.


マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:15人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/07/30


みんなの思い出



オープニング



 ファンランというイベントをご存じだろうか。
 簡単に言えば、走る事よりも楽しむ事に主眼を置いた短距離ランニングイベントの事である。

 カラフルな色付きの粉を全身に浴びるもの、水を掛け合うもの、泡だらけになるもの、光るものを身に着けて夜に行われるもの――
 端から見ていると、何がそんなに楽しいのかと首を傾げるようなものも多い。
 だが実際に参加してみると、これが何とも言えず楽しい、らしい。

 そして楽しそうな事はとりあえず何でもやってみるのが久遠ヶ原のスタイル。

「ってことで……今回はまず手始めに、粉だらけになってみようぜー!」
 何処の誰が企画したのか知らないが、あっという間にランニングコースが出来上がった。
 コースは全長5km、子供でも走れる距離だが、歩いても構わない。
 それどころかローラースケートやスケートボード、車椅子でも自転車でも、翼があるなら飛んでも構わない――他の参加者の迷惑にならない限りは。
 何しろこれは、タイムや距離を競う競技ではないのだ。
 とにかく楽しめれば良い。
 その一日を最も楽しんだ者が優勝、そして優勝者は一人とは限らない。
 寧ろ目指せ全員優勝。

「じゃあルールの説明しますねー」
 実行委員が手を挙げる。
「付けられた色がよく見えるように、白い服装で参加するのが原則でーす」
 でも、色さえ白ければ形は何でも構わない。
 シンプルにTシャツ短パンでも、純白のドレスでも、何でもOK。
「色の付いた粉、カラーパウダーの原料はコーンスターチです。食べても害はありませーん」
 美味しくないし、粉っぽいし、むせるのは確実だけど。
「目に入っても大丈夫ですけど、やっぱり痛いのでゴーグルやサングラスを着けてくださーい」
 持ってなくても貸し出しますよー。
「あ、色は水で落ちますからねー」
 記念にしたい場合はアイロンで色を定着させる事も出来まーす。

 そしてコースには、給水所の代わりにカラーパウダーを配るブースが何箇所か設置されている。
 ランナーはここで好きな色のパウダーを手に取って……自分で被っても良いし、他人にぶっかけても良い。
 コースの最後には各色のパウダーがシャワーのごとく降り注ぐパウダーゾーンが設置されている。
 ゾーンは色ごとに分けられており、浴びたくない色のゾーンは避ける事も出来るので、狙った一色に染まるも良し、全色浴びてドドメ色になるも良し。
 ゴールした後は、更に粉をぶちまけ合ったり、歌ったり踊ったり、とにかく楽しく何でもやっちゃって!

「では皆さん、準備は良いですか?」

 よーい、どん!



リプレイ本文


 スタート地点にはランナー達が勢揃いしていた。
 アナウンス担当の実行委員は出場者名簿に目を落とす。
『まずは最初にランナーの紹介です!』
 ほぼ名簿順に、学生番号の若い方から――

「ふふふ…楽しい楽しいイベントにしましょうねェ…♪」
 黒百合(ja0422)選手はシンプルにTシャツ短パン姿、しかし何故か背中に大きなリュックサックを背負っています。
 中身もたっぷり入って重そうですが、あれは一体何に使うのでしょう。
 しかし、それよりも更に奇妙なのは傍らにどーんと置かれたドラム缶です。
 まさか、狙った以外の粉を被らないようにする為、あれを被って走ろうというのでしょうか!?
 それとも中に入って転がるのか、或いは乗って転がすのか!?
「残念、どれもハズレだわァ♪」
 不敵な笑みを浮かべる黒百合選手、一体何を企んでいるのでしょうか!

「カラーランと掛けまして年頃の男女と解きます」
 スカイブルーに染まりたいお年頃のクリス・クリス(ja2083)選手、いきなり大喜利だ!
「そのココロは色気づくのが嬉し恥ずかしでしょう」
 これは十歳児とも思えない大人びた謎かけ問答、これは流石にイマドキの小学生と言うべきでしょうか!
 運営に卵の殻を使った粉の制作を要求したのも、このクリス選手です。
 この為に何百、いや何千の卵が割られたことか!
 お陰で暫く学食のメニューは卵料理一色ですが、それでも飽きさせない程度のレパートリーはあると料理長が豪語しておりました!

