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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/12/10


みんなの思い出



オープニング



 久遠ヶ原の人工島、その一角に大きなモミの木がある。
 幹は一人では到底抱えきれないほど太く、高さは20mほどあるだろうか。
 昨年クリスマスツリーとして飾られたその木を見上げ、門木章治(jz0029)は呟いた。
「……今年もまた、よろしくな」

 年に一度のお祭り騒ぎ。
 この木はそれを、どう思っているのだろう。
 うるさくて煩わしい、か。
 賑やかで楽しい、か。
 それとも……年に一度しか皆に会えなくて、寂しい思いをしているのだろうか。

 それを知るすべはない。
 だから勝手に、この木も楽しみに待っていたと思うことにしよう。

 今年はどんな飾りになるのだろう。
 去年のものは、私物以外は纏めて倉庫にしまってあるから、それを再び使うのも良いだろう。
 或いは全く新しいものにしても良い。
 何かテーマを決めて、それに沿った飾りを考えてみるのも良いだろうか。

 そうそう、願い事を書いたプレートを吊すのも忘れずに。
 七夕とは違う、という事はもう知っている。
 けれど、それで良い。
 普通とは違う、けれど……間違いではない。
 皆が楽しめれば、それが正解で良いじゃないか。

「……飾り付けが終わったら、点灯式……かな」
 TVで、何かそういうイベントを見た事がある。
 ちょっとしたパーティがあったり、演奏会があったり、花火を打ち上げたり。
 色々とある様だが、何をやるか――或いは特に何もしないか――は、皆で決めれば良いだろう。


 さて、今年はどんなクリスマスになるだろう――




リプレイ本文

 放課後の教室。
 そこに集まった生徒達は皆、一心に手を動かしていた。

「木にマフラーってェ門木サンも妙な事考えますね」
 百目鬼 揺籠(jb8361)は器用な手つきで編み棒を動かしながら、窓の向こう、遠くに見える大きなモミの木に目をやった。
 そこは「粋な考え」と言って欲しいところだが、まあ良い。
 いとも簡単に、さくさくと、蓮の花を編み込んだマフラーがその手元から生み出されて行く。
「兄さん、き用ですねぃ」
 向かい合った秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)は、初心者でも簡単な筈の鉤針編みに挑戦中。
 しかも一段目は揺籠に編んで貰っていたのだが――
「こいつ、おれにあまれたくねぇって言ってまさ」
 ぽいっ。
 小学二年生には少々ハードルが高かったか。
「最近の女の子はリリアンとかやんねぇんですかぃ?」
「それ、だれでしたっけねぃ?」
 え、人の名前じゃない?
「今度教えてあげますよ」
 今はとりあえず、牛乳パックか指編みか。
「指編みの方が簡単ですかねぇ」
 太めの毛糸を探して来て、紫苑の小さな手に絡ませてやる。
「ほら、これなら上手に出来るでしょう? お父さんへのプレゼントだって出来ますよ?」
 その一言で、やる気スイッチオン。
 こくりと頷いた紫苑は黙々と手を動かし始めた。

「セレスさんをマフラーの模様にして良い?」
「私をですか? …構いませんが……」
 陽波 透次(ja0280)に言われ、セレス・ダリエ(ja0189)はかくりと首を傾げた。
「では私は透次さんを柄にしますね」
「うん、ありがとう。作り合いっこだね」
 透次はグレーの毛糸にサンタコスをした二頭身セレスの可愛い柄を編み込んでいく。
 その手際はまるで職人技だ。
「セレスさん柄マフラーは可愛い(確信」
 本物も可愛い、と心の中で呟いて、ちょっと赤くなってみたりして。
 一方のセレスは、当人が思うところの透次のイメージカラーである水色をベースに青い毛糸で……何だろう、その模様は。
「それっぽく……二頭身の透次さん柄に、なってますね。流石私」
 自画自賛してみるが。
「そ、そうか、うん。ぜ、前衛芸術だね」
 何だろう、その反応。
「…それにしても透次さんは編み物…巧いですね。少しコツを教えて頂こうかな……」
「セレスさんも上手だよ?」
 ただ、その、絵心がちょっと残念なだけで、うん。

