●冒険の始まり
川原の草むらに落ちた平面うさぎ達は、一箇所に身を寄せ合った。
「みんな、いるうさ?」
「大丈夫うさー」
二匹、いや二枚の語尾は似ているが、微妙に違う。
伸ばさない方が風読みが得意な「藤花うさ(星杜 藤花(
ja0292)」、伸ばす方が必殺のニオイ攻撃を持つ「由真うさ(或瀬院 由真(
ja1687)」だ。
「ボクも平気うっさ!」
五感に優れた「千速うさ(音羽 千速(
ja9066)」は、背筋、いや紙面をピンと伸ばして胸を張る。
その後ろで、何でもくっつける能力を持つ「翠月うさ(鑑夜 翠月(
jb0681)」は、早速カモフラージュの為に周囲の草を身体にくっつけようとしていた。
しかし、それを慌てて止める一枚のうさぎ。
「雨上がりの草むらは水滴がいっぱいピョン! びしょびしょになるピョン!」
カメレオンの様な迷彩能力を持つ「マリうさ(マリス・レイ(
jb8465)」だ。
「その代わり、こうすれば良いピョン」
マリうさは、翠月うさとぴったり重なって迷彩オン。
「すごいにぇ! 見えなくなったにぇ!」
投擲が得意なヨレヨレ切手の「ヨレうさ(平田 平太(
jb9232)」が驚いている。
「皆、すごい能力を持ってるんだじぇ」
忍び足が得意な「ジェガうさ(ジェガン・オットー(
jb5140)」が、感心した様に頷いた。
因みに特殊語尾はなくても構わないのだが、あった方が区別が付きやすいので勝手に付けさせて頂いた次第。
キャラじゃないかもしれないが、夢なのでそこはご勘弁を。
「全員で力を合わせれば、無事に届ける事が出来そうですにゃん」
翠月うさの語尾が猫っぽいのは、きっと前世か何かの影響だろう。
出発を前に、七枚の平面うさぎは円陣を組んだ。
「ゆーびんはぜったいとどけるうさ! わたしたちがとどけるのは『しめい』うさ!」
風が呼ぶ方角へ。
「サカイ先生とモモカちゃんに無事にお手紙を届けるピョン!」
鞄や机の抽斗や、ポストの中しか知らなかった彼等。
初めて見る外の世界は驚きと危険が一杯だが、皆で頑張ればきっと辿り着ける。
「みんなが一生懸命書いてくれた、とても可愛らしいお手紙ですにゃん。なんとしても届けましょうにゃん」
えい、えい、おー!
「それじゃあ、しゅっぱーつ進行だにぇ!」
「うん、がんばろー! うさ!」
勇ましく声を上げると、うさぎ達は元気に歩き…いや、ぴょんぴょん跳ねだした。
●川原を抜けて
春の川原には美味しそうな新芽がたくさん顔を出している。
「でも使命があるうっさ!」
思わずその誘惑に負けそうになった食いしん坊の千速うさは、後ろ髪ならぬ後ろ耳を引かれる思いで皆の後に続いた。
ここは人が歩いた跡らしく、良い具合に草が踏み倒されている。
「この道なら草の露で濡れる心配もないピョン」
ご機嫌で跳ねるマリうさ。
「身だしなみは大切ピョン…! 汚れたり、濡れたりしないように気をつけるピョン!」
少し先では忍び足で先行したジェガうさが周囲の安全を確認し、葉書の角をくいくいと曲げて手招きしている。
「こっちは大丈夫、危険なヤツはいないじぇ」
しかし油断大敵。
障害物のない道は、上空からも良く見えるのだ。
「なんかばさばさって音が空から…うっさ」
見上げれば頭上にはカラス。
「来ないでうさっ、葉書なんて美味しくないうさー!?」
だが好奇心旺盛なカラスは、餌以外にも何か面白そうなものがあれば興味を示すのだ。
「困ったうさー、どうするうさー!」
由真うさは隠れ場所を探して右往左往。
しかし両脇の濡れた茂みに飛び込んだらビショ濡れだ。
でも大丈夫、こんな時には迷彩でやり過ごせば良い。
「みんな、ぴったり重なるピョン!」
マリうさを一番上に、七枚が素早く重なり保護色に。
獲物を見失ったカラスは何度か上空を旋回すると、興味を失った様に何処かに飛び去った。
「これで一安心うさー」
由真うさ、ほっと一息。
しかし安心するのはまだ、まだまだ、まだまだまだまだ早かった。
「あ、そっちの草むら、雨露がたまってうっさ」
「ちょうどそっちから、かぜがくるうさ!」
ぴゅーっ、ばらばら!
風が払って落とした露が、まるで大粒の雨の様に降りかかる。
水が大嫌いなジェガうさは、恐怖の余りに一歩も動けなくなってしまった。
しかし仲間達が手を繋ぎ、その端っこを翠月うさが「えいや」と引っ張る!
間一髪、ジェガうさは超局地的集中豪雨地帯から引っこ抜かれた。
「助かったじぇ、ありがとうなのじぇ」
雨と風が止んだ頃合いを見計らい、彼等は危険地帯を駆け抜け…いや、跳ね抜けた。
●橋を渡って
橋の上は、川原よりも風が強かった。
そのせいか、路面はもう殆どが乾いているが――
「端を通って行けば大丈夫…うわ、水溜りがひろいうっさ」
それでも残っている水溜まりは、小さな平面うさぎ達にとっては大きな海の様に見えた。
「海って見た事ないけど、きっとこんなのピョン」
「どうやって渡りましょうにゃん?」
「うーん、うーん…飛ばしてもらえばボク達は渡れるうっさ?」
「それなら任せるにぇ、みんなを向こう岸まで投げるくらい、お手の物だにぇ」
しかし、それだとヨレうさが最後にひとり取り残されてしまう。
うーん、うーん。
考えているうちに、遠くから地響きが迫って来た。
「車うさー! 轢かれるうさー! ただでさえ薄いのに、更に踏まれてぺらぺらになるだなんて嫌でうさー!」
更に、水溜まりの泥水が大きな波になって襲いかかって来る!
「皆さん、手を繋いで下さいにゃん!」
翠月うさが、仲間に手(葉書の端っこ)を伸ばす。
「ヨレうささん、僕を欄干の上まで投げて下さいにゃん!」
「わかったにぇ!」
皆が凧の尻尾の様に繋がったところで、ヨレうさは先頭の翠月うさを担いで思いきり投げた。
頭上を抜けて飛んで行く仲間達。その最後の端っこに手を伸ばし、くっついたヨレうさの身体も一緒に舞い上がる。
ぺたり、翠月うさが欄干のてっぺんに貼り付くと、千速うさが叫んだ。
「みんな、ぴったり重なるうっさ!」
しゅるしゅると引っ張り上げられる様に重なる七枚。
その脇を、彼等のすぐ下まで泥水を跳ね上げて車が走り抜けて行った。
危ない危ない。
排気ガスにも気を付けないといけないし、人に踏まれても足跡が付いてしまう。
「このまま風に乗って、向こう岸まで飛べないうっさ?」
上手く風に乗れば商店街までショートカットが出来るかもしれない。
「いま、かざむきをしらべるうさ」
藤花うさは欄干の上に立ち、耳(葉書上部の両角)をピコピコ。
「いいかぜがくるうさ!」
それを捉えて、V字型に手を繋いだうさぎ達はふわりと風に乗る。
欄干から飛び立ち、川面を超えて、無事に商店街の裏手に着地。
ここは人通りは多いが車は来ない、おまけに隠れる場所には事欠かなかった。
ただし大きな荷物を両ハンドルに下げたママチャリには注意。
ふらふらよろよろ、どっちに突っ込んで来るかわからない。
そんな時には店のショーウィンドウに貼り付いたり、陳列台の下に潜り込んだり。
●ほっと一息
「ああ、安全とは素晴らしいうさー。開放感抜群でうさ♪」
人通りもまばら、車も自転車も来ない、水溜まりもない。
安全地帯に入った由真うさは、人目を憚らずに思いっきり跳ねる。
「あそこで少し休んでいきませんにゃ?」
翠月うさが指差したのは、芝生が綺麗な花いっぱいの庭。
目的地まで、あと少し。ここらで休憩がてらに身だしなみを整えておくのはどうだろう。
「必ず皆、無傷でつくにぇ! だから、少し遊んじゃうのは許してほしいにぇ…」
「だいじょうぶうさ? よごれてないうさ?」
芝生の庭に降り注ぐ柔らかな陽射しの下、きれい好きな藤花うさは、身体に付いた小さな汚れや埃を由真うさに払ってもらう。
「よごれはできるだけつかないように、きをつけなきゃ。よめなくなったら、だしたこどもも、あてさきのセンセーも、かなしむもの」
「あれ、これは何うさー?」
藤花うさの身体には、小さな野の花がくっついていた。
「さっき、かわらでつんできたうさ」
先生に届いた時に、びっくりさせられるように。
自分は他の皆と違って印刷ミスのある変な切手だから、受け取った先生が気付いたら、きっとがっかりするだろう。
だからせめて、きれいなお花やその香りで喜ばせてあげたいと、そう思って。
「良い匂いうさー」
それに比べて自分の匂いは。
「こ、この能力だけはなるべく使いたくないでうさー…」
犬や猫も逃げるなんて、どれほど酷い匂いなのだろう。
その傍らでは、ヨレうさが自分を貼った子供の事を思い出していた。
「あの子は、葉書を書いてる途中で寝てしまったのにぇ」
お陰でせっかく買った二円切手がほっぺについてヨレヨレに。
ついでにヨダレのオマケまで付いたかもしれない。
切手に生まれた事に不満はないけれど、ただひとつ言わせて貰えるなら。
「私を綺麗に貼ってほしかったにぇ…」
まあ、贅沢は言うまい。
「私はただの切手のウサギだにぇ、葉書に貼られたならきっちり仕事はするにぇ(フンス」
因みに切手に性別はな――え、藤花うさは女の子?
見た目は全く同じエゾユキウサギで――え、茶色いロップイヤーラビット?
うん、そこは兎それぞれという事で。
「…お日様が、ぽかぽかあったかで、ちょっと眠たくなりそうピョン…」
空気は雨上がりの良い匂いがするし、そよそよ吹く風は気持ち良いし――
「っは! いやいや頑張って進むピョン…!」
休憩、終わり!
●多分最後の試練
「このままいけば…う、先が砂利道うっさ」
しかもそこは乾きが悪く、水溜まりがあちこちに残っている。
それでも斥候のジェガうさを先頭に濡れた所を慎重に避けながら、彼等は進んだ。
だが、遂にジェガうさの足が止まる。
「また、大きな水溜まりだじぇ…」
足が竦んでいる。
しかし、これを超えなければ目的地には辿り着けないのだ。
(絶対に届けるにぇ! 絶対にこの思いを届けるにぇ!)
また皆で繋がって、一緒に飛べば良いだろうか。
「今度はこれを使いましょうにゃん」
翠月うさが引きずって来たのは、ふわふわ軽いビニール紐。
その片方の端を持った翠月うさを、ヨレうさが頭上に張り出した細い枝に向けて投げる。
ぐるん、ぐるん。
翠月うさは鉤ロープの様に枝に絡み付き、紐を括り付けた。
垂らした紐にぶら下がり、翠月うさは手を伸ばす。
「僕に掴まって下さいにゃん」
先程と同じ様に皆で繋がり、反動を付けて紐を揺らし――いーち、にーの、ぴょん!
風に乗り、タイミングを合わせて飛ぶ。
見事、全員が向こう側に着地…したまでは良かったのだが。
「ね、猫だじぇ!」
再び先行したジェガうさが硬直。
「ね、猫がくるうっさ!」
千速うさも、その場で固まった。
大丈夫、猫は動かないものには興味を示さない筈。
けれど悪戯な風が彼等のペラペラ身体を揺らし、弄ぶ。
お猫様、どうやらその動きがお気に召したらしい。
「こら、離れるにぇ!」
注意を逸らそうと、ヨレうさが猫の足元に石を投げてみる。
だが猫はそんな陽動には見向きもしなかった。
「ボクは美味しくないうっさ、爪を立てようとするなうっさ…た、助けてぇ!!」
「つ、遂に奥の手を使う時が来てしまったうさー!?」
由真うさは風上に陣取り、仲間達に頼んだ。
「覚悟完了うさっ! さぁ、私をこするうさ!」
ごしごしごし、ぷぅ〜ん。
猫の苦手な匂いが風に乗って広がっていく。
『みに゛ゃっ!?』
こしこし、猫は鼻の頭に皺を寄せ、前足で顔を擦った。
くしゃん、クシャミ一発すたこらさっさ。
「ふう、追い払ったうさー」
「…皆の御蔭でたすかったうっさ…」
千速うさの宛名面には、泥で描かれた梅の花が二つ三つ咲いていた。
だが、それくらいなら。
それより問題なのは――
「先生の家に着くまでに匂いが取れるか心配うさー…」
目指す家は、もう目と鼻の先だった。
●桃の花咲く庭
「サカイ先生のお家! やっぱり桃の花が咲いてるピョン!」
それは誕生の記念樹として植えられたのだろう。
まだほんの苗木といった大きさだったが、可愛らしいピンク色の花を沢山つけていた。
「赤ちゃんが居るから静かに…ピョン」
そーっと、そーっと。
「最後の関門うっさ…あの赤い郵便受けに入ればボク達の使命は完了するうっさ…」
しかし。
『ワン!』
犬! 怖い! デカイ! 通れない!
「も、もう匂いを出す訳にはいかないうさー…」
ここで出したら「クサイハガキ」と思われるのは確実!
『ワンワン、ワン!』
尻尾を振りながら吠える犬。
「わ、私たちはお前に届けるんじゃないにぇ〜」
だが良く見れば、それはちゃんと繋がれている。
「遠回りをすれば避けて通れそうですにゃん」
それでも怖いけれど、全ては想いを届ける為。
怖いなんて行ってる場合じゃ――
「でもやっぱり怖いじぇじぇじぇー!」
ダッシュで跳び抜けるジェガうさ、それを追って仲間達も全力で跳ぶ。
小さな家庭菜園の脇を抜け――
「! あれはニンジン…! っ、だめだめ、泥がついちゃうピョン、我慢だピョン…!」
ここまで来て誘惑に負けるとかアリエナイ、頑張れマリうさ!
そして辿り着いた玄関前。
七匹の平面うさぎ達は万感の思いを込めてポストを見上げる。
彼等にしてみれば、それはまるでスカイツリーの様に高く聳え立って見えたけれど。
「ここが勇気の出し所うさー。気合入れてポストへINうさー!」
でも、飛び上がっても届かない。
「私が投げるにぇ」
自分はいいから、仲間達だけは!
ヨレうさは六枚重ねの仲間達を投げる。
狙い定めてポストの口を目掛け――しかし、やはりポストは高すぎた。
ゴンッ!
縁に当たって跳ね返り、仲間達はバラバラに散る。
それでも諦めず、由真うさはポストの下で必死に跳ね続けた。
と、そこに――
『何か騒がしいみたいだけど…?』
人間が顔を出した。
きっとこの人がサカイ先生だ。
「にぇにぇにぇ、届け先はあなた、届け物は私たちだにぇ」
人間に平面うさぎの声は届かない。
けれど先生は足元に散らばったハガキを見て目を細め、それを丁寧に拾い集めた。
『まあまあ、誰が届けてくれたのかしら?』
先程来た郵便屋さんは、何枚かのハガキをなくしてしまった事を何度も何度も謝っていたけれど。
『あら、良い匂い』
一枚のハガキには小さな野の花が付いている。
そこに貼られた印刷ミスの切手は、いずれコレクター垂涎の的になるかもしれない。
だが彼女がそれを手放す事はないだろう…何年経っても、どんなに高値が付こうとも。
別のハガキからはオレンジの良い匂いがした――そう、猫は柑橘系の匂いが苦手なのだ。
『ずいぶん長い旅をしてきたみたいね…お疲れ様』
少し汚れてくたびれたハガキ達を大事そうに胸に抱え、先生は言った。
『ありがとう』
それはまるで、うさぎ達への感謝と労いの様で――