「さて、カラーマジックを始めましょうか」
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)選手は、まるで純白のサンタクロース。
 白いタキシードにカボチャマスク、そして背には大きな袋。
 事前のリーク情報によれば、あの袋には色水を詰めた水風船が入っているということです。
 色の粉ではなく色水をぶちまけて、会場を混乱の渦に陥れようというのでしょうか!
 水を被った後は、粉の定着が非常に良くなりそうです!

「……」
 さて、次の選手は――おや、おかしいですね。
 名簿には確かに金鞍 馬頭鬼(ja2735)選手の名前が記載されているのですが、気配はすれども姿は見えず。
 しかし、選手の列に不自然な空間が出来ています。
 馬頭鬼選手はそこにいるのでしょうか――あっ、たった今入った情報によりますと、馬頭鬼選手はどうやら光学迷彩スキルを使用して透明になっている様です!
 さて、これは一体何を企んでいるのか、要注目!
 見えませんけどね。

「嫁の前じゃはっちゃけれないからな…」
 浪風 悠人(ja3452)選手は嫁の居ぬ間に心の洗濯といったところでしょうか。
 二人一緒にはっちゃけてしまっても何ら問題はない気もしますが、そこはそれ、色々と他人には推し量ることの出来ない深い事情があるのでしょう。
 上下共に白のジャージに身を包んだ悠人選手、屈伸運動などで軽くウォームアップしながら気負いを入れている様子。
 何やら投球フォームの様なポーズも取り入れているあたり、ただ黙って走るだけではないという気概と意気込みが窺えます!

「まぁ何事も体験だよな」
 礼野 智美(ja3600)選手は白のTシャツと短パン姿でスタートを待っています。
 恐らく彼女の役目は斥候、或いは人柱。
 身内の者達が安全に楽しめるかどうか、まずは自ら確認し、お墨付きを与えたならば次回からは皆で一緒に――という事なのだろうと、勝手に想像しておきます!
「サングラスは貸してもらえるんだろう? 無害とは言っても目に入ったら走るのに支障出そうだからな」
 はいはい、色んなタイプを取り揃えておりますよー。

「ふっふー、今日はいろんな色に染まって行くよ!」
 白ロングパーカーのポケットに両手を突っ込んで、夏木 夕乃(ja9092)選手はくるりと回って見せます。
 パーカーのフードはネコミミ付き、マスクにゴーグルで顔が殆ど見えないのが残念ですが、代わりにポーズで可愛さアピール!
「このパーカー、最後は黒に染める予定だから、どんな色になっても気にしないよ!」
 ドドメ色上等、どんと来いとばかりに胸を張る夕乃選手、最終形態に注目しましょう!

「伊藤運輸! 伊藤運輸をよろしくお願いいたします!」
 社名を連呼しながら現れたのは伊藤 辺木(ja9371)選手!
 ホームグラウンドである運輸業界を盛り上げるべく、デコトラならぬデコチャリで登場しました!
「いいや、これはチャリではない、デコトラだ!」
 おっと、実況に対する厳しいダメ出し、これは意気込みの強さが窺えます!
 どう見てもチャリンコにコンテナ風のダンボールをひっかぶせ、コッテコテにデコレーションしたデコチャリにしか見えませんが、これをトラックだと主張するならそれも良いでしょう。
 しかし! 競技場にトラックの乗り入れは禁止されています!
「な、なんだとぅっ!?」
 それがトラックだと認められた場合、辺木選手は参加資格を失う事に!
「く…っ! 仕方ない、見た目はチャリンコでも魂はトラック! 皆、こいつを心の目で見て見てやってくれ!」
 チャリの器にトラックの魂、なるほどそれなら確かにチャリの皮を被ったトラック、参加資格に問題はありません!
 その前カゴに山と積まれたカラーボールは今回の為の特注品、防犯用と違って匂いはありませんが、定着性は抜群です!

 ミハイル・エッカート(jb0544)選手は上から下まで真っ白、トレーニングウェアと白い帽子で一分の隙もなく固めています。
 これは積極的に染まりに行く為の装備かと思いきや、手には立派な盾を携えているあたり、何色にも染まる気はないという決意表明にも見えますが――
「俺は虹になる!」
 ああ、なるほど。ミハイル選手はどうやらレインボーカラーに染まりに行く模様です!
「だから変に色が混ざるのは歓迎しないんだぜ」
 果たして希望通りに塗り分ける事が出来るのか、その出来映えに期待しましょう!

