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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/04/19


みんなの思い出



オープニング


※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。
 オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。




 その日、門木と愉快な仲間達は久方ぶりの科学室探検に挑んでいた。
 科学室の扉の奥、そこには何が隠されているのだろうか。
 くず鉄界へと通じるゲートか、それとも――


「こ、ここは……っ!?」


 扉を開けた途端、目に飛び込んで来た景色。
 柔らかな風と、それに乗って漂う甘やかな香りが鼻腔をくすぐる。

 そこは花園だった。

 なだらかな斜面を見上げれば、視界の全てを埋め尽くす薄桃色の花の海。
 ソメイヨシノから山桜まで、ありとあらゆる種類の桜が競う様に咲き誇っている。
 その下に立てば香り立つ花びらが吹雪となって舞い散るが、不思議なことに、いくら降り注いでも頭上の桜は常に満開。
 花数が減った様子は見られず、常に最も美しい状態に保たれていた。

 足元に目を転じれば、小さな野の花達が絨毯を作っている。
 タンポポ、シロツメクサ、レンゲソウ。
 花冠や首飾りを作る材料には事欠かないだろう。

 そして少し離れた場所にある見晴らしの良い高台には、調理設備が付いた東屋があった。
 ここでは普通に料理しても良いし、魔法で好きなものを出す事も出来る。
 ここで眼下に広がる花々の雲を見下ろしながら食事をしたり、のんびりまったり寛ぐのも良い。
 そこから眺めれば、近くの山肌には一筋の滝が流れ落ちている様が見えた。
 その周囲に咲き誇るのは桃の花か。
 すると、あの滝はかの有名な養老の滝であろうか。
 辺りでは既に飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが始まっている様だ。


「……ぁ、皆さんこちらなのですー!」
 咲き乱れる桜のトンネルで、緑色の髪をした少年が手を振っている。
 その背後には、大きな酒樽を背負った巨漢の姿も見えた。
 樽の中には養老の滝から汲んできた仙水がたっぷりと入っている。
 しかも不思議な事に、その樽の仙水はいくら飲んでもなくならない。
 因みに仙水とは酒にあらず、非情に美味であり心地よい酩酊感を与えはするが、ノンアルコール飲料だ。
 つまり子供が飲んでも大丈夫。多分。
「花を愛でつつ親睦を深める、まこと人間というものは粋な事を考えよるわい」
 巨漢が楽しそうに顎髭を捻る。
「お菓子もいっぱいあるのふー!」
 その背後からひょっこりと顔を出した巨大なもふもふ白うさぎは、頭の上に大きな籠を乗せている。
 そこには、やはりいくら食べてもなくならない絶品スイーツが山盛りになっていた。

 さて、シートを広げる場所は何処にしようか。
 桜の下か、それとも桜を見下ろす高台か。
 或いは集団から離れて好きな様に過ごすのも良い。
 夢の世界の花見に、ルールなどない。
 何をしても良いし、何もしなくてもいい。

 さあ、楽しもう。




リプレイ本文

●夢だから

「桜の下には…何が埋まっているんだったかな」
 ディートハルト・バイラー(jb0601)は一本の桜の木の下で立ち止まり、その根元に視線を注いだ。
「まあ、良いさ。俺が見るのは地面じゃあないんだから」
 そう呟いて、上を見る。
 良い枝ぶりだ。
 ディートハルトはシートを広げた上に、持ち込んだ酒瓶を置いた。
 仙水は呑み放題と聞いたが、やはり酒が良い。
「花見酒…だったか? いいねぇ、花を愛でながら飲む酒は美味いよ」
 手酌で一杯。
 その視線の先には、相変わらず女性に囲まれている門木の姿があった。
 目が合っても、ディートハルトはただひらひらと手を振り返す。
「今年ももう、春だな…」
 まだ大丈夫だ、自分から助けに求めに来ない限りは生温かく見守っておこう。
 それまでは、あの困り顔を肴に春を満喫――と思ったのに。
「…助けて、くれないのか」
 驚いて振り向くと、そこにはちょっと涙目になった――
「ショウジ?」
 いや待て、君は今そこで女の子に囲まれてなかったか?
 ほら、やっぱり。
 向こうを見れば、そこには紛れもない門木の姿。
 しかし目の前にいるのも、どう見ても本人だ。
 そればかりか、あっちにもこっちにも。
「…分裂、してみた」

「おやまあ、色んな門木先生がいらっしゃるのですー」
 アレン・マルドゥーク(jb3190)が目を丸くするが、彼の思考は柔軟だった。
「…夢だから」
 そう言われれば、そういうものだと納得する。
 だって夢だし。夢なら仕方ないよね。
「それぞれにピッタリのコーディネイトをして差し上げたいものですねぇー」
 ざっと見たところ、少なくとも五人はいる。
 これは美容師として、良い腕の見せ所になりそうだ。

 そして向こうに見えるのはチビ門木。
 藤咲千尋(ja8564)はその姿を見付けると、ぶんぶんと大きく手を振った。
 \ナーシュきゅーん!!/
「あ、ちひろおねぇさんなのですー!」
 ナーシュきゅん、今日もネコ耳ニット帽が可愛いね!
 春になれば逢えるって信じていたよ、嬉しくて嬉しくて震えるゥゥゥ!!!!
 手を振りながら駆けて来るその姿が、スローモーションの様にゆっくりと見える。
 一歩踏み出すごとに、つるぴか膝小僧が陽光にキラキラと輝いて千尋のハートを抉った。
 末期か、末期症状なのか。
 だとしたら随分前から末期だった!
 でも! イエスショタコン・ノータッチ!! お触り厳禁!!!
(大丈夫、我慢出来る、わたし、やれば出来る子)
 ぶつぶつ、ぶつぶつ。
 でも、でもね。
 向こうからタッチしてくる分には仕方がないと思うの。
 拒んだりしたら傷付けちゃうじゃない、だから、だから――
「ナーシュきゅぅぅぅーーーーん!!」
 だっきゅる&ブヒィーーー!
 毎度お馴染み鼻血の噴水、どうしよう「(鼻からの)出血多量のため重体」なんて恥ずかしくておヨメに行けない! ※勲章です
 しかしナーシュも流石に慣れていた。
「はい、バスタオルどうぞなのです!」
 予備もあるよ!

