「おお、遠い所をわざわざすまんのぉ」
一行を自室に招き入れたダルドフは、いそいそと茶と茶菓子を運んで来た。
六畳一間に全部で七人、ダルドフが大きすぎるせいか、三畳間に押し込まれた様な気分になる。
「まあ座れ。外は寒かったであろう?」
転送装置であっという間に飛べるとは言え、目的地の目の前に出られるとは限らない。
今回も雪の舞う中を随分と歩く羽目になっていた。
「確かにここは良い場所だが、今の季節は少々冷える」
ファウスト(
jb8866)は早速、湯気の立つ茶碗を手に取る。
身体を温めるものと言えば酒の方が効果的なのだろうが、それは仕事が終わってからだ。
「初めまして、大天使さん」
蒼波セツナ(
ja1159)が、軽く頭を下げる。
「俺も会うのは初めてになるか…軍師から噂は聞いてるがな」
翡翠 龍斗(
ja7594)は、ちらりと鳳 静矢(
ja3856)を見た。
「ほう、ぬしは軍師と呼ばれておるのか」
ならば将棋やチェスなども得意なのだろうか。
だとすれば、いずれ手合わせをしてみたいものだが。
「お久しぶりです、ダルドフさん」
亀山 淳紅(
ja2261)が、泣き笑いの様な表情を振り払う様に勢いよく頭を下げた。
顔を上げた時には、もういつもの元気な顔に戻って…戻って、あれ?
「どうした淳の字? 腹でも壊したか、ん?」
ダルドフはその頭に軽く手を乗せた。
「三年、です」
ぽつり、呟く。
「三年撃退士やっていて、つらくて寂しいお別ればっかりで。またいつか、なんてどこかで諦めてしまっていて」
でも、また会えた。
しかも、こんな形で。
目の奥にこみ上げて来るものを、すすり上げた鼻水と共に飲み下し、淳紅はにぱっと笑った。
「で、仲間を巻き込まない範囲技や、牽制用の遠距離攻撃が欲しいという事だったな?」
黒羽 拓海(
jb7256)が言った。
意気込みと裏腹に図らずも手が空いてしまった所に飛び込んで来たこの仕事。
先日は新しいスキルを試させて貰った身だし、協力するに吝かでないといった所だ。
「…素直に投擲用のナイフでも持ったら解決しないか? お前の力なら相当飛びそうだが――まあ冗談だ」
困惑の表情で見つめるダルドフの肩を軽く叩き、拓海は僅かに口元を歪めて見せる。
「多少遠間の技なら俺にもあるし、お前にも出来そうな技の実演を撮ってきた。色々試してみよう」
そろそろ身体も温まった事だし、始めようか。
一般人の立入禁止区域。
その一角に積もった雪を掻き分け、実験フィールドを作る。
「大天使といろいろな技の実験…魔導師として、探究心が疼くわねえ」
このクラスの天使の能力をじっくり検証できる機会など、そうそう巡って来るものではないだろう。
この際だから、出来るだけいろいろと試してみたいところだ――というわけで。
「新しいスキルの実験に移る前に、今あるスキルがどんなものか実際に見てみたいわ」
セツナはまず、現状の確認を提案してみた。
「そうね、実験用のサーヴァントとかが使えればベストかしら」
「いや、それなら私が的になろう」
静矢が申し出た。
自分で受ければ威力も正確に計れるし、他の技との威力の差も把握する事が出来るだろう。
「確かに、軍師なら大抵の攻撃は凌げそうですよね」
龍斗が少し羨ましそうな目で静矢を見る。
自分がもう少し固ければ名乗り出てみたかったのだが。
とは言え、静矢も流石に重体になってまで続ける気はない。
「危なくなったら終了で構わんな?」
「うむ」
代わりに、それまでは一切の手加減は無しで。
まずは今ある五種類の技を一通り使って見せる。
「なるほどね」
カメラを片手にその様子をじっと見つめていたセツナが、何かを思い付いた様子で頷いた。
