撃退士達は現場へ急ぐ。
「子供達を人質にするなんて、許せない…子供達もお年寄りも、誰一人犠牲にさせはしないからね!」
そう言いつつも、清純 ひかる(
jb8844)は思わず首を傾げた。
「そのリコとか言うヴァニタスは、何で人質の交換のようなまどろっこしい手を…何か策でも?」
まるで人の心を土足で踏みにじって喜ぶ様な、強い悪意を感じる手だ。
(リコ、何を考えとる?)
浅茅 いばら(
jb8764)がポケットに入れた携帯を握る。
そこにはリコの電話番号が登録されていた。
「これ、本当にリコの仕業なんやろか」
「僕と幼馴染も何度か会ってますけど」
礼野 明日夢(
jb5590)がその呟きに応える。
「僕が会ったリコと、彼女が会ったリコ、何か認識がずれるんですよねぇ…」
もしかしたら替え玉がいるとか?
「おれは、あのマフラーのにいさんがあやしいとおもいやすぜ」
そう言ったのは紫苑(
jb8416)だ。
「かんがえかたもやりかたも、きたねぇ大人のそれでさ。あのはこん中でかんじたもんと、なんかにてやすねぃ。こう、ねちねち女っぽいっつうか」
あの悪魔ならリコに化ける事も簡単だろう。
だとしても、何故そんな事をするのか――それは見当も付かないけれど。
確かめたい。
会って話を聞きたい。
「でも、まず子どもを無事に帰さんとな」
ポケット肩手を出すと、いばらは仲間と共に転送装置へ飛び込んで行った。
情報通り、空き地では大きな熊のぬいぐるみと子供達が楽しそうに遊んでいた。
そこに突如として鳴り響く派手なシンバルの音!
じゃーーーん!
その音に、子供達は一斉に顔を上げた。
「種子島の子供たち! れっつ久遠ヶ原の正義の着ぐるみカマキリ隊、カマふぃときさカマ、華麗に出現なの!」
「僕はきさカマ! 皆と遊びに来たよ!」
カスタネットのリズムに乗って登場したのは、白と緑のカマ着ぐるみに身を包んだ香奈沢 風禰(
jb2286)と私市 琥珀(
jb5268)の二人。
「みんな、僕と一緒に遊ぼう!」
カマキリ隊は互いのカマを合わせたダイナミックなポーズで子供達の心を鷲掴み――する筈だったのに。
「こっちに来ると良いなの! くまさんよりカマキリが春の訪れにも良いなの!」
「やだー、くまさんがいいー!」
カマキリ、戦わずしてクマに敗北か。
そこで選手交代、カマキリ隊の後ろから、いばらが顔を出した。
にっこり笑うと、クマの頭をぽふぽふ。
「かわええくまさんやなあ、どないしたん?」
事情を再確認する為に、敢えて訊ねてみる。
返って来た答えは、やはり聞いていたものと同じだった。
「そのお姉さん、名前は聞いとる?」
「じぶんのことリコってゆってた!」
それを聞いて、カマふぃがリコと一緒に撮った記念写真を見せてみる。
「リコさんは、こんな感じなの!」
「あ、このひと!」
どうやら間違いなさそうだ。
しかしどうして子供達ではなく、その祖父母を狙うのだろう。
例え先が長くないとしても、彼等は生きとし生けるものの宝、子供達にとっては大事な家族だ。
リコは、こんな風に子供達を悲しませて喜ぶ様な子だっただろうか?
その頃、物陰に隠れた仲間達は救出作戦の準備を進めていた。
皆で出し合った発煙筒と発煙手榴弾、それに紫苑が買って来た花火や爆竹。
これで大爆発を演出するのだ。
「どかーんて鳴ったら子どもたちもクマもきっとびっくりするぞ」
蘇芳 陽向(
jb8428)が楽しそうに笑う。
まるでイタズラの準備をしている気分だが、これもお仕事。
「ところで、ここにこんな物があるのだが」
イングリッド・トワイライト(
jb8001)が取り出した袋には「死霊粉」の文字が見える。
それって確か、身体にまぶすとゾンビの様に見えるパーティーアイテムだよね?
「あれだ、腰を抜かさないならよし――何、やめておけと?」
うん、多分それはトラウマ級の怖さだと思うの。
「仕方がないな! しかし、それではちっとも怖くないぞ」
そこに差し出されたのは、やけにリアルな鬼の着ぐるみ。
「よかったら、つかってくだせぇ」
紫苑がニタリと笑う。
「おれは、じまえでまにあってやすんでねぃ」
なら遠慮なく。
全ての準備が整ったところで――点火!
どどーんパチパチもくもくげほっ!
忽ち旧正月の中華街もビックリの音と煙が辺りに充満した。
「大変だー!」
慌てふためき大騒ぎしながら、陽向は子供達の所に駆け込んで行く。
「ばくはつだー! 早く逃げるぞー!」
と、その煙の中から世にも恐ろしい鬼が現れた!
「子供達よ逃げないと食ーべちゃうぞー」
イングリッドが借りたその着ぐるみは、本気で怖かった。
これならゾンビと変わらないんじゃないかというくらい怖かった。
おまけに子分まで引き連れている。
「…美味そうなガキ共じゃねーですかぃ」
じゅるり、子鬼は恐ろしくも凶悪な笑みを浮かべて大斧を構えた。
「…さーて、どいつから喰ってやりやしょうか、あ゛あ゛ん!?」
にたぁああ。
「きゃー! こわいー! 食べられちゃうよー!」
陽向がいささか棒読みな感じで怖がってみせる。
ちょっと格好悪いし、友達だから全然怖くないし寧ろ可愛いと思うけど、お仕事ですから!
そこに深紅のマントをカッコ良くなびかせて颯爽と現れたヒーロー、鳥だ、飛行機だ…いや清純ひかるだ!
「やぁ、良い子のみんな、楽しいクマさんショーの後は、僕達と一緒に煙からの脱出体験だよ。お兄さん、お姉さん…それにカマキリさん達に大人しくついてきて!」
にこっ、白い歯が眩しい!
「よーし、君たちはおれと逃げるぞ!」
陽向は子供達を手招きし、安全な場所へと誘導を始めた。
しかし中には足がすくんで動けない子や、オモラシしちゃった子もいる。
そればかりか、クマにしがみついて離れない子も。
「くまさん、たすけてぇ!」
それを見て、イングリッドは子供を脅かさないように手加減しながら、クマの背を軽く突き飛ばした。
「その子供は私がツバを付けたのだー、返せー」
くるり、後ろに向き直るクマ。
その姿はまるで子供を守っている様に見えなくもない。
機を逃さず、いばらが叫んだ。
「クマさんたちがここは俺に任せて行けって言うてる!」
「くまさんが…?」
「そうだよ」
陽向はクマから離れようとしない子供の手をとった。
「クマさんは悪いやつと戦ってるんだ。クマさんのためにも君はともだちを守っていっしょに逃げよう、な?」
こくり、子供が頷く。
避難のキホンは「押さない、走らない、しゃべらない」、2人ずつ手をつないで、走らず、でも素早く!
「となりの子の手をはなしちゃダメだぞー!」
大丈夫、もう怖くないから!
「誘導にしたがって落ち着いて避難するんだよ!」
歩けない子はきさカマが抱っこして連れて行く。
「そろそろおじいちゃんやおばあちゃんのところへ帰らないとね!」
「おむかえ、くる?」
「うん、来るよ。だから安全な所で良い子にしていようね!」
その行く手を塞ごうとクマ達が回り込むが、ここでも一芝居。
「どきなくまども、おまえさんらみてぇなふわっふわなくま、およびじゃねーんでさ。おれはもっと、ごついくまがすきなんでぃ」
子鬼が大斧を振り回し、クマを蹴散らす。
クマさん危うし!
でも大丈夫、きっとみんなを守ってくれるって信じてる!
「ありがとうクマさん達、あとでいっしょに遊ぼうなー!」
陽向は子供達を連れて、ずんずん歩いて行った。
その姿が見えなくなるまで、紫苑は悪役としてクマ達の目を引き付けていた。
それでも子供達を追いかけようとするクマにはイングリッドが足元に牽制の威嚇射撃。
威嚇が効かなければ、次は実力行使だ。
明日夢が発煙手榴弾の煙で子供達の視線を遮る。
ハンズフリーにした紫苑の携帯から、陽向の『煙がもうあんな所までー! 急げー!』という声が聞こえた。
「クマさん達、今度は僕と一緒にダンスを踊ってもらうよ」
念の為、目隠し用にマントを広げたひかるが、その陰でハルバードを突き付ける。
子供達に見えなければ、倒してしまっても構わないのだろう?
それに犯人のヴァニタスがこの場にいないなら、クマのどれかひとつが着ぐるみで、そこに入っている可能性もある。
「レディがいるなら真っ先にお誘いしないとね!」
強引に押し通そうとしても無駄だ、この絶対領域はどんな攻撃にも揺らぐ事はないのだから!
その時、紫苑の携帯に陽向からの連絡が入った。
『しおん、もういいよ!』
「あいずでさぁ、これでおもいっきりたたかえやすぜ!」
それを聞いて、イングリッドは鬼の着ぐるみを脱ぎ捨てた。
「ある日煙の中クマさんと出会ったら死を覚悟せよと童謡でも言っている! え、違う?」
違ってもいい、とにかくぶっ飛ばす!
ぶっとい胴体を狙ってリボルバーを撃ち込んだ。
「何だ、手応えがないぞ」
流石はぬいぐるみだ。
おまけに彼等には痛みの感覚がないのか痛くても気にしないのか、とにかく撃たれても平気で反撃して来た。
繰り出される鋭い爪を間一髪で避け、クマの頭をもふっと掴んで引き寄せ、至近距離から銃撃&蹴っ飛ばーす!
ばっふん! 腹の中からパンヤっぽい何かが飛び出した!
「何かいい感触だな! 怖可愛系って奴だな!」
新しい波が来た感じ?
そこに飛び込んで来たのは、子供達を送り届けて来たカマキリ隊。
「行くなの!」
恒例の呪縛陣祭りだイエーイ!
巻き込まれ回避は自己責任で!
嘘ですちゃんと敵だけに当たる様に狙います!
束縛を受けたクマ達を、きさカマが自慢のカマ@ソウルサイスで薙ぎ払った。
いばらは飛燕を叩き込み、明日夢はひたすら破魔弓を射ちまくる。
紫苑は陽光の翼で上空に舞い上がると、巨大な戦鎚に落下のスピードを載せて上から叩き潰した。
盛大に飛び散るパンヤっぽい何か。
よかった、中に人がいたらとんでもないスプラッタになるところだった。
その着地の瞬間を別のクマが狙うが――
「僕の領域では、誰一人傷つけさせはしない!」
ひかるの清純領域が、その攻撃を受け止めた。
そして反撃!
「ダンスの相手は僕だよ」
飛び散る以下略!
「抜き撃ちだ!」
イングリッドは頭をよく狙って一撃!
ここにもパンヤっぽいモノが詰まっていた。
これでどうやってモノを考えるのか不思議だが、そこは多分気にしてはいけないのだろう。
結局、中の人はいなかった。
全てを倒し終えても、首謀者は姿を見せない。
いばらはリコの番号に電話をかけた。
『もしもし、えーうそなんで!? いばらん!? きゃーっ!!』
鼓膜がどうにかなりそうな大音量に、いばらは思わず携帯を耳から離す。
「あんな、ちょっと用があるんやけど。今ここにいるから来てくれへんか」
いばらはGPSの位置情報を送った。
『けっこー遠いなー、時間かかるよ?』
それでも良い、待っているから。
いばらは電話を切り、考えた。
リコはこの場所について何も知らない様だ。
知らないのか、覚えていないのか。
「でも、うちの事は覚えとった」
これは、どういう事なのだろう。
「お迎えが来るまで、みんなで遊ぶぞー」
クマの着ぐるみに身を包んだ陽向が、子供達の前に現れた。
しかし。
「さっきのくまさんじゃないー」
「くまさんどこー?」
子供達はぬいぐるみを探してきょろきょろ。
「クマさんはね、みんなを守って戦ってくれたから、お腹がすいちゃったんだ」
きさカマが言った。
「だから、ごはんを食べに先に帰っちゃったんだよ」
「みんなも、もうすぐお家の人が迎えに来るよ。だからそれまで遊ぼう?」
おにごっこ、かくれんぼ、あとは何をしようかー。
「おねーちゃん木登り得意だぞ!」
ポーカーフェイスで笑顔を貼り付けたイングリッドが言った。
やがて子供達も無事に家族と再会し、感謝の言葉と共に帰途に就いた頃。
漸くリコが姿を現した。
「リコさん、久しぶりなの!」
ぶんぶんカマを振るカマふぃに、リコも手を振り返す。
「カマふぃだー、ひっさしぶりぃー!」
ふむ、覚えてる。
「てゆーか、みんなも一緒なんだ? リコ、いばらんとデート!?って思っちゃったよー」
で、ちょっと服とかアクセとか気合い入れて選んでいたのが遅くなった理由らしいが。
「えっと、知らない子もいる?」
言われて、クマの着ぐるみから顔だけ出した陽向がぴょこんと頭を下げた。
「おれ、すおうひなた! よろしくな!」
「ひなたん! リコ覚えた!」
それから、向こうで仁王立ちしているお姉さんは――
「リコだったか? 私にはよく解らんが悪い事をしたんだから子供達に謝ってこい!」
「え、何? リコまた何かしたの?」
リコの顔に不安そうな色が浮かぶ。
「これ、どういうことかわかっとる?」
いばらがディアボロの残骸を見せた。
「何これ…リコ知らない。これ、リコんちの子じゃないよ」
「ほんまに? 忘れとるだけやのうて?」
こくりと頷く。
その顔は、とても嘘をついている様には見えなかった。
「…んーと、天使の人と会った後で撃退士の皆と蟷螂退治したの覚えてる?」
明日夢が訊ねた。
「象に雪降らせたのは?」
両方とも、答えはイエス。
「ひょっとして偽物が出たのかなぁ?」
きさカマが首を傾げる。
偽物。
シマイの仕業なのか、それとも替え玉が存在するのか。今の時点では確かめようがないけれど。
「なあリコ。アンタなんでヴァニタスになったんや?」
いばらが訊ねた。
覚えているなら教えて欲しい。
助けられるかもしれないから。
「うちはアンタが心配なんや」
どう見ても不安定で、何かあったら文字通り散ってしまいそうだから。
咲く前に落ちたというのは転落による自殺の暗喩ではないのか。
自分をバカだと言うのは虐められていたせいではないのか。
「うちはアンタを友達やと思うとる。友達を心配するんは当然の事や」
勿論、味方とは言い難い。
しかし同じバラに因んだ名を持つ者として、リコが悪い奴だとは思えなかった。
「うん、ありがとね。嬉しいよ」
リコが少し寂しそうに微笑んだ。
「でもリコは、今のリコをちゃんと知ってほしい、かな」
もう取り戻せない過去ではなく、今と、これからを。
ヴァニタスに未来があるかどうかは別にして――
「じゃあ、僕達と定期的に電話するようにしない?」
明日夢が言った。
自分の知らないうちに何かが起きる事を、未然に防げるかもしれない。
「電話しても良いの? ウザくない?」
「いいよ。それと…ふー様のお手伝い、っていうのが結果的に人間怖がらせてるんだよね」
それをやめてくれれば、もっと良いのだが。
「それは聞けないな! だってリコ、ふー様イノチだもん!」
うん、そう言うと思ったよ。
やっぱりこれは本物のリコだ。
「とりえあず、一けんらくちゃくってやつですかねぃ?」
待ち構えていた様に、紫苑が飛び付いた――陽向を巻き込んで。
「リコおねーさん、あそんでくだせー!」
どーん!
「うん、何して遊ぶ?」
また雪でも降らせてみようか――