「父さんに、一昨年はマフラー。去年はセーターを編んだ、のよ?」
 矢野 胡桃(ja2617)は鈍色から銀色にグラデーションするように、あっという間に1mほどを編み上げる。
 暖かさより、お洒落を重視した透かし編みだ。
 編み物は得意。料理が苦手な代わりに、編み物は得意。
 大事な事だから二度言った。
 だって料理は父さんが得意だし、それでバランス取れてるから問題ないよね?
 しかし世の中には両方得意というハイスペックな神がいらっしゃった。
「ゼロおにーさん女子力高過ぎなのです…!」
 縄模様の入ったマフラーをさくっと仕上げたゼロ=シュバイツァー(jb7501)を見て、シグリッド=リンドベリ (jb5318)が感嘆の声を上げる。
 編み物上手な上に料理も出来るって、それ出来すぎなんじゃないですか。
「ま、それほどでもあるねんけどな」
 ゼロが余裕の表情で「ふっ」と笑う。
「しかし何でも出来る言うんも、これはこれでオモロないもんやで?」
 どうだろう、謙遜の「け」の字もないこの態度。
 しかし言うだけの事はあるのだから、ぐうの音も出ない。
 真に女子力が高いのは男子だったという、世界の心理がここにあった。
「ゼロさん上手すぎるの、です」
 こくり、華桜りりか(jb6883)が頷く。
 しかしそのりりかも結構上手かった。
 白地に桜色で桜模様を散らしたマフラーが、あっという間に出来上がる。
 問題は――
「編み物はやったことが無いのです…」
 シグリッドは毛糸玉を腕に抱えて途方に暮れていた。
「…せんせー一緒に練習させてください…!」
 初心者仲間である門木のところに一直線。
 お仲間じゃなくても多分、一直線してると思うけど。

 その門木は、ディートハルト・バイラー(jb0601)の所にいた。
 ディートハルトの膝にはカラフルな毛糸玉の入った大きな袋が置かれていたが、どうやら編み物をする気はない様だ。
「屋敷から持って来たんだが、ショウジ、使うかい?」
 同居人達には何も言わずに持ち出してきた、らしいが。
 それを聞いて首を傾げる門木に、ディートハルトは苦笑い。
「なに、皆が楽しむためだ、大目に見てくれるだろう」
 いや、そんな事より同居人って。
「……ディートも、家族…出来たのか」
 てっきり一人暮らしだと思っていたのだが。
「……俺も、だ」
 嬉しそうに言って、門木は白衣のポケットから一枚の写真を取り出して見せた。
 それはアパートの皆で撮った記念写真。
 よほど嬉しかったのか、門木は常にそれを持ち歩いている様だ。
「そうか、良かったな」
 写真を返すついでに、ディートハルトは毛糸の袋を差し出した。
「君に預けるよ、好きに使ってくれて構わないからね」
「……ディートは、編み物…しないのか?」
「俺は器用ではないからね、辞退させて頂くよ」
「……でも、これ…出来映えを競うものじゃない、から。俺もやった事ない、し」
 門木は毛糸の袋を両腕に抱え、僅かに首を傾けて、ディートハルトを見る。
 じーっと見る。
 めっっっちゃ見る。
「わかったよ」
 負けた。
「教えて貰えるならば、挑戦してみても良いかな」
 断ったら泣かれそうだし、それに……頷いて見せれば、とても嬉しそうな顔をするから。
 つい、もっと見たくなるではないか――いや、変な意味ではなく、ね?
「……皆でやれば、きっと…楽しい」
 ちょっと待ってて。
 もう一人、呼んで来るから。

 カノン(jb2648)は真剣な表情で編み物に集中していた。
 呼吸も忘れたかの様に、失敗しないようにと繰り返し念じるレベルで集中している。
 あまりに集中している為に、声をかけるタイミングさえ掴めなかった。
 仕方がないので、門木はその脇に立ったり、後ろに回ったり、前から覗き込んでみたり、自分の存在をそっとアピールしてみる。
 が、全く気付いて貰えない。
「……邪魔しちゃ、悪いか…」
 ここはそっとしておいた方が良さそうだ。
 気を散らさない様に、そーっと離れる。
 そーっと、そーっと、なにげに肩を落としつつ。
 と、そこでカノンのセンサーが――遅ればせながら働いた。
「あ、えぇと、すいません、何か御用でしたかっ?」
 慌てて顔を上げ、慌てすぎて手を離し、その拍子に編み棒がすっぽ抜け、床に落ちた毛糸玉がコロコロ転がって――
「……ぁ、ご、ごめん、邪魔、したっ」
「あ、いえ、先生のせいでは……っ」
 そう言えば一緒に頑張ろうと話していたのだった。
 その際に多少は教えられるように、少しでも先に進められるようにと編み始めて……そこから先の記憶がない。
 カノンは形を崩さずに拾い上げようとして失敗、それはあっけなく毛糸に戻ってしまった。
「……ごめん、最初からやり直し…だな」
「あ、いえ……」
 二度目なら、さっきよりは上手く出来る筈。
 見られてもきっと大丈夫、な、筈……!

