「何……? 塗壁のディアボロに捕まって塗りこまれて心の奥底の秘密をぶちまけられる羽目になってる?」
はい、ご説明ありがとうございます。
という訳で、現場は相羽 守矢(
ja9372)の言う通りの状況になっている訳なのだが。
「予想以上にシュールな光景だよ。と、ともかく、早めに助けてあげないとだね。…心が折れる前に」
猫野・宮子(
ja0024)はその様子に戸惑いながらも、とりあえず猫耳尻尾をつけて、変身!
「魔法少女マジカル♪みゃーこ、出陣するにゃ♪」
スカートを翻し、魔法少女は救助に走る。が、今回はなんかちょっと勝手が違っていた。
「今助けてあげるにゃよ! ええと、あなたは…」
助ける前に、ついつい暴露メモをを読み上げてしまう。
――ざしゅっ!
何だかものすごく心に痛そうな効果音が聞こえた気がする。
「…はっ、ごめんなさいにゃ!?」
ぺこり、頭を下げる。
いや、悪気はないのです。悪気はないんだけど……だって、そんな所にいかにも読んで欲しそうに貼ってあるんだもん!
「ごめんなさいにゃ! ごめんなさいにゃ!」
ぺこぺこ謝りながら壁をぶっ叩き、ぶち壊す。
はい、一人救助完了!
助け出された人がボロボロだけど、怪我はないから大丈夫だよね。うん、心の怪我は専門外だし。
「次、行くにゃ!」
「何とも訳のわからねえ、それで色々キツそうな仕事が入ってきたもんだ」
口ではそう言いつつも、守矢は撃退士としてのスタンスに則り、粛々と救助活動を……粛々と……
「ダメだ、つい読んじまう」
仮にも人には言えない秘め事や心の奥底の願望なんだから、気にしてはいけない。知ってもいけない。
それは、わかってる。わかってはいるのだが。
理屈では理解出来ても、思わずツッコミ入れたくなるようなものには……関西人ならずとも反射的にツッコんでしまうのが人のサガ。
だが……
「うっへぇー、これってある意味恐ろしい能力だこと」
救助活動自体は木刀を振り回しているだけで事足りるのだ。
なのに、大変な重労働を強いられているかの様な疲労感がどっとのしかかって来るのは……これだ。このメモのせいだ。
「ああもう、俺が助ける連中に限って何でこうツッコミたくなるような連中ばっかなんだ!」
「だったら読まないで下さいよぉー!」
壁に埋もれた被害者が涙ながらに訴える。しかし――
「やかましい! いらん事知ってしまうから助けるこっちが色々とキツいわ!」
ばっこーん!
守矢は相手の顔面を思いっきりぶっ叩いた。
大丈夫、叩いても怪我はしないから。
ショックで気絶するくらいは、あるかもしれないけどね。
(やれやれ我が同胞も珍妙なものを創ったものだな…)
ケイオス・フィーニクス(
jb2664)は溜息を吐きつつ、野次馬に避難を呼びかける。
「見たところたいした能力もなさそうだが…手間が増えるのも面倒なのでな…汝らはここから離れるのだ」
しかし、野次馬達は恐怖よりも好奇心の方が勝っている様で、なかなか動こうとしない。
かつては悪魔というだけで、大抵の人間は蜘蛛の子を散らす様に逃げたものだが……
仕方がない、塗壁のひとつも砕けば怖れをなして逃げ散るだろう。
そう思いつつ、壁の前に立つ。
「汝…珍妙な趣味をもっているな…」
思わず読んでしまった。
中の人が今にも泣きそうな目で自分を見ているが、一体どうしたのだろう。
まあ良い、とにかくこの壁を壊せば良いのだろう。
ケイオスはシャイニングバンドを巻き付けた両の拳で壁の隅を叩いてみる。
「ふむ、加減が解らぬから拳で殴ってはみたが…中には影響は無さそうだな…」
ならば遠慮は無用と、拳の連打が炸裂する。
顔面を避けるなどという面倒な事はしない。中の人に影響がないなら、遠慮も手加減も情け容赦も必要ないではないか。
「ぅぎゃあぁっ!」
なのに、何故この男は哀れな悲鳴を上げているのだろう。
「砕きやすそうだったから遠慮なく破壊したが…汝、どうかしたのか? 顔色が悪いが」
救出された中の人は、息も絶え絶えの様子だ。
秘密の暴露がそんなにショックだったのだろうか。
改めて読み上げてみても、珍妙ではあるが、さほどの衝撃を受ける様なものでは……
「…はて?」
どうやら、我知らずトドメを刺してしまった様だ。他にも何やら、死屍累々。
「ディアボロから解放されて喜ぶところだと我は思うのだが…救出した者達が軽く絶望しているように見えるのは何故なのだろうな…解せぬ」
よくわからないが、とにかく次だ。
「はぐれ悪魔たる我が意見するのもなんだが…人としてそれはどうかと思うぞ?」
人が悪魔に説教される図というのも、なかなかに珍しい。
そして、読み上げれば読み上げるほどに深まる人類の謎。
「人の子らとはそういうものなのか?」
……むぅ。
「人の秘密を暴露……あんま許せることやないわな」
木南平弥(
ja2513)は、ちょっと怒っていた。
いや、思わず読み上げてしまう気持ちはわからなくもない。誰しも他人の秘密には多少とも興味があるものだろう。
悪いのは、そんな人々の弱みに付け込む様な攻撃を仕掛けてくる、このディアボロだ。
「打撃が弱点なんやったら、ちょうどええわ!」
トンファーを巧みに操り、平弥は目に付いた壁を片っ端から粉砕していく。
メモは読まない……が、自分が読まなくても野次馬連中にがっつり読まれて絶望した人々が……
「ええい、どいつもこいつも死ぬ間際みたいな顔して! まだまだ人生長いんやぞ!」
改めてその暴露内容を、声を出さずに読んでみる。
(なんや、大した事あらへんな)
これなら立ち直らせる事が出来そうだと、平弥は地べたに座り込んだその人の前に座って声をかけてみた。
「まぁ、十人十色、人それぞれって言うんやし、自分の生き方に胸張って生きたらええって!」
「良いのでしょうか、私、こんなんで…」
「ああ、大丈夫や!」
多分、その程度の秘密は誰でも持っている。何も特別な事じゃない。
そう言ってやると、相手は少し安心した様な表情を見せた。
よし、次だ。
(っと、ここにもかい!)
けれど、その内容は……
どうしようもないような暴露だった。もう、放置するしかない様な、処置なしの。
これは見て見ぬふりをするのが吉だと考え、立ち去ろうとする。
だが、何かがその足を引き留めた。
「ここで知らんふりしたら、『西のサムライ』の名折れやわ!」
わかった、どんなにしょーもない暴露でも、真っ正面から向き直ってやろうじゃないか。
腹を決めて、腰を据える。
路上の人生相談が始まった。
「うん……うんうん……」
相槌を打ちながら、真剣に話を聞く。
「人は人の生き方を馬鹿にする権利なんかもってないんやで!」
きっぱり肯定されて、その人の表情に明るさが戻って来る。
と……
「先生、俺の話も聞いて下さい…!」
「先生、俺も…」
「私も!」
あちこちから声がかかる。
路上のカウンセラーは大人気だった。
(このまま自宅に帰宅出来ないのは嫌だろうし、知り合いに合って秘密暴露…は嫌だろうから早急に退治しないと)
音羽 紫苑(
ja0327)は、このカオスな状況にも全く動じなかった。
「打撃系武器使いますので余波が予想されます。欠片が散るかもしれませんので」
と、野次馬に退去を促す。
するとどうだろう。悪魔が呼びかけても何処吹く風だった彼等が一目散に逃げて行くではないか。
皆、美人には弱いのだろうか。それとも……これか。この釘バットのせいか。
もしかしたら、ピコハンの方が良かったのだろうか。いやしかし、結果的に野次馬を一掃出来たのだから、これで良いのだ。
(打撃系が有効で中の人にダメージが行かないのは助かるな)
紫苑は釘バットを振りかぶり、光り輝く星の輝きを込めて思い切り振り抜いた。
その一撃で、壁は脆くも崩れ去る。
「……次」
暴露メモを読み上げるなど、余計な事はしない。
そんな暇があったら、ひとつでも多くの壁を叩き潰すのだ。
お陰で被害者達の目には、黙々と釘バットを振る彼女の姿が女神に見えたという……
ところで、壁の中に塗り込められるのは一般人に限った事ではない。
撃退士達もまた、油断すれば被害者となるのだ。
「…塗り込められても結構ですけどね」
え?
「暴露する事が無いような気がしますし…」
そう呟いたのは、如月 千織(
jb1803)だ。
常日頃から欲望のままに動いているという千織に、秘密など存在しないらしい。
いや、そんな筈はない。人間たるもの、誰しも自覚のない秘密のひとつやふたつやみっつやよっつ、ある筈だ。
という訳で、一体の塗壁が期待を込めてのしかかる。
ずずーん!
「……ぁ」
塗り込められた。
しかし……
――ぺっ!
吐き出された!
どうやら本当に、暴露すべきものが何もなかった様だ。
「だから言ったのに…」
千織はカドが当たるとかなり痛そうな本を取り出す。
「とりあえず片っ端から殴るとしますか」
その視線を受けて、慌てて逃げ出す塗壁。
逃げた先には、何やら挙動不審な人物が……
「ひ…人の隠し事を無差別にバラすなんてひどいディアボロもいたもんですね!!」
桜花(
jb0392)は何故か落ち着かない様子で周囲を気にしていた。
「私? そんな隠さなきゃいけないようなことなんてないから大丈夫…だい、じょうぶ…」
おどおど、きょどきょど。
(ただのディアボロ討伐だと思ってたら、どうしてこんな危険なことに…)
何がどうしてこうなった。
(大丈夫、やられる前にやってやる…!!)
そもそも、あの壁に近付かなければ良いのだ。そう思うと、少し気が楽になった。
「一応ディアボロですから…避難してください、ね?」
野次馬に避難勧告をして、桜花は遠く離れた所からロングボウを射る。
しかし、次々と射られた矢は固い壁に当たって跳ね返り、有効なダメージが与えられない様だ。
(結局、近付くしかないって事……!?)
打刀をぐっと握り締め、覚悟を決める。だが、額に流れる冷たい汗。
(大丈夫、暴かれて困る事なんて何もない。何も……)
その背後から音もなく忍び寄る白い影……いや、壁。
桜花ー! 後ろ、後ろー!
「……え?」
だが、気付いた時にはもう遅い。
ずずーん!
今度は吐き出されなかった。
むくりと起き上がった壁には、塗り込められた桜花の顔と、暴露メモが……!
「おや、何か書いてありますね。なんでしょうね?」
天使の微笑みが桜花の目の前に舞い降りる。
神父様の涼やかな声が、そのメモを読み上げようとした、その時……
油断した。
さくっと塗り込められたエルディン(
jb2504)は、周囲から波が引く様に人が居なくなる気配に、何か嫌な予感を覚える。
まさか、まさかあの秘密が……!?
「エルディンさん!? 今助けるにゃよ…って、えーと…」
そこに駆けつけた魔法少女が、メモの内容を思いっきり読み上げた。
『教会神父なのに腐男子で書き手!』
「はは…そういう人もたまにはいるよね…」
目の前で塗り込められた桜花も、自身の状況を忘れて苦笑いを浮かべている。
「いや、違うのです。決して私をモデルにしているわけではなく、書きやすいジャンルですから!」
しどろもどろになりながら必死に言い訳を試みる神父様。だが、それは言い訳になっているのだろうか。
そこに追い討ちをかける様に第二のメモが現れる。
『教会には内緒のBL小説作家。PNはエドガー。ジャンルは神父』
自分を塗り込め損ねた壁を追って来た千織が読み上げてみた。
へぇー、そうなんだ?
「そんな目で見ないで下さいよぉぉぉー、私は異性愛者ですってば!」
神父が異性愛を語るのもどうかと思うが、これは異常事態だ。自分への疑惑を払拭する為……の筈が、更にドツボに嵌まっている気もするが。
そして暴露メモはまだ続く。
『攻め受けリバあり、超ハードからソフトまで幅広い。薄い本も出してるよ!』
人間界の娯楽に興味があった為、某所で女性が群がっている本を見て何だか面白そうと始めたのがきっかけらしい、が。
「ぎゃぁぁぁ、読まないで、読まないでぇぇぇー」
じたばた、じたばた。
「ああ、つい全部読んじゃったにゃ…」
魔法少女はペコペコ謝りながらマジカルステッキを振りかざす。
「さっさと壊しちゃうから…みゃぅ!?」
しかし……転んだ。絶妙なタイミングですっ転んだ。
転んだ拍子にマジカルステッキが神父様の顔面を直撃……!
「あ…」
いや、痛くはないけどね。それよりも、周囲の視線と心が痛い。
売り子をしていると女性から驚きの眼差しで見られる事はよくあるけれど、ここまで突き刺さる視線は初めてかもしれない。
「ううっ、教会の偉い人に怒られます…」
怒られる位で済めばいいけど。
やっとの思いで壁から脱出したエルディンは、恨みを込めて壁の残骸にインパクトを叩き込んだ。
「ここまで冥魔を憎いと思ったことはありませんともっ、許すまじっ」
いや、既に崩れているものを叩いても仕方がない。
そこで、桜花を塗り込んだ壁に向き直った。
「ここは皆に披露してスッキリしましょうか」
キラリと光る聖職者スマイルで浪々と読み上げる神父様。
『年下が好き! 男女でも天使でも悪魔でも関係ない! 年下の可愛い子が好きなの!!』
なるほど、これが桜花さんの秘めたる欲望ですか。
「おお、道に迷える哀れな子羊よ」
アーメン。
その後も残った塗壁達を順調に叩き壊して行く撃退士達。
「うっしゃ、ラストスパートやっ!!」
数々の悩める被害者を救出した平弥は、心置きなく壁を壊していく。
千織も本とワンドで塗壁をひたすら殴っていた。
やがて周囲には瓦礫の山が出来、見物に飽きた野次馬達が三々五々と帰途に就く。
紫苑が心の怪我人に甘い物を渡しながら呟いた。
「妖怪シリーズでディアボロ作っているはた迷惑な悪魔は一体どんな奴なんだろう…」
これまでに身内が遭遇したのは河童と一反木綿。
(……今は未だ物量作戦のようだから対処のし様もあるが、吸血鬼とか牛鬼とか強力な妖怪作られたら将来が怖いぞ)
このまま、ふざけた妖怪ばかりなら良いのだが。
「なんというか、下手なディアボロよりも場合によっては強敵になりうるね。あれは…」
なんともいえない気分になりつつ帰宅の途につく宮子。
「確かに、疲れたな……」
守矢も肩を揉みながら足を引きずる様に帰って行く。この肩にのしかかる疲労感は確かにキツイ。
千織は糖分補給と称してチューインガムを口に放り込んだ。
彼女の秘密は『甘いものが食べたい』だったのだが……秘密でも何でもなかったね。
ついでに言うなら桜花の秘密も秘密じゃなかった気がするが、本人が隠そうとしているか否かがポイントだったのかもしれない。
そして神父様は……
何故かマンホールに手をかけていた。何でも、穴があったら入りたいという意思表示らしいが……
「…解せぬ」
ぽつり、ケイオスが呟いた。