腰に下げたバッグから軽快な着メロが響く。
「え、リコ今お取り込み中だよっ!」
だが、出られなくても大丈夫。
その音と声が、本人である事の確認と、場所の特定に繋がる。
「いた、あそこだ!」
電話をかけた音羽 千速(
ja9066)は阻霊符を展開を展開しつつ、砂浜を走った。
(友達のピンチは助けに行かないと!)
姿が見えないほど敵に囲まれている様だが、返事をする余裕があるなら大丈夫……だと思いたい。
「僕達の所まで下がって−あの人が治療能力持ってるからー」
いや、あのカマキリがと言った方が良いだろうか。
しかし既に周囲を囲まれているリコは身動きが取れない。
自力で突破する力も残っていない様だ。
「だったら……!」
千速はニンジャヒーローを使い、骨魚人の注意を引こうと試みる。
これで少しでも隙を作れると良いのだが。
その間に、仲間達はリコとの距離を詰めていく。
(ヴァニタスがサーバントから人々を守ってる!?)
アリーネ ジルベルト(
jb8556)は、思わず自分の目と耳を疑った。
そんな事って、あるのだろうか。
何だか胸の奥がぞわぞわと落ち着かない。
だが目の前の状況を見る限り、どうやらそれは事実であるらしい。
ならば理由はどうあれ、助けないわけにはいかないだろう。
アリーネは砂浜を全力で駆け抜け、敵との間に割って入った。
「アリーネ・ジルベルト、加勢いたします!」
間近に迫った骨魚人の口に両刃の大剣を突っ込み、頭骨もろとも打ち砕く。
「貴女は一度さがって。怪我の治療を!」
レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)はリコとは初対面だった。
(敵と勘違いされたら大変ですね)
ここはまず、怖くないよ味方だよアピールを――でも、どうすればわかって貰えるだろう。
両手でハート型でも作れば良いのか……って、普通に敵を攻撃すれば良いんですね、はい。
「大丈夫です、ご主人に危害を加えたりしませんよ」
と、これはどらごんのぬいぐるみに。
(ヴァニタス一人でサーバントの群れを相手するか)
エレイン・シルフィード(
jc0394)は阻霊符を展開、孤軍奮闘するリコとサーバントの間に割り込んだ。
(思惑はどうあれ、撃退庁の与り知らぬ天魔同士の戦いを間近で見れる機会自体が珍しいよ)
斡旋所の説明で最低限の情報は得ていたが、現場では状況に変化もあるだろう。
「現在の状況を手短に説明して欲しい――いや、この状況では無理な注文だったな」
とりあえず余裕が出来るまでは、敵の抑えに回るとしようか。
「カマキリが出たt……リコさんが危ないと聞いて!」
お馴染み白カマキリの着ぐるみに身を包んだカマふぃこと香奈沢 風禰(
jb2286)は、全力疾走でリコのもとへ駆けつける。
「リコさん、だいじょぶなの!?」
カマふぃ必死。
必死すぎて勢い余り、砂に足を取られて転がって、周囲のサーバントをゴロゴロぱっかーんと薙ぎ倒した。
ストライク、ぐっぢょぶ。
「カマふぃ、見参なの!」
「きさカマもいるよ!」
緑カマキリの私市 琥珀(
jb5268)が、その後に続いた。
「リコさんが皆を守って大変な事になっているって聞いて、カマふぃと一緒に助けに来たよ!」
白と緑のカマキリは、カッコイイ(主観)ポーズをビシッと決める。
「僕達が来たからにはもう大丈夫だよ!」
「まったく、無茶しよるわ。リコ、大丈夫かいな?」
苦笑いしつつ声をかけたのは、浅茅 いばら(
jb8764)だ。
「助けに来たで、後ろに下がっとき」
「ウェルちゃんのことは流石に覚えてないだろうけど……」
ウェル・ウィアードテイル(
jb7094)がシールドを展開しつつ、その前に立った。
リコに会うのは一年ぶり位だろうか。
その間に、色々と面白い事になっていた様だ。
(……まさか、リコと肩を並べて戦う日が来るとはね)
ちょっと不思議な感じがするが、悪くない。
「一人でよく頑張ったね。此処から先は『私達』で頑張るんだよ」
ちょうどカマふぃが薙ぎ倒した部分に隙間が出来ている。
そこを強引に押し広げて――
「リコさん、ちょっとどらごん借りるよ! まずは一斉に!」
きさカマはドラゴンのブレスと同時にコメットばーん!
その一撃で倒すのは無理でも、当たったものは動きが鈍る。
「私も加勢します!」
レティシアがファイアワークスどーん!
出来たスペースに、カマふぃが四神結界を張った。
「安全地帯、なの! これで、もう、だいじょぶなの! 結界の中に居てね、なの!」
リコとどらごんを結界の中に引き込んで、治療開始だ。
「きさカマは治す、リコさんもどらごんも治す」
落ち着いてよく見ると、双方ともかなりの傷を負っている。
「すごく痛かっただろうに、よく我慢したね」
「ううん、ぜんぜん痛くな……いったァい! いたいいたいいたいー!」
緊張が解けたら、途端にあちこち痛み出したらしい。
特に両腕が酷いのは、女の子らしく顔を庇ったせいだろうか。
その間にも襲って来る骨魚人には、ウェルが構えた大鎌で背後を守りつつ発勁を叩き込む。
「無粋な真似をする連中にはお仕置きが必要だね」
不自然に組み合わされた骨は小気味良い音とともに砕け、二度と元に戻る事はなかった。
その間に、急いで治療が行われる。
「全快なの!」
時間節約も兼ねた、きさカマとカマふぃの回復スキル総動員で、リコもどらごんも完全復活!
「みんな、ありがと! リコ、またがんばれるよ!」
「ええから、リコは休んどき」
前線に戻ろうとするリコを、いばらが止めた。
怪我は治っても疲れているだろうし、これ以上怪我をさせるわけにもいかない。
「『ふーさま』に会うときに、傷だらけはアカンやろ」
まだ所々に砂粒がくっついているその顔を、いばらはハンカチでそっと拭う。
「女の子が変な傷なんて作ったらあかんもんな……リコはかわいいんやし」
からかっている訳ではない。
いばらは至って真面目、かつ本気だった。
「そうですよ、無理はしないでください」
レティシアも止めに入る。
「足止めしてもらっただけで十分助かっていますし」
「ほんと? リコ、役に立った?」
「ああ、よぉ頑張ったで」
いばらは、そのピンク色の頭を軽く撫でる。
「その代わりに、どらごんさんに手伝ってもらおうな」
ブレスや威嚇でのサポート程度にはなるだろう。
「安心しぃや、むろん大事な友達を殺させるつもりはないで」
嬉しそうに頷いたリコは、今迄で一番可愛く見えた――のは、目の錯覚だろうか。
さて、ここから仕切り直して反撃だ。
まずは残ったコメットを一発。
「みんな、下がって!」
きさカマの声で、仲間達が一斉に引く。
何体かの骨魚人が、状況を理解する間もなく骨を砕かれて崩れ落ちた。
いや、充分な時間があったとしても、理解はしなかっただろうが。
ざっくりと数を減らした後は各個撃破だ。
リコを中心に、彼女を守る様に仲間達が展開する。
「ある程度は復活できるから、僕の周りに居てね!」
神の兵士が届く所に居てくれれば安心だ。
それに、治療スキルもまだいくらか残っている。
とは言え、それが必要な状況にはさせない。
「きさカマアロー!」
近付く前に弓で狙い撃ち、隙間だらけで当たりにくいなら自慢のカマで斬り裂く!
「僕の鎌を喰らえー!」
改めて詳しい状況を聞いたエレインは冥闇鉄扇を構えた。
「ふむ、宜しい……ならば私も君の意に応えるまで」
戦闘経験はまだ浅いが、出来る限りの事を。
「さて、時には蝶のように……時には蜂のように舞うとしよう」
このレート差ならば、攻撃には有利だ。
しかし逆に、防御に回れば受けるダメージが大きくなる。
なるべく標的にされない様に、他の仲間に意識を向けているものを狙って脇から回り込み、弾き飛ばす様に扇を打ち付けた。
距離が離れれば魔法攻撃に切り替え、臨機応変に。
「天魔ども! ここからは私達が相手だっ!!」
アリーネは大剣の間合いまで踏み込み、その腹で攻撃を防ぎつつ、返す刃で骨を断つ。
「私の中に眠る悪魔の力よ! いまここに目覚めよ!!」
まだ見ぬ父から受け継いだ血を呼び起こし、冥魔の側に足を踏み入れ――
「砕け散れ、エメラルドスラッシュ!!」
緑色の光が、飛ばして来る針の様な骨ごと敵を切り裂いた。
「人間は避難しとるみたいやけど、あんたらをこれ以上先に行かせるわけにはいかんからな」
ニヤリと笑い、いばらはどらごんと共に前に出る。
ただし、出来るだけリコに近い位置取りで。
「攻撃のたぐいは決して得意やないんやけど、なっ」
どらごんの威嚇で怯ませ――あれ、効かない。
それならブレスで――これも、あんまり効いてない。
かなりのCR差がある筈なのに。
「これで良く持ち堪えたもんやな」
どうやら運だけは良い様だと内心で溜息を吐きつつ、いばらは鬼神一閃で更にCRを下げ、痛打を叩き込んだ。
「この大鎌は護りの証。斬られたい奴から――来なよ」
ドローアクセルで身体能力を上げたウェルは、虹彩のない赤い瞳で敵を見た。
攻撃は最大の防御、敵を近付けない様に大鎌を振るい、その刃に触れたものを両断していく。
レティシアは闇の翼で舞い上がり、レート差で不利となる仲間達を狙う敵に対して攻撃を仕掛けていく。
「骨型には効果が薄そうですが、牽制になれば充分でしょう」
しかし魔法はCR差も相俟って、牽制どころか一撃で葬り去る程の威力を発揮した。
死者の書の射程は敵の倍、上空から危険な動きを見付けては潰していく。
と、波打ち際の様子に違和感を覚えたレティシアは、攻撃の手を止めてじっと目を懲らした。
「海から新手が来ます!」
その報告を受けた千速は波打ち際へと走る。
側面に回り込み、火遁で一直線に薙ぎ払い、続いて土遁の範囲攻撃に巻き込んでいく。
その後は敵の射程外に下がって銃撃を加えつつ、影縛の術と目隠に切り替えて今度は行動の阻害を狙った。
「上手くいったら大勢の敵から狙い撃ちは避けられるよね」
その前に大部分は崩れ落ち、波にさらわれて行ったけれど。
「さて、いくなの! どっかあああああああああああああああああああんなの!」
カマふぃは突っ込んだ。
骨魚人が纏まっている場所に向けて――纏まっていなくても無理やり纏めて、呪縛陣で一網打尽!
これで全部、倒したかな?
「右見てー、左見てー、なの!」
カマふぃは何処かに敵が隠れていないか、指さし……いや、カマさし確認。
千速は水上歩行で海に出て、残った敵がいないかを確かめる。
「…海から現れたなら、海に逃げる可能性ゼロじゃないもんね。ここで逃がしたらまた人が大変な目にあうもん」
波間に目を懲らすが、もう何かが現れる様子はなかった。
「お疲れ様。大変だったね?」
ねぎらいの言葉をかけるウェルに、リコは「あっ」と声を上げた。
「もしかして、覚えててくれた?」
「うん! えーとね、サギ師のおねーさん!」
がくー。
「あれ、違った? あ、じゃあ手品師!」
「賭博師、ね。今は休業中だけど」
でも、覚えていたのはちょっと驚きかもしれない。
しかもあの時は敵側だったのに、気にする様子もなく笑いかけて来る――味方であると、信じて疑わないかの様に。
切り替えが早いのか、それともただのアホなのか。
後者だとしたら、アホってすごい。
アホになりきれるのも、すごい。
「無事ですか、リコさん」
訊ねたアリーネに、リコは元気に答えた。
「うん、だいじょーぶ! みんなのおかげだよっ」
「こちらこそ、貴方のおかげでたくさんの人が助かりました」
自己紹介と共に、レティシアが頭を下げる。
「でも、どうして……、良かったら聞かせてくれませんか。ヴァニタスの貴女が、どうして人間を守ったのか」
アリーネの問いに、リコは「んー」と暫く考えてから、にぱっと笑った。
「トモダチなら、そうするかなって♪」
友達。
リコにとって、種族の違いは垣根にはならない様だ。
「アリたんもトモダチだよっ」
ピンク色がお揃いの、アリーネの前髪を遠慮なく撫でる。
「誰かの役に立つのって、嬉しいねっ♪」
「せやけど、心配したんやで? 種子島は天魔がせめぎ合うエリアや」
「うん、ごめんね? でも、助けに来てくれるって信じてたから♪」
そんな風に言われて、首に思いきり抱き付かれたりしたら……もう、何も言えなくなってしまう。
いばらは諦めた様にその背をぽんぽんと軽く叩いた。
「…今度は普通に遊びたいな」
それが叶えば良いのだけれど――
「ほっと一息、みんなで栗饅頭を食べるなの!」
カマふぃは、持って来たおやつを取り出して皆に配る。
「みんなに秋の味覚をどうぞなのー」
飲み物はないから、喉に詰まらせない様に気を付けて……って言ってるのに。
「がっふー、けふけふ、なの」
詰まった。
「カマふぃ頑張れー! 饅頭に負けるなー!」
きさカマが応援する。
でも、それより背中叩いて、背中!
「どらごんさんは、おやつとか食べるのでしょうか?」
レティシアはすました顔でどらごんにチョコを差し出してみる。
食べた。ふむ、なるほど。どらごんは食事も可能、と。
(何この生物ちょー可愛いっ!)
という内心の感動は胸に秘め、レティシアは淡々と給餌に勤しむ。
甘いのとしょっぱいの、お腹が一杯になるまで無限ループで!
「そういえば、電話の料金誰が払ってるの?」
千速の問いに、口一杯に饅頭を頬張ったリコはかくりと首を傾げた。
そう言えば考えた事もなかったけれど、誰だろう?
まさか、ふー様?
「んー、とにかく、その誰かが不払いしたらボク達と連絡取れなくなっちゃうよね?」
千速は「連絡セット」と称した小さなポーチをリコに手渡した。
中身は硬貨やテレカ、筆記用具、学園その他の連絡先を書いたメモ。
「もしもの時は公衆電話使ってね」
使い方は、わかるよね?
皆と楽しそうにお喋りするリコをそっと見つめながら、いばらは物思いに沈んでいた。
(最近のリコには変化がないというけれど、万が一ってことがあるかもしれへん)
もしもの時は、自分が飛び出してリコを止めに行きたい。
楓の決意も、これから起きるであろう事も、リコは知らない。
知ってしまったら、傷付くかもしれない。
弱味に付け込まれて、また自分達の敵になってしまうかもしれない。
(いや、操られてしまう可能性だって…)
シマイなら、やりかねない。
寧ろ喜んで手を出して来るだろう。
どれも、想像するだけで辛い事だ。
(でも、うちはリコの味方でいたい)
何があっても、どんな事になっても――
「食べ終わったら、恒例の記念撮影なの!」
饅頭との戦いに勝利したカマふぃが皆を誘う。
今回のテーマは「骨とどらごんとカマキリとゆかいな仲間たち」だ。
骨魚人の頭骨をどらごんの頭に乗せて、その周囲を――ほらほら遠慮しないで、皆で囲んで!
「撮るよー!」
カメラマンは勿論きさカマだ。
はい皆、笑って笑って……
「ちぇきらーなの!」