放課後の科学室。
「とうとう決意の時がきたのですね〜」
アレン・マルドゥーク(
jb3190)の言葉に、門木は神妙な顔でこくりと頷いた。
思えば去年の見合い騒動の時、彼には影でこっそりと告白を勧められていたのだが…結局、決断までに丸一年。
「門木先生? まだ告白しておられませんでしたのね」
告白という言葉に何故か自分でドキッとしながら、レイラ(
ja0365)はその動揺を隠す様に小さく首を振った。
「でも、折角先生が勇気を出してくださったのですもの。是非とも後押ししてさしあげませんと」
とは言え――
「話を聞く限り、かなり親しい付き合いのようですが、天魔であることを知られていないのは、何て言うか先生らしいですね」
「…ここまでバレなかったのも、ある意味奇跡的ねぇ」
ユウ(
jb5639)の言葉に頷きながら、ユグ=ルーインズ(
jb4265)が呆れた様な感心した様な、複雑な眼差しを門木に向ける。
まあ確かに、この姿を見て彼を天使だと思う者はまずいないだろう。
本人にもその自覚はあるらしく、だから余計に言い出せないのかもしれない。
「でしたら、皆が納得出来るように外見から変えてみるのも良いかもしれませんね〜」
専属美容師、アレンの腕で堕天前――噂のキラキラ天使に限りなく近づけてみたら、皆もすんなり受け入れてくれそうな気がする。
まるで天使→本当に天使のコンボだ。
「まぁアタシも天使だし、不安に思う気持ちはわからなくはないけどさ…けど、話聞いた限りは大丈夫だって思うわよ?」
「…うん」
「アタシの友達も『旅行の時、悪魔の自分にもおばちゃん達優しかった』って言ってたし」
「…うん」
「それよりも、センセが自分達の事で必要以上に悩んでる方が彼らには辛い事じゃないかしら」
あくまで仮定の話だが。
「それに誰も気付いてないわよ、センセがが悩んでるなんて」
気付いていれば、あのお節介なオバチャン達が放っておく筈もない。
「大丈夫なのですよ」
伸び上がったシグリッド=リンドベリ (
jb5318)が、門木の頭をなでなで。
「せんせーはモテモテな自覚がなさすぎるのですよー…」
多分モテモテの意味も正しく理解してないと思うけど。
(天魔カミングアウト程度でモテゲージが減るわけがないのです…! モテモテどころか人たらしレベル…!)
それが無意識かつ無自覚である所がまた始末に負えないと言うか何と言うか。
「商店街の人たちは皆さんいいひとばかりなのです」
シグリッドもよく商店街を利用するから、それはよくわかる。
「これくらいで怒ったり嫌いになったりするような人たちではないのですよー…っていうのは、きっと先生も解ってるんですよね」
足りないのはタイミングとちょっとの勇気。
「ちゃんとせんせーが伝えられるように、セッティング頑張りますね!」
「私達が全力でバックアップするのですよ〜」
ところで、とアレン。
「自分の口から最初に説明したいですか?」
少し迷って、門木は頷いた。
やはいそこは自分で頑張らないと、色々駄目な気がする。
「わかりました〜」
では、手伝いはその範囲で。
「先生が一歩踏み出せるように、少しでも背中を押してあげることができればいいのですが…」
さて具体的にはどうしたものかと思案するユウ。
「商店街の皆さんと合宿してみるのはどうでしょうか〜」
「がっしゅく? なあに、それ?」
アレンの提案に、鏑木愛梨沙(
jb3903)がかくりと首を傾げる。
「合宿というのはですね〜」
かくかくしかじか。
「ふうん? よくわかんないけど、面白そう!」
愛梨沙としては、門木がこの先もここで安心して暮らせるように、その為の手伝いが出来れば良いのだ。
仲間が良いと思った手段なら、反対する理由もない。
「では、それで決まりですね〜」
具体的には、雨の日の商店街を盛り上げる為に企画を練るという名目で、話を持ちかけてみる事になった。
雨の日のお買い物でおまけを付けても良い…例えばクッキーとか。
「ホワイトデーじゃありませんが門木先生、いつものお礼にクッキーでお手伝いとかどうでしょう〜?」
確かに、あのくず鉄の様なクッキーは門木にしか作れないプレミアもの、かもしれない。
「とにかく、イベントとして出来る事と出来ない事をはっきりさせて、まずはそれを共有するところから、ですね」
真面目なユウがメモを取りながら言った。
自分達が出演できるなら、撃退士や天魔にしか出来ないヒーローショーや演舞などの出し物を考えても良い。
そういった話をする為にも、まずは合宿だ。
「泊り込みならこみいった話もすすめやすいかもしれませんし〜」
旅行代理店のお姉さんに頼めば手配してくれるだろう。
「そう言えば、先生は商店街の方々とは何年来のお付き合いになるのでしょうか?」
レイラの問いに、門木は指折り数えてみた。
「…5年以上にはなる、かな」
という事は、その間ずっと見た目が変わらなかったという事か。
(でしたら、商店街のおばさま方ももう知っていそうな気がするのですけれど)
いや、例えそうであっても。
「センセが望むなら、その通りにしてあげたいよね」
まるでレイラの心の声を呼んだかの様に、愛梨沙がにっこりと笑った。
「センセがこれからも気兼ねなく商店街の人達と居られる様に、頑張るね」
それに愛梨沙も商店街の人達は気に入っているし。
ついでに自分もカミングアウトしてみようか。
そうすれば、門木も流れに乗って言いやすくなるかも?
「宴会の席で皆さんの秘密をひとつ告白していくというのはどうでしょうか」
レイラが言った。
「誰にでも秘密はあると思いますし――」
「例えばアタシが実はオネェだった、とか?」
いや、ユグさんのそれは全然秘密じゃないと思います。
と言うか、秘密と言うと何となく深刻に受け止めてしまう人も出て来そうな?
「そこは普通に自己紹介していけば良いんじゃないかしら」
ところで、かく言うレイラさんの秘密とは?
「私…ですか?」
はい。
「その、あの…門木先生が好き…って、あぁもう!(////」
ごめん、それも全然秘密じゃなかった!
丁度そろそろ慰安旅行をと考えていた所に持ち込まれたその企画は、二つ返事でOKされた。
大型バスを借り切って、一行は近くの温泉へ。
バスの中では皆が好き勝手にお喋りに興じていたが、それも大事な根回しの一環だ。
「そうそう、去年もこうして先生と一緒にバス旅行に行ったのよねぇ」
「そうなのですか? それは是非、お話を聞いてみたいです」
ユウは常にニコニコと笑顔でオバチャン達の話に聞き入っている。
因みに持ち込んだお菓子や弁当は全て、商店街からの差し入れだった。
「お肉屋さんの揚げたてコロッケ絶品ですよね〜、お惣菜やさんのお惣菜も便利で美味しいですし」
アレンが言うと、魔法の様にたちまち出て来るコロッケや総菜の数々。
あ、別に催促している訳ではないんだけど…でも、いただけるものなら遠慮なく。
「もしかしてカッパ巻きもあったりするのでしょうか〜?」
あるよ、勿論!
「私は居候先で家政夫をしているのですが、食卓は商店街の皆さんに支えられているのですよ〜」
そういえば、この島にははぐれ悪魔や堕天使の先生や生徒も多く暮らしているけれど。
「商店街にもよくお客さんでいらっしゃるのです〜?」
その問いに、オバチャン達は揃って首を傾げた。
「さあ、よくわかんないねぇ」
「そうねぇ、あんまり気にした事もないし」
客の素性など、いちいち気にしてはいられない様だ。
「そうですか〜、実は私も堕天使なのですよ〜」
そう言われても驚く様子はない。
「それより、あんたが男だって事がビックリだよ!」
うん、それは確かにそうかもしれない。
「男のくせに何なの、この綺麗なお肌! どんなモノ食べたらこんなんなるのよ!」
「そうですね〜カッパ巻きでしょうか〜」
それはちょっと違う気がしますが。
「ご入用なら、スキンケアのお手伝いしちゃいますよ〜?」
よかったらメイク指導も如何ですか?
向こうの席では愛梨沙がオバチャン達に訊ねていた。
「天使とか悪魔ってどう思う? 学園には人間の味方に付いた天魔もいるけどそっちは?」
しかし、いきなり「どう?」と言われても、それこそ何をどう答えれば良いのやら。
「何だってそんな事?」
「だって、あたしもはぐれ天魔だから気になって…」
正確には堕天使だが。
だが、オバチャン達の反応はあっさりしていた。
拍子抜けする程あっさりしていた。
「あらそうなの」
それだけ。
「あたしのこと怖いとか、嫌だとか…ない?」
「当たり前じゃないの、変なこと言うとオバチャン怒るよ?」
「ホント? 良かったぁ」
愛梨沙はほっと一安心、胸を撫で下ろすとにっこりと笑った。
「聞いてくれて、ありがと。お礼にこれあげるね」
差し出したのは、頑張って作ったお菓子の包み。
料理はまだ練習中だが、焼き菓子くらいなら何とか作れるようになったのだ。
「絶対大丈夫だよ、ここの人達なら」
席に戻って、門木の耳元で囁く。
「ほら、せんせー。ぼくのリサーチ結果とも一致するのですよ」
シグリッドは事前に「もし親しくしてる人が実は天使だったら」というお題で軽く聞き込みを行っていた。
だから大丈夫、怖くない。
やがてバスは目的地の温泉旅館に到着した。
一行は会議室を兼ねた宴会場に通され、まずは――
「初めましての人もいるしさ。まずは皆で自己紹介、ね♪」
ユグが立ち上がった。
道中のお喋りでお互い顔は覚えたが、実はちゃんと名前を覚えていない人が殆どだ。
「では、まずは私から…」
門木の正面に座ったユウが立ち上がり、皆に向かって頭を下げる。
その背中には、いつの間にか闇の翼が生えていた。
一瞬、驚きの声が上がる。
が、やっぱりそれだけだった。
「あれまあ! あんた普通の学生さんだと思ってたよ!」
「いやぁ、人も天魔も見かけによらないねぇ」
後はもう、それを知る前と何も変わらない。
『ね、大丈夫でしょ?』
門木にちらりと視線を送ったユグが、意思疎通で話しかける。
この分なら、おめかしも必要ないかもしれない。
「商店街の皆様も門木先生がどんな方かちゃんとみてるように思います」
隣に座ったレイラが囁いた。
「だからありのままで大丈夫です」
「うん、大丈夫だよ」
反対側の愛梨沙がにっこり。
隣に座り損ねたシグリッドは、ヒリュウのぷーちゃんを呼び出して和気藹々としながらエールを贈る。
「せんせー頑張るのですよ…!」
翼を出したままで近くのおばちゃん達とお喋りを楽しんでいたユウも、会話を止めて門木に声をかけた。
「先生、大丈夫。絶対大丈夫ですよ」
「え、何だい? 何が大丈夫だって?」
オバチャン達が首を傾げるが、ユウは静かに微笑んだまま何も答えない。
そしていよいよ、門木の番が来た。
立ち上がり、深呼吸をして――
「…ぁ、あの、ええと…その、俺…」
よほど緊張しているのか、額には玉の汗が浮いている。
「せんせー、ぼくがついてるのです」
その手を、シグリッドがぎゅっと握った。
レイラが反対側の手を握り、愛梨沙は腕にしがみつく。
ユウは心配そうに、アレンはにこにこしながら、そしてユグはちょっと面白そうに見つめていた。
皆にここまで心配され、励まされ、背中を押されて、これで前に進めなかったら、この先も一生ずっとこのままだろう。
覚悟を決めて、いざ。
「…あの、俺――!」
言葉の代わりに、翼が出た。
多分、唯一それだけが天使らしい部分である、純白の大きな翼。
ただしそれは、片方だけだけれど。
部屋の中は時が止まった様に静まりかえる。
次の瞬間。
「ええぇぇぇーーーーーっ!!?」
旅館全体が爆発したかと思う様な叫び声が上がった。
しかし、その叫びはやがて笑いの渦に変わる。
「…ぇ…?」
何で? 何で笑ってるの?
「だって、そりゃそうでしょ!」
「あの門木先生が天使だなんて!」
「冗談なら笑えないけど、ねぇ?」
「そうそう!」
「冗談じゃないなら笑うしかないでしょ!」
何故だ、何故そうなる。
「ま、良いじゃないの」
呆然と佇む門木の肩を、ユグがぽんと叩いた。
「ほら、誰も怒ってなんかいないわよ?」
「だから、『絶対大丈夫』って言ったでしょ♪」
愛梨沙も腕に抱き付いたまま笑いかける。
「ほら、センセも笑って?」
恋愛面に限って言えば、愛梨沙の精神年齢は門木と良い勝負――という程に幼くはないが、大人という訳でもないらしい。
とにかく今は、門木の傍にいられればゴキゲンだった。
「センセが大好き! だから何時でも笑ってて欲しいな」
「…うん」
そしてレイラは相変わらず、こんな(↓)状態。
「好き、大好き…(////」
その二人にちょっと圧倒されつつ、シグリッドも頑張っていた。
「せんせー、ちゃんと伝えられて良かったですね…!」
後は皆で楽しくごはん食べましょう!
「良いわねぇ、なんか初々しくて」
門木を取り巻く人間模様…もとい、恋の鞘当を眺めつつ、ユグが目を細める。
「アタシ? アタシもセンセの事は嫌いじゃないけど、ラブに関しては見てる方が楽しいかなーって」
ユウも自分の感情に素直な友人達の様子を暖かく見守っていた。
ただし、門木にはちょっと厳しく釘を刺す。
『先生の中で好きの意味に変化が起こった時は、今日みたいに一歩踏み出して逃げずに答えを出して下さい』
意思疎通で内緒話。
『今は意味が分からないかもしれませんが、心に留めておいてくださいね』
首を傾げて見返した門木に、ユウはにっこりと微笑み返した。
『…あと中途半端な答えならハリセンで叩きにいきますから』
わかった。
意味はよくわからないが、それが痛そうな事だけはわかった。
「それにしても、センセって意外と若いのね」
天魔は外見では年齢がわからないとは言え、まさか年下とは思っていなかったとユグ。
「それじゃ恋愛にまだピンと来なくても無理ないわねー」
と、遠回しに見合い話はまだ早い事を伝えてみたつもり、なのだが。
しかしオバチャンは諦めなかった。
「今度は天使のお嬢さんを紹介するわね!」
それを聞いて、愛梨沙は眉間にシワを寄せ、そしてシグリッドは。
「お見合い、いっぱい来てるのですか…」
先生が結婚しちゃったらどうしよう。
あ、なんか考えただけで涙腺が!
そして遂に、本日最大の爆弾宣言が飛び出した。
シグリッドは門木の腕にぎゅーっとしがみつき――
「せんせーはぼくがお嫁さんに貰うのですよ!」
衝撃の告白。
何か色々言い間違えた気がするけど気にしない。
だって可愛い方がお嫁さんでしょ?
「…うん、ありがとう…?」
よくわからないけれど、とりあえずここは礼を言わないといけない気がする…?
「先生、それを中途半端と言うのですよ」
ユウが溜息をつき、ハリセンをそっと取り出した。
ところで、企画会議はどうなったんでしょう――ね?