前日、昼間。
「リコさん、どうしたなの!」
カマふぃ、香奈沢 風禰(
jb2286)が飛び込んで来る。
「カマふぃは愛と正義とカマダチの友情と共に一緒に頑張るなの!」
「僕らカマキリが来たからもう大丈夫!」
きさカマ、私市 琥珀(
jb5268)がその隣に並び、二人で正義のカマキリポーズ。
「皆で協力して敵を倒すよ!」
続いて走り込んで来たのはJulia Felgenhauer(
jb8170)だ。
「リコ、また何か騒動に巻き込まれているのね」
それなら助けてあげないと――だって、友達だから。
「うちもおるで、せやから大丈夫や」
浅茅 いばら(
jb8764)がリコの頭にぽんと手を置く。
「うん、ありがとうみんな! 一緒にがんばろーね、でもムリはダメだよ!」
「そう言うリコが一番無理してそうやんな」
苦笑いしつつ、いばらは両手に小太刀を構える。
まずは前哨戦、こんなところで怪我などしていられない。
自分達も、リコも。
やがて夕刻になり、戦闘は一時休止となる。
夜は前線から離れた場所にある旅館を借りて休む事になっていた。
「リコさん、お疲れ様! これ食べてもう一頑張りしよう!」
きさカマが可愛い動物の形をした飴細工とほかほかのあんまんを差し出す。
本当はもう休まなければならない時間だが、仲間達はロビーの一角に集まっていた――何だかちょっと思い詰めている感じのリコが心配だったから。
「ありがと、みんなで分けよ!」
みんなで食べて、みんなで元気になって、それで明日もまた頑張るのだ。
「それで、リコ。今回はどうしたのかしら」
昼間は詳しい話を聞いている暇がなかったからと、ユリアが訊ねる。
「そう、それが貴女の願いなのね」
少し恥ずかしそうに頷いたリコに、ユリアは微笑を返した。
「リコ、貴女の願い手伝うわ」
「ありがと、ゆりりん♪」
ひとりじゃない。
それは人間だった頃には殆ど感じた事のない思いだった。
「リコ、これが上手くいったら…もう消えちゃっても良いかも、なんて☆」
軽く冗談のつもりで言った言葉はしかし、意外な強さで返される。
「そんなのダメなの! 決してリコさんを消えさせたりしないなの!」
「そうだよ、僕らはリコさんを助ける為にここに来てるんだからね!」
白と緑のカマキリコンビがタッグを組んでリコに迫った。
「何が何でも護るなの!」
カマを振り上げて威嚇され、リコは思わずこくこくと頷く。
「だから、そんな事もう二度と言わないでね?」
ユリアに念を押され、再びこくこく。
そんな中、いばらはひとり輪を離れて旅館の外に出た。
地上がどんな事になっていても、相変わらず星空は美しい。
(八塚の双子、梓、種子島…いよいよ局面も大分大詰め…なんかな)
そうして、どれくらいの時間が過ぎただろう。
「いばらん、そろそろ寝ないと明日ダウンしちゃうよ?」
リコに声をかけられ、いばらは持っていた何かを後ろ手に隠した。
「あ、あんな、リコ」
先に戻ろうとしたリコを呼び止める。
「うちは…うちは、あんたのこと――好いとる」
「え?」
突然の告白に、リコは振り向いた格好のまま固まった。
「立場とかそんなん関係なしに、もっと一緒にいられたらええなって思ってる」
いつも傍にいたいから、いつも笑顔でいてほしい。
そう思うのは自分の我儘だけれど。
「いつかもっと平和になったら、普通のデート、しよう?」
後ろ手に隠していた花束を差し出した。
柔らかなピンク色のプリムラが、星明かりにぼんやりと浮かび上がる。
リコはその花言葉を知っているだろうか。
知らなくても良い、受け取ってくれるだけで充分だ。
気持ちを、伝えたかった。
楓への気持ちも知ってる、けど。
「絶対に、リコのことを守るから」
「うん…ありがと、いばらん」
小さな花束に顔を埋める様にして、リコは嬉しそうに微笑む。
その目の端に、小さな星が光っていた。
そして翌朝。
「お待たせなんだよ…! リコ久しぶりだね、元気にしてた?」
白々と明け始めた空の下、サラ・U(
jb4507)が大きく手を振る。
「うわぁ、ひっさしぶりぃー!」
「昨日までブラジルに里帰りしてたんだ。久しぶりにこっちに戻ってきたらタネガシマが大変だって聞いて、飛んで来ちゃったんだよ!」
「ありがと、サラたん! あー、でも来るってわかってたらハンカチ持って来たのにぃー」
以前サラに借りたベロアのハンカチ。
次に会えた時に返そうと、綺麗に洗って仕舞っておいたのだが。
「うん、じゃあまた今度ね」
今はまず、この場を無事に切り抜けないと。
「よーし、パパッとやっつけちゃおう!」
ぐぐっと拳を握り、サラは気合いを入れる。
と、今度は上の方から驚きの色を滲ませた低い声が降って来た。
「お前と戦わなくて済むのは嬉しいが、立場とか大丈夫なのか?」
とらおじさんこと鳳・白虎(
jc1058)だ。
「もし拙くなるようだったらいつでも学園に逃げてくるんだぞ?」
リコの頭をぽむりと軽く叩き、微笑む。
長く伸びた白い犬歯がちょっと眩しかった。
そして、もうひとり。
「初めまして。緊急の増援として、種子島には今朝到着しました」
レムナ(
jc1377)と名乗った少女はぺこりと頭を下げる。
硬い表情を崩さないが、別に機嫌が悪いわけではないらしい。
表情筋を動かす事が余り得意ではないのだろうか。
「うん、よろしくね、レムりん!」
早速勝手に渾名を付けたリコは、その手をとってぶんぶんと振る。
これで戦力は全て揃った。
「さあリコ。一緒に頑張りましょう」
ユリアが声をかける。
後はひたすら敵を蹴散らしていくだけだ。
「どこから来るかわからないのが怖いよね…」
サラは手を庇の様にかざし、きょろきょろと見回す。
まだ辺りは仄暗く陽が出ていないせいで、視界は良好とは言い難かった。
その中に、ゆらりと揺れる陽炎の様な姿が三つ。
「いたよ! 花魄ってやつかな?」
サラは前に出て戦う者達にシバルリーで守りの強化を図る。
きさカマは抵抗の低い者に聖なる刻印を授け、敵のバステ攻撃に備えた。
「サラたん、きさカマ、それリコにもお願い!」
リコも最前線で戦うつもりの様だ。
しかし、それをカマふぃといばらが止めた。
「リコさんは後ろに下がってると良いなの!」
「せや、リコは出来る限り目だたんようにしとき」
「でも…!」
不満そうなリコに、いばらが言う。
「なら、後ろでどらごんに炎をはいて貰えるやろか」
その威力に期待が出来ない事は、これまでの戦いで承知している。
だが、もしかしたら威嚇くらいにはなるかもしれないし…ちゃんと役割を与えておけば、勢い余って飛び出す危険も減るだろう。
「あと、とらさんのほえる攻撃で敵の動きを制限してくれるとうれしいな!」
「うん、わかった!」
サラにも言われ、素直に後ろに下がったリコはぬいぐるみ達に攻撃を命じる。
「行くなのー!」
その援護を受けながら、鳳凰を召還したカマふぃは魔法攻撃を仕掛けていく。
朝靄の中花魄の姿は捉えにくいが、広範囲に広がったどらごんの炎がその姿を浮かび上がらせた。
「リコさん、その調子だよ!」
すぐ後ろに立ったきさカマが、敵の射程外から矢を放つ。
「あんまりこう言うのは好きじゃないんだがなぁ」
白虎は魔銃フラガラッハに聖火を宿らせ、次々と姿を現す花魄を狙い撃ち。
「ちっ、もう弾切れか」
聖火を使い切ると、白と黒のふっかふか毛皮を纏った翼をもふっと広げて空へ舞い上がる。
「上は見晴らしが良いな」
それに足場を気にする必要がないのも助かる。
いばらも空中を飛びながら飛燕を撃ち込み、使い切った後は翼の機動力を生かしたヒット&アウェイ戦法へ。
接近すれば敵の攻撃を受けてバステにかかる危険性も増すが、その時はその時だ。
「バッドステータスは色々痛いけど…今はやるしかないんや」
束縛さえ回避すれば何とかなる。
攻撃力を下げられるのは痛いが、下がった分だけ何度も斬り付ければ良い。
「リコには近寄らせへん」
裏切者扱いされてシマイたちにいいように操られたりしたらまずい。
命の危険もあるかもしれない。
「だから、絶対に、守る」
遠距離攻撃を逃れて近付いたものには、サラがシャインセイバーで斬り付けていく。
「落としちゃえば怖くないよね!」
機動力を削ぐべく翼や脚を狙い、隙があれば背後に回り込み、反撃には盾を使って。
そしてレムナはリコの背後に立って、仲間の意識が及ばない一からの奇襲に注意を払っていた。
どれくらいの数を相手取ることになるか分らないが、戦うことに変わりはない。
ならば、やる事はひとつ、何があっても全力で立ち向かうのみ。
共に戦ってくれるというなら、どんな相手であろうと味方だ。
それはヴァニタスであっても例外ではない。
リコに背を預け、背後を守りつつ、レムナはオルプニノスを撃ち続ける。
その視界に、異形を捉えた。
「あれは…」
道の向こうから炎の塊が近付いて来る。
「来ました、火車です」
燃え盛る車を引いた化け猫の姿は、あっという間に視界いっぱいに広がった。
その正面に立ったレムナはストライクショットで眉間を狙う。
しかし迎撃をものともせずに距離を詰めて来た火車は、立ち止まりもせずに炎を吐いた。
そのまま自分の吐いた炎の中を突き進み、急ブレーキをかける様にして身体を反転、レムナに向けて後ろに引いた車をぶつけて来る。
しかし、その目の前にピンクのツインテールが仁王立ち。
「背中、守ってくれたもんね。今度はリコの番だよ!」
「リコ!?」
無茶だ。
そう思った時、ユリアの身体は勝手に動いていた。
リコの前に割って入り、炎に包まれた巨大な車輪を受け止める。
その衝撃で二人は纏めて吹っ飛ばされた。
「ゆりりん、大丈夫!?」
「平気よ、これくらい」
本当は余り大丈夫ではないが、気にしない。
その二人の姿を高熱の黒い煙が覆った。
「この煙は邪魔ね。風よ!」
ユリアはエアロバーストでそれを吹き払おうとする。
だが一度の攻撃でその全てを吹き払う事は出来なかった。
それでもユリアの周囲には煙の薄い部分が出来、更に弾き飛ばされた本体は体勢を崩している。
「それで充分なの!」
カマキリパワー発動!
「何が何でも張り付いてやるなの!」
「火事だー! 消火だー!」
カマふぃときさカマは火車に向かって突撃、その燃え盛る車に貼り付いた。
「何も見えなくても、これなら大丈夫!」
「カマキリパワーは意地でも負けない強さを醸し出すなの!」
あくまで醸し出すだけだが、気分だけは無敵だ。
その気になれば何でも出来る、危なくなっても突っ込める!
カマふぃは前方に見える化け猫の尻を目掛けて蠱毒を連発、きさカマはそのまま自分達が乗った車をカマでがすがす攻撃。
やがて車が粉々に砕け散れば、それはもうただの火を吐く化け猫だ。
「子供が頑張ってるのに大人の俺がやれなくてどうするってなぁっ!」
得物をハンマーに持ち替えた白虎は、上空から急降下の勢いと共に全力で振り下ろす。
「これなら少しは効くやろ」
いばらは封魔人昇で悪魔の血を抑えてみた――が、CRがプラスに転じるまでには至らなかった。
それなら自分の持てる全力をぶつける方が効果がありそうだ。
鬼神一閃、両手の小太刀から紫焔を立ち上らせ、化け猫の頭部に叩き込んだ。
だが化け猫は意外にしぶとく、大きな口を開けて息を吸い込む。
喉の奥に真っ赤な焔の塊が見えた。
「そうはさせないよ!」
サラがその身体をフォースで弾き飛ばす。
「どう、けっこう効いたでしょ!」
CR差で攻撃も通るし、態勢を整える隙も作れるし、一石二鳥!
