灰色の空から降りしきる、雪、雪、雪。
全てが白に覆われた世界に、キラキラと輝くイルミネーション。
色とりどりの瞬きに染められて、舞う雪までが七色に光って見える。
「クリスマス…もうそんな季節なのですね」
少し早めに会場入りしたレイラ(
ja0365)は、大きなツリーに追加のオーナメントを飾り付けていた。
お菓子の入った小さなブーツや靴下は、パーティが終わったら皆にお土産として配る予定だ。
協賛してくれた商店街の皆さんや、その子供達にも声をかけ、皆で一緒に楽しく賑やかに――
「くしゅん」
あれ、風邪でもひいたのだろうか…?
「ホワイトクリスマス、か」
真っ赤なマフラーに顔を埋め、目だけを出したインレ(
jb3056)は恨めしそうに空を見上げる。
「確かに綺麗だが、寒いのは嫌だのう」
だが、若いイーファ(
jb8014)は元気だった。
「インレ様、モミの木とても綺麗になっていますね」
自分達で飾り付けたそれは、やはり本番に見ると感慨深い。
「ほら、インレ様、あそこに飾ったオーナメントが」
イーファは一緒に飾った3つの人形を写真に収める。
「帰ったらあの方にもお見せしましょう」
「うむ、イーファは良い子だのう」
前にも言った気がするが、何度でも言う。
イーファは良い子だ。
良い子すぎるお陰で、欲しいプレゼントを訊ねる事は出来なかったわけだが――
(ふふふ、抜かりはない)
物は勿論、サンタとしての枕元への侵入経路から警察の見回りルートの隙まで把握済みよ!
不審者ではない。犯罪者でもない。
ヒーローです。
そして今宵はサンタクロースでもある。
けれど。
イーファを見る。
「む?」
キラキラと輝く瞳は、イルミネーションよりも美しい。
だが今、注目すべき点はそこではない。
「…交換?」
ああ、プレゼントか。
「…此処でか?」
空を見る。
雪が顔にかかる。
冷たい。
「インレ様…?」
明らかに落ち着かない様子に、イーファは不安げに首を傾げた。
「……だだだ大丈夫だヒーローは狼狽えない一分待ってくれ」
はい深呼吸。
「もしや此処では不都合のあるものですか…?」
「……うむ、此処では渡せん物でな。夜になるまで待ってくれ」
求めるものは、ここにはない。
(──抜かった)
インレが心の中でがっくりと膝を付く。
しかしヒーローとは、倒れても何度でも立ち上がるもの。
逆境こそが己を強くしてくれるのだ。
「では、私から先にお渡ししておきますね」
インレ様、寒そうですから…と、イーファが手渡したのは濃紺色の指無し手袋。
「あの時に作ったものを編んでみました、急いだので指無しの簡単なものですが…」
掌の部分には黄色い月が浮かんでいた。
「マフラーも考えましたが、やはりインレ様には赤だと思いましたので…」
微笑むイーファの頭上に、小さな月がかかる。
温かい食事でも楽しみながら、その時を待つとしよう。
(雪…雪の日は好き。静かで、それ以外何も存在していない様で…)
パーティ会場の喧噪からは少し離れた場所で、セレス・ダリエ(
ja0189)は雪景色を楽しんでいた。
その髪に、肩に、雪の欠片が舞い降りる。
「寒くない、セレスさん?」
「…大丈夫で…、ぁ」
ふわり。声と共に首に巻かれたのは、オッドアイの白猫の刺繍が施された手編みのマフラー。
「風邪引くといけないからさ」
陽波 透次(
ja0280)が微笑む。
「セレスさんへのクリスマスプレゼントにとマフラー作ってみたんだ。どうかな…?」
「とても、暖かい…です」
それに、やっぱり上手だ。
「透次さんは、寒くない…ですか?」
セレスは両腕に抱えた紙袋を、おずおずと手渡してみる。
「プレゼント…私もマフラーを編んだのですけれど…」
透次ほど巧くは無いけれど、精一杯の心を込めて編み上げたものだ。
受け取った透次は、すぐさまそれを首に巻いた。
「ありがとう、とても暖かい」
それに上手だ。
柄は相変わらず前衛芸術っぽいけれど、そこがまた良い味になっている。
「じゃ、色々食べ歩こうか?」
会場の準備は既に整っている様だし――
温かいシチューに、定番のチキン、ケーキにオードブル、サラダ…食欲をそそる様々な匂いがパーティ会場に充満する。
その一角に設けられた調理場では、ユウ(
jb5639)が腕を振るっていた。
「噂には聞いていましたが、素敵なクリスマスツリーです」
暫し手を休めて、ユウは大きなツリーを見上げる。
「このツリーの元で皆さんとイブの夜を過ごせる幸せをかみ締めないと…」
なにもそう頑張って噛み締めなくてもいい気もするが、楽しみ方は人それぞれ。
本人が楽しければ、それで良い。
と、その目にモコモコに膨らんだリュールの姿が映った。
堕天してからというもの、どうやらめっきり寒さに弱くなってしまった様だ。
「こんな所で宴を開こうなどと、考えた者の気が知れぬ」
あの、それ貴女の息子さんですが。
「…、……うむ、なかなか風情があって良いではないか」
オカン、流石の掌返し。
そこにユウが声をかけた。
「リュールさん、宜しければご一緒にどうですか?」
火を使う調理場なら少しは暖かいし、それに確か料理の修行中だった筈だ――成果が出ているか否かは別にして。
「私に料理の手伝いをさせるなら、猫の手を借りた方がまだマシだぞ」
「そんな事はありませんよ」
多分。
それに手の込んだものを作る訳ではない。
唐揚げに衣を付けたり、ハンバーグの形を作ったり、ポテトサラダを混ぜ合わせたり…その程度なら、いかな料理下手でもまず失敗はない、筈。
「難しく考えずに、楽しく出来れば良いのですよ」
料理に限らず、作り手の心理状態は作品の出来映えにも反映される。
愛情を込めて作った楽しく料理は、少しくらい失敗してもきっと美味しい。
まあ、失敗の程度にもよるけれど。
その隣では耐寒仕様のもふもふ黒猫忍者、カーディス=キャットフィールド(
ja7927)がケーキを作っている。
小さなカップに入ったチョコレート黒猫ケーキ、カップから黒猫がちょこんと頭を覗かせているデザインは、猫好きのハートを鷲掴みにすること間違いなし。
勿論パーディーだって盛り上がっちゃうよ!
「人数分作って配るのです」
それが焼き上がるまでの間に、ちょっとツリーの所まで。
黒猫忍者は忍者らしく壁走りで幹に取り付き、するすると上の方へ登って行く。
「この辺りが良さそうなのです」
こくり。
黒猫サンタと黒猫トナカイのオーナメントを飾り付け、ついでにこっそりと願い事の短冊も。
『来年こそ立派な黒猫忍者になれますように…』
ぺち、ぺち。にくきぅを合わせて叩き、拝む。
あ、柏手を打つ必要はないんでしたっけ?
それに多分、にゃーでぃす君は既に立派な黒猫忍者だと思いますもふ。
最高にもふもふで、最高に暖かくて、料理も上手で、おもてなしの精神に溢れていて――(忍者要素、どこいった
出来上がった料理は、六道 鈴音(
ja4192)と菊開 すみれ(
ja6392)、二人のミニスカサンタがテーブルに配って歩く。
二人はつい先程まで、お互いに「顔はよく見るけれど話した事はない、でもちょっと気になる」という存在だった。
しかし――
(同じようなセクシーミニスカサンタな美少女を発見!)
ぴこーん、すみれのアンテナが鈴音をキャッチ、これはお近付きになるチャンス!
と思ったら、向こうから声をかけられた。
「メリークリスマス!」
互いに同じ格好をしている事もあってか、二人はすぐさま意気投合。
「菊開さんはこないだ大学生になったんだ。私の1コ下なのね」
笑顔で言いつつ、鈴音はじっくりと相手を観察。
(年下なのに私より断然色気があるとか、なんてうらやましい…けしからんわね)
とは思うものの、人の好みはそれぞれだし、色気にだって色々あっても良いじゃない。
それに自分だってわりとイケてると思うんだよね。
「それにしてもスカート短いけど見えたりしないかな?」
少し屈んでみたりしながら裾を気にするすみれに、鈴音は自分のミニスカをちらりと捲って見せた。
「私、恥ずかしいからブルマ穿いて来ちゃった」
確かに恥ずかしくはないだろうが、代わりに色々と台無しになっている気がする。
「あっ、別にわざわざ見せるとか、そういう事じゃなくてね?」
ほら、見えても安心だと思えば心に余裕が出来るし、それが行動にも余裕を生んで、うんたらかんたら。
要するに、そうそう見える筈ないよねって事で!
ミニスカサンタが忙しく行き交う中、クリス・クリス(
ja2083)は琥珀色の液体の入った瓶を抱えて参上。
「今日もミハイルさん秘蔵のお酒も連れて来たよ」
因みに持ち主であるミハイル・エッカート(
jb0544)には内緒である。
黙って持って来るのはドロボーだって?
違う違う、これは善意の救出作戦なのです。
「戸棚に隠してちゃ、お酒だって寂しがるよね?」
お酒は隠すものではない、皆で楽しく飲むものです。
というわけで、テーブルにどんっ!
「門木せんせやダルドフさんと一緒に飲めばいいんだよー」
「おお、これはまた良い酒だのぉ、有難く馳走になるぞ!」
既にご機嫌、と言うか大抵いつもご機嫌な熊さん、大きな手でクリスの頭を撫でてお手柄を褒めつつ、持ち主に礼を言うのも忘れない。
「お…おう、俺の秘蔵の酒だ。皆で飲んでくれ」
顔で笑って心で泣いて、背中には冷たい汗がタラ〜リと。
しかし可愛い娘のやる事ならば仕方ない、悪気がないのはわかっているし…悪気、ないよね?
「む、どうした三の字、ぬしは呑まんのか?」
「呑むぞ、呑むに決まっているだろう」
開けてしまったものは、潔く…いや、ちょっと待て三の字って何、誰。
「三杯流と書いてミハイル、で、三の字ぞ!」
がっはっは、ダルドフは豪快に笑う。
当て字にセンスの欠片もない事など、全く気にしていない様だ。
そこに飛び込んで来た秋野=桜蓮・紫苑(
jb8416)が、毎度お馴染み最大高度からの急降下アタックどーん!
「お父さん!」
「紫苑!」
相変わらず激しすぎる愛情表現だが、お互いこれでビクともしないのだから、問題はないのだろう。
しがみついた首からひょいと飛び降り、紫苑は雪の上でくるりと回って見せる。
その背には雪の花が咲いていた。
「しょくぶつじゃねぇけど、まっ白だからちったぁ天しっぽいでしょ?(むふー」
「おお、可愛いぞ! 某の娘は世界一の天使ぞ!(むふー」
だが、例えその翼が黒かろうと、翼を持たない種族であろうと、父にとって娘は天使。
親馬鹿と笑いたければ笑うが良い。
「クリスマスなのー!」
その後から真っ白うさぎが駆け込んで来る。
上から下まで全てをうさぎ装備でもっこもこになったキョウカ(
jb8351)だ。
「だるどふたま、メリークリスマス、だよっ」
にこっと笑うと、ニット帽のうさみみが楽しげに揺れる。
「おお、キョウカも来ておったか、相変わらず兎が好きよのぅ」
ダルドフは二人いっぺんに抱え上げると、軽々と両肩に乗せた。
デカいって便利。
「宴の日に限って、随分冷え込みましたねぇ」
降る雪を見上げて苦笑しながら、百目鬼 揺籠(
jb8361)が小走りに走り込んで来る。
商売人にとって、クリスマスの夜は書き入れ時だ。
本来なら遊んでいる暇はないのだが。
「ま、合間に少し抜けるくらいならってぇ事で、長めの休憩を頂きやしてね」
のんびりパーティを楽しむくらいの時間は充分にある。
「紫苑サン、これ土産」
手土産に持って来たのは小ぶりのブッシュドノエル。
「けーきぃ!! 兄さんふとっぱら!!」
飛び降りた紫苑は箱を両手に捧げ持ち、嬉しそうに見せて回る。
「ほら! ほら! ケーキですぜ!」
しかも普通のケーキじゃない、ちょっと洒落た感じの大人っぽいヤツだ。
「ありがとごぜぇやす、兄さん! でも食べちまうのちょいともったいねーですねぃ」
もう少しこのまま眺めていても、良いかな?
「好きになせぇよ」
目を細めて答えながら、揺籠は鍋をつつきながら熱燗で一杯。
「朝から寒くってかなわねぇや。まぁ、東北ともなるとこんなもんじゃねぇんでしょうけど」
まさか雪になるとは思わなかった。
「キョーカしってる、だよ!」
湯豆腐を頬張りながら、キョウカが胸を張る。
「こういうの、ほわいとクリスマスっていう、なの!」
「ほわいと…くり●くりーん?」
「しーた、それちがう、だよ?」
歯磨きではありません。
その隣には、更に賑やかな一団が陣取っていた。
「せんせーかっこいいのです…」
ぺたぺた、ぺたぺた。
シグリッド=リンドベリ(
jb5318)は頑張った格好の門木を触る。触りまくる。
格好良くなるのは嬉しい。嬉しいけれど――
「先生を好きな人が増えると困るので、いつも通りで良いのですよ…!」
しかし、むぎゅっとされた門木は首を傾げる。
「…どうして、困るんだ? 人に好かれるのは、良い事だと思うが」
「それは、そうですけど」
今問題にしているのは、そういう事じゃない。
これはどう説明したものかと、シグリッドはぐーるぐる。
その様子を暫く黙って見ていた門木は、銀色の髪をくしゃっと撫でた。
「…安心しろ、外側にしか興味がない相手には、俺も興味ないから」
見上げた表情は、僅かに微笑んでいる様な。
あれ、もしかして――ちゃんと意味わかってたり、する?
そう言えば、見た目に気を遣うようになってからは、中身も少し変わった気がする。
前よりも積極性が出て来たと言うか、小動物感がほんの少し薄れたと言うか――
「…ほら、何か作って来たんだろ?」
「あ、そうでした!」
門木に言われて、シグリッドは頭の中のモヤモヤを振り払う。
「クリームシチュー、ちゃんとホワイトソースから作りました(きり」
大きな保温鍋を、テーブルの真ん中にどーんと…あれ、そこは既に占領されてる?
「チョコの噴水、なの」
パーティドレスに羽織姿の華桜りりか(
jb6883)が、それはそれは幸せそうに微笑んだ。
メインディッシュはチョコフォンデュ、苺やバナナなどの果物、マシュマロ、クッキー、ビターチョコにチョコを搦めても良い。
サイドはテーブルの大部分を占めたスイーツの盛り合わせだ。
「甘いものを食べると勇気も元気も出るの…」
その合間にデザートの門木を美味しくいただくのは、淡桃色と茶色のグラデカラーに染まったももんが…っぽい何か。
あ、頂くと言ってもえっちぃ意味ではありませんので、ご安心ください。
「門木先生、メリークリスmgmg!」
人語を巧みに操るピンクのもふもふは、門木の背後から首筋をもぐもぐ。
え? たまには我慢しろ? むり!! だって珍獣もぐんがですもの!
もぐんがは、甘いものとOSSANが大好物、いや主食なのです。
本日、ねじ込み担当は少し遅れて来るらしい。
だからそれまでは存分に食べ放題だ。
「おいしいきゅぃー」
え、矢野 胡桃(
ja2617)さん? 知らない子ですねmgmg。
「だいじょうぶ、痛くないきゅぃ」
その姿に、可愛いものすきーのシグリッドが超反応。
「可愛いせんせーに、可愛いももんがさん…眼福なのです(こくり」
ついでにもふもふしても良いかな、良いよね。
「もふもふ、です…!」
しあわせだー。
暫く後、一陣の風と共に飛来する黒い影。
「せっかく準備したのに祭りに参加せんワケにはいかんやろ!」
というわけで、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)遅れて参上!
「すまん、ちょいと野暮用片付けとってな」
周囲の雪を巻き上げながら垂直着陸したゼロコースターは、早速ねじ込み開始!
「さあ、遅れた分を取り戻すんや、巻いて行くでぇ!」
いい、取り戻さなくていい、巻かなくていい、のんびり行こうよ!
危険を察して人間体に戻った胡桃は、それを徹底回避あんど拒否あんど抵抗。
「右腕、その必要はない、わ」
「そういう台詞は、ちゃんと食うモン食うてから言うて貰おうか!」
はい、行くよー。どんどん行くよー。無慈悲に行くよー。
「やだ。いや。食べないきゅぐはっ」
だが無駄な抵抗は無駄なのである。
「ごはんも少しは食べるの…た、食べているの」
りりかの懸命なアピールも、ゼロのねじ込み愛を止める事は出来なかった。
「これは優しさなのですみんながちゃんと食べてくれてたら俺はこんな悪者にならなくて済むのに(ほろり」
ゼロさんの半分は優しさで出来ています。多分。
優しさにも色々あるけどね!
「ぼくは、ねじ込んだりはしないのです」
そんなことしなくてもちゃんと食べてくれるって、ぼく知ってる。
「頑張って作ったのです…! はいせんせー、あーん?」
シグリッドは平常運転…いや、向こうのアレも平常運転ではあるけれど。
「美味しい、ですか…?(どきどき」
「…ん、美味しい。いつも、ありがとうな」
でも、給餌はもういいかな。
「…お前も、俺の世話ばかりじゃ自分で食べる暇もないだろう?」
今日は寒いし、ちゃんと食べて暖まらないと、いくら撃退士でも風邪を――
「くしゅんっ」
ほら。
「え、ぼくじゃないのですよ…?」
シグリッドが辺りを見回す。
くしゃみの主は、レイラだった。
「…どうした、風邪か?」
門木の問いに大丈夫だと首を振るが、その顔は赤く上気している。
熱でもあるのだろうか。
生憎、手元に体温計はない。
でも大丈夫、こんな時にどうすれば良いかは知っている。
デコ、こっつん。
「…少し熱、あるか?」
それに顔の赤さも増している。
「…帰った方が良いな」
送って行こうと、門木は背中を向ける。
だが、レイラは首を振った。
おんぶも捨てがたいとは思うものの、一緒にパーティを楽しみたい気持ちの方が勝った様だ。
「大丈夫ですから」
それに、顔が赤いのは熱のせいではないから。
「…そうか。だが無理はするなよ」
門木はレイラを火の傍に座らせ、自分のコートを羽織らせた上から更にマフラーをぐるぐる巻きに。
「でも、先生が」
「…俺は、大丈夫」
それほど寒さを感じないから――感じないだけ、かもしれないが。
「門木先生…大好きです」
「…ん、ありがとうな」
いや、そこの返事はそうじゃない。頭を撫でるところでもない。
と言うか、やっぱり中身は相変わらず…?
レイラもそこは心得ているのか、さりげなく話題を変える。
「門木先生はリュールさんにプレゼントとかをしたことはあるのですか?」
「…そう言えば、なかった気がするな」
「でしたら、一緒にマフラーを作ってお母さんに贈ってみてはどうでしょう」
今年の思い出作りのためにも。
「今から、幸せを取り戻してほしいのです」
「…ありがとう。でも、もう充分に幸せだから…」
それに、母を幸せにするのは自分の役目ではないのだろう。
と、そんな考えが自然と湧き起こって来た事に、門木は軽い驚きを覚えた。
そろそろマザコンも卒業だろうか。
そこに忍び寄る、白い影。
「はいっ、センセにこれあげるねっ」
ばさっ!
鏑木愛梨沙(
jb3903)は、門木の首に何かを軽く巻き付けた。
直後、そのまま逃げる様にダッシュで走り去る。
「…何だ…?」
面食らった門木が漸く事態を理解した時には、もうその姿はどこにもなかった。
首元で揺れるそれは、どうやらマフラーであるらしい。
門木の髪と同じ、少しくすんだダークグリーン。
網目が不揃いなせいか、僅かに歪んで先端が捻れて丸まっている辺りに、努力と苦労の跡が忍ばれる。
それでも一生懸命、精一杯の心を込めて編んだのだろう。
しかし、こんな風に逃げられたのでは、礼を言う事も出来なかった。
「…困った奴だな…」
雪の上に付けられた乱れた足跡。
それを目で追って、門木は小さく溜息を吐いた。
まあ、似た様な状況に直面した場合、自分も同じ様な態度を取らないという保証も自信もないけれど。
「先を越されてしまいましたね」
リボンをかけた紙袋を両腕に抱きかかえ、カノン(
jb2648)もまた溜息をひとつ。
自分にはまだ、風雲荘でもクリスマスを祝う機会がある。
それなら今日この場でないとプレゼントを渡す事が出来ないであろう他の人達を優先した方が良いのではないか。
そんな事を考え、遠慮しつつ、門木の周囲から人がいなくなるのを待っていたのだが。
彼がフリーになる瞬間など、強引に作りでもしない限り、そうそうあるものではなかった。
行き場を失ったプレゼントを抱えて、カノンは足元に視線を落とす。
だから、気付かなかった。ふいに声をかけられるまで。
「…お前は、雪だるまにでもなるつもりか?」
頭の上に手が伸びて、髪に絡み付いた雪を払う。
「先生…」
目の前に、門木が立っていた。
「雪…ホワイトクリスマス、というんでしたか。これは確かに、綺麗というか浪漫がありますね」
「…そうだな」
しかし、こんな所に立っていたら雪だるまになる前に風邪をひく。
「…ほら、行くぞ」
差し出される手。
それを取ろうとした弾みに、抱えていた紙袋が滑り落ちた。
「…交換用、か?」
「あ、いいえ、これは…個人的なもので」
慌てて拾い上げ、後ろ手に隠す。
渡す機会を逸したとは言え、交換に回すつもりはなかった。
「他の方に渡ってしまうのは残念ですし…」
普通はこの辺りで気付くだろう――それが自分の為に用意された物だという事に。
しかし、相手は門木だ。
「前回のツリーにマフラーを作った時にある程度コツはつかめた、と思います、ので、その…先生に、作ってきました」
ここまで言って漸く伝わる驚きの鈍さ。
「…俺、に?」
「でも、同じ物がいくつもあっても扱いに困りますよね」
「…同じじゃ、ない」
同じ人から同じものを幾つも貰うのは困るけれど。
贈り主が違えば、それは全て違うもの。
「…えと、貰っても…良い、かな」
こくりと頷き、差し出された袋の中身は真っ白なマフラー。
「…ありがとう。でも今は、お前の方が寒そうだな」
門木は受け取ったそれをカノンの首にふわりと巻き付けた。
「…家に帰ったら、返して貰うから」
ぎゅっと抱き締め、耳元でもう一度「ありがとう」と囁く。
それがお礼を言う時の作法だと、この前教わったから。
去年と同じ場所。
パーティの喧噪から少し離れた、誰もいない静かな一角。
「また、一年経ったんだね」
もふもふペンギン、七ツ狩 ヨル(
jb2630)が、ツリーを見上げて呟く。
最近お気に入りの猫リュックにホットカフェオレも入れて、防寒対策は完璧だ。
それを抱え込んでもふもふしながら、蛇蝎神 黒龍(
jb3200)が訊ねる。
「一年、って大きいなぁ。大事にしたいなぁ。ヨル君はどう?」
「ん…」
人界に来てからいろんな事があって、長かったような、あっという間だったような。
黒龍とは、あれからもっと近付く事は出来たのだろうか――ココロの箱を開くほどに。
同居を始めてからは、物理的な距離は近付いたと思うけれど。
「そうだ。誕生日おめでとう、黒」
今年も寒さに負けて、誕生日の正装は断念せざるを得なかった。
しかし心の中ではメイド服。
「これ、クリスマスプレゼント」
綺麗な袋に入った手作りのジンジャーマンクッキーを手渡す。
ちょっと全体に焦げ目が付きすぎて、生姜も多めで少し辛いけれど、累々と積み重なる炭と化した仲間の墓標を踏み越えて来た、ジンジャーマンの選ばれし精鋭達だ。
「すごいやん、いつの間にこんな上手くなったん?」
「練習、した」
黒龍には内緒でこっそりと。
バレていたかもしれないけれど、こっそりと。
「誕生日の分は、これで良いかな」
不意打ちのキス。
大丈夫、誰も見てない。
「おおきにな、ヨル」
黒龍もプレゼントは用意してある――しかも、だいぶ前から。
でも、それを渡すのはこのパーティが終わってからだ。
とりあえずこの日は皆で楽しもう。
「来年も黒や皆と、この木の前で過ごせたらいいな」
カフェオレで暖まりながら、ヨルが呟く。
その時はまた、何かが変わっているだろうか。
良い方向に向かうなら、変わっていくのも悪くない――
「去年はアシュの下のおねーちゃんと、部活の料理のせんせーとその恋人さんが参加したんだけど」
神谷 愛莉(
jb5345)は、幼馴染である礼野 明日夢(
jb5590)の手を引いてテーブルの端へ。
防寒対策の為に、オーバーやマフラーなど色々と着せられて、もっこもこだ。
「せんせー結婚しちゃって今年は旦那さんと一緒メインだっていうしー。だからアシュと来たの!」
りあじゅー? なにそれ?
一人じゃ危ないって皆が言うから、一緒に来ただけですの。
「エリ、夜になるまでに帰るように言われて参加してるんだからね」
巻き込まれる形でお目付役を任された明日夢が、寒さに震えながら早速お小言を漏らす。
「ホワイトクリスマスは温かい部屋で見る分には良いけれど、野外でやるもんじゃないと思う…」
それに、小学生には色々と門限や規律があるのだ。
「先生主催だから暗くなるまでは二人だけでもOK出ましたけど」
しかしその先生は、生徒達に目配りしている様子もない。
大丈夫なのだろうか、あの人に任せておいて。
不安な明日夢をよそに、愛莉はめいっぱいパーティを楽しんでいる様子。
「んっと、んっと。とりあえずクッキーと焼きメレンゲ、アシュと先生達と一緒に焼いてきましたー」
どさー。
「今日は寒いから、持ち帰り専用かなー?」
と、脇から伸びる手がひとつ。
「頂いても良いですか?」
にこー。
振り向くと、そこには妙にキラキラした二人組の姿があった。
「あ、お兄さん達も参加? よろしくお願いしまーす」
甘い物がお好きなんですね、どうぞどうぞー。
その様子を見つめる明日夢は不安げに眉を寄せる。
愛莉の知り合いだろうか?
「ううんー、しらない。でもどっかで見た事ある気がするんだよねー。金髪なんて依頼で一緒だったら覚えてると思うんだけど」
言われてみれば、明日夢にも見覚えがある様な。
夢か、それとも幻か。
クリスマスの奇跡なんて、ありふれているけれど。
(学園にあんな目立つ二人組がいたら、噂にならない筈ないですし)
どちらも美形で、しかも男同士で仲良く手を繋いでるとか、そっち方面が好きなお姉様方が放っておくとは思えなかった。
(エリ、嬉しそうだな)
まるで長いこと会わなかった恋人に再会した様な。
そういう関係ではないという確信はある。
けれど、やっぱり少し複雑な気分になるオトコゴコロだった。
「メリークリスマース! いやぁ、高2のクリスマスってのもいいもんだ! なんか2,3回やってる気もするが!」
伊藤 辺木(
ja9371)は永遠の高校二年生である。
彼には高二の一年間を延々と繰り返すという、無限ループの呪いがかけられているのだ。
え、違う?
「呪いじゃない、俺はただ普通に留年してるだけだ!」
来年こそは高三に進級する為に、毎日の鍛錬は欠かさない。
進級願い拝み倒し土下座の訓練を一日百回、しかもただの土下座じゃないんだぜ!
この腕の絶妙な角度と華麗なフォームが…って、聞いてる?
「まあ良い、ともあれ盛り上げるとすっか!」
盛り上げイコール爆発、じゃない。まずは酒だ。
「祭りっつったら酒だろう!」
大丈夫、無限ループでも歳だけはきっちり重ねている、って言うか最初から二十歳オーバーの高二だったよ!
既に高二は遥か彼方に消えたがもはやどうでもいい!
酒だ酒だー、酒もってこーい!
「浴びるように飲むぞ! むしろ浴びるぞ! これが祭りだ!」
酒を浴びたらその勢いで料理をするぜ。
「豪快な肉料理、俺、ちょっと自信あるんだ」
あ、ミハイルさんも一緒にやる?
じゃあフランベ用の酒を持って来て貰おうかな!
「伊藤さんとミハイルさんが、お料理?」
心配そうに見守るクリスの目の前で、二人揃って「大丈夫だ任せろ!」とイイ笑顔でサムズアップ。
「任せろって言われてもなー」
ますます不安が募るんだけど。
そんなクリスの目の前で、辺木はフライパンに肉を乗せる。
「こうして酒でフランベも…」
まずは普通に焼いて行き、最後の仕上げに――
「酒持ってきたぜーー…っと、ああああぁっ!」
ミハイルが運んで来たのは、世界最強の酒と言われるスピリタス。
何故かキャップを開けっ放しで運び、かつ運搬途中で躓いて転ぶのはお約束だ。
いや、寧ろ紳士の嗜み。
バシャッ!
それを頭から被った辺木に、コンロの火が燃え移る。
「うおぉぉぉ浴びた酒に引火したぁぁぁ!?」
勿論フライパンにも燃え移る。
「うわぁぁぁフライパンの中と外に大小ステーキがぁぁぁ!!」
盛大に立ち上る火柱。
それを見ていた観客達は語る。
「くっ、今回の俺はちぃと大人しすぎたか。これは反省材料にせなあかんな!」
「おにーさんは寧ろ普段の弾けすぎを反省しt(むが」
「シグ坊〜、ちゃんと肉も食わんと大きくなれんぞ〜?」
ねじ込みねじ込み!
「ゼロさんとしぐりっどさんは、仲良しなの…」
「きゅぃー」
「りんりん、へーか、他人事やと思うたか!」
ねじ込みねじ込みねじ込み!
以上、中継でした。
「きゃー、お肉がお肉が燃えてるぅー」
若干棒読みな少女の叫び。
辺木は外から中からよく燃える。
「氷のルーンよその力を開放せよっ…てあれ?」
その火柱に手を翳し、氷で冷やそうとしたクリスだったが。
「しまったー、今日は暖を取れるように灯火のリング着けてたんだー」
今度は正真正銘の棒読みだ!
火に油どころか、火に火酒プラス新たな火種。
「ああっ更に火力がぁー」
暖かい、暖かいよ辺木さん、まるでキミの心の様だ!
「み、ミハイルさん…クリスさん…」
ゆらり、炎の中で辺木が腕を上げ、最後の力を振り絞ってフライパンを差し出す。
「俺に構わず肉を持っていけぇ! お祭を盛り上げるんだ!」
は、離れていろ…俺に触ると爆発するぜ!
「待て辺木、まだ早い!」
燃えさかる炎から肉とフライパンを救い出したミハイルは、その意思を継いでフランベ料理に挑む。
意思が遺志になる前に――
「できたぜ、辺木! …Σ!」
「ふっ…アイルビーバック!」
どーん!
さらば友よ、お前と会えて楽しかった。
我が生涯に一片の悔いなし!
「辺木いぃぃぃっ!」
まだだ、まだ諦めるな!
「おい、しっかりしろ、これを食うまで死ぬなぁぁ!」
真っ黒辺木をゆっさゆっさと揺さぶって、ミハイルは渾身の力作を振舞う――って言うかねじ込む!
ねじ込み文化は、こうして新たな後継者へと受け継がれていくのであった。
めでたしめでたし。
だがパーティはまだ終わらない。
もうちょっとだけ続くんじゃ!
「メリークリスマス! 楽しんでますか!?」
セクシーなミニスカサンタ達は、寒さに負けずセクハラにも負けず、元気に笑顔を振りまいて回る。
すみれにとっては、女子大生になった魅力を発揮する好機、そしてその効果は抜群だ!
銀のトレイを片手にかざし、空から舞い降りる雪を見ながらくるくる回ってみたり。
これって乙女っぽいよね。ね。
誰ですか子供っぽいなんて言う人は!
鈴音も負けてはいられない。
すみれが女子大生のお色気で勝負するなら、自分はウェイトレス本来の技術で勝負だ。
いや、別に勝負とかしてる訳ではないけれど、何となく対抗しないといけない気がしたから。
両手に持てる限りのグラスや皿を乗せ、テーブルの間を回って足りない分を補充していく。
空いた食器は手早く下げて、皆が快適に食事が出来るように気を配り――
それは良いけど、二人ともちゃんと楽しんで下さいね?
少しは休んで食事も摂らないと…え、大丈夫? 問題ない?
「自分も楽しく皆も楽しく!」
「パーティーを盛り上げたい!」
「「それが!」」
二人は声を揃え、トレイを掲げてポーズを取る。
「「私達ミニスカサンタの願い!」」
きらーん!
ああ、そう…なら良いんだ、うん。
「…クリスマス…皆、楽しそうですね…」
透次に誘われるまま、セレスはパーティ会場を見て回る。
その合間に食事をしたり、誰かが始めたゲームに恐る恐る混ざってみたり。
(透次さんは如何だろう…楽しい、かな…)
こっそり横顔を覗き込む。
「…なに?」
目が合って、思わず視線を逸らしてみたり。
「…楽しい雰囲気…此方まで何だか楽しい気がしてきます…」
こんな風にクリスマスを過ごすのは、初めてだ。
「ね、今度はツリーを見に行こうよ」
透次が誘う。
近くで見るのも、また違った趣がありそうだ。
会場の方ではプレゼントの交換会が始まっていた。
それぞれに持ち寄ったプレゼントに番号を付け、くじで当たったものを受け取れる仕組みだ。
「では始めまーす!」
司会進行はミニスカサンタの二人。
まずは番号札一番、シグリッドには鈴音のマフラーを。
その鈴音には、すみれ提供の男女兼用レッグウォーマー。
すみれには、紫苑提供の冬季限定お菓子の詰め合わせ。
「パーティーだからあけちゃってもいいのよ? よ?」
期待の眼差しで見つめる提供者。
「うん、皆で食べましょうね」
そう答えるしか、ないではないか。
喜ぶ紫苑にはクリスが母国産の毛糸で編んだ、暖かそうな手袋。
「手の甲に雪の結晶のモチーフが編み込まれてるんだよ」
クリスには愛梨沙が持って来た、天使をモチーフにした写真立て。
愛梨沙の所にはミハイル提供、細部まで細かい細工が頬ドコされたチョコレート製モデルガンが回って来た。
ミハイルに贈られた、裾に桜模様が入った濃紺の綿入れ袢纏はりりかの提供だ。
りりかには――
「まさかのオルゴールきゅぃ」
曲はクリスマスらしく、きよしこの夜きゅぃ。
「胡桃さんには、これで君も今日からもふもふにゃんこセットなのです!」
猫耳付きイヤーマフ、黒猫の尻尾&ぬいぐるみ付きマフラー、黒猫の耳付き手袋(肉球有り)で、ももんがは黒猫になる、かも?
提供者は、言わずもがな。
そして黒猫忍者にはユウの手作り虹色ミサンガ。
ユウにはキョウカのうさぎのストラップと、似顔絵券。
「キョーカがおえかきします! なの!(きりっ」
キョウカには揺籠が選んだ男女兼用の温かそうな耳当てを。
そして最後に、シグリッドのもこもこ猫スリッパが揺籠の手に渡る。
さあ、皆さんの結果は満足のいくものだったでしょうか。
交渉次第では交換も可能、かもしれませんよ!
「門木先生メリークリスマス!」
もふ。
「来年も良いお年を!」
もふもふ。
カップケーキを配るついでに、黒猫忍者は門木にご挨拶。
それをちょっぴり羨ましそうに見ていたダルドフにも、もふっとな。
「そう言えばダルドフさんは猫好きでいらしたのですねー」
もふもふもふ。
「くまさん、メリークリスマスきゅぃー♪」
もぐんがは、その背にくっついてmgmg…しない、しないよ!
だって可愛い娘さんいるのに、出来ないでしょ。
「でも久遠ヶ原いちの仲良し親子の座は譲らないきゅぃ」
「ふむ、親子歴では確かにぬしらの方が先輩ではあるがのぅ」
しかし大切なのは長さではない、深さと密度だ。
「某も負けぬぞ、のぅ紫苑?」
「まけねえでさ!」
頭を撫でられ、紫苑も鼻息荒く答える。
何が負けないのか、今イチわかっていない様子ではあるけれど。
そんな親子の様子を、キョウカはせっせとスケッチしていた。
「できた、なの!」
スケッチブックを掲げ、自慢げに見せる。
「だるどふたまと、しーた、だよっ」
「ほう、良く描けておる…キョウカは絵が上手だのぅ」
ダルドフは何処からともなく取り出した朱色の筆ペンで、余白に小さな花丸を付けた。
「おはな、ちいさい、なの」
「む? 大きくしたら、せっかくの絵にかかってしまうであろう?」
「いいの、おっきいはなまる、どーんってほしい、だよ?」
「ふむ、そうか」
では遠慮なく、どーんと!
「だるどふたま、あいがとなのっ!」
他にもたくさん、リュールと門木や、談笑している皆の姿。
そしてプレゼント用に描いたユウの似顔絵。
写真も良いが、絵で残すのも味わいがあって良いものだ。
「キョーカ、キョーカ、雪だるま作りやしょ!」
「うん、いっしょにつくる、なの!」
まだ降りしきる雪の中に駆け出して行く二人。
「やれやれ、子供は元気ですねぇ」
その姿を見送って、揺籠は溜息と共に苦笑いを漏らす。
だが、元気な子供達は怠惰な大人達を放ってはおかなかった。
「何やってんですかぃ、にーさんもですよぃ! おとーさんもー!」
呼ばれた二人は、のっそりと重い腰を上げる。
だが動き出してしまえば後は子供と変わらない、揺籠は早速小さな雪だるまを作り始めた。
それを見て、何故か対抗心を燃やす紫苑。
「おれはもっとでかいの作りやすぜ!」
ぬおおおお!
ごろんごろんと転がる雪玉、どんどんどんどん大きくなって…
「う、うごかねぇ、でさっ!」
「どれ、貸してみぃ」
洒落にならない大きさまで発展した雪玉を、ダルドフが更に大きくごろんごろん。
その上にもうひとつ、大きな雪玉を乗せれば、超特大雪だるまの完成だ。
高さは多分、建物の二階分くらいはあるだろうか。
ひょいと飛び上がった紫苑は、モミの枝からそれを見下ろしてみる。
「きょ年は、だぁれもいねぇで…ひとり、だったんですよねぃ」
僅か一年後、こんな賑やかなクリスマスを迎える事になるなんて。
「上から見たけしきはきらきらキレイでさ」
ちょっと悪戯心を起こして、枝に積もった雪を丸めて落としてみる。
真下に揺籠の姿があるのは既に確認済みだった。
そのすぐ傍に、父がいる事も。
「っつめてっ! ちょ、何すン――いや、まあ、子供の悪戯にいちいち目くじら立てンのも大人げねぇですかね」
笑顔が微妙に引き攣っているのは仕方ない。
だって怒れないでしょ、怒れる筈ないでしょ、お父さんの目の前で!
「ツリーのマフラー、役に立ったみてえですねぇ」
目を逸らし、話題を逸らしてみる。
「紫苑サンもマフラー編んだんですぜ」
「ほぅ?」
「えーっとたぶん、そうだここからここまで、ですね」
「ほぅ、ほぅ、紫苑がこれをのぅ」
嬉しそうだ。
お父さんにも編んであげたら、もっと…多分、泣いて喜ぶんじゃないかな、なんて?
その周りで、キョウカはミニ雪だるまを大量生産。
頭の上には雪うさぎを載せて…
「うしゃぎたん、かぁいくできた、なの!」
雪だるまにも、うさみみ付けてみようか。
「もっとかぁいくなる、だよ?」
そして大量のうさみみだるまに囲まれ、身動き取れなくなる大人達。
「やりきった、なのっ」
良い仕事しました、まる。
雪遊びから戻った彼等の元に運ばれて来る、料理の数々。
「こちら、リュールさんが作られたのですよ?」
「なんと…っ!?」
ユウの言葉に、ダルドフは思わず元妻の方を見た。
例え衣を付けただけでも、丸めただけでも、混ぜただけであろうとも、作った事に変わりはない。多分。
だが、リュールはそれで「作った」とする事を、良しとはしなかった。
「作るというのは、こういう事だろう」
どん!
ダルドフの目の前に置かれたそれは、多分、ええと…お好み焼き?
「焼きそばだ」
あ、なるほど。麺が原形を留めてないけれど、言われてみればそんな気もする。
「別に、無理に食べる必要はないぞ」
しかし、そう言われて引き下がっては男が廃る。
「据え膳食わぬは男の恥と言うではないか!」
いや、それ意味違うから。
しかし挑戦すると言うなら止めはしない。
「どうぞなの、ですよ?」
りりかにそっと胃薬を差し出され、いざ勝負!
後に彼は、こう語った。
あれは生涯最強の敵であった――と。
そしてここにも、涙しながら料理を口に運ぶ者がいた。
それを料理と呼べるなら、だが。
「クリス、こんがり焼けすぎたこの肉、責任とって食べるがいい」
心配ない、身体に悪そうな程に焦げた部分は流石に取り除いたから。
「ハイパーウェルダンのお肉、歯ごたえがあって美味しいです。はい」
えぐえぐ。
「今日はどうだったかな?」
ツリーに巻いたマフラーの前に立ち、透次が訊ねる。
「僕一人で楽しんでたんじゃないと良いけど…」
「…私の、方こそ…」
楽しかった。
人生で初めてと言って良いくらいに。
「透次さん、有り難う…」
微笑むセレスに、透次も笑みを返す。
(セレスさんが幸福を知り、笑顔になれる日が来ると良いな)
パーティが始まる前、そう願ってこっそりと願い事を追加しておいた。
『セレスさんが幸福に出会えますように』
それを叶えるのは、神様か、それとも――
「記念撮影、しようか」
今日と言う日を忘れない様に。
そろそろパーティも終盤にさしかかった頃。
交換とは別に、りりかは親しい者達に贈り物を用意していた。
「章治せんせい、どうぞ…なの」
差し出されたのは、縁に桜の柄が入ったお洒落眼鏡。
頑張った服装に良く似合う。
「…ありがとう」
軽くハグして、耳元で囁く。
「しぐりっどさんには、章治せんせい人形…なの」
勿論りりかの手作りだ。
服装は以前のラフすぎる格好だが、残念ながら着せ替えは出来ない、っぽい。
ダルドフとゼロには桜柄入りのロックグラス。
ゼロの分は、そこに烏が飛んでいるデザインになっていた。
そして胡桃には文庫本を――タイトルはズバリ『女子力』だ。
待って、ちょっと待って。
そこだけ何だか、贈り物のコンセプトと言うか選択の基準みたいなものが、違っている気がするんですけど?
「気のせい、なの」
にっこり。
「なんだか複雑きゅぃ…」
でも、ありがとう。
頑張って女子力上げて、父さんを墜t――いいえなんでもありません、きゅぃ。
「さて、流石にもう料理は充分やな」
いくらねじ込もうとしても、これ以上は入らないだろう。
ここからはゼロさんのスーパーアレンジタイム。
残った料理や余った食材を使って、お持ち帰り用の新たな料理に生まれ変わらせるのだ。
その間に他の者達は片付けと、黒さん特製ヌイグルミの回収だ。
「ランダムに飾り付けてあるから、自分の分は自分で探すんやで?」
その言葉に従って、ヨルがツリーの周囲をぱたぱた。
空飛ぶペンギン爆誕の瞬間である。
「あった…これ、だよね」
でも、お持ち帰りはしない。
「…一緒の方が、きっと木も寂しくない」
「せやね」
それならこれも一緒にと、黒龍は自分の分身を隣に飾った。
「ずっと、一緒や」
「わ…これは頂いても良いの、です?」
自分のぬいぐるみを見付けたりりかが嬉しそうな声を上げる。
「ええで、本人同士の了解があれば交換も可能やね」
それを聞いて、シグリッドが目を輝かせる。
「せんせー、ぼくのと交換して貰っても良いですか…!」
それとも誰か他に交換したい人とか、いる?
「…それは、構わないが…見付けたのか」
「はい、ここにあったのです!」
頑張って高い所まで登ったシグリッドは、そこに秘密の願い事を飾っていた。
ついでに門木がこっそり吊したらしい願い事を見付けてしまったのだが――
そこに書かれていた事は、秘密にした方が良いのだろうか。
どうやら、家にいる時くらいは皆に「先生」ではなく名前で呼ばれたいと、密かに願っている様だけれど。
「おわっちゃうの、さびしー、なの」
自分のぬいぐるみを手にとって、キョウカがぽつりと呟く。
「また、パーティやりたいなの」
お正月に、ひなまつり、子供の日に、それから…何でもない普通の日でも。
「きっと出来ますよ、ここの人達はお祭り好きですからねぇ」
その頭を、揺籠がそっと撫でた。
ツリーの片付けも終わり、ぬいぐるみも貰われて行った。
ミハイルと愛梨沙はそれぞれの自室に飾る様だ。
「ほないこか」
黒龍がヨルの手をとる。
これから数日、とある有名なリゾート地のホテルで二人きり。
それがヨルへのクリスマスプレゼントだった。
「シグ坊、へーか、りんりん」
最後にゼロが、三人の頭を順番に撫でながら、ちょっぴり真面目にご挨拶。
「みんないっつも俺のおふざけ付き合ってくれてありがとうな。みんなと一緒におれて一年楽しかったわ♪ 来年もねじ込んだりぶん投げたりすると思うからよろしくな〜♪」
では、締めのぶん投げ行きまーす!
ゼロコースター、発進!
ツリーの明かりも消えた頃。
インレはイーファを抱えて夜空を飛んでいた。
星空と街明かりを一望出来る秘密の場所へ、温かい紅茶を魔法瓶に入れて、貰った手袋を嵌めて。
幸い、そこには雲ひとつない星空が広がっていた。
「インレ様、これが?」
「うむ」
頷いたインレが虚空に掌を翳すと、小さな月が空に浮かんだ。
その手を閉じると、月も消える。
「空に月は見えぬが。この通り、掴むことが出来ておる。イーファのお蔭だな」
「インレ様」
こんな素敵な景色がプレゼントなんて。
「とても、嬉しいです。クリスマスの素敵な思い出になりました」
暫く眺めたら、帰ろうか。
ここは冷える。
それに、丑の刻には――
おっと。
ここから先は、ヒーローの秘密ですよ?