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マスター:STANZA
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/04/13


みんなの思い出



オープニング



 東北地方、某所。
 町を見下ろす高いビルの上に、黄金色に輝く天使が佇んでいた。
 春の気配を漂わせ始めた風に揺れる長い髪も、背中に生えた一対の大きな翼も、全身を覆う装具も、何から何までが金ピカに輝いている。
 だが、派手に光り輝いているのは外側のみ、その心の中はまるで腐蝕した様に黒ずみ、異臭を放っている。
 いや、見た目も全てが疵ひとつなく輝いているとは言い難かった。
 その右目は上から下に真っ直ぐに伸びる一筋の傷跡によって、半ば塞がれていた。
「……畜生……あのクソカスどもが……っ」
 黄金天使アロンは右目を抑え、呻く。
 その目は失明こそ免れたが、視力は落ち、また視野も狭くなった。
 どんなに腕の良い治療師でも治せない傷。
 この傷を付けた奴は、絶対に許さない。
 いや、人間も悪魔も、天使でさえ、自分に刃向かうなら――殺す。全て殺す。

「行け、我が下僕ども。この町の人間を根絶やしにして来い!」
 アロンは配下のサーバントに命じた。
 両手に剣を持った黄金の模造天使が高空から舞い降り、地上すれすれを滑空しながら人々の間を抜けて行く。
 一瞬後、その軌跡に血の花が咲いた。

 天使の糧は生き物の感情。
 魂を喰らう冥魔とは違い、狙った獲物を殺す必要はない。
 寧ろ生かしたまま吸い続けるのが天使の常道だ。
 それに、感情を吸い取るならゲートを介して大規模に行った方が効率も良い。
 得物を一匹ずつ捕らえて生き血を啜る様なやり方は非効率として、余程の物好きか猟奇的な者が趣味として行うものと考えられていた。
 例えば、今のアロンの様に。
「非効率? それがどうした、足りなければもっと殺せば良い!」
 効率が悪くても、それを数で補えば問題はない。
 それを人間の言葉では薄利多売と言ったか。
「最後の瞬間、己の死を悟った時の恐怖と絶望……これほどの美味は他にない」
 殺せ。狩れ。狩り尽くせ。
 邪魔な上司は今、天界に呼び出されて不在だった。
 今のうちに失った力を補充し、新たな使徒とゲートを作るのだ。
 結果的にそれが天界の攻勢に資するなら、誰も文句は言えまい。
「全てを俺の糧にしてやる!」


――――――

 アロン出現の報は、久遠ヶ原学園にも届いていた。
「地元の撃退士だけでは手に負えないらしい」
 斡旋所の職員が、生徒達に緊急招集をかける。
「とにかく、急いでくれ!」

 慌ただしく駆け出して行く生徒達を、門木は複雑な思いで見送っていた。
 現場では既に多数の死者が出ていると聞く。
 これだけ派手に暴れれば、もう彼を救う手はないだろう。
 そう考えて、門木はふと苦笑いを漏らした。
「……救いたいのか、俺は……?」
 そうだ。
 もう倒すしかない所まで来てしまった。
 どれほど叫んでも、その声は届かない。
 彼がその心を変える事はない。
 それを知っていても、わかっていても、尚。
「……あんな風になる前は……優しい兄貴分だったんだよな」
 変わってしまったのは、きっと自分のせいだ。
 ただの天使のくせに、実の親にも捨てられる様な出来損ないのくせに――大天使に拾われ、大天使としての扱いを受けた。
 同じ身分である彼が、それを妬むのは当然だろう。
「……あいつも、きっと……あんな風になりたくて、なった訳じゃ、ないよな……」
 だが、自分には口出しする権利などない。
 指図も出来ない。
 戦い、傷つくのは彼等……生徒達だ。
 ならば、道を選ぶのも彼等に任せるべきだろう。
 ただ、それでもし、倒す事を選ぶなら。
「……せめて、最後だけは……」
 自分の手で。
 最後に命を奪う、その重さだけは自分で背負いたい。
 自分が背負うべきものだ。

 意を決した門木は、転送装置に向かう生徒達の後を追った。




リプレイ本文

 虐殺は既に始まっていた。
 自分達が現場に着く迄に、どれだけの命が喪われるのか。
 どんなに急いでも間に合わない。
 間に合ったとしても、恐らく攻撃だけで手一杯だろう。
 だが、そこには既に地元の撃退士がいる。
「その人達に、連絡をお願い」
 七ツ狩 ヨル(jb2630)が職員に声をかけた。
「天使は雑木林へと誘導予定、俺達が来たら住民の避難誘導へ集中して…って」
 援軍が来るとわかれば彼等の士気も上がるだろう。
 行動の指針があれば、より効果的に動く事も出来る筈だ。
「敵は俺達が倒す。だから、守って」
 それだけ言うと、ヨルは皆の後に続いた。

 アロンを倒す事は既に皆の総意だった。
 残る問題は、門木の思いをどうするか――

 転移装置の手前で追い付いた門木を、止める者はなかった。
 彼にとってアロンが特別な存在である事は、既に多くの者が知っている。
 これが恐らく最終決戦、その行く末を見届けたいという気持ちはわかるし――それに、門木は仲間だ。
「先生が望むのならば、共に行きましょう」
 厳しい表情を崩さないまま、カノン(jb2648)が言った。
「けれど、共に行くのなら我が身を盾にしてでも先生を守ります」
 何か言いたそうに口を開き賭けた門木を制し、続ける。
「先生が無理をしてほしくないといっても、絶対です。それが私達の矜持……いえ、想いですから」
「……わかった」
 彼等に負担をかけたくないと言いながら、そうさせているのは自分だ。
 その上、自分の様な足手纏いが同行するとなれば、負担は尚更だろう。
 だが、それでも。
「そうなると、それを作戦に利用しない手はないな」
 ミハイル・エッカート(jb0544)が鬼道忍軍の鷺谷 明(ja0776)を見る。
「先生に変装するというのは、どうだ?」
「良いだろう、乗った」
 化けた上で衣服を交換すれば、まず見破られる事はないだろう。
 声真似は出来ないが、口をきかなければ問題はない。
「千変万化は我の技。どうぞごゆるりと堪能あれ」
 ただ、僅かに残る口元の笑みを完全に消し去る事は無理だった。
 出来るだけ目立たない様にと努力はしてみたものの、これは己の核となる重要な要素、言わばアイデンティティそのものなのだ。
「先生はこれに着替えてくれ」
 ミハイルが取り出したのは黒革のジャケットとブーツ、帽子にサングラス。様々な特殊効果を持つ装飾品。
 そして武器には――
「ケリュケイオン、またの名をカドゥケウス。先生にぴったりのを選んだぜ」
 柄の部分に二匹の蛇が絡みついた、伝令の証と言われる銀色の杖。
 それを使うも使わないも、門木の自由だ。
「俺はアロンに対して同情がない。だから殺すことにためらいは無い」
 むしろスッキリすると、口の端で笑う。
「だが先生はどうだ? アロンに対して、感じるのは憎しみだけか?」
 言われて、門木は杖に目を落とす。
 握った手の甲に白い筋が浮いた。
「だったら殺すにしてもまだ気が楽だろう。そうでないなら…」
 ぴくん、その肩が震える。
 そう、最後の一撃を加えるという事は、つまり殺す事だ。
 言葉を変えても、その行為が招く結果は変わらない。
「センセ…」
 鏑木愛梨沙(jb3903)にしてみれば、門木が誰かの命を奪う事など考えられないのだろう。
「出来るだけセンセのお願いは叶えてあげたいけど…」
 でも、これだけは譲れない。絶対に。
「アロンはやり過ぎたの。アイツの気持ちは判らなくも無いけど、理解なんてしたくない。そしてアイツの命をセンセが背負う必要だってない。アイツがああなったのは自分の弱さに負けただけよ」
 自業自得と言っても良いだろう。
 だから。
「センセが気に病む必要なんか無いわ」
 その言葉は、門木の耳に心地よく響いた。
 自分のせいではない。自分は何も悪くない。
 その思いの中に逃げ込む事が出来たら、どんなにか楽だろう。
 しかし。
「……俺は…」
「まあ、結論を急ぐ事はないさ」
 ミハイルが門木の肩に軽く手を置いた。
「まだ時間はある。じっくり考えて決めるんだな」
 本音を言えば、任せたくはない。
 だが、それは本人が決める事――本人にしか決められない事だ。
「…誰にだって」
 ぽつり、レグルス・グラウシード(ja8064)が呟く。
「誰にも、止められない…大事な選択は、あると思います」
 いつか自分にも、何かを選ばなければならない時が来るのだろうかと、そう思いつつ。
 レグルスの本分は癒やしの術にある。
 もし許されるなら、敵対する者にさえ慈悲をかけるだろう。
 しかしアロンは一線を越えてしまった。
 倒す以外に選択肢はない。
「手負いの獣程危ないって言うし…最後にどうするかは戦ってる間に決めて」
 ヨルが言った。
「俺は、どんな結果になってもカドキが自分で決めた事なら、それでいいと思う」
 絶対に後悔しない決断など、そうそうあるものではないだろう。
「何が正解かなんて誰にもわからないけど、自分で決断したって事自体に意味があるんだって…そう思う」
 正解だろうと不正解だろうと、決断をした事の結果は自分が背負うしかないのだから。