 そして二人はディートハルト、シグリッドと共に、賑やかな陛下と右腕、小魔王様のところに合流する。
 編み物上手が三人、手取り足取り教えて貰えるなら、如何に初心者でもそれなりの物が出来そうだ。
 ディートハルトは出来ないと言いつつ大人の余裕を見せ付け、渋い色でざっくりと編み上げる。
 カノンも時間こそかかったが、脅威の集中力で何とか編み終えた――ただしその集中が網目にも現れたのか、隙間もない程にみっしり詰まっていたけれど。
 同じ面積に三倍の目が詰まっていれば、それは時間もかかる筈だ。
「章治せんせい、ここはこう編むと良いの…」
「……こ、こう、か?」
 門木は横で編んで見せるりりかの動きをそっくり真似しながら、意外と順調に編み進んでいる。
 くず鉄王のイメージが強いせいか不器用だと思われがちだが、元々モノ作りが得意なだけあって、手先は器用なのだ――それが何故か、料理の方面には全く発揮されないのが難点ではあるが。
 シグリッドも基本的に、不器用ではない。
 不器用ではないのだが。
「シグ坊、それはまだ早いんとちゃうか?」
「そんなこと、ないのです…!」
 シグリッドは、いきなり編み込み模様に挑戦していた。
 基礎をすっ飛ばして、いきなり応用。
 当然、なかなか上手くはいかない。
「ここで目を拾って、1、2、3……」
「なーなーシグ坊、何なんそれ? 魔王軍のマークでも入れよるん?」
「猫さんなのですよ…っ」
 って言うか話しかけないで気が散るから!
 あれ、いくつまで数えたっけ?
「ええと、5、6、7……」
「きゅー、はち、なな、ごー、ろく、さん……」
「うわあぁぁっ」
 やり直しだ。
 ついでにちょっと休憩しよう。
「チョコとプレーンの手作りマフィン、それに紅茶も持って来たのですよー」
 甘い香りに、胡桃が反応する。
 自分の編み物は終わったし、ずっと休憩でも良いよねmgmg。

「編み物、か」
 イーファ(jb8014)が抱えて来た濃紺の毛糸玉を見て、インレ(jb3056)は目を細める。
「それならわしもお手の物――と言いたいが、流石に片手だけでは無理そうだ」
「大丈夫です、インレ様」
 少し寂しそうな苦笑いを浮かべる黒兎の悪魔を見上げ、イーファは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「インレ様の分まで、頑張ります」
 じっと見守られながら手を動かすのは、少し緊張するけれど。
 器用に編み針を動かして、イーファは手の中から濃紺の夜を紡ぎ出していく。
 途中で黄色の糸に替え、丸い模様を編み込みながら……
「上手いのう、イーファ。母親に習ったのか?」
 こくりと頷き、イーファはインレの左手をとった。
「インレ様、一緒に編みませんか?」
「これこれ、無茶を言うでない。気持ちは嬉しいが――」
 しかしイーファは構わず、自分の左手と置き換える様にインレに編み棒を握らせ、自分はその上からそっと手を添えた。
「インレ様は、こうして抑えていて下されば良いのです」
 こうすれば二人で一緒に出来る。
「一人で編んだ方が早いであろうに」
 苦笑いを浮かべながらも、インレはされるままに任せている。
 やがて出来上がった濃紺の夜空には、すこし歪な満月がぽっかりと浮かんでいた。
「どうでしょう、インレ様?」
 出来映えを笑顔で問う娘に、インレは満足げな笑みを返す。
「本当は兎も入れたかったのですが…」
 それは少々ハードルが高かった。
「いや、充分だ。兎はここにおるでのう」
 そう言って、月に焦がれる兎は手の中の月に目を細めた。

「参加したいけど、編み物した事無いの……」
 そう言ってマフラー編みへの参加を躊躇う鏑木愛梨沙(jb3903)の背を押したのは、友人の鳳 美鈴(jb7694)だった。
「それなら俺が良い先生紹介してやるよ、誰かに教えて貰えるなら良いだろ?」
 という事で連れて来たのが妹分の新田 六実(jb6311)、通称むぅちゃん。
「アル…愛梨沙お姉さん、よろしくお願いします」
 何かを言いかけて慌てて言い直し、六実はぺこりと頭を下げる。
 二人は一応、面識があった。
 と言っても殆ど六実の一方通行という状況ではあるけれど。
(まったく、じれってぇな……)
 他人行儀な二人の様子を見て、美鈴は内心でガタガタ貧乏揺すり。
 この二人、実は姉妹なのだ。
 あまり似ていないのは、父親が違う為らしい。
 だが愛梨沙は記憶喪失だし、六実も今のところ自分から名乗り出る気はない様だし、それを知る唯一の人物である美鈴にも固く口止めをしている。
(でも知ってるのに言えねぇって、辛いぜ……!)
 いや、一番辛いのは六実だろう。
 だから今回、もっともらしい理由を付けて二人を引き合わせてみたのだが。
 その様子を見る限り、道のりはまだ遠い様だ。
(早いとこ、一緒に暮らせるようにしてやりてぇんだけどな)
 と、目の前に差し出される毛糸と編み棒。
「美鈴お姉さんも、一緒にやりませんか?」
「俺!? いやいやパス! 俺のガラじゃねーよ」
「そうでしょうか……」
 美鈴は少し残念そうに見上げる六実の背を押した。
「いいから、愛梨沙にくっついててやれよ。ほら、困ってるぜ?」
 名乗り出なくても良いから、まずは距離を縮めよう。
 何も思い出せなくても、お互いが大切な存在である事には、きっと変わりはないのだから。
「編み物って、難しいのね……」
「大丈夫ですよ、ひとつずつ、ゆっくり……間違えたら、ほどいてやり直せば良いんですから」
 六実に教わりながら、愛梨沙は何とかそれなりのモノを作り上げた。
 色はもちろん白、かなり短く、しかも歪んではいるけれど、皆と繋ぎ合わせれば気にならないだろう。
 六実の方は青緑の毛糸で、軽く50cmほど。
「綺麗に出来てるわね。あたしもいつか、これくらい出来るようになるかなぁ?」
「はい、きっと」
 いつか、お互いの編んだものをプレゼントし合ったり、そんな事が出来るようになると良いな。

「もうそんな季節か、早いね」
 六道 鈴音(ja4192)も、せっせと手を動かしていた。
「まぁ、あんまり自信はないんだけど、せっかくの企画だしね」
 編みながら、ふと隣を見る。
「上手ですね、真っ白でふわふわ、あったかそうです」
「え? ああ、ありがとう」
 思いがけずに声をかけられ、蓮城 真緋呂(jb6120)は少し戸惑った様に笑みを返した。
 白いモヘアの毛糸で、長さは1mくらい、特に凝った編み方はせずシンプルに。
「それなりに上手く出来たかな」
 白を選んだのは、心を真っ白にしたいという希望の現れだった。
「今は色々考え過ぎてるから…」
 苦笑いをする真緋呂に、鈴音はこくこくと頷いた。
「そういう時ってありますよね」
 うん、自分も心を真っ白にしたくて白い毛糸を……うそです。
 一番たくさんあったからです。
「出来は……うん、まあまあかな?」

 皆がそれぞれの思いを込めて編み上げたマフラーは、ひとつに繋ぎ合わされて、木の幹に巻き付けられる予定だった。
 ということで、マフラーの仕上げはゼロさんにお願いしますね。
 違和感なく、色と柄のバランスも良く、足りないところは編みたしてりして、ね?
「ふ、楽勝やな」
 ゼロは言い切った。
 そして言葉通りに良い感じに仕上げた。
 しかし本人、今イチ盛り上がらないと言うか、面白くないご様子。
 そこで考えついたのが――

 そうだ、先生とシグ坊を飾ろう!

