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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:難しい
形態:
参加人数:50人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/03/02


みんなの思い出



オープニング




「人間ってさ、忘れっぽい生き物だよね」
 子供の姿をした悪魔、レドゥが言った。
「何か大きな事件が起きても、次にもっとすごい事が起きると全部そっちに意識が持ってかれてさ。ほんと単純なんだから」
 しかし、そのお陰で今この会津地方は警戒が手薄になっていた。
 大蛇が暴れた直後は各地で撃退士達が神経を尖らせていたが、今はもう形だけの巡回や注意喚起が行われる程度。
 かつで大蛇が現れた場所では、二度も同じ場所を襲う筈がないという根拠のない楽観論も出始めている。
「動くなら今だね」
 レドゥは配下の二人を見る。
 一人は以号と呼ばれる中年男、もう片方は呂号と呼ばれる若い女、いずれもヴァニタスだ。
「前に言った通り、以号はゲート作成。呂号はその守護だ。ディアボロは好きなだけ使って良いよ」
 一度通した地脈は、地勢が変わるなどの永久がない限り、自然に枯れたり流れが変わったりする事はない。
 水、風、土、毒、雷、火、そして光と闇。
 八つの属性を持つそれぞれの地脈は、ここ会津盆地の中心にある鶴ヶ城に通じている。
 その力を得て開くゲートは通常よりも規模が大きく、強力なものとなるだろう。
「さーて、あいつら……ブレイカーって言ったっけ」
 これを止められたら褒めてやっても良い。
 でも、無理だな。
「この勝負、ボクの勝ちだよ」
 大きな椅子に軽く腰掛け、レドゥは足をぶらぶらさせる。
「まあ、別に負けても良いんだけどさ」
 彼にとって、これはただの遊びだった。


 ――――――


 そして、各地で撃退士が退治した筈の大蛇が復活した。
 いや、大蛇はいずれもある程度のダメージを与えると、その場に死骸を残す事なく姿を消していた。
「残念ながら、そのどれもが完全には倒せていなかった……という事になりますね」
 学園内の斡旋所に設置された対策本部で、中等部三年の東條 香織(とうじょう・かおる)が地図を睨む。
「ああ。悔しいけんじょ、それで間違いねぇ」
 中等部一年になった安斉 虎之助(あんざい・とらのすけ)が頷いた。
 二人ともこの地方の出身であり、事件には最初期から関わって来た撃退士だ。
「今度こそ終わらせましょう、完全に」
 春にはまた、鶴ヶ城で花見を楽しむ事が出来るように。

 二人が睨む地図には以下の様な大蛇の出現情報が書き添えられていた。

・猪苗代湖 東岸にある志田浜付近
 水の大蛇1
 武器は水弾・鞭の様な赤い舌、体当たりなど。

・磐越自動車道 束松トンネル内
 風の大蛇1
 全身に風を纏い、圧縮空気を吐き出して攻撃。吸引による呑み込みもあり。

・喜多方市近郊 田園地帯
 土の大蛇1
 攻撃はひたすら泥の塊を吐き出すのみ。ただし魔法的なものではない為、攻撃後に泥が残る。大蛇を倒しても消えない。

・芦ノ牧温泉 阿賀川
 毒の大蛇1
 攻撃は毒液を射出。毒は撃退士には無効だが、河川を汚染し人間を含む生物の命を奪う可能性あり。大蛇を倒せば効果は消滅。

・猪苗代湖南岸 山中の涸れ井戸
 雷の大蛇1
 直接攻撃に対する反撃で電撃を放射(近接・魔法)、井戸から姿を現した時のみ攻撃可能。

・磐梯山 火口付近
 炎の大蛇1
 全身に魔法的な炎(延焼はしないが触れればダメージ)を纏い、炎弾で攻撃。その身体で叩き潰す事もある。

・会津盆地南端 明神ヶ岳
 光の大蛇1
 闇の大蛇1
 光と闇の活動は一定の周期で入れ替わり、片方の活動中にはもう片方は休止。
 周囲が光の活動中は眩い光に、闇の活動中は漆黒の闇に包まれる。
 闇弾、又は光弾で攻撃。

 いずれの大蛇も頭部付近の胴回りは幅5〜6mほど。
 体色は属性に合わせてそれぞれ異なるが、耐久力は同程度と見られる。

 全ての大蛇には尾が八本ある大きな狐が10〜20体ほど随伴。
 各現場での狐は能力的には同じものだが、それぞれ現場や大蛇の色に合わせて保護色となるように体色を変化させる事が出来る。


 ――――――


 大蛇が現れた各地の現場では、地元の撃退士達がそれぞれの対応に当たっていた。
「よく再生怪人は弱いって言うし、コイツも大したことないんじゃないか?」
 既に一度、退治したデータもある。
 初めての時とは違って、現場の空気もそう緊迫したものではなかった。
 最初の出現場所である猪苗代湖の水大蛇などは、取り巻きの狐が三尾の雑魚から八尾に強化されている分、多少は苦戦するかもしれない。
 しかし八尾の狐とて倒した時のデータはある。
「さっさと片付けて、中心部の応援に行かないとな!」
 今、鶴ヶ城の天守閣には巨大な九尾狐が陣取っているらしい。
 恐らく、その内部で行われているゲート作成の邪魔をさせまいとしているのだろう。
 そんな場所に――いや、どこだろうとゲートなど作らせるわけにはいかない。

 その時、城で戦っている仲間から連絡が入った。
『その大蛇を何とかしてくれ、どうもそいつらが城にバリアを張ってるらしい』
「わかった、速攻で片付ける!」
 狐はひとまず無視し、大蛇に一斉攻撃を仕掛ける。
 数人で何度か斬り付け、その首を切り落とした。
 以前の報告と同じ様に、大蛇は跡形もなく姿を消す――が。
『だめだ、バリアが消えない!』
 携帯端末から遠く離れた仲間の叫びが聞こえる。
 そして大蛇退治の現場では――

 倒した筈の大蛇が復活していた。
 斬り落とした筈の首も元のままに、斬り付けた傷跡さえ見えない。
「どうなってんだ……!?」
 大蛇の姿を呆然と見上げる撃退士の背に、八尾の狐が襲いかかった。


 ――――――


 久遠ヶ原学園、斡旋所。
「聞いての通り、現場は九ヶ所だ」
 職員が壁に張り出した地図を指し示す。
 大蛇の出現がが周辺に八ヶ所、その中心に一ヶ所。
 中でも中心部の鶴ヶ城内部では、ゲートが作成中だった。
 しかしそこにはバリアが張られ、近付く事が出来ない。
「大蛇達を倒せばバリアは消える様だが、どうやら闇雲に倒すだけでは瞬時に復活するらしい」
 恐らく、それは八岐大蛇。
 その首が伸びた方向から考えて、本体は鶴ヶ城にあるのだろう。
 しかしそこにはバリアで近付けない。
「とにかく、まずはバリアを解除しなければ手も足も出ない」
 試行錯誤の末、どうやら八本の首を同時に倒せば解除されるらしい、という所までは判明した。
 誤差は恐らく2〜3ターン程度。
 しかし疲弊した現地の撃退士だけで確実に行うのはまず無理だろう。
「その救援に、何人か……各地に数人ずつ出向いて貰う必要がある」
 そして例えバリアを解除しても、そこには九尾の尾を持つ巨大な狐が待ち構えている。
 城の天守閣を抱え込む程の大きさだ。
 攻撃方法はまだわからないが、その大きさからして簡単な相手ではないと思われる。
 そして城の内部にはゲート作成中と思われるヴァニタスと、その護衛。
 更には主である悪魔の姿もあるかもしれない。

 周辺八ヶ所の各現場に向かった者が、その後に城の攻略に向かう事は時間的に無理だろう。
 人数の配分を間違えれば、それだけで手詰まりになる可能性もある。
「とにかく、頑張ってくれ」
 職員には、それしか言えなかった。



リプレイ本文

●鶴ヶ城

「大きな狐ね」
 天守閣を抱え込む様に鎮座する九尾の狐を惚れ惚れと見上げ、Maha Kali Ma(jb6317)はうっとりと溜息を吐いた。
 あのサイズだと、何人分の毛皮が取れるだろうか。
 その脇で、黒百合(ja0422)も同じ事を考えていた様だ。
「あの狐の皮は高く売れそうねェ…ぶち殺した後に剥いてやろうかしらァ♪」
 しかし残念、Maが更に大きな溜息を吐く。
「ディアボロだから死んだら毛皮が取れないのよね」
 勿論、生きたままでも取る事は出来ない。
「新しいコートが、欲しいのに残念だわ…」
 などと、取れぬ狐の皮を数えている場合ではなかった。
「あの九尾…天守閣を守っている様にも見えるな」
 鳳 静矢(ja3856)が呟く。
「ゲートか」
 だとしたら一刻も早く、その生成を阻止しなければ。
 とは言え、城の周囲はバリアで守られ、近付く事も出来なかった。
 なのに九尾の尾から生み出される大型の狐達は、それを突き抜けて向かって来る。
「こっちは通れないのに、向こうばっかりずるいのですよぅ」
 文句を言いながらも、鳳 蒼姫(ja3762)が迎撃を開始、それを合図に撃退士達は本格的な戦闘に突入した。

 天魔との戦いに際して、何はなくともまず必要なのが阻霊符だ。
 戦闘開始と共にまず最初に使う事は撃退士の常識、授業でもまず最初に「天魔の透過は阻止すべし」と教えられる。
 よって、ここで阻霊符を発動させた静矢とアスハ・A・R(ja8432)の行動は理に適ったものと言えるだろう――通常の依頼ならば。
 しかし今、大蛇はまるで地中に根を張る様に、その八本の巨大な首を伸ばしている。
 その際に土を掘り返し、トンネル状に通路を確保しているなら問題はないだろう。
 だが、その大部分は透過で潜っていた筈だ。
 そこで阻霊符を使えば、大蛇は異物として地中から弾き出される。
 つまり――

 ゴゴゴゴゴ…

 不気味な地鳴りと共に足元が揺れ始めた。
「あかん! 阻霊符はあかんて!」
 亀山 淳紅(ja2261)が慌てて止める。
「これ反省文で済まんレベルや!」
 蛇の首はここから放射状に会津盆地の端まで伸びている。
 その巨大な身体の一部のみ透過を阻止した場合、身体全体が阻止されるのか、それとも有効範囲のみが阻止されるのか、それはわからないが――もし前者なら、会津盆地崩壊の危機だ。
 確かめてみる勇気はないし、なくていい。
 阻霊符を切った途端、地鳴りは止んだ。
 城の赤瓦や外壁の一部が崩れ落ちたが、その程度は不可抗力だ。
 これ以上の被害が出なければ反省文は免れる筈、だと期待しておこう。

 最前線に陣取った黒井 明斗(jb0525)は、盾を構えつつ白銀の槍で狐達を迎え撃つ。
 バリアが破壊されてからが本番、それまでは味方の損害を最低限に抑えなければ。
「紅香さんは僕の後ろに」
「…じゃ…遠慮なく…」
 使えるものは何でも使うと、紅香 忍(jb7811)はその背に隠れて銃撃で牽制。
 しかし相手は城周辺の石垣や石畳の色に溶け込んでいるため、そのままでは発見が難しい。
 かといって専用のペイント弾やカラーボールは、事前に支給されていない限り手に入らなかった。
 だが、それならそれで、やり様はある。
「以前の報告書で使ってるのを見た」
 礼野 智美(ja3600)は水風船に墨汁を入れたものに紐を付けて、腰のベルトに結び付けていた。
 時間がなかった為に数は作れなかったが、ないよりはマシだろう。
 それを狐に向かって投げ付ける。
 当たれば幸い、当たらなくても地面で弾け飛んだ飛沫が跳ねて、多少は効果があるだろう。
 踏めば足跡が付くし、足先も汚れて黒くなる。
「…猫の手、位にはなれるかな?」
「充分だ」
 静矢が言い、狐達の目を挑発で自分に引き付ける。
「なるべく突入組の消耗は避けたいな」
 和弓・絶影に持ち替え、向かって来る狐達にアウルの力を込めた強烈な一撃を撃ち込んでいった。
「お二人とも、よろしくお願いしますね」
 Rehni Nam(ja5283)は香織と虎之助に声をかけ、戦闘開始。
 まずは各所に散らばった八尾狐の居場所を確認すべく生命探知を使った。
「お城の中まで入り込んで…?」
 阻霊符は使えないし、現状ではそれを追う事も出来ない。
「今はとにかく、数を減らすしかありませんね」
 Rehniはカオスレートを中立に保ちつつ、五芒星型の盾を構えて立った。
「ここは通しません」
 皆を守って前線を維持する事が、今の自分に与えられた役割だ。
 その間に、少しでも多くの狐を倒して貰えれば――

「バリアが破壊されるまでの辛抱だ、それまでは八尾の対応を頼むぜ」
 後方に待機した向坂 玲治(ja6214)は仲間達に声をかけると、大蛇の出現箇所に印を付けた地図を広げる。
「そんじゃま、各班現状の報告頼むわ」
 光信機に呼びかけると、各地に散った者達から続々と報告が入ってきた。


●水の大蛇

「俺達が四国にかまけて見逃すとでも思っていたか」
 カルキノスの盾を構え、リョウ(ja0563)は西の方角に鋭い視線を向ける。
「狙いは悪くないが、舐めすぎだな。後悔させてやるとしよう」
 猪苗代湖の東岸には彼を始めとする四人の撃退士が駆けつけていた。
「あの蛇皮…いくら位の価格になりますかね?」
 シエル・ウェスト(jb6351)が見上げる大蛇は黒い鱗を光らせて水面から鎌首を持ち上げている。
「討伐した後にめくれるもんなら持って帰りたいもんやな」
 ゼロ=シュバイツァー(jb7501
「分析できたら儲けもんってな。蛇皮製品で儲けてもええけどな♪」
「綺麗にすれば高く売れるはずですぅ〜♪」
 神ヶ島 鈴歌(jb9935)が頭の中でそろばんを弾き始めた。
 財布なら千個、バッグでも軽く百個は作れるだろうか――って君達、それはディアボロだから。
 狐の時も言ったけど、お持ち帰りは出来ないから。
「わかっていますよ、言ってみただけです」
 シエルは闇の翼で舞い上がると、大蛇の周囲を飛び回りながら銀星十文字で斬り付けては離脱を繰り返す。
「私は本気だったのですぅ〜」
 陰陽の翼でそれに続いた鈴歌は、大鎌アガリアレプトでその首を薙ぎ払った。
 大蛇は二人を叩き落とそうと、大きく頭を振る。
 しかし陰陽の翼で浮上したゼロが、その脳天に急降下からの踵落としと叩き込んだ。
「レディ2人に手出しはさせんで? 一緒に踊ってもらおか」
 華麗なキックを決めたゼロの目の前で、大蛇の巨大な目玉がギロリと動く。
「久々の純戦闘や…ちゃんと楽しませてくれよ!」
 ゼロは血で染まった真っ赤な大鎌を振りかざし、その眼を狙って一撃。
 狙いは僅かに外れたが、大蛇が反撃に転じた時にはゼロの姿は遥か遠くに離れていた。
 体当たりが届かないと見て、大蛇は大きく口を開ける。
 喉の奥に圧縮された水の塊が膨れ上がった――が、その瞬間を狙って射線に入ったシエルは、正面からクロスグラビティを叩き込んだ。
「気管に水入ってエフッて咽せませんかね?」

 ――え゛ふ゛っ!

 あ、咽せた。
 咽せたけど、だがしかし。

 え゛ふ゛っ! え゛ふ゛っ! え゛ふ゛っ!

 咽せる度に口から水弾が飛び出し、無差別爆撃の様相を呈して来る。
 そこに地上の狐による熱線攻撃も加わって、シエルの周囲は対空砲火の弾幕に包まれた。
「これは下手に動くと却って当たる状況ですね」
 じっと動かず、当たらない事を祈るしかないのか。
 せめて誰か、狐だけでも片付けてくれると有難いのだが――しかし、この班の誰もが大蛇にしか注意を払っていなかった。
 先に戦っていた地元の撃退士達は疲弊し、殆ど役に立たない。
 完全フリーになった狐達は、素早く動き回りながら誰にも邪魔されずに攻撃を続けていた。
「仕方がない、こちらを先に片付けるか」
 盾から白銀の槍に持ち替えたリョウはタウントで狐達の目を惹き、その攻撃を自分に向けさせる。
 だが、相手はこちらの反撃が届かない間合いから攻撃を仕掛け、それ以上は近寄って来なかった。
 おまけに本体もその攻撃も保護色で見えにくい。
 ここは当初の手筈通り、守りに徹した方が良さそうだ。
「俺が囮を引き受ける、その隙に誰か――」
 その言葉を言い終わらないうちに、上空から放たれた漆黒のレーザーが一体の狐を撃ち抜いた。
「こっちを先に片付けんと鬱陶しゅうてかなんわ」
 ゼロは咳の発作が治まった大蛇に再び雷打蹴を放つと、それを牽制しつつ狐を狙い撃つ。
 シエルと鈴歌は、その周囲を旋回しつつ攻撃を繰り返した。
「悪い子には〜…拳骨ですぅ〜♪」
 シエルが大蛇の鼻先に炎陣球を叩き込んだ瞬間、最高点まで飛び上がった鈴歌はクルクルと回転しながら落下、その勢いと共に全体重を乗せた一撃を頭の天辺に叩き込んだ。
 大蛇の身体がまるで脳震盪でも起こした様にゆらりと揺れる。
「こちら対水蛇、準備完了ですぅ〜」


●風の大蛇

「風の蛇、まずはこっちだね」
 風洞と化したトンネルの奥、オレンジ色の光に照らされた大蛇の鱗が、ぬらりと光る。
 その目の前で、フィル・アシュティン(ja9799)は風に逆らいながら両足を踏ん張った。
 すぐ後ろで洋弓フェイルノウトを構えた支倉 英蓮(jb7524)が、狐達の攻撃からその背を守る。
「狐の癖に腑抜けよの? 姿を隠して狩りとは笑わせる!」
 天魔双方の血に目覚めた英蓮は今、勇猛古風な獅子神の人格が表に出ていた。
「真の狩りというのを教えてやろう?」
 とは言え、それで視力が良くなるというものでもなく、周囲の色に溶け込んだ本体や攻撃の軌道が見やすくなるわけでもなかった。
 だが、とにかく今はフィルにさえ当たらなければ良い。
 その目的の為ならば、己の身を盾にする事も厭わなかった。
 左には樹月 夜(jb4609)、右には矢野 古代(jb1679)が控えている。
 信頼する仲間達に囲まれ、フィルは大きく息を吸った。
「私が相手だ!」
 強風に吹き流されそうになる声を手繰り寄せ、狙いを定めて投げ付ける。
 大蛇の頭が、フィルの方へゆるりと向けられた。
 その瞬間、フィルは蛇が纏う風を払うべく封砲を撃ち放つ。
「逆らいの風…撃つよ!」
 この風に逆らい、穴を空け、皆の攻撃が届く様に。
(失敗続きでずっと悔しかった…今一歩を踏み出すためにも)
 この任務は成功させたい。
 いや、成功させる。
 その攻撃に乗せる様に、古代はデスペラードレンジを放った。
 一度に三連射が可能な代わりに、普通はその全てを命中させるのは難しい。だが命厨たる彼の腕前は普通ではなかった。
「そうお前達には――」
 きっちり三発叩き込まれ、大蛇はその身をくねらせる。
 だが彼が普通じゃないのは、腕前だけではなかったのだ。
「褌、信念、真剣味、褌、そして――」
 デスペラ二撃目を叩き込みながら、古代は語る。
「褌を愛する、一途な心と父性が圧倒的に足りない…!」
 そんなに好きか、褌。
「今度生まれ変わるときは褌型か娘型になってやり直して来い!」
 そうか、好きなのか。
 では今度、褌を締めた娘型のディアボロを出してやろう――と、何処かの悪魔が言ったとか言わなかったとか。
 そんなシリアスブレイクな空気を引き裂く様に、英蓮は封砲で開いた風壁の穴に飛び込んで行った。
「ハブにはマングース…哺乳綱食肉目の猫と獅子を顕現する私が負ける道理はないのですよ!」
「援護します、よ」
 入れ替わりにフィルの背を守る位置に着いた夜は、吶喊する英蓮を狙う炎弾にスナイパーライフルの銃口を向ける。
 狙い澄ました一撃を当ててその軌道を変えると、次の一手で狐の本体に牽制の一撃。
「存分に、どうぞ」
 援護を受けた英蓮はエネルギーブレードに持ち替え、大蛇の頭部を目掛けて弾き飛ばす様な一撃を食らわせる。
 と、その動きが止まった。
 スタンが効いたのだ。
 尻尾でバランスをとって蛇の頭部に取り付いた英蓮は、その機を逃さず斧槍に持ち替えて一閃、目や頭を狙ってメッタ刺しにする。
 漸く自由を取り戻した蛇は、邪魔者を呑み込もうと大きく口を開いた。
 が、英蓮は自らそこに飛び込み、尻尾を牙に絡めて踏ん張りながら斧槍で上顎を貫く。
 出来るなら、このまま止めを刺してしまいたい所だが。
「少し手を緩めましょう、か」
 本陣の玲治と連絡をとった夜がそれを止めた。
 他班の準備が整うまでは、守りを固めつつ狐の数を減らす事に専念した方が良さそうだ。


●土の大蛇

「大蛇をほぼ同時に倒す必要があるんですねー、了解ですー」
 後方に下がったAbhainn soileir(jb9953)は、そこで皆のサポートに回る。
「狐の動きに気を付けて下さいですー」
 既に周囲には大きな泥の山がいくつも出来上がっていた。
 その陰に隠れる様にして、狐が執拗に炎弾を放って来る。
 緋流 美咲(jb8394)は自分もその陰を移動しつつ、山のひとつから泥を掴み取ると、狐に向かって投げ付けた。
「折角ですから、ある物は何でも利用させて貰いましょう」
 その姿を明確に捉えているわけではないが、とにかく投げればどれかは当たる。
 泥の目印が付いたものを優先して抜刀・祓魔の射程まで近付き、抜刀と共にアウルの刃を飛ばし、斬る。
「緋流さん、後ろなのですー」
 Abhainnが警告と共に泥の塊を投げ付ける。
 それを目印に間合いを詰めた美咲が一撃、狐の動きを止めた。
 その間に大蛇を視界に捉えた翡翠 龍斗(ja7594)は、静動覇陣でリミッタ解除。
 金髪朱眼となったその身を取り巻く黄龍と共に、囮となって前線に飛び出した。
 吐き出される泥の塊を最小限の動きで避けながら、咬龍・皇華で大蛇の腹を喰らう。
「りゅとにぃが、頑張ってくれてるうちに…行くよ」
 水無瀬 快晴(jb0745)は美咲と絆を結び、ハイドアンドシークで気配を殺しつつ、龍斗が進路上に作ってくれた泥の塊に身を隠して大蛇に接近。
 そこから更に背後に回り込んで、その硬い鱗に絆・連想撃を叩き込んだ。
「…もう一撃」
 緑色に発光するNight Catの刀身を鱗の隙間に突き刺し、引き剥がす様に。
 剥がれかけた所で距離を取り、氷の夜想曲を放った。
 手の届く距離に近付いて来ない狐達を巻き込む事は出来なかったが、鱗の隙間から冷気が染み込んでいく。
 眠りに落ちた大蛇は意識を失う様に泥の中に沈み込んだ。
 その眠りは浅く、すぐさま目を覚ましたものの、一瞬でも隙が出来れば儲けもの。
 龍斗は連撃で鱗の傷を更に抉って剥がし、その背後に隠れた美咲もまた連撃を叩き込む。
 身悶えながらも泥を吐こうと開いた口に美咲の封砲が直撃、更に追い討ちを掛けようとするが――
「皆さん、一旦下がって下さいですー」
 後方のAbhainnが止めた。
 これ以上のダメージを与えたら、地中に潜って出て来なくなる恐れがある。
「暫くこのまま泳がせるのですー」
 合図があるまでは守りと治療に専念し、最後に鱗の剥がれた部分を狙って一斉攻撃だ。
 逃げる隙など与えない。


●毒の大蛇

「川を汚し人に仇為す、か。門の事もある、放っては置けんな」
 白蛇(jb0889)は権能:千里翔翼と神威を召喚すると、彼等の到着まで現場で踏ん張っていた撃退士達の尻を叩いた。
「主ら、わしら久遠ヶ原からの増援だけに任せて良いのか?!」
 上げられた顔には疲労の色が濃い。
 今まで何度それを繰り返したのかは聞いていないが、倒す度に復活する大蛇が相手では、心が折れそうになるのも無理はないだろう。
 しかし。
「ここは主らの地元と聞いた。主らが気張らんでどうする!!」
 自分達よりも遥かに年下に見える少女にハッパをかけられ、撃退士達は再び立ち上がった。
「そうじゃ、それで良い」
 満足げに頷き、白蛇は大蛇に向き直る。
「では今度こそ、息の根を止めてやろうぞ」
「ええ、新たな被害は出させません!」
 木嶋香里(jb7748)が頷き、本陣の玲治に連絡を入れる。
「対毒蛇班、これより討伐にかかります」
 放っておけば際限なく毒を吐き続けるという特性上、あまり時間をかけるわけにはいかない。
 かといってタイミングを間違えば、また最初からやり直しだ。
「互いに連携は密にしましょう」
 白蛇とラファル A ユーティライネン(jb4620)、そして地元撃退士達にも声をかけ、戦闘態勢に入る。
「忘れっぽい、か。確かにそれはあるかもな」
 ラファルは最初からクライマックスだった。
「だからっていつまでも忘れていると思ったら大間違いだぜ」
 いつだって悪魔どもに煮え湯を飲ませて心をぽっきり折る事に腐心しているラファルさんが、そんな隙を見逃す事なんてあり得ない。
「さぁて、派手に暴れてやるとしようか!」
 限定偽装解除「ナイトウォーカー」始動、更に悪魔共にウォーウォー唸るKAKA偽装解除、からの、多弾頭式シャドウブレイドミサイル発射!!
 狐が保護色になっていようが隠れていようが、問答無用の無差別範囲攻撃で薙ぎ払う。
 更には生き残った狐ごと、今度は十連魔装誘導弾式フィンガーキャノン、斉射!!
 その勢いは、もうコイツひとりで良いんじゃね状態だが――如何せん、そのモードは長続きしなかった。
 ウォーウォー唸りながら大蛇に取り付いたラファルは、毒を垂れ流すその口を縫い閉じようと短剣を突き立てる。
 が、それで地面に縫い止める事が出来る様なサイズではなかった。
「これ以上好き勝手はさせません!」
 代わって前線に立った香里が、挑発でその注意を惹きつつデュアルスパイクシールドを構える。
 その後ろで翼の司たる千里翔翼に騎乗した白蛇は、僅かに浮いた位置からスナイパーライフルで狙撃を繰り返した。
「この高さなら他の者を射線に入れる事もあるまい」
 盾役の香里と共に敵の側面や背後を取る様に移動しつつ、白蛇は撃退士達に訊ねた。
「主らも一度はあの大蛇を倒しておるのであろう、何ぞ気付いた事でもあれば申してみるが良い」
 どんな様子を見せ始めた時が止めのチャンスなのか、それがわかれば――
「なに、今とな?」
 攻撃中止!
「こちら毒大蛇対応班、準備完了です」
 連絡を入れつつ、香里は使い切ったスキルを入れ替えて最後の一撃に備えた。


●雷の大蛇

「雷の蛇ですか。ビリビリしそうですね」
 陰陽の翼で井戸の上空に飛んだ秋嵐 緑(jc1162)は、ショットガンを構えてその中を覗き込む。
「でも姿が見えませんね」
「石でも投げ込んでみましょうか」
 井戸の縁に立ったRobin redbreast(jb2203)が、傍にあった小石を拾い上げた、が。
「八尾に雷蛇…上手く両方相手にしないといけませんね」
 龍仙 樹(jb0212)がそれを止める。
「ならばこの隙に狐を片付けてしまった方が良いでしょうか」
 先発の現地撃退士達には疲労の色が濃い。
 蛇か狐、どちらか片方に集中出来るなら、その方が危険も少ないだろう。
「わかりました、狐狩りが先ですね」
 緑は上空からショットガンで絨毯爆撃、待ち構える撃退士達の網の中へ追い込んでいった。
 退路を断ったところで樹がパールクラッシュのレート差攻撃で止めを刺す。
 そうして狐の数を半分ほどに減らした頃。
「出たぜ!」
 井戸を見張っていた獅堂 武(jb0906)が叫んだ。
 残りの狐を先発隊に任せ、四人は大蛇への攻撃に移る。
 まずは井戸の正面に駆け寄った武が刀印を切って四神結界を展開、味方のダメージ軽減を図る。
「ここに入ってりゃ電撃を喰らっても多少は痛くないだろ」
 もっとも、今回は狐との連係攻撃による放電はなさそうだ。
 大蛇に直接攻撃を仕掛けなければ、反撃を受ける事もないだろうが。
 その正面に立った樹は、タウントで大蛇の注意を惹いた。
 それが効いている間は井戸に身を隠す事もないだろうが、念には念を。
「まずは井戸の中に逃げ込めないように、束縛しておきましょう」
「なら、俺が呪縛陣で縛ってやるか!」
 大丈夫、特殊抵抗は高いから自縛陣にはならない筈だ。
 武は再び刀印を切り、自分の周囲に魔法陣を描き出す。
「ついでにダメージも入って一石二鳥だ」
 今のうちに集中攻撃をと、紅炎村正を振りかざした武は全力で攻撃を叩き込む。
 反撃はキツいが、受けたダメージは吸魂符で吸い取れば良い。
 Robinは呪縛陣が切れた時の為に自身の束縛スキルを温存して攻撃に専念、グローリアカエルの漆黒の弾丸を叩き込んだ。
 が、思ったほどの威力は出ない。
「レート差を広げればダメージが大きくなると思ったんだけどな」
「それは、この様にプラスとマイナスに分かれた場合ですね」
 加勢に入った樹が言い、大蛇の胴体にフォースを叩き込んだ。
 プラス同士、マイナス同士では、どれだけ差が付いても補正はかからないのだ。
 この場合なら、ヘルゴートで能力を底上げした方が与えるダメージは増えるだろう。
 その間にも残った狐がしつこく炎弾を放って来るが、緑はそれを逆手に取って、避ければ大蛇に当たる場所を飛んでみる。
「同士討ち、ですね」
 おちょくりながら、大蛇の目を狙ってにショットガンを連射。
「こちら対雷蛇班、そろそろ準備完了です」
 Robinが本陣に連絡を入れた。


●炎の大蛇

「この地には一度関わったきりだが…してやられた、ということか」
 山道を急ぎ足で登りながら、Vice=Ruiner(jb8212)はヒリュウを斥候に出す。
「始末はつけねばなるまい…俺達の勝ちでな」
 普段はスキー客で賑わう山の斜面を最短距離で突っ切り、大蛇が陣取る山頂へ。
「種子島じゃないから、カマキリじゃないなの!」
「今回は僕もカマキリを封印していくよ!」
 香奈沢 風禰(jb2286)と私市 琥珀(jb5268)は、脱皮した。
 お馴染みのカマ着ぐるみを脱いで一回り大きく…は、なってない、寧ろサイズ的には小さくなったけれど、秘めたパワーは変わらないのだ。
 風禰は初手で四神結界を張り、安全地帯を作る。
「狐は後回しなの!」
 しかし相手はこちらの都合も計画もお構いなし、大蛇に相対した撃退士達の背中を狙って容赦なく炎弾を撃ち放って来た。
 地元の撃退士達も頑張ってはいるが、既に大蛇と何度かやりあった後ではスキルの残りも生命力も心許ない。
「ここはまず、狐を先に片付けよう。肝心な時に邪魔をされては困る」
 Viceが仲間達に指示を出し、自分はスナイパーライフルで大蛇の牽制に回った。
 一面の雪に、真っ白な狐。吐き出す炎弾も透明に近い白で、少しでも気を逸らすと忽ち見失いそうになる。
「ここは私が」
 雫(ja1894)が前に出る。
 が、彼女が得意とするのは近距離での斬り合いだ。狐は自分からは近付いて来ないし、この雪では思う様に走る事も難しい。
「わかった、僕が援護するよ!」
 弓を取り出した琥珀が狐達の背後に回り込む。
 雪に慣れた地元の撃退士達にも協力を仰ぎ、雫が待つ方へと狐達を追い込んで行った。
 吹き溜まりの背後に身を隠した雫は、ぎりぎりまで引き付けて、飛び出す。
 群れの中心で白銀の大剣を一振り、一瞬で二体の狐が骸と化した。
 それに気付いて逃げようとした狐の背に、もう一撃。
 反対側から弓で牽制する琥珀の攻撃に阻まれ、方向転換を図る一瞬の隙を衝いて更に一撃。
 だが、残りは通常攻撃で片付けようと一歩を踏み出した矢先。
「他の班は既に準備を終えた様だ」
 本陣と連絡を取ったViceがそれを止めた。
「こちらも足並みを揃えるぞ」
 一度の集中攻撃で倒せる程度に弱らせた後は、防戦一方になる。
 待ち時間が長くなれば、それだけ他班の被害が増えるし、途中で逃がしてしまう危険もあるだろう。
「急いで倒すなの!」
「あ、風禰さん。わかってると思うけど」
 まだ倒しては駄目だと琥珀が釘を刺す。
「タイミングを合わせないと」
 雫にも言われ、風禰はこくりと頷いた。
「大丈夫なの、言葉の綾なの!」
 よし。
「回復と支援は任せて、皆は出来るだけ攻撃に専念して!」
 琥珀は仲間の体力に気を配りつつ、残った狐達を弓で牽制する。
 風禰は護符の射程ギリギリから蟲毒を四連発、蛇の幻影が大蛇に絡み付き、毒牙を突き立てた。
「蛇には蛇を、なの!」
 Viceが射撃で援護する中、雫はひとり大蛇の真っ正面に飛び出して行く。
 巨大な炎弾を避け、大剣を振りかざし、その硬い鱗さえも貫く一撃を。
 反撃の炎をまともに喰らったが、鍛え抜いた身体はさほどの痛みも感じなかった。


●光と闇

 彼等が戦場に辿り着いた時、辺りは真の闇に染まっていた。
 と、一瞬の後にそれは眩い光へと変わり、闇の中で目を懲らしていた撃退士達の視界を奪う。
 ただ、ナイトビジョンを装備した櫟 諏訪(ja1215)とマキナ(ja7016)、黒夜(jb0668)の三人は影響を受けず、その目に光り輝く大蛇の姿を捉えていた。
「交代する敵ってのは面倒くせぇな」
「同時撃破だとタイミングがシビアですねー?」
 マキナの言葉に諏訪が頷く。
「色々と厄介な敵だな、これは」
 ごしごしと目を擦りながら、サガ=リーヴァレスト(jb0805)が言った。
「心を重ね、想いを一つにしなくては切り抜けられないようですね」
 漸く目が慣れて来たユウ(jb5639)が、山頂付近に視線を向けると、そこには黒々とした大蛇の巨体が横たわっている。
「しかし、これほど広範囲に首を出現させる本体はどれ程の巨体なのでしょうか?」
 そう思わせて、本体は案外コンパクトな手乗りサイズだったりするのかもしれない。
 とにかく、ここでタイミングを合わせる事が出来なければ、仲間達の苦労が水の泡だ。
「まずは二体の大蛇に均等にダメージを与えていく必要がありますね」
 ユウは闇の翼で上空に舞い上がる。
 だが、地上からの接近を試みる者にとっては、前方に布陣する狐達が邪魔になる。
「狐は最初に片付けてしまった方が良いでしょう」
 鈴代 征治(ja1305)が頷く。
 このメンバーなら攻撃を喰らってもそうダメージを受ける事はなさそうだが、今回はほんの僅かな手違いでも全ての計画が狂ってしまう危険があった。
「道を空けて貰いましょうか」
 只野黒子(ja0049)が却燐を発動――だが強烈な光と保護色に阻まれて、気配を感じる事は出来ても姿は見なかった。
「待ってろ、今ウチが目印付けてやる」
 黒夜が速攻で作って来たインク入り水風船を投げ付けると、白一色に染まった世界に黒いシミが浮き上がる。
 そのシミを目印に、黒子は真紅の燐光を撒き散らした。
 壁の一角が崩れ、統率が乱れた所に忍び寄ったサガは、周囲の空気を凍て付かせて眠りに誘う。
「行きがけの駄賃だ、とっときな」
 IcyPrincess of Cyclops――黒夜が心の中でそう唱えると、残った狐に微細な氷の粒が降りかかった。
 二人の攻撃で狐達は殆どが眠りに落ちる。
 その効果は軽く小突いただけで簡単に目が覚める程度のものだが、ここに集う者達にとっては一撃の隙が出来るだけで充分だった。
 その真ん中に飛び込んだ諏訪がバレットストームの猛連射を浴びせ、次いで弱ったものから各個撃破。
 撃ち漏らしは征治がディバインランスのリーチを活かして斬り付け、打ち倒した。
 マキナは大蛇との間合いを詰めながら戦斧・暴風圏を振るい、その途中で目についた狐を文字通り嵐の様に蹴散らしていく。
 が、その時――辺りは一転して真の闇に包まれた。
「先程の交代から一分ほどですね」
 黒子が時計のバックライトを点けて確認する。
 自分の手さえ見えない暗闇の中、活動を休止した光の大蛇の姿だけが背景から浮き上がっていた。
 反対に活動を始めた闇の大蛇の姿は何処にも見えない。
 突然、目の前の空気が圧縮された様な感覚を覚える。
 黒子は咄嗟に手にしていた金剛布槍を構え、受けの体勢を取った。
 直後、全身に衝撃が走る。
「大丈夫です、攻撃を続行して下さい」
 闇大蛇の攻撃が自分に向いているなら好都合だ。
「この隙に光の大蛇をお願いします」
 ただし、やりすぎない程度に。
「加減が難しいですねー?」
 諏訪が光の大蛇にアシッドショットを一発、防御力の低下を狙う。
 それ以外はスナイパーライフルでも通常攻撃だが、休止中の大蛇は隙だらけ、活動中の大蛇に邪魔されなければ何処でも狙い放題だ。
「今のうちに目を潰しておきましょうかねー」
 片目を狙って一撃、更にはもう片方――
 だが、ここで再びのホワイトアウト。
「まだ交代には時間がある筈だが」
 一分間隔ではなかったのかと、サガが眩い光に眩んだ目を押さえる。
 正確に計ってはいないが、先程よりも短くなっているのは確実だ。
「受けたダメージの量によって変わるのかもしれませんね」
 征治が答える。
 だとすれば、その間隔はダメージを与える程に短くなっていく筈だ。
「或いは、大きなダメージを受けた瞬間に切り替わるか、でしょうか」
「確かめてみよう」
 サガの提案に頷いた諏訪は、休止中の闇大蛇にアシッドショットを撃ち込んだ。
 続いてその身体に飛び乗ったマキナが、固く閉じられた目をこじ開ける様に斧の刃を突っ込んで抉る。
 これでほぼ同程度のダメージを与えた筈だが、交代は起こらない。
 ややあってから、辺りは何度目かの闇に包まれた。
「どうやらパターンは読めた様ですね」
「休止時間が同程度なら、蓄積されたダメージも同程度という事か」
 征治の言葉にサガが頷く。
 同時撃破のタイムラグは2〜3ターン程度、10秒間隔で交代する所まで追い詰めれば条件は整う筈だ。


●八岐大蛇、撃破

 各班からの連絡を受け、玲治が号令をかける。
「今だ、一斉撃破開始!」

「合図です、まずは光の大蛇から止めを」
 黒子の指示を受け、仲間達は休止中の光大蛇に一斉攻撃を仕掛けた。
 その間も闇大蛇からの攻撃は続いていたが、反撃に戦力を割けば両方とも倒し損ねる危険がある。
「怪我なんざ後で治しゃ良い!」
 諏訪が最後に残ったアシッドショットで防御を下げる中、マキナは烈風突を叩き込んだ。
 サガはグローリアカエルの漆黒の弾丸を、ユウは上空からエクレールを乱射。
「その光はいらねー」
 黒夜はゴーストアローを一発、征治は槍で斬り付け、最後に黒子が魔法書で止めの一撃を。
「光の大蛇、討伐完了。これより引き続き闇の大蛇を調伏します」

「今だ!」
 Viceの合図を受けて、琥珀は弓で狙いを付ける。
「7体同時…上手くいけー!」
「今度は倒す! なの!」
 風禰が魔法で援護する中、大蛇に取り付いた雫は神威を発動、白銀の大剣で怒濤の連続攻撃を叩き込んだ。
「一気にケリを付けます!」

 雷の大蛇は束縛を振り解き、井戸の底へ潜ろうとしていた。
「これが最後の束縛スキルです」
 Robinが忍法「髪芝居」でそれを阻止した直後、本陣からの合図が届いた。
「合わせます、行きましょう」
 薙刀に持ち替えた樹は、残しておいたパールクラッシュで全力攻撃。
 緑がショットガンの雨を降らせる中、ヘルゴートで強化したRobinは魔法攻撃を。
 ビリビリをものともせずに大蛇の背中を駆け上がった武は、その口に刀を突っ込んで強引にこじ開け、片手を突っ込んで炎陣球をぶっ放した。
「中から一気に焼き斬ってやるぜ!」

「合図です、行きますよ!」
 香里は仲間が攻撃に戦線出来るようにと、毒大蛇を挑発して自分に注目を集める。
「おお、一斉攻撃じゃな。待ちかねたぞ!」
 それを合図に、白蛇が残った力の全てを叩き込んだ。
 大蛇を押さえ付けていたラファルもそれを解除し、最後の攻撃に移る。
 防壁陣で攻撃を耐え抜いた香里は、最後の反撃で止めの翔閃を叩き込んだ。

「今なのですよー」
 Abhainnが皆に声をかけた。
 それを合図に、残る三人は剥がしておいた鱗の穴を狙う。
 快晴と美咲が息を合わせて十文字に斬り付け、入れ替わりに前に出た龍斗が絆・連想撃。
「連続で穿つ」
 が、まだ生き残っていた狐がその背に炎弾を撃ち放った。
 既に攻撃の体勢に入っていた龍斗は避ける事も出来ない。
 しかし。
「させないのですー」
 躊躇なく飛び出したAbhainnが両腕を広げ、庇った。
 喋り方はユルいが、行動は熱い。
「弱い私でもできること、あるんですー」
 龍斗の一撃は狙い通りに大蛇を貫き、それが致命傷となった。

 合図を待つ間、古代は英蓮に殴りかかっていた。
 ここに混乱のバステを持つ敵が出るとは聞いていないのだが――え、ご乱心じゃない? 治療?
「大丈夫か、しっかりしろ! 今治療してやるからな!」
 アウルの力を拳に込めて、ガツンと一撃。
「古代のおじ様、痛いのですよぅ」
 大丈夫、気のせいだ。多分。
 女の子に手を上げるなんてサイテー、とか言ってはいけない。
 古代が鉄拳治療に専念する間、フィルは邪魔な狐達を片付けていた。
 なるべく多くを巻き込む様に、最後に残った封砲を撃ち放つ。
 その撃ち漏らしを潰そうとスナイパーライフルを構えた夜のもとに、本陣から連絡が入った。
「来ました」
 狙撃を中止し、夜は風の大蛇に向き直る。
「タイミングを合わせますよ」
 夜の合図で、四人は一斉に襲いかかった。
 まるで良い所で攻撃の手を止められた鬱憤を晴らすかの様に。

「今です! この一撃で決めるですぅ〜!」
 鈴歌の合図で、リョウは小天使の翼を発動、更にはタウントを断続して大蛇の真っ正面に浮かび上がった。
 格好の的だが、それが狙いだ。
「お前の相手はこちらだデカブツ」
 その隙に大蛇の死角に回った仲間達が、最後の全力攻撃を叩き込む。
「行きますよ!」
 頭上高く舞い上がったシエルは、落下の勢いと共に全体重――と言っても多分そんなに重くない、多分――を乗せて、脳天を叩き割った。
 続いてゼロが闘気解放からの雷を纏った一撃を。
 インパクトの瞬間、菊の花が咲き開く様に雷の波が広がり、大蛇の自由を奪う。
 そこに鈴歌が鬼神一閃、目にも止まらぬ速さで大鎌を叩き付けた。
「所詮は獣、人の言葉も解さんだろうが――貴様はここで消えてなくなれ」
 止めはリョウの白銀の槍による一撃。
 鎌首を持ち上げて延ばしたその腹を、上から下へ一直線に切り裂いた。
「こちら対水蛇、討伐完了ですぅ〜♪」

『残り三秒、何とか出来るか!?』
「何とか――するさ」
 玲治の声に応え、サガは仲間に合図を送る。
 片方の大蛇を倒した戦場は、通常の明るさに戻っていた。
「最後の一撃、同時に行くぞ」
「闇はウチのもんだ」
 黒夜のゴーストアローに、サガのグローリアカエル、マキナはもう後の事を考える必要もないと荒死の連撃を。
 ユウもまた急降下からの漆黒の剣による怒濤の連続攻撃。
 もしこれでも威力が足りず、動けなくなったとしても――大丈夫、仲間達が決めてくれる。
 征治は最後まで温存しておいた混沌の片鱗を発動、光と闇のオーラを纏った腕で蛇の鱗に槍を突き刺した。
 その槍を避雷針の様に伝って、諏訪が放ったスターショットが大蛇の体内に吸い込まれていく――

 刹那、城を包んでいた光の幕が消えた。
『バリア解除、成功だ!』
 玲治の叫びが、遠く離れたシエルの耳にも届く。
「後は任せますよ! 皆様!」
 出来る事は全てやった。
 後は傷を癒しながら朗報を待つとしよう。


●鶴ヶ城、再び

 バリアの解除と同時に、明斗は城への侵入路上にいる敵に彗星の雨を降らせて、その進路を拓く。
「全員が突入を終えるまで、皆さんの背中は僕が守ります」
 そんな姿にちらりと不思議そうな視線を向けた忍は、遁甲の術で気配を消しつつ城の壁を駆け上がっていった。

「…ジュンちゃん」
 飛び出して言った淳紅の背を目で追って、Rehniは左手のリングにそっと手を添える。
(離れていても心は貴方と共に――どうかご無事で)
 だが、そうしていたのもほんの僅かの間。
 Rehniは瞬時に気持ちを切り替えて、天守閣に目を向ける。
 ここにゲートを開こうとしている悪魔は、何を考えているのだろう。
(遊び…果たして本当にそうなのです?)
 ゲートを開けば能力は極度に下がる。
(バリア以外に勝算が…?)
 その真意は、淳紅達が確かめてくれるだろう。
 彼等を守る為にも、狐をこれ以上城の中に入れるわけにはいかない。
 Rehniは一体の狐に審判の鎖を放ち、その動きを止めたところで盾を天槍に持ち替え、千枚通しで容赦なく刺し貫く。
 更には自らの周囲にシールゾーンを展開、そこに入り込んだものの能力を封じていった。

「城突入の人員にダメージ少ない方が良いし…ここはそのまま城突入に行く人もいそうだし…」
 智美はコンポジットボウを構えてみるが、とても天守閣までは届きそうもない。
 諦めて玉鋼の太刀に持ち帰ると、自ら八尾の群れに突っ込んで行った。
「どうせ攻撃くらうなら、接敵した方が見え難くても気配とかで何とかなる事多いし」
 水風船は既に使い切ったが、何とかなるだろう。
 それに、接近戦の方が慣れてもいる。
 攻撃系スキルを惜しまず使い、まずは数を減らす事を考えよう。
 本体はきっと、手の届く人が何とかしてくれる。

「それじゃァちょっと、剥きに行って来るわねェ♪」
 黒百合は陰陽の翼で宙に舞い上がり、壁走りで駆け上がって、九尾の元へ。
 続いてMaが光の翼でそれを追う――と、その前に。
「城の中に入るなら気を付けなさいな、狐が入り込んでるわよ」
 知り合いの江戸川 騎士(jb5439)に声をかけた。
「好きな女の子に告白をしていない状況で死ぬのは、お馬鹿さんがする事よ」
 幾ら相手が人間だって、ね。
 それだけ言うと、Maは空へと舞い上がる。が、天守閣に取り付くには高度が足りない。
 僅かに低い位置に浮いたまま、Maは九尾に銃口を向けた。
 弾幕の中、九尾の注意が黒百合とMaに向けられている事を確認した忍は、それを囮にして背後に回り込み、こっそりフルオート連射。
 黒百合は鯱の陰に隠れて銃撃を繰り返しつつ、他の者が上がって来るまで注意を引きながら待つつもりだったが、その姿を見るなり狐は容赦なく攻撃を仕掛けて来た。
 九本の尾を孔雀の様に広げ、その先端を黒百合に向ける。途端、足元の赤瓦に似た色の塊が九個、ミサイルの様に飛び出して来た。
 それは黒百合が隠れていた鯱を木っ端微塵に打ち壊し、屋根に着地したところで八尾狐に姿を変える。
 直後、九尾の姿は黒百合の目の前から消えた。
「えっ」
 いや、消えたのではない。透過で城の内部に潜ったのだ。
 内部の階段を使って天守閣を目指していた静矢と蒼姫、そして玲治のすぐ脇をすり抜けて、階下へと沈んで行く。

 九尾は城の中にすっぽりと収まってしまった。
 バリアを解除しても、今度は城の壁に阻まれて手も足も出ない。
 それを聞いた城内のアスハは、地下へ向かう途中で阻霊符を取り出した。
 九尾は恐らくすぐ真上にいる。もう一段落ちて来れば、彼等は確実に潰されるだろう。
「やはりこれを使うしかないな」
 会津盆地に広がっていた大蛇の首は既になく、本体は恐らくこの地下に収まる程度の大きさに違いない。
「一度は戦場になった場所だし、今までの報告書でも怪しむ声はあった。ならばこれまで一度も阻霊符が使われなかったという事もあるまい」
 それで何も壊れていないなら、今それを使っても問題はないという事になる。
「そやかて城が…!」
 淳紅があわあわしているが、アスハはお構いなし。
「それで九尾が倒せるなら安いものだろう」
 人命第一。壊れたものは直せば良いが、失われた命は戻らない。
 城の周囲から仲間達を遠ざけて、阻霊符オン。

 ――ずしん!

 城の中から弾き出された九尾の巨体が天守閣に降りる。
 だが城は崩れなかった。
 このまま大暴れされても無事でいられる保証はないが、今のところは何とか持ち堪えた。
「行くぞ」
 城内ゲート捜索組は、何事もなかったかの様に歩を進める。
「鬼が出るか蛇が出る、か。…あぁ、出るのは蛇、だった、わ」
 矢野 胡桃(ja2617)が小声で囁いたその声が、やけに大きく天井に響いた。
 城の地下は、普段から博物館として利用されている部分を除いて人の出入りはなく、照明設備もない。
 ただ、鏑木愛梨沙(jb3903)が灯した星の輝きのお陰で行動には殆ど支障がなかった。
 時折姿を現す八尾狐を片付けながら、一行は奥へと進んで行く。
「地下は2層作りだったな」
 途中、アスハはひとり仲間と別れ、更にその下へと進んで行った。
 そこも真っ暗だったが、ナイトビジョンで視界を確保すれば問題はない。
 明かりによって敵に存在を気付かれる心配もなかった。
 アスハは慎重に歩を進める。だが探し物は拍子抜けするほど簡単に見付かった。
 前方に見えて来た青白い光。
 あれはゲートから漏れる光ではないのか。
 その遥か手前で立ち止まり、上の階を探索中のエイルズレトラ マステリオ(ja2224)に連絡を入れた。

「わかりました。こちらには何もない様ですから、そちらが当たりですね」
 エイルズレトラは同行する者達にもその内容を告げ、全員で下の階層へと急ぐ。
 だが、アスハと合流した彼等は、その光に辿り着く前に行く手を塞がれた。
「あら。もしかして当りかしら?」
 雨野 挫斬(ja0919)が声を上げる。
 そこには精悍な顔立ちをした、身軽そうな女性が立っていた。
「私は雨野挫斬、よろしくね! 貴女の名前は?」
 気さくに話しかけた挫斬の態度に、女性は訝しげに眉を上げるが、それでも律儀に返事を寄越した。
「呂号、だ」
「記号チックでいい難いわね。ん〜、人間の頃の名前を教えてよ? ソッチで呼ぶわ」
「知らぬ」
「知らないって、自分の名前でしょ? もしかして記憶喪失?」
 その言葉に、呂号は黙って頷く。
「名前も覚えてないの?」
「あたしも記憶はないの、です」
 思わず親近感を覚えた愛梨沙と華桜りりか(jb6883)が揃って声を上げた。
「とてもこわかったの…」
 りりかはこくりと頷く。
「でも、みなさんと一緒ならこわくないの、です。あたしが貴方と一緒にいるの」
「何を馬鹿な。お前達は戦いに来たのだろう」
 こくり、りりかは再び頷く、が。
「ゲートを作られてはこまるの…こわします、です」
 でも、出来る事なら戦いたくない。
 このままゲートの作成を中断して貰えないだろうか。
「それは無理だな」
 呂号は背後に控えた中年男性を顎で指した。
「間もなく詠唱が終わる。止めたければ、そいつを倒すことだ」
 言われて、撃退士達は男を見た。
 一部の者に至ってはガン見した――特にその眼鏡を。
「せん、…章治おにーさんと同じ眼鏡なのです」
 シグリッド=リンドベリ(jb5318)は、前に回ってまじまじと見る。
 ついでに写メる。
 挫斬も一緒になって写メる――こちらは呂号と、ついでに男も。
「その眼鏡、門木先生のものと同じだな。もしかして学園関係者か?」
 ミハイル・エッカート(jb0544)が声をかけてみた。
 だが、返事はない。詠唱も止まらない。
「門木章治って先生、知らないか? 先生の眼鏡は学園支給品だろ?」
 やはり返事はない。
 詠唱をやめさせない限り、話を聞く事も、聞かせる事も、出来そうになかった。
「だったら、これで封じられないかしら?」
 愛梨沙が男の足元にシールゾーンを展開しようとするが――瞬間、呂号が動いた。
 マンツーマンのディフェンスの如くぴったりと貼り付いたエイルズレトラを振り切って、素早く間合いを詰め、その身体を蹴り飛ばす。
「邪魔はしないで貰おうか」
「どうやら交渉は決裂ですね」
 エイルズレトラが肩を竦め、首を振る。
「それじゃあ、邪魔の排除はこちらで受け持つ、わね。剣らしく、薙ぎ払う、わ」
 呂号の相手は任せたと、胡桃は青白い光の中心に向けて赤褐色を帯びたアウルの弾丸を撃ち放った。
 しかし詠唱が完了し、ゲートが開くまでは、そこはただの光る床だ。
 詠唱はまだ終わっていないし、もしゲートが開いてしまった場合には、その中に飛び込んでコアを破壊しない限り壊せない。
「あー、そう言えばそうやった…」
 どこで勘違いしたのだろうと、淳紅は頭を抱えた。
 そう、作成を阻止するなら完成前に詠唱を妨害し、中断に追い込めば良いのだ。
 とは言え。
「あの人、なんや倒したらあかん空気やしな」
 中々豪儀なステージだ。
 豪儀だが。
「楽しんで歌っていきましょうか」
 将を射んとせばまず馬を射よ、まずは外堀から埋めて行こうか。
 エイルズレトラが空蝉で攻撃をかわしまくる間に、淳紅は距離を取ってファイアワークスを放つ。
「記憶がない、ね」
 挫斬はタウントで呂号の目を惹き、その正面に飛び込んだ。
「なら帰ったら調べて次に会った時に教えてあげる。ふふ、互いが生きてたらだけどね!」
 その爪を受け止めた盾の縁が、腐蝕した様にぼろりと崩れる。
 身体に喰らえば、そこから猛毒が広がっていくのだろう。
 しかし、喰らわなければ恐ろしくも何ともない。
 側面に回り込んだミハイルが掌底で突き飛ばし、詠唱を続ける男から引き離した上で、間合いの外からPDWを撃ち込んだ。
 急所は外すが、手加減はしない。
「ここで消え去るか、降伏するか、そろそろ選べよ」
「私達に選ぶ権利などない。あるのは服従のみだ」
「そんな事はないだろう。お前みたいな美女が消え去るのは勿体無いぜ?」
 人間だったら好きになっていたかもしれない。
 何だったらデートでもどうだろうか。
「口の上手い男は好かん」
 あれま。
 これは落とし所を間違えたか。
 りりかも気が進まないながらも攻撃を加えようとして――取り出した日本人形・輝夜をぎゅっと抱き締めた。
 やっぱり、出来ない。
 この人は敵ではないと、そんな気がする。
 攻撃の代わりに、言葉を投げた。
「名前がないなら仮の名前をあたしにつけさせて下さい、です」
 ぴくり、呂号の眉が動く。
「未来と書いてミク…というのは、どうなの、です?」
「…電子歌姫か」
 ぼそり。
「え、そういうん知っとるんや?」
 淳紅が思わず驚きの声を上げた。
「何だかもう、戦う空気ではありませんね」
 エイルズレトラが声をかける。
 それに、多勢に無勢…いや、最初から勝算は、もしかしたら勝つつもりもなかったのかもしれない。
「あなた、久遠が原に来ませんか? 新しい主は学園が用意しましょう。既にシュトラッサーを招いています」
「私は死人だぞ」
 薄く笑って、呂号は首を振った。
 そして、詠唱を続ける男の肩を叩く。
「以号、もういい」
 詠唱の声が止んだ。

 その頃、天守閣の上では九尾の狐が暴れていた。
 屋根は既に半分ほど崩れ、鯱は左右共に跡形もない。
 その攻撃を空蝉でかわしつつ接近した黒百合は、得物を白銀の槍に持ち替えて顔面にアンタレスの燃えさかる劫火を撃ち込んだ。
 九尾は耳障りな悲鳴と共に尻尾を振るい、黒百合を屋根から叩き落とそうとする。
 しかし、そこに割り込んだ玲治がヘルゴートで自己強化しつつパールクラッシュを叩き付けた。
「そんなに尾っぽが多くちゃ邪魔だろうに。何本か間引いてやるぜ」
 撃ち放って来るミサイル状の八尾狐はシールドで受け流し、蹴り落とす。
 後は下の仲間が何とかしてくれるだろう。
「元を絶つのが先だ!」
「一気に燃やし尽くすのですよぅ☆」
 八尾と九尾を纏めて巻き込む様に、蒼姫がファイヤーブレイク二連発。
 その爆発の中に飛び込んだ静矢は、白皇の太刀に紫鳳凰天翔撃を乗せて放つ。
 刀身から紫の鳳凰を模したアウルが飛び立った直後、紫色の大きな鳥が九尾の身体を突き抜けていった。
 バランスを崩したところで、蒼姫と黒百合が二人がかりで天守閣から突き落とす。
 落下の間にもMaの銃撃を受け、九尾の身体は踊る様に跳ねながら落ちて行く。
 後は地上に残った者が止めを刺してくれるだろう。
「しかし、ゲートはここではなかったか」
 周囲を見渡し、静矢が呟く。
 では、どこに…やはり地下だろうか。

「あの、ゲートはこれだけ、です?」
 戦意を失った呂号に、りりかが訊ねる。
「これだけ手間が掛かってるんだ。ゲートが1つとか言わねぇよな」
 騎士が重ねて訊ねるが、返事はなかった。
 流石にそこまで言ってしまっては完全な裏切りになる。
「殺されるのは、嫌だ」
 既に死人だが、それでも。
「ってことは、あるんだな?」
 騎士は更に突っ込む。
「だよなぁ。最近、複数箇所同時出現とか流行っているみたいだしよ」
 別にゲートが完成しようが何だろうが、自分には関係ないけれど。
(普通の人間は困るだろうが、はぐれたい訳ではなくはぐれてしまった俺様にとっちゃ、人間と天魔のトラブルなんざ金と経験を稼ぐ機会が増える程度のモンだからな)
 本当だぞ。
 別にツンデレとかそういうアレじゃないからな。

 だが、そんな疑問を抱いたのは彼等だけではなかった。
「アレだけ用意しておいて…あまりにもおざなり過ぎる」
 アスハはひとり離れて周囲を見て回る。
 図面では城の地下は二層構造だが、もしかしたら。
「この下にも階層が…?」
 しかし出入口も階段も見当たらない。
 いや、悪魔なら透過で出入りが可能か。

 その傍らで、愛梨沙とシグリッドは無口な中年男に興味津々。
「ねぇ貴方ひょっとしてこの写真の人を、門木章治って名前に覚えがあるんじゃ?」
 愛梨沙が常に持ち歩いている門木の写真を見せる。
「…ああ」
「貴方、もしかしてミヤモトショウタロウ…?」
 誰でも閲覧可能なプロフィールに、確かそんな名前があった筈。
「…そうだが」
 それを聞いて、二人は顔を見合わせる。
 お礼参りの人だー!
「あの、えっと」
 どうしよう、何から話せば良いのかな。
 とりあえず元気でいる事を伝えて、お礼参りの事も――

 その時、アスハの声が聞こえた。
「悪いが、誰かこの下を見て来てくれないか」
 透過能力があれば自分で見に行くのだが、と言って、アスハは阻霊符を切る。
「それなら僕が行きましょうか」
「俺様も行ってやっても良いぞ」
 エイルズレトラと騎士が手を上げ、潜る。

「あーあ、見付かっちゃった」
 二人がそこで目にしたのは、上の階で作られていたものとは比べものにならない程の、巨大なゲートだった。
 ただし、まだ未完成――なのに、造り主はいとも簡単に詠唱を中断し、それを放棄した。
「先にゲートが完成すればボクの勝ちだったのに、意外に早かったね」
 少年は楽しそうにクスクスと笑う。
「あいつらがバラしたのかな?」
 その様子を見て、エイルズレトラは直感した。
 こいつはヤバい。
 その直後、全身に衝撃が走った。
 エイルズレトラは咄嗟にトランプマンを身代わりにしたが、騎士は避けきれなかった。
 その身体を掻っ攫う様にして、上の階層へ脱出する。
 が、アスハが阻霊符を再発動するよりも早く、少年は二人を追って来た。
「なるほど、お前が黒幕か」
 アスハは問答無用で空中に手をかざし、蒼く輝く微細な魔法弾でその身を打ち据える。
 だが、殆ど効いた様子はなかった。
 直後に反撃――漆黒の雷にも似た魔法の矢が飛んで来る。
「私の前で、それは許さない。…久しぶりの鐘の音、如何かしら?」
 胡桃が避弾でその軌道を逸らすが、その背後に隠された第二の矢がアスハを直撃した。
 着弾の瞬間それは爆発し、咄嗟に庇おうとした淳紅までもが巻き込まれる。
「シロちゃん、お願いします!」
 ストレイシオンを呼び出したシグリッドは防御効果を発動、愛梨沙は怪我をした騎士にヒールをかけつつ、ブレスシールドで守る。
 だが、少年はそれ以上の攻撃を加えるつもりはない様子だった。
「ボク強いからさ。本気でやったら、みんな死んじゃうよ?」
 くすくすと笑う。
「それじゃ面白くないから、今日は帰るね。また遊んでもらえると嬉しいな」
 そう言って、少年は配下のヴァニタスを呼んだ。
「以号、呂号、帰るよ」
 二人は素直にその命令に従った。

「死にたくない、ですか」
 立ち去ろうとする呂号の背に、淳紅が言った。
「なら、生きましょう。感情があるなら、残せる物、いっぱいあるんですよ」
 へにゃっと笑い、傷口に手を当てた。
「一緒にきませんか」
 ライトヒールの温もりが、呂号の全身に染み渡る。
 だが、主人のもとを離れたヴァニタスは死体という過去に戻るだけだ。
 そこに待つのは未来ではない。
「名前だけ、いただいておく…ありがとう」
 呂号――いや、未来は去って行った。
「ばいばーい! 次は本気で解体してあげる!」
 その背に向けて、挫斬が手を振った。



 これが本当に大がかりな「遊び」だったのか、それとも何かの仕込みだったのか、それはまだわからない。
 だが、とりあえずは町も人々も無事だった事を喜び、感謝の言葉を捧げよう。

 重要文化財は、少しばかり残念な事になった様だが――

 城は春には満開の桜に彩られる。
 その頃にはきっと、全てが元通りになっていることだろう。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:20人

新世界への扉・
只野黒子(ja0049)

高等部1年1組 女 ルインズブレイド
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
約束を刻む者・
リョウ(ja0563)

大学部8年175組 男 鬼道忍軍
高松紘輝の監視者(終身)・
雨野 挫斬(ja0919)

卒業 女 阿修羅
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
BlueFire・
マキナ(ja7016)

卒業 男 阿修羅
盾と歩む修羅・
翡翠 龍斗(ja7594)

卒業 男 阿修羅
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
起死回生の風・
フィル・アシュティン(ja9799)

大学部7年244組 女 ルインズブレイド
護楯・
龍仙 樹(jb0212)

卒業 男 ディバインナイト
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
黒夜(jb0668)

高等部1年1組 女 ナイトウォーカー
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
影に潜みて・
サガ=リーヴァレスト(jb0805)

卒業 男 ナイトウォーカー
狐っ娘(オス)・
姫路 神楽(jb0862)

高等部3年27組 男 陰陽師
慈し見守る白き母・
白蛇(jb0889)

大学部7年6組 女 バハムートテイマー
桜花絢爛・
獅堂 武(jb0906)

大学部2年159組 男 陰陽師
撃退士・
矢野 古代(jb1679)

卒業 男 インフィルトレイター
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
種子島・伝説のカマ(白)・
香奈沢 風禰(jb2286)

卒業 女 陰陽師
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
桜花の一片(ひとひら)・
樹月 夜(jb4609)

卒業 男 インフィルトレイター
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
種子島・伝説のカマ(緑)・
私市 琥珀(jb5268)

卒業 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
RockなツンデレDevil・
江戸川 騎士(jb5439)

大学部5年2組 男 ナイトウォーカー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
ハイヒールで踏んであげる・
Maha Kali Ma(jb6317)

大学部8年12組 女 アカシックレコーダー:タイプA
久遠ヶ原から愛をこめて・
シエル・ウェスト(jb6351)

卒業 女 ナイトウォーカー
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
雷閃白鳳・
支倉 英蓮(jb7524)

高等部2年11組 女 阿修羅
和風サロン『椿』女将・
木嶋香里(jb7748)

大学部2年5組 女 ルインズブレイド
Lightning Eater・
紅香 忍(jb7811)

中等部3年7組 男 鬼道忍軍
龍の眼に死角無く・
Vice=Ruiner(jb8212)

大学部5年123組 男 バハムートテイマー
誠心誠意・
緋流 美咲(jb8394)

大学部2年68組 女 ルインズブレイド
翠眼に銀の髪、揺らして・
神ヶ島 鈴歌(jb9935)

高等部2年26組 女 阿修羅
歌う天使・
Abhainn soileir(jb9953)

大学部3年1組 女 アストラルヴァンガード
こそこそ団・
秋嵐 緑(jc1162)

大学部4年291組 女 インフィルトレイター