「ヒャッハー」
 楽しい事が大好きというラファル A ユーティライネン(jb4620)選手、今日は相棒兼恋人である川内 日菜子(jb7813)選手と共にペアで参戦です!
「最近は一緒の依頼になる事も少なかったからなー」
 ラファル選手、超ご機嫌の有頂天マックス!
「俺の全身はほぼ機械、極端な話極部が存在しない仕様だ。って事はつまり素っ裸オッケーって寸法なんだが」
 それは流石にアウトでしょう。
「それもあるんだけどな、ヒナちゃんが怖い顔で見るもんだから」
「当たり前だろう、そんなもの誰彼構わず見せて良い筈がない」
 それはつまり、見ても良いのは自分だけだという遠回しな惚気でしょうか日菜子選手!
「ってことで、今日はボディペイントで全身真っ白だ。念の為に極部は眩しくて何も見えない仕様で誤魔化したぜ!」
 しかしラファル選手のボディは一見して人体と見分けが付かない程の偽装度を誇ります!
 見分けが付かないという事はモロ出しも同然!
「つまり素直に服を着ろという事だな。このままでは出場停止だ」
「くっ、偽装度の高さが仇になったぜ」
 隠れてさえいれば紐でも構いませんのでねー。
 何かしら身に着けておいて下さいねー。

「…章兄、ぼくと一緒に走ってくれませんか」
「章治兄さまも一緒になの、ですよ?」
 シグリッド=リンドベリ(jb5318)選手と華桜りりか(jb6883)選手、二人の弟妹分に挟まれて、門木章治(jz0029)選手は両手に花!
 花ならいっそ二人とも白のワンピースで決めてほしかったところですが、シグリッド選手が泣きそうだったので、流石にそれはやめてあげたという前情報が入っております。
 シグリッド選手は上下の白ジャージ、りりか選手はワンピースにお馴染みのかつぎ、そして門木選手はいつもの白衣での参戦となります。
「章兄、髪鬱陶しいって言ってたので」
 おっとシグリッド選手、ポケットから何やら光るものをじゃらじゃら取り出した!
 これはヘアピンです、しかも猫型です!
 身体と尻尾をピンと伸ばしたピンクや黄色、水色のシルエットが前髪と両脇にセットされました!
 そして仕上げは、やはりこれも猫の顔が付いた黄緑糸のヘアゴムで襟足を結ぶ!
 余ったヘアピンは白衣の胸ポケットに並べて留めました!
「可愛いのです」
 中年男が可愛くてどうするというツッコミは許さない雰囲気で、シグリッド選手はこくりと満足げに頷きます。
「章治兄さま、こんな時に使える何かおもしろい開発はない、です?」
「…ん…こんなのは、どうだ?」
 りりか選手に問われて取り出しました、秘密兵器――
「…これは、粉を定着させる為の、魔法のスプレーだ。これをかけた所には、確実に粉が付く」
 ってそれ、ただの霧吹きじゃないですかー。
 しかも中身はただの水じゃないですかー、確かに濡れた所にはしっかり粉が付きますけど−。
「…あとは…貼った所に桜の花が浮き出る魔法のお札、とか」
 それ、ただの花びら型に型抜きされたシールですね?
「あ、それは良いもの、なの」
 りりか選手、花びらシールを早速あちこちに貼っていきます。
 これで上手くすれば、桜吹雪の模様が出来上がるかもしれません!

「白も立派な色だと思うんだよねー」
 藍那湊(jc0170)選手はシャツに半ズボン、靴下からスニーカーまで全てが真っ白の徹底した白装束。
 ズボンのベルトには、白い雪だるま型の人形がぐるりとぶら下がっています。
「色んな色の雪だるまもきっと可愛いよね」
 なるほど、上手く一色ずつ染まれば並べてレインボー雪だるまが出来上がりそうです。
 様々な色が混ざっても、それはそれで可愛らしくなるでしょう。

「今日は、仕事学業忘れて、目一杯、羽目を外します」
 アルティミシア(jc1611)選手は真っ白いワンピース姿。
 胸の辺りが何やらゴワゴワした感じに見えますが、あれは…?
「胸に、スマイルマーク、描きました。糊で」
 ほうほう、そのゴワゴワは糊ですか。
「色を、定着させ、糊をはがせば、前衛的スマイルワンピースの、出来上がり、です」
 なるほど、では出来映えに期待しましょう!

 以上、本日の出場選手15名のご紹介でした。
 それでは引き続き、イベントの中継をお楽しみ下さい!


