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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/05/04


みんなの思い出



オープニング



『大丈夫だ、お前は俺が守る』
 そんな言葉を、確かに聞いた気がする。
『お前は俺の、大事な弟分だからな』
 遠い昔。
 もう遠すぎて、脳裏に浮かぶ映像は霧がかかった様にぼやけているけれど。

 でも、確かに。
 自分の前に両腕を広げた、金色の背中があった。

 幼い頃は、何処に行くにも彼が手を引いてくれた。
 上手く飛ぶ事が出来ない自分に付き合って、一緒に歩いてくれた。
 お兄ちゃんと、そう呼んでいた頃もあった。

 でも、いつからだろう。
 彼は手を繋ぐ事をやめ、先に立って歩くようになった。
 それでも暫くの間は時々後ろを振り返り、ちゃんと付いて来ているかどうか気にする様子を見せていた。
 でも、すぐに振り返る事さえなくなり、やがて――



「……アロン」
 満開の桜の下に立ち、門木章治(jz0029)はその名を口に出してみた。
 だが、返事が返って来る筈もない。
 門木は右目の下に僅かに残る、小さな傷跡に指先を触れた。
 彼が遺したものは、この微かな傷と……同じくらい微かで朧気な、遠い日の思い出のみ。

 何が彼を変えてしまったのか。
 自分の何が彼を苛立たせ、追い詰めていったのか。
「……俺が、悪かったのかな……」
 自分の命は、両親に捨てられた時点で断たれるべきだったのか。
 あるべき秩序を乱した事が、全ての元凶なのか。
「……でも、俺は……」
 生きていて良かったと、思う。
 そしてこれからも、生きたい。生き続けたい。
「……お前の代わりに……なんて事は、言わない。代わりになんて、なれないし、な」
 ただ、自分が成すべき事の為に。

 こうしている間にも、多くの命が失われている。
 人も、天使も、悪魔も。
 戦いが長引けば長引くほど、多くの者が死をもってしか償えない罪を重ねてしまう事にもなるだろう。
 手遅れになる前に、それを止めたい。
 その為の力が、自分に僅かでもあるのなら。

 力でねじ伏せる事だけが解決の道だとは思わない。
 だが、それが解決の糸口になり得る事も事実。
 力で劣っていては、対等な話し合いさえ出来ないのが現実だ。
 だから、武器を強化し強さを追求する。
 敵を倒す為ではなく、閉ざされた扉を叩き壊す為に。
 そして、防具の性能を高める。
 それを手に戦う、撃退士達を守る為に。

「……塞ぎ込んでる場合じゃ、ないよな」
 この心を守ってくれた彼等の想いと覚悟に応える為にも、気合いを入れ直さなければ。
「……だから、アロン。お前の事は……もう、忘れる」
 悲しい事や辛い事、痛みも苦しみも、全部。
 彼のやった事は決して消えないけれど、せめて自分の中でだけは――
「……楽しかった事や、嬉しかった事だけ……覚えておくから」
 遙か昔の、消えかけた記憶の中だけにいた、優しいお兄ちゃん。
 もう、忘れない。
「……絶対に、忘れないから」

 満開の桜が、滲んでぼやける。

「……ごめんな」



――――



 そこは久遠ヶ原の人工島の一角。
 いつぞやのモミの木と同じく、その木もまた人工島の歴史から見れば有り得ない程の、歳ふりた大木だった。
 その周囲には、こちらは島が出来た時に苗木を植えたものと思われる、まだ若い木々がずらりと並んでいる。
 小さな広場を取り囲む様に植えられたその木々は、あと十年もすれば老木に負けない程の見事な枝ぶりとなるだろう。
 だが、今でもそれは充分に美しく、見事な風景だった。

 そこには今、門木の他に人影はない。
 こんなに見事に咲き誇っているのに、誰も知らないのだろうか。
「……一人で見るのも、勿体ないな……」
 折角だし、生徒達を花見に誘ってみようか。

 桜も見る者があってこそ、花の咲かせ甲斐があるというものだろう。
 日本人の伝統(?)に則って、賑やかに楽しむのも良い。
 ただ静かに眺め、様々な事柄に思いを馳せるのも良いだろう。
 幸い、ここには両者で棲み分けられる程のスペースがある。
 天気は良いし、春らしく穏やで暖かな一日。
 おかげで花は少し散り始めているが、桜吹雪を楽しむには丁度良い。


「……誘うついでに、酒でも持って来るか」

 あいつの分まで――




リプレイ本文



 咲き誇り、散りゆく桜の下。
 これは、春の香と共に綴られる小さな物語。



●桜舞

「わぁい…お花見なの、です」
 まだ誰もいない桜の下、華桜りりか(jb6883)は暫しの間その贅沢な空間を独り占め。
 一番乗りの桜の下で、りりかの身体は自然と動き出した。
 誰に見せるものでもない、ただそうしたいから舞う。
 型も作法も気にしない、自由な舞い。

 楽しげに舞うその様子を、少し離れた木陰からそっと見守る姿があった。
(軽やかに舞うものだ…)
 桜の精にも見えるその姿に、桃夜(jb9017)は目を細める。
 暫く会っていなかったが、どうやら元気でやっている様だ。
 彼女は昔の記憶をなくしていると聞いた。
 自分の事も覚えてはいないのだろう。
 けれど、無理に思い出させる事もない。
 今はこうして、静かに見守るだけで良い――


●名残桜

「そういえば、今年は家族や友人と花見に行っていなかったな」
 礼野 智美(ja3600)がその事に気付いたのは、不思議な夢から目覚めた朝の事だった。
 依頼依頼で飛び回っているうちに、どうやら花の盛りは逃してしまった様だ。
「この辺りじゃ、もう時期は過ぎたか…」
 部屋の窓から見える景色は、そろそろ初夏の装いを見せ始めている。
 ごく一部を除いて仲間達は誰も花見をしていないらしいが、この分だと今年はツツジか藤の花で乾杯、という事になるだろうか。
 そう考えていた所に届いた、学園からの花見の知らせ。
 どうやらまだ見頃の桜が残っているらしい。
「下見がてら参加してみるのも良いな」
 そう言えば実家から送って貰った大量の筍があったっけ。
 丁度良い、こんなに沢山一度には食べきれないと思っていた所だ。
「折角だし筍尽くしの花見弁当でも作って行くか」
 筍ご飯のお握りに、煮物、炒め物、和え物――余す所なくフル活用で。
 他の人はどんな弁当を作って来るのだろう。
 誰かと交換したり、見せ合ったりするのもまた楽しそうだ。


●サクラサク異文化交流

「サクラ見ながラうまイ物食べル! それが花見聞きましタ!」
 リシオ・J・イヴォール(jb7327)は、フランスからの留学生。
 これが来日初のお花見デビューだった。
 サンドイッチとクッキーを差し入れに、いざ!
 とは言ったものの、実は具体的にどう楽しめばいいのか、その辺りがどうもよくわからない。
「わからなイ時は見て盗ム! 伝統ノ技、そういうものだト聞きましタ!」
 何処で仕入れた、そんな情報。
 しかし思い込んだら一直線、リシオは日本の由緒正しき花見文化を知る為に、仲間達の様子をじっくりと観察する。
 まあ、要するに皆と一緒に花見の席に潜り込んだという事だ。

 そこで見かけた、荒ぶる姿。

「お花見かぁ。結構散っちゃってるみたいだけど、もう少しだけ楽しめそうだよね」
 桜の下をぶらぶらと歩きながら、並木坂・マオ(ja0317)は舞い落ちる花びらをじっと目で追う。
 そう、確か何処かのヒーローが、こんな感じの特訓をやっていた気がする。
「落ちてくる花びらを、こう――」
 ビュッ!
 鋭い蹴りを繰り出してみた。
 しかし、その風圧で花びらは逃げる様にふわりと舞う。
「ありゃ、結構ムズカシイ?」
 これって、実はいい訓練になるかも。
 楽しみ方がおかしい?
 いやいや、楽しみ方は人それぞれ。風流とは無縁だって良いじゃない。

 それを見ていたリシオは――ふむふむ、なるほど。
「お師匠様、その技いただきまス!」
 早速マネしてみるヨ!
 これが日本の由緒正しき花見道なのですネ! ※そんなものはありません


●淡雪桜

「ハル、これ、知ってる」
 ひらひらと舞う花弁は、ハル(jb9524)の白い掌にふわりと落ちた。
 桜。
 その名前は知っている。
「あったかくなって来るとひらひら、舞ってくるモノ、だよね…」
 それも知っている。
 けれど、それが花弁となって散る前の姿は見た事がなかった。
「こんな風に、咲いているモノ、なんだ…」
 それも、こんなに沢山。
 遠くから見た時は、ふわふわとしたピンク色の塊に見えた。
 自分の知っている桜と、あのふわピンクが同じものだとは、とても思えなかった。
 暗い土牢に柔らかな風と共に舞い落ちて、春を告げる一枚の花弁。それが彼の知る唯一の桜。
 だが近くで見ると、確かにそれは同じものだった。
 同じものなのに、色が違って見える。
「…ハルみたいに白に、近い色なんだね…。何だか、不思議」
 掌に乗せたそれは、白くて――ほんのり暖かい。
「雪みたい、だけど…溶けて消えてしまわない」
 いつまでも、そこにある。
「ハルも…溶けて消えてしまわない…?」
 ずっと、ここにいられる?
 ハルは今が盛りと咲き誇る桜を見上げた。
 と、一陣の風が枝を揺らし、花を散らせ、ハルの手から花弁を巻き上げる。
 手を離れた花弁は桜吹雪と混ざり合い、風に乗って運ばれて行った。
 いつか土牢に舞い降りた花弁も、こうして誰かの手から旅に出たのかもしれない。
「ハル、桜…好きだな…。桜みたいに、なりたい、な…」
 あの花弁は、誰の手に届くのだろう。
 受け取った人が少しでも幸せな気分になれると良い、な――


●まれびと桜

 天城 空我(jb1499)は桜の大木を見上げ、それが過ごして来たであろう歳月を想う。
 一般的に樹木の命は人間よりも長い。
 この木は、ここに集う学生達の大半よりも長く生きているのだろう。
 勿論、彼自身よりも。
 だが彼には、この老木さえまだ存在しなかった、遥か昔の記憶があるらしい。
 彼は時の迷い子。
 真偽の程は定かではないが、時を超えてこの時代にやって来たという。

 世界は自分に何を求めるのか。
 何故、自分はここに居るのか。
 それが誰かの意思であるなら、それが意図するものは何なのか。

 知らない。
 わからない。
 ただ胸にあるのは郷土への想いと、遠き地に眠るであろう姉への憂い。

 それら全て、万感の想いを込めて、空我は桜の根元に酒を添える。

 空我は桜を見上げ、静かに目を閉じた。
 人の世の喜びも悲しみも、一瞬の星の瞬き。万物流転、全てが宇宙に仕組まれた、巨大なイルミネーションだとしたら。
 底知れぬ闇の中にしつらえられた、ただ一つの椅子に座り、いつ果てるとも知れぬ無数の光の象徴を見続ける者。
 それは誰か。
 はじめから感じていた、心の何処かで。
 強い憎しみの裏にある渇きを。
 激しい闘志の底に潜む悲しみを。
「それが、我が運命」
 逃れる事は、出来ないのだろうか。


●願い桜

「桜は好きですよ〜」
 橋場 アイリス(ja1078)が、桜の下でくるくる回る。
 舞い散る花びらが、その周囲で渦を巻いた。
「でも、どうしてわざわざお花見しようなんて思ったんですか〜?」
 誘ってくれたアスハ・ロットハール(ja8432)の顔をひょいと覗き込み、訊ねる。
 この季節、桜なんて何処でも見られるのに。
「折角だから、ね…見納めになる前に、来ておこうと思って、な?」
 アスハの口元が、僅かに綻ぶ。
「…来年も見れる、なんて、保証もないから、な」
 それを聞いて、イシュタル(jb2619)が眉間に皺を寄せた。
「…このような場所で縁起でもないことを言うのは無粋だと思うのだけど…」
「そうですよ〜」
 アイリスも鼻の頭に皺を寄せてアスハを見る。
「今が最後、なんて今を真剣に生きてるなら常の感情です。真面目に精一杯ふざけて楽しむのですよ〜」
「そうか…うん、悪かった」
 アスハは素直に非を認め――と言うか認めないと後が怖そうだし。
「まあ、とにかく座れ」
 広げたシートにお菓子やジュースを広げて二人を誘う。
「私はケーキを集めて来ましたよー」
 買って来たのではなく、作って来たのでもない。
 集めて来たとは一体どんな状況なのかと問い質したい衝動に駆られるが、ここは恐らく突っ込んではいけない所だ。
「遠慮なくどうぞー」
 それぞれが持参したものを適当に分け合って、プチ宴会が始まった。
「それにしても…見事なものね」
 桜を見上げ、イシュタルが呟く。
 そうしてのんびりと花見を楽しみながら、ジュースの缶に手を伸ばし――
「あら、これは?」
 見ればラベルには甘酒と書いてある。
「二人とも本物の酒はマズい、が…このぐらいなら平気、だろ?」
 いや、待てよ?
「…そういえば、イシュタルは年齢的に酒、大丈夫だった、か?」
 ほら、見た目は若作りでも実年齢は確か、ね。
 ぴくり、イシュタルのこめかみが震えた。
「…アスハ、貴方は何が言いたいのかしらね…」
「え、いや」
 拙い。思いっきり地雷を踏み抜いたらしい。
 にっこり笑って処刑コースにご案内。
 その怖ろしさはきっと多分、筆舌に尽くし難く絵にも描けないので、ご想像にお任せします。
 それを横目に、アイリスは残った甘酒を一気飲み。
「私だって半魔ですし、年齢不詳ですもーん。お酒のめるかもですもん」
 そして酔った。
 甘酒なのに、お子様用なのに、酔った。
「そう、か…酒風呂レベルで、酔うんだった、な」
 おまけに絡み酒だった。
「がぶぅ」
 アスハの腕に思いっきり歯を立てる。
 がしがし囓る。
 やっと処刑が終わったと思ったら、今度はこれだよ!
 って言うかチューハイ片手に桜の花を見上げてる筈が、どうしてこうなった。
「…自業自得ではあるのだけど…やっぱりこうなるのね」
 イシュタルは甘酒を肩手に苦笑い。
「ある意味日常的で安心したけど、ね」
 でも、そろそろ許してあげようか。
「おいで?」
 優しく呼ばれて、アイリスはマタタビをかがされた猫状態。
「ごろにゃ〜ん♪」
 イシュタルの膝でゴロゴロすりすり。
「何だろう、な。この、扱いの差は」
 アスハが溜息を吐くが、そりゃ甘えるなら男のゴツゴツした硬い膝より、お姉さんのふんわり柔らかな膝の方が良いよね普通。
 それにお姉さんは頭をナデナデしたり耳をコチョコチョしたり、気持ち良い事してくれるし。
 まあ、仲睦まじくのんびり寛ぐ二人を肴に呑む酒も、なかなか乙なものだ。
 身体のあちこちから地味に訴えて来るこの痛みは、きっと酒が紛らせてくれるって信じてる。
 でも別に、治癒膏とかで治してくれても良いんだけど――ちらり、アスハはイシュタルを見た。
 しかし彼女の目に映るのは、咲き誇り、そして散りゆく桜の花。
(…、…私は何の為にここにいるのかしら…)
 少なくとも今この瞬間は、友人の無言の訴えに応える為…である気がするけれど。
 しかし、物思いに耽るイシュタルがアスハの視線に気付く事は――
「…なに?」
 あ、気付いた。
「いや、何でもない」
 アスハは小さく首を振り、チューハイを一口。
「桜は、良いな」
「良いですよね〜」
 膝枕にうっとりしながら、アイリスが頷く。
 確かに来年も見られるという保証はなかった。
 ただ、見たいと願えば――それは叶う。
 そんな気がした。


●想いの桜

「そう言えば…家にも桜が在った…、か」
 剣崎・仁(jb9224)はひとり、木の下に佇む。
「アレも随分と大きかったが…此処の桜も見事、だな…」
 桜は好きだ。
 咲き誇っている様子も、舞い散る様子も。
 それを楽しめる期間が短い、と言うのもまた良い。
「だからこそ…皆でこうして桜を囲むのだろうな…」
 その輪の中に、自分から積極的に入って行くつもりはなかった。
 とりあえず、今のところは。
 それでも誰かが声をかけてくれるなら――
「いや、ないな」
 どうやら自分には近寄り難い雰囲気があるらしい。
 まあ、それはそれで悪くない。
 女性に近寄ってこられたら、どうして良いかわからないし。
「これが夜桜ならもっと良かった、と言うのは無粋…か」
 脇に逸れた想いを振り払う様に、仁は桜を見上げる。
「桜の仄白さが際立って、幻想的でまた違った魅力なんだが」
 屋敷にあった桜も、庭の常夜灯や家から漏れる明かりに照らされていた。
 月明かりに照らされる様子も、また良いものだ。
「そう言えば桜はバラ科…だとか何処かで聴いたか」
 言われてみれば、はらりと花弁が落ちる様子は確かに薔薇の様だ。
「俺は桜の散り方の方が好きだが」
 あの木は今年も花を咲かせているだろうか。
 たまには里帰りでもしてみようか――


●惑い桜

(僕の…髪の毛と、同じ色…。…桜、って言うんだ)
 一ノ瀬・白夜(jb9446)は、淡い桜色の髪に舞い降りた一枚の花弁を指先でそっとつまんでみた。
(何だか…この花は、人も天魔も…惑わされてしまいそう…)
 花見と称して騒ぐのはそのせいだろうかと、白夜は賑やかで楽しそうな集団を見やる。
(なるべく、惑わされないように、あっちへ行こう…人混みは好きじゃない、し)
 それに、声をかけられても何と応えれば良いのかわからない。
 白夜は人目を避ける様に広場を離れ、裏手の緩やかな斜面に足を踏み入れた。
 そこにも何本か、桜の木がある。
 ただし場所の違いから来るものか、そこの桜は既に大半が散り始めていた。
 そして眼下には満開の桜。
(ここから…なら、桜も見れるけど…散ってる所も見れる…)
 白夜の目には、咲き誇る姿よりも散りゆく姿の方が美しく見えた。
 僅かな風にも耐えきれず、枝を離れてその命を終える花達。
「何だか…儚いね」
 ぽつり、呟く。
 けれど。
(儚いからこそ、美しい…?)
 白夜はそのまま、風に舞い踊る花びらをじっと見つめていた。
(…僕には良く分かんないけど…美しいことは悪いことじゃない、と思う…)
 あんなに力強く咲いていても、所詮、散り際はこんなもの。
(誰の、目にも…留まらずに、何処かへ…去って行くのかな…?)
 あの花びらは何処に行くのだろう。
「…人間も、同じ…?」
 半分は悪魔である、自分も?
 それを寂しいと思う気持ちは、あまり湧いて来なかった。
 でも、自分はこうして散りゆく花を見ている。
 自分のことを見てくれる人も、何処かに居るのかもしれない。
 そう考えると、少しだけ身体の芯が暖まる様な気がした。


●桜色の旋律

「春眠暁を覚えず…お昼寝にはもってこいの良い天気さねぇ」
 傍らに寄り添う相棒、三毛猫のライムの頭を撫でながら、九十九(ja1149)は頭上の桜を見上げた。
 少し離れた場所では大勢の仲間達がシートを広げ、楽しそうに騒いでいる。
 だが九十九は今日も普段通り、中国茶と点心をお供に、のんびり気ままに一人と一匹で過ごしていた。
『春眠不覚暁、処処聞啼鳥、夜来風雨音、花落知多少』
 常に持ち歩いている二胡を手に取り、ふと思い出した漢詩を呟く。
 最初の一節だけは、恐らく誰もが知っている。
 だが、それを最後まで諳んる事が出来る者は、そう多くないだろう。
 ましてや意味となると、何となく知っている程度である事が多いのではないだろうか。
 この漢詩は散る花を憂う詩でもあり、自由を謳う詩でもある。
 が、夢破れた者の詩でもあるらしい。
 九十九は二胡の弦に弓を置く。
「ひとつ、弾いてみようかね」
 奏でるのは、脳裏に浮かんだイメージを音に乗せた即興の曲。
 誰に聞かせるともなく――けれど、この柔らかな音色が誰かの耳に届くなら。
 誰かの傷を、少しでも癒す事が出来るなら――


●桜花に集う

 レイラ(ja0365)は今日も、門木に付きっきりの平常運転だった。
 せっせと弁当を作って、門木の着替えを見繕って、科学室まで迎えに行って――
 しかし、どうも様子がおかしい。
 ぼんやりしているのはいつもの事だが、今日はその度合いが更に増している様な。
 そう言えば、前の依頼で…あの天使が斃されたのだったか。
 これまでの話を聞く限り、そして自ら対峙した時の印象も、決して良いものではなかった。
 けれど、門木にとってはただ憎いだけの相手ではなかったのだろうか。

 その同じ疑問を、鏑木愛梨沙(jb3903)も感じていた。
(センセに色々酷い事をしてたアロンが討伐された事で、センセが落ち込んでる)
 門木の隣にそっと座り、その顔を覗き込む。
(こんなにセンセに影響を与えてるって事は、多分悪い事だけじゃなく良い事もいっぱいあったって事かな?)
 聞いてみたい。
 昔、何があったのかを。
「ねぇセンセ、アロンとの思い出話 聞かせて?」
 訊かれて、門木はぽつりぽつりと話し始める。
 楽しかった日々の事を。
 心に留めておきたい、その事だけを。

「…そっか、アイツも昔は…だからアイツの事、憎めなかったの?」
「…それも、ある…かな」
 けれど、元々がそうした性分だという事もある。
 誰かを憎んだり、嫌いになったりする事が苦手なのだ。
「…あいつは、お前達にも…ひどい事をしてきた。でも、それでも…嫌いには、なれないんだ。…ごめんな」
 言われて、愛梨沙は首を振る。
「センセが、大好きだよ」
 恐らく、その言葉が意味する所は正しく伝わっていないのだろう。
 それでも構わなかった――いや、出来れば正しく伝えたいし、伝わってくれれば嬉しいけれど。
 でも、アロンの事で凹んでいる彼を少しでも元気づけたいから。
 好きだと言われて落ち込む者は、まず居ない。
(いつか、あたしも言って貰える日が来るのかな)
 恋愛感情抜きの「好き」なら、今でも言ってくれそうな気はするけれど。

(敵味方に別れたけれど、友だちは友だち)
 その話を聞きながら、レイラは思う。
(私にできることは少ないですけれど…せめて門木先生が暗い気持ちを引き摺らないように、心を支えてあげたい)
 その為に、出来る事。
 とりあえずは美味しいお弁当を作って食べさせてあげる事、だろうか。
 旬の素材を使った天麩羅や寿司、それに――

「――って、ありゃ?」
 舞い散る桜と戦いながら、マオはふと気付いた様に門木を見る。
 門木センセー、どことなくオセンチムード?
「そーゆー時はアレだよ。とにかくおいしい物食べて、ぐっすり寝る! これで大抵の悩み事は吹き飛んじゃうって♪」
 え、そんなの自分だけだろうって?
 そんな事ないよ、どこかの偉い人もそう言ってた! 多分!
「ほらほら、ご馳走こんなにあるし!」

 言われてみれば、レジャーシートの上にはいつの間にか様々な料理が並んでいた。
 鰹節を塗したり、若布と煮たり、蕗と炊き合わせてみたり、筍づくしの煮物は智美が作ったものだ。
 それに筍と人参を細切りにして糸蒟蒻を加えて胡麻油で炒めたもの、柔らかい穂先を水煮にして山葵マヨネーズで和えたもの、etc、etc
 山の様な桜餅は、シグリッド=リンドベリ (jb5318)の差し入れらしい。
 その隣の重箱に詰められたものは、ユウ(jb5639)の手作りだった。
 日持ちする様なものを中心に、ひとつの段には枝豆やピリ辛キュウリ、蒸し鶏のポン酢和えなど酒の肴になりそうなものを詰めてある。

 そして勿論、酒もあった。
「先生、約束通り付き合うぜ」
 ミハイル・エッカート(jb0544)が目の前にどんと置いたのは、飲みやすい甘口の日本酒だ。
「まずは乾杯だ」
「そうそう、ぱーっと騒ごう!」
 すかさず、マオが自分用にジュースのペットボトルを開ける。
 誰が持って来てくれたのか知らないけど、こういう時は遠慮しちゃいけないって偉い人が以下略!
「…センセーみたいなボーっとした人がガラにもなく思い悩んじゃってるとさ、ミンナ心配するじゃん?」
 思い悩んでいても、知らない人にはただボーっとしている様にしか見えないかもだけど。
 でも、生徒達は違うのだ。
 心配して、不安になって、悲しくなって――
「そーゆーのもセンセーは嫌がりそうだし。だったら、さ。ね?」
 一升瓶を取り上げて、問答無用で紙コップに注ぐ。
「――とっとと騒ぐ!! 拒否は許さない!!!」
 はい、かんぱーい!
「…か、かんぱ、い」
 勢いに押され、言われるままにまずは一杯。

 一息ついたところで、今度はシグリッドが可愛らしいお弁当を差し出した。
「せんせー、チョコばっかりじゃなくごはん食べてますか?」
 中身は一口サイズのおにぎりに、甘い卵焼き、そしてタコさんウインナー。
「はい、あーん?」
 卵焼きを差出してみる。
 今日のシグリッドは、いつになくハイテンションかつ上機嫌だった。
 大好きな先生が悲しいと自分も悲しくなるけれど、だからこそ。
(気持ちは伝染るといいますし、ぼく頑張って笑顔でいるのですよ…!)
 楽しい気持ちが伝染してくれれば良い。
(笑って少しでも元気になってくれたら嬉しいな)
 むにーん。
 むにむに、門木の頬を両手で挟んでマッサージ。
 こうして顔の筋肉をほぐせば、表情も気分も少しは緩むだろうか。
 それに構い倒している間は、色々考え込んだり悩んだりする事も出来ない筈。
 たまには心をカラッポに。
(心の休憩は大事なのです…!)

 和気藹々な雰囲気の中、それに誘われてふらりと立ち寄った男がひとり。
「賑やかな花見は良いですね」
 その男、幸広 瑛理(jb7150)は穏やかな笑みを浮かべながら軽く頭を下げた。
「是非僕もその輪の中に加えて頂けませんか。今日は1人でよりも新しい世界を切り開きたい気分なんです」
 勿論、ここは誰でも歓迎だ。
 差し入れに花見団子や飲み物があるとなれば尚更――いや、何もなくても歓迎するよ!
 ほんとだよ!

 だから、そこの隅っこで一人酒してるオジサマもご一緒しませんか?
「いや、俺はここでいい」
 ディートハルト・バイラー(jb0601)は、相変わらず大勢の人に囲まれている友人の姿に目を細めながら、それを肴に一杯。
 きっと今日も暫くしたら逃げて来るのだろう。
「俺はいつでも、君が逃げてくるのを待つだけのただの友人に過ぎないのさ」
 ただの友人。
 それ以上でも以下でもないと、本人は言う。
 だが、そんな在り方も良いだろう。
 その関わりは深くもなく浅くもなく、結んだ縁は太くもなく細くもなく。
 付かず離れず、踏み込まず、頼りない様に見えて、しかし決して切れる事のない関係。
「年を取ると、どうにも関係を踏み込むのに臆病になる」
 若者達はそんな上辺だけの付き合い、とでも言うかもしれない。
 しかし何も訊かず、訊かれない関係というのは…悲しいかな、とても安心してしまえるのだ。
「踏み込んでいくのはいつだって恐れを知らない若者達の仕事だ」
 とは言え、そんな一歩引いた場所に立つ友人もまた、貴重な存在である事は確かだった。

 レグルス・グラウシード(ja8064)もまた、遠くから黙って見守る派らしい――若いのに。
「…」
 何も言わずに、ただ見ている。
 空気を壊さないようにとの配慮からか、出された食べ物を時折つまんだりはする。
 けれど、何も言わない。
 門木の様子を心配そうに見ているだけ。
 見ている事しか、出来なかった。
(僕が先生の哀しみを埋められるなんて、思えない)
 だから、ただ、黙って、見守っている。

 それに意味はあるのか。

 レグルスは自問する。
 自分が何もしなくても、門木の表情はもう随分と和らいで見える。
 だったら、自分がここにいる意味はあるのだろうか。

 物思いに耽るレグルス。
 だが、周囲はそんな彼を放ってはおかなかった。
「楽しんでいますか?」
 ユウがジュースを持ってお酌に来る。
「先日の戦いは、お疲れ様でした」
「いいえ、僕は何も…」
 その笑顔から目を背ける様に、レグルスは首を振った。
 何も救えない。
 天使に抗う撃退署員の心も助けられない。
 撃退士と撃退署員の対立も防げない。
 そして、門木の心も癒せない――役立たずの、癒し手。
「そんな顔をしていると、先生が心配しますよ? ほら」
 言われて顔を上げると、門木と目が合った。
『…どうした?』
 その声が、頭に直接響いて来る。
 何でもないと首を振るが、その腕をがっしりと掴んだ者がいた。
「ほら、お前も来い」
 花見の正装である(と本人は信じて疑わない)ネクタイを頭に巻いた格好のミハイルだ。
「俺達が凹んでたら先生を励ますどころじゃないだろう」
 そう言いつつ、彼自身も内心では思いっきり凹みまくっていたりするのだが。

(先生が直接手を下さなくて良かった)
 どうやら大丈夫そうな門木の様子に、ミハイルは内心で胸を撫で下ろす。
 もし手を下していたら――恐らくこの場に来る事も出来なかったのではないか。
 顔を出し、表面上は変わらない様に見えたとしても、その心には棘が残り続けるだろう。
(いや、棘なんてものじゃない)
 ミハイルの心に刺さるのは、太い釘。
 かつてダブルスパイだった恋人を手に掛けた時の傷は、未だに血を流し続けている。
 やるべき事と、したい事。
 その二つを天秤にかけ、義務を選んだ結果だ。
 誰に強要された訳でもなく、自ら選び、望んだ結末。
 だから後悔はしていない。
 その選択が間違っていたとも思わない。
 自分はこれからも、刺さった古釘と共に生き――そしていつか果てるのだろう。
 それで良い。
 ただ門木には、そんな生き方をして欲しくない。
 そんな痛みを味わって欲しくない。
(俺も甘いな)
 自分にも他人にも厳しく、甘やかす事など決してなかった筈なのに。
 何故だろう、門木に対しては自分でも不思議なくらいにベタ甘で…これは、もしかして、愛? ※違います

 と、そこに――
「元気DEATHかー!」
 破壊的ムードメーカーUnknown(jb7615)、励まし@物理入ります!
 冥府の風を纏った黒い塊がミハイルに迫る。
 その拳が虹色の軌跡を描いて、頭上からドーン!
「いきなり何しやがる!」
 吹っ飛ばされたミハイルはしかし、すぐさま起き上がると反撃のドロップキック!
 からの、殴り愛!

「いやあ、微笑ましいですね」
 その様子をニコニコしながらのんびり見つめる瑛理さん。
 撃退士同士のバトルはさながら怪獣大戦争。
 だが彼の目には、それが微笑ましいじゃれ合いと映るらしい。
「とは言え酒や料理が被害に合わないように避難させておきましょうか」
 ええ、そうしましょう。
「門木先生そちらをお願いします」
「…あ、うん」
 タダ居る者は親でも使え、ましてやボンヤリぼーっとしている者はコキ使ったれ…という訳では、多分ない。
 ほら、あれだよね。
 仕事を与えて忙しくさせるのも一種の励ましという事で。
 二人はシートの両端を持って、上に置かれた物を倒したりしない様に、そーっと動かす。
 はい避難完了、後は思いきりどうぞー。

 しかし、ここは皆で楽しく静かに楽しむ場所なのです。
「先生、お願いしておいた物を」
「…ああ、これか」
 ユウに言われて、門木は何やらくず鉄の塊の様な物を取り出した。
 受け取ったそれを地面に置き、ユウはツッコミハリセンを構える。
 気を練り上げ、くず鉄を思いきり――叩く!
 すパアァーーン!!
 良い音がした。
 目が覚める様な、ヒートアップしたバトル熱も冷める様な、それはそれは良い音が。
 しかし、音だけではない。
 くず鉄は哀れプレス機にかけられた様に、ぺったんこ。
「思ったより威力がありそうですね。まあ、御ふざけが過ぎる皆さんには丁度いいでしょうか?」
 にっこり微笑むユウは、手にしたハリセンを軽く鳴らしながら、大人げない大人達を振り向いた。
「さあ、どちらから先にツッコミをいれさせて頂きましょうか」
 ふるふるふる。
 慌てて首を振るミハイル。
「いや、もう大丈夫だ。ありがとう、元気になったぞ!」
 ほらこの通り!
 だからもういいから、ツッコまなくていいから!

 Unknownにも礼を言おうと、ふと見れば。
 そこにはクレーターの様な穴と、その中央に身体を丸めて倒れている姿が!
「おい!?」
 似た様なシーンを何処かの何かで見た事がある、気がする。
 そこでは、倒れた人物は既に――
「でも、私まだ何も…」
 ですよね。
 ペシャンコに潰したのはくず鉄であって、彼ではなかった筈。
 とは言え、その姿を見ていると何か言い様のない不安が募る。
 もしかして、手が滑って…やってしまったのでは。
 いや、ない。
 何がどう滑っても、それはない。
 と、倒れていたUnknownが何事もなかった様にむくりと起き上がった。
 どうやら死んだフリに飽きた様だ!

 Unknownは会場の隅に置いた調理台に近付き、鍋を火に掛ける。
 野菜や絹漉豆腐など、下拵えを済ませておいた具材をたっぷり入れたスッポン鍋。
 腹が減ってはナントヤラ、元気がないなら胃袋を満たすべし。
 スッポン鍋が具体的に何をどう元気にするかは知らないケドね。
 今回は誰でも食べれるように、普通に美味しく味付けしたよ!
 さあ、遠慮なくお食べよ!
 だがシグリッドは警戒していた。
(あんのうんさん特製鍋…!)
 彼の腕を疑う訳ではない。
 何か変なものを入れるとも思っていない。
 けれど、何か嫌な予感がしたのだ。
 だから味見してみた。門木の手に渡る前にこっそりと、さりげなく。
(死なない程度の辛さだといい、な…っ!!?)
 痛い。辛いって言うか痛いよ!
「ん、どした? 激辛だが、ツラくはなかろ?」
 辛いけどツラくない。
 何かツラい事があったら、それをカラいに変えてしまえば良いのだ。
 これで何も心配する事はない。
 何だかんだこれでも皆の事を心配しているのだと、Unknownは口から火を噴いたシグリッドの頭をなでなで。
 ついでに心配そうにオロオロしている門木の頭も撫でてみる。
「は、はひふぁにふぉれは、ひぃあいれあらふぉ…はひはひ」
 訳:確かにそれは、良いアイデアだと思います。
 でもカラいの苦手な人にはやっぱりツラいと思うのです…!
 シグリッドはその辛さを中和しようと、桜餅を口に放り込んだ。
 が、味がわからない!

「しぐりっどさん、これをどうぞ、なの」
 りりかが桜の花弁の形をしたブラウニーを差し出す。
 勿論、それはりりかの手作りだ。
「ブラウニーか…お菓子作りが上手だな」
 その手元を覗き込んだ桃夜が一言。
「あの、桃夜さんもどうぞ、なの。章治に…せんせい、も。みなさんも食べて下さい、です」
 代わりに桜餅を貰っても良いだろうか。
 ブラウニーのお陰か漸く味覚が戻って来たシグリッドが、濃いめの煎茶と一緒に差し出した。
「どうぞですよー」
「ありがとう、なの」
 にっこりと嬉しそうな笑顔を浮かべ、りりかは口中に広がる春の香りを楽しむ。
 食べ終わると扇を取り出し、席を立って桜の下へ。
「舞を一差し、どうぞ、なの」
 何処からか聞こえる二胡の調べに乗せて、りりかは舞う。
 舞い散る桜吹雪の中を、花弁と戯れるようにふわりふわりと軽やかに。
 見た人が少しでも元気になってくれるようにと、願いを込めながら。

「花見…か。たまには良いものだな」
 賑やかなのも、悪くない。
 舞い踊るりりかの姿を見ながら、桃夜は手にした煙管を無意識に弄っていた。
 勿論、未成年者も大勢居るこの場所で火を点けはしないが――
「煙草、お好きなんですか?」
 その声に顔を上げると、瑛理が杯を差し出していた。
「どうです一杯? 花見酒は大人の特権ですよ」
「ああ、どうも…」
 じゃあ、少しだけ。
 杯を受けつつ、桃夜はりりかの姿から目を離さない。
「見事な舞いですよね」
 褒められて、桃夜は喉元まで出かかった「俺の妹だ」という言葉を危うく押しとどめた。

 やがて舞い終えたりりかに、瑛理は惜しみない拍手を贈る。
「ありがとうなの、です」
 少し息を弾ませながら、りりかは桃夜の隣にすとんと腰を下ろした。
 何故だかわからないが、そこに引き寄せられる様な気がしたのだ。
「あの…んと、ぅ…」
 座ったは良いけれど、何を話せば良いのやら。
 その様子を見て、桃夜は自分の持っている扇を取り出して見せた。
「桜…」
 そこに描かれた桜は、りりかが持つ扇に描かれたものと似ている。
 お揃いと言っても良いくらいに。
「桃夜さんの扇も、とても綺麗なの、です」
 桃夜さん。
 そう呼ばれた桃夜の顔が僅かに曇る。
(少し寂しいな…)
 だが、友達もいて楽しそうなところを見ると今のままが良いのだろう。
 チョコをあげると喜ぶところは、昔と少しも変わらない様だが。
 ミルクやホワイト、ストロベリー、一番好きなチョコは確か――
「桃夜さんはなんだか懐かしい感じがするの、です」
 次々とチョコを手渡されながら、りりかはかくりと首を傾げた。
「どうして、です?」
「さあ、何故だろうな」
 桃夜はその頭をそっと撫でる。
(傍にいるとほっとして、撫でられるととっても嬉しい…不思議な感じ)
 異性と触れ合ったりしたら、大切な彼に怒られてしまう。
 それはわかっているけれど。
 でも――
(桃夜さんの手は魔法のよう)
 思わず欠伸が出てしまうほど、心がのんびりと安らいで…眠くなって。
 こてん。
 とうとう、桃夜の膝枕で眠ってしまった。
 桃夜はそのまま桜の幹にもたれて、その髪を撫で続ける。
(どうかもう少しこのままで…)
 そう願いながら。

「そこの人たチ! なんカいい雰囲気でス! 写真撮りまス!」
 ぱしゃー。
 その様子を、リシオがデジカメで激写!
「向こうモいい雰囲気でス! 撮りニ行きまス!」
 向かった先は、ハーレムだった(

「まあ、呑もうぜ先生」
 もう呑んでるけど。
「そうだ、まずは礼を言わなくちゃな」
「…礼?」
 ミハイルの言葉に、はて何かしただろうかと門木は首を傾げる。
 突然変異もくず鉄化も不可抗力だという事はわかっている。
 しかし言わなければ気が済まなかった。
「コーラをXG1にしてくれてありがとう!」
 よし、これでスッキリした。
 気分が良いから普段は言わない様な事まで言っちゃうぞ。
「あのな。強化だけでなく、先生がそのままでいてくれることも重要なんだぞ」
「…そのまま?」
「ああ、鉄くず&変異でこの野郎!とか、ちょいと面白おかしいとか、妙な改造品で笑わせてくれるとか、全部ひっくるめて愛され系だ、自覚しづらいだろうけどな」
 異論を挟む余地も与えず、ミハイルは立て板に水で一気にまくし立てた。
 そして、ぷいっと横を向く。
「…こんなこと言わせるなよ、恥ずかしい」
 ぱしゃー。
「なんカいい雰囲気でス!」
 リシオのデジカメがその瞬間を捉えた。
「こういうノ知ってるでス! 専門用語デめんずらぶ言うでス!」
 言わない。
 言わないから、違うから。

 めんずらぶに対抗する訳ではないが、レイラは門木の手を握る。
 まるで母の様に優しく――いや、門木のママンはこんなに優しくないけれど。
「花は咲いて実をつけ命を繋ぎます。私たちは想いを受け継いで、命の流れは続いていきます」
 だから。
「一人で思いを抱え込まないで下さい」
 ぱしゃー。

「門木先生、辛い時は周りを見て下さい」
 酒を注ぎながら、ユウも一言。
「私も含めて先生の力になりたいと思っている人や天魔は沢山います、それだけは忘れないで下さいね」
 ぱしゃー。

「僕もついてるのですよ…!」
 シグリッドが笑顔を見せる。
 ぱしゃー。
 ここでもリシオはデジカメのシャッターを切った。

 だが、そんな中。
 愛梨沙は何も言わない。
 何も言わずにただ、門木にくっついていた。
 まあ、大体いつもくっついている訳だが、今日は少し様子が違う様な。
「…何か、あったのか?」
 問われて、愛梨沙は小さく呟いた。
「本当はね、とても怖いの」
 普段は表に出さないが、過去を思い出せない事は不安で仕方がない。
「…でもセンセの側に居ると何故か安心する、不安が消えるの」
 それに、こうして互いの温もりを分け合えば門木も安心してくれるのではないだろうか。
「だから、ずっと側に居させてね…?」
「…それで、少しでも楽になるなら」
 自分が何かの役に立つなら、いくらでも。
「ん、ありがと」
 愛梨沙は更にぴったりと身を寄せた。
 やっぱり少しピントはズレている気がするけれど、でも、ちゃんと返事をくれた。
 良いと言ってくれた。
 今はそれでいい…と、思って頂けると有難いのです(こくり
 
「先生は愛されていますね」
 雪結晶の装飾が施されたシガレットケースを手の中で弄びながら、瑛理が言った。
 次から次へと声をかけに来る者達も。
 ただ黙って見守る者達も。
 皆それぞれに門木を気にかけ、守ろうとしてくれている。
「今迄も、そしてこれからも――なんてね」
 少し煙草が吸いたくなったと、瑛理は席を外した。
「楽しんでいきましょう?」
 そう声をかけて、人のいない風下へ。
 煙草を一本取り出すと、可愛い人に貰ったそのケースを大事そうに懐にしまった。
 来年も皆の笑顔が咲くようにと、そう願いながら火を点ける。
 吐き出す紫煙は霞の様に視界を覆い、舞い降りる花弁と共に風に散った。


●朋桜

 門木が語った、アロンの思い出。
 その声は七ツ狩 ヨル(jb2630)の耳にも届いていた。
 聞くともなしに聞くうちに、彼を倒して以来ずっと心の中にある、もやもやした感情が膨れ上がって来る。
 何と名付けたら良いのか、それさえわからないままに持て余していた感情。
 これは、何だろう。
「どないしたん?」
 耳元で響いた蛇蝎神 黒龍(jb3200)の声に、ヨルは我に返る。
「言いたい事があるんやったら、ココに溜めとかんと…」
 黒龍はヨルの胸元をそっとつついた。
「きちんと言うた方がええ」
 言葉にするだけで良い。
 答えは出なくても、伝える事が大切なのだ。
「ほれ」
 軽く背を押され、ヨルは門木の前に出た。

「…あの、さ。少し聞いてくれる…?」
 門木が頷いたのを見て、ヨルはぽつりぽつりと話し始めた。
 まだ整理が付いていないから、上手く言えないけれど――
「最後に見たアロン、凄く辛そうで」
 それに、悲しそうにも見えた気がする。
「確かに俺、沢山騙したけど。それはアロンが強くて、力だけじゃ勝てないって思ったから。決して馬鹿にしてたからじゃない」
 でもきっと、アロンは馬鹿にされたと感じていたのだろう。
「もしあの時にそれを言ってあげられたら、少しは何かが変わったのかな…とか。ずっとそれがぐるぐるしてる」
「…うん、俺も…ずっと、ぐるぐるしてる」
「カドキ、も?」
 こくりと頷いて、門木は続けた。
「…俺はずっと我慢してた。抵抗もしないで、ただ言いなりになって…でも、それが悪かったんじゃないかって、な」
 人形を相手にする様な手応えのなさに、アロンは苛立っていたのではないだろうか。
 本当は、お前は間違っていると諫めて欲しかったのかもしれない。
「…でも、今となってはもう、わからない。わからないから…考えるのを、やめた」
 わかったところで、今更どうなるものでもないし。
「…結局、俺はあいつから逃げてたんだ。今まで一度も、あいつと…きちんと向き合って来なかった」
 向き合っていれば、何かが変わっていたかもしれない。
 けれど全てはもう取り返しが付かない事だ。
「…だから俺は、もう逃げないと…決めた。一緒に戦ってくれる、仲間もいるし…な」
 正面から向き合うのは、本当は怖いけれど。
 門木は下を向いたままのヨルの頭をそっと撫でた。
「…お前は、あいつと…ちゃんと向き合ってくれた。あいつを認めて、戦ってくれた」
 だから、いくら馬鹿にされても――少しは嬉しかったのではないだろうか。
「…ありがとう、な」
 言われて、ヨルはこくりと頷いた。
 まだきちんと納得出来た訳ではないけれど、少しは何かがわかった気がする。
「…カドキにとって、アロンはどんな存在だった?」
「…昔は…大好きなお兄ちゃん、だったな」
 いや、ずっとそう思っていたのかもしれない。
 そして今でも。

「そう」
 ヨルは素直に頷いた。
 すんなり受け入れる事が出来たのは、今はアロンに対して憎み切れない何かを感じているからかもしれない。
「ありがと。じゃ」
 踵を返して小走りに駆けて行くと、待ち構えていた黒龍の胸に飛び込んだ。
 少し寂しくなったのか、子供の様にぎゅっとひっつく。
「辛い事も楽しい事も一個一個クリアーやね」
 黒龍はその背を撫でて、ひょいと上を指差した。
「ほれ、見てみ? 今年も綺麗に咲いとる」
 二人で見る、二度目の桜。
「いつまでもヨルの傍にいると桜に誓うよ、ええかな?」
 白い桜と、その背後に見える真っ青な空。
 それを見上げながら、ヨルはふわりと頷いた。
 自分の服をしっかりと掴んだ手をとり、黒龍はその指に嵌めたミスラの指輪にそっと口付ける。
「来年もその次もずっといられますように」

 約束だから、ね。


●誓桜

「桜、去年もみましたが、やはり綺麗ですね」
 カノン(jb2648)はただひとり、桜の下に佇んでいた。
「出会いと別れの季節に咲き誇り、そしてあっという間に散っていく…」
 そんな感傷を得るという事は、自分も少しは人界に馴染んだのだろうか。
 別れ…あの戦いで選んだこと、何一つ後悔はなかった。
 後悔はないが――
「撃退士の覚悟を決め、その道を進む私は、先生を守る事が出来ると同時に先生に出来ない、やってほしくないことを自らの手で出来てしまう存在でもあると知りました」
 カノンは桜の根元にディバインランスを立てて、誓いを新たにする。
「けれど、それで先生の魂を守れるなら…いくらでも、その道を進みましょう」
 無理でも無茶でも、それが必要なら。
 と、背後で人の気配がした。
 振り向くと、そこには――

「先生」
 カノンは慌てて槍の活性を解き、ついでに頑張って自然体を装ってみる。
 思い詰めた様子を見せると、負担をかけたと思わせてしまうだろう。
 しかし。
「…顔、引き攣ってるぞ」
 むにっ。
 門木はその頬を両手で挟むと、シグリッドにしてもらったマッサージを真似てみた。
 むにむに。
「…こうすると、表情が柔らかくなると…さっき、教わった」
 柔らかくなるどころか、ますます硬く引き攣ってませんか先生?
「…ぁ、すまん…嫌、だったか」
 そういえば、こうした行為を世間一般にはセクハラと呼ぶらしい。
 門木は慌てて手を離し、大きく一歩後ろに下がった。
 そこで、改めて。
「…あの、この間は…ありがとう」
 ぺこりと頭を下げる。
「…お前が、止めてくれなかったら…俺は多分、どこか壊れていたと、思う」
 今でもこうして笑っていられるのは、あそこで止めてくれたお陰だ。
「…恩返し、しないとな」
「そんな、私はただ…自分のやるべき事をしたまでです」
「…うん、わかってる。だから俺も…自分がやるべき事を、やる」
 出来る事は多くないけれど。
「…俺も…お前達のこと、守りたいから、さ」
 肉体的な防御はまるで役に立たないが、心を守る事なら、多少は。

 傍にいるだけで安心すると言ってくれる者。
 そのまま変わらずにいる事が重要なんだと言ってくれる者。
 一生懸命に元気づけようとしてくれる者。
 兄の様に慕ってくれる者や、好きだと言ってくれる者、叱りつけてくれる者。

 こんな自分と関わりを持とうとしてくれる皆の笑顔を守りたい。
「…それに、お前の笑った顔、もっと見たいから」
 さらっと言って、にこっと笑った。
「…笑顔は伝染すると…これもさっき、教わった」
 だから頑張る。
 これからは、余り無愛想な顔をしない様に。
「…ほら、行くぞ」
 宴はまだまだこれからだ。こんな所に一人でいないで、皆と一緒に楽しもう。
 門木は何気なく手を差し出して――ふと何かに気付いて引っ込める。
 ごめん、これもセクハラだよね。
「…先、行ってるぞ」
 他にも一人でいる者達に声をかけて、もし嫌でなければ一緒に。

 歩き出した門木を追って、カノンも慌てて走り出す。
 が、こんな時は派手に転ぶのがお約束。
 それをしっかり受け止めるのもまたお約束だ。
 ぱしゃー。
 その瞬間を激写するのも、やっぱりお約束だった。
「ごちそうさまでしタ!」


●散りゆく花は、されど心に

 何人かの仲間が合流し、宴は続く。

「のぁっ!?」
 向こうでは女子にジュースを注いで貰った仁が奇声を発していた。
 その脇では、瑛理が出された料理を褒めちぎっている。
 あちらではリシオがデジカメのデータを見返してによによ。

「さて、ショウジ…何があったか知らないが、一杯、やろうじゃないか」
 暫く後、ハーレムの輪を抜けて来た門木をディートハルトが出迎える。
「友人と、楽しく酒が飲める。これ以上の事があるものか…なあ?」
 落ち込んでいようが、悲しんでいようが、彼の方からは何も問わない。
(それは君と結んだこの縁が、途切れてしまうのが何よりも怖いからだ)
 進まず、戻らず、変わらないまま、ずっと。
 叶わないこととは知りつつも、そう願わずにはいられない。
 だが、もし何かが変わったとしても。
 こうして酒を酌み交わす、その関係はきっと変わらないだろう。
 そこに酒がある限り。

 そんな様子を静かに眺めていた黒い悪魔の瞳が金色の光を放つ。
「貴様らのその苦痛や思い出は何に変わるのだろう…実に楽しみだ」
 彼は夢を喰らう者。
 その味は果たして如何なるものか――





 数日後。
 科学室の机の上に、見慣れないぬいぐるみが置かれていた。
 ひとつは金髪の少年。
 もうひとつは緑の髪で、隣の少年より少し背が低い。
 二人の手は、しっかりと繋かれていた。

 何があっても、もう二度と離れないように――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:16人

魔に諍う者・
並木坂・マオ(ja0317)

大学部1年286組 女 ナイトウォーカー
202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
踏みしめ征くは修羅の道・
橋場 アイリス(ja1078)

大学部3年304組 女 阿修羅
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
『山』守りに徹せし・
レグルス・グラウシード(ja8064)

大学部2年131組 男 アストラルヴァンガード
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
夢幻に酔う・
ディートハルト・バイラー(jb0601)

大学部9年164組 男 ディバインナイト
久遠ヶ原の将軍様・
天城 空我(jb1499)

大学部3年314組 男 インフィルトレイター
誓いの槍・
イシュタル(jb2619)

大学部4年275組 女 陰陽師
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
By Your Side・
蛇蝎神 黒龍(jb3200)

大学部6年4組 男 ナイトウォーカー
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
仄日に笑む・
幸広 瑛理(jb7150)

卒業 男 阿修羅
大切な家族へ・
リシオ・J・イヴォール(jb7327)

高等部3年13組 女 ルインズブレイド
久遠ヶ原学園初代大食い王・
Unknown(jb7615)

卒業 男 ナイトウォーカー
桜色の追憶・
桃夜(jb9017)

卒業 男 ディバインナイト
闇に潜むもの・
剣崎・仁(jb9224)

高等部3年28組 男 インフィルトレイター
影を切り裂く者・
一ノ瀬・白夜(jb9446)

大学部2年91組 男 鬼道忍軍
恐ろしい子ッ!・
ハル(jb9524)

大学部3年88組 男 アストラルヴァンガード