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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:25人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/03/21


みんなの思い出



オープニング



 三月三日はうれしい雛祭り。
 昨年は久遠ヶ原学園の一角にも、豪華かつ巨大な雛壇が出現した。

 それは普通の雛人形を飾るものではない。
 雛人形のコスプレをした、人間を飾る為のものだった。


「その実績を見込んで! 是非!」
 斡旋所で頭を下げる、事務員風の男がひとり。
 彼は東北地方の某所にある、とある動物園の広報担当だった。
「我が動物園はここ数年、恥ずかしながら客数の減少に悩まされているのです」
 パンダもコアラもハシビロコウもいない。
 展示施設は昔ながらの檻と柵。
 その中で飼われている動物達は、いつ見ても退屈そうにゴロゴロだらりと生気がない。
 これでは客足が遠のくのも頷けるというものだ。
 しかし、施設を改善しようにも予算がない。
 予算がなければリニューアルも出来ず、ますます客足が遠のくという悪循環。
「ですから、せめてユニークな企画でどうにか人を集めようと……!」
 そこで考えられたのが「どうぶつひなまつり」だ。
「久遠ヶ原の生徒さん達は皆、コスプレや動物の着ぐるみがお好きだと聞きました」
 いや、皆じゃないよ。
 確かに一部には、そうした嗜好を持つ生徒も稀によく見かける気がするけれど。
「ですから、今度の雛祭りには動物のコスプレをして、雛壇に飾られては頂けないでしょうか!」

 斡旋所は、その依頼を受けた。
 受けてしまった。
 生徒達の困惑や、その他諸々を一切ガン無視して。

 受けたからには、やらねばなるまい。
 なに、簡単だ。
 動物コスと言っても、けも耳を付けるだけでも構わない。
 勿論、本格的に着ぐるみを着込んでも良いが、そのあたりの「本気度」は各自の判断に任せよう。
 ただ普通に飾られているだけでも良い。
 本物の動物の生態を真似たパフォーマンスを行ってみるのも良いだろう。
 また、園内で自分が扮した動物についての解説を行ったり、園内巡りのツアーガイドを買って出るのも良い。
 撃退士にしか出来ない猛獣との競演もアリだ。
 動物達も退屈している事だし、多少の刺激は良いストレス解消になるだろう。
 場所も雛壇に拘る必要はない。
 檻の外に出すのが危険な猛獣が相手なら、自ら檻に飛び込んでしまえば良いのだ。
 大丈夫だよ、撃退士は強くて丈夫だから。

 要は如何に客の目と足を引き付け、より多くの金を落とさせるか、だ。
 遠方からわざわざ足を運ぶ事も厭わない、そんな気を起こさせるもの。
 見に来て良かったと思わせるもの。
 動物園自体をアピールする様な企画も、勿論大歓迎だ。

 それで動物園の経営が上向きになれば良い。
 動物達の待遇が少しでも良くなるなら、それで良いのだ。


 では諸君、健闘を祈る!



リプレイ本文

 その日、動物園はかつてない程の賑わいを見せていた。
 何しろ開園前から行列が出来るなど、ここ何年もなかった事。
「この賑わいが今日だけで終わる事のない様に、皆さんどうか、どうかお願いします」
 依頼人の事務長と、園長の二人が拝む様に頭を下げる。
「うむ、大船に乗ったつもりで任せるが良い」
 皆を代表して自信満々に言い切ったのは、颯爽と現れた動物園界のキングオブキング、パンダちゃんこと下妻笹緒(ja0544)だ。
 王であるからには、この動物園の窮迫した状況を見逃すわけにはいかない。
 断じていかないのだ!
 下々の窮地を救い、正しき方向へ導くのが王たる者の使命というもの。
 学園長に訴え、この動物園を救う大規模作戦を開いても良い。
 しかしそれは最終手段、まずは自分にやれることをやってからだ。
「上手くいけば二億人くらい集まるかもしれんぞ」
 きらーん、パンダちゃんの目が光る。
「に、二億人!?」
「年末○ャンボか!」
「園長、当たったらドーンと設備投資しましょう!」
「おお、そうだな!」
 余りに強気な数字を出され、錯乱気味の動物園サイド。
「うむ、その調子だ」
 その浮かれた様子に、パンダは満足げに頷く。
「いくらこちらで盛り上げようとしても、いかんせんそこで働く園の人達がしょぼくれていては話にならぬ」
 動物園は夢の国、ホストが本心から楽しんでこそ素晴らしいおもてなしが出来るのだ。
 それに満足したゲストは高確率でリピーターとなってくれるだろう。
「世界を華やかに変え、皆のやる気を上向きにするのだ」


●ただいま準備中

 そして開園時間が迫る。
 動物達は、それぞれの衣装に着替えて初期位置に付いた。
 皆、事前に打ち合わせも済ませて……いない人達が、ここに。
「ドウブツエン? ヒナマツリ? それなぁに?」
 鏑木愛梨沙(jb3903)は首を傾げながらも何となく周囲の流れに乗って、雛壇に座っていた。
 十二単を着込んだ上に、真っ白なアンゴラウサギの耳と尻尾を付けている。
 しかし意味は知らない。
「知らないけど、何だか楽しそう。それにセンセと一緒ならなんだって頑張るわ♪」
 ニコニコと楽しそうに、そして嬉しそうに、愛梨沙は隣に座った門木を見る。
 本日の門木は、反対側に座ったレイラ(ja0365)に選んで貰ったトラの着ぐるみ姿だった。
 この動物園にいるネコ科動物なら何でも良かったのだが、見た目のわかりやすさで選ぶなら、やはりこれだろう。
 レイラもお揃いのトラだが、デザインは違う。
 必要以上に身体のラインが強調されたそれは、着ぐるみと言うよりスーツと言った方が良いかもしれない。
 露出は少ないものの、その「せくすぃー度」は先日のトラ柄ビキニと良い勝負だった。
「まずは、ひな祭りの由来や動物についてきちんとお教えしますね」
「うん、教えて!」
 説明を始めたレイラに対して、門木を挟んで向こう側に座った愛梨沙が身を乗り出して来る。
 真ん中に挟まれた門木は……耐えていた。
 両側から迫って来る物理的、及び心理的圧力に、ひたすら耐えていた。
 黙したまま中空に目を据えて微動だにしないその様子は、まるで無我の境地にでも至った修験者の様にも見える。

「すごい、あれが完成された大人の男というものなんですね!」
 黄昏ひりょ(jb3452)は雛壇の下から憧れの眼差しでそれを見上げ、感心した様に呟く。
「どうやったら、あんな渋い大人になれるんだろう」
 後で秘訣を教えて貰おう。
 いや、違うな。伝統の技や奥義は教わるものではなく、盗むもの。
 渋い大人になるための秘訣も、きっと教わるものではないのだ。
 ひりょはそっと、ノートを取り出す。
「先生の行動を観察するんだ。どんな細かい事でも見逃さず……!」
 目指せ、渋い大人。

 だがしかし。
 違う、違うんだよ。
 あれはただ、困ってるだけなんだよ。
 端から見れば両手に花で羨ましいかもしれないし、贅沢な悩みだと怒られるかもしれないけどね。
 でも、困るものは困るのだ。
 だって二人とも、あの、胸の辺りの圧力が、その、何と言うか……ね。
「センセ、大丈夫?」
 あんまり大丈夫じゃない。
 見た目はオッサンだけど、中身はウブでシャイな坊やなのだ。
「あの、具合が悪いなら膝枕でもいかがですか?」
 膝を崩したレイラが顔を覗き込んで来る。
 が、多分それはもっと駄目だ。
 今は耐えるしかない。
 誰かが園内見学という名の散歩に連れ出してくれる、その時まで。


●開園

 午前九時、楽しげな音楽と共に動物園のゲートが開かれる。
 客達を最初に出迎えたのは、着ぐるみの三人。

「動物雛祭りへようこそ! 楽しんでいって下さいね」
 今日の或瀬院 由真(ja1687)は、クマーではなかった。
 全身をすっぽり覆うマルチーズの着ぐるみを着て「中の人などいない」アピールをしつつ、にこやかに(と言っても表情は変わらないが)手を振ったり、園内のイベントを案内したり。
「あちらには大きな雛壇がありますよ! お雛様と一緒に記念撮影も出来ますからねー」
 可愛らしいもこもこユマルチーズは子供達に大人気だ。
 叩かれたり蹴られたり、毛をむしられたり、登られたり……いや、決していじめられている訳ではない。
 小さい子供って、特に男の子は大体こんなもんだし。
 それでもメゲずに、ユマルチーズは愛嬌を振りまく。
 目が合えば小首を傾げ、手を振り、頭を撫でて。

 もう一人は白ネクタイの燕尾服で決めた、古き良き英国執事スタイルの羊。
「ようこそいらっしゃいました、存分にお楽しみ下さい」
 物腰も柔らかく、いかにも英国紳士といった風情で頭を下げる。
 それは身体は人間で頭だけが羊になっている、いわゆる獣人さんという奴だ。
 全身がケモノっぽい姿よりも、寧ろこの方が萌えるというケモナーも多いことだろう。
 実際、その羊――中身は黒井 明斗(jb0525)だ――も、忽ち人気者になった。
 こちらを取り囲んでいるのは、主に大きなお友達系の皆様だ。
 一緒に写真を撮ったり、握手を求められたり、穏やかでよろしい。
 そしてこの羊、伊達に執事の格好をしている訳ではなかった。
 園内の施設から飲食メニュー、動物の種類・その習性、仲間の雛壇の配置等、ありとあらゆる知識を頭に叩き込んだ彼は、ゲストのどんな質問にも瞬時に答える事が出来るのだ。
「はい、ご主人様。それはこちらでございます」
「ご案内いたします、ご主人様」
 ご主人様。
 良い響きだ。

 そして三人目は、言わずもがなのパンダちゃん。
 ひな祭りと言えば、忘れてはならないのが桃の花の飾り付け。
 五人囃子の格好をしたパンダは、開園前に大型猛獣からちびアニマルまで、雌の動物達に桃の花飾りをつけて回っていた。
 飼育員や案内係などホスト達にも同じものを付けて貰えば、それだけで園内がずいぶん華やかになる。
 そして更にはゲストの女性達にもプレゼントすれば、動物達やホストとお揃いという一体感を生み出す事も出来るだろう。
 しかも、それを動物園の人気者が手渡してくれるとなれば、パンダの前に行列が出来ない筈がなかった。

 と、そこに――
「どーぶつ、いっぱい、なの!」
 ゲストに混じって、薄桃色のうさ着ぐるみが走り込んで来た。 「はしゃぎすぎてっところんじまいやすぜキョーカ!」
 それを追って走るのは、真っ白うさ着ぐるみ。
 しかし、こうした場合は心配して追いかける方が転ぶのがお約束。
「あっ!」
 ずべーんころころ。
 派手に引っ繰り返った白うさが転がる。
「しーた、だいじょぶ、なの?」
 薄桃うさ、キョウカ(jb8351)が慌てて戻り、抱き起こした。
「これくれぇ、なんともねーでさ」
 純白の毛に付いた汚れを払いながら、白うさ紫苑(jb8416)はニカッと笑う。
「ちーとよごれちまいやしたが、このほうがハクがつくってもんでさ」
 紫苑の白うさは日本白色種、世間一般の人々が抱いているであろう可愛らしいイメージとは少しばかり遠い所にいる品種だった。
 まじでかい・可愛くない・凶暴とは紫苑の談だが、確かに向こう傷が似合いそうな雰囲気はある、かもしれない。
「だから、きにしなくていいでさ」
「あぃがと、なの」
 今度は転ばない様に、二人は手を繋いでゆっくり歩く。
 目指すは百獣の王、ライオンの檻だ。
 パフォーマンスとしての許可を貰い、二人は檻の中に入っていく。
「なでなで、いいー?」
 怖れを知らない大胆不敵な足取りで、キョウカはライオンの目の前まで近付いた。
 だらしなく寝そべっていたライオンも、見知らぬ者が不用意に近付けば警戒し、威嚇の唸り声を上げる。
 しかし、何故か急に大人しくなる百獣の王。
 何となく怯えている様にも見える。
「らいおんさん、いいこいいこ、なのー♪」
 なでなで。
 キョウカは上機嫌で、もつれて絡まったタテガミや少々手入れの悪い毛並みを撫でる。
 ライオンはまるでネコの様に大人しく、いや、ネコだってこんなに大人しくないだろうというくらい、素直かつ従順だった。
 いとも簡単に猛獣を手懐けた少女に対し、檻の外から歓声が上がる。
 だが真の猛獣使いは、その背後に控えていたのだ。
 鈍色の巨大な戦鎚ブリアレオスを構え、紫苑はライオンに念を送っていた。
(みょうなまねしやがったらタダじゃおきやせんぜ?)
 テメェわかってんだろうなゴルァ的なオーラを立ち上らせ、凶悪なチンピラの顔でライオンにメンチを切る。
 そのニタニタ笑いは、それはそれは恐ろしく見えたらしい……ライオンの目にさえ。
 やがて満足したキョウカが安全圏まで離れると、紫苑はその笑顔を爽やかモードに切り替えて観客を見た。
「よいこのみんなは、まねしちゃいけやせんぜ?」
「しーたとキョーカの、おやくそく、なの!」
 はい皆さん、わかったら隣の人と指切りげんまんー!


●雛壇前

「随分な無茶振りをして来ましたね」
 そう言いながらも、三人官女姿に犬耳と尻尾を付けた雫(ja1894)は準備万端。
 雛壇の前に小さな休憩所を作り、ゲストに白酒や甘酒、雛あられ等を振舞っていた。
「御一つ、如何でしょうか?」
 とりあえずは無料で配りながら、販促活動も忘れずに。
「お気に召しましたら彼方の売店でも販売しているので、お土産に如何でしょうか?」
 案内を乞われれば、すぐさま対応。
「あの、ここで記念撮影が出来るって聞いたんだけど」
「はいこちらです」
 雛壇の一番下には、男雛と女雛を象った顔出し看板が置かれていた。
 観光地では必ずと言って良いほど目にする、顔の部分に穴の開いたアレだ。
「動物達をバックに一枚いかがですか? 良かったらシャッターも押しますよ?」
 ただし動物達は、いつでも全員がそこに飾られている訳ではない。
 彼等にも休憩が必要なのだ。
「全員揃っての撮影が可能なのは、午前十時と午後二時からの二回、それぞれ一時間ずつとなっておりますので、お気をつけ下さい」
 それら全てを一人でこなしつつ、更には同時に混雑に乗じてのスリや置き引き等が無いか目を光らせるマルチっぷりだった。

 雛壇の方に目を移すと、一番上には三人並んだサンドイッチ内裏雛が座っている。
 真ん中のトラは既に魂が抜けている様にも見えるが、気にしてはいけない。

 次の段にはプレーリードッグの三人官女。
 本物の動きを真似て立ち上がり、じーっと遠くを見つめては、またぺたんと座る。
 それを三人で交互に繰り返していた。
「なんか楽しいねー」
 立ったり座ったり、まるでスクワットの様だと思いつつ、春名 璃世(ja8279)は両脇の二人に笑いかけた。
 二人とも着ぐるみが異様に似合っている。そして可愛い。
 カワイイモノスキーな璃世は、既にメロメロノックダウン寸前だった。
「でも、ちょっと疲れるわね。それにお腹空いてきちゃったかも」
 右の御崎 緋音(ja2643)は、着ぐるみのぽってりしたお腹を押さえている。
 その鼻をくすぐる、香ばしい揚げ物の匂い。
「あら、何だか良い匂いが……売店が開いたのかな?」
 しかし、それはすぐ近くから漂って来る様な。
 ふと脇を見れば――赤城 羽純(jb6383)が、サボっていた。
「ちょっと、羽純も真面目に……って、何食べてるの?」
「羽純可愛い……って、こんなとこでポテト食べちゃダメ…!」
 だが、羽純は頓着しない。
 悪い笑顔でニヤリと笑い、二人を見た。
「ん…○ック、食べる?」
 差し出したのは、ハンバーガーとポテトとコーラ(いずれもLサイズ)のセット。
「ちゃんと人数分あるんだ……」
 緋音が半ば呆れた様に、その手元を見る。
「私達の分まで買って来てくれるなんて、羽純って優しい〜……じゃなくて!」
 璃世はあくまで理性的にツッコミを入れようとするが――無理。
「こういうのは、あったかいうちに食べなきゃだよね。いただきまーす!」
 あっさりと誘惑に屈し、かぶりつく。
「美味しい…♪」
 それを見て、緋音もそっと手を出した。
「ちょ、ちょっとだけ……ね」
 折角買って来てくれた、親友の好意を無駄にしてはいけない。
 それに食べなきゃ勿体ないし。
 決して誘惑に負けたからとか、そういう訳じゃないんだからね。
 と、一応は葛藤の様子を見せたりしながら……いただきます。
 その様子を、羽純は相変わらずの悪い笑顔で見つめていた。
「ふふ……これで二人も同罪…」
 雛壇の下から幼女の声が聞こえる。
「ままー、ぷれーりーどっくって、はんばーがーたべるんだねー」
「そうね、ママも初めて知ったわ」
 いや、お母さん。
 子供には正しい知識を……!

 その下の段には、みくず(jb2654)が座っていた。
「ひな祭りっ♪ 美味しいもの食べたりできるかなー?」
 ぴこぴこ動く銀色の狐耳は自前のものだ。
 普段は隠しているが、これが本来の姿だった。
 ふさふさ尻尾も普段は隠しているが――残念ながら、それは今日も隠れている。
 だって、今日は頑張って十二単を着てみたのだ。
「着物に尻尾通す穴なんて開いてないし、開けたらきっと怒られちゃうだろうし〜」
 でも、これを選んで良かった。
 襲色目に選んだ紅の薄様も、上から下に紅が淡くなるグラデーションが春っぽくて良い感じだ。
「でも何しようかな? そういやあんま動物園って知らないなぁ」
 何をするかはまだ決めていないけれど、とりあえず飾られておく。
「お兄ちゃん特製ちらし寿司のお弁当も持ったし、お昼まではここにいようかなー」
 お昼になったら皆と一緒に食べるのだ。
 それから一緒に園内を回って、色んな動物達を見て。
「うん、完璧!」

 その隣には、深森 木葉(jb1711)がちょこんとお座りしていた。
 こちらも十二単を着込んでいるが襲色目は紫の薄様、紫から白へと移るグラデーションだ。
 頭士は狼の付け耳。尻尾も自前ではないから、着物の上からでも付けられる。
「おおかみさんなのですよ〜」
 腕には銀狐のぬいぐるみ、瑞葉を大事に抱えていた。
 役割は特に考えていないが、隣のみくずとちょっとペアっぽいかもしれない。
「よろしくなのですよ〜」
 飽きるまで、ここに飾られていよう。
 その後は……まあ、適当に?

 因みに動物達の休憩中は、代わりに大きなぬいぐるみが置かれる予定だが……
 そこで、雫は閃いた。
「空いた場所にはお客様ご自身に座って頂く事も出来ますよ。衣装のレンタルは本日に限り無料となっております」
 予定にはないけれど、ここはどうにか対処して貰おう。
「臨機応変に回してこそ、人気回復の目もあるというものですよね」
 希望者が続出した事は言うまでもなかった。


●マンティスの館

 この動物園には何故か、『マンティスの館』というカマキリ専門の展示室があった。
 世界各国から集められたカマキリが生きたまま、或いは標本として展示されている、世にも珍しい施設だ。
 明らかに特定の層のみを狙ったこの施設は、その目論見通りにコアなファンを獲得する事に成功していた。
 彼等は定期的に足を運んでくれる貴重なリピーターだ。
 しかし、如何せん数が足りない。
 多い時でも一日10人程度という寂しい動員数では、カマキリの餌代にもならなかった。

 そこで、だ。

 今回は強力な助っ人をお呼びしました!
 久遠ヶ原では既にお馴染みと言うかやっぱりと言うか待ってましたと言うか――
「じゃーん! 右カマ大臣なの!」
「僕は左カマ大臣!」
 カマキリの着ぐるみに身を包んだ二人は、入口の左右に陣取って歓迎の舞いを舞う。
 白の右カマは香奈沢 風禰(jb2286)、緑の左カマは私市 琥珀(jb5268)だ。
 二人とも着ぐるみの上から、それぞれに右大臣、左大臣の衣装を着込んでいる。
 かなり動きにくそうだが、そこは撃退士――鍛えてますから、大丈夫です!
 今日の二人はマスコット兼インストラクター兼ヒーローショーの出演者兼売店の売り子兼……つまりは何でも屋だ。
「カマキリの事なら、何でも訊くと良いなの!」

 では、順を追って館内を一回りしてみようか……左右カマ大臣と一緒に。
 まずはマンティスの生体コーナー、右カマ大臣が拡大された全身図をカマで指しながら説明する。
「ここが鎌で、ここが足なの!」
 更には特別展『種子島に棲息する白カマキリ』のコーナーでは実演を交えて。
「このカマキリはサーバントなの! お持ち帰りは出来ないから、写真だけの展示でごめんなさいなの!」
「僕達は実際に戦った事もあるんだよ!」
 勝敗? 勿論、正義のカマキリが大勝利さ!

 一通り見学した後は喫茶店「まんてぃす」出張所にて休憩を。
 ここの一番人気は、ねこまんま……って何?
 ごはんに鰹節の、あれ?
「どうぞなの!」
 にゃーん。
 違った。出て来たのは、ネコ。勿論ナマだ。生ぬこだ。
 これを、どうしろと?
「もっふもふ、なの!」
 えー、つまり、モフれば良いのか。
 って事はアレか、ここはカマ着ぐるみのスタッフがいる猫カフェという認識でよろしいか。
「多分、そういう事になるんじゃないかな?」
 ごく普通の飲み物や軽食が載ったメニューを差し出しながら、左カマ大臣がにこやかに微笑んだ。
「お帰りの前には、お土産をどうぞなの!」
 おみやげコーナーでは、多分ここでしか手に入らない隠れたベストセラー(?)香奈沢 風禰著『まんてぃすと私』の他、まんてぃすグッズ等各取り揃え中! カマぽすもあるよ!
「買ってなの!」
 両カマを合わせてお願いのポーズをとる右カマ大臣。
 そのお願いに応えてくれた剛の者は、果たして存在したのだろうか――?


●鳥類コーナー

 世の中には、鳥カフェというものが存在するらしい。
「猫カフェの鳥バージョンみたいなもんやね」
 蛇蝎神 黒龍(jb3200)の説明に、七ツ狩 ヨル(jb2630)が頷く。
「綺麗で、もふもふしてた」
 どうやら先日のデート(黒龍視点)で立ち寄ったその店を、ヨルはいたくお気に召した様だ。
 そんなわけで、鳥。
 数種類の鳥が放し飼いにされた広い檻の片隅で、つがい(黒龍視点)のセキセイインコがもふもふしていた。
「今日は一日、インコになりきって過ごしてみる…ぴよ」
 ヨルインコは頭が黄色で体が緑。
 黒インコは頭が白で体が青。
 どちらの着ぐるみも黒龍のお手製だった。
「確か、インコってよく毛繕い…羽繕い? してた…ぴよ」
 ヨルインコは、まずはその動きを真似てもっふもっふ。
「あ、仲間の羽にもやってた気がする…ぴよ」
 黒インコの羽に頭を突っ込んで、もっふもっふ。
「鳥って結構大変…ぴよ」
 そんなヨルインコを、黒インコは羽根でもふもふはぐはぐ。
「ままー、あのとりさんたち、なかよしだねー」
 檻の外で幼女が二人を指差した。
「そうね、愛さえあれば性別なんて関係ないのよ」
 いや、間違ってはいないと思うけど。
 それを子供に教えて良いのでしょうか、お母さん。
 将来が不安……いや、楽しみですね!
「とりさん、げんきなたまごうんでねー」
 にこにこと手を振る幼女に応え、ヨルインコはパタパタと羽ばたき、ふわりと浮いて見せた。
「ばいばーい!」
「ばいばい…ぴよ」
 ところで、卵はどっちが産むのだろうか。
「こんな事もあろうかと」
 黒インコは用意していた――もふもふ卵のぬいぐるみを。
「ヨルくん抱いてみる?」
「…ぴよ」
 もっふ。

 隣の檻では雄のクジャクが見事な尾羽を広げ、その美しさをアピールしていた。
 だが、美しさなら本物に勝るとも劣らない男がここに!
「ふ…ピーコック(孔雀)の華麗さは、今伊達ワルと融合するッ!」
 黒づくめの五人囃子、命図 泣留男(jb4611)が現れた。
 今の彼はただの五人囃子ではない。
 その背に広がる巨大なクジャクの羽はファイバー製、スイッチを入れれば七色に揺らめきながら光り輝くぞ!
 電源ユニットは袴の下に隠しておくんだ!
 メンナクジャクは光の翼で飛翔、雄クジャクの目の前に降り立った。
 そう、それはまるでストリートのやんちゃな風がガイアに口付けするかの如く。
「さあッ! 俺と、お前と…どっちがより強く輝けるか、決闘(デュエル)だぜ!」
 この背に輝く飾り羽根が挑戦状だ。
 さて、ここで少しクジャクの生態について解説しておこう。
 雄のクジャクが羽を広げるのは、春から夏の繁殖シーズンのみ。
 しかも相手は雌のクジャクに限られる。
 動物園で飼われているクジャクの場合は、稀に他の動物やヒトに対して広げるものも居る様だが……基本的にそれは求愛行動なのだ。
 雄のクジャクにとって、羽を広げて見せるという事は即ち愛の告白。
 つまり、今ここでメンナクジャクの挑戦を受けて羽を広げた彼氏は、大声で「あいらぶゆー!」と叫んでいるも同然だった。
 いるんですね、やっぱり。鳥の世界にも「そっち系」な殿方が。
 しかし、そんな事とは知らないメンナクジャクはますますヒートアップ。
「大胆と書いてヨーロピアンと読むのがスタンダードッ!」
 光の翼を広げ、輝くファイバー羽根の出力を最大に。
「ガイアが俺にもっと輝けと囁いているッ!」
 遂には星の輝きで、クジャクどころかゲストの目まで眩ませた!
 その後、眩い光の中で一体何が行われたのか、それは誰も知らない。
 禁断の愛は、果たして実を結んだのであろうか――


●小動物コーナー

「はい、げっ歯類の解説ツアー受付はこちらになります」
 ゲストの質問に爽やかな笑顔で答えるシェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)は、リスに扮していた。
 と言っても着ぐるみではない。
「着ぐるみだと動きにくいでしょうから、コスプレはドレス衣装にリスの耳と尻尾を付ける比較的ラフな感じにしますわ」
 というわけで、シェリス(誤字にあらず)は背中に大きなふさもふ尻尾を背負っていた。
 リスの尻尾は背中にくるりと巻いてこそ、だらんと地面に垂れいる尻尾などリスの尻尾とは言えないのです。
 その形を維持する為に、姿勢が少々前屈みになるのは仕方がない。
「げっしるいってなに?」
 子供の質問には流れる様に答える。
「げっ歯類とはニュージーランドと南極大陸を除く世界各地に分布する齧歯目の哺乳類の総称で、哺乳類では最も種類が多く、絶えず伸び続けるノミ状の一対の門歯を持ち――」
「……?」
「簡単に言えば、リスやネズミ、ヤマアラシなどの事ですわ」
 まあ、見た方が早いよね。
 という事で、ツアー参加者を連れて歩き出すガイドさん。
 歩きながらも解説に余念がない。
「日本固有種のリス科として知られるニホンリスやムササビは有名ですよね。なんといってもあの頬袋! 一生懸命食べ物を口に詰めながら食事する姿を見てるだけでもう…Bonheur(幸せ)♪」
 恍惚のあまり、思わず母国語が飛び出した。
 自分でもリスを飼っているが、余所で見る子達もまた良いものだ。
 勿論うちの子が一番だけどね!
「頬袋…ふさふさ尻尾…うふふ…ぬふふふふ……」
 そのまま悦に浸るシェリスさん、ついつい尻尾への注意が疎かになる。
 いつもの癖で胸を張り、背筋をピンと伸ばして、ふんぞり返る様に歩き出した。
「あ…ら?」
 おかしい、身体の重心がいつもより後ろにある。
 しかもますます後ろに傾いて行く様な。
 ぼてん、尻尾の先が地面を叩く。
 その拍子にシェリスの身体はぐいっと後ろに引っ張られ――
 すってーん!
「きゃあぁっ!?」
 見事、後ろに引っ繰り返った。
 皆さん、武士の情けです。どうかスカートの中は見なかった事に!
 それより誰か、手を貸してあげてー。


●園内各所

 雛壇に付き物の小道具と聞いて誰でもすぐに思い付くのが、ぼんぼりと金屏風だろう。
 だが、左近の桜と右近の橘も忘れてはならない。
 勿論この動物雛壇にもそれは飾られている――いや、飾られていた。

 それは、最初の撮影会が終わった直後の事だった。
 もぞ、もぞもぞ。
 左近の桜が動き出す。
 同様に右近の橘も枝をわさわさと震わせながら立ち上がった。
「ふぁ〜、足が痺れたのですよぅ」
「大丈夫か、急に動くと転ぶぞ」
 その正体は鳳夫妻。
 妻の鳳 蒼姫(ja3762)がふわふわの桜で、夫の鳳 静矢(ja3856)が清々しい橘だ。
 二人は雛壇を下りると、園内を歩き始めた。
 散歩でも見物でもない、奉仕活動の為だ。
「水遣りなのですよぅ」
 園内の木々や花壇の花に水をやり、植え込みに捨てられたゴミを拾っては袋に詰める。
「ゴミはゴミ箱になのですよぅ」
「皆、自然は大切に…」
 ここは動物園だが、ここで生きているのは動物達ばかりではない。
「植物も皆、生きているのだよ」
 水やりやゴミ拾いをしながら、周囲のゲストに自然の大切さを語り、時には木の気持ちを代弁する。
 或いは子供達に持参した桜餅や梅干を配って、有難い植物の恵みを実感して貰ったり。
「君も美味しい梅干や桜餅を食べないかい?」
 ただし、梅干の方は余り好評とは言い難い様だが……
「子供達には少し早かったかもしれないのですよーぅ」
 残った梅干を美味しそうに食べつつ、蒼姫が言う。
 そうして自然破壊やCO2問題における総合的な緑の問題をテーマに語り合い、時に激論を戦わせながら、園内をくまなく回る桜と橘。
 定期的にトイレにも立ち寄って、ピカピカに。
「……トイレ掃除すると美人になるのでっす☆」
 出て来たばかりの人にも声をかけてみたりして。
「いつも綺麗に使ってくれて、ありがとう。トイレに代わって礼を言う」
 それで目を逸らしたり、そそくさと逃げて行く様なら、それは綺麗に使わなかった人だと思って良いだろう。
「嫌味に聞こえた人もアウトなのですよーぅ」


●自由時間

「門木先生、お昼を食べに行きましょうニャ」
 まず最初に誘いに来たのは、猫耳メイドの姿の斉凛(ja6571)だった。
 その後ろにはぴょこんと頭を下げる、黒猫ひりょの姿も見える。
 素早く背中に隠したのは、例の『渋い大人になるための秘訣』ノートか。
「あちらに良い場所を見付けたのですニャ」
「かどきセンセー、一緒に食べよ!」
 下ではみくずもぶんぶん手を振っていた。
「センセ、一緒にイコ♪」
 愛梨沙が立ち上がり、門木の腕を引く。
 勿論レイラも一緒だ。
 結局、雛壇を下りてもサンドイッチからは逃れられない宿命なのか。
 しかし、じっと飾られたままの状態よりは良いだろう。多分。
「あ、ねえ、木葉さんと……雫さんも一緒に、どう?」
 みくずは隣の木葉と、目の前にいた雫にも、思いきって声をかけてみた。
「大勢の方が楽しいし、お弁当もいっぱい作って来たし!」
 正しくは「作ってもらった」だが、細かい事は気にしない。
 そろそろ飾られるのも飽きてきた木葉は重たい十二単を脱ぎ捨て、白衣に緋袴の軽装となって身軽に段から飛び降りた。
 勿論、狼の耳と尻尾はそのままだ。
「わんわんなのですよ〜」
 一方の雫は少し戸惑った様に問い返す。
「私、ですか?」
 仕事も一段落した事だし、そろそろ休憩にしても良いだろうか。
「では、ご一緒させて頂きます」
 雫は残った甘酒を持って皆に合流。
 そうなると、雛壇に残っているのは三人官女だけになるが――
「楽しそう、だね」
 ちょっと気圧された様子で、ひりょが頷く。
 うん、仲良くじゃれ合っている彼女達は、好きにさせてあげよう。
 それが良い。
 多分それが、出来る大人の対応というものだ。
 ね、門木先生?

 残された三人官女は、カオスだった。
「えいっ!」
 まずは羽純が、隙を見て緋音の背中に付いたジッパーを下ろす!
「ちょっとー!? 誰か、誰かジッパーあげてー!!」
 中の人はいない事になってるけど、キャミソールの背中部分が丸見えなのは困る。
 近頃はキャミ一枚で歩いてる女子も多いとは言え、緋音にとってキャミは下着なのだ。
「あげて! 誰か、早く!」
「わかった、わかったから落ち着いて!」
 飛び付いた璃世が慌てて上げようとするが。
「あれ? あれ?」
 動かない。
 何処か噛んでしまったらしい。
「こういう時には、一度下げれば良いのよね!」
 思いっきり下げる。
 ぱんちゅが見えるギリギリまで下げる。
 そして上げ……上がらない。やっぱり上がらない。
「いやあぁぁっ!?」
 結果、緋音はますますパニクって大騒ぎ。
 その騒ぎに乗じて、再び羽純の魔の手が伸びる……今度は璃世の背に。
 しかし璃世は気付かない。
 緋音のジッパーを上げる事に必死で気付かない。
「こうなったら力ずくで!」
 しかし、一般的なジッパーが撃退士パワーに耐えられる筈もなく。
「ごめん、壊れちゃった」
 緋音、涙目。
 本能的に逃げだそうとした璃世は、くるりと踵を返し――コケた。
 その拍子に、何故か羽純の背中に手がかかり……
 一気に下まで引きずり下ろした!
 しかし羽純は慌てず騒がず。
「残念、下はメイド服でしたー」
 ここに至って漸く自分の背中に気付いた璃世も然り。
「あ…メイド服着てたんだ…良かった」
「って、何も着てないの私だけ!?」
 緋音、ますます涙目。

 一方、園内をぶらぶら歩きながら目当てのスポットに辿り着いた一行は、早速シートを広げてお弁当タイム。
「梅の花がちょうど見頃なのですニャ」
 おまけに見晴らしも良い。
 のんびりお弁当を食べるには絶好の場所だ。
 凛は持参した手作り弁当を次から次へと取り出しては、ひりょと門木の前に並べていった。
「ひりょさんは、どうぞお好きなものを食べて下さいですニャ」
 そして、門木に向き直る。
「先生もご一緒に食べましょうですニャア。はい。あーん」
 何だか扱いに随分な差がある気がするが、凛はオジサマフェチなのだから仕方がない。
 それに門木のファンクラブ名誉会員でもあるし。
「センセー、これもどうぞだよ!」
 みくずがちらし寿司を差し出す。
「あ、これも『あーん』の方が良いかな?」
 いや、それは、あの。
 さっきから両脇の視線が痛いんですけど!
 食べた気がしないから、普通に自分で食べても良いかな? かな?
「わかりましたですニャ」
 凛はちょっと残念そうに箸を下ろす。
「お口に合うと良いのですニャ」
「……その…すまん、な」
 でも料理は遠慮なく頂きます。
 朝からずっと緊張しまくりでお腹空いたし、美味しそうだし。

 その様子を、いつの間にか混ざっていたヨルインコが興味深そうに見つめていた。
 勿論、黒インコも一緒だ。
「カドキは、やっぱり大変な事になってた…ぴよ」
 そんな予感はしていたけれど。
「はい、お二人もどうぞだよ!」
 みくずが彼等の前にもちらし寿司を置いていく。
「これも鳥みたいにして食べないと、いけないのかな…ぴよ」
 ヨルインコは鳥が餌をついばむ様な格好で顔を近付けてみた。
 いやいや、それじゃ鳥って言うより犬食いだから。
「今は休憩時間やし、普通に食べてええよ」
 皆も被り物は脱いでいるし、殆ど中の人丸見え状態だし。
「それとも、あーんする?」
「雛鳥みたいで、良いかも…ぴよ」

 と、向こうから駆けて来るウサギが二羽。
「あ、にーた!」
 薄桃うさが、ひりょに向かって手を振っている。
「久しぶり、初詣以来かな。元気そうだね」
 ひりょが笑いかけると、薄桃うさはにぱーっと笑った。
「ひさしぶぃー、なの! にーた、キョーカのおともだち、しーた、なの!」
「しおん、でさぁ」
 白うさ紫苑は、薄桃うさの後ろに半分隠れる様にして、ぴょこっと頭を下げる。
「二人とも、一緒にお弁当食べよう? 持って来てないなら分けてあげるし……良いよね?」
 訊ねたひりょに、凛が笑顔で頷く。
「勿論ですニャ」
「ちらし寿司も忘れないでね!」
 みくずが持って来たのは、ざっと20人前。
 彼女ひとりで五人分は平らげるとしても、まだまだ充分な量がある。
「皆で食べるのがおいしい秘訣!」

「甘酒もあるよ〜」
 おや、雫の様子が変だ。
 いつものクールな雰囲気がすっかり消えている。
 もしかして、甘酒で酔った?
「酔ってないもん」
 うん、酔ってるね。
 そう言えば、愛梨沙もさっきからやたらとニコニコご機嫌だ。
 白酒でも飲んだのだろうか。
「ううん、飲んでないよ?」
 どうやら綺麗な衣装を着られた事が嬉しくて仕方がない様だ。
「それに、センセと一緒だし」
 寧ろ門木が居れば天使の微笑自動発動。
 その反対側では、レイラもまた頬を上気させていた。
 彼女は門木に酔うという世にも珍しい特技の持ち主だ。
(門木先生と一緒ならそれだけで幸せで……ああ、この幸せをどう伝えれば……(////)
 せくすぃーなトラは、まるでネコの様に甘えてしなだれかかる。
 喉からはゴロゴロという音が聞こえてきそうだ。

 それを観察していたひりょは、秘密のノートに新たな一文を書き付けている。
 多分、モテる秘訣とかなんとか。
「何を書いてるのですニャ?」
 手元を覗き込んだ凛に、ひりょは逆に問いかけた。
「凛さんは、大人の男の魅力って何だと思う?」
 問われて、凛は語り出す。
 筋金入りのオジサマフェチとして、この話題なら三日は語れる自信があるとかないとか。
「おぉ、なるほど……」
 メモメモ。
 ついでにさりげなく門木の長所も訊いてみる。
 すると、出るわ出るわ本人には想像も付かないアレコレがゾロゾロと。
 あれはただのボンヤリしたオッサンだと思うんだけど、違うのかなぁ。
 そのボンヤリ加減と言えば、こっそり背後に回った凛に猫耳を付けられても気付かないレベルなのに。
 皆の目には一体どう映っているのか、一度じっくり話を聞いてみたい所ではある。

 少し離れた場所では、ゲストに囲まれたユマルチーズが弁当を広げていた。
 お客様と一緒であるからには、これも仕事の一環。
 着ぐるみを脱いで、中の人の存在を明らかにする訳にはいかない。
 お子様の夢を壊してはいけないのだ。
 だから、ユマルチーズは着ぐるみの口に手を突っ込んで食べる。
 あたかも着ぐるみそのものが食べているかの様に。
 実際にどう食べているかは企業秘密だ!

 さて、休憩組はそろそろ食事も終わる頃。
「皆様お茶の準備ができましたニャ」
 凛が食後の温かい紅茶を配って回る。
 暫く休んだら、今度は少し園内を見て回ろうか。
「む〜、せっかくの動物園なんだから一緒に楽しもうよ」
 年相応の無邪気さで、雫は門木の腕をぐいぐい引っ張った。
「あたしもセンセーと一緒に回るんだよ!」
 みくずは反対側の腕をとる。
「……わかった、わかったから…」
 そんなに引っ張ったら腕が抜けちゃうー。
 いや、わりと冗談じゃなく。
 かくしてサンドイッチから暫し解放された門木は、二人に引きずられる様にして園内に消えていった。
「俺達も少しのんびり楽しんで来ようか」
 ひりょが凛に声をかける。
 凛はこのごろ少しお疲れの様子、この機会にリフレッシュ出来ると良いのだが。
「ありがとうですニャ」
 気楽な友人同士、ほのぼのまったり動物園を楽しもう。


●どうぶつヒーローショー

 金鞍 馬頭鬼(ja2735)は迷っていた。
 自分は何の動物に扮するべきか、悩んでいた。
 どこからどう見てもお馬さんである彼が、何を悩む必要があるのかと人は思うだろう。
 だが、誰しも心の中には他人には計り知れない色々な何かを抱えているものだ。
 今年は午年。
 では、午に角を付けたらどうなるか。
 答えは牛だ。

 \牛!/

 どうして角なんだ、などと訊いてはいけない。
 誰しも心の中には以下略。

 そして舞台は野外の特設ステージへ。
 客席は既に満席、立ち見まで出る盛況ぶりだ。
 周囲には休憩中の仲間達の姿も見える。
「さあ、お待たせしました! どうぶつヒーローショーの始まりです!」
 実況と解説はユマルチーズがお送りします!
 ステージの上に立つのは、二足歩行のちょっと馬っぽい牛。
 対戦相手は巨大なハイイログマ。
 熊と言えば、種目はやはり相撲だろう。
 昔話でお馴染みだし、それに他の格闘技よりも相手を傷付ける心配が少ない。
 ステージの真ん中で睨み合う両者。
「ホアチョー! アター!」
 牛は太極拳っぽい掛け声と共にポーズを取ってみる。
 相撲なら、そこは「どすこーい」か何かだと思うが、まあ良い。
 それを挑発と受け取った熊は、突進を仕掛けてきた。
 馬はそれを正面で受け止める。
「両者、がっぷりと四つに組んだ! さあ、ここからは二頭の力比べだ!」
 会場からは、それぞれに対する声援が飛ぶ。
「「うーし! うーし!」」
「「くーま! くーま!」」
 さあ、勝つのはどっちだ、ウシかクマか、それともウマか!
「ひひーん!」
 牛が雄叫びを上げた!
「押した、押し返した、牛…いや馬か、どっちでもいい、とにかく熊が押されている!」
 怯んだ隙に足払い!
「熊、転倒! 勝負あったー!」
 見事に勝利を収めた馬は、熊の背に乗って颯爽とステージを去る。
 違った、牛が馬代わりの熊に乗って、猿が手を振り……あれ?

 気を取り直して、次の出し物に行ってみようか。

「続いてのショーは、マンティスvsマンティス・じごくのけっとう!」
 お子様向けに、ここは敢えてひらがなで。
「全力で来ると良いなの!」
 白カマ右大臣はマンティスサイスを振りかざし、悪のカマキリ左大臣に決闘を挑む!
 アウル全開、スキルもフル活用の大バトル!
 客席からはチビッコ達の声援が飛ぶ!
「しろかまばんばれー!」
「わるいやつ、やっつけちゃえー!」
「わかったなの! 皆しっかり見てるなの!」
 いくぞ必殺、まんてぃすあたーーーく!
「やーらーれーた〜…」
 ぱたり。

 かくして平和は戻った。
 改心したカマキリ左大臣は、チビッコ達と友達になった!
「動物園で、カマキリ達と握手!」
 しかし左カマは手が鎌になっているので握手が出来ない。
 代わりに皆をぶら下げて記念撮影だ。
「左カマはもう良いカマキリになったから、このカマも切れなくなったんだよ」
 だからカマにぶら下がっても大丈夫。
「はいちーず、なの!」


●再び園内各所

「お父さんとお母さん、いなくなってしまったのですか。それは困りましたね」
 羊な執事は泣いている子供の目線に合わせて背を屈め、優しく話しかけた。
「でも大丈夫ですよ」
 缶入りのドロップをひとつ、子供の手に握らせる。
「これは、願い事が何でも叶う魔法のドロップなんですよ。君の願い事は何ですか?」
「ぱぱとままに、あいたい」
「では、それをお願いしながら、このドロップを舐めて下さい」
 願いは必ず叶うから。
 そう言って、羊は子供の手を取り迷子コーナーへ連れて行く。
 園内に放送が流れると、子供の両親はすぐに見付かった。
「ひつじさん、ありがとう!」
 両親に手を引かれて去って行くその姿を見送ると、羊はすぐさま次の仕事へ。
 行き先を迷っている者には丁寧に道案内をし、食事に困っていれば好みに合う食事コーナーを勧める。
「動物園を訪れるお客様方に、気持ちよく過ごしてもらえるように全力を尽くす。それがこの羊の喜びなのですメェ」

 みくずが立ち止まったのは、狐の檻の前。
 彼女には狐の耳と尾がある。兄にはない、家族の誰にも見られない、自分だけの特徴。
「…何であたしにだけあるんだろ」
 ぽつり、呟く。
 損しているとは思わない。
 けれど、どうしてなのかはずっと心に引っかかっていた。
「……どうした?」
 ぼんやりと眺める姿に、門木が声をかける。
「ん、何でもない!」
 心にかかる思いを振り払う様に、みくずは笑顔で首を振った。
「ねぇ先生、アイス食べたい! 三段重ねのアイス奢って!」
 まだ酔いの醒めない雫が、門木の腕にぶら下がる様にしておねだりする。
「あたしも食べたい! 行こ、センセー!」
「……お前ら、腹壊すぞ」
 大丈夫、乙女の胃袋は鋼鉄製なのだ。

「うーん、なんかちがいやすねぇ」
 ゾウの足に抱き付いて、難しい顔をする白うさ紫苑。
「でけぇけど、ごつごつしててあんまり」
「しーた、なにしてる、なの?」
「どうぶつえんでだんなをさがせ、でさぁ!」
 頭上に「?」を浮かべたキョウカの手を取って、紫苑は次の動物へ。
「ゴリラはちけえけど、だんなはもっとかっこいいでさ!」
 そして最終的に辿り着いたのが――
「くまさん、なの…?」
 キョウカは本物の熊を見るのは初めてだった。
 想像していたもの…蜂蜜が好きな黄色いぬいぐるみや、体が黒くてほっぺが赤いユルい感じのアレとは随分違う。
「でも、かっこいぃなの!」
「こいつでさぁー!」
 二人で抱き付き、きゃっきゃもふもふ。

 やがて三時のおやつの時間。
 どこからともなく聞こえて来る軽快なリズム。
 もさもさわさわさと、揺れる木の枝。
 それは華麗なステップと身のこなしで楽しげに舞う、左近の桜と右近の橘の姿だった。
「元気な植物は踊りも踊れる!」
「酸素がないと苦しいのです。美味しい酸素はみんなの命を繋ぐ輪なのですよ! よ!」
 和の舞曲で演舞を舞うが如く、はたまたサンバのリズムに乗って激しく腰を振りながら、二人は園内を練り歩く。
 くまなく回った後は入口の傍で募金活動だ。
「動植物の為にもよろしく…」
「宜しくですよぅ!」
 それを見た黒インコが、羽根に大量の動物ぬいぐるみを抱えてやって来た。
「趣味で作りすぎたもんやけど、何かの役に立たへんかな?」
 適当な値段を付けて募金箱と一緒に置いておけば、買ってくれる人がいるかもしれない。
「動物のエサ代くらいにはなるやろ」
 並べてみると、早速買い手が付いた。
 門木も、都合で来られなかったシグリッド=リンドベリ (jb5318)への土産に丁度良いと、小さな猫を買って行く。
 募金活動は閉園まで続いたが、ぬいぐるみは即完売だった様だ。


●記念撮影

「そろそろ写真撮るよ、写りたい人は集まってー!」
 ひりょの掛け声で、希望者が雛壇の前に集まる。
「しーたもいっしょ、なの!」
 キョウカは躊躇いがちな紫苑の腕をぐいぐい引っ張って、雛壇を上がって行く。
(キョーカがよろこんでるし、まぁいいか、でさ!)
 薄桃うさがお雛様、白うさはお内裏様、最上段はチビッコ二人の特等席だ。
 子供に良い場所を譲るのは大人の嗜み、ここはメモして良い所だよ、ひりょ君。
 その下には両手に花のサンドイッチと、プレーリーな三人官女。
 もう一つ下には木葉とみくず、そして雫が並ぶ。
 提案者であるひりょは遠慮して最下段に、その隣には凛が並んだ。
 後は適当に飛び入り参加もOKという事で――
 誰か、シャッター押して貰えませんか?


●間もなく閉園のお時間です

「楽しかったよ」
「また来るね!」
 そんな声を残して、夢の時間は終わりに近付く。
 賑わっていた園内にも静けさが忍び寄って来た。

 鳥類コーナーでは、ヨルインコと黒インコが頭をこっつんして、すやすや寝息を立てている。
 雛壇ではプレーリーな羽純と緋音が重なり合って寝息を立てている。
「むにゃむにゃ……もふもふー……♪」
 寝言を呟く緋音の背中は、裁縫セットで応急処置が施されていた。
(緋音、羽純、大好きだよ…)
 寄り添い眠る二人を、璃世は優しく見つめる。
「ん…もふ…もふ…」
 その頭を撫でるうち、璃世も誘われ夢の中。
 やがて何がどうなったのか、三段重ねのもふもふミニタワーが出来上がる。
「ぅ……んぅ……っ」
 一番下で潰されて、うなされる羽純。
 でも起きない。
 三人の様子は、誰かがしっかり記録に残していたとか――しかも動画で。

 一方その頃。
 すっかり酔いが醒めた雫は、お詫び行脚の真っ最中だった。
「ごめんなさい、すみませんでした!」
 どうやら酔っている間の記憶はしっかり残っているらしいが。
 大丈夫。迷惑なんてかけられてないし、楽しかったし。





 かくして、イベントは盛況のうちに幕を閉じた。
 だが、この一回で完全に持ち直すほど世の中は甘くないだろう。
 後は自助努力と……創意工夫?
「予算が足りないなら、その場にある物で作ってはどうでしょう」
 由真が提案してみる。
 動物の好みや習性さえきちんと把握していれば、お金を掛けなくても彼等が喜ぶ遊具などは作れる筈だ。
「やはり、主役は本物の動物でないと。ね?」
 頑張れ、貧乏動物園。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:15人

202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
パンダヶ原学園長・
下妻笹緒(ja0544)

卒業 男 ダアト
揺るがぬ護壁・
橘 由真(ja1687)

大学部7年148組 女 ディバインナイト
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
心に千の輝きを・
御崎 緋音(ja2643)

大学部4年320組 女 ルインズブレイド
撃退士・
金鞍 馬頭鬼(ja2735)

大学部6年75組 男 アーティスト
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
紅茶神・
斉凛(ja6571)

卒業 女 インフィルトレイター
祈りの心盾・
春名 璃世(ja8279)

大学部5年289組 女 ディバインナイト
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
ねこのは・
深森 木葉(jb1711)

小等部1年1組 女 陰陽師
種子島・伝説のカマ(白)・
香奈沢 風禰(jb2286)

卒業 女 陰陽師
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
サバイバル大食い優勝者・
みくず(jb2654)

大学部3年250組 女 陰陽師
By Your Side・
蛇蝎神 黒龍(jb3200)

大学部6年4組 男 ナイトウォーカー
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
絆は距離を超えて・
シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)

大学部2年6組 女 ダアト
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
ソウルこそが道標・
命図 泣留男(jb4611)

大学部3年68組 男 アストラルヴァンガード
種子島・伝説のカマ(緑)・
私市 琥珀(jb5268)

卒業 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
託すは相棒の一撃・
赤城 羽純(jb6383)

大学部6年110組 女 ルインズブレイド
娘の親友・
キョウカ(jb8351)

小等部5年1組 女 アカシックレコーダー:タイプA
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー