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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/04/24


みんなの思い出



オープニング



※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。
 オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。



 広い広い花畑の真ん中に、一本の大きな桜の木が立っていた。
 空を覆い尽くすほどに伸びたその枝先からは、ふわりと軽い手鞠の様な花がいくつも零れて、甘い香りを仄かに立ち上らせている。
 それは遠くから見ると、淡く紅を差した綿菓子を散らした様にも見えた。

「すごく大きな木、なのです」
 その根元に立って、緑色の髪をした少年が梢を見上げる。
 どっしりと太い幹は、両腕を広げてみても到底抱えきれなかった。
 貼り付いてみると、まるでセミにでもなった気分だ。

 今日はこの木の下で皆とお花見をする事になっている。
 そう、約束していた。
 ずっと昔、皆がまだ子供だった頃に。
 それとも、遠い先の未来かもしれない。
 誰も覚えていないかもしれないけれど、確かに、どこかで、誰かと――そう、約束した。
 約束した事だけは覚えている。

 知っている子も、知らない子も。
 今はまだ出会っていない子も。
 もしかしたら、大人かもしれないけど。

 桜の幹に開いた大きな穴は、不思議なトンネル。
 そこをくぐれば、なりたい姿でこの場所に来られる。

「今日は誰と会えるのでしょう。とても楽しみなのです」




リプレイ本文

●桜の夢 其之壱

「ナーシュくん! あーそーぼー!」
 大きな桜の木の後ろから、女の子が顔を出す。
 それは十歳の頃の六道 鈴音(ja4192)だった。
 初めましてだけれど、初めてじゃない。
 ずっと前からの友達。
「私ね、お菓子いっぱい持って来たんだ! ナーシュくん、一緒に食べようよー」
 え、お菓子なんてどこにもない?
「だめだめ、ジョーシキに囚われちゃ! ここは夢だよ? 何でもアリだよ?」
 お菓子はポケットを叩いて出すもの!
「えっと、バナナ出て来い!」
 ぽん!
 ほら出た!
 バナナはお菓子に入らない? そんなの誰が決めたんですか?
「ほら、ナーシュくんもやってみなよ!」
「う、うん。えと、えと……たまごぼーろ、出て来い!」
 ぽん!
 ざらざらざらー。
「ほんとだ、いっぱい出て来たのです!」
 卵ボーロが大好物のナーシュくん、ごはんがなくてもこれさえあれば生きて行けるらしい。
「にぃさま〜 ナーシュにぃさま〜」
 いつの間にかナーシュの後ろにくっついていたアルト――ちび鏑木愛梨沙(jb3903)が、シャツの裾をくいくい引っ張った。
「アルトもやるの〜、ぽんってやるの〜」
「うん、アルトは何が好きかな?」
「ナーシュにぃさま!」
 あー、それは知ってるけど食べ物じゃないし、ポケット叩いても出て来ないからね、いくら夢でも。
「じゃあ、ましまよ?」
 ぽん!
 あ、そんな発音でもちゃんと出るんだ?
 アルトは白いドレスのポケットから溢れ出るマシュマロを、ナーシュとお揃いの猫耳ニット帽で受け止める。
 と、そこから転げ落ちた一粒が、ころんころんと転がって行った。
 ぽよん、と当たったのは白いワンピースを着た四歳児、ユウ(jb5639)の爪先。
 転がって来たマシュマロを、ユウは無表情に拾い上げる。
「ユウちゃん、拾ってくれてありがとうです」
 受け取ったナーシュは、それをくにゅんくにゅん捏ねて、まん丸い猫顔に作り替えた。
「はい、お礼にこれあげるのです」
 この世界では落ちたものでも汚くないし、食べても平気。
 勿論それをプレゼントしても何の問題もない。
「ありがとござます」
 無表情にぺこりと頭を下げて、ユウはそれを頭からぱくり。
「おいしです」
 けれど気になるのは、お菓子より桜。
 瞬きもせずに、大きな大きな桜の木を見上げている。
 表情筋は動かないが、内心では桜の木に圧倒され、とても感動しているようだ。
 もう少し近くで見てみたい、そう思ったユウは闇の翼を広げた。
 けれどまだ上手く飛べないのか、ふらふらと飛び上がってはストンと落ちる。
「なに、近くで見たいの?」
 それを見ていた鈴音が、その身体をひょいと抱き上げた。
 こちらの鈴音はいつもの大人バージョンだ。
「はい、これで見えるかな?」
 肩車をしてもらったユウは、桜の枝先から目を離さずにじっと見つめながら、こくこくと頷く。
「ありがとござます、さくら、うつくしのです」
「そう、良かったねー。じゃ、ついでに匂いも嗅いでごらん?」
 言われた通り枝先に鼻を近付けてみると、独特の甘い香りが鼻の奥にふわりと広がった。
「にぃさま、アルトも! アルトもかたぐゆま!」
 しかしナーシュの身長では肩車をしても全然高くならない。
 と、そこに大きいナーシュ、門木が現れた。
「……これならいいだろ」
 アルトを肩に乗せたその後ろには、大きいアルト、愛梨沙がくっついている。
 それを見て、鈴音は思わずゴシゴシと目を擦った。
「……なんだろ」
 あれ、大小の違いはあるけど同じ人達だよね?
 と思ったら、自分も二人いた。
「なんで私がもうひとりいるんだろ?」
 まぁ、いっか。
「久遠ヶ原ならなんでもアリよね」
 いくら久遠ヶ原でもそれはない、これは夢だと考えないあたりが、まさに夢。
 いや、もしかしたら現実でも納得してしまうかも……?
「ナーシュくん、ナーシュくん! ほら、この桜の木、登れそうだよ!!」
 十歳の鈴音は身軽にホイホイと登っていく。
 お淑やかなレディ(自称)である今の彼女とは違って、随分とお転婆さんだ。
「ほら、おいで!」
 少し登って、下で見上げるナーシュに向かって手を伸ばした。
「はい、ありがとうなのです」
 その手をとって、ナーシュも一緒に登って行く。
「アルトも! アルトもぉ〜!」
 じたばた暴れ出したアルトを、門木は適当な枝の上に乗せてやった。
「ユウちゃんも登ってみる?」
 鈴音に言われ、ユウもこくりと頷く。

 と、そこに一陣の風が吹き、はらはらと舞い落ちる桜の花びらを巻き上げて行った。
 風は通り過ぎ、桜の精を連れて来る。
「桜……美しくて、何か懐かしい」
 桜の精は日本人形の様な黒髪に桜色の着物を纏った、華奢な体つきの女の子。
 歳はナーシュと同じくらいだろうか。
「貴方は……誰?」
「ナーシュはナーシュなのです」
 こくりと頷いた桜の精は、レイラ(ja0365)と名乗った。
「初めまして、ナーシュくん」
 いつの間にか、周りには誰もいなくなっている。
 ふわり、レイラは木の枝から身軽に飛び降りて、ナーシュを手招きした。
「一緒にお弁当にしましょ?」
 重箱に詰めた春色のご飯と、桜餅。
「美味しそうなのです」
 他愛のないお喋りをしながら、桜の下で舌鼓を打つ。
 でも家族の事とか、そういうのはあんまり訊かないでほしいな。
 だってこれは、夢だから。
 楽しい事だけ考えていたいから。

「やっぱり日本人なら、桜だよね!」
 小さい鈴音は風流を気取って見せる。
 しかし、お腹は正直だった。
 木の下で皆が弁当を広げ始めた途端――
 ぐるるぎゅぅー。
 やっぱりお菓子だけじゃお腹は膨れない。
「降りてご飯にしよう!」
 だが、調子に乗って登りすぎたようだ。
「……う、高くて降りられなくなっちゃった」
 どうしよう。
「……」
 それを見て、大きい鈴音はそっと溜息を吐く。
「まったく、相変わらず後先考えない奴ね――って、相変わらずなのは私!?」
 相変わらずでも、昔より背が高くなった事は確かだ。
 それに多分、度胸も据わっている。
「今の私なら、あんな所で泣きそうになってるとか有り得ないわね」
 鈴音は昔の自分に手を貸して、降ろしてやる。
 ついでに他の子供達もレスキューして、さあご馳走を食べようか。

「花がある、酒がある。それから俺がいる。なら、飲むに決まってるだろう?」
 ディートハルト・バイラー(jb0601)は、夢の中でもブレなかった。
 勿論、姿も変わらずそのままだ。
 随分と様変わりした友を取り巻く環境をゆったりと眺めつつ、いつも通りにいつもと変わらず、代わり映えせずに花見酒。
「若い姿が見れると思った? すまんね」
 ディートハルトは謎のカメラ目線で言いながら、いつものウィスキーを呷った。
「昔の俺がどんな顔をしていたかなんて、もう覚えちゃいないのさ」
 写真? そんなものも、取ってあったかどうか。
「未来はなく、過去は消えていく。年をとるとはきっとそういう事だ」
 他の者にとっては違うかもしれないが。
「俺にとっては、それが心地いい」
 こんなに花が綺麗に咲いているのだから、一人で飲むのも悪くはない。
 話す相手がいなくとも、目を楽しませる騒動には事欠いていないのだから。
「……なら、話しかけない方が良いのか?」
「そうは言ってないさ」
 遠慮がちに声をかけた門木に、ディートハルトは小さく笑って見せた。
 それでも、隣に誰かがいる楽しみには敵わない。
 その誰かが気心の知れた者であるなら尚更。
「ところでショウジ、今日はまた一段とお美しい御婦人と一緒じゃないか」
 ディートハルトが目を向けたのは、ドレス姿の金髪美女。
「今まで隠していましたが実は私は雌だったのです〜」
 その美女、アレン・マルドゥーク(jb3190)はニッコリ笑う。
 ……雌って、わざとだろうか。
「嘘は堂々としているほどバレにくいって本当だったのですねー」
 というわけで体形の分かる服装解禁、ずっとサラシで締め付けてきた圧迫感ともサヨナラだ。
「ずっと胸が息苦しかったのですよー、開放感素晴らしいですー」
 胸と背中が大胆に開いたスレンダーなドレスで、いつも以上におめかし頑張っちゃいました。
 で、先生。ご感想は?
「……別に、いつもと変わらないよな?」
「え?」
 待って、違うでしょ?
 ほら、この出る所がきっちり出て、引っ込む所がしっかり引っ込んだボディ。
 ぼんきゅっぼん、でしょ?
「……いつも、こうじゃなかった…か?」
「まさか、普段から女性だと思われていたのでしょうか〜?」
 擬態が完璧すぎたのだろうか。
 いや、そんな筈はない。
「ショウジ、君は一体女性の何処を見ているんだい?」
「……どこって…こう、全体に、ぼんやり?」
 ぼんやりかい!
 因みに性別も殆ど気にしていないらしい。
 大事なのは大人か子供か、怖いか怖くないか、で。
「流石は門木先生なのですねー」
 褒めてないけど。
 気を取り直して、次いってみよーか。
「おおー、先生もいつもより頑張ってますねー。とてもかっこいいのですー」
「……そうか?」
 だとしたら専属美容師アレンさんの指導のお陰ですね。
「科学室のベニヤ板も作り直さなきゃですねー? 」
 それは、予算があれば是非ともお願いしたいところです。
「私が女ならお嫁さんに立候補したいくらいですねーって女なんでしたねー」
 じゃあ、立候補しちゃいます?
「冗談ですよー?」
 なんだ、冗談ですか。
 でも気が変わったら立候補して頂いても良いのですよ?
 参戦は自由ですから……ええ、参戦するだけなら。

(そうですよね、参戦は自由ですよね)
 話を聞きながら拳を握り締めているのはシグリッド=リンドベリ(jb5318)、ただし二十歳の青年バージョン。
 身長180cmの立派な大人だが、中身はちっとも変わっていないご様子。
「大きくなって、いつか先生をお姫様抱っこしようと思っていたんですが……僕の成長期は終わりを告げたようです(くっ」
 門木の身長にイチタリナイ、じゃなくて1cm足りない、それが悔しいお年頃。
 でも小柄な方が抱っこするっていう逆転現象も良くありませんか、萌えませんか、という悪魔の囁きが聞こえた気がするけれど、きっと気のせい。
 それでも並んで立てば身長は殆ど変わらず、目線の高さもほぼ同じ。
 その状態でハグとかしたら色々危ない事になりそうなので、スキンシップは自重しています(きり
 でも自重しているだけで、タガが外れたら何をするかわかりませ――いや、しませんよ、何もしませんってば!
 でも多分、酔ったら危険。
「……うん、お前はジュースな?」
「はい……」
 ちょっとガッカリ、でも大丈夫。
(先生と桜見ているだけですごく幸せな気持ちになれます)
 ふわりと微笑むその顔は、まだまだ幼さが抜け切れていない。
 しかし、そこが良いと言う女性は多そうだが――やっぱり門木一筋なんですね。
「勿論です(きりっ」
 相も変わらずせっせと給仕をしながら、のんびりお花見。
「先生ちゃんと食べてますか、お酒だけだと身体に良くありませんよ」
 今日もお弁当作って来ましたから、どんどん食べて下さいねー。
 因みにずーっと毎日、お弁当やら食事やら、何だかんだと一日二食くらいは作っていたので、料理の腕は随分と上がりました。
 多分、撃退士を引退してもシェフとして自立出来る程度には。
 良かったね、これで充実したセカンドライフが送れるよ!

 桜の木の下に、もうひとり、桜色の着物を着た誰かが立っていた。
 最初は桜の精が大きくなった姿かと思ったけれど――違う。
「章治兄さま……」
 振り向き、門木に向かって両手を伸ばして来たその姿は、いつもより少し大人びた雰囲気の華桜りりか(jb6883)だった。
 頭に被ったかつぎが桜吹雪に揺れる。
 その下から覗く長い髪は、半分が桜色に染まっていた。
「桜が綺麗なの……一緒に…お花見、しましょう?」
 伸ばした手を背中に回し、門木の頬に挨拶の口付けを。
 失われた記憶も多少は戻っているせいか、今日のりりかはいつもより大胆だ。
 お酌をしつつ、りりかも一緒に飲む。
「あたしは今、25歳、なの。お酒も飲めるの、ですよ?」
 ちびりちびりと飲みながら、普段は言えない事を伝えてみる。
 多分少しだけ、酒の力も借りて。
「んと、言葉には力があるの…です。だから…気を付けてお話しをしなさいって、教えられたの」
 誰に、だったか。それはまだ、ぼんやりとしているけれど、その言葉ははっきりと覚えている。
「でも、良い言葉はたくさん言う方が良いの…です」
 そう言うと、立ち上がったりりかはふと目に付いた桜の枝に歩み寄った。
 まだ蕾を閉じたままの桜に、そっと声をかけてみる。
「桜さん、桜さん…恥ずかしがっていないで、その可愛いお花をあたしに見せてほしいの…貴方に…早く逢いたいの」
 その言葉と想いが届いたのか、蕾がふわりと綻んだ。
「ね、言葉には力が…あるの」
 だから、言わせて。
「章治兄さま、大好き…なの」
「……うん、知ってる」
 そう答えて、抱き付いてきたりりかの頭を撫でる。
 大丈夫、「Like」の「好き」はちゃんと通じている――「Love」の方は無意識にブロックしているフシがあるけれど。
「知っていても、ちゃんと言うの……たくさん、たくさん大好きなの…ですよ」
「……ん、ありがとう」
 りりかの頬に、お返しの口付けを。
 自分には勿体ない気もするけれど、その気持ちは有難く受け取っておこう。

「にぃさま大好きなの〜」
「センセ、だぁ〜いすき♪」
 こちらでは大小の門木が大小の愛梨沙に挟まれていた。
「お花綺麗だね……」
 そう言えば去年の夢では一緒に踊った気もするけれど、あれは酒の勢いも手伝っての事、だった様な。
「センセ、お酒飲むの? じゃあお酌してあげるね」
 しかし、こうぴったりとくっつかれては、うん。
「……ごめん、悪いけど…少し離れてくれないか、な」
 小さい方は大丈夫だが、大きい方はパーソナルスペース(不可侵領域)がやたらと広いのだ。
 せめて腕の長さの半分くらい、出来ればもっと離れて欲しい。
 くっつかれると、落ち着かないのだ。
 因みにリュールとの間さえ腕半分くらいは開けている。
 適度な距離感、大事。
 特に門木の様な小動物系に対して無理に距離を詰める事は、攻撃にも等しいダメージを与えかねませんので要注意です。
 はい、ここ試験に出るよー。 ※出ません、って言うか何の試験ですか

 花見席の一角で、ひとりの御婦人がてきぱきと食事の準備を整えていた。
 それは、まさかのおばちゃんと化したカノン(jb2648)の姿。
 歳の頃は五十代の前半くらいだろうか。
 太っているわけではないが、全体として重心が下の方に寄った結果の安定感と貫禄がある。
「のんびり花見を楽しもうっていうのはいつになっても変わらないわねぇ」
 手際よく弁当を広げ終わると、咲き誇る桜の花を見上げ――いや、その前にまだやる事があった。
「こっちものんびり、と思うんだけど……」
 辺りを見渡せば、子供は多いし世話の焼けそうな大人はいるし。
「もう、なんだか落ち着かないったら」
 食べ物や飲み物が無くなっていたりすれば、補充しないことには気が済まない。
 空いた容器は速やかに片付け、ゴミが出ればそれも片付け、零れたジュースも片付けて。
 昔と比べて随分と要領が良くなった様で、何もない所で躓くような事はない。
 勿論、お茶をぶちまけるような事も。
 それも少し寂しい気もするが――
「ああ、先生はゆっくり楽しんで?」
 忙しく働く合間に声をかける。
 だが、門木はくるくると動き回るカノンの様子を飽く事なく眺めていた。
 歳相応に落ち着いた色合いの服装は、動きやすさを重視して選んだものらしい。
 あの見ている方が息が詰まりそうになる窮屈そうな服を着なくなって、もうどれくらい経つのだろう。
 その表情を見る限り、彼女はどうやら幸せに歳を重ねてきた様だ。
「……良かった」
 幸せなら、それで良い。
 自分がそこに何かしら貢献出来たなら、もっと良いけれど。
 やがて、いくら探してもやる事が見付からなくなったカノンは、漸く腰を落ち着けた。
「あら、待っててくれたの?」
 腰をトントン叩きながら、カノンはわざと呆れた様に肩を竦める。
「こんなおばちゃんより若い子構う方が楽しいでしょうに」
 だが門木は首を振った。
「……ここが、いい」
 それに、どんな姿でもカノンはカノンだ――おばちゃんでも、おばあちゃんでも。
 その場にごろんと寝転んで、門木は上から覆い被さって来る様な桜の花を見上げる。
「……綺麗だ」
 それは桜に言ったのか、それとも。


●桜の夢 其之弐

「皆で花見なんて、夢みたいやなぁ」
 浅茅 いばら(jb8764)は賑やかな宴の席を少し離れて、ひとり桜の木を見上げていた。
 その背丈は今よりも低く、髪の間からは二本の小さな角が顔を出している。
 童水干を着ているところを見ると、ずいぶん昔の姿である様だ。
 いばらは舞い散る桜の中、上を見上げながらゆっくりと幹の周囲を歩いてみる。
 と――
「わっ!」
 幹の背後からいきなり飛び出して来た、小さな影。
 赤い瞳に、ピンクのツインテールは少し短め、頭には大きな黄色いリボンが揺れている。
 リコだ。
「…あ、リコもおるんか? 驚かさんといてや」
「いばらん、ちっとも驚いてなかったくせにぃー」
 記憶にある姿よりも幼いリコは、丸いほっぺを更に丸く膨らませた。
 けれど本気で怒っているわけではない事は、今にも笑い出しそうなその目を見ればわかる。
「ねえ、かくれんぼしよ? リコが隠れるから、見付けてね!」
 返事も聞かずに、リコは駆け出して行く。
 けれど隠れる場所なんて、桜の幹の陰しかない。
「見付けた」
「えへへ、見付かっちゃったー♪」
 今日のリコはいつもより良く笑う。
「リコとこうやって遊べるんって、凄く楽しいなぁ」
 種子島以外ではなかなか会えないし、そんな時は大抵何か厄介ごとが待っているし。
「今日は桜が満開やねぇ」
 いばらは降り注ぐ花弁を掌に受けて集め、両手いっぱいになったところでリコの頭上からふわりと放る。
「わぁ、すごーい!」
「嗚呼、まるで雪みたいや」
 桜の樹の下には屍体が――なんて言うけれど。
「うちは桜、好きや。儚くて、綺麗で…人の生ときっと同じやね」
 自分もリコも、ヒトではないけれど。
「リコ」
 名前を呼ばれて、リコはかくりと首を傾げる。
「うちに出来ることあったら何でもいうてや? うちはリコの味方やから」
「うん、頼りにしてるよ。いつもありがとね、いばらん♪」
 ちゅ。
「あ……」
 先を越された。しかもほっぺに。
 これは同じところにお返しをするべきか、それとも当初の計画通り、王子様っぽく片膝ついて手の甲にするべきか……貴婦人に対する様に。
 迷っているうちに、夢から覚めてしまいそうだ――

「美咲ちゃん! 一緒にお花見しよう!」
「うん! しよう!」
 柊 和晴(jc0916)と緋流 美咲(jb8394)は、子供の姿でそこにいた。
 二人じゃ食べきれないほどのお弁当を持って、桜吹雪が舞うその真下にゴザを広げて。
「うわぁ、きれい〜!」
 桜を見上げてはしゃぐ美咲に、和晴は心の中で「美咲ちゃんの方がキレイだよ」なんて思ったりして。
「ん? ハルくん何?」
「ううん、何でもない!」
 手の届く所に咲いていた一輪の花を枝から貰って、美咲の髪に挿してみる。
「ほら、可愛いよ! お嫁さんみたいだね!」
「えへっ、ありがとう!」
 その幸せそうな笑顔に、和晴はもうトロトロに溶けそうになっていた。
(美咲ちゃんは俺の天使だ……)
 人間だけど天使だ。
 大きくなってもずっと傍に居てくれたら良いな。
「ほら、ハル! おべんと食べよ!」
 美咲の声に、和晴ははっと我に返った。
「うん、そうだね!」
 知ってる、美咲のお弁当は愛情いっぱいなんだ。
 そして美味しい。
「はい、どうぞ!」
 どーん!
 愛情が籠もっているのは勿論ですが、愛情の分だけいっぱい作りました!
 普通ならあまりの多さに怯む量だが、これは夢だし美咲が作ってくれたものならいくらでも食べられる。
 喜んで慈しんで、謹んで有難くいただきます!
「うわー、美味しい、有難う!」
 ほっぺにご飯粒が付いても気付かずに、夢中で食べる。
「あ、ハル、ご飯ついてる!」
 ぺろっ♪
「もぐもぐ、おいしーね♪」
「ありがと、お返し」
 ちゅっ。
 照れなんてありません、子供ですから。
 大人になっても照れない人もいますけどね。
 ご機嫌モード でお腹がいっぱいになったら、手を繋いで上を見て。
 風に揺れる桜の波に、自分達までゆらゆら揺れて。
 お花見なんて、子供はすぐに退屈してしまいそうだけれど、二人ならずっと飽きないから不思議なものだ。
 こうしてただ、何もせずに並んで座っているだけで幸せだった。
(大人になっても変わらない愛しい関係でいられますように)
 和晴は何となく神々しく見える桜の木に、願いをかけてみる。
「これからも、ずっと一緒だよ!」
「うん、ずっと一緒ね、ハル♪」
 ぎゅっと握り返したその手の感触は、ずっと前から知っていた気がする。
 何故かわからないけれど、美咲はふとそう思った。
(なんだかずっと前にもこんなことがあった気がする…小さな男の子が居て、いつも一緒で…)
 ちらり、和晴の横顔を見る。
「ハルがそうだったらいいなぁ」
 ふわりと微笑んで、こっそり呟く。
「ん、なに?」
「ううん、なんでもない!」
 良い思い出になるといいね!

 黒羽 拓海(jb7256)は己の置かれた状況を何とか理解しようと、必死に頭を働かせていた。
 義妹兼恋人という何やら複雑な関係の黒羽 風香(jc1325)と、二人で花見に来たところまでは覚えている。
 しかし、途中で意識を失って――気が付けば、こうだ。
(夢で花見…は前にもあったからいいとして、どうして俺は縮んでるんだ?)
 しかも縮んでいるのは自分だけ、らしい。
「綺麗な所ですね。まるでお話の中みたいです」
 うっとりと桜を見上げる風香は気付いていないのか、それとも彼女の目には普通に見えているのか。
「…で、これは一体どういう事なんでしょう?」
 気付いていないだけだった。
 振り向いた風香は困惑の表情を浮かべつつ、ちんまい拓海を思いっきり上から見下ろしている。
「何だか兄さんが可愛らしいというか昔の姿に…」
 推定年齢、十歳。
「これはアレですね。普段とは逆に可愛がれという事でしょう!」
 よくわからないけど神様ありがとう!
 がしっと捕獲、膝に乗せて存分に撫で繰り回す。
「おい、ちょ、やめろ! 離せ!」
「逃げようとしても逃がしませんよ?」
 ふっふっふー。
 ちょっとどころではないレベルでブラコンを拗らせた妹は強いのです。
 本人は「ちょっと」だと主張している様ですが。
「桜が綺麗ですね、兄さん」
 じたばたじたばた。
「あ、お花見団子とお茶もありますよ?」
 じたばたじた……くてり。
 抵抗空しく力尽きた十歳児、遂に悟りを開いた模様。
「…ああ、花が綺麗で茶が美味い…」
 風香の胸にぐったりと寄りかかり、差し出される団子を食べて、茶をすする。
「何故か桜餅も出て来ましたね。はい兄さん、あーん?」
「……、…………」
 わかってる、無駄な抵抗は無駄だ。
(ここに居たのが風香一人で助かった。もしアイツも居たら…構ってくる相手が増える…!)
 アイツとは、彼女さんの事でしょうか。
 何にしても現実に戻った時に修羅場にならない事をお祈りしておきますね。
「こうやって膝に乗せて髪を弄るのって…いいですね、癖になりそうです」
(ならなくていい)
「普通なら絶対出来ませんから、夢万歳ですね」
(悪夢だ)
「兄さん、何か言いましたか?」
「いや、何も」
 口に出しては言ってない。
「二人でまったりしましょう」
(誰か助けて)
 しかし、そんな所に通りすがる野生のダルドフが!
 縮んでいる事を笑われそうだが背に腹は代えられないと、拓海は助けを求めてみる。
「おい、ダルドフ助けてくれ!」
「……くま?」
 だが、くるりと振り向いたそれは。
「あ、初めましてダルドフさん。いつも兄がお世話になっております」
 夢の中でも礼儀は大事と、風香はきちんとご挨拶。
「あ、私は未来の妻です。今は義妹の地位に甘んじておりますが、いずれ近いうちに……」
「風香、違う!」
「何が違うのでしょう、私は本気で」
「そうじゃなくて!」
 それ、本物の熊……!


●桜の夢 其之参

 そこからは何故か、海が見えていた。
 桜の木も一本ではなく、海岸線に沿って桜並木が続いている。
 辺りには巨大なダンゴムシや、巨大なカラス、ヘビ、羊、赤い熊や猫、人っぽいトカゲなどなど、奇妙な生き物達の姿が見えた。
 明らかに世界が違う気もするが、良いのか、夢だから。
 咲き誇る桜並木の下にシートを敷いて、神谷 愛莉(jb5345)は誰かを待っていた。
「エリ、誰を待ってるの? ボク達三人でお花見に来た筈なんだけど」
 礼野 明日夢(jb5590)が首を傾げる。
 しかしエリは幼馴染の困惑など意にも介さない様子で、にっこりと笑った。
「お花見の約束してるですの」
「そんな約束してたっけ?」
 それにしてもエリの私服がえらいファンシーな事になっていると、礼野 智美(ja3600)はその衣装をまじまじと見つめる。
 それどころか、傍らには翼の生えた白いライオンの様な生き物を従えている。
 だが気が付けば自分達も、まるでファンタジー世界の住人であるかの様な格好になっていた。
「どうしてこうなった」
 いや、まあ、夢ですから。
 やがて空の彼方から、黄金色に輝くドラゴンに乗ったきらきら金髪の二人組お兄さんが現れる。
「待ち人は…あ、来ましたの」
 ええ、夢ですから。
「こっちですのーっ」
 手をふりふりしたその目の前に、巨大なドラゴンが舞い降りる。
 夢ですから。
「やっと一緒に花見出来ますの」
「そうですね、僕もここに来るのは久しぶりです」
 にこー。
 出迎えたエリに、王子様風のお兄さんがユルい笑みを返す。
 その傍らに寄り添うのは、ちょっと目つきの悪い山猫の様なお兄さん。
「見覚えあるような、無いような……」
 首を傾げる明日夢をよそに、エリはせっせと弁当を広げ始めた。
「色々作ってきたんですよー」
「作ってきた?」
 その言葉に明日夢は再び首を傾げるが、それもあっさり無視される。
 もうエリの眼中には二人のお兄さんしか存在しない様だ。
「プリンでしょ、アップルパイでしょ、桃のフルーツサンドにー、フレンチトーストにホットケーキに…」
 え、全部スイーツじゃないかって?
 良いの良いの、だって王子様の好物ばっかりだし。
「あ、普通の花見弁当もあるから安心して下さいね」
 と、これは傍らの山猫お兄さんに。
「筍ご飯とグリンピースの炊き込みご飯にチキンライスの卵包みのお握り、筍と蕗と春牛蒡の炊き合わせ、菜の花の辛し和えに鳥の唐揚に葱を混ぜ込んだ卵焼き、玉葱と卵とツナのスパゲティサラダに…」
「……エリ、料理こんなに上手だったっけ?」
 上手ですよ、夢ですから。
 お料理教室開いて王子様に教えちゃうくらい上手ですよ?
 そうそう、お料理教室と言えば次は何を作ります?
「夏だから…ごにょごにょ」
 エリはフレンチトーストを前に、王子様とこそこそひそひそ打ち合わせ。
「お料理教室第4回、お父さんが遅く帰ってくる次の日の朝ご飯を作ろう、というのはどうですの?」
 それが夏とどんな関係があるのか、そのへんがよくわからないけれど。
「でもそれは、どうなんでしょう」
 王子様が首を傾げる。
「お父さんが僕を置いて出かける事なんてありませんし」
 はい、いつも一緒ですが何か。
「あの、今春だよ。何鬼が笑う様な事相談してるの?」
 明日夢が訊いても返事はない。
 エリは王子様と夢中でお喋りしながら食べながら、その肩や頭に乗った三羽の燕達に粟の穂をあげてみたり。
 だめだ、入り込む隙間が見当たらない。
 明日夢は大きな溜息を吐いて、ぽつりと零す。
「……関係『色々複雑』で交友とろうか本当に悩んだんですよねぇ…」
「は?」
 智美は何だかわからないけれど複雑そうな顔の義弟の頭を撫でる。
 撫でながら、黙って花見酒を口に運ぶ山猫お兄さんに言った。
「なんか色々すいません」
「何が、でしょうか」
 鋭い目つきの山猫お兄さんが目を上げる。
「……いや、謝らなきゃいけない気がひしひしと……」
「私は構いませんよ」
 おでんが作れるようになったのも、お料理教室のお陰ですから。
 王子様が何か一人でコソコソ出かけて寂しいとか、全然気にしていませんから。
 ええ、気にしていませんとも。


●桜の夢 其之四

「にいちゃん、ねえちゃん…ここどこ……?」
 綺麗な毛並の猫を抱きかかえた五歳児、点喰 縁(ja7176)は半べそをかいていた。
 こげ茶の髪に猫耳パーカー、短パンから伸びた脚は膝小僧に絆創膏が貼ってある。
 しかし、その近くにはまだ血が滲んでいる新しい擦り傷があった。
 きっと猫を追いかけて転んだのだろう。
 手にも何本かの赤い線が見えるが、これはきっと猫の引っ掻き傷だ。
 迷子の縁は、猫を抱えたまま当てもなくウロウロ歩き回る。
 気が付くと見たこともない立派な桜と、その周囲でやたらと盛り上がっている見知らぬ人々の所に迷い込んでいた。
 違う、人じゃない。妖怪だ!
(か……っ、かっこいいでさぁ……!)
 目をキラキラと輝かせ、縁は不思議な人達の姿に見入った。
 でも、かっこいいけどちょっと怖い。
 怖いから桜の木陰に隠れて、暫く様子を見てみよう。
「ねこさん、なきごえだしちゃダメですぜ?」
「にゃー!」
 あ、ダメだって言ったのに!
(みつかった――!)
 絶体絶命?
「おう、チビスケ」
 上から降って来た声に、縁はビクッと身を震わせた。
 けれども、その声音が思いのほか優しそうだったから。
 ぎゅっと閉じていた目を片方ずつ、そーっと開けてみる。
「あ……」
 鬼だ。頭の片方にだけ角がある、鬼の女の人だ。
 やっぱり、かっこいい。
 その鬼の人、秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)は、ニカッと笑って縁の頭をぽんぽん叩いた。
「そんなトコに隠れてねぇで、こっち来てなんか食いなせぇよ」
 お腹の虫がグーグー鳴いてやすぜ。
 そう言われて、縁は腹ぺこだった事を思い出した。
 そして、もうひとり。
「そっちのちみっこも、出て来なせぇ」
 紫苑が声をかけると、濃紺の髪にだぼだぼの軍服を来た少年が身を翻して木陰から現れた。
 長田・E・勇太(jb9116)五歳、子供扱いされるとキレるお年頃だ。
「Who fuck are you!? Don't treat me like a child!!」
 誰だてめえ、子供扱いすんな!
 と言っている様だが、生憎と紫苑には英語なんてわからない。
「ドイツ語なら多少はわかりやすがねぃ」
「You Dumb broad!」
「あー、へいへい。何だかわかりやせんけど、腹ぁ空いてんですかねぃ?」
 ほら、空腹だと怒りっぽくなるって言うし。
「とりあえずこれでも食っときなせぇ」
 差し出されたキャンディに、エリックは思わずヨダレをたらーり。
 だがしかし、大人は怖い。
 それに保護者である「ババア」にバレたら殺される。
 いや、流石に殺される事はないだろうが、同等レベルに恐ろしい仕打ちが待っているに違いない。
 育ての親にめっちゃシゴかれたエリック少年、すっかり性格の歪んだ子になってしまった様だ。
 大きな大人や年上はみんな怖い。
 同じくらいの歳なら、まあ何とか耐えられない事もないけれど。
「なら、おれといっしょにいきやせん?」
 縁が手を差し伸べる。
 流石に大家族の末っ子だけあって、こういう場面での気遣いは心得ている様だ。
 エリックは仕方なさそうにその手を……とらない。
 ぺいっと撥ね除けて、ついでに紫苑の脛を蹴り飛ばそうとして――
 何かに気付いた。
 大きく膨らんだお腹がずいぶん重そうだ。
「あかちゃん?」
「ええ、二人目ですねぃ」
 縁に問われて目を細めた紫苑は、愛おしそうに自分の腹を撫でる。
 因みに父親が誰か、それは秘密だ。
 父親、つまり子供のおじいちゃんにも内緒なのである。
 大人は怖いが、軍人は弱者を守るもの。
 エリックはズボンのポケットに両手を突っ込むと、ひとりでさっさと歩き出した。
「あ、まっておくんなせぇ、ごちそうはそっちじゃねぇですよ!」
 それを縁が追いかけ、皆の輪の中に引っ張り込む。
 引っ張り込まれては仕方がない。
 後でババアに見付かっても言い訳が立つ。
 というわけで、お菓子食べ放題!
 やったね!

「きれいに咲いてるね!」
 キョウカ(jb8351)は13歳の中学一年生。
 子供からちょっと背伸びし始めた、お姉さんぶりたくて仕方ないお年頃だ。
 縁とエリックを手招きし、お手製の弁当を広げて見せる。
「お花見ということで、お弁当を用意したんだ。頑張って作ったんだけど、どうかな?」
 おにぎりにだし巻き卵、キンピラ、から揚げ、その他いろいろで和食が中心。
「これ、たべていいんですかぃ?」
 縁がヨダレを垂らさんばかりの勢いで覗き込む。
 エリックは興味なさそうにそっぽを向いているが、時々チラ見しているのはお見通しだ。
「どうぞどうぞー、いっぱい食べてね!」
 そう言われても自分では取ろうとしないエリックには、小皿に取り分けて差し出してみる。
「なに、これ」
 片言の日本語で訊ねるエリックに、キョウカはひとつずつ丁寧に説明していった。
 どうやら彼にとっては、どれも初めて見るものばかり。
「あっ、甘い卵焼きもあるからこっちも良かったら食べてね」
 それを口にした時のエリックの顔には「世の中にこんな美味いものがあったのか!」と書いてあった。
 まあ、口から出たのは「what the hell is this!?」だったけれど。
「あとは桜餅もどうぞ!」
 そこに至ってはもう言葉も出ない。
 強いて言うなら「あなたは神か」という位なものだろうか。
「良かった、他にもいっぱいあるからね。キョーカお料理は得意なんだよ、ね、しーた?」
 今のキョウカにとって25歳の紫苑はずいぶんとお姉さんだが、年の差なんて気にしない。
 時間軸の歪みもさして気にしてないよ、だって久遠ヶ原だもの。
「ええ、キョーカにゃずいぶん世話んなってまさぁ」
 上の子のミルクや離乳食も作ってもらったし、という設定になっているらしい、この夢は。
 え? ああ、いるんですよ、お腹の子の上にもね。
 そう言えばダルドフ父さんとは上の子を授かる前に会ったきりで、今日が久しぶりの再会だった。
 と言うことはつまり、娘の結婚も孫が生まれた事も、もうすぐそれが二人目になる事も、今初めて知ったわけだけれど。
 うん、それはまあ、こうなりますよね。
 ダルドフは聖槍アドヴェンティの使用で失敗判定を出した時の様な、真っ白い塩の彫像となり果てていた。
 どうやらオンオン泣きすぎて、涙の塩分で身体が覆い尽くされてしまったらしい?
「まさかまた泣かれる機会があるとは思いませんでしたよって」
 拳で軽くコンと叩くと表面の塩が崩れ落ち、中から紋付き袴姿のダルドフが現れた。
「お帰りなせ、父さん。ま、一杯飲みましょうや」
 紫苑はダルドフの杯になみなみと酒を注ぐ。
「俺は飲めやせんけどねぃ」
 だって妊婦さんだし――と、それを聞いてまた泣き出すお父さん。
「あーあー、もう、酒がしょっぱくなっちまいやすぜ?」
 まあ、相変わらずの泣き虫父さんは暫く放置しておくとして。
「何とも時間軸が滅茶苦茶な夢ですねぇ」
 各自の年齢がバラバラなのは良いとして、年齢の違う同一人物が何人も同時に存在していたりする辺り、時間軸どころかあらゆる物理法則を無視しているのではあるまいか。
 でもまあ、夢だから仕方ないか。
 それにやっぱり「久遠ヶ原だから」とそれだけで納得してしまうこの万能感。
「やぁ、爺ちゃんもこれまた可愛くなっちまって」
 いや、今日は爺ちゃんではないか。
 視線の先には、ちんまいファウスト(jb8866)の姿があった。
 外見年齢8歳、身長130cm程、刺青はそのままに、ふくふくほっぺに高い声。
 魅惑の低音はどこいった。
 でもやっぱり三白眼なところが、何だか妙に安心する。
「…若返る、というのは妙な感じだな」
 やたら偉そうな口調もそのままなあたり、どうやら中身は変わらないらしい。
 常よりかなり低い視界と、鏡に映る自分の姿、そして周囲からの子供扱いに困惑する中身八百有余歳。
 ロリババアはよく聞くけれど、ショタジジイってあんまり聞かないね。
 まあ、とりあえずは酒でも――え、駄目?
「何故だ、外見がどうあれ実年齢が成人に達していれば飲酒は可能ではないのか。ましてやこれは夢だ、夢で飲むなら問題はあるまい」
 なんて、甲高い舌足らずな声で言われても、ね。
 ご本人はクールに渋くキメたつもりでも、実際はこうだ。
「なぜら、がいけんはどーあれじちゅねんれーがせーじんに――」
「ふぁうじーた、可愛いっ!」
 むぎゅー、キョウカに抱き締められて、ファウストは何やら複雑な気分。
「あ、今はじーたじゃないね。何て呼ぼうか……ふぁーた?」
 因みにドイツ語で「お父さん」をファーターと言う。
 じーちゃんなのに父さんとはこれいかに……ってどうでもいいですね。
「あんまヤンチャしねぇでくだせえよ?」
「問題ない、しおん。中身はいつもと変わらぬ」
 紫苑に言われてそう答えるが、やはり器はその魂に影響を与えるものらしい。
 ちびファウは、そのちっちゃい羽根でぱたぱた飛び上がり、桜の木に近付いてみる。
「どれ、少し魔法でもかけてやるか」
 どこからともなく取り出した魔法少女のステッキを一振りすると、桜の木に金平糖の花が咲いた。
 大きくこんもりと茂った枝に、たわわに実った金平糖の実。
 枝をゆすると、小さな星屑が雨の様にぱらぱらと降って来る。
「どーめきが喜びそうだな」
 ところで、その彼の姿が見えないのだが。
 一緒に来た筈なのに、何処に行ってしまったのだろう。

 話題の人、百目鬼 揺籠(jb8361)七歳は、皆から離れた場所で桜を眺めていた。
 その頃の彼は人見知りで引っ込み思案、ひとりでいるのが好きな少年だった。
 ぼんやりと花を眺めていると、桜の幹に金色のふさふさ尻尾が生えた。
 いや、桜に尻尾が生える筈がない。
 引っ込み思案だが好奇心はそれなりにあるユリちゃん、尻尾の正体を確かめようと、恐る恐る近付いてみた。
 と――
「おい、お前そんなところで何してるんだ?」
 ぴゃあぁぁぁぁ!
 幹の後ろから突然現れた人影に、揺籠はバックダッシュで一目散。
 しかし、まわりこまれてしまった!
 手首を掴まれて進退窮まった揺籠に、その子供はニカッと笑いかけた。
「お前、ひとりか?」
 歳の頃は揺籠と同じくらいだろうか。
 白の水干に身を包んだその姿は、まるで平安貴族の様だ。
 ただし、その頭には狐の耳がぴょこんと生えて、腰の辺りからは狐の大きなふさふさ尻尾が生えている。
「よし! 俺が一緒に遊んでやる!」
 まだ何も言っていないのに、狐少年は揺籠の腕を掴んで引っ張って行った。
「煩いな、オレは別に遊びたいわけじゃ――」
「ほら行くぞ!」
 問答無用で強制連行。
「俺はナユタ。お前は?」
「……どーめき……でさ」
「ふぅん? おもしれー名前だな!」
「べつに、おもしろくなんか、ねーでさ……」
 強引な少年に対して揺籠はささやかな抵抗を試みるが、全く効果はなかった。
「あぶら♪ あぶら♪ あぶらあげー♪」
「へんなうた……でさ」
 狐少年、恒河沙 那由汰(jb6459)は揺籠と共に宴の席へ。
「うぉ、なんかでっけーのがいるー!」
 真っ先に目に入ったダルドフの姿を見て、ナユタはどーんと体当たり。
「相撲しよーぜ、相撲!」
「ん? これは元気の良い小童が現れおったのぅ」
 楽しそうに顎髭をひねり、ダルドフはのっそりと立ち上がる。
 一方、今の揺籠にとってはいつもの面子も見知らぬ他人。
 揺籠はナユタの後ろに半分隠れて硬直していた。
「ど、どしたらそんなにでっかくなれるんですかぃ、クマでもくってんですかぃ?」
「流石に熊は食わんわぃ」
 でっかい熊が、がははと笑う。
「強いて言うなら酒かのぅ」
「おさけ……!」
 酒を飲んだらあんなに大きくなれるのか。
 でも酒は大きくならないと飲めないものだし、だけど飲んだら大きくなれる……あれ?
「父さん、子供にデタラメ教えねぇでくだせぇ」
 ぴしゃり、紫苑が大人げない大人を窘める。
 その姿に、揺籠の目は釘付けになった。
(おにの、ひと……!)
 ぴゃーっと走ってって、可愛いピンクの花を摘んで来て。
「おに、の、どーめき、でさ!」
 ずいっと差し出し、ぐいっと押し付けて自己紹介。
「俺にくれるんですかぃ? ありがとうごぜぇやす」
 花を受け取りお礼を言って、その頭を撫でようとしたら――ささっ!
 今度はダルドフの後ろに隠れた。
「はにかみ屋は昔も今も変わらねぇんですねぇ」
 紫苑はくくっと笑う。
 その間にも、ナユタはダルドフにぶつかっていっては軽く投げ飛ばされ、投げ飛ばされては尻尾でバランスをとってくるりと回転、着地と同時にまた向かって行く。
「くっそービクともしねぇ!」
「ふむ、これは少々ハンデが必要だな」
 ちびファウはぱたぱた飛んでダルドフに肩車、その両目を手で塞いでみた。
 ついでに足元の草に魔法をかけて、その茎を触手の様に伸ばしてみる。
 ダルドフの身体に絡み付く触手、って書いても全然えっちぃ感じがしないのは何故だ。
「よーし今だ! みんなでアイツを倒すぞ!」
 ナユタが号令をかけて子供達を招集する。
 相撲がいつの間にか棒倒しならぬ熊倒しに変わっているのは、夢じゃなくても子供が相手ならよくある事だ。
 縁はエリックの手を、ナユタは揺籠の手を引っ張って、ダルドフに突撃!
 子供達にたかられ、よじ登られたダルドフはしかし微動だにしない。
 ぶっとい両腕に全員をぶら下げて、ぐるぐる回り――

 たくさん遊んでお腹が空いても、お弁当はまだまだたっぷり残っていた。
「おー、あぶらあげのニオイだ!」
 でも、重箱にびっしり詰まったそれは、ナユタの知っている油揚げとは少し違う。
「これ美味いぞ! 俺気に入った! これ何ていうんだ?」
「稲荷寿司だよ、食べるの初めて?」
 キョウカに問われてこくこく頷き、頬張りながらまたもご機嫌な歌を歌い始める。
「いなり♪ いなり♪ いなりずしー♪ あまくてうまいぞーいなりずしー♪」
 その隣で、揺籠は稲荷寿司をめっちゃ見ていた。
 くんくんニオイも嗅いでみる。
 ナユタが美味いと言ったのを聞いて、ぱくりと一口。
 呑み込む前に、次のひとつに手が伸びる。
 両手でひとつずつ鷲掴みにして、無言でガツガツひたすら食べる。
 どうやら気に入ったらしい。
「慌てなくていいよ、まだいっぱいあるからね」
 キョウカに言われても、やっぱり無言でひたすらがっつく。
「狐が稲荷好きってぇのはホントなんですねぇ」
 揺籠は後にそう語ったが、その時の彼は狐に勝る勢いで食べていたと、周囲の者は口々に証言したとか――


●桜の夢 終章

「リュールさんはいずこでしょう」
 桜吹雪の間を縫って、アレンは探すともなくその姿を探す。
 こちらの世界には来ていないのだろうか。
 いや、これは夢。会いたい人には必ず会える――ほら、あそこに。
「おや、あれはもしや噂のダルドフさんですか」
 まだ若くてスリムだった頃のダルドフと、隣に寄り添うリュールの姿が花びらの向こうに見え隠れしている。
 どこからどう見ても、仲睦まじいおしどり夫婦だ。
「あんな夫婦だったのですねー」
 思わずごちそうさまと言いたくなるほどに、仲が良さそうに見える。
 ところが、これが今現在の姿となると、まるで喧嘩でもしているかの様に互いに距離を取り、しかも背中を向けている。
 かといって仲が悪いわけでもないらしいのだから、男女の間とは不思議なものだ。
「……くまさん?」
 ひょこひょこ歩み寄ったユウがダルドフの顔を覗き込み、次に少し離れた場所で背を向けているリュールのもとへ。
「……、…………」
 その顔を見た途端、ユウはひしっとしがみついた。
 ひっついて離れないその頭を撫でながら、リュールは常とは違う柔らかな声音で言った。
「どうした、母親が恋しくなったのか?」
 そろそろ帰る時間だろうか。

「今日はお花見日和でよかったね〜」
 キョウカは金平糖を小さな袋に詰めて、子供達に配って歩く。
 夢の世界から持って帰る事は出来ないだろうけれど、気分だけでもお土産に出来たら良いな。


 甘い香りの風が吹き、桜吹雪を舞い上げる。
「いつかまた、会えるよね?」
 小さな桜の精はナーシュのほっぺにキスをして、花びらの中に溶けていった。
 いつか、また。
 それまで……ばいばい。
 元気でね。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:13人

202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
猫の守り人・
点喰 縁(ja7176)

卒業 男 アストラルヴァンガード
夢幻に酔う・
ディートハルト・バイラー(jb0601)

大学部9年164組 男 ディバインナイト
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
リコのトモダチ・
神谷 愛莉(jb5345)

小等部6年1組 女 バハムートテイマー
リコのトモダチ・
礼野 明日夢(jb5590)

小等部6年3組 男 インフィルトレイター
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
人の強さはすぐ傍にある・
恒河沙 那由汰(jb6459)

大学部8年7組 男 アカシックレコーダー:タイプA
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
シスのソウルメイト(仮)・
黒羽 拓海(jb7256)

大学部3年217組 男 阿修羅
娘の親友・
キョウカ(jb8351)

小等部5年1組 女 アカシックレコーダー:タイプA
鳥目百瞳の妖・
百目鬼 揺籠(jb8361)

卒業 男 阿修羅
誠心誠意・
緋流 美咲(jb8394)

大学部2年68組 女 ルインズブレイド
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー
Half of Rose・
浅茅 いばら(jb8764)

高等部3年1組 男 阿修羅
託されし時の守護者・
ファウスト(jb8866)

大学部5年4組 男 ダアト
BBA恐怖症・
長田・E・勇太(jb9116)

大学部2年247組 男 阿修羅
V兵器探究者・
柊 和晴(jc0916)

大学部3年52組 男 陰陽師
撃退士・
葉桜 玖皇(jc1291)

大学部2年164組 男 ナイトウォーカー
少女を助けし白き意思・
黒羽 風香(jc1325)

大学部2年166組 女 インフィルトレイター