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マスター:STANZA
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/12/21


みんなの思い出



オープニング




「――まいったな……」
 おんぼろアパート風雲荘のリビングで、ソファに身体を沈めた堕天使リュール・オウレアルは天井を仰いだ。
 雨漏り跡の様なシミが、その一部に地図を描いている。
 恐らく、かつて誰かが上の階で水漏れ騒ぎでも起こした、その名残だろう。
 目の前のローテーブルには、一枚の栞が置かれていた。
 淡い水色の和紙にタマスダレの押し花が乗せられたその表面はラミネート加工されている。
 アパートの誰かが気を利かせて作ってくれたのだろう。
「花言葉は、汚れなき愛……か」
 自分で呟いて、リュールは耳まで赤くなった。
 誰かに聞かれていなかっただろうかと、慌てて周囲を見回す。
 が、今は平日の昼間。
 殆どの者が学校や仕事に行って、留守だった。
 安堵の溜息を吐いて、リュールは再び栞に目を落とす。
「まったく、あの馬鹿が」
 別れて五百年ほど、どうやらその間ずっと、自分は彼に守られていたらしい。

 戦いなど好まない男だったのに。
 背ばかり伸びた、吹けば飛ぶようなモヤシ男だったのに。
 それが何をどうすれば、ああなるのか。
 どこか無理をしているのではないだろうか。
 身体は大丈夫なのか、寿命に影響はないのか。
「ああ、くそ!」
 美人さんには似つかわしくない言葉を吐き出し、リュールは立ち上がった。

 自分は息子を守る為に戦いに身を投じた。
 それと全く同じ理由で、彼は自分の前から姿を消したのだ。
 何も言わず、自分から愛想を尽かされるように仕向けさえして。
「まんまと乗せられたわけか、私は」
 見抜けなかった。
 所詮は若造と、軽く見る気持ちもあったのかもしれない。
 そのくせ、彼の名を捨てる事も出来ずに――

「一言、礼くらいは言っておくべきだな」
 この端を受け取った時、結局、言葉は交わさなかった。
 交わさなくても、通じるものがあった。
 しかし。
 このままでは寝覚めが悪い。

 彼は今、確か東北の何処かに居を定めているのだったか。
「まあ良い、近くまで行けばわかるだろう」


 気楽に、そして身軽に。
 リュールはアパートを出た。
 まるで近所に買い物にでも行く様なノリで。
 書き置きもせずに。

 勿論、彼女は知らない。
 東北地方というものが、どの辺りにあるのか。
 そこまでの距離も、どれほどの時間を要するのかも。
 電車やバスの乗り方も知らない。
 辛うじて金の使い方は覚えた様だが――



 その夕刻、風雲荘がまさに風雲急を告げる状態となった事は言うまでもない。

「……母上?」
 帰宅した門木章治(jz0029)が、その姿を探す。
 いつもならリビングで出迎えてくれるのだが、そこには人の気配が全くなかった。
 自室にもいないとなると、少々不安が募ってくる。
「……母上……っ!?」
 二階の誰かの部屋にも、風呂場やトイレにも――って、覗いて見たのか門木。
 いや、今はそんな事を気にしている場合ではなかった。
「母上、どこなのです!? 母上!?」
 庭や周辺も探してみたが、どこにもいない。

 まさか誘拐?
 誰もいない間に天界の襲撃に遭ったのか?
 どうしよう。
 人を疑ってかかるのは嫌だなんて、甘い事を言っている場合ではなかったか。
 助言の通り、セキュリティのレベルを上げておくべきだったのか。


 その頃、リュールは――
 迷子だった。
 堕天前なら一息に海を飛び越え、本州の土を踏む事も出来ただろう。
 しかし今ではそれも叶わない。
 途中で諦め、引き返し、そして……現在地がわからなくなった。
 久遠ヶ原の人工島内である事は確かなのだが。
 この辺りには来た事がない。
 目印になりそうな物も見当たらず、家に連絡を入れようにもスマホも携帯も持っていない。
 個人の通信デバイスが普及した結果、島に公衆電話は殆どなかったし――
 あったとしても、金もテレカもない。
 そもそも、財布を持って出なければという意識さえ希薄だった。

「さて、少々困った事になった、か」
 誰もいない人工海岸で、リュールはひとつ溜息を吐く。
 海を紅く染めて、水平線の向こうに夕日が沈もうとしていた。
 少し風が冷たくなって来た気がする。
 そう言えば、随分と薄着で来てしまった様だ。


 さあ、どうするどうなる風雲荘!?
 そしてリュールは無事に元夫の元へ辿り着く事が出来るのか!?