 何故そうなる。
「それは良い考えなの」
 ちょっと待って、りりかさん。
 そこは同意するところじゃ……
「そうね、やりましょ」
 胡桃さんも待って、ねえ、それ違うから。
 クリスマスの飾り付けと違うから!
「え? 間違ってる? いいえ、間違っていない、わ」
 にこーり。
 実はもう用意してあるのです。
 まずはシグリッドの背中に羽根を背負わせて、頭の上には白い輪っか。
「……オーナメントに、よくあるでしょう?」
 陛下の微笑が、良い感じに怖い。
 門木は自前の翼があるから、頭の輪っかだけで良いだろう。
 ついでにオーナメントでじゃらじゃら飾って、キラキラのモールを巻いて、綿の雪も被せて。
「ふふ…可愛いの、です」
 りりかは最後の仕上げとして、門木の髪に桜色のリボンを結ぶ。
 お揃いのリボンを、シグリッドと胡桃にも。
 そしてゼロが、可愛く飾ったシグリッドを門木に飾る。
「……え?」
 どういう事?
「二人とも、よく似合ってるわ」
 記念写真でもどうかと、胡桃がカメラを取り出した。
「はい、笑って……?」
 ぱしゃー。
 うん、良く撮れました。
 何がどうなって、どんな構図なのか……今イチよくわからないけれど。
「さ、飾りに行くでー!」
 二人を纏めて抱え上げ、ゼロが飛ぶ。
 ツリー目掛けて一直線。
「やっぱ飾るなら天辺やな!」
 ほーい!
 だからどういう事だってばよ!
「はい、という訳で飾り付けは完璧です」
 待って。
 まだ他に誰も飾り付けしてないから。
 って言うか降りて良いよね?

 そう言えば去年、天辺の星を飾ったのはシグリッドだった。
「……今年も、やるか?」
「はい、勿論です!」
 でも、一度降りて取って来ないと。
 それに星を飾るのは一番最後だ。
 まずは自分達に飾られたオーナメントを外して、木の枝に付け替えて。
「そう言えば、先生に初めて会ったのも去年の飾り付けの時だったのです」
 あの時は、ちらりと姿を見かけた程度だったけれど。
 それからクリスマスの本番があって、修学旅行があって。
 そうそう、修学旅行と言えば。
「遅くなりましたがモミの木さんにお土産なのです」
 シグリッドはポケットからベルや杖、星等のオーナメントを取り出した。
「今年のクリスマスもご一緒出来ると嬉しいのです、モミの木さんをしっかりおめかしするのですよー」
 それからも、雛祭りに、お花見、七夕――
「なんだか一年があっという間だったのです…」
「……そうか、良かったな」
 楽しい時間は、あっという間に過ぎる。
 それなら時間が経つのが早く感じるのは良い事に違いない。
 少し勿体ない気も、するけれど。

 その頃、学校の廃品置き場では。
「買えばいいじゃないですかぃ兄さんのけちぃ」
 がっさがっさ。
「飾るだけの物を買いやしませんぜ」
 がっさがっさ。
 紫苑と揺籠は、ツリーに飾る物を物色中だった。
「兄さん兄さん、こんなん見付けやしたぜ!」
 得意げに引っ張り出したのは、等身大の綺麗なお姉ちゃん(しかも裸)の写真がプリントされたシーツ。
「だっ、紫苑サン! そりゃ子供が見るモンじゃねぇですよ!」
 慌てて取り上げ、丸めてポイ。
「あっせっかく見つけたのにぃ!」
 しかし駄目なものは駄目、保護者代行としてそこは譲れない。
 と言うか監督不行届で保護者に殺されそうだ。
「じゃ、これはどうですかねぃ?」
 今度は年齢制限有の秘伝の書、しかも袋とじのページまである。
「これ、何が書いてあるんですかねぃ?」
 まだ開けられていないそのページを、紫苑は手で破ろうとした。
「まっ、ちょ、待ちなせぇっ!」
 それはさっきのシーツより、確実に数段ヤバい代物だ。
「それも子供が見て楽しいモンじゃねぇですから!」
「兄さんが見るんですかぃ?」
「見ませんよ……というか、なんでこんなもんがこんなとこにあるんですかぃ?」
 痛バスタオルとか、痛抱き枕とか、うすいほんとか。
「紫苑サンも、面白がってわざわざそんなモンばっかり探して来るんじゃありませんよ」
 あ、バレてた。
「兄さんがケチるからですぜ?」
 お金をかけない飾りなら、倉庫に色々あるって聞いた。
 オーナメントとか、電飾とか、モールにリボン……もう誰かが運び出してると思うけど。

「久遠ヶ原のツリーは願い事を吊るすのか」
 倉庫から去年の飾りを運んで来た鈴音は、巨大なツリーを見上げて暫し考える。
「もうちょっとしたら新年のお参りもあるけど、きっと頼む神様は別だろうし、何度お願いしてもいいよね」
 さて、何をお願いしようか。
 それに、どうせなら自分の願い事はなるべく高い所に飾りたい。
「その方が御利益ありそうな気がするじゃない?」
 しかし、どうやら周囲に櫓を組もうとする者はいない様子。
 自前の翼で飛べる者が多いせいだろうか。
「でも、こういうのは自力で頑張ってこそよね!」
「じゃ、私も手伝わせて貰おうかな」
 真緋呂が声をかけてきた。
 去年は門木に頼んだけれど、今年はちょっと遠慮したい気分。
「よし、二人で頑張ろう!」
 多分、倉庫や物置を探せば材料になる物が何かある筈だ。

「わぁ…とても大きいですね、インレ様」
「ふむ、大きな木だのう」
 インレとイーファは木の真下に立って、梢を見上げる。
「このようなものが久遠ヶ原にあるとは知らなんだ」
「え……インレ様でも、ご存じない事があるのですね」
 イーファは驚いた様な顔でインレを見た。
「わしも年古りたとは言え神ならぬ身、知らぬ事はまだまだ多いよ」
 微笑を浮かべ、イーファを促す。
「さ、それを飾るのであろう?」
 イーファの手には、防水仕様の人型をしたオーナメントがあった。
「はい、黒と…金の髪のものを2つ、合計3つで」
「3つ…」
「多いですか? ふふ…インレ様の大切な方の分もです」
「──三人分、か。本当に、良い子だ」
 インレは金に近い茶色の頭をそっと撫でた。
「うむ、そうだな。ありがとう、あやつも喜ぼう」
 だが、その格好で飛ぶのは少し無防備に過ぎるだろう。
「わしが抱えて飛ぼう」
 スカートが風で煽られる事のない様に。

「わぁ、大きな木なの…」
 何事もなかったかの様に、りりかと胡桃はツリーを見上げる。
 オーナメントはもう使い果たしてしまったし、ここは――
「章治せんせいのぶろまいどを飾るの、です」
 それに抱き枕や桜の飾りも。
 大丈夫、いずれも防水加工はバッチリだ。
 抱き枕など飾る、と言うかぶら下げたら、サンドバッグにされそうな気も、しないではないのだけれど。
 りりかはなるべく高い所に飾り付けようと、上の方をじっと見る。
 背伸びをしながら手を伸ばし、頑張る……けれど届かない。
 ゼロさん、出番ですよ?
「俺は乗り物かい!」
 でも知ってる、ゼロさんはノリも良いけど面倒見も良いって知ってる。
 高い枝で風に揺れるブロマイドの裏には、こっそりと願い事が書かれていた。
『みなさんが笑顔でいられますように、です』
 ――と。

「登る必要がないから、飛べるって助かるな」
 木の上まで飛んだ天宮 佳槻(jb1989)は、予め用意してきた素朴な松ぼっくりを、ひとつずつ飾り付けていく。
 これなら濡れても問題は無いし、何より安くてたくさん入っているのが良い。
 ついでに、願い事も――ちょっと見えないように松ぼっくりの陰に隠して結んでおいた。
『自分に回るかもしれなかった分の幸せが親しくしてくれた人達に上乗せされますように』
 別に何かに悲観している訳ではない。
 自分にとっての幸せなんて、わからなかったから。
 クリスマスは元来祈りの日だというなら、柄にもなくそんな祈りを捧げてもいいかなと、そう思ったのだ――神ではない何かに。
(でも、あまり人に見られたくはないかな)
 クリスマスが過ぎたら早々に回収しに来よう。
 これで自分の分は終わり。
 後は――
「もし上の方に飾りたいなら、手伝いますが」
 地上に戻り、飛ぶ手段のない人達に声をかけてみる。
「大丈夫ですよ、見たりしませんから」
「じゃあ、お願いしようかな」
 そう言われて、透次が願い事を書いたプラ板を佳槻に手渡した。
 別に見られても構わない気がするけれど……いや、やっぱり恥ずかしいか、『セレスさんと仲良くなれますように』なんて。
「セレスさんも、お願いしてみたら?」
「…あ、はい。でも…」
 セレスは何を願うか、まだ考えていなかった。
「…クリスマスに願い事と言うのも不思議」
 何が良いだろう。
「私は……不思議で大切な人達の、笑顔…?」
「うん、良いね。セレスさんらしいと思うよ」
 セレスは優しい。
 一緒にいると安らぎを感じる。
「あの…本番のパーティーも一緒に来ようって誘っても良いかな?」
「…え?」
「セレスさんといると僕は笑顔になれるんだ、とかその…セレスさんはどうかな…僕と一緒にいて楽しいかなとか…」
 しかし、セレスは何か不思議なものでも見た様な顔で首を傾げていた。
「あっ、いや、そのっ……なに言ってるんだろう僕っ」
 透次は真っ赤になって大慌て。
 ところで、願い事はもう飾って良いのかな……?

