そこに集まったのは七人の撃退士達。
「友人を立ち直らせて欲しい、ね。いい奴じゃないか」
二つの依頼書を見比べて、黒羽 拓海(
jb7256)は小さく笑みを浮かべた。
「まあ、他人に偉そうな事を言える立場じゃないが、ソイツが前向きになれるよう協力しよう」
「そうだな」
エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)が厳しい表情で頷く。
「今戦わなければ、そいつは二度と立ち上がれなくなる。撃退士としても、人間としてもな」
「俺も依頼失敗して凹んだ事あるし、農作物を荒らされるのは腹立つし」
礼野 智美(
ja3600)の故郷は農業が盛んであるらしい。
しかし問題は、撃退士を辞める気満々らしいその少年をどうやって依頼に同行させるか、だが。
「自分からは行かないだろうしな」
ここは「手が足りないから」と言って、有無を言わせず引っ張ってくるのが一番手っ取り早いだろうか。
そうと決まれば単刀直入。
「後一人足りないと依頼が成立しないんだ、頼む」
「え、でも僕はもう――」
「お前だって困ってる人を見殺しにしたくはないだろう?」
それでも少年は頑なに拒んだ。
「僕なんかが行っても役に立たないから」
「そんな事はないだろう、少なくとも俺より身軽に動けるのは確かだ」
拓海が包帯で巻かれた手を差し伸べる。
「今日はよろしく頼む」
「あの、だから僕は行かないって…!」
「自信ないから?」
そう問いかけ、蓮城 真緋呂(
jb6120)は苦笑いを浮かべた。
「そんなの、私だって今でも無いけどな」
と言うか自信満々で撃退士を続けている人なんて、あまりお目にかかった事がない気がする。
「人が怪我した事案を些細な失敗とは言わないけど、それで辞めちゃうのは勿体ないと思わない?」
「え、何でそれを…」
「失礼かとは思ったけど、君の経歴は見せて貰ったよ」
咲魔 聡一(
jb9491)が人好きのする笑顔を向けた。
「初めまして。タッ君って呼んでいい? タカ君の方がいいかな?」
「え、あ、好きな、ように」
「うん、じゃあタッ君。今は君の力が必要なんだ、一緒に来てくれないかな?」
しかしそれでも、タカは首を横に振り続ける。
「報告書とか見たなら、わかるでしょ? 僕がどれだけ役立たずかって」
「あらあら…随分と弱っちゃてるわねぇ」
麗奈=Z=オルフェウス(
jc1389)が、その細い指で少年の顎をくすぐった。
「お姉さんが元気にしてあげようかしら、なぁんて♪」
「…っ!?」
真っ赤になって後ずさった少年の手首を、智美が掴む。
「役立たずでもいい、ただの数合わせだ」
とりあえず、今はそう言っておこう。
「…人数いる依頼で人が集まらず結果失敗になった事だってあるんだ」
有無を言わせぬ厳しい口調に、気弱な少年は頷くしかなかった。
「良かった、一緒に行ってくれるんやねぇ」
鞭の次は飴とばかりに、今度はお色気満点のお姉さんがしなだれかかる。
「ところで…あたし今回が初めての任務なんやけど準備しといたほうがええこととかある? あいにく戦闘しかとりえなくてねぇ」
「そ、そんなの僕に訊かれても…っ」
「他の人はなんか慣れてるみたいやから…初々しい君の意見参考にしたいの。ね? お願いよ、せ・ん・ぱ・い♪」
わざわざ悪魔の囁きを使うまでもなく、ウブな少年はあっさり陥落。
「えと、救急箱は、あった方が良いと、思う、けど。それに、タオルとか…」
そして気が付けばそこは戦場で、すぐ目の前に敵がいた。
「黒羽さん大怪我してるから、援護お願いするわね」
真緋呂に言われ、タカはまた首を振る。
「無理だから、そんなの出来っこないし」
「大丈夫。タカさん一人じゃないのだから、皆で協力すれば、ね?」
「でも…」
「弱いなら、一人では手に余りそうなら、周囲を頼っていいと思うの。それが仲間でしょ?」
勿論タカもその一人だ。
「俺もお前を頼らせて貰うぞ。見ての通り、この様だからな」
拓海はタカの背後でスナイパーライフルを構える。
それでもまだ腹を決めかねている様子に、仁良井 叶伊(
ja0618)の声が飛んだ。
「まずは武器を取って構えなさい、そして敵を、味方をその全ての動きの流れを見なさい」
普段は温厚な彼にしては珍しく、相当にきつい口調だ。
そして一転、普段の穏やかな口調に戻って続ける。
「私も噂の範囲でしか知らない事ですが」
そう前置きして、言った。
「小学生の頃から武器を手に戦場で戦わなくてはならなかったり、全身が石になって永遠に死ねずに病院で悪夢に侵され続けていたり、自らの手で仲間を処断しなくてはならなくなったり…逆に自分の家族を殺した相手に背中を預て戦う事になったり」
それがアウルの力を手にした者の現実。
「タカさんが戦いたくないと感じるのも、本来なら年相応の反応である筈なんです」
なのに、それを忘れて「戦え」といってしまうこと。
そして今は、それが許される世の中であること。
「私自身も人間としておかしい事は分っていますが、そこまでしても戦わないと淘汰されるのも現実なんです」
わかってくれとは言わないが、せめて戦う姿勢を取れる様に。
「まあ、さっきのアドバイスは師匠の受け売りですけど…今後の為にもなるかと思います」
前を向いて武器を構えてさえいれば、正面の敵くらいは何とかなる。
「で、でも、倒せなかったら…?」
「その時は仲間が助けてくれるわ」
真緋呂がその背を軽く叩いた。
「そうやって逃げていても何も解決はせん。戦いを放棄することが、責任を果たすことじゃないだろう?」
それでも逃げ腰になるところへ、エカテリーナの叱咤が飛ぶ。
「もう一度よく考えてみろ、お前たちをこんな目に合わせた一番の張本人は誰だ? お前が果たすべき責任は、お前の仲間達を危険に晒した天魔を倒すことじゃないのか!?」
守れなかった事を悔やんだり、不甲斐なさを感じるのは構わないが、そこで立ち止まっては何も変わらない。
「お前の心の弱さに打ち克てるのはお前自身しかいない。自分の力で立ち上がってこい! そうすれば、我々がいくらでも面倒を見てやる」
「来ますよ、構えて」
叶伊の声に慌てて剣を構え、タカは先程の言葉を反芻してみた。
敵の数は全部で八体、敵と、味方と、全ての動きの流れを見て――
「そんな、無理だよ!」
複雑すぎて目も思考も追い付かない。
「でしたら、あの真ん中の一体だけをよく見て」
突進するしか能が無い猪は、真っ直ぐに突っ込んで来る。
「私が合図したら、その剣を思いきり振り下ろして――今です!」
「わあぁぁぁっ!」
目を瞑ったまま剣を振ると、両手に重たい衝撃が走った。
「当たったじゃない、その調子よ」
真緋呂は鼻面を潰されて転がる猪をアウルの鞭で叩いて縛り上げ、その急所に阿修羅曼珠の刃を突き刺す。
更にもう一頭、突進の軌道を読んでその攻撃を剣で受け、回避行動を先読みしつつ返す刃で反撃。
すぐ脇では雷打蹴を派手に繰り出した智美が縦横無尽に太刀を振るい、引き寄せられた二体を纏めて切り裂いていく。
その全身には血の様に赤い紋様が浮かび上がっていた。
「すっごい…」
その鮮やかな手際に目を丸くするタカに、聡一が声をかける。
「戦闘は撃退士としての経験がモノを言うからな…」
上級者の戦いを見ているだけでも良い勉強になるだろう。
「…見ててごらん」
聡一は突進して来る一頭の猪を巨大な食虫植物に呑み込ませ、その身体にこれまた巨大な注射器を突き刺すと、麻痺毒を含んだ液体を瞬時に流し込む。
身動きが取れなくなったところで頭に拳銃を突き付け、撃ち抜いた。
「これ位、君にもすぐにできるよ。撃退士をやめなければね」
「む、無理…っ!」
「誰でも最初はそんなものよぉ…っととっ」
黒龍布槍をヒラヒラさせて、闘牛の様に猪をあしらっていた麗奈が危うく避け損ないそうになる。
「うぅん…やっぱりはぐれると結構大変ねぇ…慣れるのに時間かかりそう…」
かつては戦い慣れていた筈の悪魔でさえ、はぐれたばかりではこの程度なのだ。
この間まで普通の人間だった子供が上手く戦えないのも当然だろう。
「先輩、助けてぇ♪」
タカの後ろに隠れた麗奈は、その背中をさりげなく前に押し出した。
その目前に迫る猪、思わず目を瞑ろうとした――が。
「目を開けて、相手をよく見なさい」
万が一外しても大丈夫だからと、すぐ後ろで弓を構えた叶伊が声をかける。
「今です!」
今度はちゃんと見ていた。
自分の剣が敵の鼻先に当たる瞬間まで。
「そう、そのタイミングです」
「ありがと♪ さすが頼りになるわね先輩(はぁと」
タカが一撃を与えたところで、後ろに控えていた拓海が銃撃で止めを刺す。
「良いぞ、これなら俺も無理をせずに済みそうだ」
「は、はいっ」
拓海の盾となり、頼りにされる事で多少は前向きになれたのだろうか。
だとしたら、闘気解放で傷の影響を無理やり誤魔化してでも、戦場に立った甲斐があるというものだ。
「文字通り、怪我の功名か」
敵に与えたダメージの量から見れば、怪我人である拓海の方が遥かに多く叩き出している。
しかし今は実際に役に立つかどうかよりも、やる気を見せている事の方が重要だった。
「もう私の合図がなくても大丈夫ですね」
叶伊が満足げにその様子を見る。
やがて畑を荒らしに来た猪は、全てが退治された。
ここまではどうにか順調、後は巣を潰せば任務完了だ。
「巣が残っていたら怖くて畑仕事再開出来ないだろうからな」
智美が頷く。
「依頼人さんの護衛はタカさんにお願い出来るかな? 勿論、私も注意するけど」
真緋呂が言った。
「大丈夫、今度は守れるよ」
失敗で失った自信は、成功を重ねればきっと取り戻せる。
依頼人の案内で無事に巣の近くまで辿り着くと、エカテリーナはタカの隣でアサルトライフルを構えた。
「失敗の恐怖や後悔というものは、いくら逃げても付き纏ってくる。そいつを克服できるのは、自分から立ち向かっていく勇気だけだ」
その勇気があると、彼は自ら証明して見せた。
「さあ、一気に叩くぞ」
ここからは戦友として、共に肩を並べて戦わせて貰おう。
土手に穴を掘った様な住処から二頭の猪が飛び出して来る。
しかし、タカはもう逃げなかった。
逃げないだけで、それほど役に立ったわけではなかったけれど。
「やっぱり僕、撃退士には向いてないのかな…」
巣を片付けて戻る道すがら、タカは俯いたまま呟いた。
それを聞いた聡一が首を振る。
「僕もね…どうにも上手く戦えなくて、悩んだ事があるんだ。撃退士なのに、こんなので良いのかなって」
「え…」
「そんな時、友達が言ってくれたんだ。『戦えなくて何がいけないんだ』って」
「でも撃退士は戦うのが仕事でしょ?」
「僕は、演劇をするのが好きで、これまでに色んな依頼で演じてきた。平和な依頼も結構多いんだよ。面白いのだと『女装してハイヒールで走ってくれ』なんてのもあったな」
「それが、依頼なの?」
「うん。依頼はね、どんな依頼も、必要とされて成立してる。戦うだけが撃退士じゃない。だからそれで良いじゃないかって、僕は言われたよ」
暫くは、戦闘だけに拘らず色んな依頼に出るのが良いのではないだろうか。
それでもちゃんと強くなれるから。
「君は何が好きかな? 趣味は?」
そう訊かれて、タカは黙ってしまった。
マンガやゲームは好きだけど、そんな事を言ったら笑われそうだし。
と、今度は拓海が訊ねる。
「タカアキは、どうして戦おうと思ったんだ?」
「どうして、って…」
「命のやり取りなんてするには、相応の理由が無ければやってられんだろう」
「僕は、ただ…適性があったから、で」
理由なんて、特にない。
「先輩、は?」
「俺か? 俺は大切なものを護る為だ」
「へぇ…」
何だかカッコイイ。
自分もそんな風に言い切ってみたい、けれど。
「ねえ、タカさん。貴方の『やりたいこと』は何?」
真緋呂の問いにも、タカは上手く答えられない。
「本気で嫌になって辞めたいのなら、それは私も止められない。『やりたくないこと』をやり続けるのは難しいもの」
でも、そうじゃないなら。
「…俺も手痛い敗北を喫した事がある」
「私も」
拓海は四国では蒼雷の騎士に、東北では豪放磊落な武人に負けた。
特に四国では死者を出してしまった。
「その点、命を守ったお前は上手くやったと言えるさ」
真緋呂は『恒久の聖女』事件で沢山の人を救えず、百人もの命が喪われた。
「それでも撃退士にしがみついてる。まだ何か出来るんじゃないかって…望まれてなんかいないのにね」
「そんなこと…ないと思う」
事情はよく知らないし、半分は社交辞令だけれど、多分。
「うん、ありがとうね」
苦笑いを浮かべ、真緋呂は一枚の紙を見せた。
「貴方は望まれている…羨ましいな」
それは友人が出した依頼書のコピー。
「こう言ってくれる友人っていうのは貴重だぞ? 命を守れたのはお前が止めたからだろ?」
智美もまた同じものを用意していた。
「LV的に厳しい相手だけどじっとしていられなかったんだろ?」
そう思えたなら上等だ。
「撃退士ここで辞めたら、これから救える人を救えないかもしれない」
智美の場合は、戦闘が苦手な姉や親友の分まで頑張らなければという思いが原動力だ。
「無理に戦えとは言わん。戦う以外にも誰かに貢献出来る事はある。だが何か守りたいものがあるなら、鍛えておいて損は無い。守るにもそれなりの力は要るからな」
やる気があるなら訓練に付き合おう、拓海はそう言った――ただし、この怪我が治ってからだが。
「当面は資金集めと社会勉強の為に、気が済む迄学園での依頼をこなしていくのが良いと思いますよ」
叶伊の提案は、まず「やりたい事」を見付ける為に役立ちそうだ。
「たとえ敵を倒せなくても、撃退士としてお前にできることはたくさんあるはずだ」
「そうだね。今は上手に戦えなくたっていい。撃退士として、他ならぬ君が必要なんだ。君にしか出来ない事が必ずあるから」
エカテリーナの言葉に聡一が頷く。
「そう、例えば荒らされた畑の復旧作業とかね?」
駄目になった作物を引いて、耕して種を撒いたり苗を植えるだけでも、農家の人は随分と助かるだろう。
怪我をしていても地面を均すぐらいは出来るし、首尾よくいけばタカに戦闘以外の仕事の楽しさも経験させてやれそうだ。
「じゃ、畑の再開発は男性の皆さんにお願いして、あたしはサービス面をがんばるわねぇ♪」
力仕事が苦手なわけではないけれど、得意分野とは言い難い麗奈さん。
どうせ開発するなら畑より持ち主のオジサマの方が。
え、何を開発するんだって?
「うふふ、お子様にはナ・イ・ショ♪」
ともあれ、こうして二つの依頼は無事に大成功の運びとなった。
退学届を破り捨てたタカはその後、自分なりの目標を見付けて頑張っているらしい。
相変わらず余り強くはないが、決して逃げないタフな奴だという評判が立っているとか――