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マスター:STANZA
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/01/05


みんなの思い出



オープニング


 ここは、BARサイレントナイト。
 粋な大人の為の、憩いの場だ。

 世間はクリスマスに浮かれ騒いでいるが、この店はそんな騒ぎとは縁が無い。
 近頃じゃ、聖なる夜を共に過ごす相手がいない者を、哀れむ様な風潮がある様だ。
 だが、独りである事を嘆く必要はない。
 孤独を愛し、ゆったりと流れる時にひとり静かに身を任せる。
 そんな過ごし方も悪くないさ。

 群れたい奴は群れれば良い。それはそれで楽しいもんだ。
 だが、ここは静けさを愛する者が集う場所。馬鹿騒ぎは遠慮して貰おう。
 いや、場の雰囲気を壊さない程度のお喋りは構わないぜ。
 静かな酒と、静かな会話。そいつを楽しみたい向きには、カウンター席がお勧めだ。
 誰にも話しかけられたくなければ、奥のテーブル席が良いだろう。
 そこなら誰かに顔を見られる事もない。勿論、ふいに声を掛けられたりする事も、な。
 そうそう、煙草も奥の席で頼むぜ。

 照明を落とした室内と、静かに流れるジャズ。
 ここでは、時の流れも緩やかになる。
 普段は顧みる事もない、心の奥底にしまいこんだ何かに思いを馳せてみるのも良い。
 自分が歩いて来た道。その途中で拾ったものや、置いて来たもの。
 ほんの少し、未来の事。その先に待っている筈の何か……

 ああ、BARと銘打っちゃいるが、入店に年齢制限はない。
 勿論、未成年に酒は出せないがな。
 しかし酒の味がわかるだけが大人じゃない。
 孤独に安らぎを覚えるなら、そいつは充分に大人ってモンさ。
 この店の空気が気に入ったなら、ゆっくりして行くといい。

 今日は赤字上等のクリスマス特別サービスで、一律2000久遠で朝まで飲み放題だ。
 そこのあんた、どうだい?
 少し寄って行かないか……?


リプレイ本文

 ドアのリースに付けられた小さな鈴が、軽い音を立てる。
 カウンターの後ろでグラスを磨いていたマスターがふと顔を上げた。
「いらっしゃい」
 今夜最初の客は、クリスマス風のアレンジを施したヴィクトリア調のメイド服に身を包んでいる。
 その女性、ステラ シアフィールド(jb3278)は、暫くの間物珍しそうに店内の様子を眺めていた。
(これは……どう動けば給仕がし易いでしょう)
 長年の癖で、ついそんな事を考えてしまう。
 けれど、今日は客として来たのだと思い直し、ステラはカウンターの隅に席を取った。
 ポケットからメモを取り出し、こうした店での過ごし方を確認する。
「申し訳ありませんが、カクテルという飲み物を頂けないでしょうか」
 好みを訊かれても、よくわからない。
「このお店のお客様方が良く注文する物を頂けますか」
 暫く後、カクテルグラスに入った白っぽい半透明な液体がステラの前に置かれた。
 それをあらゆる角度から観察し、匂いを確認し……恐る恐る口を付けてみる。
 今までに味わった事のない味と刺激が舌の上で弾けた。
「ホワイトレディ、女性客には人気だ」
「他にはどういったものがあるのでしょうか」
 興味が湧いたステラは全レシピの制覇に挑戦してみたくなった。
 しかし、次々と目の前に置かれるそれを飲み干すうちに、何だか落ち着かない気分になってくる。
 チリン。
 小さな鈴の音が耳に届くと、反射的に立ち上がった。
「ようこそ御出で下さいました」
 新たな客に向かって、深々と頭を下げる。
 聖夜限定の臨時ウェイトレス、誕生の瞬間だった。


(良い店だな。矢張りこういう雰囲気は落ち着く)
 入口のドアを開けた瞬間、エルフリーデ・シュトラウス(jb2801)は居心地の良さを肌で感じた。
 カウンター席に座り、適当な酒を注文する。
 だが、出されたのはクリスマスカラーのノンアルコールカクテルと、小さなケーキ。
 この店は未成年には酒を出さない主義なのだ。例え実年齢が高くても、そこは譲らない。それがルールだった。
 ノンアルコールは子供のものとは限らないと言われ、エルフリーデは渋々口を付けてみる。
 ……悔しいが、悪くなかった。
(やれやれ。例年の事とはいえ随分と華やかなことだ)
 グラスを眺めつつ、物思い。
(…クリスマス、ね。独り身で過ごすのは久し振り、か)
 最初は心の中の呟きに留めておくつもりだったのが、つい口をついて出た。
「悪魔がクリスマスというのもおかしな話だが」
 酒とはまた違った味わいを楽しみつつ、エルフリーデはぽつりぽつりと身の上を語る。
 古い記憶や、新しい記憶。思い起こすままに、とりとめもなく。
 静かに耳を傾けるマスターは流石に久遠ヶ原の住人らしく、どんな話が飛び出しても動じない。
「聞き上手なマスターはこれまでもいたが、悪魔である事まで零せるのはこの環境ゆえだな」
 やがて語り尽くしたエルフリーデの意識は自分の内面へと向かって行く。
 長きを生きて初めて得る感情。心の奥に燻るそれを、何と呼べば良いのだろう。
 答えは、夜の深まりと共に降りて来た。
「喪失感、か」
 名前が付いた途端、その感情は急に存在感を増した。
「こいつはサービスだ」
 グラスの底にオリーヴの実が沈んだ透明な液体が、エルフリーデの前に置かれる。
 顔を上げると、マスターが不器用に片目を瞑り、人差し指を口に当てるのが見えた。


(ふう、どこに行っても人、人、人、なんですから…)
 沙 月子(ja1773)はカウンター席に座ると、ミルクと砂糖を入れた暖かい紅茶で喉を潤す。
(ん、美味しい…)
 カップルがどれだけ目に付こうと、目に余るイチャつきっぷりを見せつけられようと、別に構わない。
 だが、この人の多さは何だ。あの浮かれ騒ぐ人々の中に、信仰心をもって祝う者がどれほど居るだろう。
 一緒になって浮かれる位なら、さっさと家に帰って猫達の顔が見たい。
 けれど、このままでは帰り着くまでに人混みで遭難しそうだった。
 静かな避難場所が欲しい。そう切実に願っていた時に、たまたま見付けたこの店。
 入ってみれば、なかなかに良い雰囲気だ。
 この紅茶も美味しいし、サービスで出されたケーキも上品な甘さが丁度良い。
 暫くその味と香りを堪能すると、月子は読みかけの本を取り出して読み始めた。
 どうやら横文字の様だが、月子は何の苦も無く読み進む。
 タイトルは「血染めの聖夜」、クリスマスに恋人達が惨殺されていくという本格ミステリだ。
 楽しげに読書に興じるその間にも、店には客が増えて行く……

「BARか…。クリスマスに一人でこういう所もいいかもね」
 ふらりと入った店のカウンターで、六道 鈴音(ja4192)はいつもの食堂でオバチャンに注文を出す時の様な声で言った。
「マスター、オレンジジュースをロックで!」
 笑顔で頷くマスター。だが、その無精ヒゲを生やした口元には人差し指が立てられている。
「あ……」
 いけない。いつもの癖で、つい。
「…愛媛産ね。甘さが違うわ」
 出されたジュースを仕草だけは大人っぽく、優雅にコメント(ただし適当)などを差し挟みながら飲んでみた。
 サービスのケーキを平らげ、次は……
「マスター、りんごジュースをソーダで割ってみて!」
 ぁ、声は潜めて……でしたね、はい。
 大丈夫、今度こそ決める。
「マスター、シンデレラを」
 よし、決まった。今のは大人っぽい。
 ふと店内を見ると、そこに知った顔がある事に気付いた。同じクラブ……悪の秘密結社(自称)の総司令、月子だ。
「総司令じゃないですか。奇遇ですね」
「こんばんは。こんなところで逢うなんて奇遇ですね」
 月子は本から顔を上げ、静かに微笑んだ。
 その物静かで丁寧な様子に、鈴音は不思議そうに首を傾げた。
「…なんだか今日はお淑やかなんですね。総帥は一緒ではないんですか?」
 組織の総帥は、黒猫のぬいぐるみ。因みに可愛い。
 だが、今日は残念ながら留守番の様だ。
「(自称)も来年は飛翔の年にしたいですね。なにかパァーッと」
「ええ、そうですね」
 パァーッと……何するんだろう。
「ところで、総帥って、オスですよね?」
「……」
 そう言えば、どっちなんだろう。
「静かですね……」
「……そうですね」
 暫くすると、間が持たなくなってきた。
 今日の月子はひたすら余所行きモードを貫くつもりの様だが、静かな女子会というのはどうにも勝手が違う。
(心を温めてくれる彼が欲しい…)
 そんな事を考えつつ、鈴音は視線を巡らせる。
 そこに、彼がいた。鈴音の求める「彼」ではないかもしれないが……何となく放っておけない気にさせる、彼が。

 ラグナ・グラウシード(ja3538)は、ブランデーの入ったグラスを虚ろな目で見詰めていた。
 明日、12月25日は彼の誕生日だ。だが、彼の表情は暗い。
 その日が来る度に、思い出す事があった。
 幼い頃、父が事故で死に、それを機に母は精神を病んだ。そして、自分と、弟の存在を忘れた。
 弟だけは寂しい思いをさせないと、必死に手をかけ守ってきた。
 けれど。
(そんな私を…守ってくれる人は、いなかった)
 自分の非モテぶりを騒いで人目を引いても。リア充を槍玉に挙げて暴れていても。
 グラスに映る自分の顔が、やけに歪んで見えた。
「…私は、結局。誰にも愛される資格などないのだ」
 歪んだ顔は、己を嘲る様に笑う。
「ずっと、…孤独のままで、生きていくしかないのだ」
 深い深い溜息が漏れる。
 だが……
「あの、ラグナさんですよね?」
 明るい声が背中で弾けた。
「? …はじめまして、かな、御嬢さん」
 努めて平常心を装い、ラグナは笑顔を作る。
「はじめまして。六道といいます。ラグナさんの事は友人からきいて知っていました」
 そこに、もう一人。見覚えのある人物が顔を覗かせた。
「お久しぶりです、ラグナさん。その節はお世話になりました」
「ああ…沙殿。ここで会うとは思わなかった」
 鈴音の友人とは、彼女の事だろうか。
「…何かお悩みですか? 私でよければお話聞きますけれど」
「あ…ありがとう。はは…何でもない、何でもないさ」
 その優しい言葉に対して、ラグナは力なく笑う。
 こんな奴には構わず存分に楽しんでくれ、そう言いたかった。
 だが。
「ラグナさん、せっかくのクリスマスです。楽しいお酒にしましょうよ」
 鈴音が笑いかけた。
「私はノンアルコールですけどね、未成年ですし」
 手にしていたシンデレラのグラスを軽く振ってみる。
「知ってますか? 日本には『笑う門には福来る』て言葉があるんですよ。とりあえず笑っておきましょう」
「…君は、優しいな」
 ラグナの顔に、作り物でない笑みが戻った。
「そうだな…私も、君のように前向きであらねば」

 カウンターの一角で青春している若者達を横目に見ながら、姫路 眞央(ja8399)は度の強い酒を喉に流し込んでいた。
(クリスマス…か)
 コトリ、音を立ててグラスを置く。
 彼もまた、明日が誕生日だった。
(妻が隣にいた頃は…毎年この日が待ち遠しかったものだ。娘が生まれてからも…家に居ついた憎めない天使と共に、毎年ささやかにホームパーティーをして…)
 それがなくなってしまったのは……そう、去年のクリスマスからだ。
(娘が悪い男にひっかかって、私に反抗を始めてしまった)
 それがただの思い込みである事を、彼は知らない。いや、それ以前に……更に重大な思い込みと言うか事実誤認と言うか……まあ、いいか。
(娘を探すため私も隠していたアウルの力で撃退士となり、久遠ヶ原にきて…)
 そしてとうとう見つけた。
 長野の戦いで重傷者一覧に載った名前を見て、あわてて病院に駆けつけ……とうとう見つけた。
 そこに、あの悪い男もいた。娘を拐かしておきながら守る事も出来なかった男。だがそれを責めたら、娘に怒られてしまった。
(…何故だ。何故昔のように私に微笑みかけてくれないのだ。娘の笑顔はもういない。最愛の女性の――)
 最愛の、女性の……
「…ああ。私は…あの子を見ていたのではなかったのか」
 グラスの中の氷が音を立てる。
(娘は今年も私を置いて出かけてしまった。女友達と二人のようだから、安心…といえば安心、なのだが)
 いや、そこは心配する所だろう、というツッコミは通じない。
「……寂しい、なあ」
 思わず口をついて出た。
(帰りに酒と寿司でも買って、うちの天使と二次会と言う名のバースデイパーティでもやるか……)
 そう決めると、眞央は若者達の集団に歩み寄った。
「ラグナくん、良かったら一緒に自分の誕生パーティ、どうかね?」
「…誕生日? 姫路殿、あなたもこの日が誕生日なのか」
 知らなかったとラグナが答える。
「ふふ…そうだな、そうさせてもらおう」
「決まりだ。今日は私が奢ろう。年長者だしな」
「いや、しかし」
「寿司は食べられるかね? 好きなネタがあれば言ってくれ」
 そこまで言うなら、遠慮なく顔を立てておこうか。ついでに人数を増やしてみたり。
「沙殿、六道殿もともにいかないか? …よかったら、私たちの誕生日を祝ってくれたら…うれしい」
「残念ですが、私はそろそろ…」
 鈴音は二つ返事でOKしたが、月子は猫達が待っているからと席を立つ。
 だが、さりげなく残されたクッキーの缶には『HappyBirthday』と書かれたメモが貼られていた。
「……!」
 それを見て感極まったラグナの頬に、大粒の涙が伝う。
「君も私も誕生日、おめでとう」
 眞央が静かに言って、その肩にそっと手をかけた。


 若者達の集団が出て行くと、店は水を打った様に静まりかえった。
 静かなBGMと、マスターがシェイカーを振る音、微かな息遣い……他にも何も聞こえない。
 そんな静けさの中、奥のテーブル席に座った龍崎海(ja0565)はひとり思索に耽っていた。
(今年は撃退士として活動し始めたから、正月に帰れるか分からなかったからなぁ)
 彼はついさっき、日帰りで実家に行って来た所だった。
 折角のクリスマスだし、このまま部屋に帰って寝る気分でもない。そう思っていた所に見付けたのがこの店だった。
(夏は撃退士としての訓練で帰らなかったから、表面には出していなかったけど、心配かけていたみたいだったし。特に直前に神器争奪に参戦するって言っていたしなぁ)
 久しぶりに会った母親の、心底ほっとした様な顔を思い出す。
(地元じゃ、人的被害が出るような天魔事件に発展しなかったようでよかった。今年は封都やラインの乙女に、神器の確保や天魔生徒の大募集があった、四国の方もいろいろ動いているみたいだし、来年はどうなるか……でも、神器を確保したことで、天魔そのものも下位なら容易に屠ることができる手段を手に入れた。天魔と戦う事態になっても、生き延びることが主眼ではなく、勝つことを主眼にできるようになったのは大きい)
 しかし、強力な武器はその反動もまた大きい。
(槍だけで急に倒し過ぎて天魔が本格的に人類と戦う気になったら、槍もち以外の場所は対処できなくなるとかなりそうで、そうそう投入は難しかな、でも、奪都関連で一度ぐらい投入されるかな……)
 彼の思索は夜が更けるまで途切れる事はなかった。


「……ふぅ。私はこの組み合わせで呑むのが結構好きでな」
 カウンター席ではニグレット(jb3052)がバーボンをストレートで呷っていた。チェイサーはビールだ。
「強力な芳香と熱さを感じた後にビールが潤してくれる。で、またバーボンのグラスに手が伸びるわけだ」
 これは、混ぜなくてもボイラーメーカーと呼ばれるのだったか。
 記憶もあいまいで、ある種夢現のような感覚に陥ることのある身としては、この強烈な感覚が心地よい。
 酔って嫌な事を忘れるのではなく、現実に繋ぎとめてくれているのかもしれない。
「ノーチェイサーでいくのにも心惹かれなくもないが、また今度にしよう」
 言いながら、ナッツ入りのチョコに手を伸ばす。
(とはいえ、現実も酷だ。所詮は余所者。故郷も無く拠り所の無い身。どうしたものかな)
 ふと気になって、訊いてみる。
「……なあ、マスター。待つ者がいるというのはどんな感じなのだろう?」
 マスターのグラスを磨く手が止まる。
「いや、独り身は生きづらい世の中だな、と……なんの愚痴だ」
 自嘲気味に笑って、ニグレットはバーボンを飲み干す。
 空のグラスに再び酒を注ぎながら、マスターが言った。
「それは、猫の毛じゃないのか」
「え?」
 服に付いた、細くてふわふわな毛。そういえば、仔猫を拾ったんだっけ。
 そうだ、待っている者はいる。そろそろ帰らなければ。
「……ふぅ。悪くなかった。また来るよ」
 残った酒を一気に呷り、ニグレットは店を後にした。


「またどうぞお越し下さい」
 店を出る客の後ろ姿に、メイド姿のステラが丁寧に頭を下げた。
「あんたもお疲れさん」
 気が付けばもう、東の空が白い。
 最後の客となったステラの席には、バイト代と書かれた薄い封筒が置かれていた。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
エノコロマイスター・
沙 月子(ja1773)

大学部4年4組 女 ダアト
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
想いの灯を見送る・
姫路 眞央(ja8399)

大学部1年7組 男 阿修羅
撃退士・
エルフリーデ・シュトラウス(jb2801)

大学部8年61組 女 ルインズブレイド
猫もふらー・
ニグレット(jb3052)

大学部6年309組 女 ナイトウォーカー
愛って何?・
ステラ シアフィールド(jb3278)

大学部1年124組 女 陰陽師