「子鬼が一杯!?」
敵の情報を聞いて、神谷 愛莉(
jb5345)は憤然と立ち上がる。
どうしてこう、肝心な時に邪魔をしに出て来るのだろう――弱いくせに。
「急いで片付けないと」
その言葉に、苑邑花月(
ja0830)と天宮 葉月(
jb7258)が頷いた。
「折角、の結婚式…花嫁さんのご両親、は…心待ちにしていた、でしょう」
「それに新婦さんだって、折角の晴姿なんだもん、やっぱり両親には見て欲しいよね」
間に合うように、無事に行かせてやりたい。
「折角の結婚式だもんな」
西條 弥彦(
jb9624)が仲間達を見る。
「花月達…が、絶対に無事に、送り届けて、みせます、わ」
その思いは、皆同じだ。
8人の撃退士達は、次々に転送装置に飛び込み――
着いた先は、土砂降りの雨だった。
「雨か、……」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は、恨めしげに空を見上げる。
その身体は多くが機械化されていた。勿論それなりの防水性能はあるし、濡れたら動けなくなるというものでもない。
だが、後で入念な手入れが必要になるであろう点が、生身とは違って面倒だ。
機械の体は一見生身を凌駕するような印象を与えがちだが、こんな酷い雨の中でもメンテもなしで活動可能なのは生身ならではの利点――
「いや、生身も手入れを怠れば風邪を引く、か?」
それはともかく。
「ディアボロさんが反応を見ているだけでしたので、今のところ怪我人などは出ていなさそうですね」
ざっと周囲の状況を確認して、鑑夜 翠月(
jb0681)が言った。
とは言え、いつ本格的に襲い始めるかわからない。
「出来るだけ早めに退治したいですね」
「そうだね、待ってる新婦さんの為にも、さっさと片付けちゃおう!」
雨の中でも葉月は元気いっぱいだった。
そんな彼女を横目に見ながら、阻霊符を発動させた黒羽 拓海(
jb7256)が前に出る。
「大切な日に土砂降りとディアボロで二重の足止めとは、ついてないな」
闘気を解放、手近な子鬼に目標を定めた。
「とりあえず、邪魔者には早々に退散して道を開けて頂こうか」
そこに飛び込んだもうひとつの影は、千葉 真一(
ja0070)だ。
「せっかくの結婚式に水を差し、交通渋滞を引き起こす迷惑行為を俺は許さん! 変身っ! 天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!」
拓海とのダブル雷打蹴で、華麗に魅せる!
「ゴウライ、反転キィィック!」
まるでヒーローショーを見ている様な二人の動きに、子鬼ばかりか車の中で不安げに様子を伺っていた人々の目まで釘付けだ。
特に子供達は、車の窓ガラスに顔を押し付けんばかりにして夢中で見ている。
そんな彼等に親指を立てて見せたゴウライガは、皆の注目を集めたまま走り出した。
「お前たちの相手は俺だ。掛かって来い!」
何処か近くに、周辺への被害を気にせずに戦える場所は――
「こっちだ、そこに大きなホームセンターがある」
予め地図を確認しておいた弥彦が手招きする。
雨のせいか、駐車場には車も少なく、買い物客は既に店の奥に避難していた。
「わかった、そっちに連れて行く」
二人は場所を移動しながら更に注目を集めつつ、指定された駐車場まで後退して行く。
「あんまり無茶しないでね」
葉月が心配そうに声をかけるが、相手はたかが子鬼の集団。
勿論、だからと言って油断は禁物だが、拓海もそれで慢心からの失態を引き起こすほど青くはない。
「お前こそ油断大敵だ。強くなったからといって気を抜くな」
恐らく葉月は、以前一緒に戦った際に拓海が重傷を負った事を気にしているのだろうが――
「大丈夫だ、同じ轍は踏まない」
それよりも、拓海にとっては葉月が無茶をしないか、その方が気がかりだった。
「俺から離れるなよ」
何があっても、手の届く場所に。
その想いを受け止めて、葉月はこくりと頷く。
「私も、ちゃんと見てるからね」
囮は消耗するだろうし、拓海も千葉さんも、手当が必要になったらすぐに飛んで行くから。
子鬼達は広範囲に散らばっている上に、雨で視界が悪く、折角の華麗なアクションも離れた場所からでは見えにくい。
だが彼等はそれも見越して作戦を立てていた。
「どうしても反対の端とか取りこぼしが出ちゃうかと思いますのっ」
愛莉は呼び出したスレイプニルのすーちゃんに掴まって移動しながら、見付けた子鬼を魔法書から生み出される光の護符で叩いて行く。
途中、不安そうな視線に出会えば笑顔で声を書ける事も忘れない。
「急いで退治しますねっ、心配しないで下さいっ!」
その言葉通りに殆どの子鬼は一撃で沈黙、運良く持ち堪えたものにも容赦なく追撃を浴びせた。
「エリ達がいなくなった後で、また出て来られたら厄介ですの」
少し可哀想な気もするが、ここは一匹も逃さず仕留めるつもりで。
車の陰や車体の下に隠れたものも、虱潰しに探し出して叩く。
クライムの効果が切れ、スレイプニルが還ってしまっても、ヒリュウのひーちゃんがいる。
「今回の作戦内ではエリが一番小さいから、渋滞でも走るの一番早くなりそうですし」
愛莉が走って細部をチェックし、上空からはヒリュウが見張れば、視覚共有で見逃す可能性も格段に減るだろう。
強敵達の姿を見て、怖れをなした子鬼達は慌てて逃げようとする。
しかしその前に、冥府の風を纏った翠月が立ち塞がった。
「ディアボロさん達、ここは通れませんよ?」
降りしきる雨の向こうから突如現れたその姿に、子鬼達は急ブレーキをかける。
が、雨に濡れた道路は滑りやすく、見事に転んだ子鬼はそのままスライディングで翠月の目の前に。
頭上にかざした魔法書から悪魔の爪の様な禍々しい刃が飛び出して来るのを見て、子鬼は慌てふためいて手足をバタつかせる。
しかし慌てれば慌てる程に手足は滑り、振り下ろされた刃を避ける事も出来なかった。
「成る程、斯様に…滑るのです、ね」
その様子を見た花月は、足元に注意しながら車の間を縫って、取りこぼしの子鬼達を探して歩く。
走らなくても向こうから飛び込んで来てくれるのだから、慌てる事はない。
一匹ずつ地道に、しかし確実に潰して行けば良いのだ。
ところが子鬼達にも多少の知恵はある様で、仲間が滑って転ぶ様子を見た一匹の頭上にピコンと電球が光った。
何か良い事を思い付いたらしいその子鬼は、花月に向かって全力疾走からのスライディングタックルを仕掛けて来た。
水飛沫を上げて迫る子鬼に、花月はしかし慌てず騒がず魔法書から生み出した真空の刃で切り刻む。
「発想は、悪くなかった…と、思います、わ」
にっこり。
「さあて、手早く掃除して……ん?」
機械化した身体の限定偽装を解除して戦闘モードに移行したラファルは、更に余分な装備をパージしダウンサイズ、より素早く動ける形態へとその姿を変える。
だが、どうやらその形態は随分と熱を持つ仕様らしく、降りかかる雨が水蒸気となってもうもうと立ち上った。
「ま、これはこれで……いーんじゃねーかな」
気化熱で多少はオーバーヒートまでの時間も延びる、かもしれないし。
とは言え、個別にちまちま潰して行くばかりでは時間ばかりかかって埒があかない。
「さっさとこっちに……来いってんだ」
獲物を追い立てる猟犬の様に、ラファルは子鬼達を追い込んで行く。
「お前らあっち行けや」
弥彦はシュタールチェーンの銀色の鎖を、調教師よろしく子鬼の足元に振り下ろした。
普段ならマシンピストルで一気に片付けてしまう所だが、今回は一般人が見守る中での戦いだ。
(普通に戦闘に巻き込まれるだけでも相当怖いはずだからな)
それに車を傷つけるのもいやだ。
子鬼達が彼等に向かって行く様な事がなければ、今回はこれで脅しておけば充分だろう。
「さっさと行け、モタモタしてると痛いのが飛ぶぞ」
ただし車にちょっかい出そうとしている子鬼には、問答無用でマシンピストルの牽制射撃。
「そこ、寄り道すんな」
後は脅して追い込み、一気に殲滅だ。
囮役の二人と共に子鬼達を追い込んでいた葉月は、ホームセンターの駐車場に入る直前で彼等と離れて先回りした。
「まだ外に残ってる人はいませんか!?」
周囲に逃げ遅れがいないかを確認し、車に残っている人がいれば車ごと奥に移動させ、場所を空けて貰う。
充分なスペースが出来たところで、葉月は建物を背に子鬼達を待ち構えた。
「離れて!」
声をかけて聖燐の太刀を振りかざし、コメット二連発。
無数の彗星に撃ち抜かれ、子鬼達は次々にその動きを止めていく。
その間無防備になった葉月の前に回り込んだ拓海は、直撃を逃れた子鬼にワイヤーを引っかけた。
「どこへ行くつもりだ?」
手元まで引き戻し、愛刀黒百合の錆に。
葉月もそれに合わせ、子鬼達が建物の方へ行かない様に道を塞ぎつつ、野太刀を振るって押し返す様に斬る。
同じく子鬼をぞろぞろと引き連れて駐車場に飛び込んだゴウライガは、振り向きざまにインペイルを発動。
<IMPALE!>
アナウンスと共にアウルの輝きが旋風の如く吹き上がり、螺旋を描いて回転しながらその腕を包み込む。
「ゴウライ、ハウルストラァァァイクッ!!」
収束した輝きはブロウクンナックルから一気に解き放たれ、一直線に子鬼達を貫いていった。
「すっげぇぇ!」
「かっこいー!」
それを見ていた子供達が、歓声を上げて拍手喝采。
キメポーズでそれに応えると、ゴウライガは残った子鬼を潰しにかかった。
<CHARGE UP!>
黄金色に輝くアウルがアーマーの如く全身を包む。
「ゴウライ、ナッコォ!」
「ゴウライクロス!」
TVでしか見られない様な、派手な立ち回りをナマで見た子供達は大喜びだ。
子鬼達の退路を断つ様に追い上げて来た花月と翠月は、タイミングを合わせて炎の饗宴。
花月の放った巨大な火球が膨れ上がると同時に、翠月がファイアワークスで華を添えると、煌びやかなマジックショーの様に音と光が舞い踊る。
その範囲を逃れた子鬼達は、蜘蛛の子を散らす様に逃げて行く。
しかし、そんな彼等の目の前で、花月はわざと転んで見せた。すぐに起き上がるが、今度は足を引きずりながら逃げようとしてみる。
強きを助け弱きを挫くのが彼等の本性、弱った獲物を見てその血が騒がない筈もなかった。
「かかりました、ね」
まんまと罠にかかって追いかけて来た子鬼達を、炸裂掌で一網打尽。
ラファルが追い詰めた子鬼の集団は、開けた場所に出るやブライトネスフィンガーの眩い光に包まれた。
その眩しさにクラクラしているうちに、小さな身体は切り刻まれて崩れ落ちる。
「ひーちゃん、GO!」
もうひとつの集団は、愛莉がヒリュウに命じたボルケーノで散った。
最後に皆で包囲網を縮めて行き、纏めたところで翠月がファイアワークスをもう一発。
それでも網にかからずに撃ち漏らしたものは、ラファルが煙幕を張って認識障害を与えた所に全員で攻撃を叩き込んだ。
「やっと片付いたな」
子鬼の残骸を人目に付かない場所に運び終え、真一が顔にかかる雫を拭う。
「これで車も通れるようになる」
放置された車を脇にどかし、ラファルが言った。
「そうだ。花嫁さんのご両親は?」
「こっちですの!」
真一の言葉に、愛莉が一台の車を指差す。
気付いた父親が窓を開けて、雨の中を駆け寄ろうとするが。
「いや、礼には及びません。それより、急いで下さい。でも事故を起こさないように」
真一が白い歯を見せて笑う。
しかし、愛莉がそれに待ったをかけた。
「んー、一応護衛していきません? 又天魔出たら間に合わなくなっちゃいそうですの」
「そうですね、何かあったら大変ですし」
翠月が頷く。
それに、折角の結婚式に両親が不在だったり、参列者が少なかったりするのは悲しいものだ。
「よければ、僕達も式場まで同行してお祝いをさせて頂きたいのですが」
「折角…ですもの、花嫁さん、の…お綺麗なお姿…拝見してみたい、です」
花月が夢見る様に目を細める。
「純白、のドレスにブーケ…結婚式。何処、を…取っても、素敵、でしょうね」
勿論、両親にそれを断る理由もない。
そうと決まれば、後は全員分の足を確保するだけだ。
「すいませーん、式場まで一緒に載せて下さるお暇なドライバーさんかタクシーさんいませんかー?」
「俺もタクシーの運ちゃんにでも掛け合ってみるか」
戦いが終わったら速めに引き上げたいところだが、などと言いつつ、ラファルも結構真剣に探している。
幸い、足はすぐに見付かった。
おめでたい事には是非ともあやかりたいと、多くのドライバーが参列を申し出てくれたのだ。
「じゃ、一緒に乗ろう!」
軽くタオルで水気を拭くと、葉月は拓海の腕を取って車に乗り込む。
ラファルも当然の如くに車に引っ張り込まれた。
「なんで俺が結婚式なんて、……まーいけれどよ」
誘ってくれるなら仕方ない、うん。
半ば諦めかけていた花嫁は、駆け込んで来た両親の姿に驚きと安堵の声を上げる。
そして思いがけず増えた参列者達の一人一人に、丁寧に礼を言った。
「ご結婚おめでとうございます。雨のち晴れ。何かあっても最後は晴れってことです」
弥彦が皆を代表して祝いの言葉を述べ、可愛らしいドレスに着替えた愛莉が花束を手渡す。
ついでに言うと、6月はローマ神話の家庭の守り神ジュノーの名前から来ているそうだ。
だから6月の挙式はジュノーの守りがあると言われているのだ。
そして結婚式が始まった。
「やっぱり花嫁姿には憧れちゃうな」
ちらり、葉月は隣に並んだ拓海に視線を向ける。
「花嫁さん、きれー」
「花月…も、いつか…あの方と……」
素直に感動するまだ幼い愛莉と、そこに自分の姿を重ねて真っ赤になる花月。
「…って何を考えて、いるのでしょう」
でも、もしもブーケを取る事が出来たら――
やがて式場の扉が開き、新郎新婦が姿を現す。
「今度は晴天の下ライスシャワーが降る、か」
真一は脇に控え、ブーケの行方を見守る構えだ。
「万が一俺が花を貰うことになったらどーする。似合わないにもほどがあるだろう」
弥彦は華より団子、この後の披露宴でご馳走を食べる方に気が向いている。
「つか欲しいやつ他にいるだろ」
確かに、葉月は全力で取りに行こうとしていた。
「ほら拓海も一緒に! 二人居たら取れる確率も二倍だし!」
ふわりと花嫁の手を離れるブーケ。
弧を描いて飛んだそれは――
「……えっ…」
ぽとり、花月の手に落ちた。
これは無欲の勝利なのだろうか。
(…少しだけ、希望を持っても…良いでしょう、か)
ブーケを手にした花月の周りに、皆が集まってくる。
「おめでとう!」
駆け寄って来た葉月も、自分の事の様に喜んでいた。
「残念だったけど、仕方ないね」
葉月は拓海の腕をとり、微笑む。
焦らなくても、その時は必ず訪れるから。
多分、そう遠くない未来に。
見上げた空には、大きな虹がかかっていた。