●前門の虎猫
「…また貴様らか」
行く手を塞いだ撃退士達の姿を見て、黒田は大きな溜息を吐いた。
先日と顔ぶれは違う様だが、学園生に変わりはない。
彼等はまだ一言も発してはいなかったが、その顔を見れば何を考えているのかは大体想像が付いた。
「加勢に来たのなら殿に付け、そうでないなら道を空けろ――と言っても、聞かんのだろうな」
「わかってるなら、どいて貰えないかな?」
並木坂・マオ(
ja0317)が、にっこりと微笑む。
「黒田さん、奇襲かけるつもりなんでしょ? でも、こんな所でこんなに大勢で立ち止まって話してたら、全然隠れてないよね?」
奇襲とは普通、相手に気付かれずに隠れて襲撃する事だ。
「目立っちゃってる時点で、もう失敗だと思うんだけど」
「ならば、その失敗の原因は貴様らにある。そう報告しても構わないのだな?」
黒田が言い募る。
「ここで奴等を阻止出来ず、人質を見捨て、結果として図に乗った奴等が更なる無体な要求を突き付けて来たとしても、貴様らが全ての責任を取るのだな?」
「んー、それってさ、アタシ達が負ける前提で話してない?」
マオが首を傾げる。
「確かに簡単に勝てる相手じゃなさそうだけど、でも、やってみなくちゃわからないじゃない」
「それに、この勝負イベント自体がなんか怪しいよな」
獅堂 武(
jb0906)が言った。
「どうも今までに聞いた話と違うみてぇだし、どうにも目立ちすぎるだろ。っつー事は陽動、こっちを誘い出す為の罠って事も考えられる」
こちらが奇襲をかける事を見越して、向こうも大量の伏兵を仕込んでいるかもしれない。
「その可能性はあります」
黒羽 拓海(
jb7256)が頷く。
「大軍を釣って伏兵で叩く餌か、或いは戦力を割かせて撃退署を狙う陽動か。それに、仮にダルドフを討つ事が出来たとしても、ゲート内の人間の安全は保証されません」
「寧ろ却って危ない事になりそうよね」
ユグ=ルーインズ(
jb4265)の呟きを聞き咎め、黒田は眉を上げた。
「どういう事だ?」
「だってそうでしょ? 奇襲で追い詰められたダルドフが、精神を一気に吸い上げでもしたらどうするわけ?」
もしダルドフを喪っても、その部下がいる。
或いは他の誰かがその後を継ぐ。
勿論、ゲートは作成者の死後もコアが破壊されない限りはそのまま残る。
「ゲートがある限り、向こうはいつだってそう出来るのよ? 今までそれをせずにいるのは、あくまであちらの温情に過ぎないわ」
そして温情をかけているのは恐らく、人間に対する信頼があるからだ。
それを失えば、人はただの餌に成り下がる。
「義を欠いた行動に正義なし、そんな物は犬でも喰わへん」
蛇蝎神 黒龍(
jb3200)が首を振る。
「大人数で奇襲して中にいる観客…この場合は人質やな、彼等に流れ弾で被害が出る事は想定可能やろ」
「それでも、ここで敵の将を討てるなら――」
「多少の犠牲はやむを得ん? 被害を知らん振り通して隠し通す?」
黒龍の糸目が開き、黒田をじっと見据えた。
「キミ、子供はおるんか?」
「何?」
「ま、おらんでもええわ。余所の子でもええ。相手が敵だろうが正々堂々と戦を望む者に対し奇襲を行う事を子供達に嬉々として話せるか?」
「どうせ勝つんだったらカッコよく勝ちたいし、そこまで自分を高めたいよね」
うんうんと、マオが頷いた。
「だって『正義の味方は必ず勝つんだ』って、子供達に胸張って言いたいじゃん」
言いたいし、そう信じている子供達を裏切る事はしたくない。
「ほら、「勝てばカングン」なんて言葉があるけどさ――いや、カングンって何なのか、アタシにはわかんないんだけど(^^;」
「官軍とは人民を守る政府の軍隊、つまりは正しき者という意味だ」
黒田が苦虫を噛み潰した様な表情で言う。
「どんなに汚い手を使っても、道理や義に反していようとも、最後に勝てば全てが許される、その諺はそういう意味だ」
「だから、そういうのはカッコよくないって…黒田さん達、正義の味方なんでしょ?」
勝った方が正しい世界より、正しい方が勝つ世界が良い。
「現実はそう甘くないんだろうけど…それでもアタシは、諦めるのは死んだ後でいいと考えてる。だから、勝負させて――ください!」
精一杯の丁寧な言葉を使い、マオはぺこりと頭を下げた。
それでも黒田は動かない。動こうともしない。
「汚い大人が汚い事するのは、別に構わないけど」
それを見て、キイ・ローランド(
jb5908)が口を挟んだ。
「奇襲に対する報復は当然あるだろうし、騙し討ちなんかしたら学園の撃退士は撃退庁に不信感を募らせるだろうね」
その可能性はラグナ・グラウシード(
ja3538)も考えていた。
(ただ無能と罵ることは、何も生まない…撃退署と学園が協力関係になれず、今後この地域においての連携が不可能になるかもしれん)
紳士的対応を使い、ラグナは黒田に相対する。
「相手はあえて挑発的な行動でこちらの攻撃を誘っている。これに乗れば『人類は愚かそのもの』として総攻撃を開始するに違いない」
それに乗せられてはいけない。
乗せられれば、今後の戦況が大きく不利になる。
また、撃退署が『悪』だとみなされるような決定的事項ともなるだろう。
「そのデメリットを、どうかお考え頂きたい」
ラグナにとっては撃退署に所属する彼等もまた仲間であり、守りたい存在なのだ。
だからこそ、罵倒はしない。彼等の行動が如何に愚かなものであろうとも。
「今は『共に』耐えるべき時だ。あの天使たちを撃ち抜くチャンスは、きっと巡ってくる!」
急いては事をし損じるとも言う。
「だからそのためにも! その前に倒れるようなことがあってはならないのではないですか、黒田殿!」
「前にも似た様な話を聞いた気がするな」
「それは私の弟であろう」
兄弟共に、想いは同じ。
「あなたたちをここで失いたくない」
「我等が負けるとでも?」
「寧ろどうして勝てると思うのか、それが知りたいな」
そう言ったのは影野 恭弥(
ja0018)だ。
「雑魚どもがむざむざとやられに行くのなんて見てられないでしょ。あんたらじゃサーバントにも勝てずに全滅だよ」
この発言には、黒田ばかりか配下の撃退士達も怒りを露わにした。
「貴様、我等を愚弄する気か!?」
「まだ学生の分際で…!」
「貴様の力がどれ程のものだと言うのだ!?」
だが、恭弥は動じない。
「実力を証明…なんなら誰か俺の攻撃受けてみるかい。受けきれるやつがいるとも思えないけど」
躊躇う事なくエンゼレイターの銃口を彼等に向ける。
それを制し、亀山 絳輝(
ja2258)が進み出た。
「初めまして、学園所属、亀山絳輝と申します。この緊急時にお手間をとらせて申し訳ありません」
その丁寧な物言いと深く腰を折った態度に、黒田達の怒りと興奮も少しは治まったかに見える。
が――
「急な話題だと思いますが、黒田さんは刑事物はお好きですか!(きりっ!」
「…何?」
黒田のこめかみがピクリと引き攣った。
「貴様もか…貴様も我等を愚弄するのかっ!?」
「いいえ、そんなつもりはありません」
額の血管は今にも破裂しそうな勢いで盛り上がっているが、絳輝は構わず我が道を行く。
「警察物には人質籠城事件を扱った物も多いんです」
「だから何だ、貴様とドラマ談義をしている暇があると思うのか!」
「まあまあ、そう焦らずに聞いて下さい」
にっこり笑って押し通す。
「そこで問題です。警察がすぐに突入をせず、犯人の要望を聞くのは何故だと思いますか?」
「知るか、そんなもの! 馬鹿馬鹿しい!」
「答えは単純…犯人は武器を所持していて、その武器が人質の命をすぐに奪う事ができる位置にあるからです」
今がまさにその状態だ。
「貴方が『人質を皆無事に助け出したい』撃退士ではなく、ただ『敵を倒したい』撃退士だとすれば」
穏やかに微笑んだまま、しかし断固たる口調で宣言した。
「私は天使を止めるためにここに来ましたが――貴方も止めるために、武器をとります」
「貴様も敵に回ると言うのか!」
「私はただ、止めたいだけです」
黒田の暴走と、それによって生じる事態の悪化を。
仲間達のやりとりを聞きながら、ユウ(
jb5639)は考えていた。
今回、ダルドフが地域拡大ではなく大量の人を求めているのは何故なのか、と。
感情の摂取が目的ならば、占領地域を拡大するのが最も手っ取り早い方法だろう。
なのに、何故それを選択しないのか。
行動に矛盾を感じる。
「何かしらの理由で上から圧力が…?」
「多分そんなところね」
漏らした呟きにユグが答えた。
『でも、口には出さない方が良いわ。誰かに聞かれたら拙い事になりそうだし』
意思疎通で釘を刺し、次いで通話相手を黒田に切り替える。
『報告書にある彼の性格とやり方を考えれば、今回の原因は予想出来るわ』
「な、何だ、誰だ!?」
『やーねぇ、取り乱さないで頂戴。アタシよ、ア・タ・シ(はぁと』
ユグはにっこり笑って、胸元で小さく手を振ってみた。
「ひっ!?」
黒田は顔を引き攣らせるが、それは多分、意思疎通による会話に慣れていないせいだろう。
うん、きっとそうだ。
『大方『上』にもっと精神上納しろって命令されたんでしょ。上に逆らっても、吸収量を上げても住民は危険に晒される。だったら分母を増やすしかない』
ダルドフにしても、恐らくは苦渋の選択だったのだろう。
『彼は彼に出来る範囲で人を護ろうとしてる…勿論推測だけどさ』
推測だが、間違ってはいない筈だ。
(けどこんな危ない綱渡り、彼はいつまで続けられるのかしら…?)
そう思いながら、ユグは言葉を重ねた。
『アタシこれでも堕天使だから、天界事情はあんた達よりよく知ってるわよ』
通常会話に切り替え、続ける。
「向こうの申し出を受ければ、最小の犠牲で相手側の情報を得られるわ。悪い話じゃないと思うの」
「そうですね。次の為に少しでもダルドフの威力偵察をすることも必要ではないでしょうか」
ユウの言葉に、黒田は「次?」と片眉を上げる。
「ええ。彼の目的が搾取量の増加であるのなら、勝敗に関わらず次の行動を起す可能性が高いと思われます」
それが今回と同じ形になるのか、それとも今度こそ本格的な侵攻に移るのか、それはわからないが。
今はまだ情報が乏しい。
本気のダルドフがどんな攻撃をして来るのか、それさえわかっていないのだ。
「そういう訳だから、まずは俺たちで対処して様子見ってのが良いと思うんだがな」
武が言った。
主力となるのは黒田達であると持ち上げておけば、少しは機嫌も直るだろうか。
「下手に戦力消耗させると後が怖いしな」
「貴様らが捨て駒になると?」
「まあ、そう思ってくれても良い。むざむざと捨てられるつもりはないがな」
どうやら流れは変わった。
そう感じたキイと拓海が、もう一押し。
「とにかくさ、賭けだとしても場を設けたことで今後の交渉の足がかりにはなるんじゃない? あわよくば大天使の支配地域の現状も把握出来るかもしれないよ?」
「目先の戦果よりも、もっと先を見据える事が重要なのではありませんか?」
結局、彼等を斥ける事など出来はしないのだ。
「貴様らの足止めのせいで、既に機は逸した」
黒田は苦々しげに吐き出した。
「好きにすれば良かろう。その代わり、失敗すれば全てが貴様らの責任だ。わかっているのだろうな?」
「心得ております」
ユウが丁寧に頭を下げる。
「無理をお願いした事、申し訳なく思います。また、私達の我儘を受け入れて下さり、ありがとうございました」
「そう仕組んだのは貴様らだろう」
何やらブツクサ言っているが、ここは聞き流すのが吉。
「かくなる上は死力を尽くしますので――」
「当然だ」
「けど、無理やった時は堪忍な」
黒龍がニカッと笑う。
「ボクらが倒れた事を理由や切っ掛けに、もっぺん何か仕掛けようなんて気ぃ起こさんといてや?」
念を押され、黒田は渋々承諾した。
ただし、自分もその戦いぶりを間近に見るという条件付きで。
「一緒に来るなら丁度良い」
良いアシスタントが出来たとばかりに、武がビデオカメラを押し付けた。
「画像解析用のデータ収集、任せたぜ?」
黒田はそれを黙って部下に受け流したが、一応協力する気はある様だ。
●後門の大熊
大勢の武装集団が進軍を中断した挙げ句に仲間割れの気配など見せていれば、敵がそれに気付かない筈はない。
しかしダルドフは約束通り、野球場から一歩も出る事なく待っていた。
「なるほど、正々堂々を好むってのは嘘じゃねぇらしいな」
面白そうな相手だと、武が笑みを漏らす。
そんな男が、予定外の大人数で押しかけたこちらを見て、どう思うだろうか。
と、その目の前で黒龍がいきなり膝を付いた。
「申し訳ない!」
額を地面に擦り付けんばかりに身体を折り曲げる。
しかしダルドフは何を思ったか、自分も同じポーズを取った。
「これはこれは、ご丁寧に」
どっこいせ。
「某の体格ではちぃと苦しいが、この国ではこれが最も丁寧な挨拶であったな」
黒龍にも負けない程に、深く頭を下げる。
「試合前の礼は重要な作法よ、これぞ武士道精神と言うたか…のう黒の字?」
「いや、これは…」
挨拶じゃなくて、謝罪なんですけど。
「ダルドがボクの手を取るまで許されたとは思わんし、表もあげん。義を欠いた人数で着てしまった事を許して欲しい」
黒龍はそのままじっと動かない。
(卑怯な手なら幾らでも出来る気がした。けれど翡翠色の髪がその度に揺れ紅の瞳がきつくボクを睨む…気がしたんや)
「何を許すと?」
だが、ダルドフは目を丸くして首を傾げた。
「あれは見物客であろう? 某、客を増やしてはいかんと言うた覚えはないぞ」
再びどっこいせと立ち上がると、黒龍の首根っこを掴んで持ち上げる。
「え、ちょ、ボク猫やないから!」
ぶらーんとブラ下げられて、黒龍はジタバタ。
せっかくシリアスに決めようと思ったのに、ちょっと台無しな感じだ。
「あれはアタシ達が動けなくなった時の回収要員よ」
ユグが同時に意思疎通で本音を伝えながら言った。
『彼らの気性は知ってるでしょ。見える場所にいてくれた方が安心じゃない?』
次いで観客席に目を向ける。
「それと、こっちが勝った時の避難誘導係ね。あの人達を連れて帰る為の」
そこには人質となった人々の姿があった。
子供と赤ん坊を除いてあらゆる年齢層の男女が集まっているが、彼等の表情に暗さはない。
中には家族揃って志願した者達もいる様だ。
「あの方達は、自ら選択してこの場にいるのですね」
ユウが少し安心した様に呟く。
「ひとつお伺いします。あなたは、この勝負の結果に関わらず今後も現在の治世を行う事が出来るのですか?」
「あの者達を連れ帰る事が出来れば、今暫くは」
「それが出来ない場合は?」
その問いに、ダルドフはただ首を振った。
負ける事など考えていないのか、或いは負けた場合はどんな事になるか、彼自身にも予測が付かないという事なのだろうか。
「他に何か言う事はあるか? なければ――」
「あ、ちょっと待って」
キイがひょこっと手を上げた。
「自分達の敗北条件、全滅にしてくれないかな?」
「全員が倒れるまで戦うと言うのか」
「うん、そう」
屈託のない笑顔で頷く。
「こちらはそちらの義に応えた。そちらも応えてくれると嬉しいな」
「ふむ…」
ダルドフは顎髭を捻りながら、撃退士達を品定めする様に眺め――首を振った。
「ぬしらは何の為に戦う? 己の力試しか?」
「否、人々を護る為だ」
ラグナが答えた。
故に、最後の一人となっても戦う。
絶対に諦めない。
「なるほど、その意気や良し。しかしな、某も此度は負ける訳にはいかぬのよ」
己の敗北は、その背に負った命を喪う事に直結する。
その命を安心して託せる者を見出すまでは、己が守り通すしかないのだ。
彼等がそれに値するか否か、見極めるには半数で充分。
それ以上いくら足掻いたところで結果は変わらない。
ぎりぎりの勝利では後が続かないだろう。
(なるべくなら、怪我人は出しとうないしのぅ)
見ればまだ子供の姿もある。
本人には馬鹿にするなと怒られそうだが、子供に刃を向けるのはどうにも気が進まないのだ。
「わかりました。でも、それなら…」
ユウが申し出た。
「そちらの撤退条件をもう少し明確化して頂けませんか?」
戦力差が圧倒的にあるとはいえ、気分次第で勝敗が左右するのは決闘ではない。
例えばサーバントの全滅、或いはダルドフに片膝を付かせるなど――
「ふむ、承知した」
ダルドフは偃月刀の石突きで大地を突く。
「ぬしら、見事某に膝を付かせてみよ!」
それだけで、まるで地震の様な地響きが起こった。
「さっき両膝付いとったけど」
黒龍が呟く。
だが、あれは試合開始前の事。流石にノーカウントだろう。
●刃の語らい
戦いの前、絳輝がダルドフにそっと手渡した一通の手紙。
ひらがなだらけの幼い字は読み易いとは言い難かったが、それが一生懸命に心を込めて書かれたものである事は、紙の掘られ具合を見てもよくわかる。
「そうか、怪我をしておるのか」
大事がなければ良いのだが――しかしこの場で戦わずに済むと思えば、それも幸運と言うべきか。
最後まで読み終えると、ダルドフはそれを元通りに封筒に入れ直し、懐にしまい込んだ。
「良いお守りが出来たわい」
今日は負ける気がしない。
「某は、まだまだ折れぬぞ!」
一声吠えると、ダルドフは自ら率先して撃退士達の中に突っ込んで行った。
戦闘開始の合図と共にユグが周囲の仲間に堅実防御を付与、次いで絳輝がダルドフに対する者に祝福を与える。
(勝手に連れてかれるわけにはいかねぇな。ここで止めねえと)
武はまずきちんと名乗りを上げ、一礼をしてから前に出る。
最初は9体だったダルドフの取り巻きは、今や倍の数に増えていた。
(いや、増えた訳じゃねぇ、あれは幻覚だ)
燈狼とは一度戦った事がある。
ショットガンを手に、武はまず犬達を潰すべく走った。
(ダルドフ…お前の真意が何処にあるのかは知らん…が、今のお前は俺の敵だ)
拓海は妖刀『黒百合』を抜き放ち、ダルドフを迎え討つべく走る。
(あの五千人だって誰かにとっての『大切』だろう。志願者と言っても、真に望んだ者は居まい。それを連れ去ると言うなら、俺はその『刃』を折る。折れずとも、刃毀れの一つぐらいは付けてやる)
闘気を解放、真っ正面から全力でぶつかって行った。
「約束通りだ。お前が奪うなら、全力でその『刃』を折る」
「ほう、ならばどれほど腕を上げたか――見せてみよ!」
互いの刃が火花を散らし、暫しの応酬が続く。
(味方の合流まで、斃れる訳にはいかない)
拓海は相手の動きを読みつつ、間合いを取りながら、攻勢に出るチャンスをうかがっていた。
しかし、その背に回り込んだ巨大な燈犬が頭突きを喰らわせ、獲物を主の元へと送り届ける。
体勢を崩したままダルドフに突っ込む形なった拓海だが、しかし振り下ろされた偃月刀をラグナの銀の盾が受け止めた。
「私は盾だ…護ってみせる!」
拓海が体勢を立て直したのを見届けると、ラグナはその周囲を身軽に駆け回る燈狼にリア充滅殺剣を叩き込む。
だが手応えがなかった。
サーバントにはリア充も何も関係ないから――ではない。
それは燈狼が作り出した自身の幻。
斬り付ければ煙の様に消え失せ、その煙の中から新たな敵が飛び出して来る。
シールドで受けた感触から、今度は本物の様だ。
「幻影を使うとは、厄介な相手だな」
しかもその動きは緻密に計算されている様に見えた。
幻影かと思えばその影に本物が隠れていたり、幻影と本物が交差する様に飛び掛かって来たり。
その見事に統率された動きはダルドフの指示によるものだろう。
「本体を見るな、足元の芝や土ぼこりの動きを見るんだ」
戦闘態勢に入り、兵士の顔となったキイが指示を出す。
しかしそれでも、入れ替わり入り乱れ、そしてすれ違う幻は彼等の視覚を惑わせた。
「だったら纏めて吹っ飛ばしゃ良いってな!」
突っ込んで来た武がショットガンを乱射、それに当たった幻影が消えていく。
残っているのが本体だ。
ラグナの反撃の大剣が翻り、その身体が跳ね飛ばされる。
まだ息はあったが、後方から放たれた恭弥の一撃がそれを完全に止めた。
絳輝はセエレの黄金色に輝く糸で四肢を絡め取り、動きを止めた所でユグがテンドリルウィップを叩き込む。
中距離からはユウがエクレールCC9で狙い撃ち、黒龍が黒炎の玉を放ってトドメを刺した。
二人ともCRはマイナスに大きく傾いている為、反撃を受けない距離を保っていれば圧倒的に有利だった。
しかし逆に言えば、攻められると脆い。
それをダルドフが見逃す筈もなかった。
気付いたラグナが追いかけるが、僅かの差で手が届かない。
ダルドフは巨体に似合わぬ身軽さで間合いを詰め、偃月刀を一振り。
黒龍は咄嗟に持ち替えたアヴェンジャーで受け流そうとしたが、ダルドフの刃は構えた双剣ごと肉を断ち切った。
「すまぬな、そこで休んでおれ」
言い置いて、ダルドフはユウに向き直る。
しかし今度はそう簡単には行かなかった。
間一髪で飛び込んだユグが庇護の翼でその一撃を肩代わりする。
「流石に重いわね…っ」
「すみません、ありがとうございます!」
その隙にユウは縮地を発動、闇の翼で急上昇から一転急降下、ダルドフの背後に降り立ち烈風突を繰り出した。
だが、ダルドフは瞬時に背中に回した偃月刀でそれを受け、返す刃でそのまま斬り上げる。
「これで二人」
後ろを振り返る事もなく言うと、慌てて駆け寄り治療を施す絳輝には目もくれず、ダルドフは悠然とその場から歩き去った。
(…なんだかなー。強い人との勝負にはワクワクするけど、賭けるのが自分から志願したとはいえ、沢山の人の未来っていうのがね。誰が一番傷つくんだよって話だよ)
そんな事を考えながら、マオは犬と狼の殲滅に当たっていた。
幻影だろうが本体だろうがとにかく数撃ちゃ当たるとばかりに、手当たり次第に攻撃を叩き込む。
が、その背筋に何かゾクゾクするものを感じ、ふと手を止めた。
「これは強敵の気配!」
見れば、今まさにダルドフの背面カウンターが決まろうとしている。
「すごい、あの体勢から受けて反撃までしちゃうんだ…!」
仲間が倒されたというのに不謹慎だとは思うが、それでもワクワクが止まらない。
今のは一方向からの攻撃だったが、二方や三方から同時に攻めたらどうなるのだろう。
「よし、アタシ達の力がどこまで通用するのか、勝負だ!」
マオは何故か持ち歩いていたトマトを口に放り込む!
誕生、スーパー野菜人!
「さて、次はぬしらが相手か?」
マオ、武、そして拓海がダルドフを取り囲む。
「殺さずに倒す自信は無い。悪いな…」
拓海は鬼神一閃、真っ正面から刀を振った。
同時に武が横合いから足元に向けてショットガンを連射、そしてマオは背後に回り込んで背中に貼り付かんばかりの近距離から足を振り上げ強烈な蹴りを入れる。
三方からの同時攻撃に合わせ、遠方からは恭弥が覚醒「禁忌ノ闇」でその胴を狙った。
如何に大天使と言えども、この同時攻撃を全て防ぐのは不可能。
「少しは効いたかね」
間髪を入れず、恭弥は二度目の禁忌ノ闇を叩き込む。
しかし。
「いってぇ!!」
黒炎を纏った弾丸はダルドフに当たる直前でその軌道を変え、脇にいた武を襲った。
二発目は角度を変え、ラグナの所に飛んで行く。
背中を見れば、そこにはマオの蹴りを完全に吸収し、今しも崩れ去ろうとする防護壁。
そして武と拓海の攻撃はそのまま通ったものの、殆どダメージを与えていなかった。
「言うたであろう、某も負ける訳にはゆかぬと!」
ダルドフは両手に持って振り上げた偃月刀を、渾身の力を込めて地面に叩き付けた。
腹の底から響く様な大音声と共に、衝撃波が四方に走る。
「これで五人、ぬしらの負けだ」
だが、彼等は諦めが悪かった。
「まだだ、俺はまだ戦えるぜ!」
絳輝の治療を受け、武が立ち上がる。
ダルドフはまだ技の全てを見せてはいない筈だ。
必要な情報を得るまで、倒れる訳にはいかない。
「俺もまだ、負けを認めた訳じゃない…!」
拓海の顔にも諦めの色はなかった。
そしてマオは、ラグナがその身を挺して庇ったおかげで未だ無傷、戦闘意欲も衰える事がない。
「ダドルフさん、もう一回勝負!」
何か間違ってる気がするけど気にしない!
「残りは任せろ」
その少し前、キイは残った犬や狼をタウントで引き付けていた。
「君達とはもう何度も戦ってきたからな」
どんなに混乱を誘う動きをしようと、惑わされる事はない。
本物と幻影との違いは足音や息遣いでわかるし、それに今、彼等に指令を与えていたボスはお取り込み中だ。
「流石にもう余裕はないだろ」
落ち着いて攻撃を受け止め、手応えがあればそのまま盾で攻撃、地面に思いきり叩き付ける。
噛み付かれても体当たりされても、怯む事なく、攻撃の手も休めない。
やがて全てを片付け、ダルドフを見る。
「君の本気、見せてくれるか?」
敵同士であろうと、戦場でも尚その高潔さを保つ姿には正直感銘を受けた。
だからこそ願うのだ、最強の一撃を。
全力で来い。
盾の騎士の意地にかけて、受けきって見せる。
そして全力のカウンターを。
「よかろう」
ダルドフは溜息をひとつ。
「今より、ぬしを子供とは思わぬ。覚悟は良いな?」
その言葉に、キイは黙って頷いた。
「ならば受けてみるが良い、某の渾身の一撃!」
ダルドフはそのままぴたりと動きを止める。
大上段に振りかぶった偃月刀が、深紅の輝きを放ち――
「ぬおぉぉぉっ!」
ダルドフの背から普段は隠している白い翼が現れる。
そのままふわりと浮かび、上空から気合いと共に腕を振り下ろした。
インパクトの瞬間、火花が散る。
それは相手の防御を無視した最大級の攻撃。
しかしキイは耐えた。
攻撃を銀の盾で防ぎ、不落の守護者で意識を繋ぎ、反撃のフルメタルインパクトを全力で叩き込む。
「うむ、よくぞ耐えた」
残念ながら反撃の効果は今ひとつだった様だが。
しかしダルドフは避けずに受け止めた。
それは恐らく、彼の心意気に対する彼なりの賛辞の表明なのだろう。
その間に傷を癒した拓海は死活を発動、最後の勝負に出た。
「これが、今の俺の全力だ!」
刺し違える勢いで乾坤一擲、後の事など考えず、ただこの一撃に賭ける――!
真っ正面から振り下ろされた刃は、確かに届いていた。
しかし――
「その刃、研ぎ直して来るが良い!」
ダルドフは返す刀で全てを跳ね返す。
「だったら俺が相手だ! 男の意地と気合いと根性で最後の最後まで喰い下がってやるぜ!」
殆ど気合いだけで紅炎村正を抜き放ち、武は雄叫びを上げながら斬りかかった。
その刃は軽々と受け止められるが――
「俺の拳はまだ生きてるぜ!」
肉を斬らせて骨は断てなくても全力でぶん殴る!
――ぼすん。
ぼすぼすぼすぼす。
うん、どうにも効いてる様な音じゃない。
ダルドフはその襟首をがっしと掴み、思いっきり投げ飛ばした。
「ぬおおぉりゃぁっ!」
アバラの2〜3本は折れたかもしれない。
「かくなる上は、このアタシが!」
マオは再びトマトパワーでスーパー野菜人に変身、全体重を乗せた余りガラのよろしくない蹴りを叩き込む、が。
「ふっ」
作りが頑丈な事に事にかけては恐らく天界でも1、2を争うであろうオッサンはビクともしなかった。
「もう良かろう、ぬしらもこれで諦めぃ」
そう言ってダルドフが偃月刀を振り上げる。
「あのヤバイ全体攻撃が来るぞ!」
絳輝が叫び、先程吹っ飛ばされた武の前に立つ。
射程からは外れていそうだが、念の為だ。
ラグナは再びドMの極みを発動してマオを護り、ユグは力尽きた拓海を抱きかかえて安全圏に飛ぶ。
それを見届けたかの様なタイミングで偃月刀が振り下ろされた。
が――それが地面を打ち付ける事はなかった。
「これが今の俺に出来る最高の攻撃だ、くらいやがれクソじじい」
恭弥が放った135mm対戦ライフルが、真っ正面からその胸のど真ん中にぶち当たったのだ。
だが、ダルドフの膝は折れない。
それどころか、たたらを踏む事もせずに立っていた。
ただ、口元から流れる赤く太い線だけが衝撃の大きさを物語る。
「ふむ、なかなか…げほっ、やりおる…」
ダルドフは口元を手の甲で拭うと、恭弥に向かって吠えた。
「だが、某はまだジジイではないわ! せめてクソ親父と呼ばんか!」
――ドーン!
地響きと共に四方に衝撃波が走る。
「ふ、油断しおったな」
突然の事に、ラグナとマオは受け身を取る間もなく吹っ飛ばされた。
これで…今度こそ五人リタイアだ。
●不毀の刃
「覚悟だけで人は守れぬ。そして力だけでは、某は折れぬ」
去り際、ダルドフはそう言った。
力も必要だが、守る為に力を求めた彼は今、こうして窮地に立たされている。
今はこの五千人が救いとなるだろう。
しかし、危機はまたすぐに、恐らく今以上の規模で訪れる。
その時に選ぶべき道は、どこにあるのか。
それを示せる者はいるのか。
ぬしらに期待していると、口には出せないが――
「彼等は大切に預かる。某が目の黒いうちは、必ずな」
黒田達は不満げな様子だったが、ダルドフの力をまざまざと見せ付けられた今では、もう何も言う事が出来なかった。
勿論、もう彼等に責任を取れとは言わないし、言えない。
「君と朋に酒を呑めへんのは寂しいな」
見送った黒龍がぽつりと呟く。
選ぶ道を過たなければ、いずれまたその時が来るのだろうか。
刃は未来を切り開くモノ。
牙は傍若無人にして劣悪。
それに惑うが人…か。
未来に続く道は、何処にあるのだろう。