「…いまはやりの、だっ出ゲームってヤツですかぃ?」
周囲を見渡し、紫苑(
jb8416)が皮肉っぽい笑みを浮かべる。
閉じ込められたというのに、余裕の表情だ。
「なんかやり口がむだに手がこんでて、まわりくどさが女子っぽくてわらえまさぁ」
「敵の目的は…何?」
藍沢 葵(
ja5059)が不安げに呟く。
その不安を少しでも和らげようと、伊達 時詠(
ja5246)は葵の肩にそっと手を置いた。
敵の胸の内など知り様がないし、知ったところでこの部屋から抜け出せる訳でもないだろう。
撃退士達は、それぞれが選んだ扉の前に立った。
「カラフルな扉ですね、皆さんどうぞご武運を」
幸広 瑛理(
jb7150)が、緑色の扉を開ける。
彼を含めた7人が、これから暫し運命を共にする仲間となった。
「うわ、なにここすげー緑」
次の部屋に足を踏み入れた瞬間、高橋 野々鳥(
jb5742)が声を上げる。
全員が移動を終えると、扉はその背後で固く閉ざされた。
「緑色は嫌いじゃないけど、閉じ込められるのはちょっとねー」
さて、どうするか。
どうやらここでは頭の回転を試される様だが。
「謎解きとは随分と愉しい遊びを仕掛けてきますね」
瑛理がそこに示された謎を読み上げる。
「あぁ? 何だそりゃ?」
野々鳥が早くもお手上げといった調子で諸手を挙げた。
一番目の答えは黄色、二番目は椅子で間違いないだろう。
そこまではわかる。
しかし、三番目の答えは?
「ここに置いてある物も、きっと何かのヒントになってるんだよね?」
「恐らくそうでしょうね」
喜屋武 響(
ja1076)の問いに、瑛理が頷く。
ここまで意味ありげに置かれているなら、無関係ではない筈だが――
かんがえたって わからない
わからなければ、どうする?
適当に押してみるか?
「でもこれ、間違えたらドカーンなんだよな?」
野々鳥は既に思考を放棄した様子で部屋の中を歩き回り、ポケットから取り出した煙草に火を――え、火気厳禁?
「ですよねー」
変なガスでも充満してたら、答えを間違えなくてもドカーンだ。
「だめだめサッパリ…それこそ、かんがえたってわからないね!」
わからないから現実逃避。
こんな時にはスマホでも弄るに限る。
「ま、どーせ圏外…え、何これ通じてんじゃん、もしもーし?」
それぞれの部屋に分かれる前に、念の為に交換しておいた連絡先に電話してみる。
それを合図にしたかの様に、仲間達の携帯やスマホが鳴り始めた。
そこで行われた情報交換の結果――
「オブジェクトの数、部屋の色がそれぞれ違う…って多分、これが鍵だよね?」
情報を纏めたメモを見ながら、響が言った。
「考えても分からないという事は、この部屋の物ではないのかな」
瑛理が呟く。
他の部屋の事は見えないし、考えてわかるものでもない。
「あ…そうか」
閃いた。
「分からないなら聞けば良いんだよね」
敵は恐らく、その為にわざと通信手段を残したのだ。
ここで他人に頼るという発想が出来るか否か、それを試すつもりなのだろう。
そう結論づけた直後、赤の部屋から電話がかかってくる。内容は「緑の部屋のボールの数が知りたい」とのこと。
やはりと思い、こちらからも黄の部屋に連絡をする。
得られた答えは、これだ。
黄色い部屋にある
椅子の数は
3つ
「うん、俺もそれで合ってると思う」
響が頷く。
他の仲間達も異存はない様だ。
「では、答えを入力しますね」
代表として、パネルの操作は瑛理が行う事になった。
「でも念の為、万が一のダメージに備えておいて下さいね」
言われて全員が身構える。
黄色いパネルが押され、扉の上部に正解を示す緑色のランプが灯った。
次は――
(パズルの答えは解けている…でも)
葵は瑛理の手元を食い入る様に見つめていた。
(もし間違っていたら?)