 カウントダウンが始まった。

 5、4、3――

『おぉっと黒百合選手、ここでティアマットの召喚だ!』
 スタートと同時にティアマットがその長い尾を一振り、傍らに置かれたドラム缶を引っ繰り返す!
『なんと、その中身は真っ黒な粉! そしてぶちまけられた粉に向けて悠人選手が封砲をぶっ放し、更に派手に舞い上げて拡散させました!』
 画面真っ黒で何も見えない。
 不意打ちを喰らったランナー達は、なすすべもなく真っ黒に染まる。
 そこに追い討ちを掛けるのは色水風船を投げ付けるエイルズレトラ、無差別攻撃で黒に色を重ねていった。
『エイルズレトラ選手、色水風船を投げ付けながら他のランナーをしきりに挑発しています!』
 レースは早くも混戦模様、しかし騒ぎの中心にいる筈の黒百合は、まっさらな服のままで悠然と立っていた。
「物質透過か、だが色を被らない不届きなヤツはこれで封じてやるぜ!」
 各種攻撃を盾で回避したミハイルが阻霊符を発動する。
「あらァ、別に色を被りたくなくてやった訳じゃないんだけどォ♪」
 それは粉塵爆発を警戒し、万が一の状況に備えて爆発時の衝撃などを回避する為。
 しかし。
「その心配はないだろう、私の他に火を使う者はいないようだし――」
 そう言ったのは全身真っ黒になった日菜子さん。
 後ろで揺れるポニーテールのお陰で、辛うじて判別が出来た。
「アウルといえど私のソレは火に変わりはない、だが何事もなければスキルは封印しておく」
 だから大丈夫、もし馬鹿な真似をする者がいれば、その時は注意して聞かなければ鉄拳制裁だ。
「この催しの安全は私が守る」
「ヒナちゃんは真面目だなー、もっと気楽にやろうぜ?」
 でもそこが良いとかなんとか惚気つつ、ラファルは真っ黒になった日菜子のシャツを脱がそうとする。
「ヒナちゃんも裸になろうぜ、遠慮はいらねーから」
 え、だめ? それは残念。
「それより走るぞ、ラル」
 別に優勝を狙うつもりはないが、ランニングイベントであるからには走りを存分に楽しまないと。
『粉の補給所、略して給粉所はスタートから500mの地点です!』
 え、給粉所が先の方にあるのに、何故ドラム缶や水風船、カラーボールその他諸々を最初から持っている人がいるのかって?
 そんな疑問を持ったキミに魔法の言葉を教えてあげよう。
『細けぇ事はいいんだよ!』

 スタート直後、地上にいた大部分の者は黒粉を被り、更には水風船によって粉を溶かされた上に、様々な色と混ざり合ってドロドロにされていた。
 だが盾で守られたミハイルと、その後ろに隠れていたクリスはまだ、どんな色にも染まっていなかった。
「流石はミハイルぱぱ、頼りになるね。今日からイージスのミハイルと名付けよう☆」
「ふ、ガードは俺に任せておけ」
 クリスに褒められたミハイルは自慢げに胸を張る。
 ただし、パパの虹作りを邪魔しない限りにおいては、という条件付きだが。
「邪魔をするなら容赦なく反撃するぜ?」
「しないしない、さあ出陣だー」
 両手に山盛りの色粉卵を抱えたクリスは足取りも軽やかに走り出す。
「くっくっく。簡単に自分の色が出せるほど世の中甘くないよ」
 とは言え後ろから投げ付けるなんて卑怯な真似はしないのです。
「正面から投げるには、頑張って皆を追い越さないと!」
 顔を上げたクリスはコースの先に視線を向ける。
 と、そこには自前の翼で黒粉の難を逃れた者達の姿が――

