久遠ヶ原学園、科学室。
放課後そこに門木を迎えに行くのが、シグリッド=リンドベリ(
jb5318)と華桜りりか(
jb6883)の欠かすべからざる日課となっていた。
「しょ…」
じゃなかった、こほん。
「せんせー」
「一緒に帰りましょう、です」
それがいつもの第一声。
しかし、この日は違っていた。
「今日はもう少し学校にいるのです」
真剣な眼差しを向けたシグリッドの声は、心なしか震えていた。
「……どうした、帰りたくない事情でもあるのか?」
何かリュールの機嫌を損ねる様な事でもしでかしたのだろうか。
だが、そうではない。
「今日は風雲荘で女子会、らしいのです」
その口調は「今日は風雲荘で百物語をやる、らしいのです」と言う時と同じ響きを持っていた。
女子会とは、そんなに怖ろしいものなのだろうか。
「女子会って男性への愚痴やストレスを吐き出す場所、だときいたことがあるのです…」
シグリッドはふるふると震えている。
主に女性だけで集まり、盛大に飲み食いしながらお喋りに興じるそれは、時に遠慮も恥じらいもかなぐり捨てて暴走する、らしい。
そこに巻き込まれた男性は、女性に対する根源的な恐怖を植え付けられる羽目になると言う。
「……そんなに、怖ろしいのか」
こくこくこく。
シグリッドが凄まじい勢いで頷く。
とは言え、女の子の集まりなら二人も混ざりたいのではないだろうか。
シグ君なんて、ほら、水玉ワンピにロン毛のカツラまで装備して、何処から見ても立派な女子で――え、なに、そこは突っ込んじゃいけない所?
えーと、それは失礼しました……でも似合ってるよ!
「……遠慮しなくて良いんだぞ。お前達だって、不満や文句のひとつやふたつあるだろう?」
自分に対するものなら、面と向かって言ってくれても構わないし……寧ろその方が良い。
「そんなものないのです。ねー?」
「ねー?」
だが二人はきっぱり言い放ち、にっこり顔を見合わせる。
「あたしは章治兄さまとお話が出来ればそれで良いの、です」
だから、ほとぼりが冷めるまで科学室でお茶しましょう。
「…科学室で女子会もどき、という事でせんせーの愚痴、聞くのですよ?」
しかし、門木はシグリッドになでなでされながら、困った様に首を傾げた。
「……そう、言われてもな」
愚痴りたい事は、特にない。
自分の駄目な所を挙げろと言われれば、いくらでも出て来る自信はあるけれど――
「……そんなもの聞かされても…楽しくないよな?」
「でも、ガス抜きとかしなくて良いのです? 溜め込んじゃうのは良くないのですよー?」
「……俺は、皆が笑ってくれるだけで、充分だから」
別に格好を付けている訳ではない。
何と言うか、そういう風に生まれついてしまったらしいのだ。
それを聞いてシグリッドは手の動きを加速、髪をぐちゃぐちゃに掻き混ぜる勢いで更に撫でまくった。
「……な、何だ?」
「なんとなく、です…!」
なでなでなでなで。
「じゃあ、今日は三人で楽しいお話をするのです。ぼくはお茶いれてきますねー」
頭上に「?」を浮かべたままの門木を残し、シグリッドは給湯室へ。
「あたしは、とりあえずチョコなの」
りりかは籠に満載したキャンディタイプの一口チョコを、応接コーナーのテーブルに置く。
それから、シグ君が持って来たさくらんぼタルトを切り分けて。
「……ああ、悪いが二人は先に始めててくれ」
「お仕事なの、です?」
「……今日は少し、注文が多くてな」
奥の部屋に向かおうとする門木の後ろから、りりかがそっと腕を回す。
「あ、章治兄さま…何かお手伝いしますか? …です」
「……ん、ありがとう。でも、すぐに終わるから」
確かに、それはすぐに終わった。
ただし――終わったのは仕事ではなく、平穏な時間。
科学室の天井裏から漂って来る、香ばしいソースの匂い。
「これは…たこ焼きの匂いなの、です?」
りりかが天井を見上げた途端、神のたこ焼きが雨の如くに降り注ぐ。
そう、これは――
〜たこ焼き神がログインしました〜
お茶を乗せたトレイを手に戻って来たシグリッドが、その光景を見て凍り付く。
「ゼロおにーさん、どうしてここに…!?」
「なんやシグ坊、この俺に向かって今更それを訊くんか? ん?」
わかっているくせにと、たこ焼き神ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)はシグリッドをわっしょい胴上げ。
「楽しいところに俺はいる!」
ああ、もうだめだ。
のんびりほのぼのお茶会が、スリルとサスペンスのどんちゃんバラエティに!
「話は聞かせてもらったで!」
風雲荘で女子会とな?
ならば何故、君達はこんなところで地味にお茶会など開いているのだ!
「さあ、行くでシグ坊!」
一足先に、大好きなゼロコースターで風雲荘にご帰還だ。
「あ、りんりんはそのたこ焼きを片付けてから来るように」
勿論、腹の中にな!
大丈夫、天井から降らせると共にそれを舟形トレイで受け止めるという芸当をやってのけたから、下には落ちてないよ、汚くないよ。
じゃ、そういう事で!