「ふふ、いい眺め」
 人目も憚らず着替え始めた二人の様子を眺めていた雨野 挫斬(ja0919)が呟く。
 他の仲間達はその時間を利用して、作戦の最終確認を行った。
 転送装置から出た後は、何があっても立ち止まる事は出来ない。
 作戦を練り直している時間もないだろう。
「準備と覚悟は良い?」
 挫斬の声に、仲間達が頷く。
「先生も、良いわね?」
「……ああ」
 覚悟はともかく、準備は出来た。
 その様子を見て、山里赤薔薇(jb4090)は心の中で呟く。
(門木先生…。私には何も言えることはないよ、ごめんなさい)
 言える事はないが、出来る事はある。
 誰にも、何も奪わせない為に、出来る事が。
 杖に括り付けたクマのぬいぐるみをしっかりと抱き締めると、赤薔薇は門木に声をかけた。
「先生、どうか無茶だけはなさらないでください。先生に大事があれば悲しむ人が多くいるということだけは忘れないで」
 その真剣な眼差しに射られ、門木は頷く。
「……ありがとう。お前も…」
 いや、無茶をするなと言っても聞かないか。
 必要なら無理でも無茶でも押し通す、それが撃退士というものなのだろう。
「……無茶をするなとは言わない。その代わり、全員で無事に帰るぞ」
「はい」
 頷いた赤薔薇の頭に、門木はそっと手を置いた。
 ここにいる誰もがきっと、誰かにとっての大切な存在なのだ。
 傷ついたり失われたりすれば、悲しむ者が大勢いる。
 そして今、アロンの手で命を奪われようとしている人々も、また。

 だが、アロンには。
 彼にはいるのだろうか。
 その死を悼み、悲しむ者が――



 現場は想像以上に酸鼻を極めていた。
 町のメインストリートに、一直線に咲いた赤い花。
 あたりにツンと立ちこめる鉄臭い匂い。
 それに混じって、飛び散った汚物の匂いが鼻をつく。

 その中に、金色の姿があった。

 配下の模造天使が人々を追い込み、一箇所に集めたところでアロンが斬る。
 まるで牧羊犬に集めさせた羊を重機で纏めて轢き潰すかの様に。
「酷い…」
 誰かが呻いた。
 この状況を見れば、アロンに救済の余地がない事は明らかだ。
 死をもって償う事が本当の償いになるかどうか、それはわからない。
 しかし彼はもう、そうするしかない所まで来てしまったのだ。
「アロン、貴方はやり過ぎたのよ……今度こそ、覚悟して貰うわ」
 愛梨沙がそっと呟いた。



「あれがアロンか」
 獅童 絃也(ja0694)が吐き捨てる様に言う。
「何とも派手な敵だな、カッコから察するに自尊心の塊の様な奴かも知れんな」
 だが、その派手な黄金の鎧も返り血で真っ赤に染まっていた。
「あんなのが味方だと迷惑千万だな」
 言いつつ、絃也は闘気を解放し戦闘態勢に入る。

(あれじゃ、一般人を肉の壁として利用した方が早いんじゃないか?)
 アロンの動きを見たカイン 大澤(ja8514)の脳裏に、そんな考えが浮かんだ。
 しかし、その考えをすぐさま振り払う。
(俺はもう撃退士だろ……兵士じゃない)
 敵を倒す為ならどんな犠牲も厭わず、使えるものは何でも使え――そう教え込まれたのはもう遙か昔の事。
 相変わらず戦い以外の生き方を見つけられずにはいるが、それは誰かを守る為の戦いだ。
「功績を稼いで自分が生き延びる為じゃない」
 カインは血塗れの黄金天使にアサルトライフルの狙いを付ける。
 射程は足りないが、この一撃を当てるつもりはなかった。
 アロンはまだ気付いていない。自分達にも、己の命が残り僅かである事にも。
「気付かせてやるよ、秒読みが始まった事に」
 カウントダウン、開始。