「よし、出来た!」
 完成した櫓の上に立ち、鈴音はポケットからプラ板を取り出した。
 油性マジックで『健康第一』と大書して――
「…これでよし、と。天魔退治は自力でやるから、お願いするまでもないわ」
 長靴やサンタさんの人形と共に、枝に飾ろう。

「あれからもう一年か…早いな」
 懐かしむかの様な微笑を浮かべつつ、真緋呂は櫓を足場にレース編みのコースターを飾り付けていく。
「雪の結晶みたいに見えるかな、と思っていくつか編んでみたけど」
 どうかな?
 あ、大きさや形がまちまちなのは手作りの味です、はい。
 願い事は折り鶴の内側に書いて、見えないように。
『大事な人達がずっと笑顔で過ごせますよう』
 離れても、笑っていて欲しい。
 それは願いであると同時に、決意の表れであるのかもしれない。

「ねがいごと、何書きゃいいんでしょ?」
 最近は嬉しい事が叶いすぎて、思いつかない。
「プレゼントに欲しい物とか、書いといたらどうです?」
「おれ、三太はしんじてねぇでさ」
 お化けは信じてるけどね!
「案外、願いを文字にするってェのは大事なのかもですねぇ」
 だから、揺籠も書いてみた。
『今と変わらず未来が続きますように』
 苦笑し、それでも高い所にそっと飾ってみる。
「叶うか叶わないか…紫苑サンの七夕の願いは、叶ったんじゃねェんですかぃ?」
 こくり、頷いた紫苑は、ツリーに向かっていきなり柏手を打った。
 パン、パン!
「とりあえず東北がへーわでありますよーに!」
 お賽銭は、さっき見付けたえっちなほんで!
「紫苑サン、なにこっそり持って来てんですかぃまったく」
 はい没収!

「何か色々違ってる様な…まぁ楽しそうだし良いか」
 姉とは違い人界に詳しい六実は、苦笑いを浮かべつつ愛梨沙を見る。
(アルトちゃん、とっても楽しそう…あんなに明るい笑顔の姉様は初めて見ます……)
 愛梨沙は今、シグリッドから譲り受けた(?)門木と共に飾り付けの最中だった。
(だって、天界に居た時は何時も静かに微笑んでいるだけだったから…)
 その様子をちらちらと気にしつつ、六実は美鈴と共に飾り付けを勧めていく。
 そんな彼女の願いは、『何時かアルトちゃんに妹だと名乗れる時が来ます様に』だった。

「はい、じゃあ次はカノンね?」
 パスされた門木を受け取ってはみたものの、特に手伝いは必要なかった気がする。
 でも折角だし、電飾の飾り付けを手伝って貰おうか。
「私が上をやりますから、先生はコードが絡まない様に下から渡して貰えますか?」
 また来年も元気な姿で会えるように、木の枝を傷つけないように気を付けながら。
 と、そこまでは良いのだが。
 今日は少し頑張って、ネルトゥスドレスを着て来たのだった。
「あれ……そういえばドレスで飛んだら、下から見え……」
「……大丈夫だ、俺しか見てない、から」
 いや、多分そういう問題じゃない。
「み……」
 見た?
「……えと、ごちそうさまでした、です」
 カノンは慌ててスカートを抑えるが、手遅れだった。
 そんな彼女の願い事は『大切な人と、その家族の笑顔を守れる自分になれるように』――
 その願いとスカートの中、見られるならどちらが良かっただろう……?

「やあ一年ぶり、今年も世話になるよ…少し育ったか?」
 ディートハルトはツリーを見上げ、その樹皮をそっと撫でる。
 飾り付けを手伝った後はいつもの様に、一杯。
「さて、一緒に楽しんでくれる人はいるかな?」
 そんな彼の願い事は『Ich moechte eine gute Zeit mit Ihnen zu verbringen』――
「……ドイツ語、か」
「読めるのかい?」
 問われて、門木はこくりと頷く。
「そうか、でも内緒だよ」
 ディートハルトは口元に指をやり、悪戯っぽく笑う。
「今年の冬は、去年よりも暖かく過ごせそうだな」
 寒い日も、誰かと酒を酌み交わせれば暖かくなるものだ。

 しかし、そうしてディートハルトに引き継がれたと思った門木は再びシグリッドの所へ。
「せんせー、最後の仕上げなのですよー」
 天辺の星を、二人で飾る。
 今年の星は小さな翼を付け、頭上には二つの天使の輪を頂いていた。
「クリスマス、楽しみですね…!」

 幹には皆で編んだマフラーがリボンの様に巻かれ、モミの木は去年にも増してオシャレになった。
 多分、寒さにもほんの少し、強くなったかもしれない。
 そして合図と共に電飾が光り出す。
 いつの間にか、辺りはすっかり暗くなっていた。

 キラキラと輝くツリーを見上げ、インレが尋ねる。
「と、ところでイーファ。サンタへの手紙はもう書いたのか…?」
 それはクリスマスプレゼントの希望を聞き出す為の口実だったのだが――
「手紙、ですか…?」
 願い事の事だろうかと、イーファは暫し考え、答える。
「そうですね、何時も激しい戦場に行かれるインレ様の怪我が少ないようにと」
 思った以上に、彼女は良い子だった。
 これは諦めて直球で尋ねるか、頑張って自力で考える(そして恐らく撃沈する)か。
 さて、どちらにしますか?

「それではお食事の時間です」
 ただしねじ込み式。
「へーかはおそらく先生をmgmgして……いませんね。でもご飯はねじ込みます予定は変わりません吐き出させもしません」
 って言うかゼロさん関西弁どこいった。
「ゼロさん、無理はめっ、なのですよ?」
「もちろんチョコばっかり食べてるりんりんもです」
 あ、とばっちり。
 でも無理に食べさせるより、キャラメルの中に仕込むとか、チョコでコーティングするとか……甘いもので釣った方が成功率は高いと思うのです、よ?



 そして真夜中。
「お願い叶えてくれてありがとね」
 大事にしまってあった去年のオーナメントに礼を言うと、愛梨沙は新しいものを手に取った。
 去年と同じ店で買った、去年と同じ天使のオーナメント。
 他は『ひゃくおんしょっぷ』で間に合わせたけれど、これだけは――どうしても叶えたい願いがあるから。
 白い翼をそっと抱きしめてから、去年と同じ様に天辺近くの葉陰にそっと吊るして祈る。
「今年もお願いね」

 そこには、こう書かれていた。

 ――エルナハシュとリュール、風雲荘の皆と仲良く暮らせます様に――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:11人

撃退士・
セレス・ダリエ(ja0189)

大学部4年120組 女 ダアト
未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
夢幻に酔う・
ディートハルト・バイラー(jb0601)

大学部9年164組 男 ディバインナイト
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
断魂に潰えぬ心・
インレ(jb3056)

大学部1年6組 男 阿修羅
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
繋ぐ手のあたたかさ・
クリスティン・ノール(jb5470)

中等部3年3組 女 ディバインナイト
天衣無縫・
ユウ・ターナー(jb5471)

高等部2年25組 女 ナイトウォーカー
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
Survived・
新田 六実(jb6311)

高等部3年1組 女 アストラルヴァンガード
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
優しさに潜む影・
ルティス・バルト(jb7567)

大学部6年118組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
鳳 美鈴(jb7694)

大学部5年131組 女 阿修羅
撃退士・
イーファ(jb8014)

大学部2年289組 女 インフィルトレイター
鳥目百瞳の妖・
百目鬼 揺籠(jb8361)

卒業 男 阿修羅
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー
孤高の薔薇の帝王・
カミーユ・バルト(jb9931)

大学部3年63組 男 アストラルヴァンガード
ブラコンビオリスト・
唯・ケインズ(jc0360)

高等部2年16組 女 ルインズブレイド
シスコンピアニスト・
イツキ(jc0383)

大学部4年67組 男 ルインズブレイド