一方こちらは風雲荘。
誰でも歓迎フリーパスという事もあって、馴染みのある者もない者も、噂を聞きつけてやって来る。
「きゃはァ、女子会かァ…まァ、何か色々あるみたいだけどパーティを楽しくさせればいいんでしょォ♪」
黒百合(
ja0422)は今回、裏方メインの盛り上げ担当だ。
まずは参加者の顔ぶれを把握し、公開されている学生名簿と照らし合わせて基本情報を把握。
「飲み物や食べ物の好みなんかは、流石に書いてないかしらねェ」
それならそれで、種類を多めに用意しておけば問題ない。
どうやら費用はアパートのプール資金で賄える様だし……でも買いに行くのは面倒だから、店に電話して届けてもらおう。
ジュース各種に、種類も度数も様々な酒、ロックアイスに、おつまみに――
「ついでにバーカウンターも作って良いかしらァ♪」
これだけ広いんだから、ホームバーとか作るスペースもあると思うんだけど。
「おう、そりゃ良いな」
ホームバーと聞いて、ミハイル・エッカート(
jb0544)が目を光らせる。
「馴染みの工務店に掛け合って来るぜ」
またCMにでも出れば工事費込みでタダになるって、俺知ってる。
今度は何が衆目に晒される事になるのか、それを考えると少し怖ろしい気もするが――まあ、それほど酷い事にはならないよね。
って言うか多分もう何も怖くない。
かくして、あっという間に出来上がるホームバーと、ずらり並んだ酒瓶の数々。
バーテンダーの衣装に着替えた黒百合は、早速カクテルや酒の肴を仕込み始めた。
「あらァ、真似事だけど結構腕は良いのよォ?」
注文は何でも聞くけど、未成年はジュースかノンアルコールでね!
「じょしかいって女子会だったんだな」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は、お馴染みのペンギン帽子を玄関脇のフックに掛けながら、部屋の中を覗き込んだ。
「俺はてっきり娘子会だとばっかり思ってたぜ」
じょうしかい?
娘子隊なら会津戦争で新政府軍と戦った女性達の事だが、多分きっとソレジャナイ。
まあ女子でも娘子でも意味は殆ど変わらないし、学園一のメカ撃退士で爆破職人でお祭り好きを自認する彼女が、パーティと聞いて参加しないという選択肢など有り得なかった。
知った顔は見当たらないが、誰でも最初は見知らぬ他人。
「どこにでも首突っ込んでくから、よろしくな!」
そして待つ。とりあえず待つ。
待っていれば、女子力の高い皆が美味しいお菓子や食べ物にジュース、準備万端整えてくれるって信じてる。
女子会とは女子力の高い人が集まるもの、なのです。多分。
そうか、良いこと聞いた。
クリス・クリス(
ja2083)は、物陰でひとりほくそ笑む。
「よしっ。お姉さん達から女子力の秘密を盗むチャンス(ぐっ」
「なんだ、クリスは女子力を上げたいのか」
ミハイルパパに言われ、クリスはこくこくと頷いた。
「女子力ってイメージがぼんやりしてて、どんなものか良くわからないでしょ?」
でもここならお手本がいっぱいだし、スキルアップにも期待出来そう。
「ふむ。だがクリス、女子力UPといえば料理だろう」
「そうなの?」
「ああ、細やかな気遣いや人柄の良さなんかも女子力のうちだが、それを磨くには時間がかかるからな」
しかし料理なら練習次第で確実に上手くなるし、何より美味しい手料理は皆を幸せにする。
まず胃袋から掴まれて落とされるのは、男だけとは限らないのだ。
「なるほど、つまりパパの場合はピーマンを美味しく食べさせてくれた人を、男女に関わりなく好きになる、と(めもめも」
「それはないしメモしなくていい」
まあ、とにかくここは、皆の腕前を見せてもらう所から始めれば良いんじゃないかな。
「私はカッパ巻きを持って来たのですよー」
アレン・マルドゥーク(
jb3190)と言えばカッパ巻き。
「納豆巻きもありますよー?」
あと、コンビニで買ったレンチンするだけの総菜とか。
「なんだよレンチン料理か、女子力低いな!」
ラファルはそう言うが、アレンさんは男子ですから、こう見えても男子ですから(重要)、低くても良いのです。
ところで、ラファルさんの女子力は如何ほど?
「俺の女子力はすげーぞ? 女子力(物理)だけどな!」
ああ、うん、納得です。
「主人がいれば、きちんとした料理をお出し出来たのですが」
男の子を腕に抱いた星杜 藤花(
ja0292)が、少し申し訳なさそうに頭を下げる。
彼女の夫、星杜 焔(
ja5378)は今、ダルドフの所に遊びに行っていた。
「そのうち連絡が入ると思いますが……あ、これは主人から皆さんにと」
取り出したのは、涼しげな梅ゼリー。
「主人のお手製なんです。沢山ありますから皆さんどうぞ」
「じゃ、遠慮なくいただきますね」
最初に手を出したのは、ヒマだったからなんとなく参加してみたという六道 鈴音(
ja4192)。
「大勢で集まるっていうだけで、何故か楽しくなりますよね。あ、良かったらポテチどうぞー」
コンソメとフレンチサラダがありますよー、しかも大きなパーティサイズ。
え、お皿? いらないいらない、こうして袋の真ん中からバリッと開けば、ね?
女子力は、どこですか?
その時、天井から漂って来るソースの匂い。
科学室からシグくんを掻っ攫ってきたゼロさんの到着です。
何故天井から降りて来るのかって?
だって普通に玄関から入るとか面白くないやん!