 一発の銃声と共に、終劇の幕が開く。

「来やがったか、クソカスどもが」
 その音にアロンは虐殺の手を止め、撃退士達をちらりと見た。
 同時に周囲の模造天使達も動きを止め、アロンの周囲に集まって隊列を組む。
「だが、今はお前らと遊ぶ気分じゃない…俺の邪魔をするな!」
 その声で、金色の弾丸となった模造天使達が一斉掃射された。
 低空を滑る様に飛ぶそれは、撃退士達との距離を瞬く間に縮めて来る。
「まずはこいつらを片付けんと、本命を釣り出す余地はなさそうだな」
 絃也はその機動性を生かして飛び出すと、最も近付いた敵を思い切り蹴り飛ばした。
 次いで距離を取ると、和弓「隼」でその身体を射貫く。
 刹那、金色のヒトガタは爆発四散、その爆発が周囲を容赦なく巻き込んで誘爆が誘爆を呼び、まるで火薬庫を爆破した様な騒ぎになった。
「見た目通りに派手な連中だな」
「大丈夫ですか?」
 爆発の渦中から転がる様に飛び出して来た絃也に、駆け寄ったレグルスがライトヒールをかける。
「こいつら、死ぬのが怖くないのか…」
 その様子を見て、カインが呟いた。
「そうだろうな、作り物なら」
 自ら答えを出し、小さく首を振る。
 しかし、命令に忠実で死さえも厭わないその姿は、かつての自分や仲間の兵士達の姿を思い起こさせた。
「だが、今はもう違う」
 カインは模造天使を狙ってアサルトライフルの引き金を引く。
 近付かれる前に数を減らすしかないが、密集しているところを狙えば勝手に誘爆してくれそうだ。
 運良くそれを免れた敵は、挫斬とミハイルが確実に撃ち、吹き飛ばす。
 もはや道連れにする相手もない人形は、何の成果も出せないままに虚しく散り、その機能を停止させた。
「アロンさんよ、わかってるだろ? 俺達にこんな虚仮威しは通用しない」
 ミハイルが挑発する様に声をかける。
 さあ、来いよ。
 ガチで勝負しようぜ。
「それとも怖いのか、ん?」
 ミハイルはこれ見よがしに自分の右目を指差して見せる。
「その傷を付けたヤツが、向こうで待ってるぜ?」
 その言葉にアロンが反応した事は、遠目からでも見てとれた。
 もう一押しだ。
 ここで、仲間の背後に身を隠していたヨルが顔を出す。
「アロン、久し振り」
 今日のヨルは変装も女装もしていない。
 すでにヘイトは充分すぎるほど稼いだ、後は黙っていてもアロンのSAN値は勝手に急降下する筈だ。
「元気? …って言うのは、変かな」
 黙っていても下がるのに、口を開けば尚更だ。
 アロンの背から立ち上る、どす黒いオーラが見えた気がする。
 ここで更に、挫斬がトドメの一撃。
「キャハハハ!! 釣れた!」
 挫斬は得物をチタンワイヤーに持ち替えると、仲間達の間から押し出す様に門木の肩を叩いた。
「先生ありがと! 帰っていいわよ。さ、アロンちゃん、今度こそ解体してあげるわ!」
 ふらふらと押し出された門木の姿に、アロンの目が釘付けになった。
「…カドキ」
 そこにヨルが声をかける。
 この場合、会話は敵に聞こえない様に小声で行うものだが――勿論、声を潜めたりはしない。
 寧ろダウナー系にしては精一杯の大声で。
「今のアロンはかなり危険っぽい。仲間がいる林まで逃げて」
 無言で頷いた門木は口元に隠しきれない笑みを浮かべつつ、これまたわざと自分の存在を目立たせるかの様に一人で走り出した。
「おい先生、危ないぞ!」
 それを護衛役のミハイルとカノン、愛梨沙、そして変装した門木本人が追いかける。
 しかしアロンは――
「向こうにはヤツがいると言ったな」
 彼等の背中を見送り、アロンはヨルに向き直った。
「ヤツに伝えておけ、ズタズタに引き裂いたキサマの死体を手土産にしてやると」
 手にした杖が輝きを増す。
「いや、ヤツの目の前で引き裂いてやった方が楽しいか」
 クックッと喉を鳴らし、アロンは杖を振り上げた。
「どっちにしろ、蛇を絞め殺すのは後で良い。最高の楽しみは最後までとっておくものだ…なあ、そうだろ?」

 アロンは釣れた。
 だがそれは、ピッチピチの生き餌を用意したのに何でわざわざダミーの疑似餌に食い付くかな、みたいな。
 しかし、それでも良い。
 結果的にアロンの注意は一般市民から逸らされ、それに伴って残っていた模造天使達も彼の周囲に集結を始めていた。
 このまま引き付けておけば、市民の犠牲が増える事はもうないだろう。
 邪魔さえ入らなければ、避難や救助活動は連絡を入れておいた地元の撃退士達がやってくれる。
 自分たちは目の前の敵に集中するだけだ。

 アロンの杖から閃光が迸る。
 それは一直線にヨルに向かって行った。
 しかし――
「あなたになんか、負けません! 僕の仲間は殺させない!」
 その前に立ったレグルスがシールドで受ける。
 貫通攻撃のダメージは防げないが、神の兵士で被害を最小限に抑える事は出来た。
 後はヨル自身の防御と回避――に期待するのは酷なので、そこは運に賭けておこう。
 レグルスの支援もあって、ヨルは何とか持ち堪えた。
「僕の力よ! 仲間の傷を癒す、光になれッ!」
 アロンに向き合ったまま、レグルスはライトヒールを二回。
「…それがあなたの選択なんですね」
 静かな口調で言った。
「なら、僕たちは。僕たちにとって最善の選択をします」
 デザートローズロッドを掲げる。
「…消えてください」
 しかし、そのままでは距離が足りない。
 レグルスはアロンを射程内に収めるべく、地面を蹴って飛び出した。
 その隙に、ヨルが雑木林を目指して走る。
 アロンは向かって来たレグルスを無視して、その後を追おうとしたが――

 偽門木と本物、それに護衛の三人は、アロンを誘導すべく雑木林に向けて走っていた。
 その後を模造天使がゾロゾロと追いかけて来る。
 しかし肝心のアロンの姿が見えなかった。
「追って来ないのか?」
 模造天使を撃ち倒しながらミハイルが周囲を探るが、それらしき気配はどこにもない。
 偽門木は雑木林の手前で立ち止まると、口元の笑みを広げた。
「でも、来て貰わないと困るんだよねえ」
 彼等は反転すると、アロンの後方に回り込む。
 物陰に身を潜め、偽門木はスナイパーライフルを構えた。
 ヨルを追って飛び出そうとする無防備な背中に向けて引き金を引く。
 アウルの銃弾が黄金色の翼を貫いた。
 アロンがまるで遊びを邪魔された子供の様な顔で振り向く。
 そこに自分に銃口を向けている門木の姿を見て、彼は目を疑った。

「――蛇…?」
 もう一発、アウルの弾丸が顔の脇すれすれを掠めて行く。
 あの銃は本物だ。
 豆鉄砲や旗が飛び出す様なオモチャではない。
 今度こそ、本気の抵抗なのか。
 その瞬間、アロンはヨルの存在を忘れた。
 走り出した時に何かが身体に当たった気がしたが、それを気にする余裕もなかった。

 偽門木を追ったアロンを守る様に、模造天使達もまた動き出した。
 だが、その場に残った数も多く、また周辺のビルの陰や狭い脇道、至る所から次々に沸いて来る。
「センセはあたしが絶対に守るからね」
 ヴォーゲンシールドを構えた愛梨沙は門木の前に立ち、近付く模造品達にコメットで彗星の雨を降らせた。
 一発でも当たれば、それは重圧を受ける間もなく自爆する。
 広範囲を巻き込んで誘爆してくれれば、それだけで楽に数を減らす事が出来た。
 しかし、それも使えるのは僅か二回。
 それが切れれば後は地道に一体ずつ片付けて行くしかない。
 ミハイルはその射程の長さを生かして、まだ遠くにいるものから優先的に倒していった。
 もう少し近付いたものは、ディバインランスを振りかざしたカノンがフォースの威力で弾き飛ばす。
 遠くで爆発させてしまえば、その爆風が届く事もなかった。
 それさえも抜けて来るなら、後はもう身体を張って守るしかない。
 ミハイルが回避射撃で軌道を逸らし、それでも危ない時には愛梨沙がブレスシールドで受ける。
 彼等の視覚から向かって来るものがあれば、カノンが防壁陣を張り、庇護の翼を広げて守った。
「ここは通しません」
 スキルが切れても入れ替えている暇はない。
 それでも、ここが自分の立つべき場所だから。
 無理でも無茶でも、それだけは譲れないのだ。

 三人は門木を守る陣形を保ちながら、雑木林に向けてじりじりと後退する。
 その時、後方の模造天使達が大規模な爆発を起こした。
 門木達に迫る彼等の背中に、赤薔薇がマジックスクリューを放ったのだ。
(先生を守らなきゃ)
 護衛に就いた三人の腕は確かだろうが、彼等の負担が増える事を門木は望まないだろう。
 それに模造天使は自走式の機雷の様なもの、放っておいたらアロンとの戦いにも支障を来す。
 ここで少しでも減らしておけば、後の戦いが楽になる筈だ。
 今まさに門木を守って戦っている筈の仲間達も、きっと。
 スキルを使い切るまで攻撃を続けた赤薔薇は、誘爆の余波が残る中を駆け出した。
 アロンを雑木林で待ち伏せるべく先行した者達と合流する為に。

 偽門木は雑木林の奥へと逃げる。
 が、ふいに立ち止まると、追って来たアロンに向き直り、おもむろに白衣の前をはだけて見せた。
 いや、あの、よく夜道か何かでコートの前を開いて中身を見せ付ける変態さんではない。
 見せ付けたいのは、いつの間に仕込んだのか白衣の内側にずらりと仕込んだ注射器の数々だ。
 偽門木はその一本を取り出すと、自分の腕にブスリと突き刺し硬骨の表情を浮かべる。
 これぞまさしく、マッドサイエンティスト。
 その余りの変貌ぶりに、さすがのアロンもただ呆然と見守るばかり。
(ドーピングしたとでも思ってくれれば御の字だね)
 なおスキルは全て、特製の発明品であるという設定だ。
 ニヤつく口元を隠しながら、偽門木は再び走り出す。
 この先では、先回りした仲間達が待ち構えている筈だ。

 真っ先に雑木林に飛び込んだヨルは、気配を殺しながら木々の間を慎重に進んだ。
 阻霊符を使っている今、地中や木の幹から敵が飛び出して来る事はないだろうが、隠れる場所には事欠かない。
 それにアロンには透明化という秘策がある。
(急に襲われたら…俺、死ぬかも)
 そうなったら、悲しんでくれる人は――いる。
 悲しむどころか、速攻で追いかけて来そうな人が。
 それは困る。
 困るから、死ねない。
 そんな事を考えながら歩いていると、視界の隅にキラリと光る何かが見えた。
 アロンだ。
 あの金色の姿は嫌でも目立つ。
 彼の目は今、偽門木に釘付けになっていた。

 偽門木が血を吐き、苦しげに呻いている。
 これもドーピングの副作用を演出する為の芝居だった。
 だが、それをじっと見ていたアロンの目が、すぅっと細くなる。
「そうか、俺はまた……騙されたのか」
 自嘲気味に笑った。
 何処で気付いたのだろう。
 或いは最初から気付いていたのかもしれない。
「あいつは、いつもそうだ。そうやって俺を馬鹿にして……いつも、いつも、いつもいつもいつも……っ!!」
 アロンが吠えた。
「それが気にくわねぇって言ってんだ出来損ないの片羽根野郎がぁッ!!」
 その瞬間、背中に衝撃が走る。
「俺の仲間、悪く言わないでくれる?」
 振り向くと、魔法書を手にしたヨルの姿があった。
「てめぇもだ、クソガキがぁっ!」
 突っ込んで来るアロンを、ヨルは炎の狂想曲で迎撃する。
 そこに追い打ちをかける様に、明が背後から韋駄天斬りを叩き込んだ。
 背後からの奇襲に思わず膝をついたアロンは、不利な体勢を立て直そうとその姿を隠す。
 しかし――

「そこだ!」
 追いついて来たミハイルが目印となる一撃を撃ち込んだ。
 マーキングの効果で姿は見えなくても居場所はわかる。
 その同じ場所を目がけて、ヨルは属性攻撃を乗せたグローリアカエルを撃ち込んだ。
 攻撃や防御を行えばアロンの術は解ける。
 常世の闇が、姿を現したアロンの黄金の光を飲み込んだかに見えた、その時。
 闇は内側からあふれ出した光に祓われ、消えた。
 バリアだ。
「だが、それも長くは続くまい?」
 最大級の攻撃を凌いだその隙を突いて、絃也がアロンの懐に飛び込む。
 真っ正面から攻撃すると見せかけて足を強く踏み込み、素早く側面に回り込むその勢いでシュトルムエッジの爪を立てた。
 弾かれる感触はあったが、構わない。
 一旦離れて木の幹を蹴って跳躍、頭上から爪を振り下ろす。
 その攻撃にタイミングを合わせ、樹上に身を隠していたカインがルシフェリオンと共に降って来た。
 落下の勢いと武器の重さ、それに自分の全体重を乗せて叩き付ける。
 爪痕に交差する大剣の刃。
 思わず膝をついたその背に、赤薔薇がドラグ・スレイヴで追い打ちをかけた。
 巨大な火球が撃ち込まれ、守護の力はその限度を超えて霧散する。
「く…っ」
 アロンは再び姿を消した。
 しかしミハイルの目がそれを追い、銃口がその位置を示す。
 だが、その射線は集まってきた模造天使達に塞がれてしまった。
 その陰に身を隠し、アロンは回復を急ぐ。
 模造天使達は主人の身を守る少数だけを残して、一斉に自爆攻撃を仕掛けて来た。
「先生っ」
 二体の敵が門木の方に向かったのを見て、赤薔薇が割って入る。
 しかし、その瞬間。
「そこかあぁぁぁッッ!!」
 黄金の翼で舞い上がったアロンが、空中から光の矢を放った。
 それは模造天使を貫き通し、一直線に門木に向かって飛ぶ。
「貫通攻撃だ、避けろ!」
 ミハイルが叫ぶ。
 回避射撃は使い切った。自爆ダメージは盾で止められても、貫通攻撃は防げない。
 だが、ミハイルの声を聞いたカノンは門木を思いきり突き飛ばした。
 少々荒っぽいが、直撃を受けるよりはマシだ。
 爆風はその場に残った愛梨沙が受け止めてくれた。
 しかし、休む間もなく二撃目が来る。
 更にもう一撃。
 だが、それ以上はなかった。
 スキルが切れたのか、或いは遠距離攻撃を持つ仲間達による集中砲火を浴びたせいか。
 失速し半ば墜落する様に、アロンは地上に降りた。
「きゃははは! これでもう逃げられな〜い!」
 背後から接近した挫斬が宙返りからの雷打蹴で後頭部を抉る。
 それでもまだ、アロンは門木から目を離さなかった。
 杖を握り直し、血走った目を向ける。
「ねぇ、なんでアロンはそんなにカドキの事嫌いなの」
 その異常なまでの執着ぶりに、ヨルは思わず尋ねていた。
 自分を嫌うのはわかる。
 でも門木は何故?
「…今更だけど、何か理由があるのかな」
「うるさい!」
 アロンの杖が光り、そこから全周囲に向けてエネルギー弾が飛ぶ。
 それは至近距離に立っていた挫斬を薙ぎ倒し、自身の護衛をも巻き込んで広がった。
 咄嗟に射程外へと逃れたヨルにも、誘爆の余波が襲いかかる。
 だが追撃は出来なかった。
「壊すことしかない、殺すことしかないあなたに…僕たち、癒し手の誇りがわかるはずはないッ!」
 レグルスが立ちはだかる。
「相手のことを思いやらない、あなたにはわからない!」
 それが、わかるくらいなら。
 その脳裏に、赤く染まった街路の光景が蘇る。
「殺しあうんじゃない、別の道だって…見えていたはずだったのに!!」
 レグルスはデザートローズロッドをアロンに叩き付けた。
 その隙に、明はアロンの右側、見え難い側面へと回り込む。
「私から目を離したな」
 杖を持つ右手にワイヤーを絡め、引いた。
「ぎゃあぁっ!」
 腕の肉に細い糸が食い込む。
 そこに得物を巻布に持ち替えたカインが飛び込んだ。
「イチャイチャしてないでこっちも遊んでくれよ」
 ジークンドーの構えをとり、いきなり膝へ関節蹴り。
 それは挑発だ。
 乗って来るか、ブチ切れていても冷静か。いや、乗らなくても構わない。
 アロンは明らかに不利と見て上空へ逃れようとするが――
「逃げられないって言ったでしょ?」
 その身体を挫斬が引き戻す。
「アハハ! さぁ! 私と一緒に死にましょう!」
「離せ!」
 だが、離せと言われて素直に離す筈もない。
 挫斬が押さえつけている間に、右目を狙ったカインが神速を乗せた右腕で貫手のジャブを打つ。
 辛うじて振り払ったアロンの右手を抑え、カインは膝を踏みつけて身体を反転、左手の親指をアロンの右目に突っ込もうとした。

「――やめろ!」

 声を上げたのは、アロンではなかった。
 皆の視線が一点に集まる。
「……あ…、すまない。余計な事を…」
 小さく首を振って、門木は背を向けた。
 わかっている。
 止められない事も、止めてはいけない事も。
 それでも、杖を握った手の震えは止まらなかった。
 その手にカノンは自分の手を重ねる。
 愛梨沙も、また。
 赤薔薇はジャケットの裾をぎゅっと掴んだ。

 無粋な邪魔が入った事に気を悪くした様子も見せず、カインは淡々と作業を続けた。
 髪を掴んで顔面に頭突きをし、そのまま右で肘打ち、離れ際に膝と足の甲を力任せに踏み付ける。
 そこに、気を練り上げた絃也が近付いて来た。
「そろそろ潮時だ、観念しろ」
 逃げ出そうにも、身体は挫斬の手で羽交い締めにされている。
 右腕は後ろに捻り上げられ、取り落とした杖は手の届かない所に蹴り飛ばされていた。
「俺の実力じゃお前は倒せない、だからこの場でお前を壊す」
 表情も変えずにカインが言う。
「や、め……やめろ! 来るな!」
 今度はアロン本人の言葉だ。
「来ないでくれ、頼む、死にたくない!」
 だが、絃也は首を振る。
「お前は彼等の命乞いを受け入れたのか」
 助けてくれと叫んだ彼等の願いを聞き入れたのか。
「因果応報だ」
 絃也は乾坤一擲の大勝負に出た。
 だがもう、後の事など考えなくてもいい。
「この一撃押し通す、その身押し伏せる」
 これで終わりだ。
 絃也は腕を高く振り上げると、次の瞬間、上から下に一気に振り下ろした。
 まるで地面に虎を押し伏せる様に、その拳を叩き付ける。
 それに合わせて背中に回り込んだカインは腎臓に拳を打ち込んだ。
 人と同様の身体構造なら、天使もそこが急所である筈だ。
 最後に、挫斬が大剣を振り下ろした。



「先生、もう一度訊くぞ」
 辛うじて息のあるアロンをワイヤーで縛り上げたミハイルが尋ねる。
「こいつに対して、感じるのは憎しみだけか?」
 答えは聞くまでもないだろうが。
「そうでないなら、背負うべきと考えているならお勧めしない。後味の悪さが残るぞ」
 もしも「〜べき」ではなく「〜したい」なら。止めはしない。
「その杖でやれ」

 だが、カノンは首を振った。
 自分は堕天し、撃退士としての道を進むと決めた身。そして、撃退士としてならばとる選択肢は1つしかない。
「先生……私は、先生の「アロンを救いたい」という思い、大切な、先生らしさだと思います。それを義務感や責任感で歪めて欲しくありません」
 その思いは、そのままでいい。
 たとえ叶う事のない思いだとしても。
 守る事も奪う事も、その覚悟をもってこの道を選んだ者が背負うべきものだ。
「それが『撃退士』を選んだ、私達の仕事だと、私はそう思います……だから、私達に任せてください」
 ここで門木が手を下してしまったら、彼の魂は壊れてしまうだろう。
 それでは守った事にならない。
 命を守っても、それが魂のない抜け殻になってしまったら……きっと誰も、幸せにはなれない。
「私達に、守らせてください」

「……ごめん…、ありがとう」
 背を向けた門木の掠れた声が、そう告げた。










 結局、アロンは何も語らなかった。
 門木を嫌う理由も。
 そのくせ執着する理由も。

 もう二度と、その声を聞く事もない。

(…この天使は、門木先生にとってはお兄さんのような存在だった)
 レグルスは足下に横たわるその姿を見て思う。
(僕も、兄さんがああなってしまったら…「そう」するのか? 僕は…)
 自分で手を下すにしろ、そうでないにしろ――
 どちらを選んでも、きっと後悔は残る。
「…願うなら。先生が、それで…救われますように」

「如何なるものであろうと、その選択に祝福を。道程が良きものとなるよう願っているよ」
 まだ変身を解かない明が呟く。

「先生、妙なことは考えるなよ」
 ミハイルがそっと声をかけた。
「これがどこにでもある戦場で俺たちの日常だ。何とかしたいと思うなら先生の責務を果たせ」
「……」
「それが何かは分かってるだろ」
 答えは聞かず、ミハイルは門木の肩をぽんと叩く。
「……酒飲みたくなったら付き合うぜ」

 その周囲に人気がなくなった頃を見計らって、愛梨沙がそっと近付いた。
 黙ったまま、背中から腕を回す。
 これで少しでも楽になってくれれば――



「アロンは解体したよ」
 学園に戻った挫斬は高松を訪ね、人目も憚らずに抱きついた。
「これで更に貸し1。ふふ、早く返してね」
 耳元で囁き、そっと離れる。
 微笑む挫斬に、高松は一瞬、当惑の表情を浮かべた。

 彼女がその意味を知るのは、まだ先のこと。



 そして――

「そうか、アロンが……」
 訃報を聞き、リュールは溜息をひとつ。
 あの子は大丈夫だろうか。
 いや、心配はいらない。
「あの子はもう、一人で耐えていた小さな子供ではない」
 支えてくれる仲間も多い。
 きっと大丈夫だろう。

「これで心置きなく逝ける――か」
 そう言って、足下の白い犬を撫でた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: Eternal Wing・ミハイル・エッカート(jb0544)
 夜明けのその先へ・七ツ狩 ヨル(jb2630)
 天蛇の片翼・カノン・エルナシア(jb2648)
重体: −
面白かった!:11人

厳山のごとく・
獅童 絃也 (ja0694)

大学部9年152組 男 阿修羅
紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
高松紘輝の監視者(終身)・
雨野 挫斬(ja0919)

卒業 女 阿修羅
『山』守りに徹せし・
レグルス・グラウシード(ja8064)

大学部2年131組 男 アストラルヴァンガード
無傷のドラゴンスレイヤー・
カイン=A=アルタイル(ja8514)

高等部1年16組 男 ルインズブレイド
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト