凪澤 小紅(
ja0266)の自宅は、ぴよぴよハウスだった。
そんな彼女にとって、今回の任務は余りにも過酷だ。
しかしどれだけ過酷であろうとも、受けた以上はやるしかない。
「この依頼は私に対する挑戦だな。受けて立つ!」
それにしても、天魔ヒヨコは雄だけとか少し軽いとか、なぜ最初からわかってるのだろう。
世の中には不思議な事もあるものだが、情報があるなら活用しない手はない。
「ヒヨコマスターを舐めるなよ。雌雄鑑別できなければ無尽蔵に増えて困るからな」
魅せてあげよう、本気のヒヨコ愛を!
「ううっ…か、かわいい」
レグルス・グラウシード(
ja8064)は、喉から出かかった何かを辛うじて呑み込んだ。
それは「お持ち帰りしていいですか?」という言葉だったらしいが、本物のヒヨコだったら構わないのよ?
「えっ、ほんとですか!」
じゃあ、まずはきちんと選別しないと!
「くっ、こ、こんな可愛いひよこに天魔が混じっているでござる?!」
エイネ アクライア(
jb6014)も、頭ではわかっていた。
「放っておけば被害は必至…倒すしかないのでござる」
わかってはいた、が。
「…この可愛いひよこをでござるか?」
精神に10のダメージ。
「ええーい、この天魔を生み出した奴は悪魔にござる! 例え天使でも悪魔でござる!!」
悪魔が言うんだから間違いない!
あれ?
「…ある意味凄まじい光景だな、これは」
ファウスト(
jb8866)は、その可愛いぴよぴよを視界に入れない様に目を逸らしつつ――無理ですね、はい。
ぴよぴよ、ぴよぴよ、ぴーよぴよ。
これは新手の精神攻撃か。
「情報によれば大人の鶏はひとまず本物、か」
大人の鶏に意識を集中する事で精神をガードしつつ、闇の翼で飛びながらそれを回収していく。
「可愛くたって、人には危害及ぼしそうにないからって、天魔は天魔、材料は…」
礼野 智美(
ja3600)は、敢えてその先の言葉を呑み込んだ。
撃退士なら言わなくてもわかっている筈だし、そこに気付けば退治もいくらか気が楽になる――と、良いのだが。
ところで…
「大体本物の雛って何羽位いたんでしょうか?」
え、わからない?
しかし多くても十五羽程度である事は確かな様だ。
そしてラファル A ユーティライネン(
jb4620)は――平常運転だった。
「可愛かろうが、かわいくなかろうが、何かを笠に着てお高く留まっている野郎は蹴落としてどぶに沈めるぜ!」
ヒヨコ達が何を笠に着ているのか、そんなこたぁどーでもいいのである。
人呼んで悪魔のような女、ハーフなので半分は真実だ。
「ヒヨコなんて別に好きでもねぇしな!」
地面を埋め尽くすほどのひよこと聞いて一も二もなく参加を決めていた理由は特にない、そこに天魔がいるからだ――と、本人は主張しているが。
しかし、斡旋所の記録には一年ほど前にも縁日のカラーひよこ天魔退治に参戦した事が記されている。
相棒かつ恋人の名前には「ヒナ」が付く。字は違うが音感は一緒だ。
そしてトレードマークのペンギン帽子。
これだけ揃えば鳥好きであるらしい片鱗が窺えるどころか立派な鳥スキーだ。
そこから導かれる結論はひとつ。
ラファルさん、ヒヨコもお好きなんですよね?
本人は全力で否定している様ですが――はい、これ以上追求すると殺されそうですね。
レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)も、ヒヨコには全く興味がなさそうな顔ですましている。
でも知ってるよ、もふもふは正義だって。
ぴよぴよがピコピコふぃーばーしている状況に歓喜をぐっと堪え、別に興味ないよ? ホントだよ? とエレガントおすまし屋さんの芸風を貫いt――
映像と音声は、ここで途切れていた。
でも大丈夫、バックアップがあるからね!