「む? 美女の匂いがする」
いいえ、ソースです。
「あ、メルちゃんの部屋はソースの香りで満たしたったからな」
214号室のメル=ティーナ・ウィルナ(
jc0787)は、バラエティ担当ではありません。
でもこの風雲荘に居を移したのが運の尽き、もうシリアスな世界にはいられないのです。
「いいからバラエティの世界へおいで、さあさあ」
悪い顔で手招きをするゼロに、メルは――あ、これ周囲に退避勧告出さないとアカンやつだ。
「私の部屋を、どうしたと言うのかしら?」
「せやから神のたこ焼きを、ベッドにこう敷き詰めてな?」
「そう。それで?」
「たこ焼きベッド、斬新やろ? ソースの香りに包まれて良い夢見れるで!」
「そう思うなら、あなたがまず寝てみる事をお勧めするわ」
それに食べ物で遊ぶとは何たる冒涜。
「シーツごと剥がして、ここに持って来たのだけど」
どん!
目の前に置かれる山の様なたこ焼き。
「悪戯されたら問答無用で仕置きしてもいいのでしょう?」
目には目をっていう言葉もありますしね。
「悪いけれど、鴉の君……私は妹と違って手加減出来ないからあしからず」
「いや待て、俺は美女をもてなさんと――」
「問答無用ね、それに美女ならここにいるでしょう?」
メルはたこ焼きをつまみ上げ、ねじ込む。
ねじ込むねじ込むねじ込む。
え? 戦闘力と逃げ足には定評のあるゼロさんが、一方的にねじ込まれているのはおかしい?
いいえ、ここは女子会フィールドです。
この中では、男子のステータスは全て「1」となるのです。
というわけで……
\ し ば ら く お 待 ち く だ さ い /
「仕方ない、ここは俺が女子力の手本を見せるしかないようだな!」
ミハイルパパ、ネクタイを外して頭に巻き、ワイシャツ腕まくりしてエプロン装着!
「クリス、そこでねじ込まれてるお兄さんがたこ焼を作るから――」
多分、メルさんのお仕置きが終わったら。
「俺達はお好み焼きにしようぜ」
「お好み焼きにするの?」
「好きじゃないか?」
「ううん、いいけど、広島風と大阪風どっちかな?」
「何だ、何か違いがあるのか?」
「違うよ、大違いだよ、下手すると戦争勃発だよ?」
と言いつつ麺を用意するクリスさん、広島風を作る気満々ですね?
無駄に強化(本人談)して何故か命中が上がった鉢巻とエプロンを装着し、ぐいっと腕まくり。
お玉とヘラを持って腕組みをし、じっと目を閉じる。
「見えた!」
出来上がりの完璧なイメージが。
「それじゃあ始めよう♪」
どーん!
「‥‥まずは千切りキャベツからだね」
こそそ。
ざくっ。ごとん。ざ、ざ、ざくっ。
非リズミカルな音がキッチンに響く。
「大丈夫か、指切るんじゃないぞ、押さえる方は猫の手だぞ、猫の手」
「もー ミハイルさん心配してくれるの嬉しいけど…じゃまっ」
ぺいっ!
「こ、こら、包丁を振り回すんじゃない!」
えーと、キャベツを切ったら後は……どうするんだっけ。
「水で溶いた小麦粉を円形に薄く伸ばして生地を焼く、らしいぞ」
ネットでレシピを調べたミハイルが助け船。
「その上にカツオの粉、豚肉、エビ、ネギを並べて――」
よし、ここまでは順調だ。
「炒めた麺を乗せて……ああ、その前に卵を割って延ばすんだな」
その上に本体を乗せて、最後にひっくり返せば出来上がりだ、が。
「いいかクリス、これを綺麗にひっくり返すことが女子力UPに繋がるんだぜ」
「そっかー お好み焼きを上手く返すのが女子力高い証明なんだー」
では行きます!
せーの!
その時、お好み焼きに翼が生えた。
きっと空に憧れていたんだね。
良いじゃない、飛んだって。
お好み焼きだもの。
ひゅぅるるる……べちゃ!
クリスとミハイルが愛情を込めて作ったお好み焼きは、優雅に華麗に宙を舞い、そして――
タイミング良く横から飛んで来た大皿に乗り、大皿は女子会の輪の真ん中、テーブルの上に見事な着地を決めた。
これは上がった命中の効果だろうか。
「ふっ、給仕する手間が省けたじゃないか」
皿を投げた黒百合もGJだ。
後は青のりと紅生姜、オカメのイラストでお馴染みのソースをかけて出来上がり。
「クリスとミハぱぱの『女子力証明お好み』一丁上がりー♪」
「不恰好だが味は良いぞ」
女子力の証明になっているかどうかは――うん。
「じゃ、後は女性同士で楽しんでくれ」
そそくさとテーブルを離れようとするミハイル。
しかし。
「良いじゃありませんか、ミハイルさんも一緒に盛り上がりましょう〜」
アレンが引き止める。
「アニメで見て憧れてたのです。女子会は楽しいですよー? ほら、望くんも行っちゃやだって言ってるのですー」
膝に乗せた星杜夫妻の養い子、望は何も言っていないが、そういう事にしておこう。
「ふ、俺の顔を見ても泣かないとは、肝の据わった坊主だな」
いや、サングラスをしていなければ、そんなに怖くないか――ましてや今はエプロンに鉢巻ネクタイだし。
「遠慮する事はない、座れ、ミル」
リュールが脇から声をかけるが、それは多分ほぼ命令。
と言うか何故そんな妙な略し方をするのか、この人は。
「普通そこはミハじゃないのか」
ミハイルの問いに、リュールは断固として首を振った。
「据わりが悪いだろう、こう鼻から空気が抜ける様で」
そういうもの、ですか?
