定休日の旅行代理店、その応接コーナーには門木と助っ人達が顔を揃えていた。
「章兄はぼくがお嫁さんに貰うのでお見合いは要らないのですよ…!(がるるるる…!」
シグリッド=リンドベリ(
jb5318)は門木の腕にしがみつき、見えない相手を威嚇する。
だが、門木は慣れた様子でその頭をくしゃくしゃと撫でた。
「…ん、そうだな」
ちょっと待って、それどういう意味?
まさかお嫁さんになる事を認めた――なんて事は多分、いや。ほぼ確実にない。
(章兄は、ぼくが「章兄をお嫁さんにする」って言う度に「頑張れ」とか、頭を撫でたりするのです…)
あれはどういう意味合いだったのだろう。
もしかして親戚の幼児が「おおきくなったらおにーちゃんのお嫁さんになるー!」とか言っているのと同レベルに思われていたのだろうか。
シグリッドの目が泳ぐ。
と、それはさておき(おいとかれた!
「ホントいつも悪いわねー、世界の命運を賭けて戦う戦士達を便利屋みたいに使っちゃって」
冷たい麦茶をテーブルに置きながら、お姉さん――悠里は苦笑い。
「構わないよ、Miss.ユウリ」
麦茶のグラスにポケットから取り出したウィスキーを垂らしながら、ディートハルト・バイラー(
jb0601)が微笑む。
「人助けも大切な任務だと、生徒手帳か何かに書いてあったしね。それに美人の頼みとあらば断れる筈もないだろう?」
「相変わらず口が上手いのね」
そう言えば最初に紹介されたあの女性とはどうなったのだろうと思いつつ、悠里は促されるまま隣に座る。
「それにしても楽しそうな事になってるじゃないか、言ってくれないなんて水臭いぞ?」
ディートハルトが門木の背中を小突くと、答えるより先に悠里が口を尖らせた。
「楽しくないわよ全然!」
子の心親知らず、どうせなら娘の背中を押してほしかった。
「オバチャンまだお見合い諦めてなかったのですねー…」
「あれ以来話を聞いていなかったので、もう落ち着いていたのだとばかり思っていましたが、続いてたんですか…」
アレン・マルドゥーク(
jb3190)とカノン(
jb2648)も、ディートハルトと同じく初回からの付き合いだ。
「確かに一度は諦めたのよ」
悠里が虚ろな眼差しを天井に向ける。
「でも、なんか良い伝手を見付けちゃったらしくて」
それを聞いて、カノンはそっとこめかみを押さえた。
「定期的に天使の女性のお見合いを斡旋できるってどういう人脈なんですか…」
「我が母ながら恐れ入るわー」
などとボヤいていても始まらない。
悠里は期待の眼差しで一同を見た。
「そんなに暇なら、人じゃなく捨て犬捨て猫の里親探しのボランティアとかすればいいと思います、あれもある意味お見合いですし」
シグリッドの声は、何だかふて腐れているように聞こえる。
「人を見る目はありそうな方ですし、コミュ力とか必要なのできっとぴったりだと思いますよ…!」
ただし、犬猫が好きでなければ務まらないが。
「勝山さん動物はお好きなのですね」
それなら大丈夫と、シグリッドは頷く。
「そんなわけで章兄のお見合いはもう持ってこなくて大丈夫です」
「わかったわかった、もー、可愛いわこの子」
なでなでなで。
「お兄ちゃんを盗られたくないブラコン弟の必死の抵抗って感じ?」
「ち、違います…!」
弟じゃないし!
妹でもないし!
「悪い人では無いのでしょうけど…困ったものです」
こくり、雫(
ja1894)が頷く。
これが悪意のある嫌がらせか何かなら、強く言って止めさせれば良いし、それでも効き目がないなら法に訴える事も出来るだろう。
しかしこれは恐らく100%善意。
「あくまで厚意である以上、あまり無碍に扱う事も出来ませんし…」
どうしたものかと眉を寄せるカノン。
「俺としては…そうだな、おせっかいを無理にやめさせる必要はないと思うね」
それが趣味なら尚更だと、ディートハルトは更にウィスキーを注ぎ足す。
「俺だっていきなり酒を飲むなと言われたら困ってしまうからな…少し違うが、同じことだよ」
麦茶のウィスキー割りと化した液体を喉に流し込み、ディートハルトは実に満足そうな笑みを漏らした。
「だから、そう…困らない範囲でお節介を焼いてもらえばいい、誰かに喜ばれる方法で」
「それはわかってるのよ」
悠里がピシャリと言い放つ。
普段はお客様相手に腰を低くして頑張っている分、プライベートでは遠慮を知らない様だ。
「だから具体的に何をさせようかって話なんじゃない」
「ああ、そうだったね…これはすまなかった」
口調とは裏腹に目元は楽しそうに笑っている。
もしかして酔っているのだろうか。
「もう、このヨッパライ!」
ディートハルトはグラスを取り上げられた。
「別の熱中できる趣味ですかー。他人のお世話に情熱注ぐタイプなのですねぇ」
こくり、アレンが頷く。
「とにかくおばちゃんのお節介の方向を先生以外に向ければ良いのですよね…」
カノンは相変わらず眉間に皺。
とはいえ、場合によっては迷惑のたらい回しになりかねない。
「強すぎる押しの人を全く関係ない方に押し付ける形になるのも、あまりよろしくはありませんね」
今のところ接点はないが、全く無関係でもない、という相手なら心当たりがあるけれど。
「サトル君、マサト君、アヤさんは、一般の方とあまり関わらせない方が良いのでしょうか?」
「ん? 誰それ?」
悠里が訊ねる。そう言えば、彼等の事は秘密ではないが、積極的に言いふらすこともしていなかった。
「…新しく増えた、うちの居候だ」
門木が答える。
訳あって使徒となった彼等はまだ中学生、ついこの間まで天魔とは無縁なただの子供だった。
「具体的な行動は別にしても、よく話を聞いてくれる相手が出来るだけでもだいぶ違うでしょうし」
「…確かに、普通のオバチャンとの接点は必要かもしれないな」
かつて自分達が属していた世界に通じる一本の糸として――いや、この場合は極太の毛糸かもしれないが。
深い事情は言えないにしても、久遠ヶ原の住人なら色々と察してくれそうだし、オバチャンの方でもお節介センサーが反応するに違いない。
「そうなると、そのまま風雲荘付きのカウンセラーみたいになりそうですが…」
しかし、それを聞いて門木が顔色を変えた。
何故か悠里までもがぶんぶんと首を振っている。
「…家には、お袋がいる」
門木にそう言われても、最初は何が拙いのかわからなかった。
暇を持て余している者同士、意気投合すれば仲間が増えてどちらも満足、良い事ずくめ――いや、待て。
「何故でしょう、私も嫌な予感がしてきました…」
寄ってたかって弄られる未来しか見えない。
「この案は封印しましょう」
「…うん、それが良い」
そんな二人の様子を眺めていたアレンは、ふむふむと意味ありげに頷いた。
。O(章ちゃんの好きな子って…あの娘ですよね)
遊園地での様子といい女子会での様子といい――そして今といい、これはもう間違えようがない。
。O(年齢も近そうだし、真面目な所もお似合いだと思うのです)
アレンはそれこそ世話焼きオカンの様な目で二人を見る。
。O(…オバチャンとリュールさんが合流したら、二人の距離を縮める活動に繋がったりして…)
と言うかこれはもう餌として投げ込んじゃっても良い気がします。
嫌な予感ってつまり、そういう事でしょう?
