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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/01/17


みんなの思い出



オープニング



 新しい年が明けて数日のこの期間を、この国では「正月」と呼んで祝うらしい。
 ……と、それくらいの事は彼、門木章治(jz0029)も知っている。
 正月らしい過ごし方というものも、テレビで見た。
 とりあえず、知識としては完璧……な、筈だ。多分。
 だが知識としては完璧でも、これまでそれを実践する事はなかった。
 正月は寝正月に限る。 
 そう思って、科学室に引き籠もっていた。
 引き籠もって、テレビの正月特番などを見るともなしに眺めていた。

 だが、今年は……


「……新年会でも、開いてみるかな……」
 隠れ家も出来た事だし、皆で集まって騒いでみるのも楽しそうな気がする。
「……大丈夫……だよな」
 ここは天界とは違う。
 片方しかない翼を見た者も少なくないだろうが、生徒達の態度に変化は感じられなかった。
 それに、ここなら階級を気にして卑屈になる事もない。
「ここは……居心地が良い」
 想像していた通りだった。
 堕ちたのは自分の意思ではないが、それでもここは憧れをもって眺めていた、その場所だ。
 今や彼の追っ手となった育ての親、リュールの事が気がかりではあったが……

 今は、楽しもう。
 と言っても、具体的に何をどう楽しめば良いのだろう。
 おせち料理に、雑煮におしるこ、羽根突き、凧揚げ、独楽回し、羽根つき、福笑い、かるた取り、書き初め……と、知識だけはあるのだが。
 まあ良い、その辺りは生徒達に任せよう。
 彼等なら楽しみ方も教えてくれるだろうし、そうでなくても……共に過ごすだけで楽しそうだ。
「……とりあえず、こいつを直しておくか……」
 門木は壊れたボックス型の冷蔵庫を取り出した。
 先日、リュールに追われた時に道端に置き去りにした物だ。
 あの後、気を利かせた誰かがリヤカーごと隠れ家まで運んでくれたらしい。
 あんな状況だったし、誰かに盗まれていても仕方がないと思っていたのだが……
「……やっぱり、ここは……良いな」
 冷蔵庫を分解しながら、思わず頬が緩む。
 育ての親に迷惑をかけない為、その期待に応える為に、周囲に気に入られようと必死だった、あの頃とは違う。
 ここでは、特に何もしなくても……何の役にも立たなくても、寧ろくず鉄を作って迷惑をかけてさえ、受け入れてもらえる。
 自分はここの一員だと感じられる。
 それが素直に嬉しかった。
「……よし、これで……」
 修理完了だ。
 冷蔵庫の原理は完璧に理解しているし、必要な周辺知識にも不足はない。
 部品はあるし、腕もある。
 ……なのに……

 ――チン!

 冷蔵庫、だった筈のモノ。
 その蓋を開けると、ほかほかの肉まんが湯気を立てていた。



リプレイ本文


 調理実習室の方から、良い匂いが漂って来る。
 そこには、新年会に集まった皆の為に腕を振るう料理人達の姿があった。
「追加の材料は、これで良いだろうか」
 買い出しに行っていた和服姿のガナード(jb3162)が、大量の荷物をどさりと床に置く。
「ありがとう、お疲れ様!」
 調理場のあちこちから労いの声がかかった。
 大きな鍋でグツグツと煮えているのは、オーデン・ソル・キャドー(jb2706)が愛してやまない、おでん。
 正月から、おでん。お節もカレーも差し置いて、おでん。
「餅巾着がメインですが、何か問題でも?」
 いいえ、何も。正月におでん、良いよね!
「かまぼこは食感が楽しめるよう、厚めにカットしておきましょう」
 鼻歌交じりに、しかし一切の妥協を許さず仕込みに励む、がんもマスクの悪魔。
 正月っぽさを出す為に紅白かまぼこと、殻を取って食べ易くした海老串などを入れてみる。
 寿の文字形に切り抜いた寿ハンペンを浮かべれば、めでたさの演出も完璧だ。
 隣では、長幡 陽悠(jb1350)が雑煮を作っていた。
 その鍋を覗き込んだガナードが、首を傾げる。
「これが、お節とやらいうものか?」
「これはお雑煮と言って、お節と並ぶ正月料理なんですよ。もっとも、地方によって随分違いますけど」
 陽悠が作っているのは、野菜のみが入ったすまし汁の雑煮だった。
「ふむ、なるほど」
「俺はお節ほど立派なものは作れませんから、これで。お節料理は……」
 誰か作っている人はいないだろうかと、陽悠は部屋を見渡してみた。
「あ、向こうで作ってるみたいですよ?」
 言われて、ガナードはいそいそと近付いてみた。
「嬢ちゃんのこれは、お節か?」
「そのつもりだが」
 問われて、水簾(jb3042)は手を止めずに頷いた。
「作っているところを見せて貰っても構わないだろうか」
「作り方を覚えたいのか?」
「…いや、今後作るという訳ではないが。単に興味が湧いただけだ」
 こくりと頷いて、水簾はそれっきりガナードの事など忘れた様に料理に没頭した。
 家で下拵えを済ませた物も使い、手早く仕上げて行く。
「日本の料理って、手が込んでるんだね」
 それを見て、ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)が感心した様に呟いた。
 日本で新年を迎えるのはこれが二年目。これまでは日本料理といっても簡単なものや家庭料理を中心に勉強してきたが、これを機にもう少し込み入った料理にも挑戦してみようと考えていたところだ。
 この日の為に作り方を調べて練習もして来たのだが、やはり目の前で見るのは色々と勉強になる。
「何か手伝えること、ある?」
 和食に関してはまだ勉強中だが、料理そのものは得意だった。
「ありがとう、それなら……」
 二人の料理人は協力し合い、次々と料理を仕上げていく。
 それを彩りよく重箱に詰めれば立派なお節の出来上がりだ。
 一方、榊 十朗太(ja0984)は彩りどころか見た目も気にしない豪快な男料理を作っていた。
 材料の切り方も豪快なら味付けも豪快、盛りつけに至っては更に豪快に。
「‥‥多少見た目は悪いが味は保証する。腹に入ってしまえば、見た目とか気にするモノじゃないしな」
 まあ、確かに。