「飛んで逃げようたってそうはいかないぜ!」
 ミハイルは給粉所に向けて一直線に飛ぶ湊の身体を星の鎖で絡め取り、地上へ引きずり下ろす。
「ふわぁー、なにするのさー」
 湊は抗議の声を上げてみるが、これも勝負のうちだ。
「この借りは後で必ず返すからねー」
 そう言いつつ走り去る。
 続いての標的はデビルウィングで宙を行く――と言えば何処かの正義の悪魔の様でカッコイイが、その飛び方は何とも頼りなくふよふよ〜んな感じのアルティミシア。
「人間界には、レディファーストという、美しいしきたりがあると、聞きました、が」
「甘いな、ここは戦場だ」
 なに、ダメージを与えるスキルではないし、撃退士なら墜落くらいではビクともしない。
 ただ暫く飛べなくなるだけだ。
「存分に粉を被ると良いぜ!」
 その言葉通りに四方八方から飛んで来る粉。
「ペッペッ、うぅ、口に入りました」
 食べても安全とは言われていたけれど――
「安全と、美味しいは、違うのです、ね」
 アルティミシア、覚えた。
「ゴールに、辿り着く、頃には、ボクどうなっちゃうん、でしょう、か」
 ピンクに水色、黄緑、黄色、赤、紫、オレンジ…順調に良い色に染まりつつあるワンピース。
 この程度ならまだ、カラフルで綺麗だと言えるだろう。
「でも、きっと、このままでは終わらないん、です、ね?」
 はい、終わりません。
 まだまだ始まったばかりですから!

 そしてもう一組、空を飛んで逃れた者達がいた。
「あの危なっかしい飛び方は門木先生か」
 どうやら咄嗟にシグリッドとりりかの二人を抱えて飛び、そのまま給粉所に向かうつもりらしい。
「だが俺はハードボイルドだ、例え先生だろうと女子供だろうと容赦はしないぜ」
 とは言え門木は天使的一般人、撃退士と同じ様に扱えば怪我をするのはほぼ確実だった。
「ちっ、仕方ないな」
 今回は見逃してやるんだぜ、その代わり下に降りたら容赦なく粉まみれにしてやるんだからな!
『ミハイル選手、流石のハーフボイルドでした!』
 煽る実況、でもそこが良いんですよ、ね!

 そんな葛藤があったとも知らず、どうにか無事に飛び続けた門木は給粉所の前に二人を降ろす。
 そこには既に小さな人だかりが出来ていた。
「粉を入れた卵なの、です?」
 りりかは桜色に染まった卵を手に取ってみる。
 殻の色が中身に対応しているのだろうか。
 だとしたら、このイースターエッグの様なカラフルな卵は何色だろう。
「章兄の好きな色は変わって無いですか?」
 首を傾げるりりかの横で、シグリッドは青色の粉を探す――が。
「あれ、青がないのです」
 もしかしたら給粉所ごとに置いてある色が違ったりするのだろうか。
「青ならもう、先に来た選手が全部持って行っちゃいましたよ?」
 きょろきょろしていると、係の者が教えてくれた。
「次の給粉所ならまだあるんじゃないかな?」
「ありがとうなのです」
 ぺこりと頭を下げ、シグリッドは門木の手を引く。
「急ぐのですよ、章兄…!」
 ところが、その時――

 ばっさぁ!

 頭上から色とりどりの粉が降って来た!
「皆さん、俺の色に染まって下さい!」
 それは、赤、緑、黄色、ピンク、様々な色の入ったバケツをかっさらった悠人の声。
 全力跳躍からの最大高度で中身を全てぶちまける!
「げほっ!」
 バケツを逆さにした勢いで自分も粉を被ったけれど、気にしない!
 煙の様に広がる色とりどりの粉を満足げに見つめた一瞬後、悠人の身体は重力に抗しきれずに落ち始める。
 だが、タダでは落ちない。着地の際に思いきり粉を巻き上げ、蹴散らして次の給粉所へ走る!
 その背に投げ付けられる無数の卵、だが悠人は脇目もふらずに一目散。
「追いかけるの、です」
 腕いっぱいに桜色の卵を抱えたりりかは、決意に満ちた表情でこくりと頷いた。
「楽しくなってきたの…」

 青い粉を根こそぎ持って行ったのは、縮地で黒粉を逃れ、そのままダッシュで給粉所に一番乗りした智美だった。
「ふーん、色を定着させる事も出来るのか。じゃあその後も着られるように、青一色にする事目指してみるか…」
 という事で青粉を独占した智美は、周囲に誰もいない事を確かめてから、それを頭から被る。
『しかし何ということでしょう! そこには馬の亡霊がいたのです!』
 アナウンスに驚いて後ろを振り返れば、そこには確かに馬がいた。
 しかも青い。
『解説しよう、その馬は亡霊ではない! いや、そもそも馬でもないのだ!』
 首から下をよく見るが良い、彼はれっきとした人間――いや天魔ハーフだ。
『更に解説しよう、彼は光学迷彩を使用して透明になっていたのだ。そこに青粉を被ったものだから、輪郭が青く浮かび上がって亡霊の様に見えたというわけだね!』
 因みにお馬さん、最初の黒粉インパクトで空中に逃れ、そのままここまで飛んで来たところで効果が切れた次第。
「つまり先客だったという事ですか」
 智美の問いに、お馬さんはこくりと頷く。
「それは、ええと、申し訳ない事をしました」
「いや、大丈夫です」
 お馬さんは「少し下がるように」と手で指示を出した。
「粉など、こうすればすぐに――」
 ぶるるるるっ!
 まるで犬が水滴を払う様に身体を震わせ、粉をふるい落としたお馬さんは再び透明に!
「どうも、お騒がせしました」
 その声を残し、透明馬人間はいずこへかと去って行った。
 コツ、コツ、遠ざかる蹄の音だけを残して。

