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マスター:STANZA
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/06/07


みんなの思い出



オープニング



「いずれまた日を改めて遊びに来れば良い」

 撃退士達がゲートを探りに行ったあの時、ダルドフ(jz0264)は確かにそう言った。
 その言葉は、とある生徒のスマホにしっかりと録音されている。
 撃退署にデータを提出する際には流石に消去されたが、元のデータは私物として残されていた。

 つまり、動かぬ証拠が残されているという事だ。

 だったら――
 遊びに行っても良いんだよね?

 社交辞令?
 何それ美味しいの?

 それにほら、大人はよく言うじゃない。
 子供が余計な気を回すんじゃないって。
 学生のうちはまだまだ半人前だとも言うし。
 半人前っていうからには、子供として振る舞っても良いって事だよね?

 実年齢?
 知らない子ですね。



 そんなわけで。
 彼等はお言葉に甘えることにした。
 ゲート内にあるダルドフの家に遊びに行くのだ。
 家の場所を正確に確かめた訳ではないけれど、きっと猫が沢山いた方の区画だろう。

 ゲート内の様子は外からではわからないと言っていたし、告げ口をする八咫烏もいない様だ。
 だからといって本音を全て包み隠さず話してくれるとは思えないし、立場を崩すわけにもいかないだろう。
 だが、普段よりは突っ込んだ話が出来る筈だ。
 食事や酒を持ち込んで、気の済むまで話し合おう。

 来るべき時に備えて、悔いを残さないように。

 ただし、ゲート内は安全とは言っても、外には密偵が潜んでいる事もあるだろう。
 彼等に見付からないように、潜入には注意する必要がある。
 事の性質上、撃退署の人々に気付かれるのも拙いだろう。
 その点にさえ気を付ければ、後は大丈夫。

 ダルドフはきっと、突然の訪問者を喜んで歓迎してくれるだろう。




リプレイ本文

「え? ダドルフさん家に遊びに行けるの!?」
 並木坂・マオ(ja0317)は、思わず大声を上げた。
「ラッキー☆ あれだけ強いオジさんなんだもん。きっとナニか秘密があるはず! それは私生活に隠されてると見た!!」
 相変わらず名前を間違えているが、誰も気にしないし、気付かない。
「いやー、楽しみだなー。――あ、おやつは300久遠までだっけ? 全然足らないよ!」
 いいえ三千久遠です。
「あ、そうか。でも足りない!」
 どんだけ持ってくつもりなんですか。
 しかしまあ、子供(未成年)はそれで良いとして。
「大人は流石に、手土産のひとつも持参しなくては格好が付かないな」
 良識ある大人の代表(多分)、矢野 古代(jb1679)が思案顔で顎を撫でる。
 先日は娘も世話になった様だし、何と言うかお詫びの意味も込めて?
「だって本人いわくちょっと不法侵入とか言ってたから…!」
 流石に家に上がり込むのは遠慮した様だが、ゲート内と言えば自宅の庭も同然だろう。
「許してくれただろうけどお詫びの品持っていかないと…!」
 大人として、お父さんとして、多分それが礼儀だと思うのだ。




 そして早速、やって来ましたダルドフゲート。
「迷惑…だと思いますが、好奇心の方が勝ってしまいましたね」
 ユウ(jb5639)が苦笑しながら辺りの様子を観察する。
 本日のコーディネイトはウェアキャットワンピに猫耳を付け、手足は肉球仕様、おまけに猫槍「エノコロ」まで装備した猫づくし。
「ダルドフさんは確か猫好きだと記憶していますので」
 これは猫好きの為の正装なのだ。
 因みに本人は至って真面目であります。
「見たところ、以前と変わった様子はなさそうですが」
 中心部を三重に取り囲む壁に取りつけられた門は閉ざされてはいたが、今回も鍵はかかっていなかった。
 重たい扉を押し開けて、一行は奥へと進む。
 前回の調査で作った地図と自分の記憶、そして現在の様子。それを照らし合わせながら、慎重に――
「皆さん。敵方のゲート内での行動になるのでくれぐれも油断はしないようにしましょう」
 しかし、気を引き締めているのは恐らくユウひとり。
「ふむ、この先にクマの住処があるのじゃな?」
 ふわふわ可愛いクマの着ぐるみで渋くかっこつけた(本人談)美具 フランカー 29世(jb3882)は、弾む足取りで通りを歩く。
「クマに会いに行くと言うのであればクマスキーの美具が行かねばなるまい」
 実はさっきから何か微妙に感じる意識のズレは気のせいだという事にして、美具はどんどん先に進んで行った。
「どんな家なのかなー」
 マオは歩きながら勝手に妄想を膨らませていた。
「やっぱり、トレーニング器具満載な筋肉の要塞? それとも、行き来するだけで生死の境をさ迷うような陸の孤島!?」
 はっ、そうか!
「それで毎日限界に挑戦してるから、あんなに強くて硬い筋肉ダルマに!?」
 たぶん違うと思います。