とは言え、今は黙って見守る構え。
「封印する必要はないかもしれませんよー?」
ここは久遠ヶ原学園の島、ということは学生が大勢いるということで。
「結婚願望あれど出会いを掴めない、いわゆる非モテな皆さんも一定数いらっしゃるでしょう」
と言うか、確実にいる。
「それと何より天魔の被害に遭われた結果アウルに目覚めたりなど、親しい身内亡くしている小さな子から大きな子まで大勢な印象ですしー」
サトル達、黒咎の三人もそこに含まれるだろう。
「めざせ! 学園島のおかあさん――とかどうですかねー?」
踏み込まれる事を嫌がる子もいるだろうから、自由意志で学生の方から遊びにこれる感じが良さそうだ。
「商店街の空き店舗などを利用するのはどうでしょうねー」
「でも美奈子さんの性格を伺うと、ただ待っているだけでは退屈しそうな気もしますね」
雫が言った。
基本的には待ちの姿勢で良いだろうが、時にはアグレッシヴに動く事も必要なのではないだろうか。
「例えば…引きこもりのカウンセラー等はどうでしょう」
彼等が自分から巣を出る事は、まずない。
それならこちらから攻め込んでしまえという作戦だ。
「ただ、逆上された時の護身術や制圧方法が無いのは危険ですかね」
オバチャン、護身術や制圧法を習う気はあるだろうか。
「最低でも護身術は習得して貰わないと、何かあった時に対処出来ませんからね」
もっとも、相手が能力者では逃げるが勝ち――いや、逃げても無駄かもしれない。
そこは他のボランティア撃退士と組ませたりすれば大丈夫だろうか。
「他には…そうですね、集団お見合いのお手伝いなんかはどうですか?」
こちらは危険を伴わず、かつ店の利益にも繋がるだろう。
「悠里さんが旅行代理店を引き継いでいるなら、お見合い旅行プランを作って貰えれば人も集まって悠里さんの利益も出ます」
「そうねー、そうやって手伝って貰えれば助かるんだけど」
悠里は苦笑い。
「なんか仕事っぽくてイヤだって言いそうね」
ところでオバチャンは旅行は好きだろうか。
「ああ、それは好きね」
「でしたら、美奈子さんは現地で司会等を行えば安く色んな所へ旅に行けるし、お世話を焼く事も出来て一挙両得かと思います」
「そうね、提案してみる価値はあるかしら」
上手く乗せられてくれれば、雫の言う通り売り上げアップに繋がるし。
「そこは誰か口の上手い人に――」
ちらり、悠里はディートハルトを見る。
「わかった、任されよう」
「ありがと。母さんシブいオジサマに目がないのよねー」
因みに近頃の門木はシブさが足りないそうな。
「アタシは今の方が良いけどね」
さりげなくアピールしてみるが、もう遅い。
と言うか、悠里は「違う」のだ。
「…誰が一番とか、そういう事じゃないんだ」
少し言いにくそうに、そして申し訳なさそうに、門木が言った。
それはパズルのピースの様なもので、一人ひとりにそれぞれのポジションがある。
もし誰かがいなくなったとしても、その場所は誰にも埋められない――ピースの形が違うのだから。
それぞれが唯一無二で、どのピースにも二番目なんてものはなくて。
「…だから…機嫌、直してくれないかな」
門木はシグリッドの頭に手を置いた。
「えっ、ぼ、ぼく機嫌悪くなんてないのですよ…!」
嘘じゃない。
ただ、自己嫌悪でべっこべこになっているだけだ――とは言わないけれど。
「…お前の場所は、お前だけのものだから」
それは、望んだものとは違っているかもしれないけれど。
「ところで、章ちゃんはお母様にも趣味を見つけて欲しい感じですかー」
「…ああ、うん…出来れば、だけど」
「運動ならタロとお散歩とかー」
でも早起きは苦手だとか暑いとか寒いとか、色々文句をいって結局は何もしない気がする。
それにお散歩係は決まっているし。
「先日子育てはベテランだって自ら子守をかってでてましたよね」
アウルに目覚めた子の保育園や幼稚園は、面倒を見るの大変だと聞いている。
「保母さん適性とかないですかねー」
「…ある、かもしれないな」
しかし免許が必要となると、やはり面倒がって動かないのではないだろうか。
「なかなか強敵なのですねー」
ここはオカンはオカン同士で人間界のオカンの集いをエンジョイさせるべきか。
「リュールさんにこの世界の楽しみ方教えてくれみたいな感じで――章ちゃんがどうなってもかまわんと言うなら、ですがー」
ちらり、カノンを見る。
「だめですよねー」
うん、顔に書いてある。
そのうち勝手に合流しそうな気がするけれど、とりあえず今はそっとしておこうか。
そしていよいよ、オバチャンに直接アタックの時が来た。
「Ms.カツヤマ…Ms.ミナコの方が良いか?」
ディートハルトが恭しく頭を下げる。
「お会いするのは久しぶりかな、相変わらずお綺麗なご婦人だ」
「あらヤダまあまあ、お上手だこと!」
キャッキャと笑いながら、オバチャンはディートハルトの肩をバシバシ叩く。
けっこう痛い。
しかしオバチャンキラーは泰然と微笑んでいた。
「お世辞? まさか、健康で明るい女性は皆綺麗だと相場が決まっている」
さて、本題だが――
「ショウジみたいに世間知らずな、いや、悪い意味じゃあないが、こっちに慣れていない天使や、悪魔や、外国から来た人達。そういった人は沢山いるだろう?」
「そうねぇ、いるわねぇ」
「天魔だからって差別しない、明るくて、気が効いて、人のためになる事が好き。そんなMs.ミナコの助けを必要としている人は、きっと沢山居るだろうね」
だから、一人の相手にかかりっきりになるのは、少し勿体無いのではないか。
ディートハルトは皆からの提案を五割増しくらい魅力的に盛りつつ丁寧に説明する。
もしどれも気に入らないなら――
「俺が世話を焼かれよう。Ms.ミナコに世話を焼かれるのは楽しそうだからね」
なに、楽しいことはなんだって歓迎だ。
「俺もまだ、こちらの文化には慣れてないから、困ることは沢山あるんだ。色々とね」
「あらあらまあまあ! じゃあデートにでも誘っちゃおうかしら!」
結局、最も食いつきが良かったのがこの餌だ。
カウンセリングも集団見合いも、犬猫の里親探しも悪くはないのだが――
「やっぱりこう、頼りにされるとキュンってしちゃうじゃない!」
しかもこんなイケ渋オジサマに!
「それも良いですが、護身術だけでも習ってみませんか?」
雫が言ってみる。
「体に良いのもありますが習得すれば、次は美奈子さんが教える立場になるので損は無いと思いますよ」
「そうねえ、損得はどうでも良いんだけど…ディーちゃんが教えてくれるなら、やってみようかしら☆」
キラッキラの眼差しを向けるオバチャン。
「ごめん、母さんただのミーハーだったわ…」
頭を抱えて座り込む悠里。
「ほんと、迷惑だったら相手しなくていいから、ね?」
しかしディートハルトは楽しそうだった。
「なに、多少暇が潰れた所で楽しみが得られるなら、その分酒は美味くなるさ」
これで友の悩みが減ると言うなら一石二鳥、言うことなしだ。
その結果に半ば呆れつつ、最後に雫が訊ねた。
「ところで、門木先生にお見合いを斡旋しているみたいですが悠里さんには斡旋しないのですか?」
「しないわよ? どうして?」
「早くお孫さんの顔が見たいのが理由かと思っていたのですが」
「そりゃ孫の顔は見たいけどねぇ」
でも大丈夫。
「あたしの娘だもの、ほっといたって良い男が寄って来るわよォ!」
とか言ってるうちに既にアラサーなんですが、それは。