 一方、もわもわのカラフルな煙から転がる様に走り出て来たラファルは、その染まり具合に少々ご不満な様子。
「なんかこう、絞まらねー色付きだな。ボワっとしてるっつーか」
 言われてみれば、確かに色の境目が曖昧で、全てがユルく混ざり合った様に見える。
「じゃあラルはどんな感じに染まりたいんだ」
 続けて煙を抜けて来た日菜子が訊ねる。
「そうだなー、もっとこう、キリッとスパッとビシッとしたのが良いな!」
 ついでにキラキラしてればもっと良い。
「スーパーレインボーマンに俺はなる! 勿論ヒナちゃんも一緒にだ!」
 日菜子の手を取ったラファルは、ダンスのスキルでアクロバティックに踊りながら走る。
 くるくる、くるくる、相棒をブン回し、時には抱き上げ、或いは逆に抱っこされながら走る。
「おっ、なんかあっちにすげーのがあるぜ!」
 指差したその先では、色とりどりの粉が間欠泉の様に地面から噴き上がっていた。

 デコチャリ辺木は真っ黒に染まりつつ爆走していた。
「突っ走るだけ…なんて爽快感溢れるイベントなんだ…!」
 風を切って走れば、被った粉も吹き飛ばされる筈!
「これはノりにノるっきゃねぇ! ランニング運輸業宣伝デコマシーンと化すんじゃー!!」
 伊藤運輸チャリンコバージョン、人力アクセル全開でぶっちぎり、トップに躍り出た!
 しかし、これはスピードを競うレースではない!
「わかってるって!」
 先頭に出た所で急ブレーキと共にドリフトでUターン、走って来る集団に正面から向き合った。
「いくぜ、伊藤運輸の作業着カラーに染め上がれー!!」
 辺木は猛然とペダルを漕ぎつつ逆送し、禁断の片手運転でカラーボールを投げまくる!
 しかし集団から飛び出したミハイルがこれを迎撃!
「そっちがカラーボールなら、こっちは色水鉄砲だぜ!」
「うおぉぉミハイルさんがおもっくそ狙ってくる!」
 カラーボールと水鉄砲の応酬、しかし盾に守られたミハイルが圧倒的に有利だ!
 おまけにクリスが投げた卵も遠慮なくぶち当たる!
「カラフル卵はランダムな色で、この星のマークはキラキラのラメ粉だよ!」
 蛍光イエローと蛍光グリーンが混ざったところにラメ粉が乗って、辺木は全身キラッキラだ!
「負けるか! こっちはハナっからデコっとんのじゃ!」
 運輸業界の意地と誇りにかけて!
「カラーボールで配送スタッフに染め上げてくれるわー!! 」
 この色の作業着を着ている人には問答無用で配送のバイトに入って貰いまーす。
「業界は今、お中元シーズンで忙しいんじゃー!」
 しかしその攻撃を盾で防ぎ、ミハイルはデコチャリを迎撃!
「だが、これじゃ物足りないな」
 給粉所に走ったミハイルは何故かそこにあった一斗缶をぶちまける。
 中身はドロリとした濃紺の塗料だ。
 仕上げに水鉄砲で白ラインを描けば天の川の出来上がりだ。
「そらよ、ミルキーウェイだ」
 旧暦の七夕はもうすぐだ、丁度良いデコレーションだと思わないか?
「じゃあボクはもっとキラキラにデコってあげるよー」
 ラメ粉をどばーっと!
 ついでに割れた卵の殻とか色々くっつけて、デコ辺木の出来上がりー。
「デコって言うよりコラージュかな?」