リプレイ本文

「え、リュールが居ない?!」
 鏑木愛梨沙(jb3903)が驚きの声を上げる。
 もう夜になるのに、いったい何処へ行ったのだろう。
「リュールさん、まだ余り人間社会に慣れていないのですよね…?」
 子育て談義に花を咲かせようと立ち寄った星杜 藤花(ja0292)が、心配そうに門木を振り返る。
(門木先生…)
 直後、心配指数が更に跳ね上がった。
(嗚呼…)
 彼は今、恐らく話が出来る状態ではない。
「まずはカドキを落ち着かせないと、かなぁ」
 七ツ狩 ヨル(jb2630)の言葉に頷いた蛇蝎神 黒龍(jb3200)は、大きく息を吸って――
「しっかりせぇっ! エルナハシュ、いや門木章治!! しっかりと立て!」
 炸裂したその声に、門木は電気ショックでも受けたかの様にビクンと身を震わせる。
 オロオロと歩き回っていた足が、ピタリと止まった。
「……そう、ですね。すみません」
 小さく笑って頭を下げる。
 だが口調がおかしい。いつもの喋り方ではないし、所謂ナーシュ語でもない。
「センセ、大丈夫?」
 愛梨沙が手を伸ばすと、まるで触れられるのを怖れる様に身を引いた。
「センセ……ナーシュ!」
 その身体を引き寄せ、頭を胸に抱え込む様に抱き締める。
「大丈夫、大丈夫だよ。リュールはきっと無事で居る、すぐに見つかるから、大丈夫、だから落ち着いて……」
 それは門木への言葉であると同時に、自分自身への暗示でもあった。
(あたしまで一緒に慌ててたら、センセも余計に落ち着かなくなるもの。冷静に、冷静に……)
 自分の心音を聞かせつつ、愛梨沙はゆっくりあやす様に背中や頭を撫でながら耳元で囁いた。
 それが効いたのか、門木は落ち着きを取り戻した様に見える。
 だが、やっぱり変だ。
 女性の胸に顔を埋めるなどというラキスケ事案に遭遇して、あの門木が冷静でいられる筈がない。
「いつものせんせーなら、きっと真っ赤になって逃げるのです…!」
 シグリッド=リンドベリ(jb5318)ならずとも、門木を知る者なら恐らくは誰もがそう言うだろう。
 これ絶対何か変なスイッチ入ってる!
 やはりもう一度、落ち着かせる――いや、正気に戻す必要がありそうだ。
(こういう時は日常を思い出させるようなことをやればいいのでしょうか)
 カノン(jb2648)は考える。
(ええと、先生との普段の関係、といえば……)
 やはり、これか。
「先生、正座っ!」
 声と共に床を指差された門木は、反射的にその場に座り込んで姿勢を正した。
(……いえ、咄嗟とはいえなんで説教なんです、私)
 それを指示する自分も大概だが、しっかり反応する門木もどうかと思う。
 見事な条件反射と言うか、調教の成果と言うべきか。
 内心で頭を抱えつつ、カノンはその正面に座った。
「と、ともかく、リュールさんが何らかの事情で自分で動いたにせよ、何かあったにせよ――」
 あ、いや。何かあったというのは言葉の綾で、実際に何かがあったという意味ではない。
 だからそんな泣きそうな目で見ないで。
「壁にぶつかった時に私達はどうしてきました? おろおろしてきた訳じゃないでしょう」
 こくり、門木は頷く。
「ですから落ち着いて、まずはリュールさんを探しましょう」
 こくり。
「皆やさしいなぁ」
 その様子を見て、黒龍は溜息をひとつ。
 門木は皆を導く立場であり、親離れした大人だ。
 その事を自覚し、きちんと芯に収めて貰わなければ――と、黒龍は思う。
 しかし。
「小鳥の飼い方にも、書いてあった。叱りつけても効果ないって」
 小動物を手懐ける際に最も大切なのは、怖がらせないこと。
 そして自分から近付いて来るまで、焦らずにじっと待つことなのだ。
 だから、ヨルは客観的事実を指摘してみる。
「ここで戦闘した跡はないし、島に発信器のない敵が来たらすぐわかる…筈」
 誤解の余地がない、揺るぎない事実。
「そうですね。もし攫われたとかなら、風雲荘のどこかが吹き飛んでるに違いないのです」
 こくり、シグリッドが頷く。
 それもまた揺るぎない事実――?

