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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/01/21


みんなの思い出



オープニング



※このシナリオは初夢シナリオです。
 オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。


 ここは風雲荘。
 キッチンではエプロン姿のブロンド美人が、慣れた手つきで包丁を動かしていた。
 その足元に纏わり付く、緑色の髪をした少年。
「母上、何を作っているのです?」
「ん? さて何だろうな?」
 母は少年に柔らかい笑みを向ける。
「教えてくれないのです?」
「当ててごらん、お前の好物だ……ナーシュ」
「母上が作ってくれるものは、全部好物なのです! 母上は、とても料理が上手なのです!」
 少年は満面の笑みを浮かべ、母親に抱き付いた。
 一見、ごく普通の仲の良い親子だ。

 だが待て。
 変だ。
 何が変かって、ナーシュ――門木章治(jz0029)は、外見年齢41歳の立派なおっさんである。
 決して永遠の10歳、ナーシュきゅんではないのだ。
 それにリュールが料理上手などという事は、天地がひっくり返っても多分ない。

 という事は、これは夢か。

 うん、夢なら仕方ない。
 仕方ないと言うか、何でもアリだ。
 リビングでは大きい方の門木がスリムなダルドフと将棋を指している。
 恐らくは何処かに、いつものデカいダルドフや、いつもの料理下手リュール、ダーク門木、その他様々なバージョンが要るのだろう。
 とりあえずここは風雲荘の様だが、ドアを開けたら時空を超えていた、などという事もあるかもしれない。

 というわけで。

 この状況を大いに楽しもう。
 普段と違う自分になっても良いし、いつも通りでも良い。
 過去に行っても未来に行っても、地球の裏側でも、天界や魔界にも行けるかもしれない。
 夢の世界なら未成年でも飲酒OKだ――ただし、誰かに怒られないという保証はないけれど。


「あ、お客様なのです!」
 玄関のドアを開けると、ナーシュが駈けて来る。

「いらっしゃいませ、今日はパーティなのですよ!」



リプレイ本文

 これは夢だ。
 揺蕩う夢魔が魅せる夢。
「夢見る勇者御一行様サマ。通行料は片道夢三時間分となりまぁーっす」
 ケラケラと笑い、黒い霧状の何かが人の形をとる。
 膝小僧丸出しの生意気そうな少年が、空中にふわりと浮いていた。
「貴様の夢は、どんな味だ?」
 幸福な儚い夢か、それとも悪夢、正夢、或いは予知夢?
「さあ、我輩に喰われるが良い」
 ここはもう、夢の世界――


 そう、これは夢だ。
 絶対に夢だ、夢以外に有り得ない。

 だって! あの! ラグナ・グラウシード(ja3538)が!

 リ ア 充 し て い る !!

 純白のスーツに身を包み、派手に真っ赤なスポーツカーで颯爽とパーティ会場に乗り付け、右手にはバラの花束を!
 車から降りると同時に、周囲のうら若き乙女達が吸い寄せられる様に群がって来た。
「やあ、少し遅れてしまいましたか?」
 ふぁさり、顔にかかる髪を優雅に払うと、真っ白い歯がキラリと光る。
「さあ、参りましょうか、お嬢さんがた」
 軽く肘を突き出すと、最も近いポジションを確保していた美女が腕を絡めて来た。
 忽ち「いやーんずるぅーい!」「あたしもぉー!」という、甘ったるい声が至るところから湧き上がる。
「ふふふ。お嬢さんがた、そう慌てなくても私は逃げたりしませんよ」
 キラッとウィンクをキメる。
「順番にお相手して差し上げますから、良い子で待っていて下さいね?」
 投げキッスなんかもしちゃったりなんかして。
「「きゃーっ!」」
 色男である。
 モッテモテのプレイボーイである。
 非リア? ぼっち? さあ、誰の事でしょう?
 リア充( ゜Д゜)<氏ね? えっそれなんのこと?
 血涙? 知らない子ですね?

 全ての設定が裏返る、このミラクル。
 これが夢でなくて何だと言うのか。
 そしてこれは、どうやら彼ひとりで見ているものではないらしい。
 ここにも、そこにも、現実とは違う姿をした者達が――


 夏木 夕乃(ja9092)は猫である。
 名前はまだ……いや、ある。
「ゆうにゃ、おいでなのですよ?」
 子供の声で呼ばれて、ゆうにゃはぴっかぴかの膝小僧に乗っかった。
「良い子なのです」
 なでなでなで。
 子供の小さな手が、頭や背中を撫でる。
 緑色の髪をした少年――ナーシュは永遠の十歳、門木の子供の頃の姿だ。
 と、その背後から伸びて来たもっと小さな手が、ゆうにゃの尻尾をぎゅっと掴んだ。
『みぎゃっ!』
 ゆうにゃはくるりと後ろを向くと、狼藉者に向かって前進の毛を逆立てて牙を剥く。
『ふしゃあぁぁっ』
「きゃっ」
 突然の威嚇に驚いた小さな手が、慌てて引っ込められた。
「ああ、ごめんなさい、なのです」
 少年は逆立った毛を鎮める様に猫の背を撫でる。
 けれど、ご機嫌を損ねたのだろうか。ゆうにゃは尻尾をブラシの様に膨らませたまま、膝から降りて何処かへ行ってしまった。
「ねこさんの尻尾は引っ張っちゃだめなのですよ、アルト」
 アルトと呼ばれた少女は鏑木愛梨沙(jb3903)、夢の中ではナーシュの妹だ。
 年の頃は四歳程度。ひらひらフリフリの真っ白なフリルドレスに身を包み、腕には首にリボンを付けたテディベアを抱えている。
 もう片方の手は兄のシャツの裾をしっかりと握っていた。
「はぁい、ナーシュにぃさま。ごめんなさいなのですぅ♪」
 反省の色が足りない気もするが、仕方がないか――まだ小さいのだから。
 甘えん坊のアルトは、お兄ちゃん大好き。
「アルトね、おっきくなったらナーシュにぃさまのおよめさんになるの!」
 と無邪気に言い放ち、兄が行く所なら何処でも一緒にくっついて行き、隙あらば――隙がなくても独り占めを狙う日々。
 しかし彼女には、強力なライバルが存在した。
「きゅぃっ」
 それは兄の肩に乗っかった、こももんが――矢野 胡桃(ja2617)である。
 こももんがはいちご三個分の大きさで、ナーシュきゅんのペットでありたいお年頃。
 好物は甘い物と、かっこいいおっさん。
「ナーシュきゅんはしょーらいゆーぼーだから、今はmgmgしないきゅぃ」
 だから代わりにスイーツちょーだい。
「ナーシュ、ナーシュ。いちご! いちご取ってきゅぃ!」
 へた?
「取らなくていいきゅぃ。へたごと食べるきゅぃ」
 こももんが、わりと豪快に雑食性だった。
 因みにサイズはいちご三個分でも、食べる量は三個より多い――ただし甘味とおっさんに限る。
「そのクッキーも美味しそうきゅぃ、あ、綿あめも欲しいきゅぃ」
 いっそテーブルに降ろして自由に食べさせた方が良いのではないだろうか。
「ここが良いきゅぃ。ナーシュの肩に乗っかって食べるのが、ちっちゃくてカワイイももんがの特権きゅぃ」
 それを聞いて、アルトがぷーっと頬を膨らませた。
「アルトのほうがカワイイもん」
 このライバルを、どうにかして引っぺがせないものか。
 四歳児は考えた。そうだ、甘いもので手懐ければ良いんだ!
「こももんがちゃん、チョコですよ〜?」
 キャンディの様に包装された一口大のチョコを、こももんがの目の前で振ってみる。
 めいっぱい背伸びしてもぎりぎり届かない、絶妙な位置だ。
「きゅぃっ」
 かかった。
「ほらほら、こっちこっちー」
「きゅぁー」
 チョコの匂いを追って、こももんがはナーシュの肩から腕を伝ってソファの背へ。
 だが、まだだ。もっと遠くへ引き離さなくては。
「ほら、ここまでおーいで〜?」
 アルトはてててっと走って、向こうで将棋を指している大きいにぃさま――ノーマル門木(ただしイケメン)の所へ行こうとして。
 すてーん!
 転んだ。
 その拍子に手の中のチョコが飛び出して、床に転がる。
「ふぇぇ……っ」
 泣きそうになっているのは、転んで膝を打ったせいか、それとも転がったチョコのせいか。
「あらあら、大丈夫?」
 そこに声をかけたのは、カノン(jb2648)だった。
 今日は淡いピンクのセーターに、彩度を落とした薄い黄色のふわふわロングスカートという、普段は滅多にお目にかかれない甘めのコーデだ。
 カノンはアルトの前にしゃがんで抱き起こし、落としたチョコをその手に握らせる。
「怪我はないようだけど、念の為にリュールさんに見てもらった方が良いかしら」
 その声に応えて、リュールがキッチンから顔を出した。
「どうした、また泣き虫アルトが鳴き出したか?」
「リュールかぁさま、アルトなきむしじゃないもん!」
 駆け寄ろうとして――また転ぶ。
 だがスパルタオカンは手を貸さない。
 怪我がないなら自力で起き上がれ――それがこの家の教育方針である様だ。
 その間に、こももんがはちゃっかり門木の肩によじ登って……mgmg。
「おいしいきゅぃ、次はあっちのだんでぃーなオジサマも味見するきゅぃ」
 こももんが、門木の肩からぴょーんと滑空し、見知らぬイケダンディの肩へ。
「きゅぃぁー」
 mgmg。
 それは何事もなく平和に歳を重ねたらこうなったであろう姿のダルドフだった。
 細身で肉が薄いところは門木に負けない程だが、これはこれで美味しいかも。
「あら、ダルドフさん、いらしてたの」
 ふわりと微笑んだカノンは物腰も柔らかく、おっとりとした口調で、何の苦労もせずに育ったお嬢様の様だ。
 一方の門木も、どうやら素直にのんびり育ったバージョンらしい。
「お茶、いれてきますね……あ、でも勝負後がいいかしら」
「それより、応援が欲しいな。お前が傍にいてくれたら、この強敵にも勝てそうな気がする」
 さすが夢、この門木は饒舌だ。
「でも、リュールさんだけに台所を任せておく訳にもいかないでしょう?」
 カノンは駄々っ子を窘める様に、門木の鼻の頭をちょんと小突く。
「今日は他にもたくさんお客様がいらっしゃるし、私も頑張らないと」
「あ、じゃあ俺も……」
「いいから、座ってて。お父さんと勝負するのも久しぶりでしょう?」
 どうやらこの世界では、門木とダルドフは実の親子であるらしい。
 キッチンへ歩きかけたカノンは、ふいに立ち止まり――
「そうだわ、お茶菓子も用意しないと。門木先生、何か希望はある?」
「おにぎり」
 即答だった。
 以前作ったものが余程気に入ったのだろう。
 それをお茶菓子とは言わない気もするが――
「うん。待っててね、すぐに出来るから」
 やばい、笑顔が眩しすぎる。


 その間にも、お客はどんどん増える。
「あけましておめでとうございます!」
 ばーんと飛び込んで来たのは、大天使タマモエル。
 外見年齢は25歳ほど、しかしその年齢には似つかわしくない老成した空気を身に纏うのは、やはり大天使であるが故か――という設定を考えてみたのだが。
「落ち着いた雰囲気で行こうと思ったけど、私にはちょっと難しいみたい!」
 中身はやっぱり、いつもの草薙 タマモ(jb4234)だった。
 でも良いの、今日は気分だけでもタマモエルなの。
「今日は人間界のお正月なるものを満喫しに来たよ!」
 正月イコール炬燵でお餅、つまりお雑煮が食べたいタマモエル。
「久遠ヶ原学園だと、おすましにお餅になるのかなぁ。でも、タマモエルはお味噌汁にお餅バージョンを食べてみたい!」
 え、自分で作れ?
「タマモエルは料理だって上手に出来るよ! だけど、お正月は働いちゃいけないって、偉い人が言ってた!」
 働いちゃいけないから、前もってお節料理を作るんだよね?
 でも働かないとホカホカのお雑煮は作れないわけで……なんか矛盾してませんか、これ。
「仕方ないから自分で作る!」
 餅は丸餅で、人参、大根、里芋を入れて白味噌仕立ての京風に。
 地方によっては餅の中に小豆餡が入ったものもあるそうだけど――


「あ、良い匂い……」
 くんくん、くんくん。
 味噌の香りに、天宮 佳槻(jb1989)は思わず鼻を鳴らす。
 ついでにお腹も鳴った。
 それにしても、何かが変だ。周りの人達が大きく見える気がする。
 正月だからって、悪乗りした誰かに酒を呑まされるか何かして、酔ったのだろうか。
 いや、違う。
(自分が小さくなってる……?)
 傍にあった鏡を見る。
 プックリした頬、大きな目。これは記憶にある四、五歳頃の姿だ。
 服もちゃんとぴったりサイズで、違和感もない。
(…そうか、夢か)
 それなら、これまでの半生に思っても出来なかった「子供の我が儘」を思い切りやろう。
 まずはキッチンに突撃!
「ねえねえ、それちょーだい!」
 熱々の漕がしキャラメルがたっぷりかかった、出来たばかりのポップコーンを独り占め。
「いただきま――っつい!」
 熱さに驚いた勢いで全てを床にぶちまけ、逃げて行く。
 テーブルの料理を勝手に摘み食いしていると、同じくらいの年頃の少年が手を伸ばして来た。
「なんだよ、ぼくがとろうとしたのに!」
「ふむ。ではここは貴様に譲ろう。我輩は残り物で良い」
 妙に偉そうで大人びた口をきく少年だ。
「へんなやつー」
 そう言いながら、佳槻は大きな唐揚げをひょいぱく。
 その残りを、少年が――食べた。皿ごと。ばりむしゃぁ。
 しかし佳槻は驚かなかった。
 だってこれは夢だもん、夢ならどんなヤツがいたっておかしくないよね。
 というわけで、悪戯小僧が二人に増えた。
 二人はごちそうを掻っ攫って逃げようとした、ゆうにゃを追いかける。
「もふもふ、まてー!」
「貴様を喰らうが、待たなくてもいいぞ」
 少年は黒い霧状に変身すると、ゆうにゃを包み込み――消えた。
 ゆうにゃも、霧も、勿論少年も、跡形もなく。
 でも、きっとみんな無事に決まってる。
 だって夢だもの。
 佳槻は次に自分と同じくらいの年頃に見える、アルトにターゲットロックオン。
 手を伸ばそうとしていたお菓子の籠をひょいと取り上げてみた。
「これぜんぶ、ぼくんだぞ!」
 頭上に掲げたままソファの背に飛び乗って、上からお菓子の雨を降らせる。
「おにはーそと! ふくはーうち!」
 それ、まだちょっと早いんじゃないですかね?
 お菓子をまき終わったら、次は将棋盤の上に飛び降りる!
 将棋の駒が飛び散って、勝負は台無し。怒られるかと思ったら――
「良いぞ、良くやった!」
 あれ、なんか褒められてる?
 ああそうか、負けてたんだね門木せんせー。
 しかし勝っていた筈のダルドフも、にこにこと笑っている。
 この家の男達は、総じて子供には甘い様だ――が、女性は違う。
「どうやら、躾のなっていない子猿が紛れ込んでいる様だな?」
 悪戯小僧にガンを飛ばすリュールさん。
 それだけで、空気中の水分が全て凍り付き、鋭い槍となって全身に突き刺さる様な恐怖を感じる。
 本気で怖い。嘘泣きで誤魔化せるレベルではなかった。
「うぎゃあぁぁん!」
 佳槻、マジ泣き。
 しかし、そこに思わぬ助っ人が現れた。
「子供が元気なのは、イイコトだろ?」
 颯爽と現れたヒーロー、それは神谷春樹(jb7335)――初等部二年、或いは三年生程度、つまり学園に編入してから、それほど経っていない頃の姿だ。
 あの頃の彼は、英雄願望が強いやんちゃ坊主だった。
 そう、丁度こんな感じの。
「泣くなボウズ、確かにホメられた事じゃないが……」
 春樹は泣きじゃくる佳槻の頭を撫でながら、びしっとリュールを指差した。
「オトナには、これくらいのイタズラ笑って見逃すくらいのドリョウってものが必要なんじゃないのかい?」
 怖い物知らずである。
 だが、それが良かったのだろうか。
 リュールは毒気を抜かれた様に肩を竦め、キッチンへ戻って行った。
「自分で散らかしたものは片付けておけよ」
 と、それだけを言い残して。
「……ごめんなさい」
 床に散らばったものを一緒に片付けながら、佳槻がぽつり。
「うん、ちゃんと謝れたな。エライぞ!」
 春樹はその頭を思いっきり撫でた。
「これ終わったら、一緒に遊ぼうな」
「うん!」
 佳槻は嬉しそうに頷く。
 目覚めたら自己嫌悪に陥りそうな情けなさだが、いいじゃないか、夢なんだから。
 と、その目の前をお魚くわえたドラネコ――ゆうにゃが走り抜けて行く。
 ほらね、やっぱり無事だった。


 裸足の主婦に追っかけられたゆうにゃが、家の周りをグルグル回ってバターになりかけた頃。
「遅いっ、待たせるなんて論外でさ!」
 玄関先にででーんと仁王立ちした黒セーラー姿の秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)は、漸く現れた学ラン武装の百目鬼 揺籠(jb8361)に指を突き付ける。
 双方共に思春期反抗期真っ只中の、つんでれーしょん中学生。
 色々と拗らせた、扱いにくいことにかけてはラスボス級の生物である。
「っせーな、待ち合わせには少し遅れて行くのがカッコイイんだよ」
「何それバッカじゃねぇですかぃ?」
 これだから男子は。
「揺籠は相変わらずちみっこいですねぇ、背丈がちみっこいなら、せめて中身はどーんとでっかくなきゃいけやせんぜ」
 カッコイイとかカッコワルイとか、はん、小さい小さい、ミジンコ級だね!
「なんだよ乱暴オトコオンナ、だいたい身長とかそんな言うほど変わんねぇじゃん」
「ちがいますー、ほーらこんなに違いますー」
 紫苑はわざわざ揺籠にぴったりくっついて、背比べ。
 この年頃の子供達は総じて女子の方が発育が良い上に、揺籠の身長はクラスでも前から数えた方が早いくらいだ。
「こんなの、すぐに追い付いて見せんだかんな!」
 揺籠くんの成長期にご期待下さい。
「ふんだ目つきえろ男! お前のことなんか大っきらいでさ!」
 あっかんべー。
 と、その時。
「こぉら紫苑!」
 どーんと雷が落ちた。
「その様な言葉、大切な友に向かって軽々しく口にするものではあるまい!」
 でっかい方の、つまりはいつも通りのダルドフ登場。
「べっ、べつに大切とか、そんなんじゃねぇですし、こんなやつ」
「紫苑」
 低い声で静かに名を呼ばれ、紫苑は思わず亀の様に首を引っ込めた。
 流石のつんでれーしょんも、お父さんには弱いらしい。
「ぬしが揺籠を気にかけておる事なぞ、とうにお見通しぞ」
「…何言ってんですかぃ、気にしてなんてねぇもん…お父さんのえっち!」
 ふいっと目を逸らし、もう一度あっかんべーをすると、紫苑はさっさと家の中へ駆け込んでしまった。
 それを見送り、苦笑いを浮かべて振り向いたダルドフに、揺籠は軽く会釈する――が、目は合わせない。
「口の悪い娘ですまんのぅ」
「まったくでさ、もう少し大人しくしてたら可愛いのに」
 頭を撫でようとした手をするりと避けて、揺籠は玄関へ。
「……泣いてねぇよ畜生」
 袖口で顔を擦ってから、中に入る。
「お邪魔しまっス」
 目つきも口も悪いし、無愛想でワルぶってはいるが、挨拶はきちんと出来る子だった。
 多分、道で困っている人を見かけた時も無愛想にツンツン接するのだろう……だって人助けとか恥ずかしいから。
 テーブルの上には、おせちの重箱が所狭しと並んでいた。
 紫苑は早速、小皿に料理を取り分け始める。
「皆の分も、俺が取りまさ」
「紫苑、ぬしに任せておくと好きなものばかり――」
「もうっ子供じゃねーんですぜ!? 一人でできますよっ!」
 つーん! 余計な手出しは断固拒否。
「ちゃんと嫌いなものだって取ってますし!」
「それ、俺の皿じゃん」
 嫌いなものは全部、揺籠に押し付けようという魂胆か。
「俺の嫌いなもん、揺籠は好きじゃねぇですか」
 問題ない、問題ない。
「お皿、貸して」
 多分、お父さんが一番好き嫌いが激しいって言うか。
「っお酒とつまみばっかりとるのやめなせぇ! 野菜! 魚! ちゃんと食べて! 長生きできやせんよ!」
「は、はい……っ」
 女房にも娘にも頭が上がらない、お父さん。
(なんかほのぼの親子だよな)
 親子って、こういうものなんだろうか。
 ちょっと羨ましい、かも。
(でも、ここに来ると俺にも弟が出来るんだ。……っと、今日は妹も一緒か)
 揺籠の姿を見付けたナーシュが、手を振りながら駆けてくる。
「ゆりかごのお兄さん、いらっしゃいなのです」
「ですぅ」
「ん、相変わらず元気そうだな」
 二人の頭を撫でて、お年玉代わりの金平糖を。
「ありがとう、なのです。金平糖、可愛くてキラキラで、ナーシュも大好きなのです」
「ケンカしないで仲良く食べるんだぞ?」
「「はーい!」」
 親のいない揺籠にとっては、賑やかな新年を迎えるのは珍しい事。
 でも、こういうのも悪くない――


「なんか前にもこんなことがあったような…」
 麻生 遊夜(ja1838)は妙なデジャブ感に襲われつつ、いつものメンバーと酒盛りの最中だった。
「まぁ良いか…酒もタバコも美味いしな」
 良い気持ちでツマミを銜える。
 既に相当出来上がっているご様子だ。
「何だか知らないけど…チャンスな予感」
 キラリ、来崎 麻夜(jb0905)の目が光る。
「ん…今なら、いける気がする」
 こくり、ヒビキ・ユーヤ(jb9420)が頷いた。
 何やら二人で悪巧みをしている様子――なのは、多分いつもと変わらない。
 いつもと違うのは、普段は使えない「酔わせて落とす」という手法が使える事だ。
「お酒飲める歳じゃないけど…良いよね?」
 麻夜が謎のカメラ目線を送って来るが、大丈夫、ここでは年齢なんてただの飾りだ。
 そんなわけで、ちびちびと舐める様に飲みながら先輩にどんどんお酌するよ!
 逃がさない様に両側から二人で挟んで、と言うか密着して、呑み放題に食べ放題。
「酔って貰わないと困るからね、色んな意味で」
「大丈夫、酔わせたから…」
 クスクス。
「これも、美味しいよ?」
 だが遊夜は全く気付いていない。
「で、何だっけか? 二人して、大事な話がどうとか…?」
 かくりと首を傾げた遊夜に、二人は顔を見合わせる。
「「ん、実はね…」」
 声を合わせて、せーの。
「ボク達なんと、『魔界』のお姫様だったんだよ!」
「私達なんと、『天界』の、お姫様だったの!」
 どーん!
 衝撃の事実に声も出ない遊夜――かと思ったら。
「なるほど、すごいなー」
 ふらっふらしながら、へらっへら笑っている。
「…で?」
 それがどうかしたのかと、不思議そうな顔で二人を見る。
「…あれ? 驚いてくれないの?」
 せっかく(庇って欲しくて黙認してた)暗殺者とかに狙われてる理由が判明したのにー!
「むぅ…反応が、鈍い」
 せっかく(親に認めさせる為に嗾けてた)映画が作れそうな陰謀や抗争の理由が判明したのに!
 飲ませすぎて、判断力まで奪ってしまったのだろうか。
 しかし、そうではなかった。
「はぁ…別に今までと変わらんのなら、俺に言うことはないぞ?」
 この世界では、彼等は幼馴染。
 理由が何だろうと正体が何だろうと、それは変わらない。
 二人に対する態度や接し方が変わるわけでも――
「そこは変えよう?」
「ん、そこは、変えるべき」
 両側から二人が迫る。
「そう…じゃあ、もう我慢しなくて良いよね?」
 麻夜が夢でしか有り得ない様な、妖艶な雰囲気を醸し出しながら詰め寄る。
「ん、理解した…踏み込んでも、大丈夫」
 ユーヤは怪しげに誘うような雰囲気で追い詰め、体全体で抱きすくめた。
「だから…ね?」
「さぁ、おいで?」
 両手に花、まさしくリア充の中のリア充である。
 それを見ていたラグナさん、にこやかに爽やかに、惜しみない拍手を贈る。
「いやぁ、お幸せそうで何よりです。見ているこちらまで、幸福のお裾分けを頂きましたよ」
 どうか末永くお幸せに。
 爆発しろなんて言わないよ?
 リア充必滅なんて、一体誰がそんな酷い事を。
「…は?」
 しかし、両側からチューの嵐に見舞われた遊夜は、いっぺんに酔いが醒めた様子で青ざめた。
 こんな所を婚約者に見られたら――!
(このままでは拙い…逃げなければ!)
 二人を強引に振り解き、立ち上がった遊夜はドアに向かって走る。
「この扉がどこへ繋がっていたとしても……!」
 ここよりは多分、マシな筈、だと、思いたい!
「絶対に、逃がさないもの」
 クスクス。
「大丈夫、離さないから」
 クスクス。
 追いすがる二人と共に、遊夜はドアの向こうへと消えた。
 後に判明した所によると、そこは一夫多妻のハーレム天国だったとか――


 もう一組、何処か「ここではない世界」に飛ばされた者達がいる様だ。
 それは神谷 愛莉(jb5345)の一言から始まった。
「お料理教室の約束があるから家に早く帰らないと!」
 今日は12月30日、お料理教室第3回の約束があるのです――と、愛莉は言うけれど。
 そんな約束あったっけ?
「って言うかエリ、まだお料理の修行中じゃ……?」
 礼野 明日夢(jb5590)が首を傾げる。
 誰かに教えられるほど、上手くなかった筈なんだけど。
 そんな事を思いつつ、首を傾げながら……でも愛莉の勢いに負けて流されるのは、いつもの事。
 何故か一緒にいた礼野 智美(ja3600)と三人で、何処かの集合住宅の玄関を開ける。
 と、そこは――
「……あれ? 学園周辺ってこんな……でも見覚えある地理だし……」
 きょろきょろと辺りを見回す明日夢。
 見覚えはあるが、何かが違う。
 第一、道行く人達が皆ファンタジーのコスプレの様な服を着て――
「えっ、ボクも!?」
 エリも、姉の智美も……いや、違う。
「父上?」
 なんかキャラ変わってる。
 なのに本人は代わった自覚もなさそうで、すっかり「父上」が板に付いている。
 そう言えば、自分もずっとこの世界で生きていた様な気が……?
「うん、ここはボクの家だ」
 宿屋、止まり木。
「…間に合ったですの」
 大丈夫、約束の彼はまだ来ていない。
 明日夢、いやアスラの父は既に奥の部屋で、もう一人の養い親と共にお節料理の準備にかかっていた。
「自宅じゃ大晦日は忙しすぎるから前日に仕上げてるし…あ、こっちは泊り客用にお重に詰める関係上かぁ…」
 一方のエリは、早速お料理教室の準備にかかる。
「アシュも手伝って!」
 今回の、と言うか、いつもの生徒である「彼」の髪の様な金色の栗金団を作るのだ。
 以前クリスマスに少量作って「物凄く甘い金色のお菓子」を色々おすそ分けしたら気に入ってくれたようなので、今度は自分で作れるように……との配慮だった。
 おでんもガトーショコラも無事に出来たのだ、今の彼なら栗金団くらいは楽勝だろう。
「きっと、お家でも練習してると思いますの」
 という事で。
「はい、約束の御節料理の栗金団を作ります」
 例の「彼」は、相変わらずのニコニコ顔で先生の指示を待っていた。
 まずは下拵えとして、砕いた梔子の実を布に包んで水に付けた色水を作っておく。
 サツマイモは形の良い物を選んだから、ピーラーで皮が剥けるだろう。
「包丁が上手く使えなくても大丈夫ですの」
 輪切りにした芋を色水に入れて茹で、熱いうちに裏ごしして。
 そこに栗の甘露煮の汁と砂糖、先程の茹で汁を入れて、好みの甘さに。
 前に作ったものは芋の半量の砂糖を使ったのだが、彼の場合はもっと甘くした方が良いだろうか。
 砂糖が溶けたら練り上げて、途中で栗の甘露煮を入れて。
 後は火を通せば出来上がりだ。
「火が使えたら簡単ですの」
 焦がさないように、それだけ気を付ければ大丈夫。
 帰りにはお土産を持たせて――
「パパとお父様が作ったお節のお重ですの」
 家族で食べてね!


 カナリア=ココア(jb7592)は人の言葉が喋れるオコジョである。
 ただし、その声は「契約者」であるリコ・ロゼにしか聞こえず、他の者にとってはごく普通の、ただのオコジョである。
 まあ、人の頭に乗っかって嬉しそうにお菓子を頬張るオコジョは、どう見ても普通ではないけれど。
 しかし、その隠された能力に比べれば、少しばかり行動が変わっていたとしても、それは普通なのだ。
「カナりんは、リコのトモダチなんだよっ♪」
 その能力を知られるわけにはいかない。
 秘密が暴かれる時、契約者の首が飛ぶ――そう、リコはカナりんと契約した魔法少女なのだ。
「ねえねえ、向こうで面白そうなことやってるよ! リコ達も見に行こうよ!」
 リコが指差したのは――
 もふもふ黒猫魔道士vsはーどぼいるど。
『わけがわからないよ』
 黒猫魔道士カーディス=キャットフィールド(ja7927)は、レベル10猫魔法を使った!
「皆さんを恐怖のずんどこに叩き落とすですにゃ!」
 通りすがりのはーどぼいるど、ミハイル・エッカート(jb0544)にヒット!
「にゃっはー! 世界を猫色に染めてやるにゃー!」

 ミハイルは猫耳が生えた!
 猫尻尾が生えた!
 ピーマンが大好物になった!
 素早さが5上がった!
 知性が20下がった!
 スキル「猫なで声」を覚えた!

「おま、何を……っ!?」
 ぴこん。
 頭に黒い三角の耳、その下には人間の耳も健在だ。
 スラックスに穴を開けて勝手に伸びた黒くて長い尻尾は二股に分かれ、先端部だけが白い。
 耳も尻尾も、自由自在に動かせる。
 ほぼ人型の猫又ミハイル、誕生の瞬間だった。
「面白い……いやいや、そんなこと言ってる場合じゃない」
 猫魔法のせいで、渋いダークスーツはにゃんにゃん猫模様、ネクタイは細かい肉球柄に、タイピンは猫の手を模したふわふわ仕様。
「まさか下着も!?」
 ズボンの中を覗くと、暗がりに猫の目が光った。
 どうやら蛍光塗料でプリントされているらしい――そして多分、後ろには穴が空いている。
「元に戻せよ、この猫野郎!」
 尻に穴って……これじゃまるで、誘ってるみたいじゃないか!
 慌てて黒猫魔道士に掴みかかる猫又ミハイル。
 だがしかし。
「にゃっはっはー! みにゃいるさんの弱点はお見通しですにゃ!」
 その猫耳と尻尾の付け根、弱点なんでしょう?
「そーれ、こしょこしょの刑ですにゃ!」
 こしょこしょこしょー!
「よ、よせっ、やめろって……っ、ぁっ、ゃんっ」
 ひくん、ひくん。ごろごろにゃん。
 反撃しようにも力が入らない。
「それ以上……触るな、うぁ、撃つぞっ」
 しかし、必死の思いで取り出した銃はネコジャラシになっていた!
 もうだめだ、弄り倒される未来しか見えない!
(まずい、ダーク門木にこんな姿見られたら何されるか分からん……!)
 しかし。
 猫魔法は広範囲を対象とした無差別攻撃。
 通りすがりの門木達(ノーマル、ダーク、ナーシュ)も、その餌食となっていたのだ。
 おまけに彼等にはレベル11はれんち猫魔法の追加効果が!

 門木達は猫耳が生えた!
 猫尻尾が生えた!
 はれんち度が100上がった!
 具体的にどういう事かと言えば……
 上着が肌に密着した穴だらけのタンクトップになった!
 下半身の装備がホットパンツになった!

「なん、だと……っ!?」
 ミハイルは見てしまった。
 見てはいけないものを見てしまった。
 ナーシュきゅんは良い、ズボンの丈が如何に短くとも、寧ろ短い方が一部の層には歓迎されることだろう。
 だがしかし、ノーマルとダークはただの視覚的暴力だ。
 無駄毛は処理してないし、身体は貧弱だし。
 因みにイケメン門木はちゃんと処理している模様、だが貧弱なのは変わりない。
「露出を高めるなら、せめてこの程度には鍛えてからにして貰おうか!」
 ミハイルが諸肌を脱ぐ。
 しかしそれは致命的な判断ミスだった。
『ダーク触手さん、耳と尻尾に攻撃GO!』
 何処か別の世界から、謎の指令が!
 逃げるミハイル、しかし回り込まれてしまった!
「みにゃいるさん、助太刀いたしますにゃ!」
 黒猫魔道士は肉球ステッキで門木達をこしょこしょこしょ……!
 それを見ていた大天使タマモエル、参戦!
「おっ? お前は、門木(各種)!」
 ここで会ったが何年目かは忘れたけれど!
「お前に罪がないのはわかってる。わかっているけど、私の大事なアイテムが突然変異しちゃって、もう、どうしてくれんのよー!」
 と、この想い、ぶつけてみたいけど我慢しておこう。
 お正月だしね。
 それにもう、既にわりと酷い目に遭ってるし。
 寧ろこれは助けに入った方が良いのかも?
 しかし、事態はますますカオスの度合いを増して行く。
「すごーい、おもしろーい!」
 リコ、いきまーす!
 カナりんと合体して、魔法少女に変身だ!
 因みに変身プロセスは企業秘密ですので、お見せ出来ません。
 白いヴェールで隠された不思議な空間で変身を終え、魔法少女カナリコ・ロゼここに誕生!
「もう何も怖くないよっ!」
 因みに身長160cmのスリーサイズは95・55・80なトランジスタグラマーである。
 ピンクのツインテが更に赤味を増し、ヒラヒラのミニスカの下はパンツじゃないから恥ずかしくない、身体の周囲を取り囲むオブジェは包帯型のバリアだ。
「で、何するんだっけ?」
 悪い人を倒せば良いの?
「うん、わかった! カナリコがんばる!」
 その間にも黒猫魔道士や猫又ミハイルの装備が次々にくず鉄と化して行く。
 それを追っかけて夢中でじゃれつくゆうにゃ。
 更にはSAN値直葬させる程度には色んなものが組み合わさった黒い霧状の何かが、残りのくず鉄を呑み込んでいった。
 これはもう、タマモエルの手に負えるものではない。
 こうして、カオスが拡大再生産されていくのでありました。


「向こうは賑やかなのですねー」
 もっふもっふ。
 シグリッド=リンドベリ(jb5318)は、マイペースに平常運転だった。
 いつものノーマル、イケメンじゃない方の門木をもっふる。
 猫魔法の余波を受けて、その頭には猫耳が生えていた。
 膝の上には、ゆうにゃがちゃっかり座っている。
「あれ、このねこさん向こうにも……」
 いる。相変わらずくず鉄を追っかけ回している。
 ついでにTVでやってる映画にも出ている。
 ビルより大きな体でのっしのっしと歩き、\ニャ王〜ん/と鳴いている。
 タイトルは「猫キング」というらしい。
 そして、そのTVの上に浮かんでいるのが――
「いや〜暇だ、実に暇だ」
 膝小僧ぴかぴかの少年が、おやつ代わりのくず鉄を囓っている。
「あんのうん、さん?」
「おお、よく我輩と判ったな」
 シグリッドの問いかけに、少年――Unknown(jb7615)はニヤリと笑う。
「だって、くず鉄を食べるなんて他にいないのですよ…?」
 それもそうかと笑って、Unknownはゆらりとその姿を変えた。
『やっぱ楽でいいなぁーこの貌』
 霧状になって、気ままに漂う。
 だって別に誰も驚かないし、良いよね別にこのままの姿でいても。
 此処では何も壊さなくても、喰らわなくても、しなくても、満たされていて、シアワセだ。
 気ままに漂って行ったUnknownを見送るシグリッドもシアワセそうだ。
「せんせーだいすきですー!」
 はぐっ! もふっ!
 いつもは遠慮してるけど(本人談)、夢なら先生を独り占めしても問題ないよね!
「今日は良いお天気なのです、縁側でひなたぼっこしながらお茶しませんか?」
 その言葉に、ゆうにゃが反応した。
 真っ先に縁側に駆け寄り、一番あったかいのはココにゃ、とばかりにでーんと寝そべる。
 居心地の良い場所を探す猫のセンサーに間違いはなかった。
 その場所に座布団を敷いて、お茶とお菓子を運んで。
「せんせーどら焼きはお好きですか」
「……うん」
「そうだと思ったのですよー」
 にっこり笑って、はい、あーん?
 普通の粒あんに、栗どら焼き、ホイップクリームと粒あんのダブル、抹茶味にカフェオレ、チョコクリーム……
「色々あったので、一通り全部買ってきたのです」
 はんぶんこして食べましょうねー♪
 食べ終わったら、ゆうにゃとのんびり遊びつつ、まったりと。
 いつの間にか近所の野良猫たちも集まって、辺りはもふもふ猫だらけ。
「いいなあ…ねこさんかわいいのです、ぼくもいつか飼いたいなぁ」
 そして、いつか――
「親子といわれないように、ぼくはかっこよくなりたいのです…!」
 なでなでもふもふはぐはぐぎゅーっ。
 そこ、無理とか言わないであげて……!(画面の奥に向かって)


「ん? 少し眠ってしまっていたか…」
 リビングの片隅。
 ソファに座ったゼロ=シュバイツァー(jb7501)は、気怠げに伸びをしながら立ち上がった。
 真っ直ぐな黒髪を長く伸ばし、金モールで飾られた貴族風の衣装を身に付けている。
 それは、彼がまだ魔界にいた頃の姿だった。
 いや、姿だけではない。意識もまた、その頃まで巻き戻っている様だ。
 今日もどうせ、お決まりの馴れ合いパーティだろうと、ゼロは醒めた目で周囲を見る。
「ふぅ…いつもいつもつまらない付き合いばかり…まだ戦場の方が気が紛れるんだが…」
 ああ、面倒臭い。
 いっそ会場ごと吹き飛ばしてしまおうか。
 そんな事を考えていると、どこかで見覚えがある様な少女に声をかけられた。
 いや、今日の彼女――華桜りりか(jb6883)を、少女とは呼ばないか。
 ショールの下から見上げる視線は、いつもより10cmほど高い。
 桜色を基調にしたカジュアルドレスの、少し広めに開いた胸元から覗く谷間は、普段よりも深い、らしい。
「せっかくだから楽しまないともったいないの…」
 今日は少し大人の雰囲気で。
「ふふ…お酒は如何、です?」
 差し出されたグラスには、氷と共に琥珀色の液体が揺れていた。
「これはどうも、お嬢さん」
 現実ではまだ酒を飲めない年齢だが、ここは夢の中。
 りりかもカクテルグラスを手に取って、ピンク色の液体を喉に流し込んだ。
「んむ、大人のお付き合いなの…」
 酒の肴は勿論チョコ、そして各種のナッツ。
 足を組んで座ったりりかは、大人のトークを頑張りながら、ゼロのグラスに酒を注ぐ。
 あと、こんな時にはどうすれば良いんだっけ。
 そうそう、ダンスに誘うのも大人の嗜みですよね。
 丁度良い具合にワルツの音楽が流れて来る所はさすが夢。
「しゃる、うぃ、だんす…?」
「喜んで、お相手させて頂きますよ」
 差し出された手をとって、ゼロは立ち上がる。
 どうやら、これはいつものパーティとは違う様だ。
「…ふむ。毎回こんな感じならば俺も楽しいのだがな」
 ゼロが知るパーティとは、権謀術数渦巻く駆け引きの場。
 コネを作り、顔を売り、陰謀の種を仕込む為の単なる茶番だ。
 しかし、ここでは物事が全て単純で、楽しく――何より、皆の笑い声に陰りがない。
「パーティとは本来、こうしたもの……だったな」
 諦めていた何かを、思い出した気がする。
 ダンスが楽しいと感じたのも、随分と久しぶりだった。


「ここは、どこでしょう……」
 ユウ(jb5639)の意識もまた、はぐれる前の時間まで逆戻りしていた。
 この天魔と人間が共に楽しんでいる空間は、その目には何とも異様なものに映る。
 こんなもの、現実である筈がない。
 だとすれば、夢か。
「……しかし、この空間は一体?」
 何故こんな夢を見ているのだろう。
「まさか、私の願望? ふふ、だとしたら滑稽ですね」
 乾いた笑みが頬を引き攣らせる。
 その後ろに、誰かの気配を感じた。
「どうやらパーティに参加させて頂ける様ですね」
 見れば、同じ悪魔族の様だ。
 赤いマフラーを首に巻いた少女は、パウリーネ(jb8709)の過去の姿。
 現実よりも、顔立ちは僅かに幼いだろうか。
「正直、暇だったんですよ。今日は仕事が無いので…」
 仕事というのは――まあ、ご想像にお任せしようか。
「このままだと上司を爆殺しに出向く所でした。ええ」
 普段のユウなら、この辺りで自分から声をかけている所だろう。
 だが今日の彼女は寡黙であり、観察者に徹している。
 そこに、緑色の髪をした少年が顔を出した。
「いらっしゃいませ、なのです」
 ここの家の子だろうか。
「えっと、お姉さんのお名前は何というのですか?」
「ん? …名前ですか? 私の?」
 少年はこくりと頷き、期待の眼差しで見上げる。
「お土産に、みんなの名前を書いたクッキーを配るのです。だから、教えてほしいのです」
「ああ、なるほど……なら『パウリーネ』とでも呼んでください」
 ふと頭の隅に浮かんだ名前。
 本名ではないし、それを明かすつもりもないけれど。
「理由は不明ですが…そういう気分なんですよ」
 こくりと頷いた少年は、今度はユウに視線を向ける。
「お姉さんも、教えてほしいのです」
 しかしユウは黙って首を振った。
 馴れ合うつもりはないし、ましてや相手は天使だ。
 しょんぼりと肩を落とす少年に、パウリーネが声をかける。
「まあ、人それぞれ事情があるものですよ。寧ろ私は貴方の話が聞きたいのですが」
「ナーシュは、ナーシュなのです」
「アルトなのぉ♪」
 後ろにくっついていた小さな女の子が、ひょっこり顔を出した。
 もう一人(一匹?)、肩に乗せた小さな相棒の紹介も忘れてはいけない。
「この子は、こももんがなのです」
「きゅぃっ」
 二人の天使は相手が悪魔である事も意に介さない様子で、両側からパウリーネの手をとって、リビングへ引っ張って行く。
「ごちそう、いっぱいなのですよ!」
「かぁさまがつくったの〜」
 春樹の隣に座ったパウリーネは、さっそく歓迎のおもてなしを受けた。
「遠慮しないで、いっぱい食べろよ! ほら、ココがいっちばんウマいんだ!」
 しかし、大きな肉の塊を取り分けた春樹に、パウリーネは冷静なツッコミを入れる。
「良いのですか、貴方の口中では唾液の分泌が激しすぎる為に、処理が追い付いていない様子ですが」
 つまり、ヨダレ垂れてるよ、って事だ。
「い、いいんだよ! 俺はコーハでオトナな男なんだからな!」
 美味しいものは女性に譲るのが紳士というものだ。
 じゅるーり。
「でしたら、私は肉よりケーキの方が」
「えっ、そうなの?」
 じゃあこの肉は食べて良いかな?
 代わりにこっちのケーキあげるね、こっちもちょっと名残惜しいけど!
 皿を交換する時に、互いの手が重なるのはお約束。
 大人にとっては別に何と言う事もないが、子供とってはうっかり唇が重なったのと同じくらいの一大事だ。
 春樹は耳まで真っ赤になって――
「恥ずかしがってなんかない! コウハな男は女にウツツを抜かさないんだよ」
 はいはい、わかりましたー(にやにや
 その隣では、佳槻がダルドフの身体をオモチャにして遊んでいる。
 肩によじ登ったり、腕にぶら下がってみたり、ぶん回されてみたり。
 脇に座った紫苑は、お父さんを取られた様で……ちょっと面白くない感じ?
「ヤキモチやいてんの、やっぱガキだな」
「そんなんじゃねぇし!」
 ニヤリと笑った揺籠に、紫苑がつっかかる。
 つんでれーしょん中学生うぉーず再発の危機だが……多分ここは、お父さんが丸く収めてくれるだろう。
 そんな賑やかな様子を遠くから眺めていたユウの胸が、じんわりと暖かくなってくる。
 こんな世界が本当にあるのだろうか。
 いや、そんな筈はない。
 これは悪夢だ、こうしてありもしない理想を見せて、自分の心を弱らせようとする罠だ。
 だが頭でいくら否定しても、心は目の前の光景に惹かれていく。
 立ち去る事も出来ずに、ユウはただ見守っていた。
 モテ男ラグナの言葉巧みなお誘いにも揺れず動じず、さらりと受け流して。
 最後まで、ずっと。


 ゼロとの逢瀬(?)を終えたりりかは、兄のところへ戻って来た。
 兄とはもちろん、門木の――バージョンはイケメンの方が良いだろうか。
「章治兄さま、なでなでしてほしいの…」
 抱き付いて来た妹を受け止め、門木はその頭をそっと撫でる。
「お前は幾つになっても甘えん坊だな。そろそろ誰か、彼氏のひとりでも――」
 しかし、りりかはふるふると首を振った。
「兄さまが、いいの。大好きなの、です」
「……ん」
 兄としても、こんな可愛い妹に慕われて悪い気はしない。する筈がない。
「ね、ぎゅーっも…」
「はいはい」
 ぎゅーっ。
「えへへ…ありがとうございます、です」
 それで満足したのか、りりかはポンと飛び跳ねる様に門木から離れた。
「どうした、改まって……礼はいらないよ、お前は俺の妹なんだから」
 少し距離を置いて隣に座ったりりかの頭を、もう一度撫でる。
「あ…はい、兄さま」
 にっこり笑って、りりかはテーブルに置かれた将棋盤を覗き込む。
「えっと…?」
「ん、負けてる」
 親父は手加減というものを知らないらしい。
 そこに、カノンがお茶を持って来た。
「何かある度にこうして皆で集まっている気もするけれど」
 湯飲みを乗せたトレイを両手に持ち、穏やかに微笑みながら――しかし、周囲の喧噪に気を取られて足元が疎かになっている。
 その時、ゆうにゃが風の様にその足元を駆け抜けて行った。
「賑やかになった風雲荘も、やはりいいもの――きゃっ!?」
 バランスを崩したカノンは、思いきりよくトレイを投げ飛ばした。
 いや、別にわざと投げたわけではないけれど、結果的に、それは飛んだ。
 カノン自身も飛んだ――が。
「大丈夫か?」
 そこは勿論、床にダイブする前に門木が受け止めている。
 真っ正面から抱き付く形になったカノンは慌てて離れようとしたが、門木はその両手首をしっかり掴まえていた。
「見せて。火傷してたら、大変だから」
「あ、あの、大丈夫……です」
 顔が赤いのも、お湯を頭から被ったとか、そういう事じゃないから。
 勿論、熱があるわけでもない。
「それより、お茶……」
「お前が無事なら、それでいい」
 流石は夢、恥ずかしい台詞をさらっと言いやがるぞこの門木。
 因みにお茶の方は、ダルドフが見事にキャッチしました。
 誰も見てなかったし、褒めてもくれなかったけど、ね。
 そして、ゆうにゃGJ。
『自由気ままに傍若無人。これぞ自分の生きる道! にゃ!』
 ねこばんざい。ニャン生ばんざい……ムニャムニャ
 あれ、これは夢だっけ?


 その時、パウリーネの頭の中に聞き慣れた声が響いた。
「……あー…こんな時に限って召集…」
 仕事だ。
 まだ食事の途中なのに。
「面倒臭いです…何かもう…サボりたいです…」
 このまますっぽかしても……だめ?
「永遠に喰える夢はないからなぁ」
 その声に顔を上げると、黒い霧状の何かがクスクスと笑い声を立てていた。
 そろそろ皆、目覚める時間だ。


 夢の時間は唐突に終わりを告げる。



 汗びっしょりで目覚めたカナリアは、ほっと安堵の息を吐いた。
 大丈夫、オコジョにも魔法少女にも、なっていない。
「夢で良かった…」

 ゼロは特に何という事もなく、普通に目覚めた様だ。
「ん? 随分懐かしい夢見たな……ま、今は毎日笑えてるからええか」
 笑えていると言うか、笑かしていると言うか?

 春樹はベッドの上で恥ずかしさに身悶えしていた。
 見ていたのは夢だとはっきり自覚している明晰夢だが、自身はただの傍観者。
 自覚はあっても自分で自分の行動を操る事さえ出来ないのだ。
 それはまるで黒歴史を覗かれた様な、若気の至りで書いたポエムを音読された様な――
 その後暫く、彼は布団を被ったまま出て来なかったとか。

 だが恐らく、おおかたは幸せな夢だったのだろう。



 ゴチソウサマ

 何処かで夢魔が笑った気がした。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:13人

夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
夏木 夕乃(ja9092)

大学部1年277組 女 ダアト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
夜闇の眷属・
来崎 麻夜(jb0905)

大学部2年42組 女 ナイトウォーカー
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
タマモン・
草薙 タマモ(jb4234)

大学部3年6組 女 陰陽師
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
リコのトモダチ・
神谷 愛莉(jb5345)

小等部6年1組 女 バハムートテイマー
リコのトモダチ・
礼野 明日夢(jb5590)

小等部6年3組 男 インフィルトレイター
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
揺れぬ覚悟・
神谷春樹(jb7335)

大学部3年1組 男 インフィルトレイター
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
もみもみぺろぺろ・
カナリア=ココア(jb7592)

大学部4年107組 女 鬼道忍軍
久遠ヶ原学園初代大食い王・
Unknown(jb7615)

卒業 男 ナイトウォーカー
鳥目百瞳の妖・
百目鬼 揺籠(jb8361)

卒業 男 阿修羅
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー
大切な思い出を紡ぐ・
パウリーネ(jb8709)

卒業 女 ナイトウォーカー
夜闇の眷属・
ヒビキ・ユーヤ(jb9420)

高等部1年30組 女 阿修羅