二番目の答えが、椅子ではなく人形だったら。
或いは全く違う何かだったら。
(…悩んでいても仕方が無い。腹をくくらないと)
傍らに立つ時詠の手を、そっと握る。
「…今のうちに言っておくね」
彼だけに聞こえる様に、小さな声で。
「伊達さん、愛してます」
「帰ったら結婚式で」
耳元に、柔らかな風が吹いた。
見上げると、そこには全てを包み込む様な、穏やかな微笑。
椅子のパネルが押される。
グリーンランプ、点灯。
そして最後の――「3」の数字が入ったパネルに瑛理の指がかかる。
入力を示す機械音が鳴った。
扉の上に、三つのグリーンランプが灯る。
その下で音もなく扉が開いた。
「開いた!」
真っ先に飛び込んだ響の目に入ったのは――
「…ほえ、なんで小っちゃい子がこんなにいるの?」
後ろに続いた神谷 愛莉(
jb5345)が首を傾げる。
人質に取られているのは学園の生徒だと聞いた筈だが…まさか、この子達も?
「大丈夫? 怪我はない? 酷い事とか、されてないかな?」
駆け寄った響が優しく訊ねるが、子供達はきょとんとした顔で首を傾げている。
そのうちの一人が、隅の方で様子を伺っていた紫苑の姿に気付いた。
「あ、しおんだ! しおんもあそびにきたの?」
それは先日、一緒に雪遊びをした子供だった。
名前は確か…コータ。
それに、サヤ、メグ、ハルト――どの顔にも見覚えがある。
「あれ、しおんはこれ、もらわなかった?」
コータが腕に抱いたぬいぐるみを見せた。
「こいつ、すげーんだよ!」
「なになにー何がすごいのー?」
そこに割り込む大人げない大人、野々鳥。
「ねーねー、俺にも触らせてよー」
しかし、その要求はきっぱりと拒絶されてしまった。
「おとなはだめ!」
「まほーがとけちゃう!」
「このこ、まほーのともだちなんだから!」
少し離れた所からその様子を見ていた葵は、その「魔法」に気が付いた。
「子供達の抱いているぬいぐるみ…喋っているの?」
それに、自分で動いている様にも見える。
「明らかに普通ではないわよね。だとすると…天魔?」
葵はゆっくりと子供達に近付き、腰を落として目線を合わせた。
「みんなは、どうしてここにいるの? そのぬいぐるみは誰に貰ったのかな?」
愛莉も忍法「友達汁」を使って好感度を上げながら、同じ事を問いかける。
「このねえさんたちは、大じょうぶでさぁ。だから、はなしてやってくれやせんかねぃ?」
顔馴染みの紫苑に言われ、子供達も安心した様だ。
「ふんふん…雪の日にお友達になったお姉さんに魔法のぬいぐるみもらった…」
それって、もしかして。
愛莉は先日種子島に行った幼馴染から送られて来た画像を見せる。
それは、リコと一緒に撮った記念写真だった。
「って、このお姉さん!?」
「そうだよ」
子供達は頷く。
なるほど、それなら彼等が警戒心を解くのも無理はなかった。
(…あんのヴァニタス…!)
愛莉は子供達に見えない様に、ふるふると拳を震わせる。
(ヌイグルミ可愛くてもディアボロだ )
子供達の相手を紫苑に任せ、愛莉と葵は部屋の隅に仲間達を集めた。
赤班からの連絡によれば、人質を助けずして脱出すると被害が出るらしい。
「こちらは愉しいとは言えない趣向ですね」
瑛理の声に不快感が滲む。
「罠ね、どう考えても」
声を潜め、葵が頷いた。
「子供を戦いに巻き込むなんて…許せないよ。絶対に無傷で助けたい!」
「わかってる」
憤りを隠せない響の言葉に、時詠が頷いた。
「子供は世界の宝、絶対に助ける」
その為には、まず子供達とディアボロを引き離さなくては。
「あのぬいぐるみは本当は怖い悪魔なんだって言えば、納得してくれるかな」
「でも、人を信じる気持ちをふみにじりたくはないですの」
響の提案に、愛莉は首を振った。
「これから先ここでの事が傷になって欲しくないですの」
子供達には、楽しい思い出だけを残してあげたい。
どうしても無理な時は仕方ないが――
「そうか…そうだね」
響は子供達の楽しそうな様子に目をやった。
「子供は何も悪くないんだし、泣かせる様な事は言わない方が良いよね」
例えそれが事実であっても。
知らなくていい。
気付かなくていい。
事実を受け止めるのは、自分達の仕事だ。
「わかったわ、それでやってみましょう」
葵が頷く。
事実をぼかして伝える事が最善の選択だとは思えないが、仲間の総意で決まった事なら自分一人が裏切るような真似はしない。
ただ、気掛かりなのはまた同じ様な事に利用されないか、という点だが。
「まあ、考えても仕方が無いわね」
もしも繰り返されるなら、その度に救いの手を差し伸べれば良い。
自分達の力は、その為にあるのだから。
その間、紫苑は子供達と追いかけっこを楽しんでいた。
「…日がしずんでもおうちにかえらねぇ、わるい子はいねがぁーーー!!(がおー!」
広い部屋を縦横無尽に駆け回り、子供達を追いかけ回す。
だが、その遊びは長続きしなかった。
体力のない子供達は、あっという間に疲れて座り込む。
そこで今度は、お話の時間だ。
「はーい皆、こっちに集まって〜」
ぬいぐるみ代わりにヒリュウのひーちゃんを抱いた愛莉に手招きされて、子供達は部屋の隅に車座になって座る。
勿論、魔法のぬいぐるみも一緒だ。
「はーい、時詠お兄さんだよ〜よろしくね〜」
穏やかに微笑を湛えた時詠が、その真ん中に座った。
「みんなの好きな食べ物やお菓子は何かな? 僕はね〜水アメが好きだよ」
そのトークに、最初は気乗りしない様子だった子供達。
だが、次第に慣れて来たらしく、少しずつだが話も弾む様になってきた。
「君のお父さんとお母さんはどんな人かな?」
お誂え向きに画用紙とクレヨンもあるし、ちょっと似顔絵でも描いてみようか。
そうして両親の事を思い出させた所で、もう一押し。
「ねえ、みんな。お腹すいたでしょ? コータくんのお母さんがね、帰って来たら一緒にカレーライスを食べようって。サヤちゃんのママはプリンを作ってくれるって。皆で食べようねって、帰って来るのを待ってるよ」
途端に「おうちかえるー!」の大合唱。
「じゃあ、今日はぬいぐるみさんにバイバイしようね」
しかし。
「やだー!」
「いっしょにかえるー!」
当然の如く、それは拒否された。
だが、ご飯とお菓子を食べたらまた明日――とは言えない。
そこは嘘をつけなかった。
子供達を悲しませる事はしないと、皆で決めたのだから。
「でもね、一緒だと帰れないの」
駄々をこねる子供達に、愛莉が言った。
「リコお姉さんに頼まれてきたの。お姉さんね、ちょっと魔法失敗しちゃったんだって」
外に通じるドアを指差す。
「あのドアにも魔法がかかってるんだけど、その魔法のせいで、お友達のぬいぐるみと一緒の子は通れなくなっちゃったの」
でも、心配はいらない。
「その魔法を解く為の特別な魔法を、お姉さんから貰ってきたの」
ただし、それを成功させる為には、ぬいぐるみ達の協力が必要なのだ。
「その子を手放してくれなくちゃ、俺たちはこの部屋から、君たちを助けられない」
響が言った。
「お友達と離れるのは辛いよね。でも、このままだとお母さんに会えないよ。いいの?」
「やだ」
「じゃあ、バイバイしよう?」
「やだっ」
「ぬいぐるみはご飯を作ってはくれないし、遊びにも連れて行ってくれないのよ?」
「やーだーー!!」
葵の問いかけに、ますます頑なになる子供達。
『イヤダ、ハナレナイ』
終いにはぬいぐるみまで、そんな事を言い出す始末だった。
それは悪魔の囁きだが、子供達には言えない――もうどうにもならないと諦める、その時までは。
「では、もう暫く一緒に遊びましょうか」
こんな時は気分を変えるのが一番と、瑛理が微笑む。
「僕もお友達と一緒にお話させて貰っていいですか?」
他の班とは脱出のタイミングを合わせようと約束していた。
説得が長引けば、それだけ皆に迷惑をかける事になるが――相手は子供だ。
急いでも良い事はない。
「皆さんは狼と七匹の仔山羊のお話を知っていますか?」
それは狼が自分の姿を偽って子山羊を騙し、食べてしまう話だ。
けれど最後にそれは見破られ、狼は退治されてしまう。
「…お姉さんは本当にお姉さんでしたか? 姿を見ましたか?」
もしかしたら、悪い魔法使いがお姉さんに化けていたのかもしれない。
そのぬいぐるみも、本当は悪い魔法使いの手下だったら?
「そんなこと、ないもん」
「そうですね。でも、お姉さんが魔法を失敗したのは、悪い魔法使いのせいかもしれない」
愛莉の話に合わせつつ、瑛理は子供達の心を少しずつ動かしていった。
「悪い魔法を解く為に少しだけ力を貸して貰えますか?」
そして、お姉さんを助けるのだ。
子供達の心が僅かに動く。
紫苑は、それを見逃さなかった。
「ぱぱとままが、よんでまさぁ」
携帯をスピーカーモードにし、子供達に向ける。
そこから聞こえる少し濁った声は、彼等の名前を呼んでいた。
声の主は協力を頼んだ他班の仲間だが、誰もそうとは気付かない。
「…ぱぱもままも、おめーらのこと、ずーっとそとでまってまさ」
心配そうに、しかし笑う子供らを見て幸せそうに笑っていた、あの雪祭りの時の様に。
「ごはんたいて、ふろわかして、ふとんしいて」
でも。
「…このままじゃ、ぱぱとまま、なかせちまいやすぜ」
誰かが鼻を啜り上げた。
「おやなかすやつぁ、さいっこーにかっこわりぃですぜ」
それは忽ち全員に感染し、涙と鼻水の洪水が起きる。
「おかーさーん!」
「パパー!」
「ママー!」
あれほど大事に抱えていたぬいぐるみは、いつの間にか足元に放置されていた。
やがて洪水が落ち着いた頃。
「これからまほーをつかって、このとびらをあけるじゅんびをしまさぁ。ちーとけむてーが、がまんするんですぜぃ」
部屋の隅に集められた子供達は、紫苑の言葉に素直に頷く。
「始まるよ、目をぎゅって閉じてね。合図があるまで開けちゃだめだよ」
響はついでに耳も塞がせた。
派手な魔法には派手な煙、そして音と光が付き物なのだ。
「次に開けたときには、お家に帰れるからね」
部屋の反対側で、発煙筒が焚かれる。
「3、2、1…」
どーん!
投げ込まれる発煙手榴弾。
その音と共に子供達が目を開けた瞬間、白煙を透かして色とりどりの火花が舞い散った。
それは野々鳥が放ったファイアワークス。
まるでマジックショーの様に音と光が弾け、白煙が視界を覆う。
それに紛れて密かに行われた戦いを、子供達は知らない。
素早く、音を立てず、そして確実に。
「あーお友達殺しちゃった、まったく悪趣味なディアボロだよな」
舌打ちと共に呟いた野々鳥の声が、子供達の耳に届く事はなかった。
「皆が勇気を出してくれたお陰で、お姉さんはもう悪い魔法使いに意地悪される事はないでしょう」
子供達を勇者に仕立て上げ、瑛理はその健闘を讃える。
脱出のタイミングは響が計った。
ひーちゃんに導かれ、開け放たれた扉を潜る子供達。
そこには心配して駆けつけた、父母達の姿があった。
その様子に目を細め、紫苑は呟く。
リコは悪者にならずに済んだ――とりあえず、今の所は。
「…またいつか、一しょにあそべる日くるかもしれねぇでしょ?」
だから。
その時の為に。
その時が来ると、信じて――