ見てみたいだけなんだ。
 夜の学校に堂々と入れてしかも目立たない上に、主の門木先生は肝試しに誘われて不在という、この絶好の機会を逃してなるものか。
 あ、いつだって目立たないというツッコミは無しで。
 ナイトビジョンの装備は勿論、隠密性を高める為に明鏡止水を使い、更に逃げ足を確保する為(?)に韋駄天を活性化。
 無駄とか言わないであげて下さい。
 さあ、目指すは普段は入れない科学室の奥!
「って、何だこの足の踏み場もない有様は」
 そこは科学準備室という名の物置。
「…物置にしてもちょっと雑多過ぎて探索は大変そうだな」
 これでは何がどこにあるかわからないだろう。
「かといって、勝手に捨てたりすると後が大変だ」
 置き場所をきちんとする程度にして――いや、種類ごとに分けて纏めておいた方が良いだろうか。
「それにしても、これは必要なのか?」
 流石に古いマンガ雑誌は要らない気がするが――
「あ、これプレミア付いてるやつだ」
 それならそれらしく、きちんと片付けておけばいいものを、まったく。
 もしかして価値がわかっていないのだろうか。
「よし、これで少しは分かり易く――」
 …ところで何しに来たんだっけ?

 あ、これはダメだ。
 そう判断した雫は標的を変更、今度は学園長室に忍び込む。
「学園長のカツラ疑惑、今日こそ真相を解明してみせましょう…」
 真夜中の学園長室は真っ暗で、常夜灯さえも消えていた。
 監視カメラも作動している様子はない。
 少し無防備すぎる気もするが――
「やあ、こんな時間に何か用かね?」
「――っ!?」
 いつの間にか、学園長が背後に立っていた。
 雫があっさりと後ろを取られるとは、流石は学園の頂点に立つ男。
「あ、いいえ…あの、サインをいただけないかと!」
 咄嗟の嘘に、学園長は快く応じてくれた。
 いぇーい、がくえんちょーのサインげっとだぜー(棒


 そして真夜中のプールには、秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)と百目鬼 揺籠(jb8361)の姿があった。
「こういうのぶるじょあって言うんでしょう?(むふー」
 どこからか拝借したデッキチェアに寝そべって、紫苑はトロピカルなジュースを一口。
 けれど頬張っているのは安いスナック菓子だったりして、今いちブルジョアになりきれていなかった。
 明かりはほんのりと足元を照らす程度に絞ってある。
 紫苑にとってはそれで充分だが、揺籠には少々厳しいだろうか。
「あ、兄さんトリ目でしたっけねぃ」
 足元が見えずにプールに落ちたら大変だ、だって兄さんカナヅチだもの。
「泳げねぇわけじゃねぇ泳がねぇんですし!」
「へいへい、わかってまさぁ」
 小学二年生に軽くあしらわれるの巻。
「一息ついたら、この紫苑ちゃんが練習に付き合ってあげまさぁ」
「俺は別に、泳げなくたってこれっぽっちも困る事なんざねぇんですがね」
 揺籠はちょっと意地を張ってみる。
 この意地のせいで、これまでろくに練習もしてこなかったのだ。
「じゃ、もしおれがおぼれたら、どうしやす?」
 泳げなければ助ける事も出来ないだろう。
「わかりましたよ。仕方ねぇ、この期に少し練習しますかね」
 水着を着るなんて初めてではないだろうか。
 体の紋様を人目に晒すのは何とも居心地が悪い気がするけれど。
(今日は紫苑サン相手だし大丈夫、ですかね)
 紫苑の方も今日はスクール水着のみ、いつもは隠している傷跡を晒している。
 勿論、見えたところで自分はそんなもの気にしない。
 紫苑も普段と変わらず、揺籠の紋様を怖がったり気味悪がったりする様子はなかった。
 いつもと変わらないその態度。
 わかってはいたが、やはり嬉しいものだ――なんて、妖怪として間違っている気もするけれど。
(べつに、妖怪だからって百人が百人全部に怖がられる必要もねぇですし)
 怖れない者がいるからこそ、この世に半妖なんてものが生まれるわけだし。
 なんにしても、互いに人目を気にせず楽しめるのは良い事だ。
 それじゃ、練習始めようか。
「とりあえず、水ん中で息止めて目ぇ開ける練習からですねぇ」
「目ってぇのは…どの目です?」
 いっぱいあるんだけど。
「この目でさ!」
 えーい、目潰し!
「ちょっ、何しやがんですかぃ、危ねぇでしょうよ!」
 そんなこんなで仲良く喧嘩しながら、時々は揺籠をほったらかして勝手に泳ぎ回ったりして。
「紫苑サン、あんまり深いとこ行くと危ねぇですよ。プールの真ん中にゃ何がいるかわかりませんぜ?」
 でっかい口で子供を吸い込む排水溝という名の魔物とか。
「…嘘ですってば怖がんねぇでくだせぇ」
 そう言われても、夜のプールの怖さに気づいてしまった紫苑は揺籠の手をしっかり握って、真面目に練習のお手伝い。
 だって誰もいないから静かだし、暗いから底も見づらいし、本当に何かがいそうな気がして。
 底の見えない水の中は、どこまでもどこまでも深く広がっているようで――
「まるで海に来たみてぇですねぃ」
 そう言って水面を見つめる紫苑の横顔は、いつもと違う雰囲気に見え…見え、うーん。


「うわぁぁん怖かったのですよーー!」
 無事に(?)肝試しを終えた黒猫忍者は、泣きながらミハイルをぽかすか殴る。
 その毛はゴワゴワに逆立ち、まるでハリネズミの様だ。
「だがよく頑張ったじゃないか」
 ミハイルはその胸元にワッペンを付けてやる。
 その裏には「よくできました」と書かれていた。

「結局本物は出ませんでしたねえ」
 エイルズレトラは残念そうに溜息を吐き――ふと気付いた。
「おや、鏡ですか」
 不吉な言い伝えを思い出す。
「そう言えば、鏡に映った自分を撮影したら、鏡とレンズで合わせ鏡になりますねえ…」
 ということは、もしかして…自分の死に顔が撮影出来る、かも?
 それとも霊道が出来て、そこを通って何かがやって来たりするのだろうか。

 ともあれ、時計も零時を回っている。
 良い子はそろそろ寝る時間だ。
「章兄、ぼくたちと一緒に寝ませんか…!」
「章治兄さま…一緒に寝ても良い、です?」
 この場所は誰にも譲れないと、弟分と妹分はいつものさんどいっち。
 隣の布団を確保するのは良いけれど、ハグは遠慮してねー、でないと通報されちゃうからねー。
「でも、夜の学校は何故か少しこわいの…」
 大丈夫。怖くないように、ちょっと細工をしておいたから。
「何か、おもしろ発明品がある…です?」
 発明品ではないけれど。
 門木は天井を見ていろと指を指し、明かりを消す。
 すると、そこには――
「あ…お星様、なの…」
 蓄光シールで作られた星空。
 それが、ユウが掃除中に見付けたものの正体だった。

「なんとも、世界というものはわからんものだね」
 動かない星空を見上げ、ディートハルトは部屋の隅でひとりグラスを傾ける。
 この年で、この境遇で、今の自分が学生という身分であること。
 どれも予想もしなかった事だ。
 そして、どうやらそれを楽しんでいるらしい自分自身に、思わず笑みが溢れる。
 何処であろうと、何であろうと、変わらぬ日常。
 それも悪くない。


「…眠れない」
 夜中、喉が渇いた愛莉は一人で起き出し、食堂へ――
「…あれ、ここどこ?」
 迷ったのだろうかと辺りを見回すと、そこに何やら見覚えのある人影が。
「あ、クリスマスに逢ったお兄さん達だー、昼間は見なかったけど、参加してたんですねー」
 二人の案内で無事に食堂に辿り着いた愛莉は、水を一口。
 その様子を、物陰からそっと伺っている者がいた。
(あの子は誰と話してるんでしょうね…?)
 デジカメを構えたエイルズレトラだ。
「はい。お話したい事あるって、なんですの?」
 独り言にしては変だ。
 しかし、愛莉の前には誰もいない。
 デジカメにも、何も映ってはいなかった。

「…妹なら、良いのかなぁ?」
 こちらもよく眠れなかった愛梨沙は、屋上の一番高いところで物思いに耽る。
 一つしかない席は、もう埋まってしまった様だ。
 でも、いくつもある席なら――
 と、その鼻を味噌汁の良い匂いがくすぐる。
 まだ夜明け前だというのに、早起きした誰かが朝食の準備をしているらしい。
「あたしも手伝って来ようかな」
 正直、そんな気分ではないけれど。
(センセが笑ってるなら良い…)


 翌朝。
「あー、よく寝た!」
 特訓中の鈴音は、結局あれからそのままばたんきゅー。
 たっぷり寝た後は、勿論スキルも全回復で、ご飯が美味しい!
 朝食はユウが用意した白いご飯に味噌汁、目玉焼きとサラダ。
 そこに智美が提供した備蓄食料を加えてボリュームたっぷりに。
 いつもは防災の日に合わせて回転させるのだが、今回は良い機会だからと少し早めの放出となった次第。
 ところで、愛莉の様子が少しおかしいのだけれど。
「エリ、どうしたの?」
「んー、ちょっとお説教されちゃったの」
 明日夢に問われ、愛莉は遠くを見る様な目で答える。
「お兄ちゃんの人生はお兄ちゃんのものだって。選んだ人の事信じてあげたらって」
「誰に言われたの?」
「いつものお兄さん達」
「それって…」
 オバケじゃ、ないの?
 が、少なくとも愛莉にとっては確かな現実であるらしい。
「それももっともなんだけどねー」
 まだまだ検討中、かな。

「おはよう〜ございます。それでは朝のお目覚めいってみましょう!」
 どーん!
 ゼロさん特製、豪華な朝食をどうぞー!
 門木&チルドレンに寝起きドッキリかまそうと思ったけど、メル様に阻止されたよ!
 その結果がこれだよ!
「当たり前でしょう? 女の子相手に許される筈がないわね」
 と言うかボタン一つでプールまでスライダーで落ちる仕掛けとか作れないから。
「俺なら出来ると思うたんやけどな〜」
 だって神だし。
「神は神でも、たこ焼き神でしょう?」
 たこ焼き関連以外で、その超常能力が発揮出来る筈もなかったのである。

 さて、朝食を終えたらまた何かひと遊びと行きますか!


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:25人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
夢幻に酔う・
ディートハルト・バイラー(jb0601)

大学部9年164組 男 ディバインナイト
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
リコのトモダチ・
神谷 愛莉(jb5345)

小等部6年1組 女 バハムートテイマー
リコのトモダチ・
礼野 明日夢(jb5590)

小等部6年3組 男 インフィルトレイター
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
鳥目百瞳の妖・
百目鬼 揺籠(jb8361)

卒業 男 阿修羅
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー
214号室の龍天使・
草薙(jc0787)

大学部4年154組 女 アカシックレコーダー:タイプA
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト