クリスマスイブの昼間。
ミハイル・エッカート(
jb0544)とクリス・クリス(
ja2083)は、パーティ用の買い物に出ていた。
商店街にはクリスマスソングが流れ、洋菓子屋の前に出された平台にはケーキの箱が山の様に積まれている。
その脇ではサンタやトナカイの格好をした売り子が「クリスマスケーキいかがですかー!」と声を張り上げていた。
その脇を通り抜け、二人は店の中へ。
「予約しておいたケーキを受け取りに来たんだが」
ミハイルが予約票の控えを渡すと、少し小ぶりなケーキが運ばれて来る。
確認の為に中を見ると、ケーキにはちゃんと「Happy birthday」の文字とクリスの名前が書かれていた。
「あれ、ミハイルさんの名前は?」
「俺はもう、誕生日なんて祝う歳でもないだろう」
「そんな事ないと思うけど」
明日は二人の誕生日なのに。
「でも、ちゃんと予約してくれてたんだね。ミハイルさん大好き♪」
今年も聖夜と誕生日はミハイルパパと一緒。
嬉しいけれど、彼女とか……他に一緒に過ごす人はいないのだろうか。
自称・娘としては心配な所だけれど。
「さて、次は酒屋だ」
大吟醸の酒樽どーん!
「もー、ミハイルさんってばまた高いお酒を……」
え、おもてなし用?
「それなら仕方ないか……うん許してあげる」
ツマミはシシャモ、北海道産の高級品だ。類似品のカラフトシシャモじゃないんだぜ。
「先生の縁者がパーティーに来るんだ。まけてくれないか」
そこで値切らなければ良い男なのだが。
「ああ、ツケは門木先生までな」
待て、だったら値切れ、極限まで値切って下さいお願いします!
「私達も買い物に行くのだよ!」
フィノシュトラ(
jb2752)がリュールの腕を引っ張る。
「明日ダルドフさんも来るんでしょ? だから一緒にクリスマスプレゼントを探しに行くのだよ!」
「何故私が」
第一、今まで贈り物などした事は……あるけれど、何百年も前の話で今更そんな。
「だったら尚更なのだよ!」
本当は手作りが理想だけれど、普段の不器用さを見るに、それはとても無理。
「でも、心を込めて選べば売ってるものだって素敵なプレゼントになるのだよ?」
マフラーでも手袋でも何でも良い。
迷ったらお酒にすれば、多分間違いはないと思うけれど。
「まったく、お節介な娘だ」
口ではそんな事を言っているが、リュールがツンデレさんなのはもう皆が知っている。
「じゃあ、ちょっと行って来るのだよ!」
その間に準備はよろしくね、帰って来たら手伝うから!
出かけて行った二組がそれぞれに買い物を終えて戻ってみると、部屋の飾り付けは殆ど出来上がっていた。
窓にはキラキラのモールや折り紙で作ったガーランドが飾られ、カーテンや床のラグ、テーブルクロスも緑と赤のクリスマス仕様。
それらは203号室の裁縫屋さん、青空・アルベール(
ja0732)が一手に引き受けて作ったものだ。
「クリスマスっぽく、楽しくなー」
リビングの真ん中には、天井に届く程に大きいツリーが鎮座している。
クリスもミハイルに肩車して貰い、飾り付けのお手伝いだ。
「綿の雪を乗っけてー、お星様下げてー♪」
「ふふ…楽しみなの、です」
華桜りりか(
jb6883)は、クリスに教えて貰ったヤドリギを……えーと、これは出入口近くの梁に吊せば良いんだっけ。
「高いところは、届かないの、です」
誰か手伝ってくれないかなー。
期待の眼差しで門木を見る。じっと見る。めっちゃ見る。
「……ん?」
やっと気付いたか。
「……これを、吊せば良いのか」
こくん。
「やどりぎ、ですか?」
リュールに怒られないだろうかと、シグリッド=リンドベリ(
jb5318)は気が気ではない様子。
しかしクリスとりりかは楽しそうにひそひそ声で頷き合い、サムズアップ。
「これはアレですね」
「これはアレなの…です」
それを見上げた鏑木愛梨沙(
jb3903)が首を傾げる。
「コレ、なぁに?」
りりかに耳打ちで教えられ、愛梨沙は目を輝かせて門木を見た。
「……何だ?」
どうやら彼はその意味を知らない様だが――
「ううん、何でもない」
続きは明日のお楽しみだ。
――――――
翌日の早朝。
空はすっきりと晴れ渡り、昨夜のうちに降り積もった雪に陽の光が反射して、キラキラと眩しかった。
風雲荘の庭を白く染めた雪は、まだ誰にも踏まれていない。
そこに最初の足跡を付けるのも憚られる気がして、ファウスト(
jb8866)はふと足を止めた。
と、庭木の陰からアパートの様子を伺う不審者の姿が目に入る。
「貴様、そこで何をしている」
ごんっ!
持っていた本の角で、その後頭部を一撃。
「をごっ!?」
不審者、もといダルドフは涙目で振り返った。
昨日のパーティの後、何処か近所に宿を取っていたらしいが。
「普通に尋ねれば良かろうが。その内通報されるぞ貴様」
それに、アパートには客間も空き部屋もあるのだろう、何をわざわざ他の場所に泊まる必要があるのか。
「まったく貴様という奴は」
用があるならさっさと入れと、ファウストはダルドフの首根っこを掴んで引きずって行く。
雪の中に一筋のぶっとい線が引かれた。
その後ろから姿を現した、もう一人の不審者もとい矢野 古代(
jb1679)36歳。
え、歳は言わなくて良いですか失礼しました。
「クリスマス……今年は1人ではないのか」
感慨深げに呟きながら、こっそりと忍び寄る。
後ろ向きに引きずられて行くダルドフには、当然その姿が見えるわけだが。
尾行者は悪戯っぽく人差し指を自分の口に当てた。
そして、玄関を開けたファウストが重すぎる荷物を放り出そうとした、その瞬間。
るーるる るるる るーるる♪
どこからともなく聞こえる軽快なハミング。
「と言う訳でゲストのダルドフさんです」
風雲荘のリビングは、いつから○子の部屋になったのか。
「いらっしゃい、まだ飾り付けの途中だけど、上がって待っててほしいのだよ!」
出迎えたフィノシュトラが、三人を部屋の奥に案内する。
「いや、我輩は201号室の友人に借りた本を返しに来ただけなのだが」
なに、留守?
「ならば仕方がない、出直して来るか」
とは言え、この後特に予定があるわけでもない。
はっきり言って暇だ。
「だったら一緒に楽しんで行くと良いのだよ! 誰でも歓迎なのだよ!」
「ふむ、ではそうさせて貰うか…そうだ、手土産を持ってきていたのだ。良ければ食べてくれないか」
差し出したのは、手作りのレープクーヘン――蜂蜜をたっぷり使ったドイツ特有のクリスマスクッキーだ。
日持ちはするが、持ち帰るよりも皆に食べて貰った方が良いだろう。
「そのままツリーの飾りにしても良さそうなのだ」
青空が言った。
「オーナメントクッキーを作って部屋中に飾ると、甘い匂いに包まれて幸せな気分になるんだって!」
折角だから、もっと作ろう。
クッキー作りはこの前憶えたし、たくさん作って部屋中どこにでも飾っちゃうよ!
焼きたては匂いが特に強いから、最高に幸せな気分に……あれ?
どうしたんだろう、ダルドフさんの顔が青いけど。
なんか脂汗も浮いてるけど。
「い、いや、案ずる事はない……少しばかり、その」
がくり、膝を付く。
「そう言えば貴様、甘い物が苦手だと言わなかったか」
ファウストの問いに無言で頷くと、大きな身体がぐらりと傾いだ。
それは難攻不落の壁が崩れた、歴史的瞬間。
スイーツは剣よりも強かった。
かくして青空は、人類で初めてこの大天使を倒した男となったのである。
「待って、倒してない、倒してないから!」
とりあえず他の部屋で休んでいれば大丈夫だろうか。
冷めれば匂いも落ち着くしね。
だが、甘い香りの攻撃はまだまだ続く。
りりかが手作りチョコのスイーツを用意しているのは勿論、キッチンでは愛梨沙がココアクッキーを大量生産。
二度目の挑戦は最初の時よりは上手く行った様だが、それにしても作りすぎではないだろうか。
「良いじゃない、ナマモノじゃないんだし。お土産にも出来るでしょ?」
その隣では、フィノシュトラに背中を押されたリュールが何かを作っている。
「一緒に美味しい料理を作って、ダルドフさんに食べて貰うのだよ!」
大丈夫、昨日のアレよりはマシな筈だ、多分、きっと、そう願いたい。
「手料理とか、プレゼントとか、そうやって色々少しずつ仲良くなれるきっかけを作っていけると良いのだよ!」
逆効果にしない為には、それなりの練習が必要だろうとは思うけれど。
でも大丈夫、ちゃんと美味しく食べられるものも用意しているから――主にシグリッドが。
メインは野菜たっぷりのミートローフとフルーツサラダ。
「ミートローフ、ピーマン抜きで作りますね。お誕生日ですし」
……っと、お口チャック。
危ない、これは内緒の計画だった。
カノン(
jb2648)は朝から気合いを入れて頑張っていた。
まずは、どのレシピを見ても「簡単」「初心者向け」「失敗しない」と書かれているパウンドケーキに挑戦してみる――が。
レシピ通りに作った筈なのに、焼き上がったものを切り分けようとすると、端からボロボロ崩れて行くのはどうしたわけか。
「失敗、ですね」
しかし味は悪くない、と思う。
捨ててしまうのも勿体ないが、かといって、どうすれば良いのか――
と、そこに。
――コン。
頭の上に、何か固い物が置かれる感触。
「先生?」
振り向くと、門木が立っていた。
その手にあるのはクリームチーズ。
「……レアチーズケーキの、土台」
バターで固めれば使えそうだと、門木が崩壊ケーキを指差す。
「そうですね、やってみます」
レシピは何処かに書いてあった筈だと、カノンは傍らに積んだ本の山を掻き分ける。
「……慌てなくて、良いから。レシピも見なくていい…俺が、知ってる」
知識はあるが、作った事はない。
よって、口だけ出して手は出さない、作業は全てお任せである。
まずは溶かしバターを混ぜて生地を固めて、土台を作って。
「……バター、爆発注意な」
生クリームに砂糖を混ぜて泡立てて……ああ、そっちは塩。
それを柔らかくしたチーズに混ぜて、レモン汁を加え、後は型に入れて冷蔵庫で冷やすだけだ。
それでも余ったケーキは洋酒に浸して、カットフルーツでも乗せてみたらどうだろう。
「……切るだけなら、俺も手伝えるが」
何にしても時間はたっぷりあるし、楽しく出来れば良い。
ところで、本日のカノンはメイド服に身を包んでいた。
「折角のパーティですし、服装もそれらしくしてみました」
これが祝い事の正装だと、アパートの誰かが言っていた気もするし。
「……ゆったりした服、というのとは違うと思いますが、まあいろいろ試してみるべきかな、という気もしましたので、はい」
で、要望を出した本人のご感想は如何に?
「……うん、可愛い」
普通に可愛い、という感じで今ひとつ反応が鈍いのは大目に見て欲しい。
メイド服に萌えて妄想を暴走させる為には、それなりのサブカル知識が必要なのだ。
妄想の上乗せがなければ、それは普通のエプロンドレス。
さて、ここはもっと雑多な知識も吸収する様に勧めるべきか、それとも今のままで良いと願うべきなのか。
せんせーは今のままでいいのです…!
おや、誰かの心の声が聞こえた気がする。
その頃、二階の205号室では。
ミハイルとクリスがささやかな誕生パーティを開いていた。
ケーキに立てられた蝋燭は10本、クリスの歳の数だ。
(俺も同じ誕生日だがそれよりもクリスだ)
まだ小さいのに、クリスは両親と離れて暮らしている。
だからせめて保護者の自分が祝ってやりたいという、ミハイルの親心だ。
しかし。
「これも足して、40本だよ♪」
真ん中に付け足された「3」と「0」の数字蝋燭。
気が付けば、ケーキにはいつの間にかミハイルの名前が書き足されていた。
「ほら、一緒に吹き消そうよ。早くしないとケーキにロウが垂れちゃうー」
じゃあ一緒に……せーの、ふーっ!
「はいパパ、娘からのプレゼントだよ」
手渡したのは、タイピンとマフラー。
「誰もが羨むような格好いいパパでいてね♪」
「ありがとな。似合うか?」
「うん、格好いい」
パパさん、感動の余り鼻の下を思いきり伸ばしております。
お返しは可愛くラッピングされた音符のブローチだ。
「つけてみないか。気に入ってもらえたら嬉しい」
早速、胸に付けてみる。
何だか音符が楽しそうに弾んでいる様に見えた。
一方、下のリビングでは。
「っと、ミハイルさん今日誕生日、だったか……」
皆の様子を見て古代が頷く。
なるほど、どうりで普通のクリスマスとは様子が違うと思ったら。
そういう事なら是非とも協力したい。
「そうか、ミハイルさんもとうとう三十路か」
三十路仲間は数が少ない為、感慨もひとしおだ。
これは盛大に祝い、かつ拍手で迎え入れるのが先輩としての礼儀というもの。
「目出度い話だし、そもそもクリスマス自体が誕生日を祝う物だ」
反対する理由はないと、ファウストも頷く。
「是非とも盛大に祝ってやろうではないか」
相変わらず偉そうな上から目線と尊大口調だが、本人に悪気はないし「呪ってやる」の間違いでもない。
その中身は、孫も同然の娘の写真を大事に持ち歩いたりする可愛いお爺ちゃんなのだが、800年も続けてきたこの尊大キャラは、そうそう変えられるものではなかった。
「みなさんでいろいろ準備をするの……」
こくり、りりかが頷く。
秘密の準備は二人にばれないようにこっそりと。
昨日の夜に皆で作った垂れ幕やクラッカーなどの小道具は、万が一を考えてカノンの部屋に隠してあった。
それを運び出し、飾り付け、料理を並べ、その他諸々準備万端整えて――そろそろ夕暮れも近い頃。
勇者青空に倒されたダルドフもどうにか復活を果たし、全員揃って二人が降りて来るのを待つ。
「垂れ幕は、くす玉の中に仕込んでおいたのです」
天井から吊された大きな玉には、紐が二本付いていた。
その下に立ち、シグリッドとりりかがそれぞれの端を持つ。
「あっ、出て来るのです…!」
二階の廊下で見張っていたヒリュウのぷーちゃん、その目の前で205号室のドアが開いた。
二人に気付かれる前に呼び戻し、シグリッドは皆に合図を送る。
窓のカーテンが引かれ、部屋の明かりが消された。
「何だ、下はやけに静かだな」
それに薄暗い。
ツリーの電飾だけがピカピカと寂しげに点滅していた。
「皆こっちでパーティしてるんだと思ったのに、変だね?」
何処かに出かけてしまったのだろうか。
そう思いながら二人がリビングに足を踏み入れた、その時。
キッチンの方から現れた、ゆらりと揺れる蝋燭の灯り。
それは、フィノシュトラと青空が二人がかりで運んで来た、大きなケーキの上に灯されていた。
外周に30本、内側に10本の蝋燭が立てられ、真ん中には【ミハイル&クリス お誕生日おめでとう☆】と書かれたチョコプレートが載っている。
「「……え……?」」
二人で仲良くぽかんと口を開けたところに「せーの」の合図で歌が始ま――
『『はっぴばはぴぴすでーえっもう歌っていいのつーゆばーすでーちょ輪唱じゃないはっぴばわあぁぁすとーっぷ!』』
始まらない。
出だしは揃わないしリズムはバラバラだし、チームワークがったがた!
「もーみんな笑わせないでよケーキ落としちゃうよ!」
「そう言えば歌の練習とかしてなかったのだよ……」
気を取り直してもう一度、今度はりりかが用意した演奏のBGM付きで。
『『はっぴばーすでーとぅーゆー♪』』
発音バラバラ、音程もバラバラ、中にはドイツ語で歌ってる人もいるし、全体的に決して上手いとは言えないけれど。
でも皆で心を込めて歌いました!
「歌い終わったら二人で蝋燭を吹き消すのだよ!」
フィノシュトラに言われるまま、ミハイルとクリスは蝋燭に挑む。
最後の一本が消えた瞬間。
ファウストが作り出したトワイライトの淡い光の中、クラッカーが弾け、声が響いた。
「「誕生日おめでとう!」」
次いでくす玉が割られ、中から皆で寄せ書きした垂れ幕が現れる。
「ミハイルさん、クリスさん、お誕生日おめでとうございます…です」
桜色のミニ丈ふわふわドレスにヴェールを羽織ったりりかが、控えめに手を叩きながらふわりと微笑んだ。
「おめでとう、徹夜がしんどくなる年齢へようこそ」
ぼそっと呟き、ミハイルの肩を叩いたのは古代だ。
「な……何が起きてるんだ!?」
ミハイルは頭の処理が追い付かない様子で呆然と立っていた。
自分の誕生日パーティーをした記憶は遥か遠い……と言うか、これはクリスマスパーティーではなかったのか。
耳が熱い。
(俺、照れてるのか)
喉の奥から何かがこみ上げて来る。
両手で顔を覆った。
「こんなときどういう顔すればいいんだ?」
顔まで熱いぞ。
「普通に嬉しい顔をすれば良いと思うのだ」
青空がにこっと笑う。
「俺、もう30だ。オッサンだぞ」
ミハイルは慌ててサングラスをかけて顔を上げ、クールを装ってみる。
「いい歳して祝ってもらっても……っ」
嬉しくない、わけが、ないじゃないか畜生。
何だろう、喉が締め付けられる様で、言葉が出て来ない。
漸く絞り出した一言。
「皆、ありがとな」
サングラスをくいっと上げてハードボイルドなポーズを決めてみる。
しかし、頬の赤さは隠しきれなかった。
「あれ? 胸のブローチが嬉しそうに震えてる?」
クリスは自分の胸元に手を置いてみる。
思いがけないサプライズに心臓もドキドキしているけれど、それだけではない気がした。
このブローチは歌や楽器の演奏に共鳴して振動するという噂があるけれど、皆の温かい想いが奇跡を起こしたのだろうか。
「ありがとぉ」
クリスはちょっと涙目で皆の顔を見返す。
その目の前に、大小の猫ぬいぐるみを抱えたシグリッドが立った。
薄いグレーのシャツにダークグレーのパンツスーツとジャケットは下ろしたての新品だ。
(恐ろしい事に箪笥の中にある服がほぼ女性物だったなんて、言えないのです)
それでも良……くないですね、はい。
「神様のお誕生日よりも、お友達のお誕生日の方が大事なのです」
こくりと頷き、ぬいぐるみを差し出す。
「大きいのがクリスさんので小さいのがミハイルさんのなのです」
小さい方はサングラスをかけたハチワレの白黒猫、何故か尻尾が二股に分かれていた。
「お部屋に飾って下さいね!」
「ミハイルは結構長い付き合いなのだよ、ね」
実はいつも頼りにしているのだと、サンタコスの青空がにぱっと笑う。
「おにーさんみたいななー」
そして差し出したのは、手編みのマフラー。
「えっと、ほら、まだまだ寒いからな!」
被っちゃってるけど色違いだし、少し気分を変えたい時なんかに良いんじゃないかなって!
「クリスにはネックウォーマーなのだ」
ふわふわの毛糸で、あったかいよ!
幸せな誕生日になるように、いっぱいいっぱい感謝を込めて。
「クリス、おめでとう」
愛梨沙が手渡したのは、リボンカチューシャ。
「ミハイルには、これね」
「商品券?」
「男の人だとお酒かなって思って。でも銘柄とか全然わかんないし」
友人にアドバイスを求めた結果、自分で選んで買える様にという事で。
「それで足りなかったら自分で足してね」
(天涯孤独の俺には家族がいない、必要もないと思っていたが、もう家族みたいだな)
鼻の奥がじーんと熱くなる。
「温かいってのはこういうことか」
悪くない。
この空気に慣れてしまう事が、怖くなる程に。
プレゼントが一段落した頃合いを見計らって、BGMがクリスマスソングに切り替わる。
「では、ケーキを切り分けますね」
折角のメイド服、こんな格好をしているからには、それらしく給仕の様な事をしてみようとカノンが申し出る。
「それらしい言動までは出来ませんけど……」
しなくて良いです。
と言うか、皆で好き勝手に取って食べるから、そんなに頑張らなくても大丈夫。
それなら最初だけでもと小皿に分けて配り、酒とジュースを用意して。
「メリークリスマス、なのだ!」
青空の音頭で皆がグラスを合わせる。
後は特に何をするでもない、皆が自由に食事やお喋りを楽しめば良い。
「あ、どうも……以前はうちの娘が入れたバニースーツがお世話になりました」
古代はまずリュールのところへ挨拶に。
「まったくだ、言っておくが二度目はないぞ」
「えっ、そんな勿体なぃいえ何でもありません」
おかしいな急に寒気が、暖房切れたかな。
その古代の袖を引いたダルドフ、元嫁に隠れて親指を立てる。
「ぬしの娘は良い仕事をしたのぅ」
ひそひそ。
「そうだろう、自慢の娘だ」
こそこそ。
あ、体感温度が更に下がった気がする。
「ところでダルドフ、ダルドフさん、最近リュールさんとはどうなんだ? んん?」
リュールの視線を避ける様に隅っこへ引っ張って行き、古代は心なしか邪悪な顔で訊ねた。
「どうなの、よりは戻したの……と、言いたい所だけども」
「この有様を見れば、わかるであろうよ」
うん、それもそうだね。
「まあ、自分のペースってもんがあるよな」
そうだけれど、それでも。
ふいに真面目な顔つきになった古代が言う。
「……俺達ほどでもないけど、貴方達にとっても時間は有限だろう」
長いとは言え、限りはある。
「出来れば、俺が生きている間に。吉報を待っている」
「そう言われてものぅ」
もうこれで充分と、満足してしまった所もある。
それよりも気がかりなのは、息子(仮)だ。
「なるほど、それは確かに」
良い機会だし、ちょっと酔い潰して本音とか聞いちゃったりするのも良いかもね?
と言うか酔った門木先生とか見てみたい。
「え、天使は酔わない?」
何それツマラン。
と言うか、門木はただいまシグ君が独占中であります。
「はいせんせー、あーん?」
通常運転であります。
だがしかし。
「……それは、もういいって…言っただろ?」
「え、でも」
涙目になるシグリッド、でも心配ないよ、立場が逆になるだけだからね。
ミートローフを載せたスプーンを取り上げて――
「……はい、あーん?」
「え、えぇっ!?」
多分これ、あーんする側よりされる側の方が圧倒的に恥ずかしい。
「……食べないのか?」
「た、食べます、けど…!」
ぱっくん。
「……ん、良い子だ」
なでなでなで。
「最近せんせーのぼくへの子供扱いが加速している気がするのです…!」
気のせいだと思いたいけど、きっと気のせいじゃない。
早く大人になりたい。
立派な大人になって、せんせーをお嫁さんに…!
「……ん、頑張れ」
あれ、漏れてた?
って言うかやっぱり子供扱いだー!
ファウストはふと思いついてケセランを呼び出し、タロの前に置いてみた。
「…鳴かないな」
「わん!」
「いや、お前じゃない」
どうやらケセランが「がおー」と鳴く、という説を確認してみたかったらしいが。
そこに現れた、もう一匹のケセラン。
呼び出したのは門木らしい。
「せんせーいつの間にケセラン召喚出来るようになったのです?」
シグリッドも真似して呼び出してみる。
「……この間、貰った」
答える門木は妙に嬉しそうだ。
ケセラン三匹もふもふ天国。
「ふわふわあったかいのですよー」
もふもふついでに門木もモフるのはお約束――全然もふもふじゃないけれど。
「せんせーだいすきです」
潔いまでの通常運転だった。
「ところで門木教諭はどうやってくず鉄を精製しているのだ?」
ファウストはその光景に軽く目眩を覚えながらも、折角の機会だからと訊ねてみる。
学園に来てからずっと気になっていた事らしいが――
「……わからん」
わかってたいたら、わざわざ作りはしない。
わからないから出来てしまうのだ。
「成程、それもそうか」
ケーキやご馳走を頬張りながら、クリスはしきりにヤドリギの方を気にしていた。
それに気付いたりりかがダルドフを引っ張って来る。
「んと、ダルドフさん…あのね、です」
「クリスマスの風習に、ヤドリギの下に立った人にキスして良い、というのがあるんですよー」
あっ! 丁度ミハイルさんがその下に!
すかさず駆け寄ったクリスは、思いきり伸び上がってその頬にキス。
「パパありがとうね♪」
「そんな風習聞いたことないが……」
照れながらも、ミハイルはまんざらでもない様子。
「これも聖夜の奇跡の一つだよ♪」
「しかしな、そろそろ恋の1つや2つする年頃だろ。俺じゃなくてキスできる相手を見つけて来い。ただし、いい男じゃないと承知しないぞ」
それはなかなか、ハードルが高いかも?
「正確には、その下に立った女性はキスを拒めない、というものだがな」
ファウストが本場仕込みの知識を披露するが、伝承は地方によっても違うもの。
それに、この家独自のローカルルールというものがあっても良いだろう。
「貴様も何か行動を起こしてはどうだ」
ダルドフの背中を押してみる。
「キスしろとまでは言わないが、もっときちんと嫁と話せ」
しかし機会は向こうからやって来た。
「ほら、せっかく買って来たプレゼント、ちゃんと渡すのだよ?」
フィノシュトラに引っ張られたリュールは、いかにも渋々といった様子でダルドフの前に立つ。
「この娘がうるさくてな」
人のせいにしつつ、紙袋を突き付ける。
中身は普通の倍の長さはありそうなマフラー。
「それくらいあれば、お前の首にも巻けるだろう。礼ならこの娘に言うのだな」
まったく、ツンデレさんなんだから。
「私からはこれなのだよ!」
フィノシュトラはクリスマスベルのキーホルダーを手渡した。
リュールや、他の皆にも。
「本体やリボンの色の組み合わせが、皆少しずつ違うのだよ!」
音色もそれぞれ違ってるかもね?
青空からは、風雲荘メンバー全員分のフェルトで作った猫のマスコット。
「ちょっとずつ作りためてたのだ。其々少しずつ、皆の特徴を持たせてるんだよ」
門木猫が眼鏡で白衣だったり、ダル猫には顎髭が生えてたり。
「ええと、皆が集まる部屋に飾れるといいなーって!」
「……それなら…」
門木が何やら妙な形のオブジェを取り出した。
「……くず鉄で作ったアクセサリスタンド、なんだが」
どれも微妙に形の違うものが人数分、どうやらプレゼントらしい。
リビングの飾り棚にずらりと並べて、それぞれのマスコットを飾っておくのも良いかもしれない。
「あ、あとダルドフにはこれも!」
前に門木とリュールにあげたマグカップとお揃いの、これで3つセットだ。
「いつでも来てくれていいのだ。家族は一緒、だものな」
満面に笑みを湛えてこくこくと頷く。
そんな顔で言われたら、元夫婦も少しは心を動かされる、かも?
「これ、昨日渡し損ねちゃったから」
愛梨沙はリュールにネックファーコートを差し出した。
「本当はこの為に用意してた物なの」
ちょっとしたアクシデントがあって、この前は「貸す」形になってしまったけれど。
「今度はちゃんとあげるね」
「めりーくりすます、なの…です。どうぞなの……」
りりかは皆に特製のお守りを手渡す。
それぞれのカラーに色分けされ小さく桜の花弁が入った袋には、各自の名前が刺繍されていた。
それに加えてクリスとミハイルには手作りの写真たて、門木には深緑に桜色の桜模様を少した手編みのマフラーを。
もう今後十年くらいは、マフラーに困る事はなさそうだ。
「えへへ…章治に、せんせい…大好きなの……」
気が付けばヤドリギの下、りりかは少し考えた末に門木の手をとって、その甲に口付けを。
それは敬愛や尊敬を意味するらしい。
「……ありがとう。家の中では、にいさまで…良いぞ?」
軽く頭を撫でてから、お返しのキスを額へ。
ここはおまじないであると同時に、友情や親愛を意味するのだとか。
「せんせー、ぼくも良いですか?」
手じゃなくて、ほっぺで!
「……だめ」
「えっ」
シグ君、本日二度目の涙目――と思ったら。
ちゅ。
今度も「される側」でした。
オトコゴコロを弄んでいるわけではない。
単純にその方が喜ぶかなーと思っただけだから、うん。
その傍らでは、愛梨沙が門木を見上げていた。
暫くそのまま待ってみるが、黙っていては門木が気付く筈もない。
服を引っ張り、注意を惹いて、それでも意味は通じない。
「……何だ?」
「何って」
少し膨れつつ、愛梨沙はヤドリギを見上げる。
「……ああ…したいのか?」
デリカシーの欠片もないド直球。
「……ごめん、俺…そういうの言われないと、わからないから」
額に軽く触れて、離れる。
ヤドリギの下から、部屋の隅へ。
賑やかな場所を離れた門木は、ソファの背に軽く腰を掛けた。
「……また、お説教かな」
「そうですね」
「……うん、覚悟しておく」
とは言え、背中から聞こえる声に厳しさはなく、寧ろ穏やかに感じられた。
「ここに住むようになってからお祝い事への参加が本当に増えた気がしますが……悪い気はしません、ね」
そう感じるのは自分が変わってきたという事だろうかと、カノンは思う。
「先生、味見をお願い出来ますか?」
差し出された、一切れのレアチーズケーキ。
多分、上手く出来ていると思うけれど。
「この日をみんなでわいわい過ごせるのは嬉しいな」
楽しそうにしている皆の姿をニコニコと眺めながら、青空はアイシングでオーナメントクッキーに文字を書き入れる。
『来年のクリスマスもここで、お祝いできますように!』
それから、別のクッキーには絵を描いて……
「だからタロちゃんだってば!」
そうしているうちに、仲間達が周りに集まって来た。
「面白そうなのだよ!」
チョコペンを取り出したフィノシュトラを皮切りに皆が参戦、ラクガキ大会が始まる。
そして再び充満し始める甘い香り。
果たして大天使は生き残れるのだろうか――?