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マスター:STANZA
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/12/29


みんなの思い出



オープニング

「おー、カドちゃん! 待ってたよー!」
 久遠ヶ原の商店街、その一角にある小さなリサイクルショップの店先で、店主が手を振っている。
 マイリヤカーを引いて、健康サンダルをぺったんぺったん言わせながらダラダラと歩いてきた門木章治(jz0029)は、その姿に気付いてピコピコと小さく手を振り返した。
「頼まれてた冷蔵庫、良いのが入ったんだ……ほれ」
 門木が店の前でリヤカーを停めると、店主はその荷台に小さなボックス型の冷蔵庫を乗せる。
「型は古いが、修理すればまだまだ使えるからな!」
「それは、かたじけのうござる」
 門木がぺこんと頭を下げると、店主は「ガハハ」と笑い声を上げた。
「カドちゃんも見てたのかい、さっきのテレビ!」
 つい一時間ほど前、地元のローカルチャンネルでは往年の人気時代劇「暴れん坊ご隠居」の再放送をやっていたのだ。
「ああいうのにすぐ影響受けるんだもんなぁ、カドちゃんは。こないだ変にハードボイルドになってた時は、刑事ドラマ見てたんだっけ?」
 再びガハハと笑う。
「それにしても珍しいじゃないか、あんたがまだ使えるモノを探すなんてさ」
 普段はどう頑張っても修理しきれず、もうスクラップにするしかない様な物ばかりを好んで持ち帰るのだが。
「まあ……ちょっと、な」
 門木は普段の口調に戻ると、ぼさぼさの頭を掻きながら答えた。
 隠れ家に冷蔵庫があれば、生徒達も喜ぶだろうと考えたのだ。
 例えクーラーボックスに毛の生えた程度の代物でも、冷却機能があるとないでは大違い。
 ただし、上手い具合に修理が成功すればの話だが。
 スクラップを素材に妙なモノを作り出すのは得意なのだが、修理となると……まあ、どうにかなるだろう。多分。
「ありがとな、おっちゃん」
 片手をヒラヒラと振りながら、門木はリヤカーを引いて元来た道を帰って行く。
「……あれで学校の先生だってんだからなぁ……」
 そのくたびれた後ろ姿を見送った店主は、苦笑いを浮かべながら首を振った。
 彼も最初は門木の事を随分と若い用務員だと思っていた。いや、余り付き合いのない住民達は未だにそう思っているのではないだろうか。
 しかし、今では「カドちゃん」「おっちゃん」と呼び合う仲となった彼でさえ、知らない事があった。
 門木は天使なのだ……ああ見えても。


 くたびれた中年天使は、愛車をガタゴト引きながら久遠ヶ原学園へと続く道を歩いていた。
 天魔の入学が解禁された事から、周辺には人ならざる者達の気配が随分と増えている。
 すれ違う門木に笑顔で挨拶を送る生徒達の中にも、天魔が紛れているに違いない。
「……これだけ多いと、本物の天使が紛れ込むのも……そう難しくはないだろうな……」
 門木は呟いて、ずり落ちそうになった分厚い眼鏡をかけ直す。そこには常に彼の居場所を知らせる発信器が仕込まれていた。
 人類側に与すると公に認められた天魔には、そうした発信機のついたアクセサリを常時着用する事が義務づけられている。
 だから、この久遠ヶ原に足を踏み入れた時点でその信号を検出できない者がいれば、それは即ち敵という事になるのだが……
 実際のところは、短時間であるならば敵対勢力がこの学園内に侵入する事は可能だった。
 そして、天魔の数が急激に増えたこの時期、いつにも増してそれは容易くなっている事だろう。

(……そろそろ、来るか……)

 堕天使である門木は、天界にとっては裏切り者だ。
 例えその世界では不要とされた存在でも、堕天をすれば追討の対象となる。
 今まで彼に追っ手がかからなかったのは……
「……噂をすれば、か……」
 門木は立ち止まり、背後の上空を見上げた。
 抜ける様な青空を背景に、純白の翼が眩く輝いている。
 それは、人間のイメージで言うところの天使そのものといった姿をした女性だった。
 眩しすぎて顔はよく見えないが、見る必要もなかった。
 それが誰であるか、門木には見なくてもわかる。
「……やっぱり、あんたか」
 背中が疼く。
 そこにある蛇の様な痣を見て、彼に蛇の意を含む名を与えた大天使。
「リュール・オウレアル……」
 来ると思っていた。
 彼女なら、その不始末に自らの手で決着を付けようとするだろう、と。
「……信じられぬ」
 大天使が口を開いた。
 水面を映した様な淡い瞳が、門木を見据える。
「天使ともあろう者が、その様なみすぼらしい姿……何と、哀れな……」
 大天使は形の良い唇を震わせた。
 手にした錫杖が、眩い光を帯びる。攻撃のサインだ。
「せめてもの手向けに、安らかなる終焉を……!」
「ちょ、待て!」
 間一髪の所で錫杖の輝きが消えた。
「命乞いか?」
 その問いに、門木は首を振る。
 堕天した時から、この地に骨を埋める覚悟は出来ている。
 しかし、それはまだ遠い先の事だ。今ここで終わりを迎える気は、さらさらない。
 天使と大天使では元々の力量に差がある上、今の門木は戦うすべを持たなかった。
 だが幸い、逃げ足には自信がある。例え足元が健康サンダルであろうとも。
 とは言え、ここを戦場にする訳にはいかなかった。
「……場所を変えるぞ。どこか、人のいない場所で……相手してやる」
 その言葉に、大天使は冷たい眼差しを向けた。
「それほど、ヒトが大切か」
「……まあ、な」
 自分でも多少の驚きを覚えながら、門木は頷いた。
 特に意識した事はなかったが、地上で暮らすうちに、いつの間にかそう感じるようになっていた様だ。
「よかろう、付いて来い」
 大天使は小さな溜息と共に首を振ると、高度を上げた。
「……仕方ない、か」
 呟いた門木の背に、翼が現れる。
 それは、くたびれた中年男には余りにも不似合いな、純白に輝く大きなものだった。
 ただし……現れたのは片方、左の翼のみ。
 だが、それでも飛行に不自由はしなかった。
「戻るまで、ここで待っててくれな」
 リヤカーに乗せた冷蔵庫をポンと叩くと、門木は先を行く大天使を追って久遠ヶ原の人口島を後にする。
 それは彼がこの地に降りて以来、初めての事だった。


 二人は押し黙ったまま、陸地を目指して海の上を飛び続けた。
 やがて眼下に雑木林や田畑が見え始めた頃。
「この辺りで良かろう……」
 高度を下げる大天使に続いて、門木も着陸態勢に入る。
 直後――その右腕を光弾がかすめ、バランスを失った門木は無様な格好で地面に叩き落とされた。
「……ツっ……、……いきなり、かよ……っ」
 文句を言いながらも、門木は血の滲む右腕を押さえて立ち上がる。
 腰も打ち付けた様だが、大した事はなさそうだ。
 ここまで来たら、いずれ助けが来ると……そう信じて逃げ続けるしかない。
「多少のハンディがなければ、お前を捕まえる事など出来ぬであろう……ナーシュよ」
 幼い頃の愛称で呼ばれ、門木の背中でまた蛇が疼く。
 その疼きは、遠い昔の懐かしく暖かい記憶を呼び覚ました。
 だが……そこに戻る事は、もう二度とない。戻れる筈もない。
「……捕まえに来た訳じゃ、ないだろ……」
 苦笑いを返した門木に、大天使はそっと目を閉じる。

 そう、これは捕獲命令ではない。
 堕天使は全て滅するべし、それが天界の掟だ。
 掟には逆らえない。
 逆らう気もない。

 大天使は、静かに顔を上げた。
 その瞳は氷の様に冷たい。

 掟は、絶対なのだ。
「……絶対、なのだ……!」
 錫杖の輝きが収束し、光弾となって門木の足元を穿った。



リプレイ本文

(門木先生と……天使?)
 久遠ヶ原に大天使が舞い降りたその時、偶然その場に居合わせた田村 ケイ(ja0582)は、二人の間にただならぬ空気を感じて咄嗟に身を隠した。
 漏れ聞こえた会話から、相手が門木の命を狙う粛清者であるらしい事を悟る。
 助けなければと周囲に味方を探そうとして、その目は門木の姿に引き付けられた。
 背中に現れた、一枚だけの白い翼。
「先生、ちゃんと天使だったのね。驚いたわ」
 思わず呟いたケイの目の前で、二人は空へ舞い上がる。
 彼等が飛び去った方角を見定めると、ケイは急いで学園に電話を入れた。
 大まかな状況を伝え、応援を要請する。
 すぐさま、生徒達に緊急招集がかけられた。


(門木教諭が大天使に襲われている……ですか)
 知らせを聞いて、カノン(jb2648)は立ち上がった。
 天界から堕天使に差し向けられる追手となれば、自らも堕天した身である彼女にとっても無関心でいられる話ではない。
(どこまで食い下がれるか、分かりませんが。やれるだけやりましょう)

「門木先生には弟が世話になっているようだからな…全力でお助けしようではないか!」
 駆けつけたラグナ・グラウシード(ja3538)の弟は、同好会「不良中年部」のメンバーだった。
 話を聞いても何の活動をしているのかさっぱりわからない謎のクラブだが、それはそれ。
 頼れる兄として、そして騎士たる者としては、縁ある者の危機を黙って見ている事など出来なかった。

「これって、お金はいらないんですねぇ」
 大天使が相手と聞いては気休め程度だろうが、それでも無いよりはマシだろう。
 その時たまたま購買に立ち寄っていた三善 千種(jb0872)は、救急箱を手に入れると指定された転移装置へと走った。
 先に着いていた仲間達と共に、千種はサークルをくぐる――


 その姿は遠目にも神々しく、煌びやかに輝いていた。
 時折、その輝く姿が更に輝きを増す。直後、地上に眩い光が炸裂し、派手な爆発音が耳に届いた。
 二度、三度……まだ続く。続いているという事は、その標的とされている門木がまだ無事でいるという証拠なのだが……
(元々味方同士だった方が禍根は深いのかね)
 その苛烈な攻撃を目の当たりにして、青空・アルベール(ja0732)は思う。
 聞いた話によれば、二人は知り合いの様だ。それも浅からぬ縁の。
 それが何故、命を狙う様な真似をするのか。
 掟だから?
 だとしても――
(門木先生は守る。なんとしてでも……!)
 やがてはっきりと顔が見える距離まで近付くと、ケイのクロスファイアが火を噴いた。
「そこまで」
 黒い弾丸を錫杖の一振りで払い除けると、大天使は攻撃の手を止めて撃退士達を見る。
(あれが、大天使……)
 アステリア・ヴェルトール(jb3216)は、思わず足を止めてその姿に見入ってしまった。
(……綺麗な人だな……)
 いやいや、見惚れている場合じゃない!
「お願いします、天使様っ! 此処は如何か、退いて下さい…!」
 精一杯の気持ちを込めて叫んだアステリアの声に、大天使は一言。
「悪魔か」
 そう言われて、アステリアはぷぅっと頬を膨らませた。
「むぅ…悪魔と呼称されるのは、心外の極みですが」
 いやいや。まだ自己紹介もしていないのだから、そう呼ばれても仕方がない。
「は、初めましてっ! 私はアステリア・ヴェルトールと申します。よろしくお願いしますねっ!」
 気を取り直して、にこり。敵意の欠片もない、あどけない笑顔を向ける。
「退け、悪魔よ」
 だが、感情の乏しい声でそう言われ、その頬がピクリと引き攣った。
 ちゃんと真摯にきっちり礼儀正しく自己紹介したのに。それに、この場合はきちんと挨拶を返すのが礼儀というものだろう。
「大天使と刃を交える愚、わからぬ訳でもあるまい?」
 言われて、アステリアは頷いた。確かにカオスレートの差は大きく、一撃でも受ければ命はないだろう。
 だが、それでも……
「退いて頂くのは、天使様の方です」
 毅然と言い放った。
 大天使の目が、すっと細められる。笑っているのだろうか。
「裏切って堕ちたのが堕天使なら、仲良くッつーのが無理な話なんだろうけど。こんなとこまで深追いして殺しに来なくてもいいだろ。大天使!」
 青空が息も絶え絶えの門木を背後に庇いながら叫んだ。
「私は、人と天魔は共存できるって、思ってるし信じてるのだ。それに門木先生は仲間で、だから絶対に退けねーのだよ!」
 そこに、ひとりの天使が光の翼を広げて舞い上がる。
「天界と決別した者なら、ここにもいます」
 カノンはその攻撃の矛先が自分に向けられる事を承知で、大天使の前に進み出た。
「堕天使か」
 大天使が呟く。
「我が標的は汝にあらず。だが、邪魔立てするとあらば――」
 手にした錫杖から光が迸る。
 カノンは咄嗟に防壁陣を発動させ、衝撃に備えた。
 しかし――
 小天使の翼で飛翔したラグナが割って入り、展開した銀の盾でその攻撃を受け止める。
「……ぐっ」
 その障壁を吹き飛ばし、背後に守られたカノンをも弾き飛ばして、光球は大地に穴を穿った。

 だが、その場所に門木の姿はない。
 仲間が気を引いているうちに、青空や千種と共に近くの防風林に逃げ込んだのだ。
 青空が阻霊符を発動させ、とりあえずの安全を確保する。
「先生、大丈夫?」
 後を追って来たケイが、クロスファイアの銃口を門木に向けてぶっ放す。
 大丈夫、これはケイさん流の応急手当だから……大丈夫だって言ってるのに、何故逃げる?
 仕方ないから、ここは青空に譲ろうか。
「……すまん、な」
 癒やしの雨に打たれながら、門木が言った。
「先生、腰も痛めてるっぽいですねぇ。湿布でも貼っておきましょうかぁ?」
 にこやかに言って、千種は救急箱を開ける。
 だが……門木はぷるぷると首を振っていた。そりゃまぁ、若い女の子に尻を捲られるのは……ちょっと、その。
「……気持ちだけで、良い」
 ちょっと残念そうに蓋を閉じた千種は、笑顔で言った。
「さて、先生には色々お話聞かないとですねぇ」
 取り敢えず「俺が死ねばー」みたいなかっこいい事は聞かない。聞く耳持たない。第一、門木にはそんな台詞は似合わない。
「先生、あの人とは知り合いなんですか?」
 青空が訊ねた。いつもは元気一杯で敬語など使わないが、教師に対しては流石に少し勝手が違うらしい。
 その問いに、門木はぽつりと答えた。
「……お袋、だ」
 生まれてすぐに捨てられた彼を、我が子同然に育ててくれた恩人。
「だったら、どうして……そんな人が、どうして先生の命を狙うんですか? しかも、今になって」
 青空に両親はいないが、父親の様に尊敬する人はいる。
 血の繋がりはなくても、親子の絆は深く強い――そう信じさせてくれる人が。
 なのに、親子で争うなんて。
「天界で何があったんですかぁ?」
 いきなり核心に迫る、ど直球の質問。千種は一点の曇りもない笑顔を門木に向ける。
「どうせ死ぬ気ならなんでも話せばいいんですよっ☆」
「……いや、死ぬ気はないぞ……」
 死ぬ気はないが、特に隠し立てする理由もない。
「長くなるが、良いか?」
「ダメですっ☆」
 にっこり。
 手短に、要点を絞って簡潔にお願いします。

 その頃、上空では仲間達が大天使の気を引いていた。
「こっちだ! 私を見ろッ!」
 ラグナの身体から金色の非モテオーラが迸る。
 相手の気分を害すると評判のそれは、大天使の眉間にもしっかりと溝を刻んだ。
 その唇から声が漏れる。
「……哀れな……」
 ご褒美、頂きました。
 いやしかし、今は快感に浸っている場合ではない。
「門木先生を今さら殺しに来たのは何故だ、彼にそれほどまでさせる何があるというのだ!」
「理由などない。堕ちた者は粛清する、それが掟だ」
 堪らず、アステリアが叫んだ。
「掟、掟、掟――そんなに掟が大事ですか、天使様。それが遵守すべき物だとは解りますが、己に無理を強いる、そんな物が…!」
「……無理、だと?」
「そうです。だって…本当は天使様だって嫌な筈なんです。本当に殺したいなんて、そんな事…望んでいる様には見えません…」
「馬鹿な」
 大天使は吐き捨てる様に言った。しかし、アステリアは退かない。
「違うと言うのなら――如何して、そんなに心苦しそうな顔をしているのですか?」
 そう、冷静を装ってはいるが、抑え込んだ本音が時折顔を覗かせる。それを見抜けない彼等ではなかった。
 そもそもこの人数で、それ以前に門木が1人の時点で、これだけ持ち堪えている方がおかしいのではないか――カノンもそう感じていた。
 先程の攻撃も確かに威力はあったが、覚悟していた程のものではなかった。
 申し出を受けて場所を変える理由も、本来はない筈だ。
 本気で粛清する気がない……というよりは粛清すべきであると理解しているが、踏ん切りがつかずにいる、そんな印象を受ける。
 やらずに済む理由があるなら、という思いがあるのだろうか。
 もしそうならば……その理由を作ってやる事は出来ないだろうか。
「貴方は捕縛でも殲滅でもなく、門木教諭が戻る為の全ての手を尽くしたのですか?」
 カノンは思い切ってそう訊ねてみた。
 だが、返って来たのは型通りの返事のみ。
「如何なる理由があろうとも、一度堕ちた者が赦される事はない」
 それが、掟だ。

「堕ちるつもりは……なかったんだ」
 門木が言った。
「だが、生きる為には……逃げるしかなかった」
 ある日突然、誰かに襲われた。
 相手の正体は知らない。理由もわからない。だが、心当たりはあった。
 下級の天使に生まれながら、使用人でも観賞用でもなく、息子として大天使に養われた事。
 他にも色々とあるのだろうが、恐らくそれが最大の要因だろう。
「それだけの事で!?」
 青空が声を上げる。
 育ての親に背を向けるに値する理由など想像もつかなかったが、まさか追われた末の堕天とは。
 しかも追われた理由が本人達には何の責任もない事で、それなのに、その育ての親が粛清に来る……?
 そんなの、理解できない。したくもない。

「例えそれが掟であろうと、私たちは今戦おうとは思っていない…」
 ラグナが言い募る。
「大天使直々に来たということは、門木先生は貴女にとって無視できない存在なのだ…違うか?」
 返事はない。だが、否定もされない。
「なら…死ぬにしたって、どうせならこんな不意打ちではなく、正々堂々と戦うチャンスを彼に与えてもいいのではないか?!」
「与えた所で、結果は変わらぬ」
 そう言った大天使の声は、何故か少し悲しそうな響きを含んでいた。
 これは、何かある。
 もう一押し――
「先ずは自己紹介からね。私は田村ケイ。よろしく」
 ケイが進み出て訊ねる。
「他にも堕天使はいるのに、先生だけを狙うのは何故? それに、何故単身乗り込んできたの?」
 サーバントを使うなりなんなり、もっと早く決着がつく方法はいくらでもあるだろう。
「今になって、というのも気になるわね。別に今でなくても良いなら、今回は見逃してくれないかしら?」
 だが、大天使は静かに首を振った。
「何でだよ!」
 防風林から飛び出した青空が叫ぶ。
「もうやめなよ。理由が掟だからってだけなら、そんなに悲しいことないよ!」
 その足元に光弾が炸裂した。
 突然の事に、青空は避ける事も出来ない。だが、避けなくても……それは僅差で狙いを外していた。
「天使さん、もしかして門木先生…向こうでは名前違うかもだけど、彼と話とかしたいんじゃないんですかぁ?」
 千種が笑顔で訊ねる。その背後には門木の姿があった。
「ここまで待ってるってことは、そんな感じもするんですよねぇ」
 今の攻撃も、わざと外したとしか思えないし。
「決まりって大切ですが、そういうのに縛られないで話をするのも大事ですよぉ」
「天使様は少し模範的過ぎると思うのです」
 アステリアが言った。
「もう少し、自分を優先する事を知った方が良いと、そう思うのです。この場で話せないなら、私達で場所を用意しますから……っ」
 その必死な面持ちに、大天使は思わず笑みを漏らした――様に見えた。
「……なるほど、これがお前の生徒達か……ナーシュ」
 少し照れた様、だが誇らしげに頷く門木。
 気のせいかと見えた微笑は、今や誰の目にも明らかな笑いとなって大天使の面にさざめく。
 その機を捉え、千種が言った。
「天使さんも、こっちに来ませんかぁ?」
 親子で堕天、そんな選択肢もある筈だ。
 だが、大天使は迷うそぶりも見せずに首を振った。
「そうなれば、二人とも終わりだ」
 次に来る粛清者は自分よりも遙かに強く、粛清を躊躇う理由もない。
 そうでなくとも、他の者に任せていれば彼の命はとうに消えていただろう。
 だからこそ自らこの任に就いたのだ――それも陰謀の一環であると知りながら。
 大天使は再び氷の様に冷たい目を撃退士達に向けた。
「我を退かせたくば、力ずくで押し退けるが良い!」
 当たる事のない光弾が炸裂する。
 その意図を察した撃退士達は、武器を手に取った。
 自ら退く事は許されないのだろう。
 ならば、戦うしかない。例え形ばかりでも、それでこの場が収まるならば。

「援護するから、存分に」
 ケイが回復の力を込めた銃を構える中、ラグナは再び小天使の翼で舞い上がった。
 金色のオーラを身に纏い、嫌がらせの様に大天使の周囲に纏わり付く。
 カノンとアステリアもそれに続いた。
 翼ある者達が舞う中、地上からは青空が禍つ焔で翼を狙う。
 だが、繰り出される攻撃の全てを難なくかわすと、大天使は地上に向けて光弾を撃ち込んだ。
 二発、三発……しかし、それは大地に穴を穿つのみ。
 やがて、その手が止まる。
「……よかろう、その熱意に免じて今日の所は見逃してやる。だが、次があるとは思うな」
 ふいに高度を上げると、大天使はお決まりの捨て台詞を残し、何処ともなく去って行った。



「これで、上手く行ったのでしょうか?」
 ラグナの問いに、門木は大天使の去った空を見上げながら頷いた。
 天界も一度で片が付くとは考えていないだろう。この一件で彼女が処罰される事はない筈だ。
「……ありがとう、な。お袋の本音……よく、引き出してくれた」
 力ずくで追い返す道を選んでいれば、それを聞く事は出来なかっただろう。
 まだ時間はある。二人ともに助かる方策を立てる時間が。
「あと、な。悪いが……もう一働き、頼む」
 そう言って、門木は自分の顔を指差した。
「あぁ!」
 ぽむ、千種が手を打つ。
「先生の顔、何かいつもと違う気がしたんですよねぇ」
 その顔には眼鏡がなかった。逃げ回る間に落としたらしい。
 物を見るのに支障は無いが、あれがないと学園側に敵だと思われてしまう。
 いや、それはないだろう……そう思いつつも、生徒達は慌てて周囲を探し回る。
「ついでに……コレも頼むわ」
 そう言ってピコピコと片足を上げる彼は、いつもの冴えない中年男にしか見えなかった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

cordierite・
田村 ケイ(ja0582)

大学部6年320組 女 インフィルトレイター
dear HERO・
青空・アルベール(ja0732)

大学部4年3組 男 インフィルトレイター
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
目指せアイドル始球式☆・
三善 千種(jb0872)

大学部2年63組 女 陰陽師
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
撃退士・
アステリア・ヴェルトール(jb3216)

大学部3年264組 女 ナイトウォーカー