「とにかく座れ、そして食え」
「はい! いただきますネー!」
元気に答えたのは、主に顔色が余り元気ではなさそうな、キョン・シー(
jc1472)さん。
もしかして腐ってる?
「ノー! クサッテルじゃないネ! 熟してるヨー!」
なるほど、これは失礼しました。
「コレ美味しそうネ! 腐った物はキョンの大好物ネー!」
「いや待て、確かにそれは見た目は悪いが、決して腐っている訳じゃないぞ」
「オー! 失礼しましタ! コレも熟してるネ!」
いや、それも違うと思うんですけど。
「カタチ崩れる、それ即ち熟しきって発酵してるネ!」
いただきまーす!
ぺろり。
お好み焼きは、あっという間に消えた。
短い一生だったが、きっと悔いはないだろう……空を飛んだ上に、美味しく食べて貰えたのだから。
「よし、クリス。もう一枚焼くぞ」
「今度こそ上手くひっくり返して、女子力アップの証明だね!」
材料はたっぷりあるし、いくら作ってもきっと全部食べてもらえる筈だ。
だってほら、キョンさんが――
「大丈夫ネ! 食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って食って、食いまくるネー!」
って、言ってるし。
「何ならキョンの口に直接シュートするネ!」
ダイナミック給仕アル!
「リュールさんはそろそろ食物の好み出てきたでしょうか」
持って来た発泡酒をグラスに注ぎながら、アレンが訊ねる。
「お酒はどうですー?」
「悪くない。だがもう少し甘い方が良いな」
もしかしてこの人も、放っておいたらお菓子ばっかり食べてる系?
「それなら、これをどうぞ、です」
科学室の片付けを終えて合流したりりかが、シグリッド作のさくらんぼタルトを取り出した。
因みにたこ焼きは冷凍庫に突っ込んでおきました。
「お茶もあるの、です、よ…!」
ゼロに連行されながらもポットを死守したシグリッドが、ちょっとフラフラしながらティーカップにお茶を注ぐ。
少し冷めてしまったけれど、実は猫舌なリュールには丁度良いだろう。
その間、アレンの膝に乗った二歳児は終始ご機嫌で、何だかよくわからない歌を歌っていた。
「かっぱーかっぱーきゅっきゅっきゅー♪ きゅーいのおしいはまっかっかー♪」
「望くんはカッパ巻きが食べたいのですかー?」
「いや」
「じゃあ納豆巻き――」
「いや! きゅーいまきがいい!」
「カッパ巻きですねー?」
「ちがうの、きゅーいまきなの!」
どうやらキュウリ巻きが食べたいらしい。
しかし同じ物である筈のカッパ巻きを差し出しても「これじゃない」と断固拒否。
健やかに育ったのは何よりだが、流石は魔の二歳児、わけがわからない。
「じゃあ少し向こうで遊びましょうかー」
「どれ、私に預けてくれないか」
望を抱っこして立ち上がりかけたアレンに、リュールが声をかける。
「これでも子育てはベテランだ、天使も人もそう変わりはなかろう」
しかし今日は女子会、女子会と言えば主役は女性。
それに、リュールとお喋りをしたいと考えている者は多いだろう。
「……あー…、じゃあ、俺が」
「章ちゃん?」
声をかけたのは、門木。
子守りの経験はないが、遊ばせている間に危険がないか見ているくらいなら。
「……一応、おもちゃなら…あるし」
「じゃあ暫く二人でお守りしましょうかー」
アレンの方は普段からベビーシッターとして一緒に遊んだりしているので、扱いも慣れたものだ。
リビングの一角に設けられたプレイスペースに連れて来られた望は、興味津々の様子で片っ端からそこに置かれたおもちゃに触ってみる。
角を丸くした積み木やパズル、走らせると音が出る車、小さな木琴などなど、いずれも木製の素朴なものだ。
「これ全部、章ちゃんが作ったのです?」
「……ん…まあ、趣味みたいなもの…かな」
使い方を説明する代わりに、門木は自分でやって見せる。
小さな車がパタパタ降りて来るタワー型のおもちゃ、葉っぱのないクリスマスツリーの様な木のてっぺんからドングリが転がって来るもの――
「うわー、楽しいですねー。ほら、望くんもやってみましょー」
黙々と実演するだけの門木に代わってアレンが喋る。
まあ、小さな子供と遊んだ経験がない成人男性なら最初は大抵こんなもの、そのうち少しずつ慣れて声も出るようになるだろう。
(章ちゃんは良いお父さんになれそうですねー)
もっとも、そこに至る迄の道のりは険しそうではあるが。
(お母様の寿命が来る前に、結婚して安心させて欲しいですね……)
そういう相手はいるのだろうか。
「章ちゃん、自分以外の男の人と仲良くしてると胸がざわつく相手はいますかー?」
ぼとっ。
あ、なんか落とした。
狼狽えてますね、これは。
という事は。
「いるのですねー?」
もしかして、この中にいる?
