撃退士になって良かったと、心の底から思う時がある。
例えば誰かの危機を救う事が出来た時。
強敵に打ち勝つ事が出来た時。
そして、例えば……こんな時。
「何よこれ、ぐうかわじゃないの…!」
ふるふると歓喜に震えながら、ユグ=ルーインズ(
jb4265)は雷獣と見つめ合う。
とは言え、被害状況は結構洒落にならない。
急いで何とかしなければならない、の、だが。
ついつい目尻が下がる。
「ほーらもふもふちゃん、こっちにいらっしゃい!」
なんて、猫なで声で呼んでみたくもなる。
『きゅ?』
なんて鳴かれて、よちよち歩きで寄って来られたりしたら、もう抱き締めるしかないではないか。
「うう…もふもふが一杯でちょっと痺れるけど幸せ…♪」
ちょっと、などというレベルでは済まされない程に痺れている気もするけれど、撃退士だから大丈夫。
アウル最高、撃退士万歳。
「大量のもふもふって意味がわからなかったけど……こ、これは凶悪なもふもふだなぁ」
しびびびび。
橘 優希(
jb0497)も、ビリビリに耐えながらもふる。もふりまくる。
危険なディアボロだと分かっていても、その可愛らしさに思わず頬がゆるんでしまう。
頬はゆるんでも警戒心はゆるんでいない、筈だが、あまり自信はないかもしれない。
「あぁ、凄いもふもふ……しかも、可愛いし……あ〜、もうっ! 一匹持ち帰りたいなぁ……!」
もふもふ>>>>>越えられない壁>>>>>ビリビリ
そんな二人には、誘き寄せる為の罠など必要ない。
ただそこに立っているだけで「もふスキーオーラ」全開、もふもふの方から勝手に寄って来るのだ。
それは神谷 愛莉(
jb5345)の場合も同様だった。
「最近忙しくって猫ちゃん触ってないの…」
もふもふの禁断症状が出る寸前で見付けたのが、この依頼。
もう一も二もなく、気が付けば参加登録を済ませ、ここに飛んで来ていた。
「まだ寒いだろうし…暫くうろついていたならお日様に当たっているかな?」
弾ける妄想、膨らむ期待。
「お日様の臭いのもこもこふわふわ……餌って何食べるんだろう? サンドイッチ食べてくれるかなぁ……」
それに、忍法「友達汁」も。
もふもふを堪能する為なら、何でも使う。試してみる。
もふもふを抱っこしながら自分で食べるのも良いかもしれない。
彼等の名誉の為に言っておこう。
これも全て敵の習性を知り尽くした上での巧妙な捕獲作戦の一環なのだ。
決して、ただ遊んでいる訳ではない――どんなに楽しそうに見えたとしても。
既に仕込みを終えているからこそ、こうして心置きなく遊べ……いや任務に集中出来るのだ。
互いの連携も連絡も、手順も確認済み。
あとは上手く引き剥がして処理班に渡すだけだ。
彼等は情に流される事なく冷静に始末してくれるだろう。
「おうおう、こりゃあまた随分と…」
処理班のひとりガルム・オドラン(
jb0621)も、可愛いものが嫌いではない。
嫌いではないし、その可愛らし姿に思わず心が痛みもするが、彼は自分を抑えていた。
「俺みたいなのがこんな小せぇもんにデレついてたら…気味が悪ぃだろうが」
という次第だ。
世の中にはギャップ萌えというジャンルが厳然と存在するのだが、本人がそれを良しとしないのであれば仕方がない。
「この可愛いのは囮だ、死にたくなけりゃあさっさと失せろ」
ガルムはその外見の印象を最大限に利用し、周囲に群がる野次馬の排除にかかった。
「さもねぇと、後からデカいのが来るぞ。地獄の番犬みてぇな怖いヤツがな!」
まさに自分がその番犬であるかの様に、怖ろしげな声で吠えてみせる。
少々荒っぽいが、相手が言う事を聞かないなら仕方ない。
恐怖が好奇心を凌駕すれば嫌でも逃げて行くだろう。
まともな説明や説得は、見た目が真面目そうな仲間達に任せておけば良い。
例えば、龍崎海(
ja0565)の様な。
「私達は撃退士です」
海はまだ何も知らない人々に声をかけて回る。
「この公園に天魔が出現しました。危険ですので、速やかに避難して下さい」
それと同時に、空からはユウ(
jb5639)が声をかけていった。
『可愛い外見に惑わされず、発見し次第此方への連絡をお願いします。どうかくれぐれも気を付けて下さいね』
拡声器を使い、出来るだけ多くの人に情報が伝わる様に。
警察にも協力を要請してあった。
彼等には公園出入り口の封鎖と公園内にいる人の誘導を頼んである。
ディアボロを見付けても自分達で何とかしようとしないこと。
必ず撃退士に連絡して周囲の人を連れて避難すること。
それさえ徹底してもらえば、後は自分達が必ず守る。
『警察官の方が避難誘導を行いますので、その支持に従って慌てずに退避して下さい』
呼びかけながら、公園全体に目を光らせる。
『親御さんはお子さんを抱っこするか、手を繋いで下さいね』
それでも伝わりきらない部分は、地上の月守 美雪(
jb8419)がフォローしていった。
「大丈夫ですか? さあ、こちらに」
一目で撃退士であると分かる様に儀礼服を身に纏った美雪は、戸惑っている者には状況を手短に説明し、避難を促す。
「え、でもあんなに可愛いんだよ?」
危険な筈がないと言い張り、納得しない者には、倒れた人の写真や救命活動の動画を見せて説得。
その切迫した様子を見れば、大抵の者が危険を理解してくれるだろう。
見た目は可愛いのに、いや、可愛いからこそ厄介な相手だ。
手遅れになる前に片を付けなければ。
「こういう毛玉を相手にすると、ウサギを追いかけていた幼少期を思い出すな」
フリーなもふもふを見つめるアイリス・レイバルド(
jb1510)は、常と変わらず無表情。
しかしその目は、獲物を追う捕食者のそれだった。
「野を駆け山を駆けたものだ、淑女的に」
本人そっくりな形に作り上げた粒子の幻影を、もふもふに近付けてみる。
無表情な本人とは違い、こちらは愛想の良い笑顔を作る事が出来た。
いかにも「かまってあげる」的な仕草をさせ、その背後で本人が「ちちちち(無表情」と舌打ちしたり「ぅきゅぅきゅ(無表情」と鳴き真似をして様子を伺う。
これは、好かれるか警戒されるかの実験だ。
反応の予測が立てにくいので実験するしかないのである。
しかし雷獣は全てを見透かしていた。
隙を見せたら殺られる事も、殲滅する気満々である事も。
「なるほど、誤魔化されないか」
ならば仕方がない、これも仕事だ。
誰も見ていない、今がチャンス。
「協力ご苦労。さよならだ」
踵を返して逃げようとしたその背に、黒色粒子の羽を叩き付けた。
『きゅぃんっ』
可愛い声を上げて事切れるもふもふ。
だがアイリスは表情を変えない。
敵意は薄いが、慈悲と躊躇はもっと薄いのだ。
「まずは一匹、か」
その旨を集計係のユグに連絡した。
その間に、海は倒れている人々に近付きライトヒールや神の兵士での治療を試みた。
しかし元凶である雷獣を引き離さない事には、治療も効果を発揮出来ない様だ。
何とかして引き離せないかと、目の前でさらしをリボンの様にひらひらさせてみる。
しかし猫とは違って、そうした物には余り興味を示さない様だ。
やはり、もふスキーオーラが最も効果的なのか。
しかし残念ながら、彼にはオーラパワーが足りない様だ。
「人が倒れている、って事は意識ないって事ですよね」
愛莉は倒れている人の腕に抱かれた雷獣に手を差し伸べてみる。
意識がない人間は、きっと猫にとっての動かないオモチャと同じ。
猫が他に動くものがあれば飛び付く様に、雷獣の場合は他のもふスキーに飛び付くのではないだろうか。
その仮説は、どうやら当たっていた様だ。
もふもふは動かなくなったネズミを捨てる猫の様に、愛莉の腕に乗り換えて来た。
「そういう事ならアタシに任せて!」
「僕もオーラには自信があります」
ユグと優希もオーラ全開。
二人は体力のない老人と子供から優先的に引き剥がし、処理班に引き渡していった。
「引き剥がしたもふもふは、こっちにお願いしますの」
愛莉が用意した檻とテントを指差す。
人目を避けて、こっそり始末する為だ。
「その子達、どうするの?」
「まさか殺す訳じゃないよね?」
まだ残っていたギャラリーから声がかかるが、愛莉は腕に抱いたもふもふをもふりながら笑顔で答えた。
「心配いらないですの、ただ隔離するだけですの」
そのままもふもふを堪能しつつ、テントに運んで行く。
始末するのは、ギャラリーに見られたり声を聞かれたりする心配がなくなってからだ。
後でテントの布を被せた状態で檻を運び出せば、殺していないと見せかける事も出来るだろう。
とは言え、オーラで誘き寄せる方法は安全だが時間がかかる。
もふもふが興味を示すまで、じっと待つ必要があるのだ。
彼等にもフットワークの軽いものもいれば、慎重なものもいる。
急ごうとすれば相手はそれを敏感に感じ取り、逃げ腰になってしまうだろう。
「でも、のんびり待ってる時間はない」
海はもふもふを抱いたユグに声をかけた。
「ごめん、少し実験させてくれるかな」
本当はフリーなもふもふで試したかったのだが、彼等は海の所には寄って来てくれないのだ。
海は朦朧の効果を持つ妖蝶を纏わせた手で、その頭を撫でてみる。
反撃は――なかった。
もふもふはユグの腕の中で目を回している。
「これなら無理に引き剥がしても大丈夫そうだ」
海は倒れている人の元に向かうと、反撃を封じて片っ端から引き剥がしていった。
一方のユグにそんな便利スキルはない。
その代わり、守る事にかけては専門職だ。
「ごめんなさいね、ちょっと急いでるのよ」
庇護の翼を使って反撃ダメージを肩代わりしつつ、素早く引き剥がしていく。
これで三匹。少々痛いが、犠牲を出さずに済むと思えば安いものだ。
そんな少々強引とも思える手段も使って、既に倒れている人々からは全てのもふもふが引っぱがされた。
後は救急隊員に引き渡し、適切な処置を頼めば良い。
「僕は医学生ですが、何か手伝える事はありますか?」
訊ねた海に、隊員のひとりが答える。
「AEDは使えるか?」
その程度なら出来そうだ。
海は隊員の指示に従い、診断の終わった患者にAED(自動体外式除細動器)での蘇生を試みる。
その彼等に雷獣を近付けさせない為、優希が見張りに立った。
蘇生と治療が行われている間、テントの中ではもふもふの始末が着々と行われていた。
「敵さんも趣味が悪ぃぜ…ったく」
ガルムは運び込まれた彼等を檻の中に入れ、取り零しがない様に注意しながら順番に処理していく。
阻霊符は海が使ってくれているから、一度檻に入れてしまえば逃げられる心配もなかった。
処理は的確、迅速に。
「悪ぃな、可愛いモンは嫌いじゃねぇが、それで容赦する程甘くもねぇんだ」
「人に迷惑かけるもふもふはいらないの 」
愛莉も涙を呑んで、ヒリュウのひーちゃんを抱き締めながら誓約の書で攻撃する。
一方のアイリスは、もふもふを発見次第その場でサクサク駆除していった。
逃げようが反撃して来ようが、問答無用。
と言っても、物陰に誘導したり見えにくいように粒子で包んだりといった手間は惜しまない。
「一手間あるが、他の雷獣を興奮させる可能性は減らしておかないとな」
それに殆どが既に避難を終えたとは言え、何処かに隠れて見ている一般人がいるかもしれない。
アイリス本人は別に見られても構わないのだが、撃退士全体のイメージというものがある。
それを守るのも仕事のうちだ。
「悪いな。私の鎌の錆になってくれ」
これで合計16匹、あと4匹ほど何処かに残っている筈だ。
そのうちの一匹は、ユウが見付けた。
「何とも可愛らしい姿をしていますね。しかし、その姿で人に近づき油断した所を狙う…かなり厄介な相手です」
そのもふもふは、今まさに女性の腕に抱かれようとしているところだった。
避難を呼びかける声が聞こえなかったのか、或いは危険を承知でもふりに来たのか。
ユウは上空から急降下、その間に割って入ると女性の身体を素早く抱え上げ、お姫様抱っこで上空に連れ去った。
「あのもふもふは危険なんです。申し訳ありませんが、このまま公園の外に避難して頂きますね」
残ったもふもふには、地上の美雪が対処する。
「見た目に騙されないで下さい。危険ですから急いでください」
遠巻きに見守る人々に避難を促し、美雪はもふもふを抱き上げる。
元々もふもふが好きな事もあって、それは素直に甘えてきた。
と、人々の中から「良いなぁ〜」という声が上がるが――次の瞬間。
激しい電撃が美雪の身体を襲った。
もふもふの怖ろしさを伝える為、わざと敵意を剥き出しにして自分を攻撃させたのだ。
「わかって頂けましたか?」
それを見た人々は、促されるまでもなく飛ぶ様に逃げて行った。
やがて倒れていた人々も無事に息を吹き返し、本格的な治療の為に次々と救急車で運ばれて行く。
どうやら、これで一安心。
あとは残ったもふもふを片付けるだけだ。
「残りは三匹ね」
ユグの言葉に、海が生命探知で居場所を探る。
その結果を元に、もふスキーな仲間達がもふもふ確保に散って行った。
勿論もふスキーオーラ全開で。
「あ、見付けた……!」
弾む足取りで駆け寄る優希。
その愛らしい姿をスマホのカメラでこっそり撮影、待ち受け画面に設定してみる。
可愛い。
泣きたくなるくらい、可愛い。
「い、一匹だけでも……残したら駄目ですよね……うん」
泣く泣くテントにお持ち帰り、それが屍と化す様子を泣きながら見守る。
これは痛い。
電撃よりも遥かに痛い――優希は一発も食らわなかったが、精神的にはそれ以上の甚大なダメージを受けていた。
心の痛みが身体の痛みとなって現れる程に。
それはユグも然り、連れ帰ったもふもふが退治される様は、涙なしには見られない。
残る一匹は美雪が発見した。
タウントで注意を引きつつ、もふオーラで捕獲しテントへ連れて行く。
「私が連れて来たのですから、私が最後まで責任を持ちます」
もふもふは好きだが、これは悪質な敵だ。
「いくら可愛くてもふもふでもあなたは敵よ。容赦はしないわ」
心を鬼にして、災いを断つ。
これで20匹。
最初の情報が正しければ、これで全部の筈だ。
「でも、もしかしたらまだ何処かに残っているかもしれません」
ユウは再び上空に舞い上がり、もふもふの姿を探す。
美雪も公園の隅々まで回り、隠れているものがいないかタウントともふオーラで確認していった。
その間に、海とアイリスが怪我人の手当をして回る。
だが身体の傷は癒やせても、心の傷はどうにもならない。
ユグは涙目になりながら、自分のテディベアをもふっていた。
そんな様子に、ガルムはそっと溜息をつく。
(あとでメシでも奢ってやるか……)
それで少しは気が紛れると良いのだが。