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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:25人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/06/17


みんなの思い出



オープニング



 数日前、リュールの救出作戦が展開されている頃。

「なんで倒さないんだよ!?」
 撃退署の施設内で待機していた黒槍マサトは門木に詰め寄った。
「あいつは何人も、何百人も、俺の兄貴や色んな人を殺したんだぞ! それを無罪放免とかふざけんな!」
「……罪を問わないとは、言ってない」
 襟元を掴まれたまま、門木章治(jz0029)は静かに言った。
「……奴にはいずれ、然るべき機関が正当な罰を与えるだろう」
 だがマサトは納得しない。
「いずれっていつだよ!? 何年何月何日の何時何分何秒、地球が何回回った時だよ!?」
「あんたは小学生か!」
 ばこんっ!
 アヤが新聞紙を丸めた棒でマサトの後頭部を引っぱたく。
 しかし彼の勢いは止まらなかった。
「つか何で敵にも基本的人権があります、みたいな話になってんだよ! こっちは人権もクソもなく殺されてんだぞ! おかしいだろそんなの!」
「……そう思うなら、復讐すればいい」
 ただし、自分の手で。
 自分だけの力と責任で、それが出来るなら。
「そんなの、出来るわけないだろ!」
 黒咎達は使徒と言っても普通の人間に毛が生えた程度の能力しかない。
 メイラスに挑んでも、掠り傷さえ付けられずに返り討ちに遭うのがオチだ。
「……確かに、あいつらなら出来るかもしれない。でもな……俺も、あいつらも、お前の復讐を肩代わりするボランティアじゃないんだ」
 自分の手を汚さない復讐など、復讐とは言わない。
「……俺だって、その力があれば……、いや、無理だな」
 そこまで言って、門木は苦笑いを漏らす。
 自分にそんな度胸はない。
「……だが、もしお前が自分で出来ると言うなら……俺は、止めない。返り討ちに遭っても、それはお前が自分で決めた事だ」
 出来ないなら、我慢してどうにか折り合いを付け、他者の裁きに任せるしかない。
「……それも無理なら……俺を殺せば少しはスッキリするかもしれないな」
 ただしその場合、メイラスに返り討ちされた方が遥かにマシだったと思える程度の凄まじい報復の嵐に呑み込まれる事は覚悟するように。
「……溜め込んでるのは、お前だけじゃないんだ」
 門木は可笑しそうにくすりと笑う。
 それが却って怖ろしさを煽る様で……それっきり、マサトは口をつぐんでしまった。
 本気で納得したわけではないだろうが、とりあえず執行猶予を与えても良いと考える程度には、気持ちの余裕が出来たのだろうか。


 そして数日後。
 風雲荘御一行様は、約束通り遊園地へと出陣する。

 向かった先は久遠ヶ原島の一角にある巨大テーマパーク。
 そこは撃退士や天魔達でも楽しめるように、強度や設計を工夫した特別仕様になっている。
 入口の門をくぐると、そこには一本のアーチ型の橋がかかっていた。
 なんでも、後ろを振り向かずにその橋を渡りきれば、願いが叶うのだとか。
 そこから先は幼児でも楽しめるファミリー向けのアトラクションが多い「ファミリーゾーン」と、中高生から大人向けの絶叫マシーンやカップル向けのアトラクションが多い「アドベンチャーゾーン」に分かれている。
 ファミリーゾーンのお化け屋敷は全然怖くないが、イチャつくには寧ろ丁度良いかもしれない。
 反対にアドベンチャーゾーンのお化け屋敷や巨大迷路は殺意を感じる程度に本気の作り。
 もちろん透過は出来ないし、便利なアイテムや武器防具は持ち込み禁止だ。
 各ゾーンを隔てる中心エリアにはフードコートや屋台、食事可能な芝生の広場等があり、弁当持参も可能だ。
 このエリアには何故か縁結びの神社もある。
 そして、お誂え向きの(何に)高さ120mまで上がれる大観覧車も。
 また、エリアの各所では様々なイベントが行われていた。
 定番のヒーローショーは飛び入り歓迎。
 季節イベントとしてウェディングドレスの試着&記念撮影コーナーもある。
 男性向けにはタキシードも貸出可能。
 ただし、ここで記念撮影をしたカップルは来年まで本番の結婚式を挙げられないというジンクスがあるとか。

 最初は「下らない」だの「もう子供じゃない」などと言って渋っていた黒咎達も、足を踏み入れた途端に子供らしくはしゃぎまわっている。
 彼等に関しては、しっかり者のアヤが一緒なら放っておいても大丈夫だろう。
 それにここは撃退士だらけの遊園地、何か騒ぎでも起こそうものなら一瞬で拘束され、キツいお仕置きを喰らうに違いない。

 そしてもうひとり。
 何故か今日はテリオスも一緒だった。
「メイラス様が、人間社会の事を学んで来るようにと仰いましたので」
 その日がたまたま今日だっただけで、べつに遊園地に行きたかったわけではない、らしい。
「これも仕事のうちです」
 そもそも遊園地とは何か、テリオスは知らない。
 でもね、本当に仕事として来るつもりなら、わざわざ風雲荘を訪ねたりはしないと思うの。


 というわけで。
 今日は一日、遊び倒そう!




リプレイ本文

 その日、彼等は開園の数時間前からゲートの前に並んでいた。
 パウリーネ(jb8709)は券売所のガラスに映った自分の姿を確かめる。
 マキシ丈のワンピースにジャケット、頭にはキャスケットを少し斜めに被って、サイドアップに編み込んだ髪にアクセントを加えていた。
 結構頑張ってきたのだが、果たして横に並ぶジョン・ドゥ(jb9083)は気付いているのだろうか。
 開園五分前、スピーカーから軽快な音楽と共に歓迎のアナウンスが流れ始める。
 十秒前、カウントダウンが開始される。
 3、2、1―― 光 纏 !!
「目指すは全制覇! 行くぞ!」
 ジョンはパウリーネの手を引いて走った。
 まずは絶叫マシン十五連発フルコース、移動時間さえも全力で楽しむ!
 かくして、真紅の光の粒子を纏った彼等は、通常の描写スピードでは捕捉不能なハイスピードで園内を駆け巡るのであった。

 そこに待ち受けるたこ焼きテロ、香ばしいソースの匂いがトラップとなって入場者達の足元を掬う!
「楽しいところに俺はいる!!!」
 たこ焼き神ゼロ=シュバイツァー(jb7501)参上!
 今日は園内で出店している知り合いの店でお世話になってます。
 そしてこの店の主人こそ、何を隠そうゼロが神の座まで登り詰める最初のきっかけを与えてくれた超恩人なのである。
 たこ焼きの美味さと奥の深さを教えてくれた師匠と言っても良い。
 皆の者、崇めよ!
「ってことで今日は師匠んトコでバイトや!」
 そう、神と言えどもその座に胡座を掻いていてはいけない。
 驕れる者は久しからず、時にこうして初心に返る事も必要なのだ。

 とは言うものの。
 開園早々たこ焼きトラップにかかる客は、まずいない。
 だってここは遊園地ですもの。メインはアトラクションですもの。

「遊園地とか久しぶり。いっぱい楽しもう――ぼっちだけどね…!」
 蓮城 真緋呂(jb6120)は弾む足取りでゲートを潜り抜ける。
 今日は動きを妨げないゆったりとしたワンピースに、薄手のカーディガンを羽織っていた。
 普段着よりは多少気合いを入れているが、それほど頑張ったわけでもない。
「だって見せる相手とかいないし」
 ぼっちですが、何か?
 振り返らずに渡れば願いが叶うという橋の手前で立ち止まり、真緋呂は何かを祈る様にそっと目を閉じる。
 それから、しっかりと前を見据え、振り向かずに向こう岸へ。
「よし(ぐっ」
 何が「よし」かは内緒だが、まあ未来への決意表明といったところだ――表明してないけど。
 そしてアドベンチャーゾーンでガチなアトラクションを楽しみ――楽しみたいんだけど。
 そういうものは大抵ペアやグループで楽しむ事を前提に作られていた。
 一人でも楽しめない事はないが、やはり少々物足りなさを感じる。
「やっぱり誰か誘った方が良いかな…」
 他に一人で回っている猛者はいないだろうか。
 そう思って辺りを見回してみた。
 と、向こうからやたらと人数が多く、賑やかな集団がのんびりと歩いて来る。
 知った顔もいくつか見えるし、こっそり紛れ込んでしまおうか――
 などと思いつつ、けれど実際には彼等が目の前を通り過ぎるのをただ見送っていた。
 けれど。

「もし良かったらご一緒しませんかー?」
 何だかやたらとキラキラした金髪美女が声をかけてきた。
「――と、門木先生が言いたそうにしていたのですよー?」
 金色の髪をアップに纏め、ゆったりしたドルマンスリーブのレースアップブラウスに、アンクル丈のスリムなパンツ。
 淡い色合いで統一された初夏らしい装いに身を包んだその人の名は、アレン・マルドゥーク(jb3190)――男性である。
 着ているものはどう見てもレディースだが、男性である。
 因みに女装趣味はない。
 どういう事だと言われても、困る。
 それはともかく、気にするだけで声をかけられない門木に代わって、お誘いに上がりました。
 あ、ナンパとかそういうのじゃありませんから。
「お一人がよろしければ無理強いはいたしませんがー」
「ううん、ありがとう。私もぼっちはちょっと厳しいかなって思い始めてたところだし」
 遠慮なく仲間に入れて貰おう。
 楽しめる時に楽しまないと――自分達はいつ何があるか分らないのだ。
 苦笑いを漏らし、その考えを吹き飛ばす様に頭を振って、真緋呂は集団の中に飛び込んだ。

「章治兄さま、みなさん楽しんでくれると良いの…ですね」
 お馴染みのかづきの下から、華桜りりか(jb6883)が微笑みかける。
 今日の服装はチョコミントカラーのジャンパースカートにオフホワイトの半袖ブラウスだ。
 ふわふわと広がったスカート部分は白いレースで縁取りされ、一番下がベリーとミントのアーガイル柄、その上にチョコとミントの単色を乗せた三段重ねになっている。
 因みにスカートの下は見えても平気なドロワーズ。
「なんとなく、そうしないといけない気がしたの…」
 虫の知らせというのだろうか、平穏無事に終われる気がしない。
「きっと気のせいなのです…!」
 シグリッド=リンドベリ(jb5318)が希望を込めて主張してみるが、その笑顔は心なしか引き攣っている様な。
 いや、気のせいですね。気のせい、気のせい。
「今日は沢山遊びましょうね…!」
 シグリッドは半ば放心状態になっているテリオスの手を握る。
 そうされても、特に抵抗はしなかった。
 いや、もしかしたら気付いていないのかもしれない。
 楽しげな音楽とポップな色の洪水に呑み込まれ、処理能力が追い付かなくなっているのだろうか。
(手を離したら、どこかに飛んで行ってしまいそうなのです…)
 やはり血は争えないという事だろうかと、シグリッドは門木をちらり。
 もっとも、兄の方は以前ほど危なっかしくない――こともない気はするけれど、弟よりはきっとマシだろう。多分。
 それにほら、放っておいても誰も一人にしないから。
 ということで、今日は一日テリオスに付き合い倒す決意を固めたシグリッド。
「テリオスさんはどれに乗ってみたいです?」
 びっくり系以外なら何でも付き合いますよー。
 まあ、どうしてもと言うならお化け屋敷も頑張るけれど。
「ぼくはコースターとか好きなのです…!」
 だがしかし、そこに忍び寄る黒い影。

「シーグーぼー! あーそーぼー!」

 キターーー!!
 って、ちょっと登場早くないですかゼロさん、店はどうしたんですか店は。
「言うたやろ、楽しいところに俺はいるんや!」
 どうやらオモチャの匂いを嗅ぎ付けたらしい。
 まあ、今はまだ暇だから遊んで来て良いよって師匠に言われたんだけどね。
「そうかシグ坊、コースターが好きか。そうかそうか」
 しまった、聞かれてた。
「えっ、いっ、言ってないのですよ!?」
 いや、言ったけど、でもそのコースターは世間一般に言う通常のコースターであって。
「ゼロおにーさんのコースターじゃうわああぁぁぁぁ…」
 問答無用で拉致されるシグリッド。
 誰か、誰か後を頼みます!

「任されたのだ!」
 青空・アルベール(ja0732)は取り残されたテリオスの腕をがっちりホールド、お目付役を引き継いだ。
「今日はいっぱい楽しもうな!」
 そう言われても、テリオスには何をどう楽しめば良いのかさっぱりわからない。
「テリオスは遊園地はじめて?」
 初めてどころか遊園地という言葉の意味もわからない。
 皆と楽しく遊ぶ場所だと言われても、そもそも遊ぶという概念が理解出来ないらしい。
 彼にとっては人間界そのものが右も左もわからない異世界だ。
 なのに、その人間界の中でさえ異世界と言われる遊園地に放り込まれたのだから、その混乱ぶりは想像に難くない。
 その様子を見て、カノン(jb2648)はこの世界に来たばかりの頃を思い出していた。
 あの頃は想像も出来なかった――自分がこうして雑多な種族の中に混じって、遊園地で遊んでいる姿など。
 今日は人間界の先輩として恥ずかしくないように、しっかりと準備を整えて来た。筈だ。
 各種アトラクションの下調べは万全、服装も遊園地に相応しく整えて来た。と、思う。
 ベージュ色の短めキュロットに、空色のカットソー。その上からリボンの様に裾を前で結んだ白いシャツブラウスを羽織り、足元は茶色のショートブーツ。
 雑誌に載っていた「失敗しない遊園地コーデ」そのままだから、きっと大丈夫。
 ただ足の露出が気になって、黒のニーハイソックスを加えてみたのだが――何となく、逆効果だった様な。
 そして門木はと見れば、グレーのチノパンに白Tシャツ、袖を捲った紺色のジャケット。足元はカジュアルすぎないスエード靴、いつもの眼鏡は薄く色の付いたサングラスに変えている。
 本人としては頑張った、つもりだ。
「門木先生が自らお洒落をするようになって、私は嬉しいです〜」
 アレンが褒めてくれた。
 しかし門木は何故か微妙な顔をしている。
 ん? もしかして先生呼びがお気に召さない?
「確かに休みに役職で呼ぶのは変ですか」
 カノンが難しい顔で考え込む。
「え? センセって呼ばない方が良いの?」
 下ろしたての水玉ワンピースに半袖ボレロを羽織った鏑木愛梨沙(jb3903)は、かくりと首を傾げた。
「この機に呼び方変えちゃいましょうかー」
「しかし他の呼び方となると、普通なら門木さんですが…」
 何が良いかなーと楽しげなアレンと、ひたすら真面目なカノン。
 でも名字呼びはちょっと硬くないですか?
 他人行儀と言うか――いや、実際他人ですけど。
「章ちゃんとかどうです?  私の方がかなり…年上みたいですしー」
 え、そうなの? そう言えばアレンさんの実年齢は聞いた事がなかったけれど、女性に年齢を訊くのは――あ、違った。失礼しました。
 まあ、どちらにしても実年齢が二桁である時点で、門木の方が大抵の天魔よりは年下だろう――見た目はどうあれ。
「…うん、それで良い」
 門木はほんのり嬉しそうに頷く。
「あたしはどうしようかな…」
 考え込んだ愛梨沙は、シグリッドやりりかが最近ずっと名前で呼んでいる事を思い出した。
 ナーシュはダメ?
「んー、じゃあショージで良いかな」
「私も章治さんと呼ばせていただきますね」
 ユウ(jb5639)も名前で呼ぶ事に落ち着いた様だ。
 ただし二人とも、気を抜くと普段の呼び方に戻ってしまいそうだった。
 一方、カノンは本人に直接尋ねるというド直球を投げた。
「どう呼ばれたいですか?」
「ナ…あ、いや、その…な、何でもいい、です」
 ぽろっと言いかけて、慌てて首を振る。
「…訊いてくれて、ありがとう。うん、でも…ごめん。やっぱり、無理に変えなくて…いい」
「そう言われても…」
 変だと気付いてしまったからには、このままではいけない気がする。
「では、門木さんで」
「…うん」
 呼ばれた本人、余り嬉しくなさそうだけど。

「メイラスとのゲームも一段落…今だ予断を許さない関係ですが、今は日常を満喫して英気を養わないとですね」
 微妙な空気の二人を横目で見つつ、ユウは黒咎の三人、サトル、マサト、アヤに柔らかな笑顔を見せる。
 洗脳も無事に解かれ、これで漸く面と向かって話が出来るようになった。
「一緒に回りませんか? リュールさんもご一緒に」
 彼等三人にとって、リュールの姿は仇の象徴。
 しかしそれがメイラスによって仕組まれた罠だった事が判明した今、その意識は徐々にではあるが薄らぎつつある。
 とは言え、まだ完全に気を許したわけではなかった。
「別に良いけど」
 三人のリーダー格である事がほぼ確定したアヤが、素っ気なく答える。
 一緒にいるのは構わないが、積極的に関わりたくはない――と、そんなところだろうか。
「ありがとうございます、今日はよろしくお願いしますね」
「良かったのですー」
 アレンは三人に改めて自己紹介。
「209号室の美容師なアレンです、よろしくお願いしますねー。お肌のケアやお洒落でお悩みの時は全力で力になりますよー♪」
 彼等が完全に気を許してくれるようになるまでは、まだ長い時間が必要だろう。
 だが一緒に過ごす時間が長くなれば、相手の色々な事が見えてくる。
 そうやって少しずつ理解を深めていく事で、いつの日か心にストンと落ちる筈だ。
 あの凶行が、リュール本人の仕業では有り得ないという事実が。

 それはきっと、門木とテリオスの間についても同じ事だろう。
 今は互いに目も合わせようとしないが――こうして同じ時間を過ごすだけでも良い。

「だったら最初はアレだな!」
 青空は天に聳える巨大なジェットコースターを指差した。
「うん、大丈夫。案ずるより産むが易しなのだ」
 テリオスの腕を掴んで、ぐいぐい引っ張って行く。
 それは最速最長最恐を誇る超絶叫マシン、その名もスーパースピントルネード略してSST。
 その列には、雨野 挫斬(ja0919)と高松の姿もあった。
「デートに行くわよ!」
 朝、ガーターベルトにミニスカという刺激的な格好で現れた挫斬は、勝手知ったる寮の部屋に上がり込み、勝負下着その他を入れた荷物をベッドの上にどさりと投げる。
「それと寝巻きと替えの下着とお泊りセット持ってきたから今日泊めてね!」
 尚、拒否権は認めない。
「言いたい事は色々あるけど、それは後で纏めてじっくり問い詰めてあげる」
 ひとまず今日は一日、遊園地に付き合いなさい。
「せっかく来たんだから、目指すのは当然アドベンチャーゾーン全制覇よね!」
 そして最初に狙ったのは、やはりこの最速最長最恐だった。

 列の中にはエクストリーム遊園地デートを敢行中の、パウリーネとジョンの姿もある。
 そして、どう見ても本物の親子にしか見えないクリス・クリス(ja2083)とミハイル・エッカート(jb0544)も列の後尾に駆け込んで来た。
「さて、クリスは何に乗りたい?」
 ミハイルパパの言葉に、娘は早撃ちの如く素早い返事を返す。
「それはもうアレ! アレしかないでしょ!」
 指差したのはSST、泣く子も黙ると言うか意識が飛んで泣く事も出来なくなるレベルの絶叫マシンだ。
「あれか。お前大丈夫か?」
 身長制限130cm以上とか書いてあるんだけど。
 クリスの身長ではイチタリナイ。
「大丈夫だよ、靴底にティッシュ詰めればそれくらい」
 良い子は真似してはいけません。
「小等部の友達だけだと乗れないの、でも今日はミハイルぱぱと一緒だから大丈夫(ぐっ」
 それに今日はレトロな花柄ワンピだから、少しは大人びて見える筈。
 年齢制限で引っかかる事も多分ない、筈。
「まあ良いだろう。常に生死をかけた戦いに身を置く俺としてはこんな絶叫マシーンなんて子供だましだがな!」
 しかし楽しむと決めたらトコトン楽しむのが粋な大人というものだ。
「ジェットコースターは最前列がいい。なんてったって景色が違う」
 というわけで。
「俺達を一番前にしてくれ」
 真顔でスタッフに頼み込む。
 勿論、強引に割り込むような事はしない。寧ろ譲る。
 後から来た者に場所を譲れば、結果的に次の回で先頭に立てるだろう。
「お客さん、困りますよ。一番前が良いのは皆さん一緒なんですから」
 スタッフに怒られた。
 そりゃそうだよね。
「パパ大人げないよ、後ろでも良いじゃない」
 今度は娘に叱られた。

 前の方でも何やら揉めている様だ。
「私は乗らないぞ、乗らないと言ったら乗らない、絶対にだ」
 どうやらリュールがゴネているらしい。
「わかりました、では向こうのファミリーゾーンでゆっくりしましょうか」
 駄々っ子と化したリュールは、ユウに手を引かれて列を離れる。
「…じゃあ、俺も」
 門木も後に続こうとするが――え、ダメ?
「章ちゃんが抜けたら奇数になってしまうのですよー?」
 シートは連結された妙に丸いライドの一台に二列ずつ、二人一組で四人乗りだ。
「一人でも乗れますけど、隣がいないと寂しいのですねー?」
 先頭は一番乗りしたパウリーネとジョン、その後ろには挫斬と高松。
「ね、もしかして絶叫マシンとか初めて?」
「んなワケねーだろ、ばーか」
 挫斬に言われて強がってみるが、高松は絶叫マシンどころか遊園地自体が初体験だ。
 黒咎の一角に真緋呂が入り、その後ろには青空とテリオス。
「遊園地のせんれーってやつなのだ」
 安全バーが降りて、身体をしっかりと押さえ付ける。
「何だこれは! 私を拷問にでもかけるつもりか!」
 テリオスは、それを拘束具だと思ったらしい。
 まあ、ある意味これから始まるのは拷問と言えなくもないけれど。
「大丈夫です。これは安全を確保する為の措置ですから」
 後ろの席でカノンが声をかける。
 もっとも、彼女自身もこれが絶叫マシン初体験になるのだが。
 でも大丈夫、どんなものかは情報誌で調べたし、実際に動く様子も動画で見たから。
 その隣には愛梨沙、後ろの列にはアレンと門木、そして最後尾はミハイルとクリス。
「くそ、リュールが降りなきゃ次の回の先頭だったのに」
「パパまだ言ってるー」
 もー、大人げないったら。

 カタン、カタン。
 じれったいほどゆっくりと、マシンは走り出す。
「おー 人がまるでお人形さんみたいー」
 クリスは余裕の表情で園内を見下ろし、足をぶらぶら。
 実は床に足が届いていない事は内緒だが、膝の上からベルトで固定してあるから、きっと大丈夫。
「あ。カップル発見ー らぶらぶだー♪」
 って言うかもうカップルだらけだー。
 別に羨ましくはないけどね、今日はパパとデートだし。
 それにもう少し大きくなったらあちこちメリハリが付いて、きっとモテモテになるんだから。
 レールの勾配は次第に角度を増し、最後には殆ど垂直になって止まった。
 わくわくドキドキ。
 嵐の前の静けさ、いや地獄の前の天国か。
 ガタン。
「――来た!」
 マシンは再び動き出す。
「テリオス、しっかり掴まって…っにゃ、わーーー!!!!」
 青空くん、喋ると舌を噛みますよ?
 マシンは落ちた。
 レールから浮き上がるくらいの勢いで、とんでもない加速度を付けて落ちた。
「「「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」
 まあ、この程度は余裕ですよね。
 でもその最中に、連結されたライドがティーカップの様にクルクル回り出したらどうでしょう。
「ひょえぇぇえ〜〜〜〜っ!!?」
 ライドが丸いのは、この回転アクションを加える為だったらしい。
 回りながらの超急降下、そして空中に放り投げられそうな三連続ループを抜けて、螺旋状に渦を巻く真っ暗なトンネルへ。
 もういやだ、降りる、降ろして、帰りたい。
 この時点で何人かは心の中でそう叫んでいたかもしれない。
 しかし、これがまだ2セット続くのだ。
 そして最後には最大級の落差を誇るキリモミ落下が待っている。

 そんな状態では、周囲でどんな異常事態が起きても気付かないだろう。
 実はその時、マシンと競う様に空を切り裂いて駆ける、二つの影があった。
「ゼロコースター、発進!」
 ひとつはいつものアレである。
 もうひとつの影は、りりかを乗せた鳳凰の姿。
「どうしてこうなったの、です?」
 それはね、コメディだからですよ。
 サイズ的に少々の無理があろうと、騎乗に必要なスキルがなかろうと、コメディですから。
 勾配の頂点で待ち構えていた二人は、マシンの急降下と同時に動き出す。
 普通なら、いくらゼロさんの移動力が化け物じみていようと、ジェットコースターには敵いません。
 でもこれはコメディですから。 ※大事な事なので三回言いました
 急降下から地面ぎりぎりでブレーキをかけ、ほぼ直角に曲がって水平飛行、からの急上昇でループの輪をジグザグにくぐり抜け、螺旋状のコースはその中心を貫いて飛ぶ。
 疲れたらコースターの最後尾に掴まって――
「シグ坊、息しとるかー?」
 へんじがない。
 これはしかばねですか?
「いや、シグ坊はきっと死なん。強い男の子やからな!」
 ウェアキャットワンピにネコ耳ニット帽、そして桜色ストールという、どう見ても女の子の格好ではあるけれど、シグくんは男の子。
 男の子ですよ? ※ここ重要
 そしていつの間にか、鳳凰さんはリタイアしていた。
「ゼロさん、しぐりっどさん、がんばって…なの」
 りりかはアイスクリームスタンドでチョコアイスを食べながら見物の構え。

 マシンがプラットフォームに戻ってきた時、そこには静けさが満ちていた。
 最後にはもう声を上げる気力もなく、ただマシンに身を委ねるだけの人形と化していた彼等が魂を取り戻すのに、どれくらいの時間がかかっただろう。
 気が付けば一行は、アトラクション出口に設けられた休憩所のベンチに並んで腰掛けていた。

 ――はっ!

 そこから更に、記憶を取り戻すまで数十秒。
「よし、もう一回これ乗ろうぜ!」
 ミハイルはどうやらすっかり気に入ったらしい。
「今度こそ一番前だ! ゲットするまで何度でも並ぶぞ!」
 つまり、何度でも乗るという事ですね。
「わかった、ボクも付き合うよ! 地獄の底まで!」
 覚悟を決めたクリスはミハイルの手を引いて再び列に並ぶ。
 ちょー怖かったけど、楽しかったらしい。
 そして三度目の正直で最前列を確保、大人げない大人は子供そっちのけで盛り上がる。
「ヒャッハー!」
 思う存分に堪能し、次はフリーフォールに目が留まった。
「次はあれ行こうぜ! あれ!」
「はいはい、そんなに走らなくても乗り物は逃げて行かないよー?」
 まったく、どっちが子供なんだか。
 順番が回ってくると、今度はムラムラと冒険心が湧き起こって来る。
「むしろこのマシーンに仁王立ちして乗りたいぜ。マジやってもいいか?」
「って、パパダメだよぉ。スタッフさんの言うこと聞こうよー」
 ほんとに、どっちが子供なんだか。
 それにね、そんなことしなくても充分にスリルは味わえますよ。
 何しろこのマシン、途中で真っ逆さまになるんですから。

「テリオス? テーリーオースー?」
 ゆっさゆっさ、青空は未だに魂が戻らないテリオスを揺さぶってみる。
 あ、これだめだ。少し洗礼が激しすぎただろうか。
「ごめん、じゃあ一休みしよう!」
 ほら、あっちにポップコーンの屋台がある。
「キャラメルかけたやつがすげー美味しいのだ」
 はちみつやメープルシロップでも良いし、バター醤油やチーズも良いよね!
 青空は硬直しているテリオスをずるずる引っ張って行く。
「けどこれでもう、どんな絶叫マシンも大丈夫なのだ」
 どやっ!

「か、門木さん、手を…」
 想像したよりも遥かに怖かったらしく、カノンは門木の手を握ろうとする。
 が、そこではたと気付いた――既に両手でしっかり握り締めていた事に。
 しかも慌てて離すと白く跡が残るほど力を込めていたらしい。
「あ、す、すみません…!」
 どうやら理性が判断する前に、身体が勝手に動いていた様だ。
「…ん、大丈夫」
 ちょっと痺れてるけど、問題ない。
 頼りにされて嬉しくない男はいないだろう。
 ましてや普段は全く頼りにならない自覚があるだけに、ここぞとばかりに張り切ってみる。
 改めてしっかりと手を握り直して、さて次は――お化け屋敷なんてどうですか?

「なんだ、絶叫マシンなんて言っても大した事ねぇな」
 高松は強がっていた。
 めいっぱい強がっていた――膝がプルプル震えている事を悟られない為に。
 しかし多分バレバレである。
「じゃあ次はあれね!」
 挫斬が指差したのは、ぶら下がりコースター。
 吊り輪に腕を通すだけで、文字通りぶら下がったままブン回されるジェットコースターだ。
 途中で滑り落ちても自己責任でという辺り、流石は撃退士の利用に特化した遊園地。
 因みにスカートでのご利用も可能ですが、それもまた自己責任でお願いしますね?

 一方、もう一組のアトラクション全制覇組であるパウリーネとジョンは、既に五つ目のアトラクションに挑んでいた。
 その名もデスカップ、ぐるぐる回るティーカップの性能を極限まで引き出した、これまた撃退士御用達の絶叫マシンだ。
「俺は今、カップの極限に挑む!」
 真ん中のハンドルに手を掛けて、ジョンはスタートを待つ。
 軽快な音楽と共に床が動き始めると、ハンドルを回して超高速回転!
 あ、因みにこれ床そのものも動きますから、斜めにスイングしたり、垂直に転がったり、逆さになったり。
 勿論、落ちたり放り出されたりしても自己責任ですから。

「うわー、けっこう混んでるねー」
 如月 統真(ja7484)はエフェルメルツ・メーベルナッハ(ja7941)の手を引いてアドベンチャーゾーンを走る。
 けっこう早く出て来たつもりだったけれど、アトラクションの前にはどれも結構な長い列が出来ていた。
「どうしようエフィちゃん、空いてるとこ行く? それとも割り込む?」
 統真にとって、エフィは他の何よりも大切な存在である。
 その溺愛ぶりは、彼女の為なら世界が全て滅びても構わないレベルだった。
 それに比べれば列の横入りなんて軽いもんだよね!
 え、だめ?
「混んでても、大丈夫なの…」
 エフィは人目も憚らず統真に抱き付いてすりすり、発育の良い胸を押し付ける。
 こうしてイチャついていれば、待ち時間などあっという間。
「だって恋人同士…エフィは統真のモノなの…ね、統真…♪」
 待ち時間に会話が持たず、遊園地デートの直後に別れるカップルの話もよく聞くけれど、二人にそんなものは無縁なのだ。
「じゃあ一番混んでるあれにしよう!」
 指差したのはSST、例の最速最長最恐超絶叫マシンだ。
 それに、丸いカプセルの中に入ってイチャつきながらゴロゴロ転がるやつとか、タワー型の二人乗りブランコとか――
「エフィちゃん。今度はアレに乗ろうか?」
 統真はライド型のシューティングゲームを指差す。
 しかしエフィの目は派手な水飛沫を上げる絶叫マシンに釘付けになっていた。
「あの、水を滑り落ちる乗り物、乗ってみたいの…」
「わかった、行こう!」
 丸太をくり抜いて作った様なライドに乗って激流を下り、水に飛び込む派手なアトラクションだ。
 因みにライドの下にレールはない。
 二人が乗った丸太ライドは本物の激流下りの様に、あっちにぶつかりこっちにぶつかり、他のライドともぶつかって時にひっくり返りながら、下流を目掛けて流されていく。
 そして最後は滝壺に突き落とされるが如く――
 ざっぱーん!
 普通の人なら多分生きてない。
 でも撃退士なら大丈夫。
「面白かった、けど…」
 ちょっとフラフラしながら出て来たエフィは統真を見る。
「濡れちゃったの」
 ずっきゅーん!
 困ったような誘うような視線に射貫かれて、統真の理性はマッハで逃げ出した。
 あ、最初からいなかった気もするけど。
「濡れちゃったなんて、ふふふっ。悪い娘だなぁ、エフィちゃんは♪」
 確かに濡れている。
 ほら、上から下までずぶ濡れでしょ?
 白いドレスが狙った様に透けているのは、多分実際狙ってるよね。
「じゃあ向こうの茂みで僕といいこt――」
 しかし、そこに無粋な邪魔者が現れた!
「はぁい、あたしクラリン♪」
 頭にピンクのリボンを付けた、不細工なクラゲの様なゆるキャラ。
「世界の公序良俗を守るのが、あたしの仕事なの♪」
 その後、遊園内で二人の姿を見た者はいないという――