「ダルドフの特性から考えると、足りない部分を無理に補うよりは長所を伸ばした方がよさそうね」
弱点を補う事にも惹かれはするが、それよりも。
「そこは距離を詰めてやられる前にやるぐらいの方が良いと思うわ」
その為に必要なのは、突進系の技か。
「俊撃(しゅんげき)なんてどうかしら。前方に突進して、長い距離を1ターンで詰めることが出来る様に…」
距離に応じて攻撃の威力は低くなるイメージだろうか。
「どうせなら攻防両方に有効な技が良さそうではあるが…移動ついでに射線上の相手を弾き飛ばすというのはどうだろう」
静矢のアイデアは、厳壁の応用で防護壁で全身を覆い身に纏う防御強化スキル。
そして、その使用中に防護壁を纏った身体で敵に突撃し体当たりで敵を吹き飛ばすという複合技だ。
「身に纏う防護壁の鎧…そして、その身で敵を討つ突撃。こんな攻防一体がシンプルだが一番性に合ってるのではないかな?」
そう言いながら、静矢は円錐形のパイロンを並べ始めた。
「まずはこれを見てくれ」
借りて来たポータブル機器でDVDを再生すると、画面にラグビーのタックル練習用の映像が現れた。
「こんな風に腰を落として、そこのパイロンの間をジグザグに縫う形で突進するんだ」
防御スキルの方は布を身体に巻く感覚で防護壁を身に纏う様な、或いは身体に防護壁を張り付けるようなイメージで。
「難しいのぅ…」
壁を出す所までは良い。だが、その後が上手く行かなかった。
「だから、貴様は何故その壁をぶち壊そうとするのだ」
ファウストが眉間の皺を指で伸ばしながら溜息を吐く。
「ダルドフさんなら、防御スキルなしでも行けるんちゃいます?」
淳紅言う通り、普通にぶちかますだけでも充分に効果はありそうだった。
「よし、なら試してみるか」
静矢がシールドを活性化し、構える。
「これが成功すれば、標的を選べる突進の範囲攻撃にならないだろうか?」
ジグザグに走るその頂点で体当たりをし、最後にドーンと――違う、そのパイロンは一直線に吹っ飛ばす為にあるんじゃない。
「ここは一度、手本を見せてはどうです? 軍師、俺にやってみてください」
「受けきれるのか?」
「大丈夫ですよ」
それに、受けるとは言っていない。
「…技には、必ず欠点が生まれます。俺でもその技、破れますよ?」
龍斗はジグザグに突進して来る静矢をぎりぎりまで引き付け、高く跳び上がってかわすと、前方宙返りからの片足ずつの連続踵落とし。
それを読まれて避けられても、身体を捻って回転蹴りに繋げる。
「二つの技を繋げましたが、どちらも翡翠鬼影流の業ですよ」
もっとも、どちらも避けられ、止められてはしまったし――静矢の突進にしてもスキルとして確立された場合と比べれば、威力は及ばないだろうけれど。
「翡翠鬼影流は、実戦の中で生まれ、人を確実に壊すだけの為に生き続けている」
龍斗はダルドフに向き直った。
「翡翠鬼影流は『気』が全ての基本。気は読む(見る)、集める、練る、乗せる、開放する…そして掌握する。これから伝えるのは全てそれの応用だ。難しい事はない、呼吸法さえ身につければ」
それに必要な呼吸法や気の扱い方は後で教えるが、それを使えば敵との間合いを一気に詰める踏み込み術を習得するのは難しくないだろう。
「小細工はせず、単純に距離を詰める事さえ出来れば良いと思うのだが」
敵の攻撃に対して間合いを詰める雷迅や、そこから敵と組み合い、関節を極めながら、投げ、そのまま折る事も出来る。
「なるほど、間合いの制御か」
ファウストが頷き、ディバインナイトの「不動」を撮影した演習動画を見せる。
「我輩は逆に、貴様が頑として動かぬのはどうかと考えてみたのだが」
これを元に、自分自身だけでなく、近くの味方に対するノックバック攻撃も防げる様に発展させてみるのも良いかもしれない。
「敵は強敵と思しき貴様を仲間から引き離し、孤立させようとしてくるかも知れん。…試すなら北風の吐息で吹っ飛ばすが」
だが、わざわざスキルを使うまでもなく、ダルドフの安定感は半端なかった――つまり、吹っ飛ばされても微動だにしない。
「では逆に、貴様が近くの相手をぶん投げる事で強制移動させる、というのはどうだ」
単に敵との距離を離すだけでなく、味方と連携しての奇襲攻撃や、味方を緊急離脱させる為にも使えそうだが。
ただし味方の離脱も想定するならダメージは乗せられない。
「ふむ…ならば、やはり某が身軽に動いた方が良いやもしれんのぅ」
移動後すぐに次の行動に移る事が出来れば、移動のみに集中出来るだろう。
その方向で磨き上げ、俊撃として完成させる方向で考えてみよう。
次はひとつ攻撃技が欲しい所だが。
「巌壁を応用して、こんなん出来へんかなって思うんですけど」
淳紅がアーススピアを放って見せる。
「こんな感じで直線か、一定の範囲内に狙った所だけ土の壁を作れんやろかて」
「私も地面から土の槍を出して攻撃出来ないかと考えていました」
セツナの提案も、やはり巌壁の応用だ。
「この技で残念な所はまず、飛んだりしてる敵には使えへんこと…」
その代わり、足元からの攻撃なので相手が避けづらいというメリットもある。
「とりあえず練習してみます?」
しかし防御技からの応用は楽そうに見えて、実は切り替えが難しかったりするのだ。
守るつもりで攻撃に転じてしまったり、壁の形成が中途半端になったり――
「某はどうも、その…器用な戦いというものには向いておらぬ様だのぅ」
壁なら壁、槍なら槍。
技の用途はひとつに絞った方が良さそうだ。
「なら、これはどうだ」
とりあえず見ろと拓海が示したのは、ヴァルキリージャベリンの動画。
「これ、エネルギーを収束して投げるだけなら、お前にも出来るんじゃ――ああ、すまん。無理だったな」
本家は直線20m近くを貫通する識別可能攻撃なのだが、ダルドフが試したそれは飛ばずに消えるシャボン玉のレベル。
「なら衝撃波を打ち出すタイプはどうだ?」
拓海は藁人形を相手に飛燕を飛ばして見せる。
手本を真似てダルドフが偃月刀を振るうと、三日月型の衝撃波が飛んだ。
「おお、これなら!」
本来の射程は6mだが、気合を入れたら10mぐらいは行くのではないだろうか。
「同じ技が、俺の場合はこうなる」
龍斗が飛影聖剣を放って見せた。
「これは武器の有無にかかわらず使える。アンタの場合は、拳に気を乗せて飛ばすと似合いそうだな」
気の扱い方次第では、封砲に似た範囲攻撃にもなるだろう。
「性能は本人次第だ。頑張れ」
ぽん、拓海がダルドフの肩を叩く。
名前は轟波と閃華、二人の案を合わせて轟華――
「いや、それでは轟の字が被るのぅ」
意外と拘りがあるらしい。
「では、閃波…いや、閃破(せんは)にするかのぅ、うむ」
これで二つ。
一度に覚えられるのは、あとひとつくらいか。
「さっきの閃破が直線なら、範囲攻撃も欲しいところだな」
拓海が言った。
「瞬時に何回も斬ったらどうだ? 間合いは狭まるが、それなら見分けて撃てるだろう」
鬼剣・新月を放ち、瞬時に二体の藁人形に斬りかかって見せる。
「俺の新月は位置取りに重きを置いているが、切り返しに重きを置けばいいと思う」
「ふむ、されば敵が密集していなければ使いにくいかのぅ?」
「その辺りは工夫次第か」
何もそのまま真似る必要はないのだし。
「もし採用なら剣林(けんりん)とでも名付けてくれ」
魔法防御の方は気合を入れたら多少は頑丈になるかもしれない。
「全身に力を漲らせるイメージでアウルを纏…うん、まあ、頑張れ」
今度の肩ぽんは、諦めのぽんだった、様な。
「攻撃技なら声にアウル…もとい、気合を乗せての雄叫びはどうだ?」
威力には期待出来ないだろうから、用途は牽制くらいになりそうだがとファウスト。
「自分を起点に90度くらいの扇形範囲で…ああ、すまん。我輩が悪かった」
うるさいだけでしたね、はい。
「我輩は丁度貴様とは逆のタイプになる。だからこそ出来る助言もあるかも知れんと思ったのだが…殆ど役に立たなかったな」
それに…技を考える過程で自分も得るものがあるかもしれないと考えたのだが。
「いや、すぐに役立つものばかりが良いとも限らぬ」
現状の優先順位は低くても、不動や吹き飛ばしもいずれは必要となるだろう。
今は習得が難しい魔法系も今から修練すれば――
「三百年も経てば、それなりの形にはなるかのぅ」
自分は何しろ物覚えも要領も悪いのだと、ダルドフは頭を掻きながら笑った。
「なら防御技はどうです? ディバインナイトの庇護の翼いうスキルなんやけど」
淳紅が示したのは肩代わりのスキル。
「守りたい時に守れる技、これからは、持っててもええんやないかなって」
対物理攻撃から味方を庇う盾。
「そこに不動を組み合わせれば、まさに不動の盾だな」
ファウストが頷いた。
「名…紅弁慶(べにべんけい)とか、どうやろ。花言葉が『あなたを守る』なので」
しかし、ここでも謎の拘りが。
「ふむ、しかし二文字が良いのぅ。ふむ、紅慶(こうけい)でどうだ。丁度、ぬしの名も入っておるでのぅ」
大きな手が淳紅の頭をわしゃっと撫でる。
「あ、あと、もういっこ、ええですか?」
「んむ?」
「たまに報告書で見かける、相手の武器を手で捕えたり筋肉で抑えたりする奴、あれも技として作り上げるのはどうです?」
敵の武器等によって使える対象が限定される可能性もあるけれど。
「相手の武器が直接自分に当たった時、その時だけ防御かなんかを上げて、相手の武器を動かなくしてまう、とか…」
「そうさな、それも考えに入れておくとしようかのぅ」
さて、これで案は出揃った。
後は本人の鍛錬次第という事で――
「飲みに行くか、ダルドフ。良い店を知っていると聞いたぞ?」
静矢の誘いで居酒屋へ。
そこはちょうど一年前、淳紅と拓海が初めてダルドフに会った場所だった。
変わらない店内の様子を見て、淳紅の目の奥にまた何かがこみ上げて来そうになる。
「あ、でもまだぎりぎりお酒は飲めません。後一カ月くらい」
「そうか、では次の約束は共に杯を交わす事かのぅ?」
ニッと笑って、ダルドフが親指ほどもある小指を差し出す。
指切拳万。人の世界の、約束の作法。
「あ、せや。カラオケ、いつ行きましょう」
「この後、二次会でな」
だったら呑みすぎて酔い潰れない様に…と、普通の人間なら心配する所だが。
「ふふふ…見た目通りなかなかいけるな」
静矢が遠慮なく酒を注ぎ足す。
「いつか人と天魔とが、こうして普通に飲み交わせる日が来れば…な」
「来るであろ。一年前は夢物語にしか思えんかった事が、こうして現実となっておるのだからのぅ」
それもそうか。
「今度は試しでは無く一度本気で仕合ってみたいものだな」
「うむ」
「…だから、その日まで貴殿も無事でな」
「なに、某の刃はまだまだ折れぬよ」
その為の新技だ。
「俺が撃退士…アウルの才に恵まれなかったら、アンタの部下になる事を希望していたな」
龍斗が言った。
「ああ、それから」
後で茶の湯に付き合うこと。
それが終わったら、帰るまで呼吸法と気の特訓――かな?