「だとすると」
 玄関の方から声がした。
「散歩に出掛けて道に迷ってしまったのかな」
 穏やかな口調に振り向けば、そこには声と同じく穏やかな笑みを湛えた男の姿。
「ただの通りすがりだけど、ちょっと気になったものでね」
 その男、狩野 峰雪(ja0345)は門木のすぐ傍に腰を下ろした。
「早く迎えに行ってあげたいね」
 そう言いつつも、特に急かす様子もなく峰雪は続ける。
「門木さんは、初めて久遠ヶ原に来たとき、何が珍しくて、何に驚いて、何に興味を持ったか、覚えているかな」
「……ぇ…」
「思い出してみて。きっとお母さんを探す手掛かりになるんじゃないかな」
 言われて、門木は記憶を遡ってみた。
「……全部」
「なるほど、全部か」
 それは困ったね、そう言って峰雪は苦笑い。
 全てが珍しく、驚くものばかりで、全てに興味を惹かれ――その結果、初めて会った人間に騙された。
 いや、騙されたというのは語弊があるか。
 正確には「命の恩人の言葉を冗談も含めて全て真に受けた結果、今の門木章治が出来上がった」と言うべきだろう。
「あ、でも……」
 愛梨沙が言った。
「IDの反応を調べれば、どこにいるかわかるんじゃない?」
 人類側に付いた天魔は全て、学園に所属する際にIDチップ付きのアクセサリを携帯する事が義務づけられている。
「勿論リュールも持ってる筈よね?」
「それなら、こないだボクが渡した髪飾りにも付いとるね」
 黒龍が頷く。
 今日それを付けていたかどうか記憶にないが、他に何かしら身に付けている事は確かだ。
 何に付けているのか、門木にも教えてくれなかったけれど。
「学園でなら調べられる?」
 生徒だけでは無理かもしれないが、門木と一緒なら。
「センセ、一緒に行こう!」
 外に飛び出した愛梨沙は光の翼を広げた。
 だが、門木は――
「……ごめん、俺…飛ぶの苦手、だから」
 門木は教職員用のパスを取り出す。
 これを見せれば、自分がいなくても通して貰える筈だ。
「……俺、ここで待ってる、から」
 一緒に行っても、きっと足手纏いになる。
「だったら、あたしも歩く」
「……でも、時間が…」
 しかし。
「大丈夫なのだよ!」
 フィノシュトラ(jb2752)が門木の手からパスを取り上げ、ポケットに戻した。
「その間に皆で手分けして探すのだよ?」
「そうですね。実際にはチップでの反応等から居場所を絞るのが確実でしょうが、分かった時に近くにいればすぐ合流できますし」
 カノンが頷く。
 とは言え、どこを探せば良いのだろう。
 リュールの目的がわかれば方角の見当も付くだろうが、手がかりひとつ残されてはいないのだ。
「あなたは迷って途方に暮れたら、何を頼りに行動するかな。人工物? 自然物?」
 峰雪が尋ねる。
「同じような建物ばかりで、分からなくなってしまったら、空の太陽を目印にしたり…?」
 しかし、太陽は動く。
 地球が回っていて、太陽が動いて見える事を知らなかったら?
 ずっと追っていけば、やがて日は西に沈む。
「太陽を追って、人工物を抜けた先かな?」
「西の海岸、ですか」
「かもしれないね」
 とりあえず行ってみよう。
 範囲を絞るのはチップの情報がわかってからで良い。
(目が離せないのが同じなのは、流石親子と言うべきなんでしょうか……)
 感心すべき事ではないのだろうが、微笑ましくはある、か。
「とにかく急ぎましょう」
「お出かけなら帰ってきた時誰か居た方が良いのです、ぼく連絡係でお留守番してますね」
 シグリッドは一緒に行きたいのをぐっと我慢の子。
「わたしもここで待機していますね」
 藤花も留守番を申し出る。
「お母様のことを信じましょう」
 少しでも安心させようと、柔らかく微笑んだ。
 もうパニックは脱した様だが、家族の事を心配する気持ちはよくわかる。
 不安になるのも当然だろう。
「皆で探せばすぐに見つかるのですよ、大丈夫なのです」
 シグリッドが、ぽふぽふ なでなで。
「せんせーもちゃんとあったかくするのです」
 マフラーぐるぐるー、コートばさー。
 リュールの為に用意した防寒着その他諸々を持たせて。
「……いや、これは…」
 自分が行くより先に、きっと誰かが見付けているだろう。
「じゃあ、これはカノンさんにお願いするのです」
 身軽そうだし、うん。
「いってらっしゃい、ちゃんと手を繋いではぐれない様に気をつけるのですよ…!」
 え、そこまで子供じゃない?

 かくして風雲荘メンバー及び有志一同による、迷子のオカン捜索大作戦が開始される事となった。
「ねぇタロ、リュールの居場所、匂いでわかったりしない?」
「きゅぅん」
 青空・アルベール(ja0732)が尋ねるが、タロは申し訳なさそうに尻尾を丸め込み、項垂れてしまう。
「そっか、空を飛ばれちゃったら無理だよね」
 空中に漂う匂いを辿る事が出来るのは、特殊な訓練を受けた災害救助犬だけらしい。
「警察犬にも無理だって話だから、うん、タロが出来なくても大丈夫なのだ」
 だからそんなに落ち込まないでー。
「それに、ずっと飛んでるわけじゃないだろうしね」
 人の多い場所なら目撃情報もある筈だ。
「美人だから人目集めそうな!」
「きっと、人の記憶にも残ると思う」
 ヨルが頷き、黒龍と共に空から捜索に向かう。

 しかし。
「び人だから目立つ? へっ、にんしきがあめぇですぜ」
 物陰からそっと様子を伺う影ひとつ。
 秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)だ。
 何だか騒がしいと思って様子を見に来てみれば――
「ここをどこだと思ってるんでしょねぃ?」
 久遠ヶ原だよ? すごい目立つ人ばっかりだよ?
 きっと皆、慣れている。美人にも、その反対にも、他のどんな個性的な人達に対しても。
「ここはおれが、一はだぬいでやりやしょ」
 話は聞いた、ここは俺に任せろ――と、名乗り出るのもちょっと恥ずかしいから、こっそりと。
「だーれも見てなくても、お天道さまはちゃーんと見てるんでさ」
 しかしお天道様はただ見てるだけで、何も教えてくれない。
 手がかりになる情報も、他の人達の動きも。
「だれか、れんらく先とか教えてくだせ…」
 こっそりは、諦めるしかない様だ。

『二時間くらい前、天使が飛んでくのを見たって人がいたのだ』
『脇目もふらずに飛んでたって、聞いた』
『北西の方に真っ直ぐ、なのだよ!』
 留守番組の所には、聞き込みの結果が続々と入って来る。
 そして漸く届いたIDの位置情報も、それらの目撃情報の正しさを裏付けていた。
 リュールは島の北西海岸、どうやら暫くそこから動いていない様だ。
 それ以上の細かい位置はわからない。
 後は現地に向かった皆に頑張って貰うしかないだろう。

「センセ、あたし達も行こ?」
 情報を皆に一斉送信した愛梨沙は、門木の腕を引く。
「全力で飛べば――」
 ああ、そうか。そんなに速くは、飛べないんだっけ。
「……俺は、アパートに戻ってるから」
「だめ、センセを一人は出来ないもの。あたしも一緒に――」
「……頼むから、さ」
 腕を掴んだ愛梨沙の手を、門木はそっと外した。
 学校から家までの道で迷う筈もない。
「……大丈夫だから。お袋の保護を優先してくれないか」
 自分の事を心配してくれるのは、有難いけれど。
「うん、わかった」
 愛梨沙は光の翼を広げて宙に舞う。
「絶対、無事に連れて帰るから。アパートで待ってて?」
 そう言い残し、愛梨沙は全力で反応のあった方角へ飛んで行った。

 その頃、リュールは誰もいない海を見つめて黄昏れていた。
 間もなく水平線の向こうに日が沈む。
「あの向こうである事は、確かなのだがな」
 人は空を飛べない代わりに飛行機を使う生き物である事は、以前覚えた。
 だが、それはいつでも好きな時に利用出来るものではない様だ。
「ならば、この島の者はどうやって向こう岸へ渡るのか――」
 自分が迷子である事も忘れ、アパートで皆が大騒ぎしている事も知らず、呑気なものだ。

 と、その時。
『リュールさん、聞こえたら返事してほしいのだよ!』
 フィノシュトラの声が頭の中に響いた。
『リュール、どこ?』
 今度はヨルの声。
『リュール!』
 これは愛梨沙か。
 とりあえず全てに返事を送ると、すぐさま反応があった。
『危険が無いならその場から動かないで』
『そこから見えるものを教えてほしいのだよ!?』
『太陽の位置は?』
『近くに道路標識は?』
 ドウロヒョウシキとは何だ?
 と言うか、いっぺんに話されても誰が誰やら――
『リュール、この光は見える?』
 愛梨沙は星の輝きを空に掲げる。
 それは他の仲間達への良い目印にもなった。

 情報を貰った紫苑は、海辺や森の上をトップスピードでびゅんびゅん飛ばしていった。
「冬の海風は凄く寒いけど、冬の海は灰色で凄みがありやすぜっ」
 目印の光を見付けて急降下から、どーん――は、流石に自重しておく。
 そこまで慣れていないし、して良いのかもわからないし、それに何より……どーんしたら壊れそうだし。

 しかし、ここに自重しない人(+犬)がいた!
「この辺りかな。頼んだよ、タロ」
「わん!」
 今度は自信たっぷりに砂浜を駈け出して行くタロ。
 その後を追いつつ、青空は自分でも周囲に巡らせた魔糸やテレスコープアイでその姿を探し――見付けた!
「リュール! 探したのだー!」
 どーん!
 青空とタロが一緒に突撃!
 カーティガンを着せて、マフラーを巻いて、手袋を嵌めさせて。
「門木先生心配してるよ! 出る時はせめて一筆添えて、な」
 その上から、続々と集まって来た仲間達が次々にコートを着せかける。
「リュール、心配したのよ?」
 抱き付いた愛梨沙が、更にはカノンにフィノシュトラ、黒龍、紫苑……五枚重ねのもっこもこ、完成!
「身体の中からも温めんと」
 最後に黒龍が差し出したホットカフェオレ。
 冷えた身体に温かい飲み物は嬉し――
「あまっ!?」
 それに、なんだかジャリジャリしてる!?
「疲労回復には砂糖が良いって聞いた」
 こくり、ヨルが頷く。
 カップに横からどばーしたのは、あくまで親切心からです。
 良い事をしたと満足のヨルは、風雲荘に連絡を入れる。
「うん、見付けた…大丈夫、怪我もしてないし」
 今から連れて帰るという一言を聞いて、リュールは不満そうに眉を寄せたが。
「どっか行きてぇとこあったんでしょい」
 わかってる。
 そう言って紫苑が袖を引いた。
「けど、行く前にカゼひいちまったらもったいねーでさ。あったまったら、ちゃちゃっと帰りやしょ」
「何か急用だったのでしょうか? それなら急いで手配を済ませますが……」
 カノンの問いに、リュールは首を振る。
「だったら一度風雲荘に帰って、まずは準備しよ!」
 青空がタロの頭を撫でながら言った。
「タロちゃんも一緒に行きたいって言ってるのだ」
 それに多分、置いて行かれて悲しかったのだと思う。
「門木先生もすごい心配してたのだよ! ちゃんと安心させてあげないとだね!」
 畳みかける様にフィノシュトラが言った。
「後、行動する前に誰かに聞いたり調べたりして、しっかり下調べしなきゃだめなのだよ!」
 寄ってたかって心配とお説教をされているあたり、やはり親子である。
 それも多分、感心すべき事ではないのだろうけれど――


