「ねーこ! ねーこ! ねーこ!」
子猫がいっぱい!
「とにかくねこと遊びにきましたー!」
奥の部屋から興味津々の様子で顔を覗かせる子猫達の姿を見て、あまね(
ja1985)の口からつい本音が漏れる……と言うよりも、もとより隠す気はなさそうだ。
「こ、こにゃんこっ。たくさんのこにゃんこと遊べると聞いて来ました……。よ、よろしくお願いしますー」
影山・狐雀(
jb2742)も、内心の期待を隠しきれずに目を輝かせている。隠した尻尾まで、隠しきれずにぶんぶん振ってしまいそうになる程に。
「遊ぶ?」
それを聞いた依頼人、折部千鶴の銀縁眼鏡がキラリと光った。
「そうなのー、ねこまみれなのー!」
その鋭い視線をものともせずに、あまねが答える。
「……ああ、つまり……」
その屈託のなさ過ぎる言動を、保護者的な立場である「たもぱぱ」……穂原多門(
ja0895)がすかさずフォロー。
「人も動物も、ただ厳しく躾ければ良いというものではない。遊びの中に上手く躾の要素を取り入れてこそ、その効果も十二分に発揮されるというものだ」
とか何とか、尤もらしい事を言ってみる。
彼女が目指す「躾の行き届いた猫に接待される猫カフェ」は、それはそれで良い物がある。だが、それはあくまで猫の奔放な魅力の裏返しなのだ。
その辺りを、きちんとわかって貰う必要がある。
つまり、こういう事だ。
「猫の魅力――それは、しなやかでもふもふで肉球がぷにぷにで鳴き声も可愛くて猫じゃらしをたしたし叩く仕草やころころ転がる仕草がプリティで一緒に日向ぼっこしたり炬燵で寝たりすると和んだりとか兎に角全部ですっ」
ぷはーっ。
一息に言い切った或瀬院 由真(
ja1687)は、息を整えると……くるりと回って早変わり!
「その事を、私がたっぷりと教えてあげます。そう、このねこ先生が!」
もっふもふの猫の着ぐるみを着た「ねこ先生」が、ビシッとポーズを決める。
先生の登場にぱちぱちと拍手を送ったエリス・シュバルツ(
jb0682)は、それをもふりたい衝動に駆られた。
子猫も可愛いが、ねこ先生も可愛い。
もふっ。
我慢できなかった。そして、先生の身体でその魅力を解説してみる。
「猫さんの魅力…しなやかな体…丸い背中…気ままなで…自由な性格…ざらざらな舌……毛色によって…色の異なる肉球…ぷにぷに感…」
着ぐるみの肉球をぷにぷに。
「子猫さんの時は…ミューと鳴き…大きくなればにゃあああと鳴く…鳴き声…そして…」
もふもふ……♪
「猫さんの魅力…気付けないなんて…人生の…損…」
こくり、頷く。目が本気だった。
その気迫に押され、千鶴も思わず頷いてしまう。
「そうか! やっぱりそうなんだなー!」
ウッカリ頷いてしまったのが運の尽き。いや、運のツキ始めと言うべきか。
彪姫 千代(
jb0742)が満面の笑顔で頷いている。
「おー! 猫の事は俺に任せろなんだぞー! なんてったって彪の名を持つからな!」
……猫と彪は、ずいぶん違う気が……しないでもないけど。
「猫様の魅力に気付いて頂く為にも、精一杯遊ばせていただきます」
ノーチェ・オリヘン(
jb2700)の微笑が、どうやら致命傷(?)となった様だ。
そんな訳で、猫好き一直線のジェットコースター発進。
奥の部屋に通じる扉が開かれた途端、猫雪崩が押し寄せて来る。
たちまち、部屋に飾られていたクリスマスツリーはひっくり返され、キラキラ輝く球形のオーナメントが床に転がった。
それを追いかけて走り回る、猫、猫、猫。
「おー! 猫猫猫ー! だぞー!!」
一緒に走り回る、上半身裸の巨大な人型彪。
ねこ大好き、ねこまっしぐら。しつけ? 何それ美味しいの?
子猫達は背後にたなびく豹柄尻尾を目掛けてダイブを敢行しては掴み損なって引っ繰り返り、また起き上がっては追いかける。
夢中になりすぎて猫同士でぶつかったり、上手く円を描いて走る事が出来ずに壁に激突したり。
ゴン、という良い音がするが……何事もなかった様にまた走り始める。
ぐるぐる、ぐるぐる。子猫がバターになるか、彪がバターになるか……いや、それはトラじゃなかったっけ?
そんな激しい遊びには付いていけない子猫達は、ほんわりと癒やしのオーラ漂うノーチェの周囲に集まっていた。
「まぁっ、なんて可愛らしい方!」
ノーチェは思わず声を上げる。
予習の為に図書館で借りた本に載っていた写真も充分に可愛かったが、実物の何と愛らしい事か!
「こんなにも可愛らしい方が大勢いらっしゃるなんて、どうしたらいいのでしょうか?」
どうもこうも、本能の赴くままにただ愛でるべし。
そっと抱き上げて膝に乗せる。ほっこりとした温もりが、膝や手に広がった。何と軽く、ふわふわと柔らかいのだろう。
そうするうちに慣れて来た子猫達は、ドレスの裾やフリルに絡み付き始めた。膝の上に立ち上がって肩まで手を伸ばす子猫もいる。
ちょい、ちょい……髪を留めたリボンに興味津々の様だ。
「これが良いのですか?」
ノーチェは子猫に向かって優しく笑いかけると、リボンを解いて揺すってみた。
買ってきたオモチャを喜ぶ子もいれば、こんなものに夢中になる子もいる。
召喚したヒリュウに対しても、逃げる子、動じない子、尻尾にじゃれつく子……個性豊かで見飽きる事がなかった。
「はぅっ、可愛いです。こにゃんこがいっぱいですっ…」
狐雀は長毛種の雑種らしい子猫を見付けると、オモチャを手にして嬉しそうに近寄って行った。
「ふさふさ尻尾のにゃんこですっ。ぼ、僕と同じですねー」
「みゃ?」
子猫は首を傾げて狐雀を見上げる。そこに差し出された、猫じゃらし。
その瞳がまん丸くなり、小さな手ががしゅぱっと伸びる。
「ほーらほーら」
床で左右にシャカシャカ振ると、子猫は両手を左右に広げたままダッシュ。上に振り上げると身軽に飛び上がる。タワーの段差に沿って動かすと、どこまでも追いかけて来た。
「むむ、なかなか元気な子ですね。そ、それなら…どこまでジャンプ出来るかチャレンジですっ」
どっすん、どっすん。六ヶ月の子猫は結構重い。それが自分の体長の何倍もの高さまで飛び上がり、背中から落ちる。
「痛くないのでしょうかー?」
ちょっと心配になりつつも、ハードルを上げる狐雀。その背後で、いつの間にか出ていたふさふさ尻尾が嬉しそうに左右に揺れる。
それを他の子猫達が見逃す筈はなかった。
「はややっ!?」
誰かじゃれついてる!?
「し、尻尾で遊んじゃダメですよー!? はわっ、ちょ、何かこにゃんこが増えてますー!?」
ダメと言われて素直にやめてくれる子猫は、まず居ない……よね。
「見てて下さいねー」
千鶴の目の前で、ねこ先生は猫じゃらしをぷたぷたと振る。
高い位置で振れば二本足で立ってバンザイし、くるくる回せばそれに合わせて子猫の頭もくるくる回る。
そのまま頭の後ろに持って行けば……こてん、転がった。
仰向けに転がったまま、何が起きたかわからないと言う様にきょとんとしている子猫。
そこにじゃらしを差し出せば、やっぱり転がったまま手を出してクネクネと踊る。
引っ込めると……きょとん。ふるふるすると、クネクネ。止めると、きょとん。
それを何度か繰り返し、先生は千鶴にじゃらしを差し出した。
子猫と先生、つぶらな瞳でじっと見つめている。
(・ω・)(・ω・)
「……わかりました、遊んであげれば良いのですね……」
この目で見られて抵抗できる人は、そう居ないだろう。
遊び始めた千鶴を見て、エリスは更なる高等テクを伝授しようと5匹の猫に猫語で話しかけてみた。
「にゃ、にゃにゃーん、にゃ?」
鈴の音の様に鳴くベル、銀縞のシャル、金縞のトラ、もこもこのモコ、仔猫にして媚びぬ省みぬ姿勢にボスの威厳を感じたドン。たった今名付けた彼等を、横一列に並べてみる。
流石のドンにはそっぽを向かれてしまったが、残る4匹に他の子を加えて……じゃらしを振る。
右に振れば右、左に振れば左。上下左右じゃらしが振られる方向に、一斉に向けられる5つの顔。訓練した訳でもないのに一糸乱れぬその連携は、見事と言う他はない。
更に、今にも飛び掛りそうで飛び掛れない、もにもにとお尻を振るその待ちの体勢。
その仕草に癒やされない人間がいるだろうか。
(・ω・)
じーっ。無垢な瞳が千鶴に向けられる。
「……はい、可愛いです……普通に」
……普通に?
しかし、猫の可愛さはそれだけではない。
――ぷにっ。
猫先生は、抱き抱えた子猫の肉球で千鶴の頬をぷにり。ぷに、ぷに。
「……っ」
これぞ必殺悩殺、肉球アタック。
「肉球を、指でぷにぷにしてみます?」
そして魔の囁き。
これはもう頷くしかない。
エリスも一緒になって、子猫達をもふる。ぷにる。そしてまたもふる。
優しく猫語で語りかけながら、頬擦りしたり肉球をぷにぷにふにふに……
「にゃ…にゃあ? …にゃー♪」
「……それは、通じているのですか?」
千鶴の問いに、猫耳猫尻尾を装着したエリスは真顔で頷く。
「今の会話はですね……」
かくかくしかじか。通じているらしい?
あまねは数あるオモチャの中から厳選した釣竿タイプの猫じゃらしを振りかざす。
一時間もうんうん唸って迷った末に決めただけの事あって、子猫達の食いつきは抜群だった。
それが入っていた袋も無駄にはしない。カサカサと音がするそれは、丸めて転がせば子猫達が怒濤の勢いで追いかけること間違いなしだ。
でも飽きるまではこっちのじゃらしで遊ぼうと、あまねは袋を持ったまま竿を振って部屋中を歩き回……ん?
「なぜか追いかけられてるのー?!」
それはあなたが袋をカサカサ言わせながら歩いているからですよ。
「あ、そうだ!」
腰に紐を付ければ、もっと喜んで追いかけて来るに違いない。その先端に袋を結べば効果倍増!
「みんなついてくるのー!」
走り回ってお腹が空いたら、おやつの時間。
「ほーら、たかいたかーいなのー!」
あれ? でもなんか、もっと高い所でおやつを持ってる人が……?
「何と言ってもまず大事なのはギブ&テイクを教えて自ら動かさせるのが大事だ」
多門は既に半ば洗脳されかかった千鶴を呼ぶ。ご褒美を使った躾と称して、おやつを手ずからあげるさせるのだ。
身銭を切って手に入れた無添加無着色の高級品を取り出して、袋を開け……る前から、鼻の良い猫達は大騒ぎ。
「うみゃっ」
「みゃぅ−」
「みゃっみゃっ」
早く寄越せと伸び上がり、足によじ登り、肩に上がって手元にちょっかいを出す猫達。
だが、多門はそう簡単には渡さない。おやつを持った手を頭上に高々と上げ……
「え? あれ? ふぇ?」
隣でおやつをあげていた、あまねが声を上げる。
「猫、猫がもふもふ登ってくるなのー!」
もふもふ、よじよじ。天音の身体を登った猫達は、その肩や頭を踏み台にして多門に飛び移ったり、そのまましがみついていたり。
「埋もれるのー!」
でも幸せ。もふもふ幸せどうしましょう。それは猫スキーの夢が叶った瞬間だった。
同じ様に千鶴も猫に埋もれている。
これは助けるべきか否か……でもまぁ、幸せそうだから良いか。
埋もれた後はレーザーポインターと猫じゃらしの出番。
「躾は思う存分遊ばせるところからだ」
多門はくろたろうと名付けた黒猫を壁際に連れて行き、そこに魚の影を映し出す。
てしっ!