「優希さん、遊園地ですよ、遊園地」
 或瀬院 由真(ja1687)は橘 優希(jb0497)の腕をとって、園内をきょろきょろと楽しそうに見渡している。
「うん、楽しそうだね」
 一見すると女の子同士のペアと間違えそうだが、彼等は結婚の約束を交わした恋人同士だ。
 因みに本日の由真さんは、クマーではない。
 遊園地デートに相応しくデニムのショート丈オーバーオールに白いシャツ、その上からピンクのパーカを羽織っている。
 優希の方はオーバーオールの丈が長く、パーカが水色である点が違うだけ。
 つまりはペアルックですね、ごちそうさまです。
「色々あって迷ってしまいますね」
 絶叫マシンか、いちゃらぶほのぼの系か、それとも――
「優希さん、ゴーカートですよ! 懐かしいです」
「ほんとだ、懐かしいね」
 ゴーカートと言えば子供が喜ぶ乗り物として根強い人気を誇る定番アトラクション。
 でも、ただ乗るだけじゃちょっと面白くないかな?
「どうせなら、勝負をしない? 来週の夕食当番でも賭けて」
「む、いいですよ。絶対に負けませんからね!」
 一人乗りカートに身を沈めた途端、由真の走り屋魂(ただし無自覚)が目を覚ました。
 スタートと同時にアクセルをぶち抜く勢いで踏み込んで、ギュルギュルと轟音を立てながら弾丸の様に突っ走る。
 一部で囁かれる「おっとり型絶叫マシン」の二つ名は伊達ではなかった。
 激しくアップダウンを繰り返すコースをフルスロットルでぶっ飛ばし、連続するカーブをドリフトで切り抜け、追いつ追われつ抜かし抜かされ激しい攻防を繰り広げる。
 …ゴーカートって、なんだっけ。
 そして最終コーナーからの直線、エンジンが悲鳴を上げる中、チェッカーフラッグを受けたのは――流石の絶叫マシン由真さんだった。
「あー、僕が夕食当番かー」
 優希は少し悔しそうだが、負けは負け。
「準備運動には丁度良かったかな。少し汗もかいたし、アイスでも食べようか」
 勿論ここは敗者の奢りで。
 木陰のベンチに並んで座り、バニラとチョコで食べさせ合いっこをしながらバトルの感想を語り合う。
「んー、やっぱり遊園地の物なのか、スピードがあんまり出なかったね」
 時速200kmは出てましたけど。
「リミッター付きだったみたいですね。んー、仕方ないかも?」
 いや、だから時速200km…
「今度、本格的なカートレース場に行きましょうか」
「良いね、次は負けないよ?」
 そう応じつつ由真の口元を見る。
「ん…由真さん、アイスが付いて…」
 ぺろっ。
「優希さん…人前ですよ、もうっ」
 恥ずかしそうに微笑む優希に、由真は頬を真っ赤に染めつつ素直に応じる。
 けれど、その後は何となく気まずいような恥ずかしいような――
「つ、次はアレに乗りましょう、アレっ」
 由真は照れ隠しに勢いよく立ち上がる。
 指差したのは二つの交差するリングで外周を覆われた、昔なつかし地球ゴマの様な物体。
 だが似ているのは見た目だけ。
 独楽の平面部分に乗って、その遠心力と縦横無尽かつ予測不能な動きを楽しむものらしいが――そこにはボルダリングで使われる様な突起が並んでいるだけ。
 そこに掴まって、自力で身体を固定しろという事だろうか。
「由真さん、ほんとにあれで良いの?」
 優希の問いに、由真はこくりと頷く。
 うん、頑張れ。

「…我は『楽しい』の邪魔になる、一人でいい」
 Ω(jb8535)は、空いているアトラクションを探して園内を歩いていた。
 厳密に言えば一人ではない。頭に乗せたケセランのピリングも一緒だ。
 アドベンチャーゾーンにある乗り物の前には、どれも行列が出来ている。
 反対にファミリーゾーンには人が殆どいなかった。
 小さな子供のいる家族連れは、昼近くになってから増え始めるのだろう。
 全然怖くないお化け屋敷や園内をゴトゴト走るミニSL、スピード狂が運転する車の方がまだスリルがありそうなコースター等々――
 殆どのアトラクションはΩの貸切状態。
 乗り物も世話をしてくれるスタッフも、全部Ωが独り占めだ。
 こんな贅沢、滅多にない。
「次は何に乗ろう…ピリングは、何がいいかな」
 返事はないけれど、この子もきっと一緒に楽しんでいる。
「じゃあ、あれ」
 タコさんがクネクネしてるやつ。
 あれ、見た目はふざけてるけど結構ハードで楽しいんだよね。

 ファミリーゾーンには、ユウとリュールの姿もあった。
 絶叫マシンお断りのリュールに付き添って、ゆったりのんびり遊園地の雰囲気を楽しんでいる。
「お前も向こうの賑やかな方が良いだろうに、すまんな」
 ゆっくり回るメリーゴーラウンドに揺られながら、リュールはユウに話しかけた。
「いいえ、私もこういうのんびりした雰囲気は好きですから」
 それに今日はフェミニンなロングスカートで来ている。
 激しく動くアトラクションには少々不向きだった。
「そうか」
 のんびり派の自分に合わせる為に、わざと不向きな服装を選んだのかもしれない。
 そう思いつつ、リュールはキラキラ光る天井の装飾を見上げる。
「あれも、こんなものが好きでな」
「門木せ…章治さん、ですか?」
「ああ。昔はよく自分で作ったものを見せてくれたものだ」
 おもちゃで皆を笑顔にしたい、とも言っていた。
 周囲はそれを理解しなかったけれど。
 天界に遊園地はない。少なくとも、リュールが知る限りは。
 そもそも遊びに対する理解がないのだ。
「あれにはここの空気が合っているのだろうな」
 もっと早く送り出してやっていれば良かっただろうか――

「きっつぁーん、お届け物やでー!」
 その頃、門木の元へはゼロからのプレゼントが届いていた。
 ソースの香りが香ばしいそれは、普通のおいしいたこ焼きパックを括り付けられたシグリッド…の、成れの果てと言うか抜け殻と言うか。
「いっつも邪魔しとって悪いからな、後はきっつぁんに任せるわ!」
 そしてゼロはりりかを掻っ攫い、二人で愛の逃飛行。
 どこへ行くって?
 そいつは風に訊いてくれ。

「…シグ、大丈夫か?」
 門木にぺちぺち頬を叩かれ、シグリッドは目を覚ました。
 どうせ起こすならキスが良かっtいいえ何でもありません。
「あ、そろそろお昼の時間ですね。ぼく、ロールサンドとフルーツサラダ作ってきたのですよー」
 紅茶もあるし、ついでにたこ焼きも。
「テリオスさんも一緒に食べませんか?」
 ぷるぷる首を振られても、餌付けに弱いってぼく知ってる。
 兄弟一緒には、まだ無理そうだけど――

 お昼時、挫斬は食欲旺盛な黒咎達とフードコートへ。
「先生の上着を売った残りがまだあるから、今日はお姉さんが奢ってあげる!」
 好きなもの何でも食べて良いよ!
 って、どんだけ吹っかけたんでしょうか、この人。

 そして真緋呂は食べる。
 食べて飲んで食べて食べて、目指すは全店舗&全メニューの完全制覇。
 大丈夫、店の数だけ別腹があるし、その為のワンピですから。
 ウエストを締め付けない服って良いよね。

 持って来たいちごオレを飲みながら、Ωはベンチに座って休憩タイム。
 午前中のうちに全力で遊び倒し、ご機嫌な様子で足をぶらぶらさせている。
 顔に出さない分、身体で表現するタイプなのだろうか。
「次、どこ行こう」
 アトラクションはどこも混み始めているし――


「最近の遊園地はなかなか面白い企画をする」
 穂原多門(ja0895)と巫 桜華(jb1163)のお目当ては、ウェディングドレスの試着&記念撮影会だった。
 他のアトラクションには目もくれず、真っ先にイベントコーナーへ向かう。
 そこには、まるでドレスの見本市でもあるかの様に、様々なタイプのドレスが飾られていた。
「これ全部、どれでも着て良いのでスか?」
 色々と目移りしつつ、選ぶ時間もまた楽しいものだ。
 桜華がどれすを選んで着替える間、多門はタキシードに着替えてじっと待っていた。
 女性に比べて男性は選択肢が少ない。
 しかしそれも女性が主役だと思えば当然の事か。
 やがて試着室のドアが開き、可愛らしいプリンセスラインのドレスに身を包んだ桜華が姿を現す。
「どうですカ? ドレス、ウチに似合ってマスか?」
 少し恥ずかしそうに小首を傾げて訊ねたが――反応がない。
「多門サン?」
 呼びかけられても桜華の姿を見つめたまま、多門は石像にでもなったかの様に微動だにしなかった。
 美しい。
 言葉も忘れる程に。
 もしかしてこの感動は本番までとっておくべきだったか。
 いやいや、本番は本番でまた違った感動がある筈だ。
 つまり、二度美味しい。
「…、…似合っているぞ」
 やっとの思いで声を絞り出す。
 その言葉に頬を染めながら、華の様に笑顔が綻んだ。
「タキシード姿の多門サンも、カッコいいでス…♪」
 二人は手を取りあい、撮影用に設けられた小さなチャペルへと歩を進める。
 神父も参列者もいないけれど――
「誓いの言葉って、どんな風に言うでスか?」
「そうだな、健やかなる時も病める時も…とか、そんな感じか」
 近頃はオリジナルの言葉を作る例もある様だが。
「桜華となら、確かにどんな困難でも乗り越えられそうな気がするな」
「そうデスね、ウチもそう思いますデス」
 本番はいつになるのだろう。
 このイベントには妙なジンクスがある様だが。
「ジンクスは気にしないのデス」
 どきどきして嬉しくて、こんなに素敵な日だったから。
「このジンクス、逆に言えば来年以降なら式を迎えられるということだな」
「ふふ、じゃあ予約…しておきマス…♪」
 耳元で囁いた多門の言葉に微笑みを返した桜華は、その手をとって薬指にそっと口付ける。
 それがエンゲージリングの代わりだ。
「必ずな」
 短く答え、多門は未来の花嫁をそっと抱き締める。
「ウチの心はもうずっと、多門サンだけのもの、デス♪」
 はい、末永く爆発しやがりくださいませ。

 食事の後、青空はテリオスを引っ張ってヒーローショーへ。
「お、お、クオンライダーだ! 見に行こ!」
 大丈夫、テレビ見てなくてもショーは楽しめるよ!
 単純な勧善懲悪の王道ストーリーだからこそ、その物語は誰の胸にも響く。
「正義の味方っていつだって完璧で、絶対に悪に勝って」
 ヒーロー達の活躍に拍手を贈りながら、青空は呟いた。
「私もああなりたかったんだけど、現実はそんな甘くねーよな」
 上手くいかなかったこと、いっぱいで。
「だからせめて、後悔はしねーように戦ってる、つもり」
 にぱっと笑って、再びテリオスの手を引く。
「折角だから一緒に写真撮ってもらいに行こ!」
 多分、門木せん…章治にーちゃんも来てるだろうし。
(わざわざにーちゃんとこに降りてきたんだから、な)
 そして思った通り、門木はそこにいた。

「ウェディングドレス、綺麗ですねぇ」
 ショーウィンドウに並んだマネキンを見て、アレンが悩ましげな溜息を吐く。
「繊細なレースや刺繍は何度見ても良いものです。実際着てみて構造の理解を深めたいですねぇ」
 あくまで美容師として研究の為に。多分。
「…章ちゃん一緒に行きませんか。格好良いタキシード姿お母様に見せて差し上げましょー」
「章治おにーさん、写真…!」
「章治兄さま、行きましょう、です」
「セン…ショージ一緒に撮ろう〜♪」
 あっちこっちから誘われて、門木はズルズル引っ張られて行く。
 それを見送るカノンの胸中は少しばかり穏やかではない様子だが――
「…カノン、お前も来い」
「え?」
 そして差し出されたのはタキシード。
 ちょっと待って、ナンデ?
 確かに似合いそうだけど、でもナンデ?
「…遊びだから、皆で撮ろう」
 男女逆転だって良いじゃない。
「じゃあ章治おにーさんはドレスなのです?」
 シグリッドが問うが、それはあっさり拒否された。
「…じゃあぼくがドレスで」
 なんか腑に落ちないけれど、仕方ない。
「テリオスさんも着てみます?」
 どっちとは言わないけど――
「勿論ドレスよね!」
 黒咎達と共に乱入して来た挫斬が問答無用で押し付ける。
「全員ウェディングドレスで撮影するわよ。拒否は認めないわ! 皆可愛いから大丈夫!」
 手下どもを餌で釣り、けしかけた。
「恥ずかし仲間を増やすのよ! 一人捕まえる毎にお土産を一つ買ってあげるわ!」
 そうは言っても皆さんそれぞれ思惑があるわけで。
 高松なんか撮影そのものを嫌って、どこかにトンズラしちゃったし。
「後でシメる」
 首を洗って待ってなさいね?

 大騒ぎの中、真緋呂はひとりドレスと格闘していた。
「う…そんなにウエスト締めると苦しい…っ! 出ちゃう…!」
 何がって、さっき食べたアレとかコレとか、色々なものが。
 ついでに締め上げた腹部からハミ出たお肉が上乗せされたせいもあって、バストサイズもランクアップ。
「きっつ…!」
 しかし全ては美の追究の為。
 撮影が終わったら速攻で脱ぐけどね。
 脱いだらまた食べるけどね!

 支度が出来たらまずは全員で集まって、一枚パチリ。
 後は個人でお好きなように。
「一緒にお写真を撮らない、です?」
 小さなリボンがいくつも着いたふわふわミニ丈ドレスを着て、りりかは白手袋に包まれたテリオスの腕をくいっと引っ張る。
 はい、意味もわからず流されるままにエンパイアドレス着てみました。
 違和感が職場放棄する現象には、まあ慣れたけど…それにしても似合いすぎじゃありませんか。
 タキシード姿のゼロも巻き込んで、勿論シグリッドと門木も一緒に、ついでにスマホの待ち受け用も自撮りで確保。
 シグ君は半ばヤケクソで門木を姫抱っこしてみる。
 あれ、でもこれよく考えたら二人ともタキシードで良かったんじゃ…?
 って言うか何でリュールさんまでタキシードなんですか、ドレス姿見たかったのに!
 似合いますけどね、格好いいですけどね。
「リュールさん、章治さんと一緒に撮ってみてはいかがですか?」
 ユウが背中を押してみる。
 二人で立つと、どこかの組の若頭と守り役みたいな図柄になるけれど。
 いっそゼロとカノンも巻き込んで、極道ファミリーっぽくしてみます?
「なら、りんりんとシグ坊は一家のお嬢様役やな!」
 ああ、カオスになってきた。

 賑やかで楽しげなその様子を、Ωは自分で作った境界線の外側からじっと見つめていた。
「あの人、あんなに囲まれてて疲れないのかな」
 何かの先生だった気もするけれど、誰だっけ。
 誰でもいい、自分とは関係のない世界だ。
「眩しい、ね」
 ガラス越しに見えるあの綺麗なドレス。
 自分が着ても誰も見ないし、きっと似合わない。
「行こうか、ピリング」
 誰かに気付かれて、巻き込まれる前に。
 少し早いけれど、あれに乗ってオシマイにしようと、Ωは観覧車を見上げる。
「…今日は楽しかったね、ピリング」
 初めて来た遊園地、これもたのしいゆうえんち。

「な、クリス、欲しい物があればパパが買ってやるぞ? 何が良い?」
 すっかり大人げない大人認定されてしまったミハイルは、少しはお父さんらしい所を見せようと声をかける。
「はいはいー 甘いモノ食べたいー」
 そこで目に入った「親子で挑戦バケツプリンアラモード」の文字。
「よかったねパパ、ラッキーだよ!」
 挑戦の文字が少し気になるけど、まさかこれ時間内に食べきれなかったら全額請求とかじゃないよね?


 やがてすっかり陽も暮れた頃。
 パウリーネとジョンは観覧車に揺られ、互いの戦果を称え合っていた。
「本日楽しみ尽くしてやったアトラクション達がよく見えるー!」
 ってか120mだって。120m。凄くない? 高くない?
「うん、そうだな」
 はしゃぐパウリーネの隣に座り、ジョンはゆったりと微笑む。
「遊園地って、実は初めて来たんだ。とても楽しかった」
「いやぁ、ホント楽しかったね…! また一緒にさ、こういうトコ来られたらいいよね!」
 興奮の嵐が過ぎたのか、シートに深く座り直したパウリーネはジョンの手をそっと握った。
「割と静かな所へ行くのが多かったが、たまにはこういう賑やかなのも良いな、また一緒に何処か行こうな」

 別のゴンドラでは、挫斬が高松に詰め寄っていた。
「ちょっと、逃げるなんてどういうつもり?」
「別に」
 ただ、思い出を作りたくないだけだ。
 振り返った時、足枷になるなるような記憶はいらない。
「じゃあ付き合ってないってどういう事? 冗談? それとも本気? 理由を教えてよ」
「っせーな、立つ鳥跡を濁さずって言うだろ」
 面倒くさそうにそう言うと、高松は狸寝入りでもするかの様に目を閉じ、黙ってしまった。

「章治兄さま、お土産を選びましょう…です」
 最後は皆でショップに雪崩れ込み、記念の品を買い込んで。
「あ、これはメイラスさんにお土産なの…」
 りりかはテリオスに手作りのお菓子とクラリンちゃんの小さなぬいぐるみを手渡した。
 それとは別に、門木とお揃いの小物をこっそりと。
 流され振り回されるるまま結局最後まで付き合った彼は、今にも寝落ちそうな程に疲れ切っていた。
 これ、今夜は風雲荘に泊めてやった方が良いかもしれない。
「今日はどうでしたか?」
 まだ意識があるうちにと、カノンが訊いてみる。
 人に対する見方は変わっただろうか。
「人とて生きるものを糧とします、天から人を餌と見る者もいるでしょう。でも、私は人の生活を見て、もう彼らを餌とは見れません」
 そうと認める事は簡単ではないかもしれない。
 特につい最近までガチガチの偏見で固められていた石頭には。
 でも、それを壊しても終わりではないから。
 新しい何かが、きっと待っているから。


 後に天界へ戻った彼は、上司に告げたそうだ。

 人間は恐ろしい生き物だ、逆らってはいけない――と。

 それ、どういう意味だろう、ね。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:15人

dear HERO・
青空・アルベール(ja0732)

大学部4年3組 男 インフィルトレイター
函館の思い出ひとつ・
穂原多門(ja0895)

大学部6年234組 男 ディバインナイト
高松紘輝の監視者(終身)・
雨野 挫斬(ja0919)

卒業 女 阿修羅
揺るがぬ護壁・
橘 由真(ja1687)

大学部7年148組 女 ディバインナイト
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
幸せですが何か?・
如月 統真(ja7484)

大学部1年6組 男 ディバインナイト
二人ではだかのおつきあい・
エフェルメルツ・メーベルナッハ(ja7941)

中等部2年1組 女 インフィルトレイター
夢幻のリングをその指に・
橘 優希(jb0497)

卒業 男 ルインズブレイド
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
祈りの胡蝶蘭・
巫 桜華(jb1163)

大学部3年264組 女 バハムートテイマー
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
リコのトモダチ・
神谷 愛莉(jb5345)

小等部6年1組 女 バハムートテイマー
リコのトモダチ・
礼野 明日夢(jb5590)

小等部6年3組 男 インフィルトレイター
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
インファイトガール・
Ω(jb8535)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプB
大切な思い出を紡ぐ・
パウリーネ(jb8709)

卒業 女 ナイトウォーカー
大切な思い出を紡ぐ・
ジョン・ドゥ(jb9083)

卒業 男 陰陽師