「……え、い、いや、あの」
いるのか。
わかりやすいな。
「……あ、いや、でも…そんなこと、滅多にない、し」
と言うか寧ろ一人でいる事の方が多いので、その方が気になると言うか。
もう少し皆と積極的に関わっても良いんじゃないかな、と思いつつ、でもそれはそれで寂しいと言うかモヤモヤすると言うか。
「ふっ、こりゃ惚れたな?」
いつの間にかそこにいたラファルが、門木の脇腹を突っつく。
「だったらモタモタしてねーで、さっさと告っちまえよ」
「……いや、それは、あの…」
「なんだよ、当たって砕けんのが怖いのか?」
「……それも、ある、けど」
その前に、やるべき事があるから。
自分の気持ちを伝える事より、もっと大切な事が。
「……いつまでかかるか、出来るかどうかもわからないけど、な」
全部終わって、その時にまだ、自分の手が届く所に居てくれたなら――その時は。
「……応えて、もらえるかな…って、気が、する」
「はいはい、ご馳走さん!」
ラファルがヒラヒラと手を振って、その場から退散する。
もー、結局は惚気じゃないですかー。
その頃、メインテーブルは女子会らしい盛り上がりを見せていた。
「さァ、ドリンクは何が良いかしらァ?」
「じゃあ私はコーラでお願いします」
黒百合バーのカウンターでドリンクを受け取り、鈴音はリュールの正面に座る。
「はじめまして。私は六道鈴音っていいます。よろしくお願いします」
丁寧に挨拶をして、後はポテチをバリバリ、コーラをゴクゴク。
本日は聞き役に徹する所存……あ、料理があるなら食べる方もですが。
「女子会って、一度は憧れるフレーズですね!」
藤花は皆に梅ゼリーを配りながら、ふわふわと楽しそうに微笑む。
小さな子供がいると自由な時間はなかなか作れないものだし、そうでなくても学生は何かと忙しい。
「たまにはこうして皆と一緒にお茶を飲んだり、お喋りしたり…楽しいですよね 」
特に何か目的があるわけでもない。
辿り着くべき結論も正解もないし、そもそも、そんなものは必要ない。
各自がそれぞれ言いたい事を言い合って、そうそうわかるー、と共感しつつ盛り上がる、それが女子会。
「料理を作るのは主人の方が上手ですが、でも息子の食べ物はわたしも作るんですよ」
「そうなんですか。母親の愛情が籠もった手料理は良いものですよね」
ユウ(
jb5639)が頷く。
「凝った料理ではなくても、その家庭の独特の味と言いますか……ほっとする味と評している方もいらっしゃいますし」
( ´ー`)。o○(あー、そうそうー(バリバリ by 鈴音
「でも近頃は舌が肥えてきているようですけど……」
遠い目をした藤花が溜息を吐く。
ちょっと美味しいものを食べさせすぎただろうか。
「でも、それはそれで早いうちから料理の才能に目覚めたり、良い事があるかもしれませんよ?」
「ああ、そうですね」
ユウに言われて、藤花は急浮上。
いつか店を持ったら、親子二代で一緒に働く事になったりして。
その時の為に、自分は女将としてのスキルを磨いておくべきか――なんて、気が早い?
「そういえば亭主元気で留守がいい、なんて言いますが……」
ちらり、藤花はリュールの方を見る。
「わたしはやっぱり傍にいて欲しいなあ」
今だって実は寂しくて仕方がないのだ。
スマホのボタンを押すだけで、すぐにでも返事が返って来るのはわかっているけれど。
「世の奥様の本音ってそんなものだと思います」
( ´ー`)。o○(へぇ〜、そういうものなのね〜(ボリボリ by 鈴音
「リュールさんは寂しくないのですか?」
「私か? この大所帯の中に居て、寂しがる暇などあると思うか?」
「ああ、いいえ……そういう意味ではなく」
「ダルドフさんとより戻すとかないんですかー、という事ですね〜?」
遊び疲れた望を寝かしつけ、合流したアレンが訊ねる。
「そういえば。確か、旦那様がいたはずよね」
お仕置きを終えたメルが、若草色のノンアルコールカクテルを手にテーブルに着く。
「元、だがな」
「それで、正直なところ、どう思っているの?」
「どう、と言われてもな」
リュールは本気で困った様に眉を寄せた。
「憎いわけではないのでしょう?」
聞いてどうしようという訳ではないが、女子会に恋バナは付き物。
話に華を添える様なものだと思って、ひとつ。
「まあ、それは……な」
そうでなければ、ずっと「リュール・オウレアル」を名乗ったままでいる筈もない。
「確か、相手の名前をひとついただくのでしたか」
カノン(
jb2648)が記憶を確かめる様に言った。
リュール達が暮らしていた地方の風習で、婚姻の際に互いの名前をひとつ貰い、そのまま、或いは変形させて、自分の名に付け加える。
こちらの世界に於ける指輪の交換と同じ意味を持つと思えば良い。
リュールの場合は、結婚の際に「オーレン」の名を貰った事になる。
「へぇー、そうなのかー」
興味津々の様子で聞き入るラファル。
「ん? でもちょっと待てよ? 向こうの名前には、リュールのリュの字もねーよな?」
あ、これはもしかして、気付いてはいけない事に気付いてしまったのではなかろうか。
ダルドフの方はもう、指輪をしていないと……?
「それは、ご本人に訊いてみるのが良さそうですね」
藤花がスマホを取り出した。
「今、向こうとチャットで繋がっていますから」
巻き込みましょう、そうしましょう。
その日、焔は秋田のダルドフの所へ単身赴任――いや、一人で遊びに行っていた。
先日のさくらまつりで協力してくれた、例の食品加工場の人々へのお礼も兼ねた訪問だ。
「こんにちは、ご無沙汰してますー」
「ああ、いらっしゃい! あのでっかい熊なら食堂で待ってるわよ!」
事務所に顔を出すと、工場長の姉崎がそう言って案内してくれた。
「ありがとうございますー、お昼休みには皆さんもご一緒にどうぞー」
「ん? 何かやるの?」
「実はですねー」
ごにょごにょごにょ。
というわけで。
「ダルドフさんお久しぶりですよー」
「おお、焔の。その節は世話になったのぅ」
ダルドフ、今日は休みをもらった様だが、住まいも工場の中だし他に行く所もなしで、結局は敷地の中で過ごすのが休日の常。
「入梅でじめじめですねぇ、こんな時は流しそうめんとか楽しいですよ」
知ってますか、流しそうめん。
「どうです、やってみませんか〜?」
大丈夫、許可はさっき取りました。
「ふむ、面白そうだのぅ……で、まずは何をすれば良いのだ?」
「そうですねー、まずは――」
裏山で竹を切ってくるところから?
なるべく太い竹を選んで、適当な長さに切って、真ん中からスパーンと割って、節を削って。
それが出来たら食堂で組み立て、試しに水を流してみて――
「上手く行きましたねー?」
では、お昼も近くなって来たことだし、素麺を茹で始めましょうか。
「ダルドフさんもお手伝いお願いしますねー」
大きな鍋に湯を沸かして、その間にめんつゆを用意して。
市販のつゆじゃないよ、ちゃんと出汁から自分で作るよ。
薬味は葱や生姜や唐辛子や大葉やゴマやトマトや山葵や海苔やミョウガ等お好みで。
「はい、じゃあ流しますよー」
流れて行くそうめんを上手く捕まえてくださいねー。
「このような食べ方があるとは、知らなんだのぅ」
それにしても難しい、そうめんがスルスルと逃げる逃げる。
「久遠ヶ原では人もうっかり流されてゆく流しそうめんもあるんですよ〜、楽しそうだったな〜」
あと流しカワウソなんていうのもありますね、食べ物じゃないけど。
「ふむ、しかしこれもそうだが、某あの回る寿司というのも苦手でのぅ」
皿を取るタイミングがどうも掴めずに、結局は目の前を通り過ぎるのをただ見ているだけという、これは何の拷問ですか状態になるんですが。
「まったく、あんたって変なところで不器用よね」
そうめんは結局、工場長が取ってくれました。
お腹が一杯になったら、おやつにはクーラーBOXに入れて来た梅ゼリーをどうぞー。
「これリュールさんにも差し入れてきたんですよ〜」
「ほう、あれは甘い物に目がないらしいからのぅ」
この元夫婦、味覚までもが正反対。
「それから、これはユウさんからですねー」
焔が差し出した包みには、先日の遊園地で撮った写真が入っていた。
集合写真やアトラクションで撮ったもの、イベントでのタキシード姿もある。
「そう言えば女子会の方盛り上がってるかな〜」
というわけで、映像通話チャットソフトをぽちっとな。
「よかったらダルドフさんもお話してみませんか〜」
ほらほら、リュールさんもいますよー?
そしていきなり突っ込まれたのが、先程の質問。
『あー、そうさのぅ……』
画面の向こうで、ダルドフはポリポリと頬を掻いた。
自分との関係が完全に切れたと、そう周囲に思わせる為に外しておいたものだが、もう戻しても問題はないだろう。
とは言え、ここでもやはりタイミングが掴めずに、ついそのままになっていた様だ。
「じゃァ、戻す気はあるのねェ?」
黒百合の問いに、ダルドフは曖昧に頷いた。
『まあ、その……お許しが出れば、のぅ』
「それははつまり、よりを戻すって事だな!」
頬を上気させ、上機嫌のラファルが画面を覗き込む。
手にしているのは牛乳だが、場の空気に酔ったのろうか。
「よし、めでたい! めでたいから歌え!」
なに、歌は苦手?
それならこのラファル様がディアボロさえも魅了した(?)俺オンステージを――
「却下」
後ろからリュールの冷たい声がした。
え、それは名前を戻す件と、リサイタルのどちらが?
「両方だ」
「でも、名前くらいは良いのではありませんか?」
そう訊ねたユウは、よりを戻すのが当然、いや戻したいと願っている筈だと考えている様だ。
「確かにダルドフさんの現在の立場を考えると、簡単に一緒に…と言う訳にはいきませんよね」
しかし夫婦である事を名前で主張するくらいなら問題はないだろう。
「再び夫婦として一緒に暮らせるようになるまでには、いくつかの困難が待ち受けていることでしょう。ですが、諦めてはいけません」
「ちょっと待て、私がいつよりを戻したいと言った?」
「大丈夫です、隠す必要はありません」
「はい?」
真剣な眼差しで迫るユウに、流石のリュールも押され気味だ。
どうやらユウさん、リュールとダルドフは今も互いに信頼し合い、愛し合い、想い合って心を通わせていると信じている様だ。
そこに疑いを差し挟む余地など、毛筋一本分もなかった。
「いつかきっと、全ての障害を乗り越えて、再び共に歩めるようになる日がきっと来ますから」
「いや、だから、私は――」
確かに、今もアレを憎からず思っている事は否定しない。
否定はしないが、だからといって離れて暮らすのが寂しいだの、いつも一緒にいたいだの、そんな事はもっと若くてピチピチとした、子供を産み育てる事に希望を持つ年齢の者達が言う事であって。
「私の様な枯れかけたババアになるとな、ただ相手が息災であれば良いと、そう思う様になるものだ」
しかし、それさえもユウは照れ隠しだと判断した。
そればかりか、一番の障害は門木だと信じて疑わないご様子。
「後は門木先生が…心配ですね。もう知ってはいますが、いざ現実にとなるとご自分は煮え切らないのに何かしら工作してきそうです」
待って、ちょっと待って、どうしてそうなるの。
ユウさん実は思い込みの激しいタイプだったのだろうか。
「確かに……煮え切らないと言うか、今一はっきりしなかったり流されてしまうところも、まだ見受けられますね」
カノンまでもが同調し、眉間に皺を寄せる。
「しかし、妨害工作まではどうでしょうか」
近頃はそれほど、母上べったりでもない様に見えるけれど。
「あれはもう、それどころではなかろう」
リュールはニヤニヤと笑いながら、別のテーブルに落ち着いた門木に声をかけた。
「ナーシュ、そんな所で何をしている」
こっちへ来いと手招きされるが、それは自ら地雷原に飛び込めと言われている様なもの。
「……ナ、お、俺は、ここで良いの、です」
どうぞお構いなく!
その様子を、すっかり母親目線で眺める藤花さん。
「門木先生の晴れ姿も見てみたいものですね…わたしも息子の成長が楽しみなんです」
ここまで大きくなったら、楽しみよりも不安や心配が勝りそうな気もするけれど。
「門木先生って、リュールさんの息子さんなんですよね?」
そう言えば、と鈴音が訊ねる。
「門木先生って、眼鏡はずして髪型ちゃんとしたらカッコイイと思うんですけど、そのへん育ての親としてはどうなんですか? はがゆかったりはしないんですか?」
「私はそれよりも、久しぶりに見た時の変わり様がショックでな」
その時の事を思い出し、リュールは深い深い溜息を吐いた。
時間的な感覚からすれば、朝に家を出た二十歳の青年が、夕方オッサンになって帰って来た様なものだ。
「ああ、それは確かに……何と言うか、堪えますね」
「まあ、もう慣れたがな」
有難い事に、それでも構わないと言ってくれる者が案外多い様でもあるし、それはそれで問題はないのだろう。
ただし本人はだいぶ気にしているらしいけれど。
「じゃあ、もうひとつ。リュールさんって、なんで風雲荘の管理人なんかしてるんですか? なりゆき?」
「いや、そういうわけでもないが」
「管理人でなければ……寮母かしら?」
メルが首を傾げるが、多分それも違う。
強いて言うなら、日がな一日TVを見たり、雑誌を読み耽ったり、時々迷子になったり攫われてみたりするのが仕事だろうか。
「それは仕事とは言わないわね?」
そんな風に無為に過ごしているなら、ここはやはりよりを戻した方が有意義な生活を送れるのではないだろうかと話を蒸し返してみる。
だが、リュールは首を振った。
「私はもう長くないからな」
ダルドフ側との通話が既に切れている事を確認して、ぽつりと言った。
「あれにはまだ先がある。他の誰かとやり直す機会もあるだろうさ」
言葉を返す者はない。
ただ、アレンが独り言の様に言った。
「親友が亡くした妻をずっと想っててそっくりな息子溺愛したり、私がコスプレして慰めたり世話が焼ける感じですよー」
一度深く情を交わすと断ち切れないものなのだろう。
その別れに悔いが残る様な場合は、特に。
「リュールさんは、どうですかー?」
もしも悔いが残るなら、もう少し考えてみても良いのかもしれない。
「章治おにーさんは『ナーシュ』ってリュールさん以外に呼ばれるのは好きじゃないんです?」
向こうのテーブルでは、シグリッドがせっせと墓穴を掘っていた。
「……うん」
あ、やっぱり。
そう言われるだろうとは思ったけれど。
「どうしてって、きいてもいいのです?」
「……特別、なんだ。その呼び方は」
だから、特別な人だけにそう呼ばれたい、呼んでほしい。
「……ごめんな。それだけは、どうしても譲れないんだ」
「いいのですよー」
なでなで。
「じゃあぼくは…章兄とかでも、いいですか?」
「……うん、いいな」
自ら砕けに行った後は、自ら弟フラグを立てていく構え。
いや、妹だっけ?
「章治兄さま、テリオスさんとメイラスさんの事はどう考えているの…です?」
今度はりりかが話を振って来る。
「……テリオスは…そうだな、あれは多分、悪い事は出来ない奴だ」
何が「悪い事」なのか、その認識さえ共有出来れば――言い方は悪いが、使える。
そのテリオスを付けておけば、メイラスの行動もある程度は読めるだろう。
メイラスが何処かを襲撃しようとしても、その情報をいち早く掴めれば、被害を未然に防ぐ事が出来る。
鈴を付けた猫は怖くないというわけだ。
「……奴の出方次第だし、そう都合良く事が運ぶとは思えないが…やってみる価値はあるだろう」
「あたしは何があっても章治兄さまに着いていくの……」
「……ん、ありがとうな」
門木はりりかの頭を撫でようとして――謎の黒い影に阻まれた。
「だが真面目な話はここまでや!」
ここから先はバラエティ枠、ソースの香りと共にたこ焼き神の降臨だ!
「お前ら最近ご飯食べてるのか? 食え。さあ食えそれ食えたんと食え」
りんりん最近ご飯をサボってる疑惑があってな?
「ついでにシグ坊にもねじ込んだるわ!」
そーれ巻き込めー!
しかし忘れてはいけない。
ここは女子会フィールド、男子の戦闘力は限りなく無に近くなるのだ。
「ゼロさん、覚悟してください…なの」
とてもとても良い笑顔で、りりかはチョコを手に取った。
「はい、あーんしてください、です」
むぎゅり。
「いつものお返しなの、です」
さあ、どんどん食べてね?
「しかし、お前は……家で寛いでいる時でもその格好なのだな」
いつもの黒い服でテーブルを囲むカノンを見て、リュールは軽く溜息を吐く。
「まったく、真面目すぎるのもどうかと思うぞ?」
「でも、今日はそんなに……それほど締め付けるような着方はしていませんし」
本人はこれで、ゆったりしているつもり、らしい。
「お前がどんなに自分を締め付けたところで、何も変わりはしないだろうに」
と、そんな事は承知の上でやっているのだろうが。
やはり天使が侵略者である限り、それを脱がせる事は出来ないのだろうか。
それにはこの戦いを終わらせる事が不可欠だが――
「あれのやり方では、どうだかな」
甘すぎる、理想に傾きすぎだと、リュールは天を仰ぐ。
しかしカノンは首を振った。
「リュールさんが感じ考えていることはなんとなく分かります……」
自分自身、テリオスはともかくメイラスの処遇には思うところがある。
「ですが『考えられない』事の中にこそ、これまで考えられなかった結果への足掛かりがあるかもしれませんから」
今は雲を掴む様な話かもしれない。
でも、何事も試してみなければ始まらない――踏み出したその先が崖っぷちだったとしても、踏み出さなければそこに崖がある事さえわからないのだから。
「大丈夫です、今の先生は、優柔不断でメイラスを倒さなかった訳じゃありませんよ」
「ほう?」
身を乗り出したリュールは鼻がくっつきそうな勢いで顔を近付け、からかう様にニヤリと笑った。
カノンは思わず身を退いて、目を逸らす。
「それはまあ、日常では色々と……」
「あれは誰にでも優しいからな」
それは長所でもあるのだが、時に困った問題を引き起こすもの。
おもむろに席を立ったリュールは、息子の首根っこを掴んで引きずって来た。
「私に愚痴るより、本人に言ってやれ」
ぽいっ。
「え、母上!? ちょ、なに、何なのです!?」
しかし母は息子をそこに放置して、さっさと別のテーブルへ。
これは、この場でお説教せよというご命令なのだろうか。
「そうそう、それでな! 俺の相棒!」
雰囲気に悪酔いしたラファルは、ちょうど良い所に来たとリュールを捕まえる。
「相棒って言うか、恋人! これが可愛い女の子なんだけどな!」
「ふむ?」
「男勝りで、しゃれっ気もなくて反応も今一で!」
「ほう?」
「でも安心はできるんだよな、うん」
なんだ惚気か。
「さあさあ、ゼロさんはたこ焼きだけやないんやで!」
おもてなしは完璧です。
チョコ攻めから解放されたと言うか逃げ出したゼロは、ありあわせの材料で適当な料理を作ってせっせとテーブルに運んで来る。
「オー! 見たことない料理ばかりネ! 食って食って食って食って食って食って……えんどれすネー!」
「おお、良い食いっぷりやな! 気に入ったで!」
どんどん食え、もっと食え。
「シグ坊もりんりんも、こんくらいの勢いで食わなあかんで!」
成長期だしな!
というわけで、ねじ込む!
「ゼロさん、それよりもお話をしましょう、です」
「きゃはァ、良い感じで盛り上がって来たじゃない♪」
と言うか最早カオスな女子会は、もうどうにも止まらない。
そして夜。
中天に明るい月がかかる頃。
「ダルドフ、邪魔をするぞ」
酒と肴を手に、鳳 静矢(
ja3856)がダルドフの元を訪ねて来た。
「以前の時からまた共に飲みたいと思っていてな」
こんな月の綺麗な番には、日本家屋の庭先で縁側にでも座って飲みたいものだが――
「某のゲートが健在であればのぅ」
放棄した事を悔やんではいないが、あの中にあった家屋や町並、それにサーバントの猫達が失われてしまったのは惜しまれる。
いずれはこの地上に再現してみたいものだが、今は工場内の仮住まい。
食堂のテラスで我慢してもらおう。
「その後此方の状況はどうかな?」
手土産の酒を注ぎながら、静矢が訊ねる。
「そうさのぅ、この辺りは静かだ。静かすぎるほどにのぅ」
「嵐の前の何とやら、か?」
「そうではない事を祈っておるが……」
近頃は各地で何やら妙な事が起きている。
警戒はしておくに越した事はないだろう。
「だが今宵ばかりはそのような事、考えずとも良かろう」
「そうだな、憂いていては折角の酒が不味くなる」
飲み、食べ、語り――
「どれ、興も乗ってきたし一つ舞ってみようか」
薄紫の袴に白い羽織りを纏った静矢は月明かりの下に進み出る。
手にした扇を剣に見立て、剣舞の如き日本舞踊。
「月夜は翳る事が無いな」
今宵は雲ひとつない満月。
明かりを消せば、月の光が際立つ。
「…月光は普段あまり気に留めないが、その光が無ければ夜は暗闇で見えなくなる」
舞い終えた静矢は月を仰ぎながら呟く。
「貴殿はこの地に忍び寄る闇を照らし晴らす月光の様な存在なのだろうなと、ふと思ってな」
「それは買いかぶりというものであろう」
照れ隠しなのか、顎髭を盛んに擦りながら、ダルドフは酒瓶を掲げた。
「ほれ、まだまだ酒も残っておるぞ?」
「そうだな、今夜は飲み明かすか」
闇を照らす望月は、次第に欠けて、やがては消える。
新月の闇は深く、より深く――