 ラドゥ・V・アチェスタ(ja4504)は和風の建物が並ぶ町並を物珍しそうに眺めつつ、仲間の後に続く。
 突然の訪問者達を、猫達が塀の上からのんびりと見下ろしていた。
「ずいぶん多いのですね」
 人を警戒しないその様子に目を細めながら、星杜 藤花(ja0292)が呟く。
「あっ、見えやしたぜー! たぶんあれでさー!」
 上空を飛んでいた紫苑(jb8416)が、弾丸の様にすっ飛んで行く。
 その方角に目をやると、立派なナマコ壁を連ねた塀に囲まれた武家屋敷風の建物が見えた。
「前回は不法侵入っぽくて気が咎めたというか緊張しちゃったけど、今回は許可もある(?)し大丈夫だね」
 開けっ放しにされた門の前に立ち、天宮 葉月(jb7258)が中を覗き込む。
 形良く刈り込まれた木々に、小さな池や小川、石灯籠。
 玄関まで続く道には真っ白な砂利が敷き詰められ、大小の飛び石が置かれていた。
 典型的な日本庭園と行った趣で、かなり広い。
 そのあちこちに、大きなもふもふわんこ達の姿が見える。
「番犬かな?」
 人の気配を感じた彼等は一斉に吠え始めた。中の一頭が、ご主人様に注進に走る。
 家の主人が出て来るのを待ちながら、マオはそわそわと足踏みをしていた。
「でもなんか、他人の家にお邪魔するってキンチョーするよね。キン○ョーの夏」
 伏せ字にする意味が無い気もするが、一応伏せておく。
 って言うかそれは違う。
 確かに蚊取り線香が似合いそうな作りの家ではあるけれど。

 と、玄関の引き戸がカラリと開いて、ダルドフが――
「だんなぁーーーっ!!」
 ずっどぉーん!
 まだ玄関から半歩も踏み出さないうちに、恒例の超高度急降下ダイブが決まった!
「ぬおぉっ!?」
 心の準備が出来ていなかったダルドフは、思わずよろけそうになるが――大丈夫、どうにか踏み留まった。
「紫苑、ぬしは何故ここに…」
「だんな! だんながあそびにこいっていったんでさ!」
 子供に社交辞令は通じない。
「…ある意味で子供は強いな」
 ファウスト(jb8866)が小声で呟き、小さく笑みを漏らす。
 全てを文字通りに真っ直ぐ受け止める所も、垣根や溝をあっさり飛び越えてしまう所も。
「きょうはおしごとじゃねーんですぜ! だんながおしごとねぇなら、一しょにあそんでくだせー!」
 首っ玉に抱き付いてハグハグしながら、紫苑はここに来るまでに考えていた事を一気に吐き出した。
「なにしてあそぼう、なにしてあそんでくれやすか? かくれんぼ? おにごっこ? おままごと? だんなと一しょなら、なんでもたのしいでさ! あ、これおみやげでさ!」
 お酒は子供には売ってくれなかったので、おつまみを。
 それに便乗して、自分の駄菓子もちょっとだけ。
「紫苑よ、嬉しいのはわかるがのぅ…とりあえず落ち着かんか」
 その小さな身体をひょいと抱き上げ、肩車。
「ぬしの他にも、大勢の客人がおる様だしの」
 紫苑を肩車したまま、ダルドフは門の所で待つ一同の所へゆっくりと近付いて行く。
 その服装は黒の作務衣に雪駄という、まさに休日のお父さんスタイルだった。