そこにユリアが側面からの攻撃を加える。
「あのスキルは厄介だし、早めに倒さないと辛いわね」
ならばこちらもスキル全開と、身体に淡い緑の光を纏ったユリアは疾風迅雷の如く化け猫に接近、その胴体に八岐大蛇を振り下ろした。
その間にも、周囲を取り巻く花魄達が攻撃の邪魔をしようとバステをかけて来る。
「皆さんの邪魔はさせません」
レムナはそれを危険度の高い順に撃ち抜いていった。
一撃で倒せなくても、攻撃すればそこに敵がいる事を仲間に知らせる効果もある。
同時に口頭で伝えれば、奇襲を受ける危険は格段に下がった。
「やってくれんじゃねーかっ」
背中を狙う敵の存在を教えられた白虎は、シールドで受けて反撃に出る。
「嬢ちゃん、ありがとうな!」
礼を言ったその時にはもう、レムナは次の索敵に移っていた。
「残り花魄、香奈沢さんの頭上に3、浅茅さんの背後に2です」
「わかった、リコが――」
しかし、飛び出そうとするリコをサラが止める。
「リコ! こっちの支援、おねがいできる? バケネコにトドメさすから、動かないようにとらさんに吠えてもらって!」
そうして上手くリコを遠ざけておいて、仲間達で一斉攻撃。
「もうこの辺りに敵の気配はないなの!」
カマふぃが勝利のポーズを取るが、まだ安心は出来なかった。
「残りも全部探して倒すなの!」
カマキリのパワーは心は無限大!
「これ以上の悪さは駄目だよ!」
どんな敵にも怯まず怯えず突撃!
やがて陽が昇り始め、他班と連絡を取りあっていたいばらの元へ連絡が入る。
「市庁舎の方も上手くいったみたいやね。リコ、ふー様も無事や」
リコ達が頑張ったお陰で、突入班の被害も最小限に抑えられたらしい。
「皆、よく頑張ったな」
白虎の犬歯がキラリと光る。
「でも、まだ残党がいるかもしれません」
念には念をとレムナが注意を促し、まだ暫くの間は巡回を続ける事になった。
しかし、まずはある程度の治療が終わってからだ。
「きさカマの回復力は伊達じゃない!」
ライトヒール、ぺかー!
全てが終わり、安全が確認された後。
「みんなお疲れ様なの!」
まずは皆でジュースでも飲んで、それから――
「リコさん、これからどうするなの?」
「うん、今からはリコさんの安全も考えないとね」
シマウマは勿論、学園側にも、良いように利用されたりするのは嫌だ。
だって、大事な友達だから。
とは言え、やはり安全なのは一時的にでも学園か種子島の撃退組織の管轄下で保護して貰う事だろう。
「リコはどうしたいん?」
いばらの問いに、リコは少し困った様に首を振る。
「まだ、ここにいたいな」
一応の解決を見たとは言え、まだ全てが終わったわけではない。
終わった時にリコ自身がどうなっているか、それもまだわからなかった。
「貴女がそうしたいなら、それで良いわ」
ユリアが微笑む。
そしてリコだけに聞こえるように、小声で囁いた。
「私にはまだやりたいことが見つからない。でも、貴女のおかげで何か見えてきた気がするの」
リコの手を取り、続ける。
「それが見つかった時、貴女にありがとうって言いたい」
だから、無事でいてほしい。
それを伝える、その日まで――いや、もっとずっと先の未来まで。