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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/11/12


みんなの思い出



オープニング



 ある日のこと。
 リビングでテレビを見ていたリュールが、ぽつりと呟いた。
「人間界は我々や冥魔勢だけでなく、霊界という勢力からも侵攻を受けているのか」
 その声を耳にした門木章治(jz0029)が顔を上げる。
 テレビの画面には、モンスターの仮装をした子供達が通りを練り歩く様子が映し出されていた。
 ナレーションが聞こえる。
『10月31日、それは霊界の門が開き、悪霊がこの世に押し寄せて来る恐怖の日である――』
 どうやらハロウィンの行事に関する解説番組らしい。
 ただし、その解説は少々オカルト方面に傾いている様だが。
「この子供らは、霊界の攻撃から身を守る為に、この様な格好をしているというではないか」
「母上、それは昔の話なのです」
 テレビの解説をすっかり信じ込んでいるらしいリュールに、門木は言った。
 彼自身の「人界知らず」も相当なものではあるが、人界での滞在期間はリュールよりも遥かに長い――無駄に長いだけという説もあるが、それは置いといて。
 一応、去年のパーティの経験もあるし――夢だった気がするというのも置いといて。
「今では、ただのお祭りなのですよ」
 仮装した子供達が近所の家を回ってお菓子をねだり、大人も混じってパーティを楽しんだり。
 勿論、この風雲荘でもハロウィンパーティは行われる。
 玄関先でカボチャのランタンを灯し、室内はオレンジと黒で飾り付け、カボチャのパイやケーキを作って……
「母上は何が良いですか?」
「何、とは……?」
「仮装なのです」
「私もするのか!?」
 当然だ。
「思い付かないなら、皆に選んで貰っても良いのですよ?」
 かく言う自分も、皆に選んで貰うつもりでいた。
 と言うか、選んで貰う方が意外性があって楽しい事になりそうだ。
 いっそ皆で、他の人が選んだ衣装を着るというのも良いかもしれない。
 誰に何を着せるかを指定しても良いし、くじ引きの様にランダムで決めても良い。
 女装や男装になる可能性もあるが、それはそれで楽しそうだ――


 というわけで、風雲荘で開かれる初めてのハロウィンパーティ。
 参加は誰でもご自由に。
 皆様お誘い合わせの上、お気軽にどうぞ!




 数日後、東北地方の某所では――

「ふむ……はろういんぱーてー、とな」
 風の頼りに風雲荘の噂を聞いた大天使ダルドフ(jz0264)は、畳の上で顎髭を捻った。
「あやつも、こちらで楽しくやっておる様だのぅ」
 サッシの隙間から漏れ聞こえる軽快な音楽に合わせて指先で拍子を取りながら、窓の外を見る。
 そこには出勤してきたばかりの工場の従業員達が、朝の体操をしている姿があった。

 ここは食品工場の事務所が入る建物の一角。
 元は物置だった小部屋に畳を敷いただけの空間、これが目下のところダルドフの「我が家」だった。
 家賃が払えない為、まともな家に住む事が出来ない――というわけではない。
 この地域には空き部屋がないのだ。

 先日ダルドフが他の地域から連れて来た人々は、既に解放されている。
 彼等はもう元の家に帰る事も出来るし、何処か好きな場所に移り住む事も出来るのだが……
 その殆どが、そのままこの土地に留まっていた。
 その上、更に他の土地からも移住を希望する人々が後を絶たない。
 結果、戸建ての住宅は勿論、アパートもマンションも企業の寮も、全て満員御礼。
 いくらか建築中の物件もあるが、それも全て、既に入居者が決まっているという状態なのだ。

 狭くても良いから、客を呼べる様な快適で居心地の良い家が欲しいという希望は、まだ当分叶えられそうもない。
 しかしダルドフは現状に満足していた。
 大切な人達が皆、無事だったこと……それだけでも充分なのに、堕天もしない身でこの土地に留まる事を許された。
 こんな部屋でも遊びに来てくれる者達がいるし、彼等から色々な話を聞く事も出来る。
 これ以上に、何を望む事があるものか。

 それは、まあ……
 かつての恋女房に一目会いたいと、そう思わない事もないけれど。
「しかし、某の事は死んだものと思ぅておるだろうからのぅ」
 それに、見た目も随分と変わってしまった。
 きっと目の前にいても彼とはわからないだろう。

 遠くからそっと眺めるのが一番、か。
 そう言えば、はろういんぱーてーというものは仮装で参加するもの、らしい。
 それなら、こっそりと紛れ込む事も出来るだろうか――?



リプレイ本文

 その日、風雲荘には朝から甘い香りが漂っていた。
「トリックオアトリートされてもいいようにお菓子を用意しておくのです」
 シグリッド=リンドベリ (jb5318)は南瓜パイとバニラアイスを作っていた。
 それとは別に、門木のポケットにはキャラメルとキャンディを突っ込む。
「せんせーもいくつか持っておくと良いのですよ」
 悪戯されないように、ね!
「ハロウィンといえばトリックオアトリート、でしたか?」
 ちょうど階段を下りて来たカノン(jb2648)も、両手にお菓子の山を抱えていた。
「風雲荘内でのことですから、ほぼ挨拶の代わりになりそうな気がしますけど…」
 物の本によれば、この日は呼ばれもしない近所の子供達まで、お菓子をねだりに訪ねて来るという。
 その場合に備えて、配る為のお菓子は必要だ。
「それに、お菓子の用意があれば万一の保険になりますし…」
 カノンさん、これから南瓜パイ作りに挑戦するらしい。
 続いて現れたのは201号室の二人、蛇蝎神 黒龍(jb3200)と七ツ狩 ヨル(jb2630)だ。
 黒龍はアリスの帽子屋、ヨルはハロウィン仕様のヨル子ちゃん。
「ボクは衣装のシャッフルには参加せぇへんから、今日は一日このままやね」
「俺は、参加するよ」
 ヨル子ちゃんはパーティが始まるまでの仮の姿だ。
「ハロウィンパーティですか? なんだか楽しそうですね」
 続いて現れたレイラ(ja0365)が作るのは南瓜のパイやケーキ。
「はろうぃん、楽しそうなの…」
 華桜りりか(jb6883)は勿論、手作りチョコだ。
「たくさん用意して、みなさんに配るの、です」
 ヨルも市販のケーキやカフェオレを用意している様だし、自慢の料理を手土産に遊びに来る者も多いだろう。
 料理やお菓子は、きっと充分だ。
「後は部屋の飾り付けやね」
 窓は黒い紙でハロウィンらしいシルエットを作って貼り付け、カーテンをオレンジ色に変える。
 室内はクロス類をオレンジ色に、モールや電飾、ガーランドを縦横に張り巡らせて。
「ヨルくん、高い所はボクが抱っこで…」
「俺、飛べるけど」
 飛べてもええやん、イチャつきたいんや――という心の声は漏れていないが、顔にはしっかり書いてある、かも。
「皆、頑張ってね」
 準備の様子を、鏑木愛梨沙(jb3903)はデジカメで撮りまくっていた。
「ほら、こういうのを細かく記録に残すのも大事でしょ?」
 と言いつつ、本当の理由は少し違う。
「だって、シャッフル用の衣装どうやって用意すれば良いか、わかんなかったんだもん」
 友人に相談したら用意してくれたのは良いが、報酬として当日の様子を写した写真を請求された、という次第。
 デジカメもその友人からの借り物だが、ご丁寧に使い方を書いた紙が一緒に付けられていた。
「後で皆にプリントしてあげるね」
 庭の誘導灯や置き物、鉢植えなどもハロウィン仕様に模様替え。
 最後の仕上げに、玄関先に大きなカボチャのランタンを置けば準備完了だ。
「あ、因みにこれは『お菓子を貰いに来てもええ』いう目印やね。ランタン置いとらん家には押しかけたらアカンよ?」
 以上、黒さんの豆知識でした。

「ここが風雲荘?」
 その日、会場に一番乗りしたのはクリス・クリス(ja2083)だった。
「ミハイルさんの隠れ家…ボクの目を盗もうなんて百年はやいね」
 魔女っ子ドレスの魔法少女は、十字にかけたカブの精霊&ふわもこウサギのポシェットにお菓子が詰まっている事を確認すると、玄関を開ける。
 ドアに付けられた小さな鈴がチリンと鳴り、折り紙で飾りを作ろうと悪戦苦闘していた美女が顔を上げた。
 アパートの管理人だろうか。
 もう、パパったらまさかこの美女が目当てで…なんて勘ぐってみたりして。
 それはともかく、まずはご挨拶。
「逆トリート!」
 問答無用でお菓子と花束を押し付k…手渡して、クリスはリビングに上がり込む。
「おお、来たかクリス」
 出迎えたのはミハイル・エッカート(jb0544)だ。
「隠れ家のチェックに来たよ!」
「いや、俺は隠れてないぞ」
 隠してあるのは物騒なコレクションの数々だ。
「そういう使い方も出来るんだぜ、クリスも部屋が欲しいなら先生に頼むと良い」
 一緒に使うという手もあるが。
「そうだね、ミハイルぱぱの部屋の合鍵のがいいかな?」
 ミハイルに案内されながら、クリスはアパートのあちこちを見て回る。
「ふっ、水周りが豪勢なのは俺が営業頑張ったからだぜ」
「頑張ったって、これかな?」
 クリスが広げて見せたのは、モデル本人でさえ恥ずかしくてまだ見ていない、例の尻ポスター。
「おまっ、それを何処から…っ!?」
「ミハイルぱぱの部屋に隠してあったんだけど」
 もしかして発掘したらダメなやつだった?



 そして昼過ぎ。
 風雲荘にはパーティの参加者達が続々と集まり始める。
 宴の開始は夕方だが、それまでに色々と準備が必要なのだ。

「皆でパーティ、わくわくしますね」
 星杜 藤花(ja0292)は、一歳になる息子、望を抱っこして現れた。
 その後ろからは南瓜チキンカレーの大鍋を担ぎ、手には大きな保温バッグを提げた旦那様、星杜 焔(ja5378)が顔を出す。
 工事現場の肉体労働で鍛えただけあって、その足腰は安定していた。
 バッグの中身は二人で作った唐揚げや手まり寿司など、パーティ向けの料理の数々だ。
「…ずいぶん、大きくなったな」
 ほぼ一年ぶりに望の姿を見た門木は、その成長ぶりに目を丸くした。
 クリスマスの時はずっと抱っこされているだけの赤ん坊だったのに、今日は危なっかしい足取りながらも部屋の中を好き勝手に歩き回っている。
 って言うか男の子だったんだ?
「あ、藤花ちゃん。準備は俺がしておくから〜」
 子供を見ていてくれと、焔パパ。
 と、そこにリュールが手を差し伸べる。
「天使も人も、変わらんな」
 手慣れた様子で抱き上げて、高い高い。
 流石に母親業のベテランは子供の扱いが上手いと、きゃっきゃとはしゃいでいる息子の姿を見ながら藤花は目を細めた。
 そう言えば、門木もリュールとは血の繋がりがないと聞いた。
 それでも彼等は、紛れもない親子。
「親子が一緒にいるという構図はやはりいいものですね」
 なんだか嬉しくなって、思わず笑みが零れる。
「門木先生、お母さんと暮らせるようになってよかったですね〜」
 賑やかで楽しそうだし、わんこは可愛いし。
 タロに手作り食を差し入れたい衝動に駆られた焔はキッチンへ。
「鶏と南瓜で何か作りますね〜」

 リビングの一角は、すっかりプレイルームと化していた。
「ぁ、かわいい…」
 小さい子や可愛い人が大好きな姫路 神楽(jb0862)は、仲良く遊ぶ親子の姿に目を細める。
「撫でても良いですか?」
「ええ、どうぞ」
 皆に可愛がって貰うせいか、望くんは人見知りも余りない様だ。
 ふわふわの髪を撫でながら、神楽はうっとり。
「癒されるわぁ…」
 でもハグは自重してもらった方が良いかな?

「パーティか! ならとことん楽しまんとな!」
 ゼロ=シュバイツァー(jb7501)は、早速シグリッドに突撃。
「シグ坊、元気やったかー! 一日ぶりやな!」
 それ毎日会ってるって言いませんか。
「ちょ、おにーさん胴上げはやめ、やめて…!」
 天井、天井突き抜けちゃうから!
 矢野 古代(jb1679)と矢野 胡桃(ja2617)の親子が、そんなお馴染みの光景を生温かく見守っていた。
「あ、門木先生!」
 胡桃が門木の姿を見ると噛み付きに来るのは、もはや条件反射か。
「や、甘噛みだヨ? 痛くないヨ?」
 だからいいよね、mgmg。

「仮装パーティーなんて楽しそうですぅ〜♪」
 狐の面を付けて現れたのは神ヶ島 鈴歌(jb9935)、手土産は勿論レモネードだ。
「こんにちはぁ、お邪魔しますぅ♪」
 緋流 美咲(jb8394)は、大きな袋を背負っていた。
 中身は多分、仮装用の着ぐるみか何かなのだろうが――袋の口から飛び出しているのは巨大な尾鰭の様だが。
「あっ、まだ見ちゃだめですよ〜」
 部屋の隅に隠しておこうね!

「先生もリュールさんもこんにちはなのだよ!」
 フィノシュトラ(jb2752)は、かぼちゃのパイを手土産に。
 頑張って朝から行列に並び、やっと手に入れた逸品だ。
「ここのお菓子は美味しいって評判なのだよ! みんなで食べようね!」
「プリンもあるのです」
 黒猫忍者カーディス=キャットフィールド(ja7927)は、キッチンで手作りプリンを作成中。
 カスタードやカボチャは勿論、ミルクにチョコ、コーヒー、黒ごま――
「おい、この緑色の奴は何だ?」
 まさかピーマンじゃないだろうなと、ミハイルはサーチトラップを発動!
「違うな、抹茶か?」
 いいえ、ミドリムシです。
 栄養満点だよ!

「季節のニュースを取り上げずして何が新聞部か」
 という事で、下妻笹緒(ja0544)参上。
 本日も安定のパンダさんは、早速メモを取り出して取材を始めた。
「ハロウィンの体験イベントは絵としても華やかで面白い。新聞部部長としては動かぬ道理はなかろう」
 大丈夫、許可は取ってあるから。
 次号の記事をお楽しみに!

「そっか、もうハロウィンの時期なんだね」
 天宮 葉月(jb7258)はムードたっぷりに飾り付けられた室内を見て、嬉しそうに顔を綻ばせる。
 だが、黒羽 拓海(jb7256)の返事はなかった。
「ハロウィンパーティか…つまり、行けば菓子がタダ食い出来るな」
「何それ!」
 ムードの欠片もない野暮な返事に、葉月は思わず頬を膨らませる。
 その膨らんだ頬を、拓海は指で軽くつまんだ。
「冗談だ、本気にするなよ」
 去年は何かと心配をかけた様だし、そのお詫びと言ってはなんだが――
「今年はちゃんと楽しもうな」
「うん、去年は色々あってやきもきしちゃってたけど、その辺はもう大丈夫だもんね」
 二人はシャッフルには参加しないし、その準備が整うまでは何かお菓子でも作っておこうか。
「そういえば、ダルドフは協力者として島に出入りできるようになったんだったか?」
「折角だし、呼んでみる?」
「祭りとか好きそうだしな。顔を合わせるのも久しぶりだし、知ってはいるだろうが伝える事もあるし…」
 あれ、でも連絡先は?
 電話は通じるようになったのだろうか?

「あれ? 外に誰かいる…」
 ふと窓の外を見たクリスが首を傾げた。
 その声に、ヨルも顔を上げる。
「…熊?」
 山からお菓子を貰いに来たのだろうか。
 それにしては挙動不審と言うか、どうしてコソコソと隠れているのだろう。
 いや、全然隠れてないし、却って目立っている気がするけれど。
「お土産忘れて入り辛いの? ならボクの分けたげる♪」
 怖れを知らない少女は不審熊のもとへ駆け寄ると、自分のお菓子を差し出した。
「これは、かたじけない。しかし某、その、ここで充分…」
 大きな手で小さな菓子を押し戴き、しかし足はずるずると後ずさり。
 そこに――
「お、ダルドフ!」
「なに、ダルドフだって?」
 古代とミハイルが大声で呼ぶ。
「え? なに父さん。くまさんがいるの?」
 胡桃も釣られてきょろきょろ。
 でも隠れているという事は、きっとお忍びしたいのだろう。
 そう察した胡桃は敢えて名前を呼ばずに「くまさん」と呼んでいるのに――この大人達ときたら。
「元気ないな。どうしたんだダルドフ!! 寄って行けよダルドフ!! 遠慮するなよダルドフ!!」
「ダルドフ、酒飲もうぜー!」
 わざとらしく名前を連呼する二人に、呼ばれた方は慌てて首と手を振る。
「す、すまん、某はこれにて…っ」
 退散、というわけにはいかなかった。

「おとーさん!」
 背中から聞き慣れた声が飛んで来る。
 毎度お馴染み、紫苑(jb8416)の急降下回転あたーっく!
 ズドンと突っ込んで、思いっきりはぐはぐ。
「相変わらず愛情表現が激しいことですねぇ」
 百目鬼 揺籠(jb8361)が呆れた様に苦笑い。
 その中に嬉しそうな色が滲むのは、紫苑の喜ぶ顔が見られた故だろうか。
「それで、貴様は何をしているのだ…ストーカーでもあるまいに」
「だるどふたま、いっしょにぱーてぃする、だよっ」
 ファウスト(jb8866)がツッコミを入れ、キョウカ(jb8351)が嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。
 それらも既に毎度お馴染みのリアクションだが、パターンが出来上がる程に、共に時を紡いで来た証でもある。
「早く着いてたンなら、先に入ってりゃ良いでしょうに」
 入りにくい事情がある事は承知しているが、揺籠はそれでも敢えて言ってみた。
 気楽に軽口を叩けるのもまた、安心感があってこそだ。
「ここまで来たんですから、いいかげん覚悟を決めなせぇよ」
「おーじょーぎわがわりぃですぜ?」
 ニヤリ、紫苑が笑う。
「い、いや、その、ほれ、心の準備が、のぅ?」
 何しろ遠くからそっと眺めるだけで良いと思っていたのだから。
 ここまで来るだけでもかなりの気力を消耗し、途中で何度も引き返しかけたのだから。
 しかし、それも仕方のない事ではある。
 何しろ相手は五百年近くも昔に三行半を叩き付けて出て行った元女房なのだ。
 どんな顔をして会えば良いのか、わからないのはきっとお互い様だろう。
「ならとりあえず、コレ付けといたらどうや?」
 いつの間にかそこに立っていた黒龍が取り出したのは、モノアイのサングラス。
「これで少しは視線を悟られにくくなるやろ」
 そのまま見ているだけか、それとも一歩踏み出すか、そこは本人の意思に任せよう。
 もっとも、尻を蹴飛ばしたがっている者の方が多い様だが。

 大きな図体を小さく丸めたダルドフが、遠慮がちにそろりと入って来る。
 その背中を押して来た四人を加えて、これで全員が揃った様だ。
「ダルドフさん、ようこそいらっしゃいましたのですよー!」
 もっふー!
 冬毛仕様のスーパーふわもこ黒猫忍者が熱い抱擁でお出迎え。
 しかし猫好き大天使は、その誘惑にも心ここにあらずといった風で、室内の一角を見つめていた。
 視線の先にいる人物は、まだ気付いていない。
「リュールさんにご用なのですか?」
 呼んで来ようかと言われ、ダルドフは慌てて首を振った。
「遠慮するなよ、ダルドフ。大天使同士、語り合うこともあるだろう。隣同士でどうだ?」
 何も知らないふりをしたミハイルが背中を押すが、足を踏ん張った筋肉ダルマはピクリとも動かない。
「も、もう少し時間をくれぬか、のぅ?」
 そのうち覚悟を決めるから。多分。決められると、良いな。
「じゃあ、それまでパーティー楽しみましょ〜」
 事情を汲んだ焔が柱の陰に引っ張って行く。
 ここなら適度な距離で会話も聞こえて、しかも相手からは見えにくい。
「シャッフル仮装面白そうですよ? ダルドフさんも参加しませんか〜?」
「ふむ、そうさのぅ」
 しかし、それは女装が当たる可能性もある危険なギャンブル。
 ドレスなど当たってしまったら、どれほどの大惨事になることか。
「じょそーはだんこきょひ、なのっ!」
「おとーさんはこれでもきててくだせぇ!」
 想像しただけで涙目になったちみっこ二人に懇願され、ダルドフは赤鬼に扮する事となった――普段と余り変わらない気もする、けれど。