 さて、レースも中盤にさしかかり、皆さん走る事よりも色のぶつけ合いに夢中になり出した頃。
 夕乃はひとりマイペースに、のんびりと歩を進めていた。
「粉投げの人多いみたいだから、あえてかけられに行くよ!」
 どんな色でも避けず逃げず、ドドメ色も気にしない。
 くるくる回ってポーズを取って、踊るようにステップ踏んでまたポーズを取って。
「でもあのちょっと、あんまり本気で投げないで」
 たまに痛いから、手加減してね?
「写真とか撮っても良いよ?」
 片手を腰に当てて、片手を上に、人差し指でビシリと天を指す!
 次はモデル歩きからの斜め四十五度モデル立ち!
「あっ、シグさん、カドキング先生!」
 知った顔を見付けて、ひらひら手を振る。
「夏木さん、お久しぶりなのですよー」
 顔色の悪いシグリッドが手を振り返す。
「ぼくは緑が好きなのですよ」
 という事で、濃淡明暗各種のグリーンで染めてみました。
 勿論顔も緑色です。
「ここの給粉所では色の調合も出来るのです」
 今、シグリッドは門木の好きな各種青色を作っている最中だった。
 アイスブルーにスカイブルー、サファイアの様な青に、ラピスラズリの様な青、それにミントグリーンやライムグリーンなども好きらしい。
 調合が出来たら霧吹きで白衣を湿らせて、そこに色をひとつ。
 また別の場所を湿らせたら、今度は別の色を置いて。
「ぼくの緑も、こうやって染めたのです」
「あの、夏木さんもいかが、です?」
 りりかが白い卵を手に声をかける。
「え、まさかそれ生卵?」
「白い粉、なの…です」
 ですよねー。
 色を重ねすぎたところには、敢えての白を。
 かく言うりりかのワンピースは、桜色と朱赤をメインに蛍光イエローと蛍光グリーンでアクセントを付け、色が濃くなりすぎた所には雲の様に白を散らしてある。
 かつぎには桜色のラメが光っていた。
「じゃあお願いしようかな」
「わかりました、なの…です」
 りりかは召喚した鳳凰に卵を持たせてみる。
「よろしくお願いします、です」
 鳳凰は夕乃の頭上に舞い上がり、卵をぱっかん。
「わあ、雪みたいだね!」
 これでまた、別の色に染まれるかも?

 その頃、ラファルと日菜子は間欠泉地帯に足を踏み入れていた。
 足元から突如として湧き上がる大量の粉、どこに何色が仕掛けられているのか予想も付かない。
 スカートを穿いた女子の真下から噴き上がった場合、ププッピドゥな事になりそうだが――二人には多分関係なかった。
「よし、ここでドバーンと浴びてくぜ!」
 ラファルは間欠泉を渡り歩き、思いっきり粉を浴びる。
「こんだけ浴びりゃもう服はいらねえな!」
「いや、そんな筈ないだろう」
「そんな硬いこと言うなよヒナちゃん」
 すぱーん!
「そう恥ずかしがるなよ、いいから俺だけ見ろーっ!」
 ニンジャヒーローぺかーっ!
 これで相手の目を惹きながらも「見えてはいけない部分」は光り輝き眩しくて見えない、高度なカモフラージュが完成!
 多分これで誤魔化せている筈。多分、多分。
 以後、この会場で二人の姿を見かけなくなった場合は――クラリンちゃんに連行されたものと思ってください。

 混戦模様の会場で、ミハイルは虹色に染まっていた。
 右足は紫、左が藍色、腰が青で胸が緑、右手が黄色、左手がオレンジ、そして頭が赤――の予定なのだが、左手のオレンジがなかなか染まらない。
「違う、それじゃない」
 悠人が際限なく投げ付けて来る粉を悉く盾で防ぎながら、ミハイルはオレンジ色を持っているランナーを探した。
「オレンジはもう、どこの給粉所にもなかったと思いますが」
「なんだと!?」
 悠人の言葉に、思わず膝から崩れ落ちそうになるミハイル。
 冗談じゃない、せっかくここまで完璧に染めたのに、最後の一色が染まらないなんて!
 しかし、そこに現れた救世主!
「橙色、なのです、ね。作って来るの、です」
 調合が出来る給粉所まで戻ったりりかは赤と黄色を混ぜ合わせ、バケツに入れて鳳凰に持たせる。
「ミハイルさんのところまで届けて下さい、です」
 そして言いつけ通りにバケツを運んだ鳳凰は、ミハイルの頭上からバケツの中身をどばーっ!
「ん、これでレインボーパパの完成だね!」
 仕上げにクリスがキラキラのラメ粉を振りかける。
 後は一切の粉を被らないように、ダッシュでゴールまで駆け抜けるだけだ。

 そして宴はクライマックス、それぞれに個性的な色合いに染まったランナーがゴールに向けて走る!
 しかし、彼等の行く手にはまだ最大の試練が待ち受けていた!
『黒百合選手が背中に背負ったリュックには、黒粉がどっさり詰まっていました!』
 脅威の移動力で先回りをし、壁走りと無音歩行でゴール前のゲートに貼り付き身を潜め、やって来るランナーの頭から黒粉をぶっかける!
『カラフルな色が、忽ち黒に呑み込まれていきます!』
 しかも黒百合、変化の術で他の参加者の姿に化けている。
『これは何と言うか、色々な面で良い性格をしていると褒めるべき所でしょう!』
 だが、物事はそうそう計画通りに行かないものだ。
「そうはさせないよー」
 颯爽と現れたのは、白いバケツを抱えた湊。
 上空でそれを引っ繰り返し、全てを白に塗り変える!
「黒より白の方が強いと思わない? 黒の上でも白なら映えるし、白紙に戻せばやり直す事も出来るしね」
 しかし、せっかく綺麗に染めたものを白紙に戻されてはかなわない。
「残念だったな、星の鎖はまだ一回分残ってるんだぜ!」
 ミハイルが鎖に絡めて引きずり下ろす、が、湊は動じた様子もなく、今度は筆に持ち替えて白粉を直接塗りたくる。
「ほら、良いアクセントになるよー」
 それも阻止されれば弓に粉の袋を付けて打ち上げてみたり、降り注ぐ粉を扇で仰いで拡散させてみたり。
「ふふ、楽しくなってきたー」
 悪乗りが高じて悪魔の血が顕現、平たい更に粉を山盛りにして――
「そうそう、借りは返すと言いましたよね?」
 パイ投げの如く、ミハイルの顔面にびったん!
「おや、よくお似合いですよー」
 そんな中、ひとつの影がゴールに向けて走り込んで行く。
 それは全てのパウダーゾーンをくぐり抜け、その度に身体の色を変え、そして最終的には白く輪郭が浮かび上がった、お馬さんの姿。
 しかし、すんなりゴールには入れない!
 そこに立ちはだかるラスボス、エイルズレトラ!
「さて、シマウマにしてさしあげましょうか、それとも水玉模様にしますか?」
 色水風船を手に微笑む白サンタ、持ち前の回避能力を活かし、ここまで何色にも染まらずに駆け抜けた模様!
 しかし、この場面では全てのランナーを一手に引き受けなければなりません!
「逃げられないように、動きを止めれば良いの、ですね」
 りりかは式神・縛を発動、白サンタの動きを止めた!
 直後、ここぞとばかりに卵が飛ぶ!
『特に悠人選手、日頃の弄られてる自分やツイテナイ自分を振り払う様に全力で投げる! 投げまくる!』

 かくして、ラスボスは倒れた。
 ボスを倒す事が目的ではなかった気もするが、何となく良い感じに纏まったので、それで良しとしよう。
「これも思い出です」
 ものすごく前衛的な色に染まったワンピースを見て、アルティミシアが頷く。
 表情は薄いが、内心とても喜んでいる様だ。
 りりかも出来映えには満足な様子。
「記念に残しておきたいの…」
 そして響き渡る夕乃の笑い声。
「だってだって、ゴーグル取ったらみんなカラフルな逆パンダみたい!」
 確かに。
 でも夕乃の様にマスクも付けていた場合は――何と表現すれば良いのだろう。

 ともあれ、皆様お疲れ様でした!


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
金鞍 馬頭鬼(ja2735)

大学部6年75組 男 アーティスト
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
撃退士・
夏木 夕乃(ja9092)

大学部1年277組 女 ダアト
しあわせの立役者・
伊藤 辺木(ja9371)

高等部2年1組 男 インフィルトレイター
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
烈火の拳を振るう・
川内 日菜子(jb7813)

大学部2年2組 女 阿修羅
蒼色の情熱・
大空 湊(jc0170)

大学部2年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
破廉恥はデストロイ!・
アルティミシア(jc1611)

中等部2年10組 女 ナイトウォーカー