「は、話が違うぞ。かわいい熊を期待しておったのにクマはクマでもクマ親父ではないか」
 などと一人で勝手に勘違いして勝手に激しく動揺しているクマーな美具さんは、とりあえずそっとしておこう。
(なんや、ほんまに休みやったんかな…)
 蛇蝎神 黒龍(jb3200)が首を傾げる。
 先日と…と言うより、いつものスタイルと共通する所は欠片もなかった。
 あの時、蔵から出て来たダルドフが持っていたであろう何か。
 彼の服装に「あの時にはあって今はないもの」を見付ければ、それが蔵の鍵なのではないか。それさえ奪えば、今後の攻略が容易になるかもしれないと、そう考えたのだが。
(あかん、さっぱりや)
 考えてみれば、見てわかる様な何かが鍵であるなら、蔵の方にも鍵穴の様なものがある筈だ。
 それが見付からなかったという事は、鍵は何か別の――生体認証か暗号、或いは秘密の呪文の様なものなのかもしれない。
(まぁそれがあっても、彼らは奪わないし使わないと言うやろな)
 それでもいつかが来るのかも知れないが。

「突然の訪問、申し訳ありません。お言葉に甘えさせて貰い、遊びに来てしまいました」
 頭を下げて非礼を詫びたユウが、手土産の日本酒を差し出す。
「しかし、ぬしらも変わり者よ」
 敵のアジトに、のこのこ遊びに来るとは。
 そして、それを嬉しいと感じる自分も――相当な変わり者である事は否定出来まい。
「おっと、客人をこんな所に立たせておく訳にはいかんな。大したもてなしも出来ぬが、まあ入れ」
 ダルドフはそう言うと、無防備な背を向けて歩き始めた。

「へえ…武家屋敷風の造りなんだ」
 屋敷の外観を眺めて、葉月が懐かしそうに目を細める。
「道場付き武家屋敷って彼のお祖父さんの家を思い出すなぁ」
 もしかして、天使の個人的なゲートって割と趣味全開なのだろうか。
 玄関は広く、そこから真っ直ぐに伸びる廊下も広く長い。
「いえのなかで、おにごっこができまさぁ!」
 ダルドフの肩から飛び降りた紫苑が、早速ぴゅーっと走って行く。
 ツルツルの廊下を滑ってみたり、障子や襖を片っ端から開けてみたり――
「だんなのへや、どこですかねぃ」
 どんな部屋なんだろう、やっぱり広いのだろうか。
 きちんと片付いているのだろうか。宝物が隠してあったりするのだろうか。
「ほな遠慮なく上がらせてもらうな」
 黒龍は客間と思しき畳敷きの大部屋に陣取って、持って来た手土産を取り出す――が、置く場所がない。
「ちゃぶ台とか、何かあらへんの?」
 見れば、部屋の中には見事に何もない。
 ふと見ると、奥の床の間に一升瓶がちょこんと置いてあった。
 この前の手土産だ。
「封も切らずに置いてあるのか」
「この国ではそれが礼儀だと聞いたのだが、ちごうたか?」
 ファウストの言葉に、何処からか座布団を運んで来たダルドフが答えた。
「貰い物を神棚に飾る風習はどこかで読んだが」
 床の間に置くというのは余り聞かない。
「酒は呑むものだ」
 ファウストは酒瓶を取り上げると、積まれた座布団の脇に置いた。
「しかし、生活感の欠片もないな。本当にここで暮らしているのか」
「普段は奥の四畳半しか使わんでな」
 四畳半で間に合う生活スタイル、という事は。
「ダルドフさんはこちらにお一人で住んでらっしゃるのです?」
 座卓を運んで来たダルドフに、藤花が訊ねた。
「うむ、広すぎて持て余しておるわ」
「お一人なのに、きちんと掃除が行き届いているのですね」
 ユウが感心した様に見回す。
 部屋の隅に埃が溜まっている様な事もなさそうだ。
 もっとも、これだけ何もない部屋なら、いくら整頓が苦手でも散らかしようがないし、ゲート内なら埃が立たない仕様になっていてもおかしくはない。
 廊下の日だまりや重ねた座布団の上など、これだけ猫がいるのに抜け毛のひとつも落ちていないのは、彼等がサーバントであるが故か。
「でも猫さんたちにも随分慕われているようで、なんだかこちらがほのぼのしてきます…あ、手伝いますね」
 上に乗っていた猫をそっとどかし、藤花は座布団を配って歩く。
「我輩は台所を借りるぞ」
 ファウストの今日の土産はニュールンベルガー、こんがり焼けば酒の肴に丁度良いだろう。
「日本酒よりビールが欲しくなりそうやけどね」
 共同出資者、黒龍が言った。
「だいどこ、こっちでさぁー!」
 既に間取りを把握したらしい紫苑が、ひょっこりと顔を出す。
 どうやら案内してくれるらしい。
「ふむ、では美具もこの自慢の腕を披露してやるかのう」
 美具の土産は笹かま、蟹カマ、ちくわにはんぺん、ちくわ麩などの練り物三昧。
 そしてお好み焼きとたこ焼きは、材料ばかりか調理道具まで一通り持ち込んでいた。
 ところでホットプレートとたこ焼き器を使いたいんだけど、コンセントは何処に?
 え、ない?
 薪と炭火で何とかしろ?

 ダルドフハウス、外観ばかりかインフラまで江戸時代の仕様だった。



 さて、暫く後。
 漸く落ち着いて話が出来る環境が整った所で、改めてご挨拶を。
「ダルドフさん、初めまして」
 藤花が三つ指ついて丁寧に頭を下げる。
「夫から、よくお話は伺っています」
 その一言に、ダルドフは目を丸くした。
 彼から見れば――いや、普通の人の目にも、おっとりと可愛らしい藤花はまだまだ子供に見えることだろう。
「夫は料理人を目指しているので、とても料理が得意なんです。いつかダルドフさんにも手料理を振る舞う約束をしたと、そう言っていました」
「おお、あの時の…!」
 ぽんと手を打ったダルドフに、藤花はこくりと頷く。
「今日は来られませんでしたが、代わりに手作りのお弁当を持って来たんですよ」
 彩りよく重箱に詰めたお弁当を、座卓の上に広げてにっこり。
「美味しいですよ、ダルドフさんもぜひどうぞ。たくさんありますから皆さんも是非是非」
「なるほど、これは美味そうだわい」
 相好を崩した作務衣姿のダルドフは、ただの日本かぶれの外国人にしか見えなかった。
(天使と言っても私達と同じような存在なんですね)
 藤花は改めて思う。
(もちろん違うところは多いけれど…)
 それは人間同士の間でも見られる程度の違いなのではないだろうか。
 共通点がなくても互いに理解し合える相手もいれば、似た者同士でも全く通じ合えない人もいる。
 この「ひと」とは、きっとわかり合える。
 紫苑とのやりとりを見て、藤花はますますその感を強くした。

「貴様が覚えておるかは知らぬが、前に名乗りそこねてしもうてな」
 ラドゥの今回の目的は、前回名乗り忘れていた礼儀を果たすという、その一点のみ。
(此方ばかりが知っているのも不公平であるが故な)
 折角だし、きちんとフルネームを。
「我が名はラドゥ・ヴラド・アチェスタ、吸血鬼である」
 言いながら、手製の焼き菓子を差し出した。
「ふむ、吸血鬼とは変わった職種よのぅ」
 ダルドフはそれを、撃退士のジョブの一種だと思ったらしい。
「そうではない、吸血鬼というのは――話せば長くなるが、構わんな?」
「うむ、聞こう」
 ただし、皆の挨拶が済んでからという事で。

「こんにちは。改めまして、天宮葉月です。先日はお騒がせしました。これ、良かったら召し上がって下さい」
 葉月は手土産の日本酒と、恋人謹製のどて煮を差し出す。
「彼曰く、生きて互いに飲む機会があれば、別の肴も作ってやる。だそうです」
「ふむ、それは…楽しみにしておると、伝えてくれ」
 ダルドフは鼻の脇をぽりぽりと掻きながら、微妙に目を泳がせた。
「しかし困ったのう、やたらと約束が増えよるわぃ」
「何も困る事はなかろう、全て守れば良い事だ」
 それを聞いたファウストがぽつり。
 ダルドフが最初から覚悟を決めている風なのが気に食わない。
 望みがあるならば、精一杯足掻けばいい。
 人も天魔も、その生はたった一度しかないのだから。
 独りで抱え込もうとしているのも気に食わない。
 一人で困難な事ならば、複数でやればいいではないか――
 そう思ったが、口には出さない。
 口には出さないが、顔に出ていた。
「ファウの字、今日は何やら機嫌が悪そうだのぅ」
「別に、そんな事はない」
 因みに目つきが悪いのは今に始まった事ではない、らしい。
「…ところで、そこに転がってる猫達には触れても構わんのだろうか」
「ああ、構わんが…ぬしも猫が好きなのか」
 ダルドフ、なんか嬉しそうだ。

 猫好きなら、ここにも負けてない人がいた。
 最初は借りてきた猫状態だったマオは今や、ずっとここに住んでましたけど何か、になっていた。
「だって猫が一杯ってアタシのホームグラウンドでしょ!」
 言葉が通じなくても、心と心が通い合う!
「路地裏で鍛えた猫じゃらしさばきを見よ!」
 え、何しに来たのかって?
 まあ良いじゃないの、せっかくなんだし、楽しく過ごしたいよね。
「あ、ごはんの用意できたの? じゃあいただきまーす!」
 猫さん達もおいでー。
 ん? サーバントだから食事はしない?
 それは残念。

 一通りの挨拶が済んだ頃を見計らって、古代が膝歩きですすっと近付く。
「あ、以前娘がお世話になったようで…」
 そのまま深々と頭下げつつ、茨城は水戸の銘菓を差出した。
「娘というのは、ほら、あの――(ごにょごにょ」
「――おお、あの!」
 なにが「あの」なのかは秘密だが、どうやら話は通じた様だ。
 そこから先はお父さん同士、パパトークで盛り上がる。
 自分の名がちらちらと話題には上るものの、ちっとも相手にして貰えない紫苑はちょっとぶーたれ気味で…
「おお、すまんすまん」
 その様子に気付いた古代に促され、ダルドフは平謝り。
 どうやらパパとしては、古代の方が遥かに経験豊富な様だ。
「だんな、おにごっこしやしょうぜー!」
 返事も聞かずに駆け出して行った紫苑の後を、ダルドフは慌てて追いかける。
 それを見送り、古代は手酌で酒を一杯。
 この先、どうなるかは解らないし考えたくもないが。
(俺個人としては、あの天使嫌いではないんだよなぁ…)
 あんなに懐いている子供だっているのだし。
 それでも、戦わなければならないのだろうか。
 戦う事になるのだろうか。
「いや、今はよそう」
 今日はただ、遊びに来ただけだ。
 思う様に纏まらない考えを、古代は酒で押し流した。

 だが、同じ光景を見て誰もが同じ思いを抱くとは限らない。
 散々走り回って戻って来た二人に、ラドゥがぽつりと零した。
「そんなに好きなら、そちら側につけば良かろう」
 その声は幸い、紫苑の耳には届かなかった様だ。
「紫苑、走り回って腹が減ったであろう?」
 ダルドフは皆の料理を存分に味わって来いと背中を押し、紫苑を会話から遠ざける。
 そうしてから、ラドゥに向き合って座った。
「撃退士を離反させたとなればそれ自体に咎めはなかろうし、強要されたとすれば貴様らにもそれほど大きな罰は及ばぬであろうよ」
 貴様らとは、ダルドフに好意的な撃退士達の事か。
「何より学園が、貴様に対する警戒を上げる。我輩とて手を出しやすくなるわ」
 だがラドゥはすぐに、それを打ち消す。
「…ふっ、冗談に決まっておろう。貴様と剣を交えたいのは事実であるがな」
 手は出さぬ、言葉も出さぬ。
 ただ向かい合うに値すると評価した相手に、礼儀を持って語らいに来ただけだ。
 今日はまだ。
 個人的な領域に踏み込むつもりもない。
 そこまで打ち解けた関係でもなければ、そうなりたいと望んでもいない故。
「我輩は、貴様がただ屠るに足る者であればそれで良いのだ」
 情の深きは人のもの、人への甘さは若さの特権。
 いずれも、吸血鬼たる彼には縁のないものだ。
(それは我輩が、此奴らに任せねばならぬ。故に我輩は吸血鬼として、王として。武人として、貴様に振る舞おう)
 ラドゥは、手にした杯を自らに捧げた。

「貴様は日本…というか、地球に来てから長いのか?」
 話が一段落したところで、ファウストはダルドフに酒を勧める。
 最近来たにしては日本文化に詳しい様だ――まあ、所々で妙な勘違いをしている様だが。
 或いは単に猛勉強しただけかもしれない。勘違いは性急に詰め込みすぎたせいか。
「ふむ、長いと言えば長いのかのう」
 曖昧に答えたのは、それが作戦の展開に関わる事だから、か。
「そう言えば、ダルドフさんて何歳ですか?」
 皆にお茶を煎れながら、葉月が訊ねた。
「さて、五百年か…六百年は生きておるかのう」
 という事は、まだまだ寿命を迎える歳でもなさそうだ。
「じゃあ、もうひとつ。天使の個人的なゲートって、みんなこんな風に趣味全開なの?」
「ふむ、まあ造り主によるかの」
 内装に凝った物もあれば、機能性重視の殺風景なゲートもある。
「天使は感情吸収してたら鍛えなくても強いの?」
「それも個人によりけりかのぅ」
「じゃあダルドフさんは? 鍛えてこんな風になったの?」
 それには答えず、ダルドフは奥の部屋から何かを引っ張り出して来た。
 被せてあった布を取ると、額縁に入った肖像画が現れる――ただし、右半分が切り取られた様になくなっていた。
「これが、某の昔の姿ぞ」
「え?」
 皆の視線がその絵に集中する。
 が、そこに描かれているのは…風が吹いただけで倒れそうな細身の青年。
「誰?」
「だから、某だと言うておろう」
 直後、驚愕の叫びが一斉に上がった事は言うまでもない。
 何がどうしてどうなったら、これがこうなるのだろう。
「随分と必死に鍛えたからのぅ」
 守りたいものを、守る為に。
「もしかしてこの隣に描かれてたのがその人?」
 葉月の問いに、ダルドフは少し照れくさそうに頷いた。
「でも、逃げられたって聞いたけど」
「うぐっ」
「どんな人だったんですか? どうして半分に切ってあるの? 残りの半分は?」
 それは蔵の中に隠してある。
 コアも肖像画も、大事なものは全部あの中だ。
「逃げたっていう事は、今は堕天使?」
 消息は知らない。敢えて聞かない事にしている。
 だが、ダルドフの知る限りでは天界で暮らしている筈だ。
「お子さんは? というか、天使ってどうやって増えるの?」
「それは、ぬしらと同じ…コウノトリが運んで来るのだ」
 キャベツ畑でも良いけれど。
「某の所には、縁がなかったがのぅ」

『という事は』
 黒龍が意思疎通で話しかけてきた。
『紫苑が誰かと自分との子であって欲しい、そんな願望があったんか』
『愚問ぞ、黒の字』
 誰の子であろうと、そんな事は関係ない。
『今ある君の民は、もうそれを望めぬが故の矛先の愛情ではないんか?』
 ダルドフは答えなかった。
 だが表情の変化を察して、紫苑が眉を顰める。
(いつもなにしてんだかしらねぇですけど)
 呆れ顔で首を振り、ぷいと何処かへ行ってしまった。
「ないしょばなしがすきですねぃ」
 それを見送り、黒龍は続ける。
『何かを取り戻すつもりがあるなら手伝う。だから独りで挑むな諦めるな』
『後、何時かはお互いに首をとらねばならぬ相手になる、だからボクら以上の無茶はするな』
『ボクらがダルドを倒すまで、生きろ…少なくとも今ある人々のそして交わりある皆の為に』
「…以上『約束』や」
 あと二つ、伝えたい事はあるけれど、そこは内緒話で。
「取り返すつもりは、ないのぅ」
 ただ、無事でいてくれれば良い。
 それだけだ。
 内緒話の答えは、その時が来ればわかるだろう。

「…そういえば」
 藤花が言った。
「わたしのもとには養い子がいるのですが、とても可愛くてならないです」
 望と名付けた、まだ幼い命。
「家族という存在は私にとって何にも代えがたい宝物。だから頑張れるのです」
 自分の命よりも大切な存在があるのだから。
「…ダルドフさんもきっと、己の命よりも大切な方がいるのでしょうね…わたしなどよりうんと人生経験も豊富なのですから」
 どうか悔いのない想いをその方に捧げてくださいと、藤花がにっこり微笑んだ。
「それってもしかして、奥さんですか?」
 葉月が訊ねる。
「ダルドフさんも守りたいものがあるから戦っていると聞きました」
 図星だ。
 別れてから数百年、その想いは変わらない。
 しかし今や、守りたいものが増えすぎてしまった。
「貴方は侵略や支配に乗り気じゃないように見えます。それでも戦うのは、上司の存在ですか?」
「戦わねば、守れんからのぅ」
 単純に戦力という意味なら、自分の代わりなどいくらでもいる。
 だが、この意思を継いで戦ってくれそうな者は、今のところ見当たらなかった。
 ならば自分が踏ん張り続けるしかないではないか――人類が力を付け、己の力のみで天界に抗する事が出来る様になるまでは。
「じゃあ、ダルドフさん。この戦い、まだ続けるつもり?」
 マオが少し寂しそうな顔で訊いた。
「アタシも勝負は大好きだけどさ。ケンカが嫌いな人をたくさん巻き込んでるこの戦いは、やっぱり間違ってるよ」
 どんな理由があっても。
 どちらが悪いとか、そんな話でもなく。
「アナタにも覚悟を感じるから、このまま突っ走っちゃうしかないのかもしれないけど…それでも、最後のギリギリまで足掻きたいな、アタシは」
 マオは真っ直ぐにダルドフを見つめる。
「その気持ちをダルドフさんにも知っておいて欲しかったんだ」
 ニッコリ笑うと、マオは再び猫じゃらしを振りながら、猫達の中に飛び込んで行った。

「まあ、あれだの。天使ゴーホームじゃ」
 七輪の上に鉄板を乗せてお好み焼きを造りながら、美具が持論を展開する。
「人間は自らの意思ある存在じゃ。なればこそ天界による一方的な収奪ではなく放っておくべきだと、かつてはそう思っておった」
 しかし、正直なところわからなくなってきた。
「天界が人界に不干渉であっても悪魔は狙ってくるわけで、それに人界も1枚岩ではない」
 最初は天界を駆逐するために堕天を決意したのだが。
「今では何が最も良い事なのかをずっと探しておる…ああ、つまらん話をしたな」
 ヒリュウの和気藹々で場を和ませ、美具は焼きたてのお好み焼きを皿に盛った。
「まずは美具が人界で出会った最上の料理をふるまってやろう」
 粉物尽くしのフルコース、とくとご賞味あれ。



 そろそろ皆のお腹も膨れてきた頃。
「この茨城の地酒を賭けて、ちょっとした遊びをしよう」
 古代がちょっとした勝負――と言うより遊びを持ちかけて来た。
 ルールは簡単、投げ上げたボールが地面に落ちるまでに多く射貫いた方が勝ちだ。
 皆で庭に出て、勝負の行方を見守る。
「まずは言い出しっぺの俺からだな」
 正直、勝てるかどうかはわからないが――
「やる以上は、勝つ!」
 せーので5個のボールを投げて貰い、それをPDWで――流石はインフィル、あっという間にパーフェクト。
 さあ、次はダルドフの番だ。
 しかし彼は、近距離格闘戦に特化しすぎていた!
 つまり射撃はサッパリなのだ。
 ボールは辛うじて一個だけ射貫かれたが、それもマグレかもしれない。
 残る四個は無傷で転がり――
「ほな、ちょっと使わせて貰うな」
 それを拾い上げた黒龍は燈犬に向かって投げた。
「そーれ取って来ーい!」
 ちゃんと拾って来たお利口さんを、黒龍はもっふもふ。
 ぬいぐるみ作りの参考に、なるだろうか。

 庭に出たついでに、記念撮影はどうだろう。
「こんな形の訪問も、めったにあるものではないです」
「そうだな、きっと、良い写真が残るに違いない」
 藤花の言葉に、古代が頷く。
 皆で並んだ集合写真ばかりではなく、楽しそうに遊んでいる姿も記録に残しておきたい。
「出来た写真は、いつかきっとお渡ししますね」
 ああ、また約束が増えてしまった。

「では、我輩も勝負を挑んでみるとしよう」
 ただし、これで――と、ファウストは何処からか探してきた将棋盤を縁側に置いた。
 差し向かいで将棋を指しながら意志疎通で語りかける。
『先日の返答だがな、条件があるぞ』
『最良の未来を…その娘と親子となる未来を得る為に、我々と共に足掻け』
 諦めるのは最後の手段だ。
『足掻いて、足掻いて、それでもどうにもならなかった時は…その時は、任されてやる』
 ダルドフは傍らで勝負を見守る紫苑に気付かれない様に、盤面に集中している様に見えた。



 ゲートの中に、昼夜の区別はない。
 しかし、時間の流れは外の世界と変わらなかった。

「もう、おしまいなんでやすか…?」
 紫苑が泣きそうな目でダルドフを見上げる。
「でも、でも、いまはおしごとじゃねーから…」
 もう少し、我儘になっても良いだろうか。
 良いよね?
「…や、だ…」
 ぐすん。
「やだやだかえりたくないまだいっしょいたいぴぎゃぁああん!」
 床に引っ繰り返って泣き喚く六歳児。

 流石の大天使も、泣く子と金的攻撃には勝てなかった。


「なあ、ダルドフさん。もし仮にあなたと雌雄を決する時が訪れるか、貴方が此方に来ることがあれば――」
 古代はにこりと笑って手を差し出す。
 ゴツくてデカい手が、がっつりと握り返して来た。
「お互いに笑って終われるようにしたいものだ」
 今後も自分が関われるかどうか、それはわからない。
 しかし――
「この学園の若い奴等ならきっと、笑って終わらせてくれると。そうであれと、少しだけあなたと関って思うんだ」
 新たな道は若者が拓くもの。
 ならば大人は、道の基礎を作る為の敷石にでもなれれば良い。

「わたしは天使だからという理由であなたを嫌うということはありません」
 続いて藤花が、にっこりと微笑む。
「むしろ、尊敬に値する方だと思っています」
 だから、またいつか。
 今日の様な場を持つ事が出来たら。
 その時は、親子三人で――

「今日は有難う御座いました。体調にはくれぐれも気を付けて下さいね」
 ユウが丁寧に頭を下げると、猫耳がぴょこんと揺れた。

「ではまた、いつか」
 ラドゥがくるりと背を向ける。
「次は戦場で会えると良いな」
(きっと貴様ならば、少なくとも退屈はさせまいて)

 最後にファウストが念を押して行った。
『…我輩は、今日の様にお前達親子が幸せそうに戯れられる、そんな結末を望んでいる』
 はぐれたこの身で協力出来る事なぞタカが知れてるが、それでも。


 去りゆく仲間達を、紫苑は手を振って見送る。
 今日はおとーさんの家にお泊まりだ。
 帰らなくていいと思うと、何だか急に元気が出て来た。
 わんこと遊んだり、将棋を教えてもらったり、一緒にゲートの中を散歩したり。
 遊び疲れたら、縁側に座って麦茶を飲みながら――
「おかーさん、いってやした。おしごとつらいって。やりたくないな、やらなきゃって」
 仕事って、多分そういうものだ。
「じぶんがどんだけいやなこともやらなきゃ、ほしいもんもまもりてぇもんも、どうしようもねぇんでさ」
 その結果、誰に責められようとも。
 例えどれだけ痛くても。
 母親の事を思い出したのか、紫苑はそっと目を伏せた。
 だがすぐに顔を上げ、精一杯の笑みを見せる。
「だからおれ、なにがあってもだんなのみかたになりやす!」
 ぴょんと飛び降りて、鼻息も荒くダルドフを見上げた。
「だれがなにいっても、おれがだんなはまちがってねぇっておもうかぎり、なにがあってもだんなのみかたでさ!」
 腰に手を当て、足と鼻の穴をいっぱいに開いて仁王立ち。
「でも!」
 びしっと指を突き付けた。
「おれがそれはダメでさっておもったら、さいしょみたいにガツンとずつきしにいきやすからね!」
 真正面、真っ直ぐから、旦那って呼んで、絶対止めてみせる。
「おれだけじゃぜったいむりでも、みんないやすから」
 よいしょと縁側に上がり、ダルドフの首に抱き付いた。
「ひとりでがんばるの、ぜったい、だめですからねぃ」
「わかった、わかったから泣くな」
「ないてなんか…っ」
 しかし、ぽんぽんと背中を叩かれて、あえなく涙腺決壊。



 皆の想いは確かに受け止めた。
 蒔かれた種は、いつか必ず芽を吹くだろう。

 今は無理でも、いつか必ず――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
魔に諍う者・
並木坂・マオ(ja0317)

大学部1年286組 女 ナイトウォーカー
撃退士・
ラドゥ・V・アチェスタ(ja4504)

大学部6年171組 男 阿修羅
撃退士・
矢野 古代(jb1679)

卒業 男 インフィルトレイター
By Your Side・
蛇蝎神 黒龍(jb3200)

大学部6年4組 男 ナイトウォーカー
怪傑クマー天狗・
美具 フランカー 29世(jb3882)

大学部5年244組 女 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
この想いいつまでも・
天宮 葉月(jb7258)

大学部3年2組 女 アストラルヴァンガード
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー
託されし時の守護者・
ファウスト(jb8866)

大学部5年4組 男 ダアト