くろたろうは、すかさず壁にネコパンチ。だが、捕まらない。
てしてしぺしぺし、縦横無尽に動くレーザーの魚を夢中で追いかける。その必死かつ真剣な姿が何とも言えず可愛いのだ。
そうして元気一杯に遊び回った子猫達は、そろそろおねむの時間。
バターになる前に走り疲れた千代も、身体に子猫をてんこ盛りにして寝そべっていた。
「ウシシシ! くすぐったいんだぞー!」
腹の上でふみふみされたり、バターを塗ったほっぺをざりざり舐められたり、その手をとって肉球をまぶたに押し当ててみたり。
「肉球柔らかで気持ちいいんだぞー!!」
カーペットの上で、ごろんごろん。
「お前、名前は何て言うんだー?」
白猫を高い高いしながら訊ねる。
「ないのかー? 無いなら俺がつけてやるんだぞー! よし、今日からお前の名前はぼたもちだぞ!!」
オッドアイの白猫はおしるこ、下腹部だけが白い黒猫はしらたま、茶色がきんつば、錆猫はわらびもち、三毛がだいふく、斑はういろう、虎猫がようかん、真っ黒な烏猫はどらやき……
命名の基準が独特すぎて覚えられません。
「後で…首輪に付けれる名札…用意してあげるね…♪」
和菓子な猫達にエリスが言った。うん、それは良い考えだ。
「どんなお名前がよろしいでしょうね。一緒に考えませんか?」
ノーチェも子猫と一緒に首を傾げている。
「この世界には様々な言葉があって素敵ですね」
この子達に似合いそうなのは……
「『シェルム』は悪戯好きという意味だそうですよ」
やんちゃな男の子の頭を撫でる。『ノーブレ』は高貴、『サージュ』は賢い。
「そんなに怖がらないで?」
小さな物音にも飛び上がる子には臆病を意味する『ファイク』と名付けた。
その間に、ねこ先生は眠そうな猫を集めておやすみ空間を作り、一緒に寝そべってみる。
千鶴を呼んで、子猫達を間に挟んで川の字に。
「子猫達の寝姿って、とても可愛いでしょう?」
仰向けだったり、くねってたり、ごめん寝だったり。
「集めた…姿も可愛い…ですけど…こう…膝の上に乗せてとか…カップの中で眠る姿も…可愛いです…」
ほら、と、エリスがカップならぬスリッパに詰まった子猫を見せる。
「……そう、ですね」
わかった。子猫は可愛いし、そこに居るだけで癒しと安らぎを与える存在である事は認めよう。だが……
その子猫達と無心に戯れる人間の姿もまた面白いと、千代に撮影を頼まれていたデジカメのデータを見ながら千鶴は思う。
彼等の生態を観察する為に猫カフェを開く。それも悪くない気がした。
向いている方向はやっぱり微妙にズレている気がするが、細かい事は気にしない。
「それなら、キャットウォークをアクリルにするのがお勧めなのー!」
あまねが言った。透明にすれば「猫裏」が見られる。肉球もばっちりで、そこに香箱座りをすれば毛皮に埋もれる前足も見られるのだ。
「前向きに検討させて頂きます」
かくして、作戦は無事完了。
「一緒に遊ばせて頂いて、ありがとうございました」
去り際にノーチェが頭を下げる。
「血統書付きではなく、敢えて捨て猫を仕込む……それは、とても良い事だな。彼等に代わって礼を言おう」
多門が言った。
「手が必要な時には、いつでも呼んでくれ」
ところで……子猫に埋もれて眠っている狐雀はどうしようか。
「はふぅ、ふわふわもこもこですー…」
むにゃむにゃ。
時々無意識に尻尾を動かして子猫を遊ばせている様子は、まるで母猫の様だ。
幸せそうだし、暫くそっとしておこうか――