「またダルドフの所となると、今回もヴァルツか?」
「首無しの騎士ですか…確かにその可能性が高いですね」
襲撃の報せを聞いて、黒羽 拓海(
jb7256)とユウ(
jb5639)が顔を見合わせる。
「それなりの傷を負わせたと思ったが、浅かった…いや、断つには俺の意志が弱かったか」
まあいい。今は退けて守るだけだ。
「とは言え、ダルドフさんと連絡が取れないのが気になりますね」
「黒田さん達なら何か知っているかもしれない」
転送装置に向けて走りながら、二人は状況の確認と援護の妖精の為、撃退署の黒田に連絡を入れる。
現場に近い彼等の方が到着も早いし、得ている情報も多いだろう。
しかし、その彼等の所にもダルドフに関する情報は入っていなかった。
「お父さん、この時間だと工場でしごとしてるはずでさ!」
「キョーカたち、こーじょーにいってみる、だよっ!」
秋野=桜蓮・紫苑(
jb8416)とキョウカ(
jb8351)が申し出る。
そこにはいなくても、そこからの足取りくらいは掴めるだろう。
「相変わらずあの天使は懲りてないのか…それとも」
何か裏があるのだろうかと、志堂 龍実(
ja9408)が眉を寄せる。
相手がヴァルツならダルドフが負ける事は考えにくい――条件が以前と同じならば。
だが、それでも尚このタイミングで彼が出て来るという事は、余程の馬鹿か、或いは何か策ががあるのか、そのどちらかだろう。
「あまりダルドフに頼り過ぎるな…気を付けてな」
阻霊符を発動させたファウスト(
jb8866)が少し心配そうに二人を見る。
「考えたくはないが、天界からの力の供給が止められるのかもしれん」
「確かに、ヴァルツを強化するよりも、奴の力を削ぐ方が簡単そうだしな」
それを受けて、拓海は念の為に黒田隊からも工場に人を回して貰うように要請した。
「2名程度でいい。奴の娘と親友が向かったが、状況が不透明だからな」
杞憂だとは思うが、まあ保険の様なものだ。
転送装置から吐き出された一行は、町外れの雪野原に出た。
「なんや色々あるなぁ。ついでにここも陛下の領地にしとくか」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が真顔で呟く。
「だめよ、右腕。ここはくまさんの領地、なんだから」
矢野 胡桃(
ja2617)が訂正するが、それも多分違うと思います陛下。
そのくまさん、ダルドフに関する情報は未だに得られていなかった。
「おれら、先に行きまさ!」
「なにかわかったら、れんらくする、なの!」
紫苑とキョウカはその場を大人達に任せ、トップスピードで工場に飛んで行く。
「今はダルドフさんを信じて、被害が広がらないように町の防衛に全力を尽くさなくてはいけませんね」
ユウは闇の翼で上空へ。
黒田達はちょうど町の反対側から敵の掃討に当たっているらしい。
上から敵の姿を探しつつ、黒田達と挟み撃ちにする形で町の方へと向かえば討ち漏らす事もないだろう。
町の大半はまだ雪に覆われている為、その中で動くものがあれば見付けやすい――黒い天馬や騎士達の姿なら、特に。
「全く。騒がしい、わね」
本日の胡桃陛下はクールな戦闘モードだ。
常に背筋を伸ばし立ち姿も堂々と、その表情に薄い笑みを貼り付かせた女王陛下は、目の前にお菓子を差し出されても飛び付いたりはしない。多分。
目の前に美味しそうなオジサマがいても、mgmgとかしない。多分。
「さっさと終わらせて、この雪景色にお似合いの、静けさを、ね」
ついでにそこの、何かにつけて弄りたがる無礼な記録係も終わらせてあげようかしら――と、その氷の様な視線が無言で語っている、気がする、ので。
はい、真面目にやりましょうね。
「ふむ……歓迎の出来ないお客さまなの、ですね」
華桜りりか(
jb6883)は、その隣に並んで日本人形・輝夜を抱きかかえる。
今は町に放たれたサーバントを片付け、人々の安全を守るのが自分達の仕事だ。
「おとーさーーーん!!」
どっかーん!
