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マスター:STANZA
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:10人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/11/30


みんなの思い出



オープニング



 東北地方、某所。
 大天使ダルドフ(jz0264)は、食品加工会社の事務所に間借りしている。
 薄い壁の向こうから工場の喧噪が聞こえ、窓の隙間からは総菜を調理する良い匂いが流れ込んで来る。
 工場は24時間体制で操業している為、その音と匂いは常に辺りに充満していた。

「この部屋はどうも、しじゅう腹が減っていかんのぅ」
 板張りの床に畳を敷き詰めた部屋の真ん中に胡座を掻き、ダルドフは工場の試作品を肴に杯を傾ける。
 ちゃぶ台には一枚の写真が置かれていた。
 とある撃退士が、先日のパーティで撮ったものを譲ってくれたのだ。
 そこには微かに笑みを浮かべたプラチナブロンドの美女が写っている。
 隣でぼんやりしているのは、その息子だと教えられた。
 周囲には知った顔もいくつかあるが、皆が楽しそうに満ち足りた表情をしている。

「幸福そうで、何よりだ」
 彼女もこの地で良い出会いを果たした様だ――自分がそうであった様に。
「某の入る隙間はなさそうだのぅ」
 顎髭を捻りながら苦笑い。
 だが、よりを戻したいとは始めから考えていなかったし、自分にもこの地で築いてきた大切な関係がある。
 これからはそれぞれの関係を大切にしながら、互いに少しずつ歩み寄って行けば良い。
 家族ぐるみで親しく付き合いながらも、所帯としてはそれぞれ別のご近所さん、そんな関係が理想だろうか。
 所帯が増えても、その構成が変わっても、大きな家族としては変わらない。
 それなら子供が独立しても寂しい思いをせずに済むだろう。
「そう考えると、あれはなかなか良い所であったのぅ」
 風雲荘。
 いつか自分も、あのアパートに住む事が出来るだろうか――いくつもの、小さな家族のひとつとして。

 その日を楽しみに、今はこの地の守りを固め、己の務めを果たしていこう。
 現時点で天界勢に目立った動きはない。
 だが、彼等がこのまま引き下がる筈はないし、裏切り者を見逃す筈もない。
 あのヴァルツとて汚名を雪ぐ機会を手ぐすね引いて待ち構えているのだろう――あの失態によって処分されていなければ。
「このところ、某もちぃとばかり気が緩んでおるしのぅ」
 いかんいかん。
 ダルドフは自分の拳で頭をゴンゴンと叩いた。
 傷も完治したことだし、そろそろ気を引き締めて戦いに備えなければ。
 いざという時に刃が錆び付いていたのでは、大切なものを守る事は出来ない。

「まずは……そうさの、あやつらと一戦交えてみるとしようぞ」
 つい先日も、もう一度手合わせをしたいと申し出があった。
 彼等がどれだけ腕を上げたか、その実力を計る良い機会でもある――などと、余裕を見せていたら足元を掬われるか。
「あやつらは油断できんからのぅ。少し見ぬうちに、格段に腕を上げよる」
 苦笑いを漏らしつつ、ダルドフは人気のない工場裏の空き地に向かった。
 まずは素振りでもして汗を流し、感覚を取り戻さなければ。

 無様に負ける訳には、いかない。



リプレイ本文

「おぉ、よく来たのぅ」
 集まった生徒達を出迎えたダルドフは、工場の社員食堂に一行を迎え入れた。
 現在、彼の立場は工場専属の住込み警備員。
 従って付属の施設を自由に使う事に関しては何の問題もなかった。
 従業員と言えど飲食には多少の負担もあるが、ダルドフは先日めでたく初めての給与を手に入れたばかりで懐は温かい。
 しかも誰かにご馳走したくてウズウズしていた――という次第。

