「何か良くないフラグの様なものを感じる…っ!」
依頼内容を聞いた海城 恵神(
jb2536)の頭上に、ネタアンテナがピコーンと立った。
「このフラグを立てろと言わんばかりの空気! これはもうフラグ乱立て祭り開催するしか!」
って言うか乱立すればフラグは折れるって聞いた!
だから立てる!
「私、この依頼が無事に終わったらあの子に…いや、何でもない」
「3人を助けてお仕事完遂したら、パインケーキでも食べましょう」
Rehni Nam(
ja5283)が間髪を入れずに二本目のフラグを立てた。
「出る前に作ったのを冷やしてるんです」
帰る頃にはきっと食べ頃に冷えている筈!
冷えていると言えば、ミハイル・エッカート(
jb0544)も出がけに冷やしてきた物があった。
「俺、この戦いが終わったら、とっておきのバケツプリンを食べるんだ」
賞味期限は大丈夫、ちゃんと名前も書いてある。
「あ、食べる前にお風呂で汗や泥も流さないとですね」
レフニーが累加のフラグをドン。
そして本人には自覚がない様だが、美森 仁也(
jb2552)も立派なフラグが立っていた。
彼は入籍して間もない新婚ほやほや、家では可愛い新妻が夫の帰りを待っているのだ。
だが、フラグを立てて折るばかりが彼等の作戦ではない。
「大丈夫よ、三人は絶対無事に助けるから!」
稲葉 奈津(
jb5860)はモニタ越しに三人の家族と顔を合わせ、力強く頷いた。
直接会う時間は取れなかったが、家族の生の声を聞けただけでも充分だ。
「ええ、家族ですものね」
レフニーも画面に向かって笑顔を見せた。
「最後の最後まで諦めないでください。私達も絶対、諦めません…!」
そして撃退士達は現場に向かう。
「化石を掘っていたのなら、掘削のための道具はあったはずで、それで出口を掘らないのは不自然です」
身体に紫色のオーラを纏った御幸浜 霧(
ja0751)が、走りながら呟く。
「掘っていたのなら、三日もかかるものなのでしょうか…?」
だが、その疑問は現場を目にした瞬間に解けた。
その周囲をうろつく、白い大猿達。あれに邪魔されたなら、作業を続けられないのも道理だ。
「奥に逃げた可能性がありますか」
無事に逃げていれば良いのだが。
「これまた面倒な事になってるねぇ」
物陰に身を隠しながら、恵神が呟く。
「急いで助けに行かないと、そろそろ体力的に危険よね」
鏑木愛梨沙(
jb3903)が荷物を確かめる。
食料や水、それにレフニーに借りた救急箱。救援物資はこれで足りる筈だ。
救助班は愛梨沙と恵神の二人。仁也も壁を抜ける事は出来るが、ひとつ問題があった。
戦闘中、彼は悪魔としての本来の姿に戻ってしまう為、要救助者に怯えられてしまう可能性が高いのだ。
それなら姿の変わらない天使達に任せた方が良いだろう。
「低空飛ぶ事もあるようですし。それに阻霊符の効果を切っている時に坑道の中に敵が入った場合追い掛ける役もいた方が良いでしょう。敵が多数いるようですしね」
「何はともあれ、早急な救助が必要だな。サーバントの殲滅は二の次として、早く3人を助けださねば」
和泉 大和(
jb9075)はヒリュウを先行させ、その目で廃坑道の入口付近の様子を詳しく調べようとした。
だが、ふよふよと浮かぶピンク色の物体は嫌でも目立つ。
忽ち敵に見付かってしまった。
「だが、それも計算のうちだ」
大和は敵の目を引き付けたまま入口から遠ざかる様にとヒリュウに命じる。
入口付近をうろついていた猿達がそれを追いかけて行った。
その隙に物陰から走り出た撃退士達は、坑道の入口を塞ぐ様に壁を作る。
襲撃に気付いた猿達の半数程が慌てて戻るが、もう遅い。
「この中にも潜んでいますね」
生命探知で敵の気配を察知したレフニーが阻霊符を使うと、岩壁の中に潜んでいた敵が弾かれ、飛び出して来た。
坑道の中、落盤の手前側に四体。
「まずはあれを片付けるか」
ミハイルがリボルバーCL3を手に狙いを定める。
坑道は真っ直ぐに伸び、奥行きもかなりありそうだ。
これなら壁に当たる心配はない。狭い通路に並んだ敵は、ピアスジャベリンの的には丁度良い。
外の猿達は撃退士達の壁を突破しようと押し寄せて来るが、レフニーが放った星の輝きの眩さに抗しきれずに目を背け、足を止める。
その隙に救助班の恵神と愛梨沙が坑道内に走り込んだ。
同時に阻霊符を一時解除する。
「行け! ここは俺たちに任せろ。なあに、心配はいらん。すべて撃ち落してやるさ。お前らの出番がなくなるほどにな」
「敵さんらの片付けは宜しく頼むぜ! なぁに、心配はいらんすぐに戻ってくるさ!」
ミハイルのフラグにフラグで応えると、恵神はいい笑顔のサムズアップと共に潜入開始。
『こちらエンジェル、洞窟内の潜入に成功した』
ものの数秒も経たないうちに、無線機から連絡が入る。
それを確認すると再び阻霊符を発動した。
これで坑道の内部は安全な筈だ――既に入り込んでいる敵がいない限りは。
「わたくしが道を作ります。戦闘は皆様にお任せする事になってしまいますが――」
「大丈夫、任せて!」
一足先に崩れた土砂と格闘を始めた霧に、奈津が答える。
「物資は届けられても空気が心配ですからね」
仁也が言う様に、空気穴は急いで作る必要があるだろう。
崩落現場までは外の光も届かず、ペンライトの小さな明かりだけが頼りだが、ここを掘り進めない事には向こう側には出られない。
出られないし、連れ出せない。
霧は掘った跡が崩れない様に側壁や天井を叩いて固めつつ、慎重に掘り進んで行った。
「さてと、トンネルが開通するまでに邪魔者は片付けておかないとね!」
奈津が気負いを入れ直す。
「無事に救出してガッツリお説教してあげるんだからね!」
救出に直接関わる事は出来ないが、救出作業の邪魔は断固としてさせない。
(私は私のできる精一杯をするだけ)
奈津は坑道を背に立って、敵の動きを目で追った。
(知恵は少ないといっても獣ならではの知恵はあるなら、徒党を組んで包囲して〜ってぐらいうの事はしてきそうね)
ならば、ボスが存在する筈だ。
(あれかしら?)
よくわからないが、一番大きそうに見える猿に狙いを付けて挑発してみる。
「かかったわね!」
距離を詰めて斬り付けると、それはすかさず反撃に転じた。
太く長い腕を振り回し、鋭い爪で引っ掻いて来る。
押される様な攻撃ではなかったが、奈津は若干押されているフリをしながら後退を始めた。
「みんなっ! ジリジリと引きましょっ!!」
そうして誘導し、坑道の入口から引き離すのだ。
(ボスを釣れば残りの猿も付いて来る筈よね)
だが、他の敵は見向きもせずに坑道へと押し寄せる。
「なによ、あんたボスじゃなかったの!?」
奈津は腹立ち紛れに一刀両断、入口の前に回り込んで壁になった。
「こっから先に行きたかったら、覚悟して向かってきなさい!!」
その隣では大和がエポドスシールドを構え、敵の侵入を防いでいる。
「ここは通さぬ」
武器としても使えるその盾で迫り来る敵を撥ね除け、近くに他の敵が居ればそれにぶつけ、或いは巻き添えにして転がして、障害物として利用する。
そこで流れを滞らせた所にレフニーがPDW FS80を撃ち込み、ミハイルと仁也がワイヤーで肉を削ぐ。
その一方で、大和は残りの敵を引き付けていたヒリュウの召喚を解いた。
突然姿を消した獲物を探し、敵は混乱に陥る筈だ。
だが、そう長くは持たないだろう。いずれまた、ここに戻って来る。
「その前に、こいつらを片付けるぞ」
大和は再び召喚したヒリュウで上空から戦況を確認すると、目の前の敵に向けて横合いからのブレスを命じる。
一撃を食らった大猿を盾で叩き潰し、その身体を後続に向けて蹴り飛ばした。
「ここで良いかなー」
入ってすぐの場所にレフニーから託された中継器を置くと、恵神と愛梨沙はフラッシュライトで足元を照らしながら坑道の奥へと進んで行った。
「我ら久遠ヶ原人命救助隊! 行方不明のお三方、いたら返事してねー!」
恵神はやたらとテンションが高い。
「だって意気消沈してたりしたらやだしさー…って、今何か聞こえなかった?」
愛梨沙の生命探知に反応はない。
圏外から聞こえたものか、或いは――
「へっ! 幽霊なんているわけないだろ。ばかばかしい! ちょっと奥を見てくる!」
フラグを立てつつ、恵神はひとり奥へと歩き出す。
「あ、ちょっと待って!」
愛梨沙も慌てて後を追った。
この状況で単独行動は危険だし、明かりは恵神しか持っていない。
星の輝きはあるが、それは戦闘や緊急事態が起きた時の為に持って来たものだ。
二人は真っ暗な坑道をライトひとつを頼りに歩き回る。
やがて見付けたのは闇の奥に固まる、白くぼんやりとした影。
「敵か。こいつは倒してしまっても構わんのだろう?」
恵神は思いっきり上から目線でフラグをもう一本。
これだけ立てれば折れるだろう。
折れてくれなければ困る、その為に立てまくったのだから。
しかし、愛梨沙が放った星の輝きに照らし出された、その数は十体以上。
彼女のレベルでは目を背けさせる事も出来ない。
その上、敵の背後には例の三人がぐったりと倒れていた。
この数でやり合うのは流石に厳しいだろう。
三人を守りながらとなれば、尚更だ。
『こちらエンジェル、救援を頼む! 繰り返す――』
外の仲間に無線が入る。
「俺が行きます」
阻霊符を一時的に切って、仁也が壁の中に潜り込んだ。
持っていたペンライトで周囲を照らしつつ、仲間の姿を探す。
(…浪漫を追い求めるのは良いけれど、天魔が出ると言われている地域に行くなよ…)
今更ながら、そんな思いが湧いて来た。
だが、出来るだけの事はやる。家族を遺族にしない為に。
やがて、行く手にもうひとつの明かりが見えて来た。
「おう、待ってたぜー!」
周囲にバリアを張る様にして烈火のルーンを投げまくっていた恵神が、その姿を認めて声を上げる。
愛梨沙はその後ろでヴォーゲンシールドを構え、意識のない三人を守っていた。
仁也は低空を滑空しながら敵の背後から音もなく近付き、ファルカタで斬り付ける。
敵に存在が知られてからは、敢えて挑発し自分に注意を向けさせた。
加勢を得た事で愛梨沙も参戦、緑色のワイヤーで敵を絡め取り、肉を裂く。
しかし、敵も何処に潜んでいたのか、坑道の奥から次々に湧き出していた。
「こいつら、きりがねーぞ!」
「しかし、これ以上の増援は望めません」
トンネルが開通しない限り。
だが、その時。
「皆様、加勢致します!」
飛び込んで来たひとつの影。
それは大太刀「惟定」を振りかざした霧の姿だった。
「わたくし一人なら、何とか通れましたので…!」
見れば着物は泥に汚れ、顔や手足にも擦り傷が出来ている。
かなり無理をして穴を抜けて来たのだろう。
だが、霧の参戦で状況は変わった。
際限なく湧いて来ると思われた敵も、やがて打ち止めになる。
「やり遂げたぜぇ…」
満足の表情で額の汗を拭う恵神。
しかし安心するのはまだ早い、家に帰るまでが遠足――いや、お仕事なのだ。
大猿達は捕らえた獲物を外に運び出す事が出来ずに困っていた様だ。
三人とも怪我はない様だが、消耗している事は確かだろう。
「生きてる? 怪我は無い?」
そう声をかけながら、愛梨沙がライトヒールを使う。
と――
「腹減った、食い物っ!」
それが彼等の第一声だった。
「わたくし達は撃退士です。未来の化石博士がたを助けに参りました」
微笑みながら、霧がマインドケアを施す。
「よく頑張ったわね、必ず助けるから安心して」
愛梨沙が消化の良い食べ物として選んだリンゴを差し出してみるが――
「俺はそっちのおにぎりが良いなぁ」
「俺、チョコが良いっす!」
武田と日立は誠に大人げない。
「暫く何も食べてないんですから、どうなっても知りませんよ?」
言いつつリンゴに手を伸ばしたのは松田だ。
「ありがとう、いただきます」
「慌てないで、胃がびっくりしない様にゆっくり食べて」
しかし愛梨沙の言葉など二人の耳には入らない。
ものすごい勢いで飲んで、食べて…
「うっ!」
「いた、いたたっ」
「ほーら、言わんこっちゃない。馬鹿ですねぇ二人とも」
「「お前が言うな!」」
はい、元気で何より。
その頃、坑道の外では。
「ここは…通さないわよ…」
押し込もうとした敵を、奈津がウェポンバッシュで弾き返す。
弾かれて綺麗に並んだ所をレフニーがアウルの槍で貫き、まばらに残った敵はミハイルが一体ずつ潰していった。
「これで最後か」
敵を片付けた後は、大和が見張りに立つ中でのトンネル拡張工事だ。
「ゆっくり慎重に少しずつ、ですね」
レフニーはアウルの鎧で土砂の塊を補強しながら掘り進む。
効果の程は定かではないが、効くと思って使えば効く、多分。
反対側からは救助班の仲間も同じ様に掘り進めていた。
そこにはあの三人もいる筈だ。
「家族がいるなら悲しんでくれる相手がいるなら泣かせるんじゃねぇぞ」
トンネルを掘り進めながら、まだ顔も見えない彼等に向かってミハイルが言う。
言ってしまってから、自分の言葉にふと違和感を覚えた。
(俺、何言ってるんだ。今までターゲットに家族がいようが、暗殺でも何でも血塗られた仕事を厭わずにやってきたってのに)
今までは。
しかし、最後にその仕事をしたのはいつだったか――
(そうか、俺は変わったのか)
思わず苦笑を漏らす。
学園生活を楽しんでいる自分など、想像した事もなかった。
やがてレスキュー隊が到着し、彼等は病院に運ばれて行く。
健康上の問題はなさそうだったが、念の為だ。
「夢、浪漫も素敵よね…でもそればっかりだと大切な貴方の傍にいる人が心配するのよ?」
担架に乗せられた彼等を見送りながら、奈津が声をかける。
これから家族や救助隊の関係者などに、こってり絞られるのだろう。
それでも言わずにはいられなかった。
無事だったからこそ言える事。
「いい加減にしなさいよ? 自分の大事な人を悲しませたいの!? 自分だけの体じゃないって反省なさい!」
でも――
「…無事で良かったね♪」
お説教の後は、笑顔のご褒美。
「夢を追うのも命懸けなのは理解できる…が、それが無謀に繋がれば今回のようなことが起きてしまいます。今後はそれに気を付けて、夢を追ってください」
大和は丁寧に頭を下げて、彼等を見送った。
理解を示した上で、釘を刺す。
ここまで言われては彼等も猛省するしかないだろう。
「お前ら、生きろ」
姿が見えなくなってから、ミハイルが呟く。
(そして俺が諦めた幸せを掴め)
しかし人生とは何が起きるかわからないもの。
わからないから面白い。
これからだって、変わっていくだろう。
それに、この学園には――
こうして何が何でも力を貸して、助けてしまう仲間達が大勢いるのだから。