ダルドフの姿を見付けた紫苑は、いつもの様に上空から急降下で体当たり――ただし、今回の標的はヴァルツの背中、しかも巨大な戦鎚の一振りと共にフルパワーで!
「んぐおぉっ!?」
思わず前につんのめり、向かい合っていたダルドフにダイビングハグを敢行しそうになる、が。
勿論、ダルドフはそれを避けた。
支えもなく無様に転んだ背中に、キョウカのヨルムンガルドが火を噴いた。
「ばるつたま! メーッ!!」
どっかんどっかん!
更には倒れた所に紫苑が戦鎚の台尻でぶすっとな。
いや、何処にとは言わないけれど。
「んぐおぉぉっ!!」
あれ、やっぱり弱い。
なのにどうして、わざわざ喧嘩をふっかけて来たのだろう。
これはやはり何か裏があるに違いないと、小学校低学年の子供さえ疑いを抱くレベルで怪しすぎる。
だが、今はそれを問い質している暇はない。
「キョーカ、お父さんの手当てたのみますぜ!」
「わかったなの!」
背中の傷は塞がっている様に見えるが、念の為。
「だるどふたまも、いっしょにたたかう、だよっ!」
「おお、すまんのぅ」
ダルドフは空いた手でキョウカの頭をぽんぽんと叩く。
「だが、この場よりも町と――」
「そっちも大じょぶでさ! ほかのみんなが…え?」
言葉尻に被せる様に胸を張って答えた紫苑が、捉え損ねた言葉をもう一度聞き返した。
「外に出ている人影は、今のところ見当たりませんね」
狗猫 魅依(
jb6919)――今は「仙狸」の人格が表に出ている様だ――が、仲間達に連絡を入れる。
それを受けて、ファウストはまず目に付いた上空の敵をライトニングで撃ち落としていった。
厄介なのは槍攻撃の魔法射程、まずは本体を封じておくのが得策だろう。
「この町の者は、流石に緊急時の対応も手際が良い」
攻撃を続けながら苦笑混じりに呟く。
その理由が襲撃慣れしている為だと考えると、素直に喜べない気はするが。
と、上空の仙狸がその視界に妙なものを捉えた。
「あれは、何でしょう」
町外れの雪原に、何か黒い塊が見える。
「天使がサーバントに追われている様に見えますが」
仲間割れか、それとも堕天使か。
「男やったらどうでもええが、片方は女やな」
自らも宙に舞い、それを確認したゼロは、脅威の視力――或いは嗅覚でそれを嗅ぎ分ける。
「追われとんのが女なら、まずは助けて口説くんが先やな!」
敵とか味方とか、そんな確認は後でいい。
寧ろどうでもいい。
その時、ダルドフの元へ向かった紫苑たちから連絡が入った。
「追われているのは、くまさんの知り合いのよう、ね」
ヘッドセットから聞こえる声に、胡桃が頷く。
「っしゃ、そういう事なら遠慮なく助けさしてもらうで!」
そういう事じゃなくても遠慮はしないけどな!
真っ先に飛び出して行くゼロの後を目で追い、りりかは暫し逡巡。
(街の方も気になるけど……)
その背を、胡桃が押した。
「ここは大丈夫、よ」
気兼ねも遠慮も要らない。
それぞれの出来る事、やりたい事を存分に。
「右腕、しっかり『護り』なさい、ね」
胡桃はゼロの携帯に声を送り、次いでりりかに声をかける。
「りりかさん、右腕をよろしく」
「胡桃さん、あとはお願いするの…です。ゼロさんの事は任せられたの」
ぺこりと頭を下げると、りりかはゼロの後を追った。
その後に、龍実と拓海が続く。
「此方は私たちに任せてください。何かあるかもしれません、くれぐれもお気をつけて」
彼等の背に、ユウが声をかけた。
遠目から見ても、敵の数はかなり多そうだ。
その上に救助まで担うのは、少しばかり負担が大きいかもしれない。
とは言え、自分達の側もこれ以上の戦力を割くのは難しいが。
「彼らなら、大丈夫、よ」
少し心配そうなユウに向けて、胡桃は余裕たっぷりの笑みを見せる。
信頼しているし、実績もある。何と言っても右腕と中魔王様だ……いや、そろそろ大魔王様に進化する頃だろうか?
ともあれ、こちらはこちらで全力を尽くすまで。
胡桃は上空から町の全容を見渡すユウの指示を受け、見晴らしが良く、かつ敵集団を狙い易い拓けた場所に陣取った。
そこで待ち受ける罠に向けて、ユウが敵を追い込んでいく。
そのまま自分で撃ち落とす事も出来たが、落下場所によっては地上の施設に被害を出しかねなかった。
軽く牽制程度に留め、一箇所になるべく多くの敵を集められるように。
「さぁ……剣の人形の戦舞。とくとご覧あれ」
――全たる知識をこの身に。執行形態顕現。選剣:パイモン――
胡桃の頭部に剣の王冠が現れる。
撃ち放つのは灰銀の矢、近付く前に全てを墜とす勢いで飛んで行った。
馬上の騎士を次々と地に墜とし、そこに飛び込んだ仙狸がクレセントサイスで手当たり次第に切り刻む。
「さて、いきますよ」
それで沈めば良し、生き残ったものがいれば飛び退いて距離を取り、道化人形が生み出す黒いナイフを突き刺していった。
乗り手を失った馬が空中を駆ける様に、ユウに向かって突っ込んで来る。
それを待ち構え、オンスロートで一気に殲滅。
残ったものは胡桃を標的に定めるが。
「そんなに私とのダンスをお望み、かしら?」
北風の吐息で吹き飛ばし、動けなくなった所に灰銀の矢を容赦なく撃ち込む。
「けど、残念。貴方じゃ……無理、ね」
もっと骨のある敵はいないのだろうかと煽ってみるが、他の敵が隠れていそうな気配もない。
頭と本体、そして馬の三つにバラせば数だけは増えるが、それで単純に戦力が三倍になるわけでもない。
「つまらない、わね。鬼ごっこは、追いかけられてこそ、でしょう?」
自身を囮に密集を解かせ、女王陛下の余裕で軽く各個撃破。
「これだけ、なんて……何かひっかかるわ、ね」
この程度で撃退士が止められる筈もない事は、敵もわかっている筈だ。
止める気がないのだろうか?
「町の襲撃は、囮?」
だとしても、町に散らばった敵はまだ残っている。
最初に目に付いたものは片付けたが、ここからは一体ずつ探して個別に潰して行く必要がある。
まだ気を抜く事は出来なかった。
「わるいことはさせない、なの!!」
上空のキョウカは常にヴァルツの死角に回り込む様に動きながら銃を連射、紫苑はその弾幕に紛れる様にして戦鎚をぶん回しながら、ちょこまかとヒット&ウェイを繰り返す。
一撃ずつの威力は控えめだが、それも蓄積すれば結構な痛手となった。
そして何より鬱陶しく、そして五月蠅い。
「なんかすげぇひっさつわざがあるなら、見せてみなせぇよ!」
ほらほら早くと、紫苑がせっつく。
新しい技? それとも武器?
何か隠し球があるみたいな事を言ってたみたいだけど。
「タマってなぁフツー、ちゃんとかくしとくモンですぜ!」
つまり、見せるものじゃない。
「見せたがるのは、ロシュツキョーってんでさ!」
ケタケタケタ。
さあ、後ろからゴールデンハンマーいっちゃおうかなー。
その様子を見て、ヴァルツの正面に立ったダルドフは面白そうにニヤニヤと笑っている。
撃退署からの助っ人も駆けつけ、ヴァルツはまさに四面楚歌の状況だった。
「ぬしはまた、どうせ貧乏くじを引かされたのであろう?」
隠し球も新しい自分とやらも、ただのハッタリではないのか。
「悪い事は言わぬ、ぬしもこちらへ――」
しかし、その瞬間。
ヴァルツの姿が消え失せた。
だが二人は慌てない。
「だるどふたま、あぶないなのっ!」
キョウカはダルドフの周囲に弾幕を張り、紫苑は発煙手榴弾で煙幕を張る。
天魔には目眩ましの効果は期待出来ないが、一瞬でも隙を作れれば良い。
それに、姿を消していても煙の流れで動きはわかる筈だ。
「そこなのっ!」
キョウカが撃ち放ったその弾道を辿り、紫苑は持っていたバトルケンダマを投げ付ける。
足に引っかかって転べば幸い、転ばなくても良い目印になる。
「お父さん、そこでさ!」
指差しながら、紫苑は最大距離からのクレセントサイスでそこにいる筈のヴァルツの気を引いた。
二人が協力して作った攻撃の機を逃さず、力を溜めていたダルドフは烈華の一撃を叩き込む。
「ぬ、ぐぅぅッ」
見えない相手には手加減も場所を選ぶ事も出来ず、それは急所をまともに抉った。
透明化が解除されたヴァルツは、地に伏したままピクリとも動かない。
これではもう、戦う事はおろか、自力で天界に戻る事も出来ないだろう。
止めを刺そうとする黒田の部下を制し、ダルドフは言った。
「キョウカ、すまぬが……少しでいい、こやつを回復してやってはくれぬか」
命を奪う事は本意ではない――例え禍根を残す事になったとしても。
甘いと言われても、それがダルドフのやり方だった。
性懲りもなく向かって来るなら、また跳ね返せば良い……何度でも。
「わかった、なの」
ライトヒールの小さな光を注ぎ込みつつ、キョウカは訊ねた。
「ばるつたま、どうしてだるどふたまはまだちからがある、なの?」
天界を裏切ったら、すぐにでも力の供給は止まるものではないのか。
それがないのは、裏に何かの思惑や陰謀があるせいか――例えば、最も力が必要になるタイミングを見計らっての剥奪、とか。
だが、意識を取り戻してもヴァルツは何も答えなかった。
ヴァルツの撤退を見届け、三人は残りの敵を掃討すべく仲間達と合流する。
「無事だったか」
その姿を見たファウストは、思わず安堵の息を吐いた。
「だが休んでいる暇はないぞ」
「わかってまさ!」
威勢の良い返事に頷き返し、ファウストは上空からの索敵を続行、見つけ次第そこから魔法攻撃を撃ち込んでいった。
反対方向からは、ユウが残った敵を追い込んでいく。
飛んでいるものは自分に引き付けて誘導しつつ、地上で待ち構える仲間の真上で反撃。
まずは頭を潰してから胴体を突き落とし、残った馬を撃ち落とす。
地上では仙狸のファイアワークスがお出迎え、それを逃れても胡桃の銃撃が待ち構えていた。
「これで、あらかた片付けたかしら、ね」
「待て、確認する」
最後にファウストが残骸を確認し、頭と本体、馬がセットで揃っているかを確認していく。
どうやら撃ち漏らしはない様だ。
後は新たな敵が現れないかに注意しつつ、救助に向かった者達からの報告を待つとしよう。
いや、ここは黒田達に任せて加勢に行った方が良いだろうか。
拓海は道中で見かけた敵に下から銃撃を加えつつ、雪原へと走った。
効果を確かめる暇もないが、少しでも痛手を与えておけば仲間の攻撃が楽になるだろう。
走りながら、りりかがその位置を町の守備に残った仲間達に知らせる。
こうしておけば近くにいる者が対処してくれるだろう。
「あとはお任せします、です」
雪原に出れば、後は救助に専念するのみ。
黒い塊は、まだ宙に浮いていた。
「飛ばれると鬱陶しいな」
まだ距離があるうちに、拓海が馬を狙って銃撃を開始、降下して来る二人の天使を援護する。
「自爆されると厄介だ…確実に一体ずつ叩くぞ!」
まずは最初に頭を狙うようにと、龍実が指示を出す。
だが、巻き込まれる位置でなければ勝手に自爆させればいい。
それで自ら数を減らしてくれるなら儲けものだと、拓海は構わず銃撃を続けた。
「馬さえ封じれば奴等は飛べなくなる」
本体が無事なら頭の自爆もないし、まずは地面に落とすのが先だろう。
そんな中。
「纏めて殺ってしまっても構わんのやろ?」
鮮血を噴く大鎌で取り巻きを蹴散らして、ゼロは俺の彼女(予定)の元へと急ぐ。
「邪魔すんなよ? 美女(推定)が俺の助け持ってるんやで?」
構って欲しければ、美女になって生まれ直して来い。
腐肉にたかるハゲタカの様な首なし騎士達を追い払い、ゼロは二人に近付く。
「っしゃ、対象発見」
思った通り、なかなかの美人だ。
男の方? 知らんわそんなもん、とりあえず目と鼻と口は付いてる。
とは言え、二人とも息も絶え絶えだ。
助けが来た事を知って安心したのか、気を失いかけた美女を抱きかかえて、ゼロは地上に降りる。
男の方まで助けている余裕はない。大丈夫、下は柔らかい雪だ、安心して落ちるが良い。
「ちょっとやばそうやから急いだってくれるか?」
りりかに連絡を入れ、ゼロはそのまま二人の護衛に。
「まぁいろいろ聞きたい事あるんやけどな。とりあえず自分らおっさんの味方か?」
まだ返事をする余裕もないか。まあいい。
「いらんこと考えてたらお仕置きするけどな♪」
連絡を受けて、りりかは敵の群れの中に突っ込んで行く。
「自分が護衛する、急いで」
龍実が盾になり騎士達の攻撃を防ぐ中、りりかは天使達の元へ急いだ。
――祓い給へ 清め給へ――
りりかが木花咲耶姫に祈りを捧げると、雪の中に桜の花が舞い散る。
全快とはいかないが、これで命の危険はないだろう。
「もう大丈夫なの、です。色々聞きたい事はあるけど、まずはこの状況をどうにかするの……」
りりかはそのまま二人を背に庇い、騎士達に向き直る。
「数だけはたくさんいるの…ですね?」
馬上からの攻撃をマジックシールドで攻撃を防ぎつつ、近付いて来た所に炎陣球を撃ち込んだ。
温度障害で弱らせた所に、背後から走り込んで来た拓海が闘気解放から黒百合を鞘走らせ、鬼剣・新月で斬り払う。
馬を二体纏めて始末し、振り落とされた本体を斬る。
頭の方は龍実が干将莫耶の双剣で仕留めていった。
「…後で聞きたいことがまだ沢山ある、やられるんじゃないぞ」
天使の二人は救助対象ではあるが、現時点で龍実は彼等の事を信用してはいなかった。
こうして彼等に背を向けて戦っていれば、背後から攻撃を受けるかもしれない。
だが、それでも構わなかった。
尻尾を出すならその場で斬れば良いだけの事だ。
そうでなければ……二人が追われていた理由は何だろう。
ヴァルツか、もしくはその背後に居る者の罠だろうか。
ダルドフを頼って来た理由は?
何かを仕込まれて送り出された可能性もあるか。
「しかし、この程度が策だと言うならヴァルツも大した事はないな」
もし二人がヴァルツと繋がっているなら、この声も二人を通して聞こえていたりするのだろうか。
「まあいい、とにかくここは守る。安心しろ」
龍実は庇護の翼を広げて二人を守りつつ、反撃で敵を倒していく。
彼等に護衛を任せ、ゼロは空中を飛び回って攻撃に徹していた。
大鎌から迸る鮮血を撒き散らしながら、手当たり次第に斬っては離れるヒット&アウェイで翻弄し、反撃の隙を与えない。
「馬を墜とせばええんやろ? 黒トンボ、羽根を取ったら金魚のフンってな!」
機動力さえ奪ってしまえば、相手はただの歩兵。
遠距離の魔法攻撃を使わなくなる分、対処もしやすい――頭の自爆だけは要注意だが。
「けがをしたらむりをせずに一度さがって下さい、です」
「いや、大丈夫だ」
声をかけたりりかに首を振り、拓海は自前のリストアで回復しつつ戦闘を続行。
そのうちに他の仲間達も合流し、やがて雪原は元の静けさを取り戻した。
「カルム、本当にぬしか!?」
雪の上に座り込んだままの青年に、ダルドフが声をかける。
「オーレン先輩……お久しぶりです」
力なく微笑んだ青年は、確かにダルドフの旧知であるらしいが――
「詳しい話は後だ」
自らカルムを紹介しようとするダルドフを、龍実が止めた。
確かに背中から襲われる事はなかったが、だからといってまだ完全に味方だと決まったわけでもない。
「ここは自分の口で紹介して貰おう」
だが、まずは安全な場所への移送が先だ。
具体的には撃退署の施設になるか。
「護送用の車輌も、撃退署に頼んで用意して貰った」
「おお、それは気が利くのぅ」
危機感が欠如したダルドフの言葉に、ファウストはひっそりと溜息を吐く。
まあ、この男の性分は理解しているし、だからこそ友と呼ぶに値するわけだが。
「お父さんがうたがわないから、おれらがうたがうんでさ。ね、ファウのじーちゃ」
紫苑がこっそり耳打ち。
良くも悪くも馬鹿正直で、義に固いお父さんが大好きだから、そこは自分達が守るのだ。
「とりしらべは、べつべつのへやでした方がいいですぜ。もし言うことがちがってたら、どっちかがうそついてるってことになりやすからね」
それに、お父さんからも別に話を聞いた方が良い。
「そうだな」
「あと、かつどんもはずせねぇでさ!」
いや、それは刑事物ドラマの見過ぎだから。
(大天使とあれだけの数のサーバントに追われて、よく逃れられたものだな…?)
そう思いつつ、ファウストは二人に向き直る。
「とりあえず、簡単な手当くらいはした方が良かろう」
治療によって生命力はある程度回復しているが、見た目は血だらけ傷だらけだ。
救急箱から道具を取り出し、慣れた手つきで応急手当てを始める。
ついでに熱を測るふりをしてカルムの額に手を当て、シンパシーを使ってみるが――
読めない。
自分よりも高いレベルでない限り、この三日間に経験した事を読み取れる筈なのだが。
(堕天したばかりで、我輩よりもレベルが高いだと…?)
そんな事が有り得るのだろうか。
「あの、何か……」
怪訝な表情を浮かべたファウストに、カルムが尋ねた。
「いや、すまない。正直、我輩は貴様らを疑っている。部下に傷を負わせて潜入させるなど、トビトならやりかねんからな」
「私達が間諜であると、お疑いなのですか?」
「違うと言うなら、力を奪われていない事をどう説明する」
そう問い詰めると、カルムは下を向いたまま黙ってしまった。
「まあ良かろう」
後は撃退署に着いてからだ。
後刻、撃退署の一室。
「いえないことは、『言えない』『言いたくない』でいいなのっ」
にっこり笑って、キョウカが言った。
まずはカルムへの質問だが、嘘を吐くくらいなら黙っていてくれた方が良い。
それだけ確認して、質問が始まる。
「まずは名前、この町に降りた理由、ダルドフとの関係。それと二人の関係と揃って堕天した理由辺りは聞いておきたい」
「天界にいたときの階級も知りたいですね」
まずは拓海が口火を切り、そこに仙狸がひとつ付け加える。
「名はカルム、階級は大天使です」
この町に降りたのは、ここにダルドフが居るからだ。
「オーレン先輩には、幼い頃からよく面倒を見て貰っていました。家が近所でしたので…もっとも、最後にお会いしたのは二百年ほど前の事になりますが」
天使にとっての二百年は、人間で言えば二十年ほどの感覚か――或いはもっと短いかもしれない。
「ネージュは幼い頃に拾って、名前も私が付けました。妹の様なものです」
父とも兄とも慕うカルムが堕天を決意した時、ネージュがそれに従うのは自然な事だった。
「あなたは非戦闘員だとダルドフさんが言っていました。それが、大天使が出向いてまで追われることになったのは何故ですか?」
仙狸が訊ねる。
ヴァルツが追いかけてきたということは、トビトの命令である可能性が十分高いが、トビトとの関係は?
「……私の妻が…奴に、殺されたのです」
任務に失敗したというそれだけの理由で、気紛れに。
「復讐など、考えてはいません。私の力では一矢を報いる事さえ敵いませんから……」
ただ、逃げたかった。
他種族との戦いや侵略に明け暮れ、上の命令には絶対服従、理不尽に命を奪われる事に対して抗議の声を上げる事さえ許されない、そんな世界から。
「オーレン先輩の噂は、以前から私の耳にも入っていました」
最初は人類世界効力の英雄として。
そして最近では裏切り者として。
「この地は、我々天使と人類が平和に共存する素晴らしい所です」
「素晴らしい所なら他にもあるだろう」
ファウストが言った。
「久遠ヶ原では天使どころか悪魔も共に暮らしている。何故そこではなく、ここへ来た?」
「オーレン先輩のお力になりたいからです」
見られている方が恥ずかしくなる程の、キラキラとした瞳が真っ直ぐに向けられる。
「しかし、それが却ってご迷惑をおかけする事になってしまった様です」
恐らく、トビトは自分達がダルドフを追って来た事を知った上で追っ手を差し向けたのだろう。
もしかしたら、知らず知らずのうちに何かに利用されているのかもしれない。
力の供給が途絶えていないのも、そのせいかもしれない。
「ですから、我々が奴の手先でないと証明されるまでは、拘束されても構いません」
「どうやって証明する?」
「……わかりません」
「では、未だにダルドフへの力の供給が切れていないのは何故だと考える?」
「それも、奴の策略ではないかと」
トビトにとって、ダルドフの力を残す事にどんなメリットがあるのか、それは見当も付かないが。
「天界にいたときの役柄は?」
仙狸が質問を重ねる。
「私は、特に何も。ネージュは妻に戦い方を教わっていましたので、いずれは戦場へ駆り出される筈でしたが……」
カルムが反対していた事もあって、実戦経験はない。
「本当は、妻が戦いに出る事も止めたかった…いや、止めていれば、もっと早く堕天を決意していれば……!」
握り締めた拳と、丸めた肩を震わせる様子は、演技をしている様には思えない。
だがその全てを信じるには、まだ早すぎるだろう。
「今までの話が本当だという証拠は?」
「ありません」
龍実の質問に、カルムはきっぱりと答えた。
その潔さには好感が持てるが、さて。
「うたがいすぎかもしれやせんけど、それがおれらのシゴトなんでさ」
勘弁してくだせ、と紫苑が笑う。
今度はネージュが取り調べを受ける番だった。
年の頃は十代の後半、高校生くらいだろうか。小柄で細身だが、スタイルは良い。
雪を意味するその名の通りの純白の髪と、透き通る様な白い肌。
意志の強そうな灰色の瞳が、撃退士達を真っ直ぐに見つめ返している。
「ねーじゅたまも、だいてんし、なの?」
「ネイはただの天使です」
そしてまさかの、一人称=自分の愛称。
「カルム様は、階級での分け隔てをなさらない方ですから」
「じゃあ、ねぃねーたってよんでいい、なの?」
「……どうぞ、お好きなように」
表情も変えずに答えるネージュは、ツンデレか、或いはクーデレか。
いや、デレ成分は存在するのだろうか。
今までのところ、カルムとネージュの証言に食い違う点は見当たらない。
別室で聞いたダルドフの話とも一致していた――彼が知る範囲では。
互いに意思疎通が届かない距離を隔てている為、その場で咄嗟に口裏を合わせる事は出来ないだろう。
もっとも、事前に入念な摺り合わせが行われていた場合は、嘘を見抜く事は難しい。
「これから何をしたいの、です?」
りりかが訊ねる。
「カルム様が望む通りに」
「では、カルムさんは何を望むの、です?」
「この地の復興の手伝いを」
「お二人の覚悟を知りたいの……」
「堕天を選んだ事自体が、覚悟の証とはなりませんか」
もう天界へは戻れない。
それだけでも、相当な覚悟を要する決断だろう。
「それとも…そう、この世界にはハラキリというものがあると聞きました」
「……え?」
「必要とあらば、ネイが見事この腹を切って見せましょう……カルム様の代わりに」
ぶんぶんぶん、りりかは慌てて首を振る。
「それは、必要ないの、です」
ええと、他には何か――
「んと、何かお話ししたい事はありますか? …です」
「べつに」
「そちらから何か質問があればお答えします、です」
「特に何も」
会話終了。
「なら、最後に俺からひとつ、重大な質問させてもうらうで」
ゼロが、それはそれは真剣な眼差しで問いかける。
「お嬢さん、彼氏はいますか!」
何故かいきなり標準語。しかも敬語っぽい。
ついでに好みのタイプとスリーサイズと連絡先を――
だが、返って来たのはドライアイスよりも冷たい眼差しと、ドスの効いた低い声だった。
「いませんが、それが何か」
「いいえ、何でもない、わ。失礼な事を訊いて、ごめんなさい、ね」
胡桃陛下がゼロの袖を引く。
「右腕、TPOという言葉をご存じ、かしら」
「失礼やなへーか、それくらい知っとるで」
あれだ、とっても・ぷりちーな・おっp……なんて言うと思ったか!
Time、Place、Occasion、時と場所と場合ですね。
まあ、それは置いといて。
今度はカルムとネージュの二人に質問だ。
「それで、今後はどうするつもりだ」
何処に住むのかという意味も含めてファウストが訊ねる。
「出来ればこのまま、ここでオーレン先輩のお手伝いをさせて頂きたいのですが……」
皆の顔色を伺う様に、カルムが答えた。
「わかっている様だが、それは無理だろうな」
龍実が首を振る。
「お父さんが良いっていっても、こればっかりはゆずれやせんぜ?」
紫苑も断固として言い張った。
お父さん、義理と人情には滅法弱いんだから。
「では、どうすれば……」
「一先ずは撃退署で経過観察、その後は久遠ヶ原での保護を受けて貰う事になるだろう」
不安げなカルムの問いに拓海が答えた。
そこから先はまだ不透明だが、二人が仲間としての信頼を得る事が出来れば、或いはその希望も叶うかもしれない。
「わかりました。なるべく早くそれが敵う様に努力します」
「ネイは、カルム様が良いなら、それで」
撃退署の保護施設では、ある程度の自由が犠牲になるが、そう長い期間ではないだろう。
久遠ヶ原では特に監視が付く事もないし、もし何か手伝いたいという希望があれば、撃退士の同行を条件に外出も可能だ。
「そうときまれば」
「さっそくてつづき、なの!」
善は急げと、紫苑とキョウカは別室に控えた黒田の所へ駆け出して行く。
撃退署への連絡は彼が窓口になってくれるだろう――それが「善」であるかどうかは、まだわからないが。
「どうか、あの子達の想いが裏切られる事などありませんように……」
青く晴れた空を見上げ、ユウがそっと呟く。
今はただ祈ろう。
このまま何事もなく、二人がこの世界に馴染んでくれる事を――