「天魔なひよこは全部オスなんでしょう? なら、この川の堤防に落ちていた大人向けの本に反応したひよこが天魔という事で…」
ファリオ(
jc0001)は、とても画面には映せない際どいグラビアが満載のえっちなほんを広げて見せる。
「あれ? 反応しない? あぁ、そうかひよこだもんね。天然のケモナーですもんね。なら、このケモナーな薄い本で…」
とっておきのスゴイやつ、見せてあげるね!
「これでも反応しない!?」
これ発行部数ちょー少なくて、すっごいプレミア付いてるんだよ!?
え、値段じゃない? じゃあ何が…
「ま、まさか…僕みたいな美少年が好み!? いや、僕、ノンケですしぃ…ちょっと困るなぁ」
って、ネタだからね! 本気にしちゃダメだよ!
「じゃ、そろそろ真面目にやろうかな」
右手と左手、それぞれにヒヨコを乗せて…
「どっちが軽い?」
こっち? いや、こっちか…それともやっぱりこっち?
「多分きっとこっち!」
右手のヒヨコに魂縛をかけてみる。
天魔じゃないならスヤスヤ眠る筈だが、寝ない。
「お前は天魔だな!」
ぷしゅー!
青い絵の具を溶いた水を吹き付けて、カラーヒヨコにしてみる。
え、ただの目印だよ?
別に青い雑魚なスライムにしようとする意図はないからね?
「ヒヨコの識別ですか? 見た目でわからなければ、直接お伺いすれば良いのです」
レティシアは閃いた。
ヒヨコに直接訊ねても嘘をつかれる恐れがあるが、親鳥に訊けば間違いはない。
「自分の子供がわからないママさんなんて、きっといませんよね」
闇の翼で上空から拾い上げた雌鳥に意思疎通で訊ねてみる。
『お子さんが傷つかないよう全力を尽くすのでご協力していただけませんか?』
真摯に丁寧かつ真剣に。
けれど返事はない…と言うか誰か鶏語の通訳はいませんかー!
『コケーッ、コケコケコケッ』
ごめん意味わかんない。
「ヒヨコの雌雄判別法はテレビで見た事はあるが…」
そう、ちょうどあんな感じだったとファウストが視線を向けた先には、黙々と仕分ける小紅の姿があった。
自然光では鑑別しにくいと作業小屋に籠もった小紅は、暗い室内でライトを頼りに作業を進める。
「お尻の穴を押し出して、わずかな突起があるのが雄だ」
と言われても素人目にはさっぱりだ。
仕方がないので、ファウストは小屋からポイっと投げ出されたヒヨコに手をかざしてみた。
天魔が全てオスだとしても、オスが全て天魔というわけではないだろう。
透過状態でも相手が天魔なら突つかれる感触がある筈――
「これか」
一匹をつまみ上げ、CRを調べてみる。
マイナスだった。
「やっぱり悪魔の仕業でござるかーっ!」
エイネは叫びと共に春一番の突風を呼び起こした。
その吹き飛び具合で体重の差を見分けようという試みだが――
「どれも勢いよく飛ぶでござるな!」
見分け? 諦めたでござる!
その代わり、今度は天秤を取り出してみる。
片側に天魔だと確定したヒヨコを4匹、もう片方に未確定のヒヨコを4匹。
「反対側が釣り合えば全て天魔で、沈めば本物が混じっているでござる」
本物疑惑を2匹ずつに分けて再び天秤に載せ、その釣り合いを見て…地道に、コツコツと。
コツコツ、コツコツ、ぴよぴよ、コツコツ…
「このコツコツはもしかして、SAN値が削られる音でござるか?」
しかしエイネは閃いた。
ファウストの方法を応用すれば、天魔だけを踏み潰せるのではないだろうかと。
「で、ござるが…天魔とはいえこの可愛いひよこをひき殺すのでござる?」
かといって、天秤でコツコツも発狂しそうだし。
「お…女は度胸! にござる。やって見せるのでござる」
エイネは覚悟を決めた。
盾を構え、目を瞑り、耳を塞いで――
「潰す感覚を直接感じるとか見るとか、絶対ごめんにござる…」
ああ、でも足の裏に生々しい感触が!
一方、智美とレグルスは運動場の一角に本物ヒヨコ用の柵を作っていた。
「ぴよぴよ天国ですね(*´Д`)」
しかし今回は阻霊符を使わない為、天魔ヒヨコが柵をすり抜けて混ざってしまう危険がある。
そんな時の為に――
「本物にはこれで印を付けておけば良いだろう」
智美が取り出したのは、細いリボン。
「あ、それなら私がやりますね」
ママさん教えて作戦が不発に終わったレティシアが申し出る。
準備が整った所で選別開始だ。
智美は左手に持った割箸で、右手に乗せたヒヨコにそっと触れてみた。
「これが素通りすれば天魔だな」
割箸は良く火の通った芋の様に、何の抵抗もなくヒヨコの身体をすり抜ける。
智美はそのまま右手を拭き炉の中に突っ込み、首を捻った。
大丈夫、袋は不透明だし周囲のぴよぴよ声に紛れて断末魔も聞こえない。
ヒヨコスキーの小紅は作業小屋に引き籠もったままだし。
(彼女はいっぱいヒヨコを飼っているって言ってたもんな)
自身は特に抵抗は感じなかった。
(可愛さを武器に、撃退士ですら魅了した天魔に関する報告書を読んだばかりだし)
外見がどうだろうと、天魔は天魔だ。
ただ、その可愛さ故に手が出せないという者の気持ちもわかるし、だからこそ抵抗のない自分が率先してシメるのだ。
「それも、俺が代わるか?」
智美はべしょべしょ泣きながら地道な作業を続けるレグルスに声をかけた。
「だ、だい゛じょう゛ぶ、でず…っ」
全く大丈夫そうには聞こえない、けれど。
レグルスは持参した網目の袋にヒヨコを入れ――すとん、ぽとん。
通過して落ちれば、それは天魔だ。
もう一度確かめてみるが、袋に入れ損ねた訳でも、網目が大きすぎてザルになっていた訳でも、ない。
「う゛う゛っ…(´;ω;`)」
手のひらで包んで、きゅっ。
「でも゛、でん゛ま゛だがら゛っ…!」
べしょべしょ、ぐしょぐしょ。
たまーに、ごくたまーに、本物が見付かると心底ほっとする。
それを手渡されたレティシアがリボンを結んでやった。
(うん、きゅーんとくるね!)
なんて、声には出さないのである。
顔にも出さな…え、だだ漏れですって?
違います、これはきゅんきゅんしている訳ではなくて。
「まだ生まれたばかりで人に慣れていない時期かもしれませんから、こうして緊張を解くように柔らかく優しく接しているだけですよ」
帽子にお泊りセットのタオルを敷いて、ヒヨコの巣を作ってあげたのだって、寒そうにしていたから保護の為にそうしただけで。
決して、巣の中にぎゅっと詰まってぴよぴよ鳴く姿が可愛いからとか、そんな事では…!
ラファルの場合、敵の透過能力を逆手に取る事で本物を分別収集する発想は同じだが、もっと豪快だった。
ドンゴロス――運動会で使う大きな麻袋に、そこらへんにいるヒヨコを適当に詰めて、振る!
「これで袋に残れば本物だな!」
ゆっさゆっさ、がっさがっさ。
「木を隠すには森の中的な理屈で俺の目をごまかせると思ったか?」
あ、勿論ぶん回すのは本物が潰れて死なない程度に手加減…してますよね? ね?
「それにしても、本当に本物のヒヨコそっくりだな…これを絞めねばならんのか」
ヒヨコを見つめながら、ひっそりと苦悩するファウスト。
円らな瞳と三白眼が火花を散らすが、負けたのは齢八百のコワモテ悪魔だった。
だが任務とあらば仕方がない、小紅から見えない様に隠した上で――いや、待て。
「先程から動きが止まっている様だが」
どうしたのかと中を覗けば、そこには手にしたヒヨコに癒されてホッコリしている姿があった。
「許せ。この黄色いふわもこには勝てないんだ!」
わかった、そっとしておこう。
小屋から離れたファウストは、こっそり精神ダメージを負いつつも…キュっ。
一匹ごとにダメージを受けていたら、あっという間に精神的な重体もしくは再起不能に陥りそうだが。
大丈夫。
そんな皆さんに朗報です。
おや!? ぴよぴよの ようすが…!
「な、なんと、ひよこたちが…。ひよこたちが、どんどん、がったいしていく。なんと、キング雄鳥に、なってしまった!」
ファリオは慌てて何かを探す。
「って、これBボタンで進化キャンセルできませんか? あ、ないですか、はい」
進化前の方が可愛かったのにー。
「( ;∀;)ううっ…僕は、こんな子たちを作った天使や悪魔を許せません!」
ぴよぴよ天国でエネルギーをチャージしていたレグルスは、再び地道な作業へ戻ろうとした所で「それ」に遭遇した。
「僕だって、ヒヨコの絵が描かれたラーメンは好きですが!」
ヒヨコの形をしたお菓子だって食べるけど!
でも、ソレとコレとは違うのだ。
『ぱっきゃらまどぱっきゃらまど』
音波攻撃どーん!
ラファルは機械化した身体の偽装を限定解除し、更にその組成をパワーファイター型に変えた上で――
「十連魔装誘導弾式フィンガーキャノン、斉射」
世間一般には、それを「やりすぎ」と言う。
「まさか合体するとはな」
だが、これでもう精神ダメージを受けずに済む。
ファウストはヴァルトロッドを取り出すと、遠方から魔法攻撃を――いや、今は物理的にぶん殴りたい気分だ。
つかつかと歩み寄り、ヴァルトロッド(物理)をガスッと叩き込む。
普段と違う戦い方も悪くない、と言うか精神衛生上必要不可欠だろう、この場合。
「ふっ…これが翼を持つ者と持たざる者の差です。飛べない鳥は、ただの鳥さ…」
上空に舞い上がったファリオは、挑発しながらヘイトを稼ぐ。
どうせ自分より攻撃力ある人が殴ってくれるだろうからね!
しかし、同じく上空に飛んだレティシアは、何故か戻って来た。
追いかけようと懸命に羽ばたく様子に胸を打たれてしまったのだ。
「あの子も何かしら思いを抱えているのでしょう」
安全策を取ろうなどと、自分は何と失礼な事を考えていたのか。
真剣な努力には本気で応えるのが礼儀、例え相手が天魔でも。
轢き逃げアタックの正面に立ち、相討ち覚悟の一撃で迎え撃つ!
「なんだか回避していはいけない気がしたもので…」
そして彼女は、お星様になりました。
「よくも、可愛らしいヒヨコに化けて私をたぶらかそうとしたな。許さん」
小屋の中からフラリと現れた小紅は、成長したヒヨコ、つまり雄鳥には情け容赦の欠片もなかった。
闘気を解放し、全力で殲滅!
進んでたぶらかされに行った、というのは内緒ですよ、ええ。
「素体の成仏を願う為にも天魔即断! 本物のヒヨコの安全の為にも!!」
縮地で急接近した智美は血界で一撃!
これも多分、オーバーキルっていうアレですね。
そしてエイネは、暴走していた。
正気を削られた悪魔は、ディアボロよりも遥かに恐ろしい敵として仲間達の前に立ちはだかるのだった――
嘘です、敵味方の区別は付いて…る、よね?
かくして、ぴよぴよの脅威は去った。
「正気度がふぃーばーしそうな分は本物ひよこに癒してもらうしかありませんね」
もう「おすまし」とか言ってる場合じゃないと、レティシアは手乗りひよこを無心に撫でる。
ラファルも気のないフリをしてはいるが、わりと楽しそうにモフモフ。
皆さんも如何ですか、お持ち帰りもOKですよ。
もう化けたりしませんから!
多分。