 その頃、会場となった教室には生徒達が続々と集まっていた。
「先生のおごりと聞きつけてやってまいりました(`・ω・´)」
 着物姿で現れたラグナ・グラウシード(ja3538)が、門木に向かって日本式に頭を下げる。
 一方の門木は、いつもと同じスタイルを貫いていた。
「折角の機会だから、俺はキモノでも着てみようかと思うんだがね。Herr.カドキも一緒にどうだい?」
 ディートハルト・バイラー(jb0601)が誘ったところに、崔 北斗(ja0263)が紺色の渋い着物を差し出した。
「これ、親父のなんですけど……どうですか?」
「あ、ボクも……門木先生は、和服が似合うと思います」
 頑張って声をかけてみた碧水 遊(ja4299)に、門木は「そうか?」と首を傾げる。
 こくこく、遊は期待に満ちた眼差しで頷いた。
「着付けなら私に任せて下さい〜」
 華やかな振袖に身を包んだアレン・マルドゥーク(jb3190)が申し出る。
 この綺麗に結い上げた髪も、メイクも、そして着付けも、全て自分の手で行ったものだ。
 それが違和感なく決まっているという事は、その腕が確かな証拠だろう……違和感がなさ過ぎて、「彼女」が男性であるという事に誰も気付かない程に。
 本人の名誉の為に付け加えておくと、彼に女装しているという意識はない。
 振袖を選んだのは、ただ綺麗だからというそれだけの理由だった。
「門木先生も磨けば光ると思うんですよね〜」
「そうだな、私の目に狂いがなければ、門木氏は整えればかなり上等な男に化けるはず」
 狐火(jb3333)も、うんうんと頷く。
 そんな訳で。門木改造計画、スタート。
 アレンと狐火は二人がかりで門木のボサボサな髪を整え、無精ヒゲを綺麗に剃り落として……
「渋イケメンに変身させちゃいましょう〜」
 嬉々として弄るアレン。
 やがて、紺の濃淡で統一した着流し姿が出来上がる。
 そこに相変わらずの分厚い眼鏡を乗せれば――
「おお、文学史の教科書に載ってそうな感じだ…」
 北斗が読書好きらしい感想を漏らした。
 有志の手による門木改造計画はまだまだこんなものではなかったが、ひとまずはこれで。
「ディートハルトさんも、お手伝いしてさしあげますね〜」
「ありがとう、ではお言葉に甘えようか」
 髪の色に合わせた渋茶系の着物に長羽織、黒足袋に雪駄が、なかなか似合う。
「似合っているかい? 君の腕が確かな証拠だな」
 ディートハルトは感謝の印としてアレンの手を取り、その甲に口付けを……と思ったが。
 中身、男性でしたね。はい。


 やがて出来上がった料理の数々が、教室に運ばれて来る。
 その他にも、参加者が持ち寄った手土産やら、餅を焼く為の火鉢やカセットコンロ、酒に肴にお菓子の類……
 そして、元冷蔵庫の電子レンジ。
「こんな所に冷蔵庫がー」
 何も知らないアレンが、コンビニで買ってきた大量の巻き寿司をしまっている。
「一度には食べきれませんからねー」
 好物のカッパ巻きに納豆巻き、おしんこ、ツナマヨ、サーモン……
「最近のコンビニはお寿司も売ってるんですねーいいですねー」
 ――チン!
 何か、冷蔵庫にあるまじき音がした。
 辺りに充満する納豆のかほり。
 通りかかったレガロ・アルモニア(jb1616)が不審に思って蓋を開けてみると、巻き寿司が湯気を立てている。
「これは冷蔵庫…だと思ったんだが?」
 おかしいな。酔っ払っているのだろうか。
「酒は飲んでない筈だと思ったんだけどな」
 自分の手元を見てみる。グラスの中身は確かに清涼飲料水だ。
 するとこれは、現実か。冷蔵庫が電子レンジになったのか。
「あたたかいのもこれはこれでいけますね〜?」
 アレンはこの現実を苦もなく受け入れ、それどころか楽しんでいる様子だが。
(門木先生だな、こんな事をするのは)
 新年会の主催者にして、レガロの大事なメイン武器をくず鉄にした張本人。
(殴れるものなら一度殴っておきたいものだが…)
 とは言え、この楽しげな雰囲気をぶち壊すのは本意ではない。
 ならばせめて、その財布に大打撃を与えてみようか。
 しかし料理は充分にあるし、手土産として持ち込んだ物の代金を請求するのも何か違う気がする。
 まあ、そのうちに何か思い付くだろう。
 レガロは適当に買い込んできた酒の肴を手に、人の輪の中へと入って行った。
「新年会と言えばピザ! そしてぺぷち! これは外せません!」
 今にも崩れそうなピザの山を乗せたワゴンと共に登場したのは、アーレイ・バーグ(ja0276)だ。
 しかし崩れる暇もなく、それはアーレイの胃袋に消えて行く。
「何だかよく分かりませんが、食べ放題と言う事ですね」
 新年会の定義をそう解釈した望月 紫苑(ja0652)も、早速料理に手を伸ばした……が、その前に。
「料理が揃ったら、まずは新年の挨拶といこうか」
 自らも着物に着替えた北斗が言った。
 そういう事は普通、年長者が言い出すべきものだが……まあ、門木に期待する方が無理というものだ。
「では、新しい年を祝して……乾杯!」
「かんぱーい!」
 北斗の音頭に合わせて、あちこちでグラスが鳴る。
 中身は酒と、未成年は勿論ジュースだ。
「ああ、乾杯をする相手がいる、というのは素敵な事だな」
 周囲の仲間達とグラスを合わせ、ディートハルトがぽつりと呟いた。
 去年も一昨年も、正月は酒を飲んでいた記憶しかないが、どうやら今年は何時もとは違う正月を過ごせそうだ。
 ただし、変わらずに酒は飲むが。


「うん、これ美味しい! あ、これも、これも……!」
 ぱくぱく、もぐもぐ。
 天羽 伊都(jb2199)は、全ての料理を制覇する勢いで食べまくっていた。
「自分の作ったものを美味しいと言ってもらえればとても嬉しい」
 その食べっぷりに満足した様に頷くと、水簾は再び調理場に戻って行く。
 この調子では、用意したものもあっという間に食べ尽くされてしまいそうだ。
「日本料理の本格的な勉強もしたいし、今日の所はこっちに専念するつもりで行こうか」
 ソフィアは追加の料理を作り始める。
 今度は鍋料理や、揚げ物、ピザなどの作り慣れていて大人数で食べられる物を用意するつもりだ。
「デザートも用意した方がいいかな」
 この寒さなら、外に出しておけばプリンも良い具合に冷えそうだ。
「……新年会、ね。適当に楽しむとしましょうか……」
 振袖姿の紅 アリカ(jb1398)は、家で作ってきた雑煮に軽く火を通して、皆に振る舞ってみる。
 あっさり目の味付けに、餅とちょっとした野菜類を添えたシンプルなものだ。
「これも美味しい! 特に脂っこい物の後だと、このあっさり感が丁度良いですよ!」
 見ていて気持ちが良い程の、伊都の食べっぷり。
「……ありがとう」
 それに満足したアリカは、そっと隅の方に下がっていった。
 若い女性らしい華やかな振袖に、黒を基調とした少し派手目の釵や帯を用いたその姿は、壁の華にしておくには余りに勿体ないのだが……。
「せっかくの先生の厚意だからな。楽しまなくちゃもったいないというモノだ。日頃の息抜きを兼ねて、馳走に預かることとしよう」
 男料理の十朗太も、皆が作った料理を味見して回っている。
 どの料理も材料の切り方や盛付けなど見た目にも気を遣ってあり、味付けもそれぞれに独特で美味い。
「なるほど、こういった味付けもあるのか」
 今度、自分でも作ってみようか……ただし、味は同じでも見た目は別モノになる自信満々だが。

「ムハハハハハハ! この日本酒というやつは、実に良いな! 気に入ったぞ」
 ヴァルデマール・オンスロート(jb1971)は、もうすっかり出来上がっていた。
 顔は赤くもなく、言葉もはっきりしているが、その言動はどう見ても完全なるヨッパライだ。
 どうやら日本酒とは相性が悪かった様だが、それでも構わず飲み続ける。
 そして誰彼なく捕まえては見せる、娘の写真。
「実はなあ、娘がもうじき結婚するのだ」
 尻ポケットから出したパスケースに入れられたその写真は、ほかほかと暖かかった。
「今準備期間で新居を探したりしてってな」
「そうなんですか、おめでとうございます」
 律儀に受け答えしているしているのは、空気を読んでレンタルの和服姿で参加した袋井 雅人(jb1469)だ。
「見とれておってもやらんぞ! ムハハハハハ!」
「い、いえ、私には心に決めた人が……!」
 雅人は顔を真っ赤にしながら首をブンブン。
「ところで……人生の大先輩と見込んでお尋ねしたい事があります」
「ん? 何だ、言ってみろ! ムハハハハハ!」
 そこで雅人は遠慮無く訊ねてみた。
「女性の胸について、どう思いますかっ!?」
 いや、どうって言われても……
「ムハハハハハ! どうだ、わしの娘は美人だろう! 見とれておってもやらんぞ! ムハハハハハ!」
 だめだこりゃ。

「シンネンカイ…」
 シンネンカイとは何だろう。募集を見ても何の事やらさっぱりわからなかったが、どうやら人が集まる催しである事は確かな様だ。
「集会ならば我が蒼き瞳の乙女も赴くやもしれん」
 という事で参加したランベルセ(jb3553)は、会場の中で人を探していた。
 あの戦いの中で出会った、撃退士の少女。
 彼女は果たしてここに……、……いた。
「迎えに来たぞ、我が蒼」
 蒼地に白い牡丹の振袖で飲み食いしていた七種 戒(ja1267)が、餅を頬張ったままで振り向いた、その視線の先に居た人物は……
 誰だっけ?
「ん? …天使、いや悪魔…まぁどっちでもえぇかイケメンだし」
「どうした?」
「どっかで会ったことあるっけか…?」
 どうやら記憶にないらしい。
「彗星の如き銃弾は忘れもしないが…まあいいだろう」
「えぇんかい!?」
 良い様だ。素晴らしい前向きっぷり。
「ランベルセ。俺の名だ、覚えておけ」
「七種戒な、よろしゅーに! ……らん、なんだっけ」
 なんだっけ、の辺りは小声になる。
 って、今聞いたばかりなのに、もう忘れたんですかい。
「…まあいい」
「えぇんかい!?」
 そんな事より。
「よく似合っている」
「ん、コレは振袖だな、日本の民族衣装である…知らない?」
「知るはずもないが、教えたいのか?」
「じゃあ次は餅だな! 雑煮の方がイイか…らん、らんぷ…?」
「ランベルセ」
「そう、それ!」
 何も知らないらしい彼に日本の正月を体験させるべく、戒はランベルセを会場のあちこちに引き回し始めた。

(新年会……う〜ん)
 並木坂・マオ(ja0317)は初めて参加する行事に戸惑いながら、会場に知った顔を探していた。
(孤児院にいた頃はミンナで何かやってた気がするけど、アタシは寄り付かずに街をブラブラしてたからなぁ)
 そんな自分が、ここに居る。何だか少し不思議な気もするけれど……
「……あ、門木センセー発見!」
 普段よりちょっとだけ男前になった気がする門木の所に歩み寄ってみる。
「……おー……」
 いつも通りのボーっとした様子で、ボーっとした声が返って来た。
「まったくもー。その内、体にカビが生えてきても知らないよ!?」
「……まあ、餅でも……食え」
 目の前の火鉢では、餅が良い具合に焼けていた。
「お正月といえばお餅、だっけ。センセーは何つけて食べるの? アタシはケチャップとかつけたらおいしいと思うんだけど、どうかな?」
「ケチャップか……マヨネーズも、良いぞ」
「うん、ケチャップとマヨネーズは合いそうだよね」
 もぐもぐ。
「……チーズと、海苔も……いける」
「バター醤油もいいかなー」
 もぐもぐ。
「なんか、すっごく平和。こういうのも悪くない……かな?」
 もぐもぐ……んぐっ!?
「二人とも、お餅ばかりだと喉に詰まりますよ?」
 雑煮の椀を手にした陽悠が絶妙なタイミングで声をかけた。
「良かったら先生もどうぞ食べて下さい。マオさんもどうぞ」
「ありがとー」
「……ん、ご馳走に、なる」
 ずずー。
「俺の実家はこれなんですよ、雑煮」
「やっぱり地方によって随分違うんだな」
 覗き込んだ北斗が言った。
「俺は実家からこれを」
 新酒一本をドンと置き、黒豆、田作り、昆布巻を広げてみる。
「酒につまみか、良いねぇ」
 既に軽く一杯やっていた刑部 依里(jb0969)が「気が利くじゃないか」と笑いかけた。
「お酒、良いですよね!」
 ラグナもすかさず杯を差し出す。
「手持ちの酒が切れたから来てみたんだが……俺も一杯頂こうかな」
 若者達のパワーに圧倒されたのか、隠れ家に避難していたディートハルトも酒の調達ついでに立ち寄って……何だか不良中年の溜まり場の様になってきた。
「不良中年部とは……流石は人間界、面白い趣向があるようですね」
 ひょっこりと顔を出した狐火が言った。
 それを聞いて、陽悠も思う。不良中年…よくわからないけれど響きが格好良さそうだ。
 一体どんな活動をしているのだろうと、訊いてみる。
「良い所とか、好きな所とかは……」
 なんだろう。炬燵がぬくぬくで、近所の猫も寄って来る程に居心地が良い所か。 
「こたつ! こたつは良いのです〜」
 背後で誰かの声がする。
 振り向くと、そこにはマイ炬燵持参のセシル=ラシェイド(jb1865)の姿があった。
 ずるずるのそのそと、こたつむりが這いずって来る。
「やっぱり冬はおこたにみかんが最高なのです〜。門木先生もどうぞなのです〜」
 ぺろり、炬燵布団を持ち上げてみる。
 その誘惑に勝てる者など、いる筈がなかった。
 そして、その真四角な形状を見て狐火は何かを思い付いたらしい。
「私が聞いた処によると、人間界の正月は徹夜で麻雀をすると聞きました」
 この炬燵というものは、雀卓に相応しいではないか。
「ぴにゃ! 麻雀! ボクも遊ぶのです! うにゃーー!!」
 こたつむりしていたセシルが飛び起きる。
「あ、ボクも……」
 手作りの和菓子を持参した遊が、遠慮がちに言った。
「でも、ルールとか……あんまり」
「……大丈夫だ、俺も……わからん」
 門木が無意味に胸を張る。
「では、簡単に説明しますね」
 突如始まった狐火の麻雀教室に、あちこちから生徒達が集まって来る。
「これは、思考能力を鍛える特殊訓練か」
 戒に引っ張られて来たランベルセがぽつり。
「麻雀、楽しそうですね!」
 その向かいでは伊都が身を乗り出していた。
 興味を引かれたアリカも、少し覗いてみようと壁を離れ……た所で、ヨッパライに捕まってしまった。
「実はなあ、娘がもうじき結婚するのだ」
「……それは、おめでとうございます」
 見た目は酔っている様に見えないヴァルデマールに対し、アリカは丁寧に応える。
「今準備期間で新居を探したりしてってな」
 そして取り出す娘の写真。
「御主もキレイじゃが娘にはかなわんのう! ムハハハハハ!」
 酒の匂いを撒き散らしながら豪快に笑う。
 ここに至ってアリカは気付いた。相手が完全に出来上がっている事に。
「実はなあ、娘がもうじき結婚するのだ。ムハハハハハ!」
 そして発動する、無限ループの罠――

 やがてレクチャーが終わり、勝負が始められるが……
 門木は専門外の事に関しては全く頭が回らず、覚えもすこぶる悪いらしい。
 背後から覗き込む生徒達にアドバイスを貰っても、四苦八苦している有様だった。
「そこからは取れないよ、章治先生」
「……むぅ」
「先生、あと一手ですよ!」
「……ん?」
「センセーそれ捨てちゃダメー!」
「「あーーー!」」
 背後から悲鳴の様な声が上がる。
 つまりは惨敗。それどころか上がる事も出来ない。
「大丈夫ですよ、初めての人から掛け金を巻き上げる様な事はしませんから」
 それより、と狐火はニッコリ。
「そろそろ、お色直しをどうですか?」
 門木改造計画第二弾、発動。
 今度は分厚い眼鏡を外して、紋付き袴に着替えさせてみた。
 因みに眼鏡は伊達らしく、コンタクトは必要ない様だ。
 そうして出来上がった正月カドキMK-2は……
「やはり、私の目に狂いはなかった様ですね」
 スマホを取り出すと、狐火はその変身ぶりをパシャリ。
(噂のおかあさまにも見せてさしあげたいですね〜)
 アレンも思わずぽわーんと見とれてしまうほど、その姿はまるで別人。変わりすぎ。
 何と言うか、門木に対してこんな言葉を使うのもどうかと思うが……美麗、だった。
「『男振りと山田の凧は上げても文句は言われねえ』て親父が言ってました」
 北斗が携帯で写真を撮りながら言う。
 この姿を見れば、例の大天使も安心するのではないだろうか。
「あ、私も撮って下さい〜」
 振袖姿のアレンが、門木と並んでツーショット。
 なかなかお似合いだ……男同士だけど。
 しかし見た目は格好良くなっても中身はちっとも変わらない。
 相変わらずボーッとしている門木の袖を、遊が引っ張ってみた。
「先生…こ、今度はカルタで遊びませんか?」
「……カルタ……うん、それなら知ってるぞ」
 門木は嬉しそうに札の一枚を取ると、それを床に叩き付けようと……
「先生、それは……」
 違うから。カルタとメンコは違うから。
 遊から懇切丁寧な説明を受け、門木は「わかった」と頷いた。
 早速、面子を募って取り札を床に並べる。
「カルタ、トランプ、UNOは天羽にお任せあれ♪」
 参戦した伊都は腕まくりをし、勝ちに行く気満々だった。
「ぼ、僕だって……カルタは負けませんよ」
 遊も負けじと対抗心を燃やしてみる。
 でも今日は皆と楽しく遊びたいし、勝負はほどほどに。
 それに、どうにも要領の悪い門木は放っておくと一枚も取れそうにないし。
「あ、ほら先生、そこそこ!」
「ぇ、どこ……」
 終いには勝負に参加していない生徒達も寄ってたかって大騒ぎ。
「先生チャンスだよ! 目の前!」
「そこ!」
「その隣! 右じゃない左!」
「「あーーー!」」
 そしてまた悲鳴の様な声と……それにも勝る笑い声が教室に溢れた。


(人が新たな年を迎える様はそれなりに見てきたが、人の集まりに顔を出すような機会があった訳ではないからな……)
 元気にはしゃぐ生徒達を見ながら、ガナードはお節料理をつまんでいる。
(日本のものは特に特徴的だと聞いたが……なるほど、これがそうか)
 しかし、どうも噂に聞くものとは若干、いや、かなりの相違がある気がしてならない。
(…久遠ヶ原流と思っておいた方が適当かも知れんが)
 大騒ぎのネタはカルタからトランプ、UNOへと移り変わり、今や福笑いへと突入していた。
「ねこ福笑いを用意してきたのですよ。これでかわいいにゃんこをつくるのです」
 それは、セシル自作の福笑い。
 しかし可愛いにゃんこはなかなか作れない。奇抜な珍獣や前衛絵画的な未確認生物が出来上がる度に、周囲から笑いが沸き起こった。
「次はすごろくでどうだろう」
 料理の方を切り上げた水簾が、何処で調達したのか巨大なすごろくボードを持って現れた。
 一抱えもある大きなサイコロを振り、駒の代わりに本人がボードの上を移動するというものだ。
 勿論、マス目の上にはリアルで行う様々なご褒美や罰ゲームが書かれている。
 歌や一発芸の披露、グラウンド一周ランニング、恥ずかしい体験の告白……皆に頭を撫でられるマスや、同じマス目に止まった人同士でちゅー、なんてものもあった。
 しかし、そこで行われた告白やら何やらは全て、参加者だけの秘密だ。
 それを部屋の隅でまったり見守るこたつむりセシル……と思ったら。
「にゃ! 今度は羽根つきなのです!」
 飛び起きたセシルは、一直線に教室の外へ。
「羽根つきか……体を動かすのも良いですね。先生も良かったら一緒にどうぞ」
 陽悠が門木を誘ってみる。
「……俺は、いい……」
 外は寒いし動くの面倒くさいと、目で訴えて訴えてみる。が。
「そんなこと言ってないで、ほらほら、動く!」
 問答無用でマオに引きずり出されてしまった。
 北斗も続こうとするが――ヨッパライに絡まれた!
「あ、俺も……って、おっさん重いよ!」
「御主にはやらんぞぉ! ムハハハ……は……ぐぅ」
「寝てるし!」
「大丈夫だ、布団なら用意してある」
 完全に酔い潰れたヴァルデマールを、水簾が引き取って布団に寝かせてやる。
 介抱は……特に必要ないか。酔い潰れてるだけだし、それに、羽根つきには参加したいし。
「お、そうだ。始める前に記念撮影しないか?」
 北斗が言った。
「始まったら墨だらけになりそうだしな」
 特に門木が。
 そういう事ならと、水簾は和服に着替えて来た。
 陽悠はヒリュウと一緒に並んでみる。
「折角の和服だ、俺も撮ってもらうか」
 ガナードは少し遠慮がちに後ろの方へ並んだ。
 他にも希望者が次々と参加する。
 最後にふわりと飛び込んで来たアレンが並び、アーレイがぺぷち片手にノリノリでポーズを決めた。
「よし、じゃあ撮るぞ」
 タイマーをセットし、北斗も慌てて列に戻る。
 無事に撮影を終えたら、今度は羽根つきだ。
「……たまには羽目を外すのも悪くないしな。この勝負、負けるわけにはいかない!」
 十朗太は羽子板を持つ手をブンブンと振り回す。
 対戦相手は……伊都だ。次に控えるのはセシル。
 しかし、例え年下が相手でも自重はしない。大人げないと言われようが、勝負は勝負。
 カンコンカンコン、ラリーの応酬が続く。
 撃退士同士の羽根つきは、それはもう激しかった。
 あっちでもこっちでも、本気のバトルが繰り広げられている。
 ランベルセも、やっぱりこれも特殊訓練の一種だと思って参戦していた。
 対戦相手が戒では今ひとつ本気を出せない様だが……。

「皆、元気だねぇ」
 そんな光景を、依里は懐に忍ばせたカイロで暖を取りつつ眺めていた。
 手には日本酒、膝にはおはぎ。
「うーむ、次は水簾が勝つ方に100久遠」
 しょっぱい賭け金で賭け事などしている。
 見ているだけで満足らしいガナードや、折角の男前が残念な事になった門木も誘ってみた。
 それではと、門木は対戦相手の雅人に賭けてみたが、彼はどうも勝負に集中出来ない様だ。
 どうやら気になる事があるらしいが……
「あの、水簾さん」
 あっさり負けた雅人は勢いで訊ねてみる。
「女性の胸について、教えて頂けないでしょうかっ」
「……教える、とは?」
「つまり、サイズによる悩みとか、その解決法とか……っ」
 訊ねている本人は、至極真面目なのだろう。多分。しかし……
 こういう輩は適当にあしらうに限る。
 あしらわれて、雅人は門木にその標的を変えた。
「先生、科学的な考察をお願いします!」
「……お袋は……結構デカい、ぞ」
 いや、それ全然科学的じゃないから。答えにもなってないし。
 やがて白熱した対戦も終わり、小腹が空いた所で皆は教室に戻り始める。
 周囲に誰もいなくなった所を見計らって、依里は門木に煙草を勧めてみた。
「ショッピだがどうだい?」
「……?」
「なんだい、煙草は初めてかい?」
 火を点け、差し出してみる。
「ゆっくり、弱く煙を吸い込むのだよ」
 ……すぅ……
「……っげほっ! げほごほげっ!」
 涙目。
 どうやら、煙草との相性はよろしくなかった様だ……。

 教室に戻ると、そこにはカレーの匂いが充満していた。
 一通りの料理を食べ終えた紫苑が「お節も良いけどカレーも食べたいですね」と、ふと思い付いて作ったらしい。
 大鍋のカレーを黙々と食す女子ひとり。
 そんな彼女にも、雅人は突撃インタビューを試みていたが……あえなく玉砕。
 そこで次に、本命たるアーレイに当たってみる事にした。
 どの辺りが本命かと言えば、主に胸の辺りが。と言うか胸が全て。
「アーレイさん、実は御相談にのって頂きたいことがあります」
 その声に、アーレイは本日ワゴン二台目の山盛りピザを平らげながら振り向いた。
「私はとある胸の大きな後輩の女の子が好きなのですが、その子は大きいことを凄く気にしていて……。どうか私に女性の胸についてレクチャーして下さい!」
「んー?」
 かくりと首を傾げ、アーレイは雅人と共に姿を消す。
 どうやら、そのレクチャーは秘密の場所で行われるらしい……?
 そして、カレーも良いけどおでんもね、という事で。
 しっかり味の染みたオーデン特製のおでんが門木の前に供された。
 染みすぎて白かまぼこは紅茶色に、寿ハンペンはフニャけて判読不能になっているが、それも美味しく出来た証拠。
 鍋から取り分けながら、オーデンは言う。
「辛子、味噌、柚子胡椒。同じおでんでも、薬味で味わいが変わるのです。多様性を受け入れる、度量が備わってこその楽しみ…、というモノもあるのですよ」
 それは悪魔の皮肉……らしいが。
「……カラシは、苦手だ」
 しかし、遠回しな言い方は門木には通じない様だ。
「先生、まあ飲みましょう」
 一升瓶を抱えたラグナが隣に座った。
「…色々考えることもあるでしょうが…我々は、常にあなたの側にいます。護ってみせましょう、誇り高きディバインナイトの名に賭けて」
 とぷとぷと、コップ酒を注ぐ。
「辛い時は酒で押し流してしまうに限ります」
 それに、酒は楽しく飲むものだと教えられた。
 辛い時でも楽しく飲めば、きっと未来は明るい。
「はい先生、乾杯! イェイ!」
「……い、いぇい……」
「ところで先生、知っていますか? この国には、年始に年長者が小遣いを渡す『オトシダマ』なる習慣があるそうですよ」
「……オトシ、マエ?」
 違う違う。
 と、そこで……聞き耳を立てていたレガロは閃いた。
 これは門木の財布に大打撃を与えるチャンスではないか。
「そう、全ての招待客にお年玉を渡す、それが年長者の義務だ」
 その言葉を、門木は信じた。
「余り、残ってないが……適当に配ってくれ」
 レガロに財布を渡す。
「……お前達には、色々と……迷惑もかけてるし、な」
 それを聞いて、レガロの胸がほんの少し痛んだ。
「……殴っても、良いぞ?」
「そう思った事はあるが……」
 と言うか、さっきまでそう思っていたが。
 何だかもう、毒気を抜かれた気がする。
「それもここに居て馴染んでいる証拠だろ。迷惑だって、かければ良いじゃないか」
「そうですよ。その代わり、我々もこうして時折、遠慮無くご馳走に与りますから」
 という訳で……と、ラグナが手を出す。
「できれば弟の分もください」
 真顔だった。


 やがて長く続いた宴も終わりが近付く。
「有意義だった。次回も参加しなければな」
 色々と引っ張り回されたランベルセが、満足げに言った。
「共に来るだろう?」
「おー、一緒の依頼なったらよろろんな。えーと……」
 最後まで名前を覚えきれない戒さんでした。

「後で部室に持って行ってやろうか」
 残しておいた酒とつまみを取り分けてから、北斗は率先して片付けの手伝いをする。
 と、いつの間に移動したのか隅の炬燵で大いびきをかいているオッサンが……
 どうしよう、これ。

 その頃、部室ではディートハルトが手酌で楽しんでいた。
「今日の出会いと、新しい一年に、乾杯」


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:14人

※お察し下さい※・
崔 北斗(ja0263)

大学部6年221組 男 アストラルヴァンガード
己が魂を貫く者・
アーレイ・バーグ(ja0276)

大学部4年168組 女 ダアト
魔に諍う者・
並木坂・マオ(ja0317)

大学部1年286組 女 ナイトウォーカー
撃退士・
望月 紫苑(ja0652)

大学部7年207組 女 インフィルトレイター
鉄壁の騎士・
リチャード エドワーズ(ja0951)

大学部6年205組 男 ディバインナイト
『榊』を継ぐ者・
榊 十朗太(ja0984)

大学部6年225組 男 阿修羅
太陽の魔女・
ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)

大学部4年230組 女 ダアト
あんまんマイスター・
七種 戒(ja1267)

大学部3年1組 女 インフィルトレイター
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
猫耳眼鏡・
碧水 遊(ja4299)

大学部4年259組 男 ダアト
夢幻に酔う・
ディートハルト・バイラー(jb0601)

大学部9年164組 男 ディバインナイト
スーパーネギリエイター・
刑部 依里(jb0969)

大学部6年302組 女 バハムートテイマー
約定の獣は力無き者の盾・
長幡 陽悠(jb1350)

大学部3年194組 男 バハムートテイマー
佐渡乃明日羽のお友達・
紅 アリカ(jb1398)

大学部7年160組 女 ルインズブレイド
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
大海原に覇を唱えし者・
レガロ・アルモニア(jb1616)

大学部6年178組 男 ナイトウォーカー
小さな守り手・
セシル=ラシェイド(jb1865)

大学部4年154組 男 ルインズブレイド
能力者・
ヴァルデマール・オンスロート(jb1971)

大学部6年298組 男 インフィルトレイター
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
おでんの人(ちょっと変)・
オーデン・ソル・キャドー(jb2706)

大学部6年232組 男 ルインズブレイド
山芋ハンター・
水竹 水簾(jb3042)

卒業 女 鬼道忍軍
力ある者の矜恃・
ガナード(jb3162)

大学部8年58組 男 ルインズブレイド
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
撃退士・
狐火(jb3333)

大学部6年145組 男 鬼道忍軍
撃退士・
ランベルセ(jb3553)

大学部5年163組 男 陰陽師