幼稚園の園庭には、10人ほどの園児達が集まっていた。
「初めまして、リラローズと申します。リラ、とお呼び下さっても構いませんわ」
リラローズ(
jb3861)が子供達の前で優雅に淑女の礼をとる。
両手でスカートの裾を軽く持ち上げ、片足を引いて膝を曲げるという、欧州貴族風のアレだ。
と、忽ち女の子達が騒ぎ出す。
「すごーい! おひめさまみたいー!」
「ねえ、ほんもの? ほんもののおひめさま?」
目を輝かせ、鼻の穴を膨らませて興味津々。
「そうですわね、薔薇姫…と呼ばれる事もありますわ」
途端にきゃぁっと歓声が上がる。
「ねえねえ、じゃあ、おーじさまもいっしょ?」
「王子様では、ありませんが…」
リラは隣に立った新柴 櫂也(
jb3860)に、ちらりと視線を投げる。
「僕は新柴櫂也、櫂也って呼んでくれると嬉しいな。リラは妹だよ。皆、よろしくね」
「おひめさまの、おにーさん? じゃあやっぱりおーじさまね!」
二人はすっかり王族兄妹にされてしまった。
「私は、悪魔なのですけれど…皆さんと仲良くできれば嬉しいですの」
リラローズは子供達に目線を合わせるように屈み、微笑む。
「あくま? うっそだー!」
生意気そうな男の子が言った。
「あくまって、おばけよりこわいんだぞ!」
なのに二人とも全然怖くないと、不思議そうに首を傾げ顔を見合わせる園児達。
「うん、ありがとう」
機会があれば、怖くない悪魔もいる事を知って貰えると良いかな。
続いて狩野 峰雪(
ja0345)が園児達に笑いかける。
「こんにちは、僕は撃退士のおじさん…いや、皆から見たらおじいちゃんかな?」
自己紹介の後、園児達にも名前を尋ねていった。
男の子がレン、ソーマ、タイガ、ショウ、コスモ。女の子がノア、メイ、ココア、カリン、モネ。
「最近の子は、随分と洒落た名前を付けて貰うんだね」
男女の区別も難しいし、それどころか日本人の名前とは思えないものもあるが、これが最近の流行りなのだろうか。
自己紹介を聞きながら、亀山 淳紅(
ja2261)は全員の名前と顔、それに特徴を覚えていく。
名札は付けているが、名前をただの記号で終わらせたくはなかった。
「どれもお父さんお母さんが想いを込めて付けてくれたもんやんなー」
と、そう思いたいし。
「そうそう、名前をちゃんと覚えるのはレディに対する最低限の礼儀だよね☆」
藤井 雪彦(
jb4731)が頷く。
あ、勿論ちゃんと男の子の名前も覚えますよ? それに昔と違って口説いたりもしませんし!
「今日は一緒に目一杯楽しんじゃおうね♪」
学習とか、そういうのは二の次で良い。
子供達は敏感に察するもの、自分達が本気で楽しまなければ一緒に楽しんではくれないだろう。
「さて、今日は外へお散歩ってことで、色々な春が見つけられるといいなって思ってます」
子供達を前に、櫂也が改めて説明する。
「まだまだ隠れてる春を見つけて、帰ったらお友達やお父さんお母さんに教えてあげたいよね」
でも、一つだけ約束。
「迷子にならないように気をつけて。僕達を見失わないでね?」
「「はーい!」」
「ええお返事やねー。なら、もひとつ約束しようなー」
淳紅が「ひとーつ!」と指を立てる。
「道路は広がって歩かない! 皆で2列になって行きましょう!」
ふたーつ!
「人とすれ違う時があったら大きな声で挨拶しましょう!」
あ、ひとつじゃなかった。
「それじゃ、出発なのですよぉ〜」
深森 木葉(
jb1711)が先頭に立って手を振る。
小さくても歴戦の撃退士だが、子供達にとっては自分と同じか、年下に見えたのだろう。
「あぶねーからな、オレがてぇつないでてやるよ」
硬派な雰囲気のタイガが木葉の手をとった。
お揃いの帽子を被った子供達は互いに手を繋ぎ、余った一人はサクラ先生と手を繋いで、二列になってぞろぞろと表通りへと繰り出して行く。
そこはいつも、送迎バスや車でさっと通り過ぎてしまう所だ。
(こどもたちの安全も大事だけど、外で自由に遊ばせてあげたいって気持ちも分かるし。今日1日だけだけど、楽しんでもらえるといいね)
列の殿で峰雪が目を光らせる。
基本は子供の自主性重視だが、その前に安全第一。
何か事故でもあったら、もう二度と外遊びは出来なくなってしまうだろう。
「お散歩は楽しいですよぉ〜。いろんな発見があるのですぅ。道端でしゃがみ込んで、よく観察しましょう〜」
木葉が立ち止まると、皆も止まる。
「こんなとこ、なんにもないよ?」
そこは舗装された道路で、土が剥き出しになっている部分は全くない。
けれど。
「ほら、ここに」
木葉が指差した側溝の蓋の隙間に小さな芽が出ている。
「たくさんの『小さな春』があるのですよぉ」
少し大きな石をひっくり返すと、ダンゴムシが慌てて逃げて行った。
それを追いかけようとした子供の前に、峰雪が立ち塞がる。
「おっと、気を付けないとね。車が来たら轢かれちゃうよ?」
「ダンゴムシもひかれちゃうよ!」
「大丈夫、ほら」
じっと見守っていると、それは車道の手前で引き返し、アスファルトの割れ目に潜り込んだ。
「ね?」
帽子の上から頭に手を置いて、軽く叩く。
と、前方から杖をついた老婦人が歩いて来るのが見えた。
「ご近所さんかな。ほら、ご挨拶しようね」
峰雪が子供達を促すが――
「でも、しらないひとだよ?」
「しらないひととは、くちきいちゃだめだって」
うん、まあ、それは間違ってはいない、けれど。
「誰でもみんな、最初は知らない人だよ。お友達も最初は知らない子だっただろう?」
言われて、子供達はこくんと頷く。
「その時、最初にご挨拶しなかったかな?」
「した!」
「じゃあ、出来るね?」
頷いた子供達は声を揃えて、せーの。
「「こーんにーちわーーーっ!!」」
「あらあら元気ねぇ、こんにちは」
老婦人はニコニコと挨拶を返し、持っていたアメちゃんを皆にくれた。
少し歩くと、周囲は一面の田んぼになる。
車道から畦道に折れればもう車の心配はないと、峰雪は好き勝手に歩き始めた子供達を後ろからそっと見守っていた。
そう言えば、自分の子供達とは余り遊んでやれなかったと、そんな事を思い出しながら。
「このへんやったら、歌いながら歩くのもええな!」
淳紅がClavierを取り出し、皆が知っている散歩の歌を奏で始める。
音楽やったら任せときー、撃退士は戦うだけやないんやでー(ふふん!
「歌が苦手な子は、これなー」
カスタネットやトライアングルなど、小さな子でも使える楽器を手渡して、一緒に大合奏。
「外で歌うと声も音も、部屋の中より小さく聞こえるやろ? せやから、大きい声と音を、めいっぱいだすんやでー!」
大丈夫、誰にもウルサイなんて怒られない。
やがて民家が近くなってきたら、歌はストップ。
「じゃあ、このへんで探してみようか」
櫂也が言い、皆が立ち止まる。
一見すると田んぼも畦道も茶色一色で、何もない様に見えるが――
「枯れ草を掻き分けてごらん?」
言われた通りにしてみると、地面にぴったりと貼り付いたタンポポの葉があった。
「これはロゼット葉っていうんだ。タンポポの冬眠スタイルみたいなものかな」
持って来たミニ植物図鑑の解説を噛み砕いて説明してみる。
「まだ寒いけど、こうして春を待ってるんだね」
日当たりの良い斜面には、一足先に春が来ていた。
ロゼットだったタンポポは立ち上がって花を咲かせ、土筆や蕗の薹も顔を出している。
「つくしがありますよぉ〜」
木葉が嬉しそうな声を上げた。
「これはつくし、というのですか。背比べしてるみたいですね♪」
まだ人間の世界の野草に詳しいという程でもないリラローズは、子供達と一緒にお勉強。
「これ、たべられるんだよ。ふきのとうもね」
得意げに知識をひけらかすメイに、リラローズは素直に感心して見せた。
「まあ、メイさんは物知りさんですのね。美味しいのでしょうか?」
「まずい!」
即答だった。
「うん、山菜は癖のある大人の味が多いよね」
峰雪が笑う。
「蕗味噌なんか、酒の肴には最高だね」
「お土産に摘んで行こうかな」
「そうですね〜、みんなでつくし狩りをしましょう〜」
櫂也が言うと、木葉が早速手を伸ばす。
「誰が一番大きいつくしを採れるかなぁ〜?」
ただし、大きいものは食べるには不向きだけれど。
「蕗の薹や、イタドリも良さそうだね」
図鑑で食べられる事を確認した櫂也は、何か面白いものを見付けた様だ。
「イタドリ水車なんていうのもあるよ、ちょっと作ってみようか」
空洞になった茎を適当な長さに切って両端に切れ込みを入れると、タコさんウィンナーの様にくるりと丸くなる。
そこに棒を通して水の流れに沈めると、クルクルと水車の様に回るのだ。
ただそれだけの事なのだが、やってみるとこれがなかなか楽しい。
男の子達はそのまま用水路に入って水遊び。
「春だから、生き物も動き始めているしアメンボとかカエルとかいないかな」
峰雪が水面を覗き込む。
「川の土手を掘ったらザリガニが出て来るかもしれないね」
それを聞いた子供達は、早速手で泥を掘り始めた。
後で洗濯するお母さん達には怒られるかもしれないが、泥んこ上等だ。
大人の価値観とは違うから、何に興味を持つかわからない。
その興味が向くに任せ、余りに危ない事でもなければ自由にやらせてあげよう。
多少の失敗も覚えた方がいいし、色々とチャレンジさせて――
「いってーーーっ!!」
誰かがザリガニに指を挟まれた。
その瞬間を淳紅がデジカメでパシャッとな。
「大丈夫や、振り回したりせんで、そのままぶら下げてみぃ…ほら、取れたやろ?」
後は消毒でもしておけば大丈夫だろう。
「お薬なら私が持って来ましたわ」
リラローズが申し出る。
きちんと手当をすれば問題ないし、これも良い経験になるだろう。
南向きの斜面には、色々な春の花が咲き始めていた。
「この青い小さな花は、オオイヌノフグリと言うのですぅ」
木葉が指を差す。
「でも意味は調べちゃ駄目なのですよぉ〜?」
だって、それは――
「犬の…」
図鑑で調べた櫂也が言葉を濁すが、男の子達にはしっかり聞こえていた様だ。
「いぬのキン○マ!?」
「キン○マ! ○ンタマ!!」
こらこら、大きな声で連呼するんじゃない…と言っても男子は好きだよね、こういう言葉。
「じゃ、こっちのピンクっぽいのはネコのチ○コだ!」
いや、それにはちゃんと、ホトケノザという有難い名前がね?
一方、女の子達は呆れた様子でガールズトーク。
だがその中心にいるのは雪彦だった。
「幼稚園の遠足で…シロツメクサで冠を作ってたなぁ〜一緒に作ってみよっか〜☆」
興味を惹くためにまずは自分で作り、興味を示したら作り方を教えてあげて。
折角だから男の子も巻き込もうかな。
「どうかな、贈り物にしてあげると喜ぶよ〜? 先生とか〜…あげたい子とかいたらいーんじゃん?」
勿論コノちゃんにも教えてあげるよ♪
「みんなでお花で首飾りを作って、サクラちゃん先生にプレゼントなのですぅ。木葉も手伝うのですぅ」
リラローズは後で栞にしようと、綺麗な花を少しだけ摘んでみる。
と、そこに――
「しば兄様?」
「どうぞ、お姫様」
櫂也が微笑みながら両手で差し出したのは、色とりどりの野の花で作った花冠。
「まあ…これ、しば兄様が作って下さったの? 嬉しい、ありがとうございます♪」
それを頭に飾り、リラローズはくるりと回って嬉しそうに微笑んだ。
そしてこちらでは、先程のタイガが木葉の前に立つ。
「これ、ゆびわつくった」
指輪と言うより腕輪サイズの、しかも今にもバラバラに分解しそうなそれを「んっ」と突き出し、一言。
「コノハ、オレとケッコンしてくれ!」
どうやら一目惚れらしい、硬派なくせにマセガキである。
「え、あの、あのあのっ、お、おにいちゃんどうしましょうっ」
「どどどどどうしようって言われてもっ!?」
とりあえず、10年くらいしたらまたどうぞ…という事で良いですか。
そんな修羅場(?)の傍らで、淳紅はケセランを呼び出して、もふもふ好きな子供のハートを鷲掴み。
カッコイイ怪獣が好きな子供にはストレイシオンをどうぞー…いや、怪獣扱いして申し訳ないけれど。
大丈夫、誰も見てない。
「まだまだ馴染みは無さそうやし、変に火種がたっても怖いですしね」
でも、こうして少しずつでも触れ合っていけば、そのうち珍しくも怖くもなくなるんじゃないかなって。
「ほら、怖くないよ〜☆」
雪彦もケセランやパペットで話かけてみる。
人見知りな子には友達汁なんかも使って、焦らずゆっくりと。
「普段、何を護る為に頑張ってるかって再認識できるよね♪」
向こうでは木葉がタンポポの綿毛を飛ばしている。
「風さん、遠くまで運んでくださぁ〜い」
それを見て耳を塞ぐ子供や、追いかけて走り出す子供――
(ボクの最愛の大事な人…可愛い妹達…周りの友人…そして、護るべきこの世界の未来を担う子供達…こっちが初心って言うか…忘れちゃいけない気持ちを…ぶれずに頑張るための想いを…確認☆)
この子達が笑っていられる世界にしたいね☆
思いきり遊んだら、少し名残惜しいけれど陽が暮れないうちに帰ろうか。
最後に雑木林の縁を回って、大きな農家の前を通って…
「これは桜の木かな。ほら、蕾が膨らみ始めてるよ」
峰雪は肩車をして、庭先にある木の枝先を見せてみる。
「あ、猫だ」
櫂也は木の上で寝そべっている三毛猫を煮干しで誘ってみた。
「こっちに来ないかな…」
しかし、その時。
一陣の悪戯な風が子供達の帽子を巻き上げていった。
「あっ」
でも大丈夫、陰影の翼で舞い上がり見事にキャッチ。
「ごめんね、でも怖くないよ」
「うん、ありがとう、おーじさま!」
猫は驚いて逃げてしまったけれど。
ご機嫌に歌を歌いながら幼稚園に帰ってきた子供達。
「おやつの時間なのですぅ。何が出るかなぁ?」
園児と一緒にわくわくしながら待つ木葉に、リラローズが言った。
「お散歩から帰ったら、手洗い、うがい、です」
元気で遊ぶ為に大事な事だ。
「さあ、きちんとできる良い子はいますか?」
「「はーーーいっ!!」」
木葉も一緒になって良いお返事、じゃあご褒美に桜餅をどうぞ。
持ち帰ったものを見せ合ったり、淳紅が取った写真を見ながら、お茶と一緒にぱくぱく。
「それも持って帰ってええから。楽しかったよ!ってお母さんとお父さんに言うたげてな」
やっぱり心配はしているだろうし、これからも続けていく為にも。
たくさん遊んで、おやつも食べて、お腹がふくれたら、おねむの時間。
撃退士と言えどもまだ6歳、木葉も皆と一緒に夢の中。
「お兄ちゃん…」
雪彦に、そっと手を伸ばして――
「今日は、お疲れ様〜、コノちゃんも本当は家族と笑って過ごせてたら一番だったよね…お兄ちゃんはちゃんと居るからね☆」
って、もう寝ちゃったかな?