「リュールさん!(ぶわわっ」
 風雲荘の玄関を開けた途端、シグリッドが涙目で飛び付いて来る。
「すまん、心配をかけた…らしいな」
「らしいじゃないのです! 心配したのですよ…!」
 門木がパニックに陥っている間は我慢していたが、もう大丈夫だという事で遠慮なく涙腺決壊。
「門木先生…息子さんも心配していらっしゃいますよ」
 代わりに落ち着いた様子で出迎えた藤花が、リビングの奥を指し示した。
「センセ、ちゃんと帰ってる?」
 心配そうに覗き込んだ愛梨沙は、ソファに腰を下ろした門木の姿を見て安堵の息を吐く。
「……母上」
 門木はもうすっかり落ち着きを取り戻していた。
 いや、あの大騒ぎを考えれば、変に落ち着きすぎていると言うべきか。
「それで、どこに行くつもりだったの?」
 ヨルの問いを、リュールは全力でスルーした。
 しかし、ヨルも食い下がる。
「教えてくれないと、力になれない」
「これは私の個人的な問題だ、お前達に迷惑は――」
「もう、かけとるよね?」
 黒龍に言われ、リュールは答えに詰まった。
「リュールさん、もしかしたら……ダルドフさんに会いに行こうとしたのではありませんか?」
 妻として家庭を持つ身である、藤花の勘は鋭かった。
「それは気付かなかったのだよ!?」
 フィノシュトラが驚きの声を上げる。
 しかし考えてみれば、いかにも「ありそうな事」ではある。
 何より、本人が赤い顔をして明後日の方を向いているのが図星である証拠だ。
 でも、どうして会いに行こうと思ったのだろう。
「良かったら教えてほしいのだよ?」
 フィノシュトラはリュールの正面に回ってじっと見る。
 その隣で、青空も見る。
 ヨルも見ている。
 ついでに、タロもじっと見上げていた。
 遂に根負けしたリュールは、観念した様に溜息を吐く。
「別に、ただ……礼を言っていなかったと、思い出しただけだ」
 ちゃんと答えたぞ、だからもう良いだろう、見るな。
 と言うか何だそのニヤけた顔は。
「では、皆で一緒にお邪魔しましょうか」
 にっこり、藤花が微笑む。
「そうな、皆で行けば怖くないし、きっと楽しいのだ」
 青空は早速「旅のしおり第二巻」の制作準備に取りかかる。
「今回は小等部っ子もいるしな、電車に乗るときの注意事項とか、切符の買い方とか乗り継ぎの仕方とか……」
 それを聞いて、小等部っ子とは自分の事かと紫苑。
「おれはべつに大じょぶでさ。ピッてするのだって、もってますぜ!」
 IC乗車券、じゃーん!
 ほぼ毎週の様に出かけている通い娘に隙はなかった。
「切ぷ買うよりべんりですし、これにしたらいいんじゃねぇでしょうかねぃ?」
 それで、何で行く? 新幹線?
「ローカルって手もありやすけど、おれそっちはつかったことねぇんで」
「リュールさんにこちらの旅行を知ってもらう意味でも、鈍行でのんびりでもいいかもしれません」
 カノンが言った。
「それなら先生も経験ありますよね?」
「……え、あ、うん…」
 いきなり話を振られた門木は曖昧な返事を返す。
「電車の乗り方とか道中とか、迷走しない程度に先生からリュールさんに教えてあげれば如何でしょうか」
「……俺、が?」
 聞き返した門木に、カノンは頷いた。
 母親の助けになりたいという思いは門木にもあるだろう。
 それに、頼りにされて悪い気はしない筈だ。
「……うん…ありがとう」
 門木が笑顔を見せる。
 そう言えば今日、門木がちゃんと笑ったのはこれが初めてかもしれない。
「じゃ、ちゃんとしっかり旅行の準備をするのだよ!」
 ちょうど土曜日だし、出発は明日で良いだろうかとフィノシュトラ。
「それで良いと思う。あ、防寒着とか忘れないように」
 ヨルは黒龍と一緒に行った雪国の寒さを思い出し、思い出しただけでブルッと震えた。
「ダルドフさんへの連絡は、紫苑さんにお願いして良いでしょうか…?」
「わかりやした、まかしといてくだせ」
 シグリッドに言われ、にしし、と笑う。
 リュールが行く事は秘密にした方が良いだろう。
 けれど大人達と一緒に行くのだと言えば、嘘ではない、ない。
「もうすぐクリスマスだから、何かプレゼントを持って行ってもいいかもしれないね」
 峰雪は今ひとつ話の流れに付いて行けない様子だが、それは無理もない。
 彼等の家庭事情は特殊かつ複雑なのだ。
「途中の山形で果物狩り……は、もう終わってるかな。そうそう、あの辺りでは陶芸の体験も出来るんじゃなかったかな」
「とーげい?」
「湯飲みなんかを自分で作れるんだよ」
 後で焼き上がった作品を送ってくれる所もあるし、上手く出来たらそれをプレゼントするのはどうだろう。
「お父さん、喜ぶんじゃないかな?」
「やる! おれ、とーげいやりてぇでさ!」
「うん、じゃあそれも調べて、旅のしおりに載せておくね」
 青空が言った。
 東北ツアーローカル線の旅、今夜は徹夜で作業だろうか――


 そして翌日。
「昨日、待っている間にシグリッドさんと話していたのですけれど……」
 藤花が子供向けのスマホを門木とリュールに手渡した。
 GPS機能と防犯ブザーが付いた、色違いのお揃いだ。
「充電する時はここに置いてくださいねー」
 シグリッドは玄関先に充電器を二つ並べてセット。
「お出かけの時に持って出て、帰ってきたら戻せば目印にもなるのです」
「親子でお揃いですから、なくさないでくださいね?」
 使い方は後で――電車の中ででも教えるから。
 それから、今回の反省を生かしたお出かけセット。
 鞄の中には住所と名前、風雲荘と学園の電話番号メモを入れた財布が入っている。
「それと、これな。身に着けといてほしいんやけど」
 黒龍が差し出したのは、ドッグタグ様の迷子札。
「あと出かける時は学園に連絡するか、生徒を同行させること、約束してくれへんかな」
 だが、これにはリュールがあからさまに嫌そうな顔をした。
「私は子供ではない」
 今回、勝手に動いた事については反省もしている。
 しかし判断力のない子供や動物並の扱いを受ける事は心外だ。
「これだけで充分だ」
 リュールは引ったくる様にスマホを受け取ると、一人でさっさと外に出る。
 途端、小さな影とぶつかりそうになった。
「――っと、すまんな。大丈夫だったか?」
「あ、だ、大じょぶでさ!」
 黒のフリルワンピにコートを羽織り、リュックを背負った紫苑は、ぺこりと頭を下げる。
「おはよーごぜーます、今日はよろしくおねげーしやさ!」
 顔の右半分を包帯で隠し、角付きニット帽を被れば、ほら。
「普通の子みたいに見えなくもないでしょ?」
 くるりと回って見せる。
 その拍子に包帯が緩み、はらりとほどけてしまった。
「……これ、自分で巻いたのか?」
 リュールの後ろから現れた門木が、紫苑の前に膝を折る。
「学園内じゃーないからねぃ、よ計におびえさせるこたぁねぇよぃ」
「……怖いよな、見せるのは」
「え?」
 そうじゃない。
「おれがこえぇんじゃなくて、見た人をこわがらせねぇためでさ」
「……そうか、お前は強いな」
 門木は小さく笑って紫苑の頭を撫でた。
 自分は怖くて仕方なかった。
 皆と違う事を笑われ、爪弾きにされるのが。
「……おいで、巻き直してやるよ」
 それと。
「……安心しろ、お前のお父さん…取ったりしないから」
 お父さんとはどんなものか、よくわからないし。

「じゃーん、旅のしおり出来たよ!」
 赤い目をした青空が、全員揃ったところでしおりを配る。
 表紙には相変わらず正体不明の何かが描かれているが――
「だからタロだってば!」
 これはもはや、画伯とお呼びするべきか。
 そのタロをケージに入れて、いざ出発。
「リュールさんとの旅行、いっぱい楽しむのだよ!」
 フィノシュトラは張り切って先頭に立って歩く。
 島からは船で本州に渡り、駅に着いたらまずは運賃と時刻表の見方から。
「わからん」
 って、見もしないで言ってませんかリュールさん。
「難しくないのですよー?」
 シグリッドが根気よく教えようとするが、この生徒にはまるでやる気が感じられない。
 人間も歳を重ねると新しい事を覚えるのが億劫になるらしいが――
「リュールさんの場合は、興味ない事は意地でも覚えない、みたいに見えるのだよ……」
 それでも最低限の常識くらいは覚えてほしいと頑張るフィノシュトラ。
 電車の待ち時間には、ヨルが地図を広げて目的地の場所を示す。
「きっと、距離感がわからないから…行けると思って飛び出したんだと思う」
 島を出てから一時間は経っているが、地図上で進んだ距離はミリ単位。
 残りの長さを考えれば、飛んで行く事がどれだけ無謀か理解出来る――と、良いな。
 そんな距離でも難なく移動出来るのは、様々な乗り物が発達しているお陰だ。
「飛べなくても、魔法が使えなくてもなんとかしちゃう。人間って凄いよね」
 以前も思った事だが、ヨルのその想いはより強くなっていた。
「あと、人間はスノーボードで空を飛ぶんだ」
 雪が降ってきたら見られるよ、きっと。

「電車に乗る時は降りる人が先ですよ」
 そう教えた藤花はリュールの隣に席を取る。
 血の繋がらない息子を持つ者同士、ママ友的な存在になれれば良いな、なんて。
(年齢や種族、色々違っても同じ母親ですもの、ね)
 ボックス席の向かいには青空が座り、その隣は――
「先生?」
 座らないのかとカノンが袖を引く。
 だが、門木は通路を挟んで反対側の席へ。
「……お袋も、皆と話す方が楽しいだろうし…俺は、昨日の言葉だけで充分だから」
 そこにカノンを座らせ、自分の隣、窓際に紫苑を呼ぶ。
 前には愛梨沙とシグリッド、後ろのボックスには黒ヨルとフィノシュトラ、峰雪が座った。
 後は皆が仲良くなれるように、乗り換えごとにローテーションすれば良いだろうか。
 外の景色に白いものが混ざるようになった頃、途中の駅で弁当を買い込んで。
「全部ひとつずつ買って来たのだ!」
「温かいお茶もどうぞ」
「どれも美味しそうで迷うのだよ?」
「せんせーおかずとりかえっこしましょー」
「好ききらいはかん心しやせんねぇ」
「え、別に自分の嫌いなものを押し付けようとか、そんな事じゃ…!」
「あ、これすごい…ホカホカ」
「紐を引っ張ると温かくなるヤツやね」
「良いなぁ、あたしもそれが良かった」
 遠足の小学生ですか君達は。

 食べ終わる頃には、窓の外はすっかり雪景色。
 途中下車して陶芸体験、最後の乗換駅ではお土産を買って――
「お酒…はぼく判らないので肴的な何かでしょうか…佃煮とか…?」
「あまいもんい外なら、何でもよろこんでくれやすぜ!」
 紫苑のアドバイスを元に、シグリッドは適当に干物や燻製を選んでみる。
 買い物も終わって、そろそろ電車の時刻も迫って来た頃。
「あれ、紫苑さん?」
 いない。
 もしかして迷子!?
「大変です、早く探さないと…!」
 そこに響き渡る、迷子のお知らせ。
『久遠ヶ原からお越しの門木様、お連れ様がお待ちです――』
 駅長室でちゃっかりお菓子を食べていた迷子は主張する。
「大人はどんくせぇですから、すぐ子どもにおいてかれんでさ」
 つまり、迷子になったのは大人の方である、と。

 最後に鍋の材料を買い込んで、ダルドフの元へ。
 まずは恒例の――と、その前に包帯は外して。
「おとーさーん!」
 急降下アタックどーん!
「おぉ紫苑! 今日は一段と可愛いのぅ!」
 狙い通り、デレッデレだ。
「でもどっきりのしかけけやくは、おれじゃねーんで!」
 くふふ!
「こんにちは、少しぶりですね。紫苑さんの連絡あったでしょう?」
 藤花が微笑み、身体をずらす。
 と、その後ろには――
「のわぁあぁぁっ!?」
 仏頂面のリュールがいた。
「サプライズです♪ だって皆さんの笑顔を見られるのは素敵なことですもの」
 いや、しかし、だから何故そんな不機嫌そうな顔なんですかリュールさん、恥ずかしいのはわかるけれど。
「リュールさん、ちゃんと伝えたいことは言葉にして話してあげないとね!」
「私達には大きなお手伝いは出来ないけど」
 でも、背中を押す事くらいは。
 リュールのあったかい気持ちがちゃんと伝わるといいな!
 というわけで、フィノシュトラと青空は後ろに回って――
「おい、待て! こら押すな! 押すなと……っ」
 物理でどーん!
 押されたリュールは真っ正面からダルドフに体当たり。
 受け止められ、慌てて離れ、暫く口の中でモゴモゴし、やがて。
「オーレン……この、馬鹿が!」
 待って、わざわざここまで来たのに第一声がそれはないでしょ!
 しかし言われた方は目を細めてニコニコしている。
「その台詞、また聞けるとは思わなんだ」
「喜んでいる場合か! 大体お前は……!」
 そして始まるお説教。
 このパターンはどこかで見た事がある気がするんだけど、気のせいかな。

「リュールと門木先生が親子になってて、ダルドフと紫苑が親子になってて」
 なんだか2人とも似てると、青空は思う。
「夫婦って感じだな!」
 おまけにダルドフと門木まで少し似ている気がする。
 今まで皆バラバラだったのに、家族って不思議だ。

 ヨルはその様子をじっと観察していた。
 恋人とはなんぞや、を学ぶ為らしいが――いや、それは参考にならないと言うか、参考にしたらアカン気がします。


「落ち着いたら鍋するよ! 落ち着かなくてもするよ!」
 青空の掛け声で、皆でダルドフの部屋に突撃!
 六畳間に13人。狭い。みっしりだ。でも鍋にはこのみっしり感が丁度良い。
「秋田名物と言えば、きりたんぽですよね」
 藤花は作り方を調べつつ、皆が用意した食材を鍋に投入。
「ネギは体を温めるんだってな。あと海老!」
「タラとかも美味しいのです。春菊や豆腐も」
「鍋には肉だよね」
 ヨルはついでにカフェオレを――え、だめ?
「美味しいのに」
 いや、闇鍋じゃないんだから、ね?
「皆で食べれば幸せになれますよ」
 どうか皆さん幸せな時間を持てますよう、藤花は祈る。
 あ、それから。
「これ、お土産です」
 旦那様の手作りシュトーレン、本人曰く作りすぎたそうだが――きっといつも、わざと作りすぎるのだろう。
「あ、ボクはこれな?」
 黒龍は酒を。
「おお、すまんのぅ」
 これでリュールがお酌をしてくれたら最高なのだが、贅沢は言うまい。
 これから少しずつ、また距離を縮めて行く事が出来れば――それで良い。


 夜も更けた頃、黒龍はヨルをもっこもこにして屋根に誘う。
 真っ白な雪が星明かりにキラキラと輝いていた。
「…綺麗」
 ヨルが呟く。
 寒いけれど、雪は嫌いじゃない。
「田舎の星空も綺麗やったね」
 また行こうな。
 黒龍の言葉に、ヨルは軽く頷いた。
 小さく微笑みながら――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
dear HERO・
青空・アルベール(ja0732)

大学部4年3組 男 インフィルトレイター
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
未来祷りし青天の妖精・
フィノシュトラ(jb2752)

大学部6年173組 女 ダアト
By Your Side・
蛇蝎神 黒龍(jb3200)

大学部6年4組 男 ナイトウォーカー
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー