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マスター:STANZA
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/08/15


みんなの思い出



オープニング



「あっついのぅ……」
 自身のサイズのお陰で殊更に狭く感じる部屋の中。
 甚兵衛姿のオーレン・ダルドフ(jz0264)は、冷えたビールを片手に開け放した窓から月を眺めていた。
 形としては夕涼みだが、これがちっとも涼しくない。
 フル回転している扇風機からは、もわっとした熱風が吹き付けて来る。

 そう言えば、もう子供達は夏休みに入ったのだったか。
 子供が休むなら親も一緒に休めば良いものを、大人達は今日も仕事、明日も仕事。
 この工場に至っては、夏でも冬でも盆暮れ正月お構いなしに24時間稼働している。
 従業員は交代で休みを取っているが、それでも連続して休めるのは長くて五日、人によっては三日程度しかない。
 工場長など夏休み返上どころか、有給休暇さえ消化していないのではないだろうか。
 そう言えば最近彼氏と別れたと聞いたが、忙しいから別れたのか、それとも別れたから忙しくしているのか……
「いやいや、詮索はいかん、詮索は」
 ふるふると首を振って、ダルドフは温くなり始めたビールを飲み干す。

 そんな彼自身は、明日から一週間の休みを貰っていた。
 しかし、休めと言われても特に予定はない。
 仕事は休みでも、天界勢の襲撃に休みはない。
 今は秩父の一件でそれどころではないかもしれないが、だからこそ逆にこの時期を狙って動く事も有り得る。
 久遠ヶ原を訪ねるのも良いかもしれないが、一日や二日ならまだしも、一週間ずっと留守にする訳にはいかないだろう。
「さて、どうするかのぅ」
 カルムとネージュを相手に、じっくりと話し込んでみるのも悪くはないが――それは一日もあれば充分か。
 完成したばかりの新しい図書館に行って、本でも借りてくるか。
 それともDVDで世界一周でもしてみようか。
 或いはこの機に料理の集中特訓でもしてみるべきか。
「そう言えば、もうじき神社の夏祭りだのぅ」
 これまでは監視を兼ねて遠くから眺めるばかりだったが、今年は盆踊りの輪に入ってみたい気もする。

「誰か、遊びに来てくれんかのぅ……」




リプレイ本文

 夏休み、一匹狼の風来坊となった矢野 胡桃(ja2617)は、風の向くまま気の向くまま、自由な旅を満喫していた。
「さて、と。一人旅、まずは…突撃、くまさんのお宅訪問、かしら」
 目的の駅に降り立った胡桃は小さな鞄を手に、まばらな人の流れに乗って改札に続く階段を登り始める。
「それにしても…あつい」
 改札を出た胡桃は、ダルドフに電話を入れた。
 ついこの前までは超アナログで、連絡手段と言えば八咫烏の郵便以外になかった彼も、近頃では随分と文明の利器を使いこなせるようになっているのだ。
「もしもし、くまさん? ええ、そう、迎えに来てくれる、かしら」
 だって家の場所なんて覚えてないし。
「え、家にはいない? 旅館? 駅前?」
 駅前って、ここ?
 そう思って周囲を見渡した胡桃の目に、見覚えのある子供達の姿が映った。
「こももの姉さん!」
「ももねーた!」
 こっちこっちと手招きするのは、秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)とキョウカ(jb8351)の二人組。
「今日はこれから川あそびに行くんでさ! 姉さんも行きやしょうぜ!」
「良いわ、ね」
 夏滅びろ爆散しろ。
 水辺はきっと涼しい、はず。

 ――と、思ったけれど。
「あまり変わらないわ、ね」
 盛大な蝉時雨の中、その音にかき消されそうな声で胡桃が呟く。
「…さすがに夏ですねぃ、東北でもけっこうあついでさ…、、」
 早くもクーラーの効いた部屋に戻りたくなった現代っ子紫苑。
 だがキョウカは元気だった。
「しーた、しーた、およいできょーそーする、なの!」
 水着に着替えて手招きするが、紫苑はかったるそうにピチャピチャ足だけ水に浸けている。
 泳ぐ気はあるらしく、少し大きめのTシャツの下にはちゃんと水着を着込んでいた。
 その胸には流麗な筆文字で「怠惰こそ美徳」と書かれている。
「おれは今、こういう気分なんでさ」
 他にも「熊出没注意」とか「泣ぐ子はいねがぁ!」「美食家」等々、変Tシャツを色々と買い込んだのは、つい昨日のことだった。

 ここで話は少々前に遡る。



「…まぁ、休みが長いと時間を持て余すのは分かる」
 ダルドフの呟きを聞いて飛んで来た志堂 龍実(ja9408)は、部屋の外で「うんうん」と頷いた。
 休みの初日、同じ様に電波を受け取った仲間達で、部屋の中は既に一杯になっている。
 紫苑とキョウカは勿論、ユウ(jb5639)と雫(ja1894)の姿もあった。
 そこに龍実が加わっても物理的にはまだ余裕があるのだが、心理的な圧迫感と――それにこの暑さ。
 部屋の一方に開いた窓と小さな扇風機だけでは、廃熱処理が全く追い付いていなかった。
「だからキョーカたち、りょかんにおとまりする、なの!」
「なるほど、旅館ならいくらでも冷房を効かせられるし、広さも充分そうだな」
 龍実が頷く。
 ところで、休み中は特にこれといった予定は立てていないという事だったが。
「時間に余裕があるなら…たまには骨休めに行かないか?」
 あまり遠出は出来ないだろうから、近場で構わない。
「地元に住んでいても、知らない場所は多いだろうしな」
 というわけで、目指すは一般にはあまり馴染みのない観光地。
「有名どころの旅館は流石に予約で一杯だったからな」
 それでも、いや、だからこそ、穴場的な名所を自ら発見する楽しみがあるというもの。
 同行するのはダルドフ以下の天使組三人と、紫苑、キョウカ、ユウと雫も巻き込んで。
「私はただ、ダルドフさんの様子を見に来ただけなのですが…」
 雫は室内の様子を見回してみる。
「以外ときちんと清掃が行き届いているんですね」
 ざっと見た限りでは、今すぐに大掃除が必要な感じではなかった。
「イメージでは豪快に汚れているか、混沌と散らかっていると思っていたのですが…」
 もっとも、散らかるだけのモノがないという事情もありそうだけれど。
 まだ時間はたっぷりあるし、これなら戻ってからじっくり汚れチェックをしても遅くないだろう。
「折角のお誘いですし、ご一緒させて貰いましょうか」
 ここで親睦を深めておくのも悪くないと、ユウが頷く。
「そうですね。私は秋田の珍しい食材でも探してみましょう」
 ここで料理のレパートリーを増やして、ついでにダルドフに色々と伝授してみるのも悪くないと雫。
 そうと決まれば今夜は地元の旅館でゆっくり休んで、出発は明日の早朝だ。

 かくして総勢八名を乗せたレンタカーは、対向車も殆どない道を快適に飛ばしていった。
「急ぐ旅でもないし、途中で何か面白そうなものがあったら寄り道しても良いな」
 ハンドルを握った龍実の言葉に、早速子供達が反応する。
「あっ、今なんかヘンなかんばんが見えやしたぜ!」
「たつにーた、もどって、なの!」
 紫苑が指差したのは「ぎばさ」と書かれた看板。
 ぎばさって何?
 その看板が出ていたのは、昔懐かしドライブインの様な食事処の店先だった。
 24時間営業との表示があるが、広い駐車場には他の車はない。
「時間が早いせい、だと思いたいな」
 本当に営業しているのか怪しく思えるほどの寂れた外観に一抹の不安を覚えながら、龍実が入口の前に立つ。
 元は自動ドアと書かれていた筈のプレートには「手動」と書かれた紙が貼られていた。
 薄暗くてよく見えないが、店内は手前に土産物が並び、奥は食堂になっている様だ。
 と、店の奥で何かが動く。割烹着に身を包んだオバチャンだ。
「えぐ来てけだんしな」
 秋田の言葉で「ようこそいらっしゃいました」という意味らしい。
 お世辞にも愛想が良いとは言い難い雰囲気のオバチャンは、そう言って店の明かりを点けた。
 ぎばさとは何かと訊いてみると、食堂に案内され――出て来たのは小鉢に入ったドロリとした海藻の酢の物。
 それはアカモクと呼ばれる海藻の一種だった。
 地元では生卵と一緒にごはんに乗せたり、他のネバトロ素材と混ぜて食べるらしい。
「酒の肴にも良さそうですね」
 雫は早速いくつか買い込み、ついでにレシピを教えてもらっていた。
 このオバチャン無愛想に見えて結構親切、それに昼時にはそれなりに繁盛していると聞いて一安心。
「じゃあおれも、しょう売はんじょうにこうけんしてやりまさ!」
 紫苑は堂々「ぎばさ愛」と書かれたTシャツを手に取った。
 観光地の売店に特有のノリで置かれた変Tシャツを集める、それが今回の旅の目標だと今決めた。
 お父さんが何だかものすごく微妙な顔をしている気がするけれど、そこは見なかった事にする。

 一行が次に向かったのは石焼料理の店。
 名前から想像するに、石焼き芋の様に熱した石で何かを焼く料理かと思ったら、出て来たのは風呂桶の様な木の桶だった。
 そこに魚や野菜、海藻などが入っているが、全てはまだ生のまま。
 そこに真っ赤に焼けた石が放り込まれると、たちまち湯気が立ちのぼり、グツグツと泡立って、あっという間に食べ頃に。
「石焼と言うより焼石料理だな」
 その豪快な調理法に、龍実は思わず目を丸くする。
 暑い時期に汗だくになりながら食べる熱い料理も悪くない。それが見た目にも楽しく、しかも美味いとくれば尚更だ。

 そうしてお腹が一杯になったら、後は宿に入って部屋で休むも良し、近場を歩いて散策するも良し。
 龍実は縁側ならぬ窓際のサンルームでダルドフと将棋を指していた。
「戦略を考えるのは好きだからな、そこそこ上手いぞ」
「ふむ、言うだけの事はあるが――」
 王手。
「流石だな。だが囲碁はどうだ?」
 なに、やった事ない?
「五目ならべなら、おれとくいですぜ!」
 傍で退屈そうに見ていた紫苑が手を上げる。
「なら勝負するか?」
「のぞむところでさ! あ、おれ先こうで!」
 お父さんとやる時、いつも先攻だから。
 因みに五目並べは大体が先攻の勝ちになるのだが、それは暫く黙っておこう。
 頭を使った後は夕食でエネルギーを補給、食後は卓球やエアホッケーで軽く汗を流し、疲れたら温泉に浸かって――
「たまにはこんな風にのんびり過ごすのも良いものだな」
 龍実は勿論、ダルドフやカルムと一緒に男湯――うん、間違ってない。
「ダルドフと旧知なんだよな…昔はどうだったんだ?」
 良い機会だと、龍実はカルムに訊ねてみた。
「そうですね、昔は私よりも細いくらいで――」
 かく言うカルムの体格は男性としては平均程度だろうか。
「体を動かすよりも頭を使う方が好きな人でしたね」
 それは今でも変わらないのだろうが、まさかこうなるとは。
「あと、バカでした」
 思い込んだら一途に突き進む事をバカと称するなら、元妻へのアタックもその後のにくらい改造も、全てはバカの一念。
 そして今は立派な親馬鹿である。
「結局、何も変わっていないという事か」
 納得の様子で頷いた龍実は、何も知らずに身体を洗っているダルドフの背中を見た。
「…こんな平和で楽しい時間がいつまでも続けばな」
 こうして皆が幸せに楽しんで笑っていられるのが一番なのだと、龍実は改めて思う。
 自分が撃退士になったのも、それを護る為だ。
「さて、明日はどこを回ろうか――」

 翌日は昼過ぎまで遊び倒し、拠点の旅館に戻って一泊。
 胡桃が合流したのはその翌日のこと。
 そして、その日はもうひとり仲間が増える事となった。

「そういえば、ダルドフに会うのは久しぶりだな」
 黒羽 拓海(jb7256)は愛用の釣り道具を手に、駅へと降り立った。
「まあ、何事か起きたとは聞かんし、元気にしているだろう」
 そんなわけで連絡もせずに突然の訪問となった今回、拓海は得意の釣りで親交を深めようと考えていた。
 ダルドフの趣味は知らないし、酒盛りは好きなようだが自分はまだ付き合えない。
 積もる話もあることから、お茶やジュースでも良いのだが――
「部屋に篭っているのもアレだろうしな」
 これを機にアウトドアに目覚めてもらうのも良いだろう。
 そう考えていたところに誘われた川遊びは、まさに渡りに船だった。


 そして時間は現在へ。

「だるどふたま、みててなの!」
 キョウカはダルドフに手を振って見せる。
「なつのもくひょうは、25メートルよりもながくおよぐこと、なの!」
 勿論、途中で足を着かずに、だ。
「ふむ、ぬしはもうそんなに泳げるのか、よう頑張ったのぅ」
 ダルドフはキョウカの頭をぐしゃぐしゃと撫でる、が。
 川の流れは見た目より速く、思わぬ危険が潜んでいる事もある。
「泳ぐのは今度、プールに行った時にせんか?」
 川遊びは浅瀬で水浴び程度が安全と言われ、キョウカは素直に頷いた。
「ほれ見なせぇ、おれみてぇなのがちょーどいいんですぜ?」
 怠惰な紫苑が自慢げに鼻を擦る。
「いや、ぬしはちぃと若さが足りぬのぅ」
 あまりダラけているとご飯を美味しく食べられない――そう言われて、紫苑は渋々シャツを脱ぎ捨てた。
 そして遊び初めてしまえば、後はもう夢中になるのはお約束。
「ながくお水にかおがつけられたらかち、なの!」
「まけねぇですぜ!」
 よーいどんで水に突っ込み、息を止めて――
「しーた、みて!」
 顔を上げたキョウカの手には、川底で見付けた綺麗な石が握られていた。
「おみやげにする、なの!」
「おれはカニ見つけやしたぜ!」
 いつの間にか色々と拾い始めるちみっこ二人。
 息継ぎ我慢競争はどこいった。
「ところで。くまさんは泳げるのかしら、ね?」
 その様子を見ていた胡桃がダルドフに視線を投げる。
 が、投げた視線は逸らされて、明後日の方向へ飛んで行った――ということは、泳げないのか。
「…え? 私? 聞かないで頂戴」
 息継ぎが苦手なだけだと本人は主張するが、実は力みすぎて浮かないタイプであるらしい。
「まぁ、くまさんが泳ぎを教えてくれるなら、練習しなくもない、けれど」
 泳げない人に教わっても、ねえ。
 それにダルドフはこれから拓海に釣りを教わることになっていた。
 え、皆もやりたい?

 というわけで、カルムとネージュも巻き込んで、拓海の川釣り教室が始まった。
 釣具店で餌を買うついでにポイントを教えてもらい、仕掛けを作って一通りの手順を説明して。
「まあ、やってみるのが一番だな」
 岩の影や淵、それに流れが急になっている場所など、魚が潜んでいそうな場所に向けて竿を振る。
「後は浮きが沈むのを気長に待つだけだ」
 それまでは、のんびり世間話でもしていようか。
「この川には鮎もいるらしいが、鮎釣りには独特な方法があってな」
 縄張り意識を利用した友釣りという方法だが、この川では禁止されている様だ。
「他にも疑似餌を使った方法など色々あるが、どれも魚の習性を巧みに利用したもので――」
「ふむ、ぬしは詳しいのぅ」
「釣りは昔から好きだったからな。趣味は色々あるが、他人に勧めやすいのはこれと読書くらいか」
 思えばダルドフとはそれなりに長い付き合いになるが、こうして呑気に自分を語るのは初めてだった。
「今は秩父の一件で大騒ぎだが、それよりも俺にとっては一つ気懸かりが晴れた事の方が大きいな」
「ふむ?」
「事情で詳しくは話せんが、後は…そうだな、一先ず戦渦の終結を――おい、引いてるぞ」
 拓海に言われ、ダルドフは慌てて竿を引く。
「ぬおぉっ!」
 が、豪快に引きすぎた。
 水から引き抜かれた針は勢い余って後ろの木の枝に引っかかる。
「鰹の一本釣りでもあるまいし、こう手首を効かせるだけで良いんだ」
「こうでしょうか…?」
 丁度アタリが来たネージュが軽く合わせると、上手い具合に針がかかった。
「そうだ、そのまま無理をせずに少しずつ引き寄せて――」
 網を持った拓海がそれを掬い上げる。
 釣れたのは30cmほどのニジマス、なかなか良い釣果だ。
 表情はあまり変わらないが、釣った本人も嬉しそうにしている。
「いけす、出来やしたぜ!」
 記念すべき一匹目は、子供達が石で囲んで作った生け簀に放しておいた。
「後で捌き方も教えてやろう」
 他にも鮎や岩魚など、なかなかの引き具合。
 このまま夕食は焼き魚パーティにしても良さそうだ。
「ついでに料理教室もどきを開いてみるか…ところで、天界での食事はやはりこっちとは違うのか?」
「いいえ、天界では基本的に食事は必要ありませんので…」
 カルムの答えによれば、好事家の趣味として存在する程度らしい。
 食事の楽しみがないというのも味気なく思うが、普段はどんな暮らしをしているのだろう。
「ここに比べれば退屈なものですよ」
 一般的には異世界に赴いて戦果を挙げる事が一番の楽しみになるだろうか。
「ですから、こちらの世界に留まりたいと思う者達の気持ちもわかります」
 向こうには花見も水遊びもBBQもなかった――少なくとも自分が育った地域では。
 そして食後に行われた花火も初めて見るものだ。
「はなびは、こうしてもつ、だよ?」
 人に向けてはいけないと、以前自分が言われた事を思い出しつつ、キョウカはネージュに花火の遊び方を教える。
 が、楽しくなってくると両手に持ってぶんぶんぐるぐる――
「これ、キョウカ」
 ごつん。
 頭にダルドフの拳骨が落ちた。
 と言っても「置かれた」程度で痛くはなかったけれど。


 一方、主のいないダルドフの部屋では雫とユウがせっせと夏季大掃除に勤しんでいた。
 誰もいない状態で改めて見ると、確かにきちんと整頓はされている。
 しかし。
「やっぱり、サッシの溝にゴミが溜まっていますね」
 雫のチェックは厳しかった。
 良く見れば窓ガラスも汚れているし、普段は触らないような場所にも埃が付いている。
 部屋の隅や、畳を持ち上げた床の上にも砂や埃が溜まっていた。
「以前の家はゲートの中でしたから、塵や埃は溜まらなかった様ですが…」
 そのせいか、整頓は出来ても汚れには無頓着な様だと、ユウが眉を寄せる。
「これは徹底的な掃除が必要ですね」
 雫が決意の表情で腕まくり。
 まずは家具を全て外に出して、畳を上げて。
「この下には何もない様ですね」
 成人男性向けの本でも見付けたら、目立つ場所に戻してあげようと思ったのに。
 いや、ほら、なくして困っていたりするといけないから、ね?
 親切心ですよ、親切心。

 後日、部屋に戻ったダルドフにユウが一言。
「全く。ダルドフさん、気を抜きすぎですよ。リュールさんが急に訪ねてきたらどうするんですか?」
「そんなに汚れておったかのぅ」
 本当のところはそれほどでもなかったのだが、この元夫婦にラブラブ(死語?)してもらう為には多少の脚色も許される筈だと、ユウは信じて疑わない。
「それに、毎日とは言いませんが一週間に一度くらいは電話を入れるとか、いっそリュールさんの元に突撃して愛を囁いてみてはいかがですか?」
 リュールの事になると見境がなくなるらしいユウさん、本日も順調に暴走中であります。
 だがしかし、突撃は既にやらかしているのだ――五百年ほど前に。
「あの頃は某も若かったのぅ」
 花束を持って日参しては蹴り飛ばされていた、懐かしい青春の日々。
 しかし今それをやったら完全にストーカーだ。
「では何かしら心躍る風景を見たら写真を送ってみるのはどうでしょう」
「ふむ、それくらいなら…」
 では早速、先日の小旅行の写真を写メしてみようか。

 暗躍に満足した後は、ネージュを誘って買い物へ。
 ダルドフが付いているから大丈夫かとは思うが、そこはやはり男性。
「ネージュさんの私生活の用品が足りているか少し心配ですね」
 それに男性と一緒では買いにくい物もあるだろう。
「服や下着、それに夏祭りに着る浴衣も選びましょうか」
 今日は思いきって少し遠くのデパートへ。
「でぱーと、というのですか…ネイは初めてです」
 きょろきょろと落ち着かない様子のネージュを、ユウはまずスイーツの店に誘ってみた。
 冷たい甘味で一息ついてから、女性向けのフロアをのんびり見て歩く。
「気になるものがあったら試着してみると良いですよ」
 それにカルムにも何か買って行けば喜んでくれるかもしれない。
「カルム様にはどんなものが似合うのでしょう…」
「そうですね、これなどはどうでしょう?」
 実は事前にカルムに好みを聞いていたユウは、さりげなくアドバイスしてみたり。


 同じ頃、紫苑は工場長の姉崎を誘って町へ繰り出していた。
「よっしゃ! 姉さきの姉さんあそび行きやすぜ!」
「え? ちょ、何よいきなり!?」
 って言うかせっかくの休みなんだから不貞寝させてよ!
 などと言っても紫苑は聞く耳を持たない。
 お父さんの心配は自分の心配、どうやら彼氏にフられたらしい彼女を元気づけるのは自分の使命!
「そういうー時はーあまいもんいーっぱい食べるとーいいんですぜ!」
 喫茶店に入って向き合って座り、特大パフェを二人分。
「ここはおれのおごりですぜ!」
 鼻の穴を広げてむふーしながら、紫苑は得意げに腕を組む。
「かれしとわかれたってききやしたぜ」
 余りにも単刀直入なその言葉に、姉崎は口に含んだ冷たい水を噴き出しかけた。
「どうでしょう、2年1組のれんあいそうだんがかりともしょうされるおれに話しちゃみやせんか」
「ガキんちょのくせに、なーにが恋愛相談よ」
 ドヤ顔の紫苑を鼻で笑って見せるが、それでも話――と言うか愚痴を聞いてくれる相手がいるのは嬉しい事に違いない。
「だってあのバカ、俺と仕事とどっちが大事なんだとか、イマドキ女でも言わないっての」
 そこから始まって延々二時間、パフェのおかわり二回と間に熱いコーヒーを挟んで、姉崎は喋り続ける。
 その間、紫苑はひたすら相槌を打ったり、回りくどくなる台詞を要約して噛み砕いてみせたりと、聞く力の高さをアピールしていた。
「どうです、ちったぁ元気になりやしたか?」
「そうね、だいぶすっきりしたわ」
 憑き物が落ちた様な姉崎の顔を見て、紫苑はニカっと笑う。
「男のこいはべつフォルダほぞん、女のこいは上書きほぞん、ですぜ?」
「そうねーさっさと上書きしちゃいましょ」
 ところで、ひとつだけアドバイス良いかな。
「あんた、その服はないわー」
 今日の紫苑は「姐御」と書かれた変Tシャツに短パン、ビーチサンダルに麦わら帽子の虫取り小僧スタイル。
「熊が泣くわよ?」
 もう手遅れかもしれないけれど。


 そしてまた別の一日。
 本日は雫のお料理教室、生徒はダルドフと――
「ネージュさんも一緒にどうですか? 見た目も似ていますが、キャラも被っている様で他人とは思えないんですよ」
 キャラとは何だろうと首を傾げるネージュだったが、まあそれは置いといて。
「ネイ、この前これを買ってきました」
 花柄のエプロンを身に着けて、結構やる気になっているが、腕前は多分ダルドフの方が上だろう。
「これは包丁の持ち方から教える必要がありそうですね」
 食堂の厨房を借りて、まずはダルドフに余り手が掛からずに日持ちする煮物系の料理を。
「毎日料理を作るのが面倒と思うでしょうから、一度作れば数日は持ちますよ」
 一度に大量の下拵えその他を行う手間は、この際考えない事にする。
「それに煮物は一度に大量に作れば味も良くなりますから」
 幸いこの地には比内地鶏を始め煮物や鍋物に適した食材が豊富にある。
「後は酒の肴ですね」
 例の「ぎばさ」やハタハタの干物、エゴに岩牡蠣、塩クジラ。
「覚えて置くと経済的ですよ。お店で珍味を買うと高く付いてしますからね」
 え、お菓子?
「ネイにも作れるもの、ありますか?」
 ある、と、思う、けれど。
「それは誰か別の人に教わった方が…え、私に教えてほしいと?」
 知りませんからね、どうなっても。
 警告はした。
 そして出来上がったのは正気度をゴリゴリ削られそうなSAN値直葬の…一応はホットケーキを目指した何か。
「だから、言ったんです。菓子系は苦手だって」
 それでもネージュは喜んでいるが、違うから、それ人間界のスタンダードじゃないから!

 そこへ「だーるどーふくーん、あーそーぼー」の声。
 見れば…あれ、どちら様でしたっけ?
「俺だよ俺!」
 ミハイル・エッカート(jb0544)だ、多分。
 ポロシャツにジーンズという見慣れないラフな格好の為、すぐにはわからなかった。
 よく見ても本物かどうか確信が持てなかったけれど、それはともかく。
「最近のオフ日はスーツを脱いでるんだぜ」
 周囲に気を許してきたのか、それとも日本の夏に参ったのだろうか。
 今日は借りて来たDVDとビールにポテチ、それにゴロ寝の友ビーズクッションを持ち込んでDVD鑑賞会だ。
「ひたすらゴロゴロ、これぞ休日」
 後はピザのデリバリーを頼めば完璧だ。
 勿論ピーマン抜きの特注で、支払いはダルドフの財布から。
「しかし狭いな。それに暑いぞ」
 二人だけなのに人口密度が高いせいだろうか。
「俺達が熱源か」
 扇風機を最強にしても太刀打ち出来ない。
 この暑さのせいか、雫とネージュは部屋に近寄ろうともせず、他の面子を誘って食堂で女子会をする事に決めた様だ。
 しかし汗だくになりながら映画を鑑賞するのも、なかなか出来ない希有な体験ではある。
 あまり積極的に体験したいとは思わないけれど。
「さて、どれから見るか」
 まずは某有名作家のアニメ映画「天空の隣の谷の宅配便」にしてみよう。
 ハートフルなストーリーで泣かせる映画と評判だが――
「ふんっ、まあまあだったな」
 内心ジーンときてウルウルなのは秘密である。
 次は名作ホラー映画「サイレント・バイオ・ヒル」だ。
「ふん、天魔とやりあった俺がこんなもんで怖がるか!」
 心臓バクバク言ってるけど聞こえてないよね。
 他には「山羊達の沈黙」「恐竜の惑星」「モンティ・ダイソン」「ローマ帝国の休日」等々。
「ダルドフの好みはどれだ?」
「うむ、某はやはりあの猫だらけのドキュメンタリーかのぅ」
「ああ、世界まるごと猫まみれか」
 流石は国際猫の日生まれだ。
 ちなみにエロいのは無い、そんなもの見せたらリュールに殺されるからな!
「そうそう、使徒の涼子に会ったぜ」
「ほう?」
「青春を謳歌してる…かどうかは分からんがそれなりに楽しんでた」
「ふむ、楽しそうなら何よりだのぅ」
 出来ればこのまま、戦いに巻き込まずに済めば良いのだが。

 その頃、鳳 静矢(ja3856)は一人で祭を楽しんでいた。
 三日間にわたる大祭の初日とあって、どこも多くの人で賑わっている。
「皆元気があって良いな」
 軽快な祭り囃子が響く中、人波に揉まれながらただ歩くのも悪くなかった。
「これがダルドフが護り今も護っているものか」
 流石にこの規模になると知った顔に偶然行き会う事もなく、ひとしきり見物したら屋台を回って食料を調達。
「二つ…いや三つ頼む。ダルドフだったら食事も結構な量いけそうだしな」
 後は酒屋でビールや焼酎、日本酒を持てるだけ買い込んだ。
「あの酒好きならどれだけあっても多すぎると言う事はあるまい」
 というわけで、大荷物を抱えた静矢はダルドフの部屋を突撃訪問。
「ダルドフ、居るだろうか?」
 開け放した戸口から、熱気と共に返事が返る。
「おぅ、静矢か。上がれ上がれ!」
 まるで自分の家の様に手招きするミハイルに、静矢は「おや」と眉を上げた。
「ミハイルさんも居たのか…奇遇だな」
「おうよ、男同士のDVD鑑賞会だぜ」
 聞くだけで暑苦しい響きだが、そこに静矢が加われば暑さも狭さも倍増だ。
 だが、それもまた良し。
「此処に来る前に近くの夏祭りを見物に行ってな」
 テーブルには既に沢山のジャンクフードが並んでいる様だが。
「せっかくだからと思ったが…少々量が多かったかねぇ?」
「いや、多すぎるくらいが丁度いいぜ」
 朝まで呑んで食い倒す!
 大丈夫、しじみの味噌汁も用意してあるから――インスタントだけど。
「そういえばミハイルさんとは飲むのはこれが初めてだったような…?」
「おぅ、そうだったか」
 依頼ではよく顔を合わせているが、こういった場面では初めてかもしれない。
「しかしこの面子が揃うと何時かのゲート展開を阻止する戦いを思い出すな」
 あれはもう一年近く前の事になるか。
 それ以来この地はほぼ安定しているが、他の場所に目を移せばまだまだ予断を許さない状況が続いている。
「…ダルドフ、秩父の件は貴殿の耳に入っているだろうか。あの現象に心当たりは無いか?」
「うむ、耳には入っておるが、既に天界を離れた身としては何とものぅ」
 二人の会話に、ミハイルは思わず苦笑い。
「秩父か、休日も仕事のこと考えてるのか、真面目だな」
「そういう性分でな」
 苦笑いを返し、問いかける。
「私は近いうちに秩父へ向かう…ミハイルさんもそうだろう?」
「もちろん行くさ。人類を救うなんて大それたことは考えてないが、人間を家畜扱いするやつらが気に食わん」
 ならば勝利を祈願して乾杯といこうか。
「俺達の勝利のために」
 乾杯。
「秩父の騒動が無事に済んだらまた皆で飲もうじゃないか。勿論全員息災でな」
「某はとびきりの地酒を用意しておくかのぅ」
 何かにつけて呑みたがる、それが呑兵衛という生き物だ。
 だが美味い酒が呑める未来の為に頑張るのも悪くない。


 最終日は皆で綺麗な浴衣に身を包んで祭見物だ。
 紫苑はダルドフの肩車、キョウカは胡桃の浴衣の袖をしっかりと掴んで、人混みの中を泳いで行った。
 キョウカはまず入口近くの屋台で兎のお面を買って、頭の脇にちょこんと付ける。
 後はどうしよう、何を見て回ろう。
「お祭りと言えば…甘いものと、射的、ね」
 綿あめ、りんご飴、クレープ、かき氷などなど、甘い物なら何でもお任せと、胡桃は片っ端から二人に奢ってあげる。
 だってお姉さんですもの。
「そう、ね。くまさんにも奢りましょうか?」
 ああ、ダルドフは甘い物が苦手だったっけ。
 残念ながら胡桃お姉さんのサービスは甘味限定、たこ焼きなどの食事系は自分で買ってねー。
「あら。可愛いうさぎ、ね」
 射的の屋台に辿り着いた胡桃は、隣で目を輝かせているキョウカの視線を辿る。
 その先には可愛い兎のぬいぐるみがあった。
「あれが欲しい、のかしら」
「ももねーた、とれる?」
「お任せあれ。こう見えて、元は命厨と呼ばれたインフィ。射的は得意に決まってる、でしょ」
 可愛い子の頼みなら、十個でも二十個でも全部でも落としてみせましょうとも、ええ。
 その宣言通り、目当てのものを一発で落とした胡桃さん。
「ももねーたすごいの!! ありがとうなの!!」
 兎の様に跳ねながら、キョウカは全身で喜びを表現する。
「くまさんも、どう、かしら。娘さんになにか取ってあげたら喜ばれるんじゃないかしら、ね」
「おれ、あれがほしいでさ!」
 紫苑が指差したのは熊のぬいぐるみ。
 射撃はちょっと苦手だが、娘の為に頑張るお父さん。
 因みに矢野家では娘が父に取ってあげる、らしい。
 その隣では拓海が変顔のカピバラぬいぐるみを狙っていた。
「案外簡単だな」
 それはまあ、一般人仕様ですから。
 因みにその変顔カピバラは姉崎が気に入ったそうで。
 ヨーヨー釣りに金魚すくい、目に付く限りの屋台を一通り楽しんで、祭り囃子に引かれるまま一行は盆踊りの会場へ。
「お父さんは太こたたくのもに合いそうでさ」
 しかし、あの櫓はダルドフの重さに耐えられない気がする。
 それはともかく、折角だし皆で踊ろう。
 間違えたって良い、見よう見まねで手足を動かせば、何となくそれっぽく見えるし!
 ユウは自分も楽しみつつ、気ままに楽しむ皆の姿をカメラに収めていく。
 データは後で皆に配り、ダルドフが写っているものはプリントしてリュールへのお土産に。


 その日のキョウカの絵日記には、輪になって踊る皆の姿が描かれていた。
「これはしゅくだいのぶん、なの」
 他に写真代わりに描いたものを人数分、記念として皆に配る余裕もあった。
 一方の紫苑は宿題なにそれ美味しいの状態、そして案の定帰りたくないと駄々をこねる。
 が、そこはダルドフも心得たもので――
「好きなだけ遊んで行くがよかろう」
 ただし、お泊まりはこの暑くて狭い部屋だけど、ね。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
雨宮 祈羅(ja7600)

卒業 女 ダアト
遥かな高みを目指す者・
志堂 龍実(ja9408)

卒業 男 ディバインナイト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
シスのソウルメイト(仮)・
黒羽 拓海(jb7256)

大学部3年217組 男 阿修羅
娘の親友・
キョウカ(jb8351)

小等部5年1組 女 アカシックレコーダー:タイプA
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー