そこには静かだった。
雪の中に打ち捨てられた古井戸がひとつ、他には何もない。
動くものもない。
撃退士達が用心しながら井戸に近付こうとした、その時。
井戸の底から天に向かって巨大な光柱が立ち上った。
その中心に、何か黒ずんだ芯の様なものが見える。
「ってデケェ蛇だな!?」
獅堂 武(
jb0906)が目を見張った。
「井戸からでっかく生えてんじゃねぇよ!?」
と言うか井戸の直径よりも遥かに太い。
「現在までに確認されている性質は、水・風・土・毒、そして今度は雷の性質を持った蛇か」
枯月 廻(
ja7379)は、昔どこかでこんな設定を見た記憶があった。
何かのゲームだったか漫画だったか、白い犬、いや狼が主人公だった様な。
そこに一つの頭にそれぞれ一つの性質を宿した八岐大蛇がいたはずだ。
或いは――
「一連の騒ぎ、八卦か何かを模しているのか?」
Vice=Ruiner(
jb8212)が呟く。
「だとすれば…いや、今は目の前の敵を滅する。それだけだな」
周囲には、いつの間に現れたのか真っ白な狐達の姿があった。
雪が保護色となり、動かなければその存在を見落としてしまいそうだ。
「何が目的かは知りませんが、不当に奪った井戸を返してもらいましょう」
十字槍を手にした黒井 明斗(
jb0525)が、その真っ赤な木の実の様な瞳を目印にコメットを放とうと身構える。
が、それよりも僅かに早く、赤い実が四方に散った。
同時に、蛇が身に纏う電撃が何本もの糸の様に枝分かれし、四方に向かって鋭く伸びる。
「やべぇ、なんか来るぞ! 皆、こっちに集まれ!」
武が防御の結界を張ったその直後、電撃の糸は周囲に散った狐が放つ糸と絡み合い、網の目の様になって彼等の頭上に降りかかった。
今度の敵が電撃を使うという前情報は得ていた。
だから、稲葉 奈津(
jb5860)は足元にアース代わりのチェーンを垂らし、上にはゴム製の雨合羽を着込んでいる。
それに自前の防御スキル、ケイオスドレストもあった。
「さぁ〜私をしびれさせてくれるのかなっ?」
敢えて結界には入らず、衝撃に身構える。
四条 和國(
ja5072)は途中に捨てられていた錆の浮いた鉄パイプを、Vice=Ruiner(
jb8212)は金属製の骨を剥き出しにしたビニール傘を、それぞれ避雷針代わりとして地面に突き立てていた。
只野黒子(
ja0049)は大鎌の先端を雪の中に突き刺してみる。
だが、それでも。
「いったいわねぇ〜もおぉっ!!」
それで軽減されるのは自然現象を再現した雷の本体のみ、そこに乗せて放たれる魔法的なエネルギーは防げなかった。
大蛇が井戸の中に姿を消すと、今度は左右に分かれた狐の群れから一直線に電撃が走る。
「なるほど、そういう事ですか」
狐の動静を注視していた黒子は、仲間達に指示を出した。
「大蛇が顔を出している時は狐との連携全体攻撃、狐同士では二体の間に挟んで単体攻撃を仕掛けて来る様です」
まずは連携を阻止しつつ狐の数を減らす事が重要だ。
「狐が尾を扇状に広げたら、射線に入らない様に気を付けて下さい」
残念ながら極性による見た目の変化は確認出来ない為、どの個体同士が連携して来るのかの予測は立てにくいが。
数さえ減らせば、それを見極めるのも容易になるだろう。
「次に大蛇が姿を現すまでに何体の狐を倒せるか、それが鍵になりそうですね」
蛇は後回しで良い。
「これは、結構痛いね」
電撃を受け、和國が苦笑いを浮かべる。
「けど悪魔の狙いを阻止するためにも、ここでは引けないね。それにこういう場所は僕のテリトリーだ。好き勝手させてなんかあげないよ」
とは言え、手にしたワイヤーでトラップを張るのは難しい。
V兵器は持ち主の手を離れた途端、ヒヒイロカネに戻ってしまう。
また、ワイヤー自体もそう長く伸ばせる訳ではなかった。
「罠がだめなら、追い込み漁はどうかな?」
和國は気配を殺して狐達の背後に回り込む。
向こうでは、範囲攻撃を得意とする仲間達が待ち構えていた。
その場所に誘導する様に、和國は狐を追い立てる。
何体かが集まった所で、仲間から一番遠い個体を狙って影縛の術をかけた。
それを転がせば、逃げようとする奴の邪魔になるかもしれない。
「今だ!」
その声に、廻と明斗が反応した。
コメットの同時発射で、通常の倍の密度で隕石が降り注ぐ。
重圧を受けた狐達は、それでも反撃に移ろうと懸命に尾を広げた。
しかし、エリーゼ・エインフェリア(
jb3364)の放った光の流星群が頭上から雨の様に降り注ぎ、その意思と手段を潰していく。
三人の範囲攻撃を逃れたものには、ヴァイスがツインクルセイダーを打ち込んで足を止めた。
そこに手の空いた仲間が追撃、確実に潰す。
一方、奈津は逃げる狐の後をショートスキーで追いかけていた。
「彼方さんも思惑があるんだろうけど…私としては目の前の事を片づける! 後の事はその時に考えるわ♪」
だが木立に覆われた山の中での追跡は、思ったほど楽ではなかった。
透過スキルで悠々と木々をすり抜けて走る狐に対し、こちらはいちいち避けて通らなくてはならない。
透過を阻止出来れば少しは楽だろうが、そうなると今度は巨大な蛇が井戸を壊してしまうだろう。
「もう、めんどくさいわね!」
封砲の狙いを付けようとしても、すぐに目標がずれてしまう。
「少しは大人しくしなさいよ!」
しかし、それで相手が動きを止める筈もない。
それどころか、後ろからも別の狐が迫り、更には木立の影で待ち伏せる個体もいた。
こうなると、電撃トラップの中を駆け抜ける様なものだ。
「ちょっとそこの二人、手を貸して!」
追って来たらしい東條香織と安斉虎之助に援護を要請、自らは囮となる様に木々の間を駆け抜ける。
「我慢比べね…耐えられるかしらっ?」
と、その行く手に待ち構えている者がいた。
「ここは通さねぇぜ!」
狐の前進を阻む様に、武がその足元にショットガンをバラ撒く。
その隙に狐を追い越した奈津は急停止、振り向きざまに封砲を撃った。
三体の狐がそれに巻き込まれ、吹き飛ばされる。
それが体勢を立て直す前に、走り込んで来た明斗が二発目のコメットを叩き込む。
動きを鈍らせた所で接近し十字槍を一閃、トドメを刺した。
「大蛇が顔を出しました」
黒子の声が響く。
狐達が尾を翻し、彼等の背後に回り込もうと走り出した。
残る狐はまだ半数以上、こちらは癒し手の数が多いとは言え流石にそう何度も全体攻撃を喰らう訳にはいかない。
「私が前に出ます」
黒子は狐達の目を惹く様に、わざと包囲網の真ん中に飛び込んで行った。
ヴァイスが黙ってその後に続く。
「じゃあ私も!」
奈津が飛び出した。
「あはは〜私って割と丈夫な方だからね♪ 三人もかかれば、敵さんも満足なんじゃない?」
その言葉通り、囮の三人を包囲した狐達は蛇との間に放電の網を張り始める。
攻撃の溜めに入った狐は無防備で、またその間は狐同士での放電攻撃は無い様だ。
この瞬間を逃す手はない。
「皆さんが盾になって下さるそうですから、私達はその隙に後ろに回り込んで攻撃しましょう」
にっこり、エリーゼが微笑んだ。
光雨で包囲の一角に穴を開けた所に、光の翼で低空を滑る様に飛び込んで行く。
残る仲間達がそれに続いた。
「よし、外側から潰しに行くぞ」
香織と虎之助を連れて、廻は右翼側に回り込む。
斧槍を大きく横に薙ぎ、まずは包囲の輪から弾き飛ばした。
その後は三人で取り囲み、確実に潰す。
「こっちも行くぜ!」
武は鉄数珠を鞭の様に使って、狐の体を明斗の足元に弾き飛ばす。
十字槍が、その腹に深々と突き刺さった。
翼の機動性を活かして、エリーゼは残る狐達に次々と魔法を叩き込む。
白銀の腕輪から生み出された無数の焔の剣が、その体を焼き尽くしていった。
「僕も負けてられないね」
忍刀・血霞を抜き放ち、和國は周囲の木々を飛び移りながら、次々に狐を斬り捨てていく。
狐と大蛇の間に張られた放電の網は、もう網とは言えなかった。
それでも残った狐が身を寄せ合う様に集まり、大蛇との間に電撃を放つ。
奈津と黒子はそれをシールドで防ぎ、ヴァイスは気合いで耐えきった。
回避射撃で逸らす選択もあったが、それは仲間の為に温存しておく。
「まだ…これで終わりという訳ではないからな」
一撃を放って、蛇は再び姿を消した。
残る狐達は、木々の陰に隠れながら反撃の機会を伺うが――
「隠れても無駄ですよ!」
エリーゼが木立に向かって無差別攻撃を始めた。
多分このへん! 根拠はないけど!
「下手な鉄砲数撃てば当たります! きっと!」
焔の剣が木の幹をぶち抜いて行く。
「あらあら、随分見晴らしが良くなりましたね」
容赦なく薙ぎ払われる木々、そこから追い立てられる様に飛びだして来る狐達。
「飛んで火に入る何とやら、だね」
それを待ち受けていた和國が十字手裏剣を投げ付けて足を止め、そのまま接近、舞い踊るように背後へ抜けて、斬る。
「敵損耗率、推定九割」
黒子が声をかける。
「ただし、何処かに増援が潜んでいないとも限りません」
注意を怠らない様に監視の目を向けつつ、しかし攻撃対象はそろそろ蛇に絞り込んでも良いだろう。
「次に出て来たら、一斉攻撃を。ただし新手の狐が現れたり、連携して来る場合は――」
「私が吹っ飛ばしますね」
エリーゼがにこやかに微笑む。
「来ましたよ」
三度、蛇が顔を出す。
放電の糸が二本に別れ、そのラインがジグザグに交差する様に動きながら撃退士達に迫って来る。
放電を受ける側の狐が、その様に走り回っているのだろう。
「このラインの先に狐がいるんですね」
エリーゼの掌に収束した光が解き放たれ、放電ラインの一本に沿って真っ直ぐに伸びる。
次の瞬間、放電が途絶えた。
残るは一本、そちらは武がショットガンで足を止め、廻が二匹纏めてコメットで叩き伏せる。
「今だ、蛇をやれ!」
それを合図に、明斗がコメットの最後の一発を叩き込む。
「的が大きいだけに、よく当たりますね」
「では、こちらも遠慮なく」
重圧を受けて動きを鈍らせた所に、エリーゼが上空から漆黒の焔槍を撃ち放った。
続けて和國が火遁で攻撃しつつ、自らもその後を追う様に走り込む。
「炙り蛇にしてやるよ!」
「援護します」
黒子がクウァイイータスで大蛇の頭部を狙い、接近する和國からその牙を遠ざけた。
和國は近くの木を足場にジャンプ、輪切りにする勢いで蛇の胴体に忍刀・血霞を一閃。
触れた瞬間に電撃が体を突き抜けたが、構わずそのまま刀を振り切った。
ぐらり、大蛇の体が揺れる。
直立していたそれは、まるで骨を抜かれた様にぐにゃりと倒れ込んだ。
その開いた傷口に腕を突っ込んだ武が炎陣球をぶっ放す。
「でかい分だけダメージ通りにくそうなんでな、内側から丸焦げにしてやるぜ!」
蛇の体はまだ帯電しているが、男の子なら多少の感電は気合いで我慢だ!
「こんなもん、痛くねえぞ!」
痛いけど、痛くない!
「はい、そこどいて!」
得物をシャインセイバーに持ち替えた奈津が滅光を放つ。
「このレートなら、効いちゃうんじゃないかしらぁ〜!」
効いた。確かに効いた。
大蛇は急速にその身を縮めながら、井戸の底へ引き戻される様にするすると潜って行く。
その真上から、エリーゼが黒雷槍で容赦なく追撃。
姿が見えなくなっても、ヴァイスは暫くの間井戸に張り付いて、その内部に銃を撃ち続けていた。
「今なら潰せそうだな」
それを遠巻きに眺めていたひとつの影が呟く。
「見ろ、奴等は満身創痍だ」
「だが癒しの術を持つ者も多そうだ」
もう一つの影が言った。
「気脈は通じた、もうここに用はない」
それに今ここで彼等を始末したとしても、また別の撃退士が現れるだけだ。
「今は報告が先だろう。遅れると、レドゥ様が機嫌を損ねる」
その言葉にもう一人が渋々ながら頷いた、その時。
「ちょっとそこ、何をコソコソしてるのかしら?」
気配を察した奈津が、シャインセイバーの切っ先を向けた。
「どういう思惑があるのかわからないけど、私たちは撃退士! 護る為には牙を剥くわよっ!!」
だが、それっきり――
気配は消え、大蛇も再び姿を現す事はなかった。
「逃げたものを、わざわざ追う必要はないでしょう」
「そうですね、彼等とはいずれまた…嫌でも戦う事になりそうですし」
黒子の言葉に頷き、エリーゼが武器を収める。
「でも油断は出来ません。今のうちに出来るだけの手当をしてしまいましょう」
明斗が仲間達の怪我の手当を始める。
廻も自分の手当を終えた後はその手伝いに回った。
「井戸に被害はなさそうだね」
古井戸の周囲を点検した和國が言う。
ただ、周囲の木々はかなりの数が幹の真ん中からヘシ折られていた。
「これは不可抗力って事で、大目に見て貰えるよね、多分」
それより敵の狙いは何なのか、それが気になる。
「どうしてこの場所に出たんでしょうね?」
明斗も不思議そうな顔で井戸の中を覗いていた。
「地元の方のお話では、この井戸には雷獣が落ちたという言い伝えがあるそうですが」
「雷獣、ねえ」
武も首を傾げている。
「やっぱりあれか、今までに出たのと何か関係あんのかね?」
「あると思う」
廻が頷いた。
「さっきも言った八岐大蛇、あれが本当だとしたら」
水、風、土、毒、雷。
「この五つが確認されているなら、残りは闇・光・火だな」
「あと三匹という事ですか?」
香織が訊ねる。
「いや、コイツらを作った奴が何を考えているか分からん以上、断定はしない」
が、偶然と流す事もしない。
可能性の話なら、どんな事でも起こりうるのだ。
「ここらの事件に関してはお前ら二人が詳しいんだろう?」
「詳しい、と言えるかどうかはわかりませんが…関わりだけは」
答えた香織に、奈津が訊ねた。
「色々関連した依頼がありそうね…良かったら、ざっと教えてくれない?」
最初が猪苗代湖、次が磐越自動車道のトンネル、喜多方市近郊の田園地帯に、芦ノ牧温泉。
「その前に…鶴ヶ城が襲われた事があっただろう」
ヴァイスが付け加えた。
「これが八卦を模しているのなら、方角が重要だ」
ヴァイスは木の枝で雪の上に図を描き始めた。
「これまでと今回の場所を除き、最初に事件が起きた会津若松を中心とすると、残りは北東、西、南西…」
その方角だけが、ぽっかりと空いている。
「この方面で大きいのは磐梯山、阿賀川、ダムなどか」
「磐梯山は火山だ、ここに来るとしたら火だな」
廻が言い、香織達を見る。
「一つの可能性として覚えておけ」
それに、どこを狙われても被害が大きいと予想される。
「今のうちに…上層部に付近住民の避難準備を打診しておくか」
ヴァイスが言った。
実際に被害が出ていない段階で、どこまで動けるかは不明だが――
事件はまだ終わらない。
それだけは確かだった。