「ちょっと、いい?」
 腰を落ち着けたダルドフに、愛梨沙が声をかける。
「リュールと一緒にいる人の事なんだけど…先に教えておいた方が良いと思って」
 恐らく門木の事は知らないのだろうと、これまでの経緯やその人物について軽く説明を。
 コメントが多少贔屓目になるのは仕方がない。
「ふむ、養子を取ったとは噂に聞いておったが…」
 なるほど、あれがそうか。
 そして恐らく、あれが世に言う「はーれむ」というもので…え、違う?
「出来れば、リュールとはきちんと再会してほしいな」
 言い置いて、愛梨沙はハーレムに合流――だから違うって。多分。


 それでは、いよいよ仮装シャッフルのクジ引き開始だ。
「採寸があわないから着られない? そんなときは《狂気の仕立て屋》マッドハッター、黒さんがばっちりみっちり仕立て直すよ着られるよ、どんな衣装がきてもオッケーオッケー!!」
 精神的にオッケーかどうか、そこまでは面倒見きれないけれど。

「可愛いのが当たると良いのですが…」
 藤花が引き当てたのは、カノンが用意した吸血鬼の衣装。
 マントに帽子、それに付け牙のセットは、男女どちらでも問題なく着られそうだ。
 中に着る物や細部のアレンジ次第で可愛く見せる事も出来そうだと、藤花はまんざらでもない様子。
「どんな衣装になるか楽しみだね〜」
 焔は何が来ても大丈夫と、無造作にクジを引いた。
「ふ…メイド服からSM女王様まで既に装備済みの俺に、恐れるものはないのだよ…」
 多分ね。
 そして彼は、カーディス謹製「黒猫着ぐるみはいぱー☆」と運命の出会いを果たす事になったのである。
 もふもふ猫耳、猫しっぽ、肉球手袋、もふもふブーツ、もふもふショートパンツ(かなり短い)、もふもふ上着(かなり短い)、明らかに着ぐるみ部分よりも肌色の方が圧倒的にry
「サイズの差こそあれ男女兼用ですの」
 黒猫忍者はにこやかに微笑むのであった。

「ねこさん、ちょっと羨ましいのです…」
 はいぱーな黒猫着ぐるみに目を奪われているシグリッドの目の前に、そっと差し出されたのは――
「おにーのぱんつはとらじまぱんつー」
 紫苑提供、鬼のパンツ。
 百年穿いても破れない、良いパンツだよ?
 男の子なら覚悟を決めよう。
 海パンだと思えば恥ずかしくないよ、多分!
 ネコミミを付ければトラネコのパンツになるし! ※なりません
「これきてると、ことばじりが『だっちゃ』になるんでさ」
 嘘だけど。

「あっ他の方の仮装なんですよね」
 レイラは少し残念そうに、雪の女王をモチーフにしたドレス一式を差し出す。
 大人びた雰囲気の豪華な衣装を受け取った胡桃は上機嫌、早速着替えて古代の前に立った。
「どう、父さん? 似合う? ねえ似合うよね?」
 似合うって言ってくれなきゃ噛み付くよ?
 しかし古代は上の空。
「ダルドフ様お願いです、俺に女装が当たりませんように…!」
 一心に祈りつつ、クジを引く。
「古代さん、おめでとー!」 
 運命の糸は、クリスと結ばれていた様だ。
「お猿の着ぐるみで『ジャック・オ・ランウータン』だよ♪」
「ふ、やるな。若いのに、なかなか破壊力のあるダジャレを飛ばすじゃないか」
 古代さん、予想外の展開に魂が現実逃避を始めたのだろうか。
 まさかの着ぐるみ、しかも猿。
 これは果たしてアタリなのか、それともハズレなのか。
「モモ。俺はどうすれば良いんだろうな?」
 やはり都合の悪い時だけ頼りにしてはいけなかったのか、それとも頼る相手を間違えたのか、或いは熊神様だから着ぐるみになったのか。
 女装だったら生暖かい目で見るつもりだったけど、これはどうリアクションすれば良いのだろう。
「ええと、うん。に、似合ってるよ?」
 胡桃さん、ちょっと目が泳いでます。
「そうだ、これはきっとモモと一緒に鬼退治に行けという神のお告げに違いない。俺、今からちょっと天界レートになって来るからよろしくモモ」
「モモは雪の女王だから! 桃太郎じゃないから! 鬼退治にも行かないし!」
 どうせ行くならカッコイイおじさんを狩りに行きたいですもぐもぐ。
「…あっ駄目? どうせならお揃いの冥界の方がいいとか…?」
 冥界レートの猿というと、さるかに合戦の猿か。
「それ退治されちゃう側だよね? うん、頑張って」
 胡桃は本日、クールビューティなんだから。
 用意しておいた吸血鬼の牙を付ければ、ますます妖艶かつ淫靡な大人の魅力に――そこ、なに笑ってるの?
 背中を向けてるけど、その白衣は門木先生ですね?
「ハッピーハロウィン?」
 今すぐその無礼なククク笑いをやめないと噛みついちゃうぞ的なアレで、胡桃は牙を見せ付ける。
 しかし。
「フハハハハ、騙されよったな陛下!」
 白衣を翻して振り向いたのは、超本格的な門木のコスプレをしたゼロだった!
「フフフ…先生もまさか自分に仮装されるとは思うまい」
 え、待って、じゃあ本物の門木は?

「これなら誰が着てもおかしくないと思うんです」
 くすりと笑う藤花の前に、熊の着ぐるみがぬぼーっと立っている。
 フルフェイスの被り物に覆われて見えないが、中身は門木。
 頭に乗せた野暮ったい黒縁眼鏡が目印だ。
「茶色い毛並みがもっふもふで暖かそう、だっちゃ…!」
 もっふー!
 早速シグリッドが抱き付いて来る。
 だって上半身裸で寒いんだもん。
 べつに脳内で「だーりん(はぁとv」とか叫んだりしてないからね、ほんとだからね?

「キョンシーとミイラ男、どちらにしますか?」
 神楽に問われて、レイラは迷わずキョンシーを選んだ。
 女性用チャイナ服にお札を貼り付けただけの「なんちゃってキョンシー」と、肌色服と包帯のミイラ男なら、迷う要素は1ミリもない。
 その神楽はハロウィンの精霊と化していた――主に色彩的な意味で。
「ハロウィンの仮装は定番の悪魔や魔女が揃うと、どうしても黒くなりがちなもの」
 パンダさんは考えた。
「ここはやはりオレンジ色を増やしてバランスを取りつつ、華やかなハロウィンカラーにしたい」
 よって持参した衣装は!
 ズバリ!
「みかん、ですね」
 首の下から膝上まで、丸くて巨大なミカンにすっぽり嵌まっている。
「どうだろう似合ってるかな?」
 ちょこんと突き出た頭と手足、そして狐のふさふさ尻尾。
「狐さんですかぁ〜、私とお揃いなのですぅ〜♪」
 ひょいと狐面を外した鈴歌がぺこりと頭を下げる。
「その尻尾と耳は自前なのですかぁ〜、いいですねぇ〜」
 その鈴歌はファウストが用意した本場のレーダーホーゼンにハイソックス、パンプキンヘッドな帽子と黒マントという出で立ちだった。
 本来はドイツ南部に伝わる男性用の民族衣装だが、女の子が着ても違和感はない。
 それどころかチロリアンテープなどで飾れば充分に可愛いかった。

「着る人決まってないなら夢見てもいいでしょう…?」
 揺籠が選んだのは、ややセクシーめな悪魔っ娘の衣装。
 どうか似合う人に当たりますように――
「当たったのだよ!」
 嬉しそうに手を挙げたのは天使っ娘フィノシュトラ。
「どうかな、似合うかな?」
「ええ、随分と大人びて見えますよ」
「大人びてるんじゃないのだよ、私はちゃんと大人なのだよ!」
 怒られた。けれどやっぱり、背伸びしている可愛さの方が目立t――はい、失礼しました。
 そのフィノシュトラによるチョイスは、ピンクのネグリジェ。
 諸々の配慮により残念ながらシースルーではないが、ごく一部、と言うか限定一名様を悩殺するには充分だった様だ。
 何故なら、それを当てたのがヨルくんだったから。
「お持ち帰りしても良いですか」
 と言うより今すぐベッドに連行s
 かーん!
 あれ、金だらいが降って来た。
 危険ですので、天井から何かを吊す時はきちんと強度を確認しましょう。 ※そういう問題じゃない
「黒、大丈夫? 鼻血出てる…」
 でも打ったのは頭なのに、どうして鼻から血が出るのだろう?

「また、海賊ですか…」
 カノンはどうも海賊に縁があるらしい。
 某映画の酔っ払い海賊船長コスはミハイルの提供、だが今度は夏と違って暑苦しくない――見た目も本人も。
 ばさりと何とを翻したクリスは吸血鬼になりきっていた。
 キョウカが用意した男性用の衣装は少し大きかったが、黒の仕立屋さんに直して貰ってサイズぴったり。
 頭上ではふわふわのうさみみが揺れている。
「あ、ここにもうしゃぎしゃん、なの!」
 ウサギのポシェットを見付けたキョウカは、ちょっぴり羨ましそうだ。
「じゃ、今日だけ貸してあげようか」
「えっ、いいのっ!?」
 クリスの言葉にキョウカの顔がぱっと輝く。
「うん、ボクお姉さんだし、今日一日くらい我慢できるから」
「くりすのねーた、あいがと、なのっ!」
 ふわもこマルチーズの仔犬は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。
 ちょっとシロクマ似のそれは、焔の提供だった。
「おれいに、えっと、えっと」
 ごそごそ、着ぐるみのポケットを探って、さっき貰ったお菓子を取り出す。
「といっくおあといーと、なの!」
「うん、逆トリートだね♪」
 にっこり、ほっこり。

「俺にカッコイイの当たります様に、女装は来るな!」
 着ぐるみは許す、だが女装、お前は駄目だ。
 駄目だと言うのに…!
「ミハイルさん、おめでとうございますぅ〜!」
 鈴歌が取り出したのは、ノースリーブかつ超ミニ丈の真っ黒な女の子忍者服。
「でも選択の余地がないのもあんまりだと思いましたのでぇ〜、こんなのも用意したのですぅ〜♪」
 もう一着は何故かとてもキラキラと輝かしい純白の王子服。
「どっちが良いですかぁ〜?」
「訊くまでもない、こっちに決まってるだろう!」
 片方が女装という時点で選択の余地はない。
 ということで、ミハイルは王子様になりました。
「あららぁ〜、とても凛々しく可愛らしくてお似合いなのですよぉ〜♪」
 光を反射して輝く白い上着には金の刺繍が施され、マントの裏は真っ赤な布で裏打ちされている。
 金髪碧眼でスタイルも良いミハイルには、確かに良く似合っていた――下半身がカボチャぱんつに白タイツでさえなければ、多分。
 頭に乗せたカボチャの王冠も、ちょっとマイナスポイントかもしれない。
「はい、写真撮るわね!」
 古代が放り込んだ甘ゴスを引き当てて上機嫌の愛梨沙がシャッターを切った。
 黒フリルのミニスカはちょっと恥ずかしいけれど、可愛いから許す。

 その愛梨沙が用意した時計ウサギの衣装は揺籠の手に渡った。
 執事系の黒スーツにモノクル、そして懐中時計と兎耳カチューシャ、兎尻尾。
 これなら身体の紋様も隠れるし、丁度良い。
「おめめのにーたも、うしゃぎしゃん、なの!」
「キョウカさんも可愛らしいですよ」
 揺籠は嬉しそうなマルチーズ(ただし自前でうさみみカチューシャセット済み)の頭をぽふぽふ。
「紫苑サンも…ええ、可愛らしい、ですね?」
 何故そう言葉に詰まった様な言い方をするのか。
 そして何故疑問形?
「にーさん、わらいやしたね?」
 ジト目で見上げた紫苑がすっぽり包まれているのは、丸っこくデフォルメされ、手触りもふわふわなチビ怪獣の着ぐるみ。
 大きく開けた口の中から顔を出せる様になっているので息苦しくはないし、重くもない。
 だが、太くて長い尻尾が邪魔で動きにくかった。
 用意したのは門木らしいが、一体なぜこのチョイスなのか小一時間ほど問い詰めてみたい気もする。
 しかし、それはまだマシな方だったのだ――ファウストが突っ込まれた、それに比べれば。
「これは、何だ」
「え、見てわかりませんか?」
 シグリッド提供、アリスのエプロンドレスを着た美咲は、三白眼のビーム攻撃をものともせずに屈託のない笑みを浮かべた。
「いや、わかる。わかるが…」
 ファウストが言いたいのは、多分そういう事じゃない。
 それは人魚の着ぐるみだった。
 真珠の髪飾りや貝殻のネックレスは、手先が器用な黒龍に頼めば視覚的暴力にならないようにアレンジしてくれるだろう。
 ホタテ貝のブラジャーは遠慮しても許される気がする。
 しかしこの、ピンク色のウロコが付いた下半身はどうにもならない。
 ぴっちぴちの尾鰭では、歩くのは勿論、立つ事さえ出来そうになかった。
「移動時は必死にピョンピョンして進むか、誰かに運んで貰うしかないのです♪」
 誰かと言えば適任者は一人しかいないだろう。
「ふむ、ここは某の役目であろうな」
 赤鬼ダルドフは、びちびちしているファウ人魚を軽々と抱き上げた。
 うん、ええと、その絵面は、何と言うか――
「とってもよく似合っているので、写真撮らせて下さ〜い♪」
 ぱしゃー!
「うん、ほんとにお似合いですね!」
 それは衣装が似合っているという意味だと受け取っておこう。
 二人とも愛した女性に純愛一直線ですからね!

 黒猫忍者は、ヨルに手渡された学園長なりきりセットを見つめて悩む。
「この衣装、このままでは着られないのです…!」
 しかし彼には強い味方がいた。
「ここはマッドハッターの出番やね」
 なになに、人間サイズのスーツを黒猫サイズに?
「お安いご用や」
 ちょっと待ってねー、お湯かけて三分で出来るからねー。
 お湯で三分は無理だけど、三十分のスピード仕上げ。
 猫でも着られるスーツの完成だ。
「おお、素晴らしいではないか蛇蝎神くん」
 何故か口調も学園長風味になった黒猫忍者は、お馴染みのポーズで写真に収まった。

 もうひとりの着ぐるみ動人物、パンダさんに下った指令は――ゲイシャ。
「なるほど、芸者か」
 選んだのはリュールだ。
 人間界に来てまだ間もない彼女は、来日したばかりの外国人の様なものなのだろう。
 ゲイシャ、フジヤマ、ハラキリ、スシ。
 この世界のイメージといったら、その程度しか思い付かなかったに違いない。
 しかし最終的に選ばれたのが芸者で良かった。
 富士山とか、握り寿司の着ぐるみはまあ良いとして(良いのか)、腹切りの仮装は難度が高かっただろう。
 しかも和装なら体型は不問。
 というわけで、芸者姿の粋なパンダが出来上がった。

 そのリュールはと言えば――

 胡桃が投下したバニースーツは、ある意味空気を読んだと言うか男性陣の願いが反映された形になったと言うか。
「成人男性から幼女まで、この一着でいける」
 勿論、大天使も。
「何だ、これは」
 完璧に揃った一式セットをつまみ上げたリュールに対して、カノンが生真面目に答えた。
「それは主に飲食店に勤務する女性従業員が客を接待する目的で着用する衣装です。店の営業時間は深夜帯である事が多く、その殆どが未成年の立ち入りを禁じており…あっ」
 テーブルの下に隠して読み上げていた「ハロウィン仮装コスチューム大全」なる本を取り上げ、リュールはその解説をじっくりと読む。
「なるほど?」
 細い指がモデルの写真をトントンと叩いた。
「私にこれを着ろと言うのか」
 アイスブルーの瞳がますます冷たく冴える。
 瞬間、室内が冷凍庫になった。
 雪の女王はこの人にこそ渡るべきだったのではないだろうか。
 しかしそれがダイスの意思なら仕方ない。
 仕方ない、けれど。
 嫌なら無理に着なくても――え、着るの?
 忽ち周囲からはタメイキ混じりのドヨメキが上がった。
 バニーちゃんと言えば、世間一般にはお客様にご奉仕する側である。
 しかし、このバニー様には客の方が思わずご奉仕したくなる様な風格があった。


 ともあれ、これでシャッフル組の衣装も決まったし、後は楽しく騒いで美味しい料理を食べるだけだ。

 葉月は黒いローブにとんがり帽子の魔女。
「これで箒持って黒猫連れてれば完璧なんだけど」
 学園長っぽい黒猫はそこにいるけれど、ちょっと大きすぎるし、一緒に連れ回すわけにもいかないだろう。
「ぬいぐるみは持ってると邪魔だし…」
 どうしよう、と思って隣を見る。
 あ、良いこと思い付いたかも?
「代わりに拓海に首輪付けておけば使い魔っぽい?」
 狼男だけど、いいよね。
 ジャラッ。
「おい、何する――」
「今年はちゃんと楽しませてくれるんだよね?」
 にっこり笑って、首輪をガチャリ。
「そんな事しなくても、俺は逃げたりしないぞ」
「うん、知ってるよ」
 でも良いじゃない、せっかくのハロウィンなんだし。
「じゃ、写真撮るよ!」
 普段あんまり撮らせてくれないけど、イベントだから参加しないと駄目だよね?
 はい、笑って笑ってー。

 シャッフルに参加しなかったりりかは、その間ずっと他の人達の着替えや髪型セットを手伝っていた。
 漸く落ち着いて、自分も着替えて来たのは一番最後。
 普段のかつぎ代わりに白衣を羽織り、下は小悪魔風ゴスロリ服だ。
「章治せんせい、とりっくおぁとりーと、なの…ですよ?」
 お菓子がなければ悪戯される。
 でも大丈夫、シグ君が持たせてくれたお菓子が…うん、あれは上着のポケットに入れてもらったんだっけ。
 着替える時に置いて来ちゃったよね。
「ぼく、取って来るのです…!」
 背中にくっついていたシグリッドが飛び出そうとするが。
「…いや、いい」
 悪戯されてみるのも楽しそうだし。
「…せっかく用意してくれたのに、ごめんな」
 ふるふる、シグリッドは思いっきり首を振る。
「せんせーが楽しければ、それでいいのです」
 というわけで、悪戯カモン。
「どうぞなの…」
 そっと猫耳を渡し、控えめに抱き付く。
「…え、と。これが、悪戯…?」
 かくりと首を傾げた門木熊に、りりかはこくりと頷いた。
「撫でてほしいの…」
 ぽふぽふ、なでなで。
 大きな熊の手が頭を撫でる。
 それで満足したのか、りりかは次の標的へ。
 前に手合わせをした事を、ダルドフは覚えていた様だ。
「良ければまたお手合わせしてほしいの…」
 あれから強くなったと思う、から。

「はろいん、西洋の盆みてえなもんでしたっけ」
 揺籠はとっておきの金平糖を、ファウストはお菓子セット用意して、子供達の突撃を待ち構える。
「といっくおあといーと!」
 キョウカはハロウィンの事を、仮装してトリックオアトリートと言えばお菓子を貰える日だと理解していた。
 貰えなかったら悪戯しても良い、という知識はすっぽり抜け落ちている所がまた可愛い。
「あいがと、なのっ」
 お菓子を貰えばにこにこぴょんぴょん、貰えなければしょんぼり項垂れるその姿を見れば、頑張ってたくさんあげたくなるのが人情だろう。
 一方の紫苑はお菓子くれても悪戯するよ! を地で行く無法っぷり。
「トリックおあトリック、でさ! とうっ!」
 背後から忍び寄り、怪獣の尻尾で膝裏ぱんして膝カックン!
 その隙にお菓子を強奪して逃げ、逃げ…られない。
 超短足の怪獣着ぐるみは、走れませんでした。
「あーこら紫苑サン!」
 その首根っこを掴んだ揺籠は、頭をぐりぐり。
「菓子も悪戯もは契約違反でしょうが」
「いはんなんか、してねーでさ!」
 ちゃんと「トリックおあトリック」って言ったもんね!
「紫苑」
 頭上からファウストの低音ボイス(三割増し)と、三白眼ビーム(五割増し)が降って来る。
 ただし本人はダルドフにお姫様抱っこされた状態ですが。
「ちょっと、そこに座れ」
 畳敷きの一角に連行し、お説教タイム。
 でもあんまり怖くないよね、人魚だし、動けないし。
「これ、ぬいでいいですかねぃ?」
 このままじゃ、どうも機動性に欠けるんだけど。
「おれには、おかしをあつめるってぇだいじなしごとがあるんでさ!」
 え、だめ?
 お菓子ならキョーカが集めた?
「うん、ほら! いーっぱいもらった、だよっ」
「これでいっしゅーかんぐらいもちやすね…」
 キョウカちゃん、マジ優秀。

 しかし、その優秀な働きのお陰か、それとも景気よく振る舞いすぎた為か。
 カノンが用意したお菓子は忽ち底をついてしまった。
「すみません、先生の分がなくなってしまったのですが…」
 頭に猫耳を付けて眼鏡を乗せた熊をじっと見つめる。
「悪戯…します?」
「…しても、良いのか?」
 お菓子がないのだから、その権利はあるだろう――いや。
「…南瓜パイは、どうした?」
「あれは、その」
 自信がないなら、後でこっそり持って来れば良い。
「…作ったものは、ちゃんと食べるから」
 物理的に食用が不可能なもの以外は。
 まさか、くず鉄が出来た訳でもないだろうし、ね。

「パーティを楽しんでますか?」
 神楽は知った顔が集まる一角に潜り込み、楽しそうに声をかけた。
「賑わってると皆笑顔で、幸せそうで、私は好きです」
「お菓子もお料理も美味しいのだよ? んー、幸せだー」
 食べっぷりの良いフィノシュトラに、焔は南瓜チキンカレーをどん!
「南瓜のホクホク感や自然な甘さがスパイスと絶妙に調和して美味しいよ〜」
 いっぱい食べてね!
「タロちゃんにはこれを…あれ、随分おめかしして貰いましたね〜?」
 オレンジと黒の、二重になった小さなマントを首に巻いている。
 下地のオレンジは笹緒が、黒いコウモリ型はヨルが黒龍に頼んで作って貰ったものだ。
 これでわんこもハロウィン気分。

「ところで陛下とりんりんは…ほほぅ…また甘い物ばっかりか…!」
 胡桃とりりかの前に積まれたお菓子の山を見て、ゼロがそれはそれは怖い顔で笑う――しかし格好は門木だ。
 しかもお面を付けているせいで肝心の怖い顔が見えない!
 これは痛恨のミスか!?
「そういうおにーさんこそ、お酒の飲み過ぎなのです…!」
「んー? なんやシグ坊、構って欲しいんか、そうかそうか!」
 ではリクエストにお答えして!
「何がええ? 胴上げか?」
 それとも一緒にランデブー?
「しなくていいのですー!」
 って言うか門木の格好で弄られるのは地味に精神削られる気が!
 ただでさえ今ちょっとブルー入ってるし!
「せんせーの人たらしー!」
 シグくん、ちょっと良い感じの何かを目撃してしまった様です。


 やがて時は過ぎ、パーティも終わりに近付いた頃。
「こんばんわぁ〜なのですぅ〜♪」
 ダルドフのもとに狐面を付けたパンプキンヘッドが現れた。
「お会いするのは初めてですねぇ〜…私は鈴歌という者ですぅ〜」
 面を外し、無邪気に悪戯っぽく微笑む。
「以後お見知りおきをですぅ〜♪」
 ささ、とりあえずはレモネードをどうぞ。
 飲みながら蘊蓄でも聞きますか、語り始めたら朝になっても終わりませんけど!
「やっぱりレモネードは一番美味しいのですぅ〜♪」
 次に現れたのは、荒ぶる鷹のポーズをとった不思議なアリス。
「仮装してると自分だと分からないし結構大胆になれますよね♪ 私なんて、ほら〜♪ 」
 何だかワケアリな様子を察して、背中を押してみる――まずは精神的に。
「ほらっ、非常口のポーズ♪」
 他にも色々あるよ!
 何を悩んでるのか知らないけど、行動を起こせる勇気が出ると良いな!
「うむ、かたじけない…我ながら情けないのぅ」
 酒を一杯ひっかけて、ダルドフは改めてリュールの方を見る。
 そこに、今度は拓海が声をかけてきた。
「知ってるかもしれんが、使徒は助けたぞ」
「おお、拓の字か。ぬしにも随分と世話になったのう、改めて礼を――」
「そんな事より」
 ダルドフの声を遮って、拓海は続けた。
「あの女性は例の肖像画の人だろう? 会わなくていいのか?」
「会ってあげて欲しいな。奥さんなんですよね?」
「えっ!?」
 葉月の言葉にフィノシュトラが驚きの声を上げる。
「リュールさんとダルドフさんって夫婦だったの、知らなかったのだよ!」
 ちょ、待って、声が大きい――
「え、カドキって実は半分熊?」
 しかし、手遅れだった。
 その声は部屋中に響き渡り、ヨルが珍しく驚いた表情を浮かべる。
「だから今日も、熊の着ぐるみなんだ…」
 いや、それはダイスの神様がね?
 って言うか熊じゃないし、なんか色々違うから!
「リュールさんがダルドフさんと結婚していた!? いったい、どういう…」
 そうこうしているうちに話はレイラの耳まで届き、遂にはリュール本人の所まで。

 アイスブルーの瞳がダルドフを捕らえた。
 まだその正体には気付いてはいない様だが、こうなったらもう行くしかない。
 なのに。
「さっさと行かんか、貴様らしくもない」
 ファウストは煮え切らないダルドフの尻を蹴り飛ば――いや、尾鰭で無理やりぶっ叩く。
「行け」
 脳裏にもう二度と会えない愛する女性の面影が浮かんだ。
「会える内に、伝えられる内に、後悔しないように…永遠に会えなくなる、その前に」
「今逢わねぇでいつ逢うんですかぃ?」
 揺籠がその背をそっと押した。
「此処まで来て何も言わず帰るのも辛ぇでしょうよ」
 それがきっと残された家族の為、でもあるから。
 それに、ここで言わなくてもいずれは彼女の耳に入る。
 わざと事実を曲げて伝える者はいないだろうが、他人の口は所詮他人事を語るもの。
 自分の口に勝るものはない。
「…まあ、あんまり年下に恋路について言われたくはないだろうが」
 古代がその肩を叩き、そっと耳打ち。
「会えないよりも、逢えて、触れて、感じた方がいい時もあると俺は思うぜ?」
 その服の裾を、胡桃がぎゅっと掴んでいた。
 まるで、父をその場に繋ぎ止めようとするかの様に。

 それを見て、ダルドフは自分の娘に視線を移した。
 紫苑は何も言わない。言えない。
 まだ、頭の中で色々な想いがグルグルしていた。
「あえるときにいっかいもおはなしできないの、さびしー、だよ?」
 キョウカが泣きそうな顔で見上げて来る。
「あえなくなったらおはなしもできない、なの…」
 やがて紫苑が顔を上げた。
「おとーさん。あしたなんて、なにがおこるかわかんねぇですぜ?」
 ニカッと笑って、しかし声は少し震えて。
 きっと精一杯の痩せ我慢をしているのだろう。
「紫苑」
「だからこゆとき、まよっちゃいけねぇ。ひさしぶり、げん気でまたあえてうれしいって、いってくだせ」
 泣かれるのも痛いが、笑顔を作られるのは余計に痛い。
「紫苑、もういい」
「大じょぶ、おとーさんがほれたすてきな人なんでしょ? なんとかなりますよぉ」
 はぐ。
「もういい」
 ダルドフはその小さな身体をぎゅっと抱き返し、ひょいと肩に乗せた。
「父は意気地なしでのぅ。すまんが一緒に行ってくれぬか?」
「えっ…」
 置いて行ったりしない。
 除け者にもしない。
「某は、ぬしを泣かせてばかりだのぅ」
「な、ないてなんか…っ」
 ぐす。

 その時、一輪の花がそっと差し出された。
「今日の誕生花、タマスダレっていうんだよ」
 クリスが耳元で囁く。
「花言葉はね…」
 それを受け取り、頷いたダルドフの背を美咲がどーん!

 いってらっしゃーい!

「さ、モモ。後は適当に甘いお菓子摘まんで帰ろう――俺達の家に」
 古代が立ち上がる。
 最後まで見届ける必要はないだろう。
「良い結果が出るに決まってるさ」

 紫苑を肩に乗せ、ダルドフはリュールの前に立った。
 一輪の白い花を置き、ただ一言、教えられた花言葉を告げる。

「汚れなき愛」

 返事はない。
 しかし、それを受け取った手が、言葉よりも雄弁に何かを語っていた。
 今はそれだけで良い。


「いつか、家族そろって過ごせる日が来るといいと思うのだよ?」
 戻ったダルドフにフィノシュトラが声をかける。
 三人、いや四人…もっと増えるかもしれないけれど。
「全員そろって家族なのだから大切にしないといけないのだよ!」
「そうさのぅ」
 しかし急ぐ事はない。
 長い長い時をかけて、漸くここまで来たのだ。
 まずは最初の衝撃が収まるのを気長に待つとしようか。

「マザコンを治す良い機会じゃないか」
 ミハイルが門木の肩を叩く。
 が、反応がない。
 もっとも、着ぐるみの被り物は元より無表情なものだが。
「はーとぶれいく門木せんせーをもふもふぱわーで癒しますの!」
 もっふー!
 黒猫学園長がもっふもふ。
 でもスーツ姿の黒猫さんより、熊ぐるみ門木の方がもふもふな気がする。
「ま、負けたのです…!?」
 今度は黒猫さんがはーとぶれいく!?
「せんせー元気出すのですよー…」
 シグリッドが熊の頭を撫でる。
 ほら、白ねこのぬいぐるみ貸してあげるから。
 それとも元気の出るおまじないが良い?
「…お母さんが居るならお父さんが居ても不思議ではないのですねー…」
 不思議ではないが、門木にとって父親という概念そのものが未知の存在。
 お父さんって何だろうと、そこからのスタートだった。
「でもリュールがセンセのお母さんなのは変わらないよ?」
 愛梨沙がぽんぽんと背中を叩く。
「あの、もし良ければ膝枕で…」
 レイラが隣に座る、が。
「…ああ、うん…大丈夫だ」
 やっと返事が返って来た。
 被り物を脱いだ門木の表情は、案外落ち着いている様に見える。
 状況の把握と整理に時間がかかっただけ、なのだろうか。
「それにしても、元お嫁さんを見に来るなんて何か可愛らしいですね」
 レイラは向こうの席で酒盛りを始めたダルドフに目を向ける。
「ダドルフさんみたいな優しい天使が増えれば良いのになぁ…」
 神楽がぽつり。
 名前、間違えてるけどね!

「…アイシテルって気持ち、どんな感じ? 普通の好きとは違うの?」
 向こうではヨルがダルドフに質問をぶつけていた。
「どんな、と言われてものぅ」
「黒の好きと俺の好きの違いがまだわからない、だから知りたい」
「ふむ。ぬしは違ぅておるのは嫌か?」
「…わからない」
 でも、一緒が良いかも。
「しかし、それに答えられる者などおるのかのぅ?」
 正解などない問題が、世の中には多いのだ。

「よっしゃ、最後のシメいくでぇ!」
 ゼロ、覚醒。
 仮装シャッフルの衣装にこっそり門木先生のお面を忍ばせ全門木化計画を実行しようと思ったけど完全スルーされちゃったからヤケクソで門木トレインとかどっちの門木ショーとか!
「いろんな格好の門木先生が見れるな」
 撮影クルーも募集するよ!
 誰かノッてくれる人はいませんかー!


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:20人

思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
パンダヶ原学園長・
下妻笹緒(ja0544)

卒業 男 ダアト
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
狐っ娘(オス)・
姫路 神楽(jb0862)

高等部3年27組 男 陰陽師
撃退士・
矢野 古代(jb1679)

卒業 男 インフィルトレイター
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
未来祷りし青天の妖精・
フィノシュトラ(jb2752)

大学部6年173組 女 ダアト
By Your Side・
蛇蝎神 黒龍(jb3200)

大学部6年4組 男 ナイトウォーカー
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
シスのソウルメイト(仮)・
黒羽 拓海(jb7256)

大学部3年217組 男 阿修羅
この想いいつまでも・
天宮 葉月(jb7258)

大学部3年2組 女 アストラルヴァンガード
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
娘の親友・
キョウカ(jb8351)

小等部5年1組 女 アカシックレコーダー:タイプA
鳥目百瞳の妖・
百目鬼 揺籠(jb8361)

卒業 男 阿修羅
誠心誠意・
緋流 美咲(jb8394)

大学部2年68組 女 ルインズブレイド
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー
託されし時の守護者・
ファウスト(jb8866)

大学部5年4組 男 ダアト
翠眼に銀の髪、揺らして・
神ヶ島 鈴歌(jb9935)

高等部2年26組 女 阿修羅