 というわけで。
「さあ、何でも好きなものを取るが良いぞ!」
 気前よく言われて、女の子達はサンプルが並ぶショーケースに弾む足取りで駆け寄った。
「スイーツは、あるかしら、ね」
「チョコはあるの、です?」
「パッフェ! おれ、パッフェが良いでさ!」
「キョーカもおそろい、なのっ!」
 だが、一般的な社食のメニューに過剰な期待を寄せてはいけない。
「スイーツって呼べそうなのは、これくらい?」
 篠倉 茉莉花(jc0698)が指差したのは、いかにも業務用の解凍品といった風のケーキセット。
 それでも苺ショートとチョコケーキ、チーズケーキが選べるだけマシな方、かもしれない。
 後は市販のプリンやゼリーが並んでいる位なものか。
「そうね、お代わり自由…という事で手を打とうかしら。ね、くまさん?」
 矢野 胡桃(ja2617)陛下の有難いお申し出である。
 まさか断ったりしないよね?
「前は、挨拶程度のお話しか出来なかったけれど…気になってた、のよ」
 先日のパーティでも見かけたが、今日の胡桃は初めて会った時と同じ、クールなお仕事モード。
「もしよければ…ダンスは如何?」
「ぼんおどり! おれ、ぼんおどりなら出来まさ!」
 紫苑(jb8416)が得意げに声を上げるが、多分それじゃない。
「あっ、そーだ、なのっ」
 キョウカ(jb8351)が、ぴょんと跳ねてダルドフの腕にぶら下がった。
「だるどふたま。キョーカたちね、ちょっとおねーたんになる、なのっ」
「ほう?」
「二年生になるんでさ!」
 紫苑も負けじと反対側の腕に飛び付くと、ダルドフは二人をぶら下げたまま、ぐるぐる回る。
「そうか、では進級祝いをせねばならんのぅ」
「おれ、ほしいもんがありまさ!」
 何がほしいかは、まだ内緒。
 勝負に勝ったら教えてあげる。

 ところで、皆がここに集まった目的は忘れてないよね?
「ダルドフ、わかっていると思うが、俺達はただ遊びに来た訳ではないぞ」
 黒羽 拓海(jb7256)が釘を刺すが、大丈夫。
「まあ、そう急くでないわ。事に当たっては――」
「適度な余裕も必要、張り詰めてばかりでは却って切れやすくなる。そう言いたいのだろう」
 拓海は自販機のコーヒーを手にテーブルに着く。
「ふむ、どうやら随分と腰も据わってきた様だのぅ。これは頼もしいわぃ」
「負ける訳にはいかないからな」
 あの蒼雷の騎士相手に、今度こそ。
 四国で騎士団が動きだした今、確かめておきたい。
 今の自分が、大天使相手にどこまでやれるのか。
(そういう意味では丁度いい。ダルドフの肩慣らしついでに俺の刃も研いで貰おう)
 無論、怠けて切れ味が鈍っているなら遠慮なく返り討ちにさせてもらう。
「戦いの場は、可能なら街中が良いわ、ね」
 苺ショートを食べながら、胡桃が言った。
「多少の遮蔽物は互いの利、になると思う、わ」
 市街地での戦いを想定した訓練という意味合いもある。
「ふむ、ならばゲート跡の周辺になるかのぅ」
 あの辺りはまだ立入禁止区域、ついでに現れたサーバントを片付ければ一石二鳥だ。
「決まり、ね」
 訓練はチーム戦がメインだ。
「仲間のいる戦いにも…慣れは必要でしょう♪」
 ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)はダルドフ側に。
 志堂 龍実(ja9408)、キョウカ、茉莉花もこちら側だ。
「よろしくね、おじさん」
 対するは胡桃、ラドゥ・V・アチェスタ(ja4504)、華桜りりか(jb6883)、拓海。
「今も昔も戦いは得意ではない…が、今は戦わねば何も守れん」
 ファウスト(jb8866)も敢えて敵対する側に付いた。
「じゃ、おれはしんぱんやりまさ!」
 個人戦希望の紫苑は、チーム戦には参加しない。
 ズルや本気の攻撃はオシオキだからね!
「まぁ一応加減はするが…」
 仲間はともかくダルドフには必要なのだろうかと、ほんのり疑問を抱くファウスト。
 全力で行ってもカスリ傷ひとつ付かないのではあるまいか、あの超合金熊は。



 ピイィィーーッ!
 紫苑が吹き鳴らすホイッスルが、訓練開始の合図だ。
 ダルドフ側の初期配置は、広い幹線道路が交差する十字路の真ん中。
 対する撃退士側は四方に散り、そこから距離を詰めて来る。
「くんれんがんばる! なの!(ふんす」
 合図と同時に、キョウカが上空に舞い上がった。
 高い位置なら相手の動きもよく見えるだろう。
 だが逆に相手からも狙われやすくなる為、突出は禁物だ。
「向こうにはインフィもいるし、あまり離れないでね?」
「あいっ」
 上昇するキョウカに声をかけつつ、茉莉花はダルドフに風の烙印を付与。
「おぉ、これは…なんぞ身体が軽くなった気がするのぅ!」
 その隣に立った龍実が声をかける。
「さてと…天使と協力して何かやるのは初めてだな。ところで、援護が無用なら離れておくが…どうする?」
「某、長いこと一人で戦って来たからのぅ」
 正直、仲間と共に互いの弱点を補ったり、連携技を繰り出したりする様な戦いは、憧れだった。
 だが今後は、それが戦いの基本になるだろう。
 この機会に慣れておきたい。
 それに実際の戦いでは邪魔が入るのが当たり前、その状況を再現してこそ訓練の成果も上がるというものだ。
「心得た」
 龍実はダルドフの背にぴたりと貼り付いた。

(ふむ、やはりキョウカが目となって、上空からこちらの動きを他の仲間に伝える感じになるか)
 撃退士側のファウストもまた空へ。
「正面からぶつかれば不利な事は、元より承知だ」
 眼下の仲間達は、建物の陰に身を隠しながら慎重に歩を進めていた。
 その様子はキョウカにも見えていることだろう。
 本物の敵なら容赦なく撃ち落とすところだが――
(その目を逆に利用させてもらうか)

「何とも、奇妙な手合わせとなった事だな…まあ、良い」
 ラドゥの目的は、ただ楽しむこと。
「武器を持ち我輩の前に立つのならば、何であろうとする事は同じよ」
 楽しませてくれるなら、相手は誰であろうと構わなかった。
 その背後に身を隠しながら近付いた拓海は、相手が射程に入った瞬間に飛び出して先制の銃撃。
 ダルドフを狙ったそれは勿論、軽く弾き返された。
 しかし拓海は怯まずにそのまま突っ込んで行く。
(奴のことだ、狙われたからといって後ろに下がる筈もあるまい)
 寧ろ嬉々として前に出て来そうだ…と思ったらやっぱり来た。
 ただし一人ではない。
 ダルドフの前に立った茉莉花がウサギの人形を操り、その口から火の玉が撃ち出される。
 敢えて喰らった拓海はそれに抗い、茉莉花の目の前に飛び出した。
 にわかに距離を詰めて来た拓海に対し、抵抗が低そうだと見た茉莉花は慌てず騒がず、超電磁弾の青白い閃光を零距離射撃――
 が、拓海の方が早かった。
 龍覇哮の諸手突きで弾き飛ばし、背後のダルドフにぶつける。
「闘気解放が先に来ると思ったか?」
 間髪を入れずにナイフを投げて牽制、その隙に闘気を解放、鬼剣・新月の範囲攻撃をセット。
 期せずして茉莉花の身体を盾にする形となったダルドフは、拓海の狙い通りにその体を入れ替えて自分が前に出た。
 だが新月は範囲攻撃、僅かばかり位置を変えたところで諸共に巻き込まれるのは必至だ。
「さあ、どうする!」
 巌壁で防ぐか。
 しかしその前に、龍実が動いた。
「ダルドフばかり見ていては…足を掬われるぞ?」
 相手が阿修羅と見て防御に回れば押し込まれると判断、普段のスタイルを捨てて積極的に打って出る。
 側面からのフェンシングで拓海の意識を自分に向けさせ、ダルドフと茉莉花が体勢を立て直す時間を作った。
 勿論ただの時間稼ぎではなく、そのまま排除するつもりだ。
「サポートしますよ、旦那☆」
 飛び出したジェラルドが拓海の動きを先読みする形で攻撃を加え、その後に続く筈の行動を封じる。
 不意を衝かれた拓海は意識を刈り取られ、その場に棒立ちとなった。
 今ならどんな攻撃でも必ず当たる。
 勿論、その隙に力を溜める事も。

 ダルドフの偃月刀が深紅の輝きを放ち、その背から根元だけが紅く染まった白い翼が現れた。
 しかし、その動作は余りにも目立つ。
 当然の様に、相手もそれを阻止しようと優先的に潰しに来る。
「今なら狙い放題か」
 上空のファウストがライトニングの狙いを付けた。
 しかし。
「ふぁうじーた、めっ、だよっ!」
 背後に回ったキョウカが、しっかり抱いたウサギの口から火の玉を放つ。
 攻撃の手を止めさせるだけで良い、先に声をかけたから避ける余裕はある筈だ。
 その狙い通り、ファウストは攻撃を諦めて回避に専念する。
 だが、その動きは囮だった。
 本命は地上の胡桃。
 建物の陰に隠れながら近付き、PDW『八咫鏡』の射程ぎりぎりの位置で待機、機会を伺う。
 ダルドフが溜めに入った瞬間、それを守るジェラルドの前にラドゥが飛び出した。
「どれ、貴様の腕、見せて貰おうか」
「望むところ、って言いたいトコだけど☆ 今は旦那のサポート優先なんだよね♪」
 意識を刈りに来るジェラルド、だがラドゥはそれを見越していた。
 機先を制して吸血剣を振り下ろし、その集中を切る。
 ジェラルドは振り下ろされる剣をパイオンの糸で絡め取り、奪い取った。
 他に武器を持たないラドゥは徒手空拳、丸腰で捨て身の体当たりに出た――と見せて。
 手を離れたV兵器はヒヒイロカネに戻り、再び主の手に収まる。
「この距離では避けられまい?」
「へぇ、なかなかやるじゃない☆」
 喉元に刃を突き立てられたジェラルドは、一本取られたと手を上げた。
 そこに響いた一発の銃声。
「あら。余所見は感心しない、わ? 大天使ダルドフ」
 警戒していた龍実と茉莉花の死角を衝き、胡桃が放った銃弾がその肩に命中する。
 だがそれはCR差がある筈なのに、さほど効いた様子には見えなかった。
 或いは効いたそぶりを見せないだけか。
「流石、ね」
 とは言え練り上げた気を散らし、集中を途切れさせるには充分だった。

 直後、拓海が動いた。
 ダルドフはまだ、次の動作に移れずにいる。
 辛うじて出した巌壁のガードを避けて回り込み、拓海は鬼剣・新月を叩き込んだ。
 だが素早く反応した龍実がシールドでの防御からカウンターに転じ、拓海の腕を狙って直剣『干将莫耶』を振るう。
 狙いは武器の弾き飛ばし、だが拓海もそう簡単には隙を見せなかった。
 暫し二人の打ち合いが続く。
 更にその勝負を邪魔する様に、ジェラルドが脇からちょっかいを出して来た。
 相手の夢中になっているものを見極め、その興味の裏側へと回り込むように――目立たず、意地悪く、相手をイラつかせ、意識を掻き回す。
『思った通りに動けないって状況こそ、恐るべきだと思わない?☆』
 そこにもう一本の横槍が。
「よそ見ばっかりしてると足元すくわれるよ?」
 茉莉花の超電磁弾が、今度こそ拓海を貫いた。
 抵抗空しく、拓海の膝から力が抜ける。
 それを見たラドゥは龍実との間に割って入った。
 踏み込みざまに鬼神一閃、その意識を自分に引き寄せる。
「多勢に無勢とは美しくない、片方は我輩が引き受けよう」
 麻痺して動けないとは言え、攻撃や防御は出来る――ただし全力には及ばないが。
 助けを得て、拓海は刀を構え直した。
 しかし。
「あたし一人なら何とかなる、なんて思った?」
 向き合った茉莉花が僅かに口角を上げる。
 次の瞬間。
「跳べぃ!」
 ダルドフの怒号と共に偃月刀が地面に打ち付けられ、鋭い刃となった衝撃波が四方に放たれた。
 仲間達は合図と共に跳び上がって難を逃れ、その攻撃を警戒していたラドゥもまた跳んで避ける。
 中心から離れる程に高くなる波は、ダルドフに近接していれば僅かな跳躍で越える事が出来た。
 だが動けない拓海はその直撃を受けるしかない。

 衝撃波が収まったところで、りりかが飛び込んで来る。
「だいじょうぶ、です? むりはいけないの、ですよ?」
 祓い給へ 清め給へ
 祈りの言葉と共に、掌からふわりと舞い上がった桜の花が、暖かく甘い香りと共に傷を癒す。
「すまない、ありがとう」
 だが、これは本気の力試し。
 まだ一太刀も加えていない状態で退く訳にはいかなかった。

 拓海の復帰を見届け、りりかは自らもダルドフの前に立つ。
「ダルドフさんとこうして向かい合うのも久しぶりなの、です」
「手合わせは、ぬしの希望であったな。如何にする、某は一騎打ちでも構わぬぞ?」
 しかし、りりかは首を振った。
 戦場では敵は待ってくれないし、隙を見せれば必ず他の誰かに狙われる。
 たった一人で戦う事も、まずないだろう。
「このままでいいの、です」
 以前と同じ様に礼儀正しくお辞儀をし、以前と同じ鉄扇を手に。
「またこうして向かい合えて嬉しいの、です。んと…少しは強くなったと思うの…」
「ほう、では見せるがよいぞ!」
 こくり、頷いて接近戦を仕掛ける。
 だが今度は目の前の相手だけに集中する訳にはいかない。
「本当に、手出ししても構わないんだな?」
 龍実が念を押した上で妨害に動く。
「だったら、いっぱいじゃまする、なのっ」
 キョウカは上空から弾幕を張る様にヨルムンガルドを撃ちまくった。

 ひらりひらりとかつぎを翻しながら舞う様に弾幕をかわし、りりかはダルドフに攻撃を打ち込む。
 鉄扇をぎゅっと握り締め、舞う様に、何かを確かめる様に。
(まだ勝手に身体が動くことはあるけど、自分の意志でも動けるようにもなって来たの)
 強くなった手応えはある。
 けれど、それが本当の強さではない事もわかっていた。
 個々の力だけでは勝てない。
 自分だけが強くなっても、きっと真の強敵には敵わないだろう。
(それでも、どうすれば良いかわからないから…)
 りりかは舞う。
「今はただ強くなりたいと思うの、です」
 そう言葉にする割には、その攻撃は協力とは言い難い。
 魔法には弱いと自ら認めるダルドフでさえ、特別な技を使わなくても受けきれる程度のものだ。
 りりかにもそれはわかっている筈だが――何かを狙っているのだろうか。
「何にしても、思い通りにはさせないけどね」
 茉莉花はりりかの背後に回り、死角から火の玉を放つ。
「これならかわせないでしょ」
 だが、胡桃が避弾でそれを弾いて軌道を逸らした。
「かわせない、なら。弾けば良い、わね?」
 その弾道は先程とは異なる軌跡を描いている。
 どうやら胡桃は状況に応じて潜伏場所を変えている様だ。
「これはちょっと、大人しくしててもらった方が良いかな?」
 ジェラルドが銃撃の出所を探る。
 やりすぎると胡桃パパに蜂の巣にされそうだが、勝負は勝負。
 だが胡桃は障害物を巧みに使って隠れている溜め、地上からでは発見が難しかった。
「まかせる、なのっ」
 キョウカが上空からその姿を見付け、位置情報を伝えようとジェラルドの方に視線を向ける。
 が、その声が届くより先に、ファウストが動いた。
 瞬間移動でジェラルドの背後を取り、ライトニングの不意打ちを仕掛ける。
「おっと、これはちょっと効いたね☆」
 ダメージよりも寧ろ、それで胡桃を抑える機を逸した事が。

 その間に場所を変えた胡桃は再びダルドフを狙う。
「それじゃあ…剣の人形の戦舞。お見せする、わ」
 胡桃は薙弾【Leidenschaft】で己の能力を解き放った。
「限定解除」
 しかし何処を狙えば良いのか――相手が敵なら撃つべき場所に迷いはないが、これは訓練。
「傷つけたいわけではない、のよね。まぁ…心配は無用、でしょうけど」
 ちょうど反対の方向から、拓海が龍覇哮の構えでフェイントをかけ、ダルドフの注意を引く。
 得物を蒼風迅霊符に変えたりりかは、足元にわざと外した攻撃を放ってひらりと後ろへ。
 距離をとって、鳳凰を呼んだ。
「力を貸してほしいの…」
 それに応えて、鮮やかな朱色の鱗とクリーム色の柔らかい羽毛、鮮やかな緑の尾羽根と長い飾り羽根を持った鳥竜が現れた。
「新しいお友達なの…」
 人の言葉を解すると言われるその鳥竜に、りりかはぺこりと頭を下げた。
「よろしくお願いします、です」
 返事の代わりに、鳳凰は緩慢な動作でばさりと風を送る。
 温かな風が、りりかの身体をふわりと包んだ。
 その温もりに背を押され、りりかは蒼色をした風の刃を放つ。
「これが今のあたしの力なの…」
 唸りを上げて迫り来る魔法の刃。
 同時に上空背後に回ったファウストがライトニングを放ち、別方向からは胡桃の銃撃。
 それを機と見た拓海も開いた方向から龍覇哮を仕掛ける。
「大振りな攻撃だが、今なら――」
 四方からの同時攻撃、しかしダルドフは迷わなかった。
 最も危険なりりかの魔法攻撃を巌壁で防ぎ、他は全て受けきる覚悟で防御の姿勢を取る。
 だが、今の彼には仲間がいた。
「だるどふたまあぶない、なのっ」
 急降下したキョウカがシールドでファウストの攻撃を防ぐ。
 拓海の突進は龍実が脇からのエメラルドスラッシュで妨害、勢いを削いだところで体をかわしたダルドフが、その背に偃月刀の石突きを打ち込んだ。
 胡桃の銃弾だけがその目的を果たした様に見えたが、その太い腕を盾代わりに受け止めたダルドフは、まるでパチンコの玉でも喰らったかの様に平然としていた。
 いや、ただの痩せ我慢かもしれないが。

「二人とも、よう防いでくれた。礼を言うぞ!」
 孤立無援の状態で今と同じ集中攻撃を喰らっていたら、とても防ぎきれなかっただろう。
 その言葉に、龍実はただ小さく笑みを見せる。
 元より天使だ悪魔だと種族による区別は付けず、ただその内面のみで相手を評価してきた。
 そんな龍実にとって、ダルドフはその性格も含めて快く思える相手。
 もっと言えば、信頼のおける仲間だった。
「だるどふたま、だいじょぶ、なの?」
 キョウカが心配そうに、その右腕を見る。
「うむ、案ずる事はない。ちぃとビリビリするがのぅ」
 苦笑いを浮かべながら、ダルドフは偃月刀を持ち直す。
 ただし銃撃を受けた右腕ではなく、左手で。
「やれ、侮れんわい」
 だがこちらも防戦一方では面白くない。
「そろそろ反撃しても良い頃合いだね☆」
 ジェラルドが狩りの獲物を見繕う目で、相手チームのメンバーを見た。
 体力も減ってきたことだし、元気な人から少し分けてもらおうか。
 この中で一番元気そうなのは――
「うん、さっきはちょっと痛かったから、お返しさせて貰うね☆」
 ファウストを見上げる。
 しかし上空に浮かぶ彼には攻撃が届かない。
「わかった、なのっ」
 どーん!
 ファウストの後ろから、キョウカが渾身の急降下アタック!
 ごく普通の体当たりだが、不意打ちを喰らえば突き飛ばされるのも無理はない。
「しーたのまねしてみた、だよ?」
 弾かれたファウストは、待ち構えたジェラルドの【KD】〜Kiss Of Death〜による歓迎を受けた。
「ちょっと、貰うね☆」
 相手が美しい女性なら、熱い抱擁と共に接吻で奪うのだけれど。
 大丈夫、倒れない程度にはちゃんと遺しておくからね☆

 補給を終えたら、再び戦闘開始。
 今度はダルドフ側が積極的に打って出る。
 標的は胡桃だ。
 上空からその姿を追うキョウカの指示に従い、二手に分かれた仲間達が追い詰めて行く。
 だが相手も当然、それを黙って見てはいなかった。
 こちらはファウストの指示で、追っ手を妨害する様に動く。



 だが、その途中で邪魔が入った。
 胡桃の視界が不自然に揺らぐ。
 一瞬、目眩でも起こしたのかと思ったが――違う。
「無粋、ね?」
 胡桃はアシッドショットをセット、僅かに揺らいだ視界の真ん中を狙った。
 その動きに気付いたキョウカは、上空からインク入り水風船を投げ付ける。
 メカ鬼蜘蛛の迷彩が破れた。
 はっきりと見えるようになったその脚に狙いを定め、胡桃はPDWの引き金を引く。
 その装甲を溶かすアウルの弾丸で撃ち抜かれ、更に腐敗の効果で防御を下げられたメカ鬼蜘蛛は、しかし逃げようとはしなかった。
 それどころか、その目を赤く光らせて撃退士側に向かって来る。
「やれやれ、とんだ邪魔者が入ったものだねぇ」
 ジェラルドが肩を竦める。
「だが、切り上げるタイミングとしては丁度良かろう」
 ラドゥが言った。
 訓練とは言え、そろそろダメージも溜まってきた頃合いだ。
 それに手を抜いたつもりはないが、そこは訓練、どれほど楽しくても手加減は必要と、力を抑えていたのも事実。
「これでやっと本気が出せるってわけだね☆」
 では、ストレス解消の意味も込めて――やっちゃいましょうか。

 胡桃は酸で弱らせた蜘蛛に、更に薙弾を撃ち込む。
「さて、痛くするよ♪」
 ジェラルドは今まで抑えていた分を全部乗せ、本気の一撃。
 茉莉花はその両足に雷、身体には風のアウルを纏い、疾風迅雷の如く飛び出した。
「とどめの一撃はもらったよ」
 全身を淡い緑色に輝かせ、引導を渡す。
 巨大なメカ蜘蛛は、ただの障害物と化した。
「他にはもういないか?」
 戦いの「気」にでも惹かれて出て来たのだろうかと、龍実が周囲を見渡す。
 しかし光学迷彩で覆われたその身体は、よほど近いか何かの拍子に揺らぎでもしない限り、見付けるのは難しかった。
「おらぬ、とは言い切れんのぅ」
 ダルドフは顎髭を捻る。
 あれは害虫と同じで、一匹見たら三十匹はいるとも言われているのだ。
「ならば、今のうちに探してでも潰しておくべきだな」
 ファウストが頷く。
「後の憂いは先に晴らしておいた方が良かろう」
 鬼蜘蛛は勿論、その強化版であるメカ鬼蜘蛛も、恐らくダルドフの敵ではない。
 だが住民の安全を脅かすものがいると聞いて、そのまま帰るという選択肢は有り得なかった。
「さくてきは、おれらにまかしといてくだせ!」
 紫苑が鼻息も荒く立ち上がる。
「キョーカ、ありったけの水風船ぶつけてやりますぜ!」
「あいっ!」
 インク入り水風船の絨毯爆撃で、周辺に潜んでいた蜘蛛達の姿が浮かび上がる。
 大きなものが三体、小さなものは二十匹ほどがあちこちに散らばっていた。

「討伐も良いが、調子に乗って深追いするでないぞ」
 飛び出して行く仲間達にラドゥが声をかける。
 彼我の戦力から見て、それほど手強い敵ではないだろうが、油断は禁物だ。
 練気で力を溜めるラドゥ、その前にダルドフが立った。
「溜めの間は守る者が必要であるからのぅ」
 今回、彼はその重要性を痛感した様だ。
 その目の前には一体のメカ鬼蜘蛛、しかし彼等を挟み撃ちにするかの様に、もう一体が背後に迫っていた。
 そこに、胡桃が再びのアシッドショット。
「大丈夫、よ。私の前で…『仲間』への攻撃は、許さない」
「これは頼もしいのぅ」
 ニヤリと笑うと、ダルドフは力を溜め終わったラドゥと共に斬りかかり、一撃のもとに葬り去る。
「どーんってする! なの!」
 もう一体を、キョウカはエアロバーストでどーん!
 吹っ飛んだ所に飛び込んだ紫苑が更に頭突きをどーん!
 ひっくり返った所で一斉攻撃どーん!
 残る一体はファウストがアーススピアで足を持ち上げ、バランスを崩した所にラドゥが破山を叩き込む。
「もう一度、力を貸してほしいの…」
 りりかは再び鳳凰を召喚、浮いた脚の間から潜り込み、蒼風迅霊符の容赦ない攻撃を叩き込んだ。
 残った小さな蜘蛛達は、武器を適当に振り回していれば勝手に潰れる程のもの。
「軽く片付けて、後は皆で宴会にしようね☆」



 蜘蛛達を完全に片付けた事を確認し、一行は工場の食堂へと戻る――いや、その前に。
 まだ紫苑との勝負が残っていた。
 フィールドはこのまま、蜘蛛の残骸が丁度良い障害物だ。
「手合せ、よろしくお願いしやさ。お父さん」
 にたっ。
 あ、これ何か企んでる。
 絶対企んでるよね。
「なつかしい、って、こういうことなんでしょうねぃ」
 二度目の挑戦。
 あの時はまだ、敵同士だった。
 でも今は、お父さん。
 とは言え遠慮はしない。

 肩に浴衣を羽織り、試合開始。
 走るその背で浴衣がバタバタと音を立てる。
 そのまま走り込んでテラーエリアを発動、ダルドフを闇の中に包み込んだ。
 そして一転、音で場所を特定されない様に、細心の注意を払って浴衣を脱ぎ、ダルドフの足元にスケートボードをセット。
 次にそーっと後退して――
「おとーさん!」
 闇の中で、ダルドフは声がした方に一歩を踏み出す。
 しかし、その足元にはスケボーが!
「ぬおぉっ!?」
 片足だけをその上にかけたダルドフは、ものの見事に尻餅をついた。
 しかし悪戯娘の攻撃は止まらない。
 立ち上がったダルドフの背後から浴衣を括り付けたミカエルの翼を投げ付け、その後を追わせる様に再生ボタンを押したハンディカラオケを投げる。
 バタバタ風を切る音は、さっき自分が走る音として印象付けられた筈だ。
 同時に聞こえる『ごぉるでん、はんまぁー!』の声があれば、それを自分だと認識させるのは難しくないだろう。
 扇が前に回れば、反射的に潰れちゃいけない大事な所を守ろうとする筈。
 だって絶対警戒してるもんね!
 しかし!
 今回も金的ぃいい――
「だ と 思 い や し た か」
 にったぁあああ。
 本体は背後だ!
「か、ん、ちょーーー!!」
 どすっ!
 だいじょぶ、刃の方を向けないだけの優しさはある。

 勝った。
 今回も勝った。
 手段はどうあれ、二連勝!

 この悪知恵を、少しは勉強の方にも…と、思わない事もないけれど。



「お疲れ様でした♪」
 ジェラルドが用意した酒とジュース、それにおつまみやら何やらで、宴会が始まる。
「んと…ダルドフさん。ありがとうございました、です」
 礼と共に、りりかは何か言いたそうにダルドフを見上げるが…ごめん、今ちょっと尻の具合がね、うん。
「おじさん、大丈夫?」
 酒を注いでくれた茉莉花の声は、少し笑いを含んでいる、様な。
 まあ、それも無理はない。

 そして犯人(?)は鼻高々、勝利の杯をキョウカと分かち合っている。
「おれ、名字がほしいでさ」
 母とのか細い縁である、元の名字「秋野」を捨てるわけにはいかない。
 だから間に挟む事になるけれど。
「女は形にこだわるもんですぜ(きり」
「ふむ、そうさのぅ」
 ダルドフは暫し考えた。
 彼の故郷には、縁を結んだ相手の名を貰い、変形させて自分の名前に加える風習がある。
「某、もうひとつの名をオーレンと言うてな」
 オーレン・ダルドフ。
 どちらが名字という訳でもないが――
「桜蓮(おうれん)、というのは…どうであろう、のぅ?」
 秋野=桜蓮・紫苑。
 それは蓮花の一種、花が好きな娘には、似合いだと思うのだが。
「よかったわ、ね」
 胡桃が親子に声をかける。
「娘さんと『家族』を大切に、ね。…あぁ、うちは見習っては駄目、よ?」
 え、胡桃さんちも仲良しで、良い家族じゃないですか。
 まあ、ちょっと、色々激しいかなーって、思わない事もない、けれど?

「ダルドフ、今回の戦闘だが…自身の動きについてどう思った?」
 龍実の問いに、ダルドフは苦笑い。
「どうも、仲間のおる戦いというものに慣れぬでのぅ」
 次はもう少し上手く立ち回れると良いのだが。
 それに、仲間を巻き込まずに済む技も何かひとつ位は欲しいところだ。

「…天界から力の供給が止まったり、といった事はまだないのか?」
 ファウストが尋ねた。
 先日の事を考えると、いつ供給が止まってもおかしくない。
「まさか、今回手加減をしろと言ったのは…」
「案ずるな、まだ何も変わりはないわ」
「ならば、良いのだが」
 天界側が動きを悟らせない為に、故意にそのままにしてあるのだろうか。
「某も初めての事ゆえのぅ」
 正直、その辺りはよくわからない。
「まぁ相手がどのように動こうが、阻止すればいい」
 それだけの話だ。
「だから、何かあったなら必ず呼べ」
 独りで戦っているわけではないのだから。
 言われて、ダルドフは嬉しそうに笑いながらファウストの背中をばんばん叩く。
「ぬしらは呼ばずとも押しかけて来るであろうが!」
 どうやら尻の痛みも治まった様だ。

「そういえば、何で前はおれがかったのに笑ってたんですかぃ?」
 今回も痛がりながら笑っていたと、紫苑が首を傾げる。
「さて、何故であろうのぅ?」
 ダルドフは答えない。
 けれど、それは多分…勝ち負けよりも、心が通じた事や、遠慮なくぶつかって来てくれた事が、嬉しかったのではないだろうか。

 ところで。
「ぬしは何故、某を狙わなんだ?」
 今度はダルドフがラドゥに尋ねた。
「考えてもみよ、貴様と剣を交える事はこの先あるやも知れぬが…こやつらと手を合わす機会も、また中々無いのでな」
 確かにダルドフとの手合わせも魅力的だが、要するに強い相手ならば誰でも良いのだ。
「それが我輩の道楽、とでも言えば良いのかもしれんな」

(皆、それぞれ想いがあるねぇ…)
 お喋りに興じる仲間達を静かに眺めながら、ジェラルドは静かにグラスを傾ける。
(時々、それがうらやましくもある☆ 拘らない事に誇りを持っているけれど、人生を味わい深くするのは、案外彼らの様な拘りや確執、そういうモノなのかもしれないね☆)



 そして楽しい時は過ぎ。
 来る時は元気いっぱいだった紫苑は、帰りには水切れを起こした花の様に、しんなり、しょんぼり。
 代わりにキョウカが元気に言った。
「またあそんでほしい、なの! しーたとキョーカのおともだちもいっしょにっ」
「おぉ、いつでも来るがよいぞ!」
 再び二人を腕にぶら下げて、ぐるんぐるん。

 お別れはちょっと寂しいけれど、またいつでも会えるから。
 でも、いつかは。

 お別れせずに、ずっと一緒にいられるようになると、いいな。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:12人

ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
撃退士・
ラドゥ・V・アチェスタ(ja4504)

大学部6年171組 男 阿修羅
ドS白狐・
ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)

卒業 男 阿修羅
遥かな高みを目指す者・
志堂 龍実(ja9408)

卒業 男 ディバインナイト
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
シスのソウルメイト(仮)・
黒羽 拓海(jb7256)

大学部3年217組 男 阿修羅
娘の親友・
キョウカ(jb8351)

小等部5年1組 女 アカシックレコーダー:タイプA
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー
託されし時の守護者・
ファウスト(jb8866)

大学部5年4組 男 ダアト
with your "melody"・
篠倉 茉莉花(jc0698)

大学部2年245組 女 アカシックレコーダー:タイプB