「なんでもアリか、あの化学室は」
 正確には「科学室」だが、どう考えても化ける部屋の方がしっくり来る――色々な意味で。
 分身とか(鼻)血の海とか、のっけからカオスな周囲の様子を横目に見ながら、ファウスト(jb8866)は歩き出した。
 気にしてはいけない、気を取られれば飲み込まれてしまう、あのカオスに。
(平常心、平常心)
 それらを意識から閉め出して、咲き誇る桜の花をのんびりと満喫する。
 と、その目の前に飛び出した白くて巨大なもふもふ毛玉。
「わふ?」
 毛玉が喋った。
 これは何だ、森の妖精さんとか、そういった類の生き物なのか。
「これ、とっても美味しいのふ。今日はとくべつに、みんなに分けてあげるのふ」
 不思議な語尾だが、言っている事はわかる。
「それは、どうも」
 差し出されたお菓子の箱を素直に受け取ると、もふもふ妖精は跳ねて転がりながら森の奥へと消えて行った。
(何だったんだ、あれは)
 いや、気にしてはいけない。


●夢だけど

「なぜこんなところに花園が…」
 真面目なカノン(jb2648)は、まずそれが気になった様だ。
 しかし、今の彼女にそれを楽しむ余裕はない。
「いえ、必要なのは細かい事を気にするより何をするか、です!」
 カノンは真剣だった。
 何故かものすごく真剣だった。
「仙水にお菓子となれば、あとは塩気のあるものがあれば大丈夫そうですね」
 見ればここには調理器具も揃っている様だ。
 まだレパートリーは多くないけれど…って、何か注目されてる!?
「わー、カノンさんお料理できるんだー」
 キラキラと目を輝かせるクリス・クリス(ja2083)。
 その足元でお座りしている謎の炬燵犬「しいたけしめじえりんぎ(愛称しめりん)」もまた、全身で期待を表明していた。
「それは楽しみです〜」
 アレンは早速お気に入りのハバネロ酒を手に待つ構え。
 そしてここにも門木がいた。
「…カノンの、手料理か」
 こくり。
 顔には出さず多くを語らないが、内心は多分思いっきり期待している。
「…って、あの、あんまり期待はしないで頂けると…(ごにょ)…いえ、なんでも(むにゃ」
 言えない。
 あまり大したものは出来ないなんて、言えない。
「わかりました、頑張ります」
 ここは夢の世界で魔法も使える。
 作ろうと思えば、どんな絶品料理でも簡単に作れてしまうのだ。
 しかしカノンは夢の中でも生真面目だった。
「手でつまんで食べられて、私でも何とか出来そうなもの(ここ重要)…となると、おにぎり? とか?」
 おにぎりだって立派な料理だ。
 そんなもの誰が作っても同じじゃないか、などと思うなかれ。
 シンプルな料理ほど、作り手の個性や技量がストレートに反映される。
 それが、その人にしか出せない独特の風味となり、やがては「家庭の味」や「お袋の味」となって、食べる者の記憶にしっかりと刻み込まれ――
 って、あれ、ハードル上がった?

 その隣では頭のタオルを捻り鉢巻きの様に巻いた伊藤 辺木(ja9371)が気合いを入れている。
「さて宴会宴会! しめりん達もいることだし、お料理張り切っちゃうよ!」
「辺木殿、料理が出来るとは初耳だの!」
 橘 樹(jb3833)が驚きの声を上げた。
「一人暮らし歴長いからね! 自信あるよ!」
 言い切るだけあって、その腕はなかなかのもの。
「お花見で、熱燗もあるとなれば…春野菜で酒肴兼ご飯のおかずでも作ってみっか」
 前菜にもなるし、人気のしめりんは独占せずに作れるし。
「ふうきみそと菜の花のお浸しと…って、ちょい苦いの多いな、子供用に春巻きでも揚げるか」
 下拵えだけ済ませて、花見の席で揚げるのが醍醐味だ。
 揚げ物となれば心配されるのが恒例の「THE・爆発」だが――
「…ま、まあ今日という日ならいけるだろう!」
 もっとすごい事が平気で起きそうな気もするし!

「わしも渾身の手料理を作るのだの!」
 樹がきのこ柄の割烹着に袖を通すと、何処からともなく軽快な音楽が聞こえて来た。

 ちゃららっちゃっちゃ〜、ちゃららっちゃっちゃ〜♪
 〜キュー●ー三分間クッキング〜

 本日のメニュー
・しいたけのリゾットエターナルブリザード風にぼしの頭だけを添えて
・しめじのどぅるどぅるジュース

 因みに、煮干しの本体はそこにいらっしゃる猫耳と猫尻尾が付いた自走式扇風機兼温風機「ひまわりくん壱号」が美味しくいただきました。
 肝心の料理の出来映えは、神のみぞ知る。
 きっと食べた人の運次第なんじゃないかな!

 更にその向こうでは、ユウ(jb5639)が料理の腕をふるっていた。
 本人曰く、一般的な日本食は普通に作れる。
「プロ級に上手いという程ではありませんが…一応、それなりには」
 そこは夢なんだから堂々とプロ級ですと言ってしまえば良いのに、ユウもまた生真面目さんなのだった。

(やれやれ、最近は都合の良い夢をよく見るな)
 黒羽 拓海(jb7256)は花々の咲き乱れる下界の様子を眺めながら苦笑いを漏らした。
(とは言え折角の宴席だ。珍しく本気を見せるとしよう)
 普段の言動や態度からは余り想像が付かないが、拓海は本気を出せば結構本格的な料理を作れるのだ。
 ただ、本人でさえ珍しいと認める程に、滅多にその本気を出さないだけで。
(宴と言えば重箱に詰めた弁当は欠かせないな)
 中身は季節の惣菜から酒の肴まで幅広く、花見の席に相応しい華やかな彩りで――


●春の冠

「わぁ☆一面のお花ー♪」
「わぁ…とても綺麗なの、です」
 料理が出来るのを待つ間、クリスと華桜りりか(jb6883)は花畑に遊びに来ていた。
 その周囲では、しめりんが嬉しそうに尻尾を振りながら飛び跳ね、ひまわりくんが日なたぼっこをしている。
「ねー、綺麗だよねー。園芸部部員の血が騒ぐー」
 これはもう、花冠を作るしかない。
「クリスさん、一緒に作りましょう、です」
 りりかの提案に、クリスは二つ返事で乗っかった。
「りりかさーん。花冠はここで作ります? シロツメクサの絨毯、ふわっふわ」
 うららかな陽光の下、花と戯れる少女達。
 実に絵になる光景だ。
「シロツメクサの花言葉は『幸福、約束』、レンゲは『心が和らぐ』…四つ葉も入ると春の最強幸運アイテムかも」
 楽しそうに笑い、お喋りしながら、クリスは冠に使う花達を摘んでいく。
「クリスさん、物知り…なの」
「それほどでもー…あるかも?」
 花に関する知識なら自信がある。
「あたしも…チョコの事なら、負けないの。後で手作りのチョコ、ごちそうするの」
 カカオ豆を焙煎する所から始める、超本格チョコを。
「うん、楽しみにしてるー。と、でーきた♪」
 一足先に花冠を完成させたクリスは、猫耳扇風機に向かって手招きをした。
「ほら、おいでー」
 その頭に出来たばかりの花冠を載せる。
「おー似合うぞー」
 ぱちぱちぱち。
 照れて赤くなった扇風機は、温風機になった。
 おまけに折角の花冠が、たちまちドライフラワーに。
「でも、これはこれで長持ちしそうだし、良いかな。りりかさんは誰に冠あげるの?」
「んっと、章治せんせいに、ダンドルフさん…色んな人に、あげたいの」
 今何か違ってた気がするけど、きっと気のせい。
 だって違和感が仕事してないもの。


●せんせいとぼく

「桜…! ぼく桜大好きなのですよ! 綺麗です…!」
 満開の桜を見上げながら、シグリッド=リンドベリ (jb5318)気持ち良さそうに歩いていた。
 立ち止まって、その甘い香りを胸いっぱいに吸い込んでみる。
「良い香りなのですよー」
 と、次の瞬間。
「そうかそうか、そいつは良かったなぁシグ坊!」
 ぽーん!
 その身体は軽々と宙に舞った。
「えっ!? お、おにーさん!? 何するのですかー!?」
 おにーさんことゼロ=シュバイツァー(jb7501)は二度三度、桜の枝を突き抜けて高く遠く、天まで届けとばかりにシグリッドの身体を投げ上げる。
 これぞ究極のアルティメット胴上げ。
「どうやシグ坊、ええ眺めやろー!」
 返事はない。
 そうかそうか、声も出ない程に感激しているのか!(いいえ
 ならば今度は闇の翼でセルフジェットコースターだ!
 急上昇から急降下、枝の間を猛スピードで突き抜ける。
「楽しいなぁシグ坊!」
 おにーさんは、それはそれは悪い顔で微笑みかけた。
 上下左右、三次元をフルに使ってシェイクされたシグリッドは、最後に足を持ってブン回され――
「先生パース!」
 思いっきり投げられた!
 大丈夫、夢だから怪我しない! 多分!
「肩車とかいろいろしてじっくり喋ったってください♪」
 という事で。
「…シグリッド…おい」
 何だかすごく近い所で声がする。
「ぁ…せんせー…?」
 薄目を開けたシグリッドの目の前に、門木の顔があった。
 思わずぼふんと赤くなるシグリッド。
「…気付けの仙水、だ」
 門木の手からそれを受け取り、豪快に一気飲み。
「ふぁー、ふわふわ幸せなのですー」
 シグリッドはにこにこしながら門木の頭を撫で始めた。
「ふふ、ナデナデするのもされるのもしあわせなのですよー」
 それだけでは足りずに、首根っこにぎゅっと抱き付いてみる。
「ぼくがんばってせんせーよりおっきくなりますー」
 ちゅっ。
 この国の慣習に従って普段は控えているけれど、フィンランド人である父親の影響で素のスキンシップはわりと濃厚だ。
 だから、ほっぺにキスなんてほんの挨拶みたいなもの。
 全く問題はないのです(きりり
 そこにやって来た巨大な白いふわもこ、ワッフルの腹毛に埋もれてもっふもっふ、ふるもっふ。
「せんせーもいっしょにもふるのですよー」
 ああ、しあわせー。


●女の子だって負けてない

 それを遠目に見ていたレイラ(ja0365)は、負けてなるかと気合いを入れ直した。
「先生、日本の春を存分に楽しんで下さいね」
 本日はお揃いの和装。
 そしてこの時の為に腕によりをかけて作った天婦羅と茶碗蒸し、デザートにはパフェを用意して、あーんで食べさせてみる。
 勿論、この門木は本物だ。分裂した門木の全てが本物だ。
 夢の世界での存在が本物であるというのも、何かおかしな気はするが…細かい事は以下略。
「門木先生…大好き(////」
(あぁいけない、心の声が止まらないのは夢だから?)
 いいえ、いつもの事です。
 って言うか今日もがっつり漏れてます。
 どうにも一方通行なのも、いつもの事。
(でも夢なら…夢でくらい、いつもより積極的になって、私をどきどきさせてほしい(////)
 そうは言っても、そこはやっぱり門木ですから。
 多少の夢補正はあっても、いきなり大人の色香とフェロモン漂うイケナイ中年紳士にはなれないわけで。
(でも、夢でも先生と一緒できるなんて幸せで…)
 このまま覚めないでと思いつつ、レイラはせっせと門木の世話を焼く。
 食後のひとときには、のんびりと膝枕で耳掻きなんかしてくれちゃったりして、くっそぅ、羨ましくなんかないんだからなっ!

「お花見? それなぁに?」
 鏑木 愛梨沙(jb3903)は相変わらずの人界知らずっぷりを発揮していた。
 花見とは日本人の心である、以上説明終わり。
「よくわからないけど、桜を見て楽しめば良いの?」
 確かに桜は綺麗だし、皆が作ってくれた料理も美味しそうだし、しめりんと遊んだり花冠作りも楽しそう。
 でも――
「やっぱりセンセの側に居るのが一番楽しいな。何もしてなくても楽しい」
 話が上手い訳でもないし、女性の扱いもなってない、おまけに鈍感。
 それでも愛梨沙は門木の隣でニコニコと上機嫌だった。
「桜って綺麗ね。まともに見るのは初めてだけど…」
 光りの翼であの中を飛んだら、どんなに気持ち良いだろう。
「センセ、行こ!」
「…ぇ」
 門木の腕を引っ張って、愛梨沙は飛ぶ。
 淡いピンク色の花びらを透過して、くるりくるりと舞う様に。
「…俺、飛ぶのはあんまり…っ」
 得意じゃないどころか、はっきり苦手なんだけど!
「大丈夫大丈夫、あたしが引っ張ってあげるから〜♪」
「…お前…酔ってる?」
 天魔や撃退士は、基本的に酒に酔う事はない。
 しかし桃源郷に湧く霊験あらたかな仙水ならば、彼等を酔わせる事も不可能ではないだろう――それに夢だし。
「じゃ、踊ろ!」
「…え?」
「いいから踊ろうよ〜、ね♪」
 問答無用である。
 強引に門木の手を取って、笑顔の愛梨沙は軽やかにステップを踏む。
 本人に習った記憶はないが、その動きはしっかりと身体に叩き込まれていた。
 恐らく日常的に踊りを嗜む様な家柄の生まれなのだろう。
 門木も一通りの技能は身に着けていた。
 二人は踊る。雪の様に舞い散る花びらと戯れながら。

 セリェ・メイア(jb2687)は、ひとり花畑で行き倒れていた。
 いや、生きてます。生きてますけど――
(花の香りで、酔ってしまうなんて。お酒?も元々飲めないし…嗚呼、駄目、眠い)
 せっかくワッフルと遊ぼうと思ったのに、これじゃ動けない。
 花に埋もれたセリェの顔は紅潮し、視線はふらふらと頼りなく彷徨っている。
 ここは夢の世界、普段は光纏しなければ何も見えない彼女の瞳にも、大好きな花達の姿が映っていた。
 けれど酔っているせいか、その姿はぼんやりとして定かではない。
 と、その視界の隅に捉えた白い影。
(わっふるちゃん…?)
 それは、次第に近付いて来る。
 セリェは何とかして起き上がろうと、腕に力を込めた。
 けれど、頭がクラクラするせいで上手くいかない。
 それでも懸命に手を伸ばし、掴んだのは――
「…あれ?」
 それは確かに白かった。
 しかし、明らかにもふもふしてないし、ぽよぽよでもない。
 寧ろゴツゴツゴワゴワして、しかも細い。
 おかしいな、確かに白い筈なんだけd
「…、……」
 次第に意識が戻り始める。
 それに伴って霧が晴れる様に視界が開け――

 \バッ/

 アウル発動。
 覚醒、そして認識完了。
 セリェが抱き付いたその白い物体は、門木の白衣だった。
「ひゃあああすみませんすみませんすみませっ」
 慌てて立ち上がろうとしたが、腰が砕けている。
「え、あれ? 立て、ません…?」
 突然の浮遊感。
 光の翼を使った覚えはないのに、身体がふわりと宙に浮く。
 鮮やかな碧の瞳がまん丸に見開かれるが、彼女がそこに映ったものと己の状況を理解するには、たっぷり2ターンを要した。
 セリェは門木にお姫様抱っこされていました。
「――っ!!!??」
 真っ赤になった顔を両手で覆いつつ、声にならない悲鳴を上げる。
「…すまん、嫌なら降ろすが…立てるか?」
 いいえ、無理です。


●わっふるもっふる

「わあー! きれいだなあー(*´ω`)」
 レグルス・グラウシード(ja8064)は花見に夢中だった。
 ついでに仙水にも夢中だった。
 だって未成年が合法的に酔っ払える機会なんて、こんな時くらいしかないじゃない!
「わあー、何だか霊界探偵っぽい味がしますー(・∀・)!」
 って、どんな。
 何だかわからないけど、酔っ払ったらこっちのものだ!
 酔った勢いで何でも出来るぞ、マズい事になっても全ては酒のせいだ!
 という事で、いつもより五割増しの大胆さで体当たりするレグルス君。
 白くてデカいもふもふ毛玉を見付けて突進だ!
 もっふもっふ。
「わふ?」
「とってもむにむにふわふわですね(*´ω`)」
 超巨大なわたあめみたいで美味しそう。
 ちょっと囓ってみても良いかな?
「何するっふー!? わふはおいしくないっふー!」
 確かに美味しくない、ただの毛玉だ。ぺっぺっ。
 口直しに籠に盛られた絶品スイーツをモグモグしながら、レグルスは訊ねる。
「僕は焼きそばパンが好きです! うさぎさんは何が好きですか?」

 それに答えたのは、月詠 神削(ja5265)だ。
「美味しいお菓子なら何でも、だよな?」
 流石もふとも、わかってらっしゃる。
 まずは手土産に持って来た極上パティシエの絶品スイーツと共に軽く世間話など。
 そして興が乗ってきたところで――
「実はちょっと面白いお菓子を見付けたんだ」
 その名はサルミアッキ。
 世界一不味いと噂されるキャンディだ。 ※あくまで噂です
「…そう断言されると、逆に食ってみたくならないか?」
「ならないっふ」
 まあ、そう言わずに。物は試しと言うじゃないか。
「というわけで取り寄せてみたんだが」
 取り出したのは、キャラメルくらいの大きさの箱。
「…何々? 成分――『塩化アンモニウム』!?」
 それって確か熱を加えるとアンモニアになるんじゃなかったっけ。
「……」
 それ、ほんとに食用?
「何かもう…この時点で食うのを止めた方がいいとひしひし感じるが…ええい、何事も挑戦だ!」
 世の中にはこれを平気で食べている人達もいる。
 だから少なくとも毒物ではない筈だ。
 ぽいっと一個、鼻をつまんで口に放り込んでみる。
「…、……、………っ(吐血」

 暫くお待ち下さい。

「…あ、味を一言で言おう――」
 とても一言で言い表す事など出来そうもないが、敢えて言うなら。
「 産 業 廃 棄 物 」 ※感じ方には個人差があります
「さんぎょーはいきぶ…っふ?」
 かくり、ワッフルが首を傾げる。
「…ワッフル、お前は食うな。多分、お前が食ったら死ぬ」
 いや、その前に大暴れで人類滅亡かも。
「…世界一不味い飴は…科学室で日々量産されるくず鉄と同じ味がしたよ…」 ※個人の感想です
 ぱたり。


●花園の熊さん

「だんなぁーーー!」
 どかーん!
 空から天使が降って来た。
「おぉ、紫苑か!」
 それを軽々と受け止め、ダルドフはその身体を胡座を掻いた膝の上に乗せた。
 撃退士である紫苑(jb8416)の超急降下大回転頭突きアタックも、彼にとっては普通の子供が駆け寄って抱き付いて来たのと変わらないらしい。
 流石、頑丈なだけが取り柄の事はある。
「確かに、まともな勝負では倒せる気がしないな…今は、まだ」
 その声に顔を上げれば、そこには馴染みの顔があった。
「おぉ、拓の字! ぬしも来とったか!」
 呼ばれて拓海は小さく頭を下げる。
 周囲は陽光もうららかな真っ昼間だが、何故かこの辺り一帯だけは闇に包まれ夜桜モード。
 だが気にしてはいけない、これは夢なのだから。
「花に月に旨い酒…そんな風流に一つ花を添える品を持って来てやった」
 刃を交える勝負は、いつか必ず勝ってみせる。
 だが今日は折角の無礼講。難しい話は抜きに、今はただ楽しもう。
 自分の意外な特技を教えてやるのも面白い――という事で。
「これは、俺が作った」
「なんと!?」
 案の定、ダルドフは目を丸くして驚いている。
「おぉ、これは美味い! ほれ紫苑、ぬしも食うてみぃ!」
 言われて、紫苑は子供の口にも合いそうな一品に手を伸ばしてみた。
「おぉ、これはうまいでさぁー!」
 ちょっぴり口真似っぽく言ってみたり。
「拓の字、ぬしぁ今すぐにでも嫁に行けるぞ!」
「いや、俺は貰う方だから」
 しかし勝った。何はともあれダルドフに勝った、気がする。
「そうか、貰う方か! そいつは済まんかったのぅ!」
 全く悪いと思ってなさそうな様子でガハハと笑うと、ダルドフはずいっと身を乗り出して来た。
「して、誰か目星は付いておるのか?」
「…別に俺の話はいいだろう?」
 ぷいとそっぽと向いて、拓海は仙水を一気飲み。
 顔が赤いのは、きっとそのせいだ。
「ほう、そうかそうか。どんな娘だ、ん?」
「だから、俺の話はいいって!」
 ヨッパライの特徴その一、人の話を聞かない。
「まあそう言うな、写真くらいは持ち歩いておろう?」
 ヨッパライの特徴その二、しつこく絡む。
 と、そこに。
「…あまり子供をからかうものではないぞ、ダルドフ」
 溜息混じりの声に振り向けば、やはり見知った顔がある。
「ファウの字か、ぬしも遠慮なく座れ、呑め!」
「ああ、そうさせて貰う」
 それにしても、ファウの字って。
「だんな、どうしておれだけ…しのじじゃねぇんでやす?」
 ダルドフの膝の上で、紫苑が首を傾げる。
 その頭をくしゃくしゃに掻き混ぜて、ダルドフは言った。
「ぬしは某の娘であろう?」
 娘を渾名で呼ぶのもおかしなものだと豪快に笑う。
 これは夢だと、紫苑にもわかっていた。
 夢だけど…夢の中なら。
(一かいくらい、だれにもおこられやせんかねぇ)
 ひとつ深呼吸をして、小さな声で呟いてみる。
「…おとーさん、…」
「ん? どうした」
 自然に返って来る答え。
「べ、べつになんでもねぇでさっ」
 そんな様子に目を細めながら、ファウストは道中で押し付けられたキルシュトルテを切り分ける。
 その甘い匂いに、拓海が目を輝かせた。
 イメージじゃないとか言うな。
 と言うか、ファウストもスイーツ男子だったとは。
「…あいつが、よく作ってたからな」
 食べながらぽつりと漏らす。
 その言葉が過去形である事に気付いてしまえば、それはさらりと聞き流すのが大人のマナー。
 だが、彼等は酔っていた。
 ヨッパライの特徴その三、遠慮しない。
「嫁か?」
「…似たようなものだ」
 微妙に目線を逸らしつつ、ファウストはついでに矛先も逸らしてみた。
「そういう貴様はどうなんだ」
「それは俺も聞きたい」
 さっきの仕返しとばかりに、拓海もニヤリと笑う。
 武勇伝も良いかもしれないが、やはりここはコイバナ! 男子だけど!
「某の女房は世界一の美人ぞ!」
 どーん!
 出ました嫁自慢。
「だが、愛想を尽かして逃げよったわ!」
 どどーん!
「某が侵略に荷担するのが許せんと言うてな…」
 今も何処かで無事に生きている筈だが、詳しい消息は知らなかった。
 以下、延々と続く嫁語り。
 ヨッパライの特徴その四、話が長い。
 大人ってこれだから。
 そろそろ飽きてきた紫苑は、綺麗な天使のお姉さん(いいえ)に貰ったハバネロエキスを、ダルドフの杯にどばー。
 後は知らない。
「ちょいとさんぽにいってきまさぁー!」
 ぴゅーっと逃げた。
「余り遠くへ行くでないぞ!」
 その声を背中に聞き、ちょっぴり罪悪感に駆られながら――


●もののけ達と、花の宴

「室内にこんな場所、てぇのは…一体どうなってんだか」
 八鳥 羽釦(jb8767)は呆れ顔で周囲を見回した。
 まあ襖を開けたら別世界とか、異界に繋がる長い廊下とか、数百の齢を重ねた妖怪変化の眷属たる身にはさほど珍しいものではない。
 寧ろ馴染みの現象と言っても良いだろう。
 だが、それはまだ人々が闇を怖れ、物の怪の存在が実感を伴って語られていた頃の話。
「今の時代にゃ珍しいな」
 その仕組みも、彼が知るものとは異なる様だが――
「あらあら、こんな場所があったのねぇ…?」
 その後ろから付いて来た糸網 知朱(jb9470)が、嬉しそうに微笑む。
「さくら! さくらいっぱいです…!」
 二人を追い越して走って行った九十九折 七夜(jb8703)は、ひらひらと舞う桜の花弁を捕らえようとぴょんぴょん跳ね回っていた。
「羽釦君、七夜、折角だから、ここでのんびりしましょうか?」
「姐さんがそう仰るなら」
 知朱の言葉に、羽釦はヤの付くお仕事っぽい敬語を使って頭を下げる。
 任侠気質な彼にとって、年功序列は絶対なのだ。
 手頃な桜の下に緋毛氈を広げ、まずは一献。
「ささ、姐さん。どうぞ」
「あら、悪いわねぇ」
 大人の二人は徳利にお猪口という伝統的なスタイルで、ちびちびと酒を楽しむ。
 彼等が見守る中、遊びたい盛りの年頃である七夜はまだ、花びらを追いかけて跳んだり跳ねたり、ぺしゃんとコケたり大はしゃぎ。
「…そうだ…!」
 コケた拍子に良いこと思い付いた!
「春のお花で、知朱姉様と羽釦兄様へ冠作って差し上げるのです…!」
 二人とも、きっと似合う!
「待ってて下さいなのですよー!」
「おう、あんまり遠くに行くんじゃねぇぞ」
 すっかり保護者の羽釦に、七夜はぶんぶんと手を振った。
「すぐそこなのですー!」

 本当に、すぐそこだった。
 七夜は二人からもよく見える場所に座り込み、せっせと花を摘み始める。
「蓮華草に、蒲公英…たくさんあるのですー」
 見守る二人に途中経過を掲げて見せたりして。
 暫くして出来上がった花冠を手に、七夜は駆け戻り――転んだ。
 しかし、大事な花冠は死守!
 転んだ拍子に服や頭に野の花々を飾り付けた(くっついたとも言う)七夜は、二人の頭にそれを載せた。
「知朱姉様には、蓮華草〜」
「あら? くれるの? 嬉しいわ、うふふ」
 少し頭を下げてそれを受け取った知朱は、嬉しそうに微笑む。
「羽釦兄様には、蒲公英なのです」
「羽釦君、似合ってて、素敵よ? うふふ」
 何も言わない羽釦に代わって、知朱が楽しそうに言った。
 羽釦本人は似合うと思っていない様だが、そう言って貰うのも花冠のプレゼントも、嫌ではない。
「えへへ、姉様も兄様も、きれーでカッコイイのです♪」
「七夜も可愛いわよ」
 そう言いながら、知朱は七夜にくっついた枯れ草や葉を取り除き、綺麗な花だけが残る様に整えてやった。
「それじゃ、そろそろお弁当にしましょうか」
 その一言に、七夜が目を輝かせる。
「羽釦兄様のご飯は、うちゅーいちなのです!」
 それはまた豪儀な。
「羽釦君のご飯、やっぱりおいしいわねぇ」
 知朱姉さんにも、すこぶる好評だ。
「恐縮です、姐さん。有り合わせのもんで作っただけなんですがね?」
「それでこんなに美味しーなんて、やっぱりうちゅーいちなのです!」
 謙遜したつもりが、逆効果だったかも?

 お腹いっぱい食べた後は、小川で遊んだり木登りしたり。
「知朱姉様、羽釦兄様ー!」
 木の上から手を振ってみたり。
 お酒をたのしむ二人をスケッチしてみたり、描きながら船を漕いでみたり――
「…あら? 疲れちゃったのかしら?」
 美味しいものをいっぱい食べて、いっぱい遊んで、ぽかぽかと陽射しが暖かくて…それに、二人が傍にいてくれて。
 知朱の膝を枕にころんと寝転がった七夜は、ほわりと笑むと、ことりと眠りの中へ。
「ずいぶんはしゃいでいたものね」
 その頭を優しく撫でて、知朱は咲き誇る桜を見やる。
 花弁が一枚、ふわりと掌に舞い降りた。


●やっぱり夢だから

(…さて、どうしようか)
 礼野 智美(ja3600)は、確か後輩の神谷 愛莉(jb5345)も一緒にいた筈だと、あちこち探し回っていた。
 共に過ごそうと約束した訳ではないが、愛莉は部活の最年少、かつ義弟の大事な幼馴染。
 夢とは言え何かあったら大変だ。
 暫く歩き回って――
(あ、いた)
 って言うか、なんかいる。
 愛莉の周囲に、なんか気のよさそうな、面倒見良さそうなもふもふ物体がコロコロと。
 それは、わかる人にしかわからない世界だった。

 その少し前。
 愛莉はひとり花畑を歩いていた。
「春休みに教えてもらった花冠作れるの♪」
 花見の人達の足元の花を取るのは、きっと危ない。
 あの周辺では何かが起きる予感がした。
 だから少し離れた蓮華草畑で、せっせせっせと花輪を作る。
「出来たの!」
 と、その時。
 何やら感じる熱い視線。
「…金色の髪で足の短い…赤っぽいくりっとした瞳の…だっくすふんど?」
 狙っているのは、お菓子の籠?
「わっふるしゃんの眷属かなー?」
 かくーり、首を傾げると、わんこも一緒にかくーり。
「…か、可愛いですの」
 でも、何処かで見た事がある様な、ない様な、やっぱりある様な。
「お菓子食べる? おいでおいでー」
 うさみみカチューシャを装備して仲間アピールしつつ、ポケットからお菓子を取り出してみる。
 きび団子とサンドイッチ、どっちが良い?
 そうか、やっぱりきび団子か!
 という事は、お供もいるのかな?
「あ…やっぱり」
 頭にアンテナみたいな毛の立った赤っぽい猫とか、触ると冷たい黒っぽい猫とか、赤い小熊とか、なんかちょっと凶暴そうな金色の猫――
 え、違う? 猫じゃなくて山猫?

(けど…大丈夫そうだな)
 そっと覗き込んだ智美は、心配なさそうだと見て回れ右…しかけたが。
(確か山の様に菓子類バスケットに詰め込んでいた筈…えらく減ってなかったか?)
 これは、補充しておくべきだろう。
 特に甘いもの。
 智美は慌てて東屋に駆け込んだ。
(何か甘い物苦手そうなのもいたし。飲茶系なら甘い物も軽食もあるだろう)
 蒸籠と…なにこれ、おでん?
 何故おでん? しかも卵と大根、それに餅巾着ばかりがどっさりと。
(…まあ良いか)
 冷めないうちに、急いで届けなければ。
 途中で仙水を酒瓶の様な小瓶に入れて差し入れに――これを持っていったら、大きくて赤い熊も出て来そうだけれど。

 差し入れを受け取り、もふもふの獣に囲まれながら、愛莉はご機嫌で花冠を作る。
 動物達の分と、ワッフルの分と、智美の分と、後は…お土産?
 因みにおでんの大根は犬、卵は山猫、餅巾着は赤い猫の好物だそうな――


●宴もたけなわ

 クリスとりりかが花冠を作り終えて戻る頃には、準備もすっかり整っていた。
「美しいところですね〜心の栄養なのですー」
 風景を堪能しながら、アレンが料理に舌鼓を打つ。
 樹の渾身の手料理はほぼ全て、彼が美味しくいただきました。
 悪食万歳!
「美味しい料理もいっぱいで幸せなのです〜」

 そしていつの間にか参加者全員が同じ場所に集り、おまけに新しい顔ぶれが増えている。
 散策から戻った紫苑が、その中のひとり涼風爽にこそっと近付いた。
「あ、あのですねぃ、そうのにぃさん…、こ、これ…プレゼントでさぁ!」
 ずいっと押し付けた花冠は、捩花と白詰草で作ったものだ。
 花言葉には諸説あるが、紫苑が選んだのは捩花が「思慕」、白詰草が「私のものになって」――という事は、それってもしかして告白?
 だがしかし、大抵の男は花言葉なんてものを気にしない。
 残念ながらその辺りは爽も例外ではなかった。
 けれど、女の子から貰ったプレゼントが嬉しくない筈もない。
 ましてやそれが丁寧に編み込まれた花冠なら尚更のこと。
「ありがとう、大事にするね」
 そう言って、爽は紫苑に笑いかけた。
「そうだ、何かお礼を――」
「べ、べつにっ、れいをいわれるほどのもんじゃ、ねぇでさ」
 ふいっとそっぽを向き、さっさかダルドフの後ろに隠れるが。
「どうした紫苑、顔が真っ赤っかぞ?」
「きっ、きのせーでさっ(ぽぽぽ」
 ずぼっ!
 思いきり飛び上がり、ダンクシュートの如くダルドフの頭に鶯神楽の冠を被せると、紫苑は逃走。
 未来を見つめる、それが鶯神楽の花言葉だった。

「ゼロさん、どうぞなの」
 りりかは既に酒漬けになっているゼロの頭に蓮華草の花冠を載せた。
「あと、これも…どうぞ食べて下さい、です」
 カカオ豆から作った手作りチョコスイーツを添えて。
「よーし、りんりん! こいつは礼や、持ってけー」
 ぽーんと投げられたのは、桜チョコレート。
「ありがとう、なの」
 次いで、同じものをクリスにも。
「とても似合っているの」
「わー、ありがとう! じゃあお礼にこれあげるね!」
 クリスから渡されたのはボリュームたっぷりのシロツメクサの花冠。
 かつぎの上から被ると、まるで花嫁のヴェールの様だ。
 そのまま、りりかはあちこちで花冠を配って歩く。
「ダンドルフさんにも…です」
 鶯神楽の冠に重ねる様に載せたのは、シロツメクサと蓮華草、それに四葉のクローバーを添えた最強幸運アイテムだ。
 相変わらず何か間違っているが、誰も(本人さえ)気付かないから問題はない。
 しめりんの頭にも(頭ってどこ?)同じものを載せ、りりかは最後に門木の所へ。
「章治兄さま、どうぞ…です」
 りりかはくいくいと袖を引っ張って座らせると、その頭に花冠を載せた。
「心が和らぐように、と…幸福を願ってなの」
 ぎゅっと抱きつき、囁く。
「…うん、ありがとう」
 門木はその背に軽く腕を回し、ぽんぽんと叩いた。
(夢の中だもの、少しくらい兄さまに甘えても…きっと大丈夫、なの)
 それに今日は独占し放題だし。
 何しろざっと見ただけで、門木が…何人いるのだろう。

「ええと、あの…どうぞっ」
 カノンは頑張った。
 差し出されたおにぎりの見た目はなかなかに個性的だが、味の方は多分きっと大丈夫。
 ただ、数を揃える事に必死になる余り、一部具を仔細に確認しなかった気もするけれど。
「…うん、美味い」
 不安そうに見つめるカノンの目の前で、門木はおにぎりを頬張る。
 中身は――え、チョコ?
 どうやら、りりかの手作りチョコが混入してしまった様だ。
 しかし門木は平気で食べている。
 恐らく「おにぎりの常識」というものを知らないのだろう。
 無知って強い。
 そこに天然が加われば、それはもう最強。
「…付いてる」
「え?」
 門木はカノンの頬に付いたご飯粒を指でつまんで、自分の口に入れた。
 それはもう流れる様に自然な動作で。
 普通その行為が許されるのは余程親しく特別な相手のみだという事を、誰か教えてやって下さいな。

「せんせーは何がすきなのです? からいのは苦手なんですよね」
 一方こちらはシグリッド。
 満腹でごろんと横になったワッフルの腹をソファ代わりに寄りかかり、門木の好物を聞き出してはそれを「あーん」で食べさせている。
 たまごボーロはチビ門木の好物だが、大きな門木もやっぱり好きらしい。
 後は甘い卵焼きやホットケーキ、それに久遠ヶ原商店街の揚げたてコロッケ。
 苦みや酸味など、大人の味はちょっと苦手だ。
 なのでコーヒーよりも紅茶、でも一番は甘みのある日本茶。
 酒も口当たりの良い軽いものが好きなんだとか――

「彼女におみやげもってくです!」
 レグルスは上機嫌で、仙水を水筒に詰めていた。
 そこでふと湧いた悪戯心、いや実験魂! 探求心!
(門木先生は酔っぱらったらどうなるんだろう?)
 疑問に思った事はそのままにしちゃいけないって先生も言ってた!
 そんなわけで。
「すいませーん、門木先生ひとりくださーい」
 はいはい、分裂ー。
「ささ、先生! ぐーっといっちゃってください!」
 春休みの自由研究は、これで決まりだ!
 因みに注目の結果は――ナーシュ人格が現れただけ、だったそうな。
 それ、わりといつもの事なんじゃ…?

「ナーシュきゅん、あのね」
 そしてこちらは本物のナーシュきゅん。
「お友達の猫さんを呼んでみたいんだけど、一緒に呼んでくれるかな?」
 せーの!

 ちひろは ふしぎなおどりを おどった!
 なーしゅも まねして みた!

 \ フェーレース・レックスを召喚したい!! したいです!! /

 もわもわ、もわん。
「来たであるぞー!」
 ででーん!
 出た、もっふもふの巨大黒ぬこ!
「レックス、会いたかったよ!!」
「千尋ー! 久しぶりであるー! 我輩も会いたかったであるぞー!」
 ずどぉーん!
 千尋はナーシュと手を繋ぎ、レックスの腹にもふんとダイブ!
「あれ?」
 レックス、毛並がぼっさぼさだ。
「我輩、皆にモフられまくっていたのである」
 こくり。
「それなら、ナーシュきゅんと一緒にブラッシングしてあげるね!! ね!!」

 そんなこんなで皆が好き勝手に楽しむ中、ユウは門木や依頼でお世話になった方々に挨拶をして回っていた。
 挨拶のついでにお酌をし、料理を配り、更には良い気持ちで寝てしまった者を見付けては、風邪をひかないようにと毛布をかけてやったり。
「先生、どうぞ」
「…ああ、ありがとう」
 色々あって仙水を飲み過ぎたカノンは、門木の膝枕で寝息を立てていた。
「…お前も、少しは休んで…ちゃんと楽しめよ?」
「はい、片付けが終わりましたら」
 軽く会釈を返し、ユウは次なるターゲットへ。
「ダルドフさん、もう一杯どうでしょうか?」
「ん? おお、ぬしはマメよのう!」
 先日の戦いで一撃に伏した事もあってユウの心中は複雑だが、彼の武と精神は尊敬に値する。
 それに、それはそれ、これはこれ。
 今日は存分にこの宴会を楽しんで貰いたかった。

「よーし、じゃあ春巻き揚げるよー」
 どうか爆発しませんように、じゅわーっ!
「ほれしめりん! 遊ぶんだn…ごふうっΣ」
 辺木が爆発フラグを立て、樹がいつも通りに炬燵犬のタックルを喰らった、その時。

「ヤツだ。ヤツがいる!」
 きらーん!
 ミハイル・エッカート(jb0544)のサングラスが光る。
 ヤツとは勿論、宿敵ダーク門木!
「俺には分かる。ならば拳を交えねばならない」
 何故なら、それが運命だから。
 いや、宿命と言っても良い。
「しめりん、ひまわり、そしてお前ら、俺の戦いざまを見てくれ!」
 すっくと立ち上がるミハイル。
 だがしかし。
「…いや、やっぱ見るな。恥ずかしいから!」
 前言撤回。
 だが、もう手遅れだった。
 亜空間フィールド展開、ついでに戦場の様子を多角的かつ詳細に映し出す大型モニター、オン!
 美味しいところのズームもリピートもスロー再生も、手元のリモコンで自由自在だ!
「ふはははは、これでもう逃げも隠れも出来まい!」
 いや、最初から逃げも隠れもしてないし!
 してないけど…これって公開処刑?

「あらー…ものすごく変わっちゃったんですねぇー」
 モニターに映し出されたダークを見て、アレンがぽつり。
「戦いが終わったら、あの門木先生もオシャレに変身させちゃいましょ〜」

 そして唐突にバトルが始まる。
 ミハイルが用意した銃器の数々は次々とくず鉄ビームの餌食に!
 しかし!
「てめこの野郎、俺が銃しか使えないとか思うなよ! 体ひとつで血塗られた道を駆け抜けて来たんだ、武器なんざ無くたって――」
「ならば望み通り、体ひとつになるが良い!」
 炸裂するくず鉄ビームが、容赦なくミハイルの服を産業廃棄物に変えていく!
「ちょ、おま、そういう意味じゃねえ!」
 ――拙い、最後の砦が!
 しかしここで、ゼロが意気揚々と緊急参戦!
「祭りは騒いでなんぼやろ〜♪」
 右手にライトニングハリセン、左手にソニックハリセン!
 光速の音速のツッコミが交互に炸裂する!
「関西人やったらこのツッコミにタメ張れるボケかましてみぃ!」
 だが、ダーク門木に関西人属性は欠片もなかった!
 怒濤のツッコミに追い込まれるダーク!

 しかし今度の敵は彼だけではなかった。
「あーら、良い男のニオイがすると思ったら!」
「ビンゴだったわ!」
 野太い声できゃっきゃと乱入したのはリカとミキ、知る人ぞ知るガチムチオネェだ!
 二人は鼻息も荒くミハイルを撫で回す。
「良いオシリしてるじゃない?」
 さわっ。
「あぁら、前もご立派だこと!」
 きゅっ。
「どこ触ってんだ! 撫でるな握るな! 誰か助けてくれっ!」

「うおぉぉぉ宴会場にものすげぇのが!?」
 助けに行こうとした辺木だったが、あの二人には勝てる気がしない!
 誰か、誰かアレを倒せるパワーを!
「たおるんじゃー、ふぁいとなの…」
 それに答えて、りりかは黄色い蒲公英の花冠を辺木に。
 樹にはクリスが特製シロツメクサにチューリップを足した花冠を!
 お供は酒瓶(ミハさん秘蔵のVSOP)を下げた救助炬燵の「しめりん」だっ!

「ま、待ってろミハイルさん!」
 たんぽぽパワーのたおるんじゃーと、きのこパワーのきのこんじゃーが今! 助けに行くぞォォ!!
「謎の戦士きのこんじゃー参↑上↓!」
 目に痛いポーズも決まったきのこんじゃーは、きのこの着ぐるみ!
 お気に入りはクリスに貰った花冠、花言葉は愛の告白だ!
 しかし!
「これ全く動けないことに気づいたの!」
 ダメじゃん!
 こうなったら頼みの綱は――
「え、あ、いや、俺はノーマルでノォォォォ!??」
 しかし、たおるんじゃーは爆発した。
 爆発する要素など欠片もないのに爆発した。
「これがプロの仕事なんだの…」
 戦慄するきのこんじゃー、しかし彼もまたその誘爆に巻き込まれて行くのであった。
 あ、しめりんはもうとっくに逃げました、はい。

 だがあんしんしてくれ、よいこのみんな!
 わるいやつらは、ゼロおにーさんがけちらしてくれたぞ!

 かくしてここに、ハリセン無双の新たな伝説が生まれた。

 そして破れた者達には。
「おやおや、このメイクはいただけませんねぇー」
 アレンがいそいそと近寄って行く。
「お色直しをしてあげるのですー。ダークな先生はワイルドな渋イケメンにしてさしあげますね〜」
 それにミハイルもぱんついっちょでは風邪をひいてしまう。夢だけど。

「これが、俺か…」
 鏡の中の己を見て、ミハイルは呆然。
「こういう機会はそうありませんし、いつもとは違う感じに決めてみました〜」
 確かに違う。違いすぎる。
 ピンクのフリル付きシャツに深紅のパンツ、腰には黒いカマーバンド、肩に掛けたマントは赤と黒のリバーシブル、そして頭には羽根飾りの付いた深紅の鍔広帽。
 これは一体誰だ。
 その隣ではリカとミキが驚きの声を上げていた。
「これが、アタシ…」
「ほら、これで意中の殿方にアタックしやすく()なったのではないでしょうかー」
 言われて二人はミハイルを見る。
 うっふん(はぁと
「やめろ、来るな、いやメシは食っても良いが俺から離れうわあぁぁぁぁ」



「…それにしても、平和だな」
 ちびちびと酒を呑みながら、ファウストが呟く。
 周囲のカオスは黙殺した様だ。
(この寿命が尽きるまでに、こんな世界は実現するのだろうか)
 ふと見れば、琴の自動演奏に合わせて舞い踊るりりかの姿があった。
「できれば、この楽しい時間を終わらせたくないものだ」
 ディートハルトが杯を傾ける。
 桜が散っても、また咲く季節になっても。こうやって、今と変わらずに、友の姿を見ながら酒を楽しめる場所があればいい。
 出来れば現実の世界で。

 その思いは皆同じだろう。


(白詰草は、迷惑ですかねぃ)
 木陰に隠れて皆の様子を見ていた紫苑の肩に、大きな手がそっと置かれた。
「また、隠れんぼかい?」
「…そうの、にぃさん…」
 爽は探してきた四つ葉のクローバーを紫苑の髪に挿した。
「それ、お父さんに渡すんだろう?」
 言われて、紫苑は白詰草の花冠を慌てて後ろ手に隠すが。

「行こう」
 爽は手を差し伸べた。
 一緒に行ってあげるから。

 小さな手が、恐る恐る伸びて来る。

 未来はきっと、そこに――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:18人

202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
『山』守りに徹せし・
レグルス・グラウシード(ja8064)

大学部2年131組 男 アストラルヴァンガード
輝く未来の訪れ願う・
櫟 千尋(ja8564)

大学部4年228組 女 インフィルトレイター
しあわせの立役者・
伊藤 辺木(ja9371)

高等部2年1組 男 インフィルトレイター
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
夢幻に酔う・
ディートハルト・バイラー(jb0601)

大学部9年164組 男 ディバインナイト
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
恋愛道場入門・
セリェ・メイア(jb2687)

大学部6年198組 女 ダアト
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
きのこ憑き・
橘 樹(jb3833)

卒業 男 陰陽師
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
リコのトモダチ・
神谷 愛莉(jb5345)

小等部6年1組 女 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
シスのソウルメイト(仮)・
黒羽 拓海(jb7256)

大学部3年217組 男 阿修羅
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー
『魂刃』百鬼夜行・
九十九折 七夜(jb8703)

小等部5年4組 女 アカシックレコーダー:タイプA
妖シノ遊戯・
八鳥 羽釦(jb8767)

大学部7年280組 男 ルインズブレイド
託されし時の守護者・
ファウスト(jb8866)

大学部5年4組 男 ダアト
百鬼夜行に巡るもの・
糸網 知朱(jb9470)

大学部5年235組 女 バハムートテイマー